視界が…暗い。いや、明るい…?眩しい………
体中の感覚が失われていくのをはっきりと感じる。視界だけでなく、音もだんだん聞こえなくなって…
「祐一くんっ!しっかりしてよっ!やだ…やだよっ!」
遠くから、かすかに声が聞こえる。
いや…遠くは無い。声が遠いだけか。
それは本当にかすかにしか聞こえなかったが、その内容は、そこに含まれている気持ちは受け取る事ができる。
もはや俺の目には何も映らないが、一人の少女が俺の身体を支えながら呼びかけてくれている事がはっきりと分かる。
愛する少女の手の温もりを感じながら。
「…ごめん…ごめんね…っ!ボクが、あんな事言ったから、祐一くんが……」
「……は、はは…大げさなんだよ、お前は―――くっ」
「ゆ、祐一くん!?まだ意識はあるんだね?…無理しないで、しゃべらなくていいからっ!い、今ボクが…なんとか…」
…ダメだ。最後の力を振り絞ったが、これ以上の言葉は…無理だ。
くそ…本当に意識が遠のいてきてやがる…
せめて、この手を離さないように…しっかりと―――

ぽたん。
その時、頬に熱いものが当たるのを感じた。―――涙?
「いや、いやだよっ…祐一くん……死んじゃ…やだよ………」
ぽたん。
…ぽたん。
熱を帯びた雫が、断続的に俺にかすかな感覚を与える。
「お願い、ボク、もうわがまま言ったりしないから…っ…祐一くんを、助けてよっ…」
―――あゆ。
涙を、拭いてあげたかった。
泣くなって、言ってやりたかった。
―――やりたかった?
どうしてだろう…どうして諦められる?どうして、愛する少女を慰める事すら出来ないで眠る事ができようか。
それに、俺は。
こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。やっと、長かった記憶の檻を破って、少女と―――あゆと、愛し合う事ができたばかりなのに…
それにさ、どうせ死ぬならカッコイイ死に方したいよな。男なら。
いくらなんでも、こんな―――
…あのジャムをパン2枚分食べて死ぬなんてカッコ悪すぎるじゃねーかっ!!


Brave Fighter Prelude



「三途の川の流れって結構速いんだな。水質汚染も進んでるし、ちゃんと対策を考えないと」
「………お帰り」
「ただいま。死地から帰ってきて最初にこんなインテリジェントな発言が出来る俺って素敵。まあ将来の事務次官だし」
「…らしいけど、ちょっと違うと思う…」
とりあえずしゃべるだけしゃべってから、周りを見渡す。改めて探るまでもない、俺の部屋だ。
「ふむ…」
次に自分の身体を感覚でチェックしてみる。体温、呼吸、異常無し。特に痛むところもない。違和感の残る所も、特にない。
改めてまた周囲の環境に目を移す。
ベッドに寝かせられている。布団もちゃんとかかっている。微妙に太陽の気持ちいい匂いがする。
そして。
一度、ベッドから両手を出して、ポン、と叩く。
「おお。あゆ」
「今気づいたかのように」
「愛してるぞ」
「そんな適当に言われても」
あゆは呆れたような、諦めたような―――我ながら絶妙な表現だ―――表情で律儀に返事を返してくる。
いや、よく見ると、目が赤いか。
そうか…泣いてたもんな。
「なら、心配かけたお詫びにキスしてやろう。さあ来い。今ならサービス期間だぞ」
手を伸ばして、ちょっと強めにあゆの手を握る。
「えっ!?ちょ、ちょっと、祐一くんっ」
「照れるな照れるな。今更恥ずかしがる事もないだろ。普段はもっと凄いこと―――
「わ、わ、わあーーーーっ!!ダ、ダメだってばっ!あ、あの、名雪さんが…」
「名雪?心配すんなって。騒がなきゃ別に見つかりは…」
「…ここにいるんだけど」
「おお」
これは気付かなかった。
よく見てみると、あゆの後ろ、そんな離れてはいない所に立っていた。寝ているとなかなか気付き辛い場所ではある。
「わたし、邪魔みたいだから」
「まあ、待てって。そんな、あの目覚ましに俺の芸術的な平家物語の朗読を上書き録音した時のような冷たい目で見るなよ」
「それは…やだなぁ…」
あゆがどうでもいいところにツッコむ。
…どうでもよくないかもしれない。
とか考えている間になんか名雪が無言で去っていこうとしてるんですけど。
「なあ、名雪。たしかに良くないよな、こういうのは」
俺が呼びかけると、一応無言のまま、こちらを振り向かず、それでも立ち止まった。
少し気を持たせるように、間を置く。
「というわけで、先に名雪から可愛がって―――
そして俺は、あゆの「顔面まくら潰し」により、本日2度目の別世界に旅立った。


「まあ、つまり事の発端はだ」
改めて俺とあゆと名雪が3人でリビングに集まって、事の次第を整理してみることになった。
…今回は目が覚めたら周りに誰もいなかったことを補足的に付け加えておく。
「俺が例のジャムに関してあゆに話したら、あゆが”はンっ!たかがジャムじゃねぇか!かかって来いやオラァ!!”という―――
「そんな事言ってないよっ」
―――という主旨の事をほざいたため、急遽あの未確認マテリアルAこと封印されたジャムを取り出してパンに塗って出したわけです」
「いきなり丁寧語になる意味もわかんないけど、未確認マテリアルAっていうのもどうかと」
「ちなみに秋子さんのAだ」
名雪が静かにツッコミを入れてくるので、とりあえず補足を入れる。
「えー…で、なんとあゆが敵前逃亡。せっかく俺がパン2枚にたっぷりと産廃処理…もとい、美味しく食べられるように塗ってやったというのに」
「うぐぅ…ちょっと食べたよ…」
「あんなの食ったうちに入らん。せめて地獄の入り口の風景が目の前に広がるくらいは食え」
あゆが食ったのは、本当にパンの端っこをかじった程度だ。
…まあ、それでもしばらく硬直はしていたが。
「…それで、残りを全部祐一が食べちゃったの?」
「うむ。まあなんつーか、どこぞの逃亡兵が自分は逃げたくせに食べ物を捨てるのは良くないだとか小麦の神様が泣いてるぞとか色々。俺としては小麦に神様がいるのならドライイーストや水やバターにも等しく神様が付いているべきではないかと思うのだが」
「そういう問題かなぁ」
「後は知っての通りだ。ちなみに、意外にこういうケースでは走馬灯というものは見えないらしいぞ」
今回最大の収穫かもしれない。
「…役に立たない知識だよ」
言うな。


『…と、このように、普段は栄養と呼ばれるものでも多量に摂取すると却って身体に毒になる事もあり得るわけです。例えば人がまだ狩猟生活をしていたころ、動物の肝臓は”少し食べれば身体にいい、食べ過ぎると死ぬ”と言い伝えられました。これは肝臓というのはビタミンAを―――
皮肉か、この番組は。
毎週身の回りの「神秘」を科学的に紹介する番組であるが、なんとも素晴らしいタイミングで、今日の特集は「食生活と人間の身体」だった。
「…っても、アレが少しなら身体にいいとはあんまり思えないけどな」
あの仮死体験から数時間、夕食もとってなんとか悪しき記憶から逃れられるようになってきていた。
まったく、秋子さんも、あのジャムさえなきゃホント完璧な…ちょっと謎の多い美人、なのになぁ…
本当の年齢も仕事何してるのかもわからないけど。
………冷静に考えるとめちゃくちゃ怪しい…
だいたいあのジャムは何のために存在するんだ?秋子さんは自分で味見したことはあるのか?味覚が壊れているのか?それとも分かってていやがらせしてるのか?
まったく、何にしてもはた迷惑な話―――
「祐一さん、ちょっとお買い物お願いしていいかしら」
「はい、もちろんですよ。秋子さんのお願いなら株でもなんでも買ってきますとも」
………
…い、いや、違うんだ。か、体が、口が勝手に…
くっ…これがパブロフの犬ってヤツか。ちくしょう、パブロフめ。そういえばお前の犬の名前知らねーぞ。
でも、このままじゃダメだ。いつか、勇気を出して、あのジャムについてとか、その他色々聞き出さないと。このまま謎の影に怯えて暮らすのは―――
「ええと、ここにメモしておいただけなんですけど…ごめんなさいね、今手が離せなくて」
「いいんですよ。いつでも頼りにして下さい」
………………
………
いつか。


その日以来、何故かあゆがこの家に来たがらなくなったのは、また別の話である。

幕。

【あとがき】

久々にアホみたいに軽いのやってみました。
まあ…最初のアノ部分で30%近く使ってるとゆーのはどうかという気もしますが。でもどうでもいい所に限って長いのは別に今に始まった事じゃないですし(←開き直り)

Brave Fighterシリーズもそのうち再開したいな…前の書いてからもう1年と1ヶ月以上…(^^;

こんなものでよろしければ、感想など書いていただけると舞い上がって喜ぶという習性が村人。にはあることが近年の研究により判明しています。よろしゅうに♪