長かった闘いがまもなく終わる…否、仮初めの終結に過ぎない。
だがそれでも、俺達が今平和を勝ち取ろうという事実に違いはない。俺達の…勝利だ。
ぐっ…思わず叫びたくなる衝動を抑え、拳に力を込める。
まだだ。まだ、早い。終わったわけではないのだ―――油断すると思わぬ罠が待ち受けているというのは往々にしてあることだ。決して気を抜いてはいけない―――
改めて気合いを入れ直す。これが最後だ。

そして、今―――

きーんこーんかーんこーーーん…
勝利の鐘が鳴り響く。
見たか…俺は耐え抜いたぞ。紛れもない完全勝利だ。
俺は一瞬でも早く教室を飛び出せるよう体を臨戦態勢に―――
「…えー、チャイムが鳴りましたが今日はこのページだけ終わらせたいのでもう少し…」
―――殺す。いやむしろ死なす。3回ほど死なす。
こうして俺の勝利は、また一歩遠ざかっていった…
………
…そういえばチャイムの表現方法は全国共通で「きんこんかんこん」なのだろうか…?
………
…どーでもいいさ…


お弁当☆ぱにっく



「祐一ーっ」
「?」
結局あの後3分延長した授業がようやく終わり、待ちに待った昼休みというところ。
もう今更急いでも購買パンはロクなものが残っていないのは分かり切っているので―――どこの学校だろうとこれは変わることはない―――のんびりと教室を出ようといたところに、声がかかる。
誰だかは考えるまでもない。このクラスで俺の事を名前呼び捨てにするのは一人しかいない。
振り返ってみれば、やはりその、俺のいとこでつい先日7年ぶりに再会したばかりの変な髪型でちなみに猫好きで朝に弱いついでに頭もやや弱い誕生日は12月23日血液型はB型身長164cm体重47kgスリーサイズは83/57/82の少女だった。
「…祐一、詳しすぎ…」
そうそう、名前は水瀬………日吉丸だ。
「なんでそこだけ間違えるのっ!」
「お前もいちいち人の頭ん中覗くなよ…んで、なんの用だ、名雪」
「うー…」
名雪は不満そうだ。
何か言いたげな表情をしばらく見せていたが、すぐにいつも通りの直球の笑顔で、言う。
「今日ね、頑張って祐一のぶんのお弁当作って来たよ。一緒に食べよ?」
ぶふぅぁっ!
あまりにそのまんまストレートなセリフに、思わず飲んでもいない牛乳を吹き出しそうになった。
っつーか、せめてもうちょっと声のボリュームを抑えて言ってくれ…でないと…
「や、やっぱりあいつら…」
「ほら言った通りじゃん。俺の勝ち〜」
「それにしても堂々と見せつけてくれるねー」
「相沢…短いつき合いだったな…」
見ろ、あっという間に教室中が騒然としているじゃないかっ。福本伸行もびっくりのざわつき具合だ。
ああっ、聞こえるように言うヤツらはまだしも、こっちをちらちら見ながらひそひそ話してる女子どもがむしろめっちゃ気になるっ!
言いたい事があるんなら目の前で言いやがれっ!
「相沢くん」
来たな…やはり一番手はお前だと信じてたぞ…美坂香里!
さあ何でも言うがいいさ!
そう思い切り構えていると、香里は「ぐっ」と親指を立ててみせ、そのまま何事も無かったかのように去っていった…
「…何なんだーっ!?」
「あーあ、振られた俺らだけでも食堂行って来るかー」
あ、北川てめー、香里と二人きりになる口実に俺を利用しやがったなっ!?
そう思う間にも北川は香里の後について教室を出ていった…
「ゆーいちー…無視しないでよ〜」
そういった諸々の現実全てが何も見えていないのか気が付いていないのか気にしないだけなのかあるいはただのアホなのか―――間違いなく最後な気がする―――、名雪は俺の服を引っ張りながら不満そうに言う。
コイツは…
「いや…えーとな、う、嬉しいんだが…今日はちょっと…」
「え?」

いつもなら、それでよかった。
そりゃまあ困った状況で、コイツ一回世間っちゅーもんを体に教えたろかと思わないでもないのだが、何にせよ女の子から弁当作ってきてもらって嬉しくない男などまずいない―――味の保証さえあれば―――
だが、今日はまずかった。まずかったんだ。
今日に限って…

その時、微かに遠くから声を聞いたような気がした。
ぞくり、と背中に悪寒が走る。
まさか!?
一瞬脳裏に浮かんだ最悪の状況。まさか。そんな事が…いや…彼女だ、彼女ならあり得るっ!?
がらっ。
「祐一さんーーーーーっ」
「当たったああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
教室のドアを遠慮なく開けて、また入るなり名雪に負けない遠慮ない大声で俺の名前を呼んだのは…読み通りの人物だった…
「3年生だ…」
「…ぅぁ…めちゃめちゃ美人だよ…」
「……相沢の名前、呼んでたぞ…」
ヤバい。何がヤバいってそりゃもう営団線が脱線事故起こすくらいヤバい。
俺は思わず姿を隠そうと―――
「あ、祐一さんー。まだ教室にいたんですね。遅いから迎えに来ちゃいました〜」
言うな。何も言うな、頼むから…
「舞も祐一さんが来なくて寂しそうだったんですよー」
ぽか。
ああっ、よく見ると舞も来てるっ!?
いつも通りのツッコミが今日も冴えてるぜっ!
「…ゆーいち………?」
名雪がますます俺の制服を引っ張って―――伸びるっての―――、目で問いかける。
この2人は誰なのかと。
どうして先輩がこんなところに来るのかと。
俺とはどういう関係なのかと。
どうして同じ温度の空気と水とでは水の方が冷たいのか、と。
「…聞いてないって…」
誰か知ってたら教えて下さい。
…閑話休題。
「えーと、この2人はちょっとしたことで知り合った先輩で…」
「あ、祐一さんのお友達ですか?」
佐祐理さんが俺の説明…になってたかどうか知らんが…とにかく説明を遮る。
「初めまして、3年の倉田佐祐理といいます。よろしくですー」
「あ、水瀬名雪です…よ、よろしくお願いします…」
名雪が相手のペースに思わず押されて…何故か後輩の自分に対して思い切り敬語な先輩に戸惑いつつも反射的に返事を返す。
「それからあっちで祐一さんの机を漁っているのが川澄舞ですー」
「いつのまにっ!?ていうかやめいっ!」
慌てて舞のもとに走って止める。
まだ服を掴んでいる名雪の手を強引に振り切って…服が破れそうになって…
「一応聞くが…なんで?」
舞に聞く。
「…なんとなく」
予想通りの答えだった。
「お弁当」
「え?」
舞がぐい、と大きな弁当箱を目の前に突き出す。
俺の机から取ったわけじゃ…ないよな?
「あ、そうなんです。佐祐理、今日は祐一さんのお弁当も作ってきたんですよー」

…一瞬、頭の中が真っ白になった。

教室内は先程と一転してシン…と静まり返っている。
ロコツに観察しているヤツもいるが、だいたいは知らんふりしながらしっかりとこっちに神経を集中させているのがありありとわかる…
…絶体絶命ってカンジ?
「それならせっかくですから名雪さんも一緒にいかがですか?」
「え…は、はい…?」
「お昼です。いつも佐祐理と舞と祐一さん、3人で食べてるんですよー」
あああ、いちいちそゆ事を教室で説明すなっ
そして名雪…そんな悲しい目で俺を見るなーーーーっ!
「そ、そうだなっ、なあ名雪、みんなで食べると楽しいぞぉ〜」
「わたし…祐一のお弁当、作ってきたのに…」
「はぇ?」
「?」
佐祐理さんと舞も俺と名雪の変な様子に気づいたらしい。
いや、舞はどうなんだか怪しいもんだが…
名雪の手にある大きな荷物、その言葉、その表情。
「あ、あはは、ひょっとして佐祐理…お邪魔だった、みたいですね…」
佐祐理さんはだいたいの事を察知したのか、自然に退散しようとする。
が―――
「約束した」
舞のほうは引かなかった。
キツい表情だ。はっきり言って…怖い。
すっ…と左手を差し伸べる。
「祐一は約束を裏切るの」
そう、確かに今朝、約束していた。「じゃ、今日の昼も行くからな」と言っただけなのだが。
「ま、舞っ、ダメだってば、祐一さん困ってるよ〜」
佐祐理さんは珍しく慌てている。
舞は構わず俺の手を取って―――
反対側の手で名雪の手を取った。
「え?え?」
予想外の行動に名雪は戸惑う。
それは俺も同じだったが…
「友達」
ぎゅっ。
そのまま俺の手と名雪の手を握らせた。
「待ってる」
そう言うと舞はさっそうと教室を出ていった。
「失礼しましたー…待ってよ舞〜っ」
佐祐理さんもそれに続いて慌てて去ってゆく。
一瞬の間に色んな事が起こって頭の整理がつかないまま取り残された俺は―――
「…と、いうわけなんだ」
「…どういうわけ?」
当然のツッコミを受けていた。

「そ、そういう事なんで、今日は4人で一緒に食べよう…な?」
結局舞がしたかったのは、そういう事だと…思う。
「いいけど…ちゃんとわたしのも食べてよ。頑張って早起きしたんだから…」
「わかってるよ。ごめんな…名雪」
「…この代償は高いからね」
名雪はまだ釈然としない表情で―――当たり前だ―――、それでもなんとか許してくれたようだ。
「祐一…」
「え?」
「手」
「…手?」
手。て。(1)人間の両肩から左右に出た長い部分。(2)手首から先の部分。指。(3)今しっかりと名雪の手を―――
「うわぁっ…ご、ごめん、忘れてたっ」
「…そんなに放り出すみたいに離さなくてもいいじゃない」
くすっ、と名雪が笑う。
おお、いいカンジだっ。ちょっと機嫌直ってくれたかも。
「…早く行かないと昼休みが無くなっちゃうよ」
「おうっ!」
ひとまずはハッピーエンド…かな?
いやぁ、一時はどうなることかと―――

その時、再び教室の扉は開かれた。
「祐一さん、いますか〜」
そこには大きなお弁当箱を持った、1年生の制服を着た―――


おしまい。

【あとがき】
今回のラブラブ度:5%

なんかギャグなんだかマジメにラブコメしてるんだかどっちつかずでした。反省。
でもオチは最初の想定通りです(笑)
結局名雪中心になっちゃいました。おっかしーなー、あくまで名雪と舞と佐祐理さんの3人ヒロインで行くつもりだったのに…
書いてるとどうしても名雪がカワイイもんだからつい話を曲げてでもラブラブさせたくなっちゃいます(^^;

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