取材される側の気持ちを理解することは、記者にとって、とても大事なことだ。
 これは、だいたいそんな話である。



***



 今年もやってきた。何カ所かの掲示板にわけて貼られた大きなポスターが、イベントの開催を大々的に告知している。
 必然的に、昂ってくる。告知があったとき、参加申し込みをするとき、そして作品を提出するとき。何度経験しても、このときの気分の高揚が生じなくなることは、ない。結果発表の前は、また別の、そして他よりずっと厳しい緊張感と戦うことになるのもまた、毎年恒例だった。
「……よしっ」
 気合を入れるために、意識して声を出す。誰に聞かせるためでもなく。
 今年こそ。とは、毎年思うことだったが、今年こそは、私は違う。覚悟が違う。本気で勝ちに行くと決めていた。
 花果子念報の新たな一歩を始めよう。ここから始めよう。

 応募期間は長く、なにも朝一番にポスターを見に来る必要はなかった。にもかかわらず来ているのは、あいつは、あのなんでも最速好きのスピード狂は、必ずこのタイミングで来ると確信していたからだった。
 本文をざっと読んで決意したところで、複数の掲示板が視界に入る距離まで引く。まだまだ日は低いというのに、すでに結構な数が集っていた。ちょうど新聞配達が終わるタイミングだということも大きいのだろう。
 離れて眺めてみると、この世界の有名人の姿も見える。毎年のように優勝争いを繰り広げる、大本命新聞の記者の姿もあった。定義上は私の敵である。向こうはこっちのことを敵とも思っていないだろうが。
 そしてまた別のところには、別の意味での有名人も、いた。そいつこそが、探していた相手だ。外見にさしたる特徴があるわけでもなかったが、私は後姿で確信する。後ろからそっと近づく。じっとポスターを見つめている彼女の隣に立つ。ぎりぎり、彼女の視界に入るように。
「今回は勝つからね」
 一言目に、ずばりぶつける。
 彼女は、射命丸文は、横目で私のほうを向いた。少し、驚いた顔をしていた。
 してやったり。驚かせるために唐突に言ってやったのだ。私の本気度合いも伝わるというものだろう。
「あなた、こんな時間にちゃんと起きてるの?」
「そこっ!? 驚くところそこなの!?」
 なにも伝わっていなかった。
「や、だってあなた、昼ごろに起きてご飯食べて昼寝してご飯食べて寝る生活リズムでしょ」
「でしょって。なんで当然の前提知識かのようにでたらめ言えるのよあんたは。ちゃんと規則正しい生活送ってますけどー」
「規則正しく食べて寝てるんでしょ?」
「仕事してるからっ! あんたも私がちゃんと記者やってること知って……ああもうこんなグダグダしたやりとりはどーでもいいの! 今回は勝つって言ったんだからそこをちゃんと拾ってよ!」
「……勝つ? あー……塩を舐めて産地と製法を当てる利き塩コンテストとかで?」
「違うわよ! なんでそんなマニアックなコンテストがあるのよ!」
「え……それじゃなかったら、いったいはたてが私になにで勝てるっていうの……ちょっと他に思いつかないんだけど。……降参ね」
「なんでよ!? もっと……あるでしょ! いろいろと!」
 ここでさっと具体的に出てこないのは、我ながら悲しいところである。
「ってか、状況でわかるでしょ! 新聞大会のポスターの前で、なんで利き塩コンテストの話が出てくるのよ! 新聞で勝つって言ってるに決まってるじゃない」
「ああ。なるほど、おもしろ誤植部門で」
「くっそ顔面蹴りたい」
 想像の中ではすでに蹴飛ばしているのだが、想像の中ですら簡単に回避されてしまって、なおのこと悔しい。
 落ち着け。落ち着こう。文がこういう奴だということは、よくわかっていることだ。相手のペースで会話してはいけない。
 軽く息を吐いて、間を置いて。私のタイミングで話をしなければ。
「……も、もちろん、あんたも参加するんでしょ。せめて順位がつくといいわねー」
「あなたも、せめて一人くらいには新聞だと認識されるといいわね」
「そこまで低レベルじゃないしっ!? 毎年それなりに票は入ってるし!」
 我ながら情けない叫びである。
 ……いや。いや。それも去年までの話だ。
「とにかく! 今年は本気だから。今のうちに負けた時の言い訳を考えておくことね」
「あなたも今のうちからどの急病だったことにするか決めておきなさいよ」
「なんで不提出前提なのよ!? 私はやるといったらやるんだから――」
 言いかけたところで。
「あーやー! やっぱり来てたー」
 横から、邪魔が入った。
 文と私が同時に声の方向に振り向く。私は知らない顔だったが、おそらく文の知人なのだろう。女性の烏天狗だ――ここにいる他全員と同様に。文は、ああ、どうも、と軽く応えていた。応え方と微妙な声音から、そこまで親密な仲ではないな、と悟る。
「今日は新聞大会の告知だから絶対来ると思ったよ」
「あやや。なにかご用で?」
「もー、わかるっしょー。今年こそレースに出てもらおうって話だよ。文が出れば優勝間違いなしなんだからさ! 頼むよー」
「うーん、私は記者ですから」
「関係ないよー! 文より速い子なんていないんだからさ、みんな知ってるよ。ね、盛り上がるよきっと」
「いえ、私はちょっと……」
「そうよそうよ、文には空中体操のほうに出てもらうんだから、引っ込んでてよ」
 文が困ったように断りを入れていると、また別のところから声が届いた。
「いやいや文はカラテ界のホープなのよ、横から手を出さないでくれる?」
「待って、射命丸さんには今年こそエクストリームスタンプラリーに」
「超格闘美少女コンテストの日程も近いんですから、文さんに激しい競技をさせないでください。ねえ文さん――」
「……あはは」
 あっという間に、文は多数のスカウトに取り囲まれていた。
 私は、押しのけられるように文から離れる。ふう、とため息一つ。
 初めて見る光景というわけでもない。文は記者としてよりも、その圧倒的な身体能力で有名人だった。機会を見ては、文を自分たちが運営する競技に引きこもうとする勢力が殺到するのだ。
 正直言って、ちょっと不愉快だ。
 みんな、遠回しに文に記者は向いていないと言っているようで。
 取り囲まれて困っている文を見て、しかし私にはそこに割り込む度胸はなかった。手を伸ばしかけるが、すぐに諦めて腕を下ろす。
 もう一度ため息をついて、文に背を向けた。
 体を反転する直前、文と目が合った。表情までは確認する時間はなかった。
 まあ、いい。宣戦布告はしたのだ。言うべきことは言った。
 あとは、結果を突きつけてやるだけだ。

 勝ちに行く。
 これは、単なる意識高揚のための文句などではない。自己暗示などではない。
 手段は選ばないという、決意表明だ。



***



 文は本気で飛べば誰にも追いつけないほどの凄まじい速さを見せる。より正確に言えば、私が知る文の最速が本当に本気なのかどうかもまだわかっていない。とにかく、標準的な速さしか出ない私ではとても追えない速さということだ。だが、普段はむしろゆったりした速度で飛んでいる。ネタを探しながら飛んでいるため、かもしれない。
 つまり、要するに、今は私でも問題なく後を追える速さだということだ。

 ふらふらと飛んでいた文が地面に降り立ったのは、広い湖を半周ほど飛んだ後だった。
 文に見つからない程度の距離、つまりかなり遠くまで離れて、高度も上げて飛んでいただけに、見失わないよう、このときは速度を上げて距離を詰めた。
 文が降り立った先は、幸いすぐ近くの森の中ではなく、湖岸の平地だった。ここであれば、空から様子を伺うこともできる。
「あれは……氷精ね」
 隣にいる妖精の姿を確認して、呟く。
 文の新聞で時々ネタにされている氷精だった。遠くて顔までは確認できないが、この場所と、特徴的な羽でわかる。
 見ている限り、普通に立ち話をしているだけで、特に事件が起きているようには見えない。実際、文は数分ほど話をすると、再び地面を蹴った。私は慌てて高度を上げつつ、文の移動方向から離れるように飛ぶ。
 幸い、文はこちらを向く様子はなく、またどこかに向かって飛び始めた。
 さて。私は、地面の氷精と、飛んでいく文の両方に視線を向ける。
 思考、五秒。私は、文の後をまた追い始めた。
 おそらくただの雑談だろう。すでになにかの事件を追っていて、その聞き込みという可能性もあったが、だとしても氷精から有益な情報が得られるとも思えなかった。ならば、ここは気にせず文の次の行き先だけ気にすればいいだろう。見失ってしまっては、今日はここまでということになってしまう。
 また先ほどと同じ程度の距離を保ちながら、尾行を続ける。

 しかしこの後も、地面に降りて誰かと話をしてはすぐに飛び立つの繰り返しであった。文の飛び方の不規則性から考えても、具体的な事件を追っているようには、とても見えない。
 そうこうしている間に、夕方である。
「……今日は、ハズレかな」
 毎日そんな記事になるような事件があるはずもない。文は、そして私は、その当然の事実を一日かけて確認しただけ、という話だ。
 それにしても、疲れる。もうへとへとである。ほとんど文は一日中飛んで降りて話しての繰り返しで、私はそれを少し離れたところで観察していた。ずっと。そして、特に収穫なしである。なんとも、効率の悪い話だ。
 日が沈みかけているのを見て、文が森から飛び立ったのを確認して、私は今度はもう追いかけず、ゆっくりと森の中の少し開けた部分に向かって降り始める。時々は地面に降りていたとはいえ、かつてほとんど経験がないほどずっと飛んでいて、一度休憩しないととても帰るまでもつ気がしなかった。
 大きくため息をつく。思ったよりこれは大変だ。早めに当たりを引いてくれることを祈るしかない。
 体に負担をかけないように、そっと地面に降り立つ。
 足には心地いい重力感。飛ぶのに力を使う背中からは力が抜ける。腕も緊張から解き放たれてふっと脱力する。
 ふう、ともう一度大きく息を吐いた。
 その、直後。
 膝裏に衝撃が走った。
「へぁっ!?」
 膝の裏になにかが当たった、と感じた直後にはもう、一切抗うことなく、全身は崩れ落ち、私は仰向けに地面に倒れこみ――そうになるところを、がっしりとなにかに支えられて、止まった。
 急なことにばくばくばくと猛烈な勢いで暴れる鼓動を感じながら、ぐ、と首を上に、つまり背中側、私の背後のなにかに視線を向ける。
 見慣れた顔が、そこにあった。
 文は、にこりと薄く微笑んでいた。
「油断大敵。ここが戦場なら、あなた死んでるわよ」
「あーーーーやーーーーー……!」
 文の顔を見て、ようやく私は、なにが起きたのかを悟る。
 膝の裏にあるのは、文の膝だ。
 いわゆる膝かっくんである。これを、やられた。着陸直後に。
 文の力を借りて、上体を起こす。姿勢が安定したところで、振り向く。
「子供かあんたはっ!」
「ふふん。ダメねえ、誇り高き烏天狗ならこれくらい撃退できないと」
「ぐっ……こんだけ不意打ちされたら仕方ないでしょっ」
「私は昔やられたとき、すぐに膝を伸ばして押し返した力だけで、やってきた相手を後ろに吹き飛ばしてその勢いで木を一本折ったわよ」
「なにそれこわい」
 いくらなんでも冗談だろうと笑い飛ばしたいところだが、文ならやりかねない、と思えてしまう。
 それくらいできて一人前の烏天狗でしょうに、というまことしやかに語る言葉にはとても賛同する気にはなれないが。
 ともかくゆっくり深呼吸して、呼吸と脈拍を落ち着かせよう。
 息を吸って――
「で、なんで今日は私をストーキングしてたの?」
「へぁっ!?」
 思い切り吹いて。
 むせた。
「な、な、なにを言ってるのかちょっと」
「いやバレバレだから。尾行の初歩の初歩くらいは教えてあげないといけないかと心配になるくらいバレバレだったから」
「うぐっ……いや、違うのよ。たまたまさっき姿を見かけたから、なにしてるのかってちょっと確認しようってくらいの」
「最初にチルノさんと話したときからずっといたでしょ」
 本当に完全にバレバレであった。
 まさに、ぐうの音も出ない。
 文はといえば、怒っているわけではなく、どちらかといえばやや呆れた顔をしている。回答できないで視線を泳がせていると、やがて文は両腕を軽く上げた。
「あなたの言っていた、今回は勝つっていうのは、このこと? 言っておくけど、私のネタを盗んだところで、結局いつもどおりの劣化情報に基づいた記事にしかならないわよ」
「……わかってるわよ。そんな気はないから」
「じゃあ、なんなのよ」
「えっと……いや……」
 しどろもどろ。
 必死に頭を回転させて、言葉を探す。文はじっと見つめてくる。俯く私の視界の上のほうに、今度は答えるまで待つという意思をはっきりと感じる。
 本当のことを言うつもりは、ない。それはできない。その時点で私の目的は極めて達成しづらくなってしまうからだ。
 浮かんでは消える数々の言葉。
 ぐるぐると巡る言い訳の山。
 そして生まれ出たのは、自分の口から出たとは思えない、衝撃の一言だった。
「……取材のやり方を、勉強しようと思ったの」

 言ってから、自分でショックを受けてしまった。
 よりによって。よりによって、私が文に? 文に取材を教わりたいと言ったのか?
 なんて屈辱的な言葉だろう。
 少なくとも、今回は勝つと啖呵を切った者の言動ではないだろう。すでに負けを認めたも同然である。
 嘘にしてもあんまりだった。気分が悪いうえに、無理がある。
 もちろん、正直な話、悔しいながら、文を参考にしているところは、多々ある。それ自体は事実だ。ただ、その言葉を文に言うかどうかはまた別の話だ。文にとっても、意外すぎる言葉だろう。
 現に、文もハナから信じる気配もなく、
「そうだったのね……なるほど。見て真似をするのは悪い発想じゃないわ。やるじゃない、はたてにしては。しかも私に目をつけるなんて、大正解」
 信じる……気配も……
 ……ああ。私にはわかる。
 文のこの笑顔は、心底嬉しいときの笑顔だ。少し、照れてさえいる。
 本気だ。本気にした。本気にしたのだ、こいつは。
「……」
 本気にするなよ、と笑い飛ばしてしまいたいところだったが、文の、いつもの皮肉な笑みとも、営業スマイルとも違う、素直な微笑みを見ると、とてもそんな言葉は出てこない。
 いや。いや。
 相手は文だ。あの文だ。たまに、こんな、無防備な、純粋な、ちょっと頬を朱に染めたくらいの笑顔を一度見たくらいで、油断しては、だめだ、でも、あまりに珍しいからこそ、威力は強くて、くそう、なんだ、可愛い。文のくせに。
 まさか、こんなデタラメな一言で、こんなに喜ぶとは。なによりそれが意外だった。私の中の文のイメージでは、ニヤニヤ笑って私を馬鹿にする一言をぶつけてくるはずなのだ。
 もしかして、私を引っ掛けるために、信じたフリをしているのではないか。
 と、一瞬だけ疑ったのだが、文はそういったたちの悪いいたずらはしない。なにより、そんなことのために一瞬でもこんな表情を見せたりはしない。
「なによ、それならそう言いなさいよ。素直に言ってくれれば、私だって拒みはしないわよ。どうせなら遠くからじゃなくて近くで見たほうがいいでしょ。明日は、取材についてきてもいいわよ」
 照れ隠しかのように早口で文が話す。
 まだ動揺から立ち直っていない私は、あ、えっと、と意味のない言葉を発して、時間を稼ぐ。
 しかししかし。理由はともかく、この文の誘いはまさに渡りに船だった。尾行に無理があることは、今日でもう実感していた。文を遠くから追いかけるだけではなんの話も聞けない。文の取材相手に話を聞けば、もう文を追いかけられなくなる。
「……ふん。本当は文の世話になるなんて、嫌なんだけど」
 そう思いつつ、つい憎まれ口がまず出てしまう。
 文があまりに珍しく素直な反応を見せるから、反動のようなものだった。
「まあまあ。照れるな照れるな」
「照れてるのは、あんたのほうでしょ」
「……まあ、ちょっとね」
「……」
 これだ。やめてほしい。
 また予想もできない文の反応に、なぜか私のほうも顔が熱くなってくる。
 これは、騙しているという罪悪感なのか。少し、違うような気がする。
 文の顔が直視できなくて、軽く視線を逸らす。
「明日も普通に取材していくから。適当に見学してるといいわ。あんまり教える気はないけど。そこは自分で盗んでいって」
「わかってるわ。隣にいることができるなら、それで十分だから」
 もとより、教わる気はない。
 本来の目的を達成するためなら、必ずしも文と直接話をする必要はない。
 そう、隣で話を聞けるなら、それでなにも――
 ……
「ち、違うからね!? 変な意味に受け取らないでよね!?」
「えっ……あ、うん。……わかってるって」
 時間差で、自分が割と意味深に聞こえる発言をしてしまったことに気づいて、慌ててフォローする。
 そして、慌ててしまった自分がまた悔しくて、後悔する。とはいえ、文もすぐに今のフォローの意味に気づいたということは、やはり、必要だったのだ。たぶん。
 微妙な沈黙。
 文は、このなんとも言えない空気を打破するように、よく見るような営業スマイルを浮かべて、元気な声で言った。
「明日、昼過ぎに、私の家の前に来てくれれば、連れて行くわ。遅かったら置いていくからね」
「わかったわ。お昼時を狙って邪魔するから」
「じゃあ思い切りおいしそうな匂いさせるようにしておくわ。もちろん食べ終わるまで一歩たりとも入れないけど」
「いいわ、窓から入るし」
「不法侵入ね。記事になるネタの提供助かるわ」
「……はいはい。冗談ですよって。ま、適当な時間にお邪魔するわ。まあ……その」
 息を吐いて。
 間を置いて。
 視線は合わせないで。
「……ありがと。本当に邪魔だと思うけど、遠慮しないでおくわ」
 文は少しきょとんとしていたが、ん、とすぐに軽く応えた。
 軽い口調のまま、んなこと気にする関係じゃないでしょ、と言った。




「さあ行くわよ、弟子一号! いや生徒?」
「見学者ってことで」
「なにそれ寂しい。まあいいや、どうせあなたとしか呼ばないし」
「そのほうが助かるわ」
 春の陽気、快晴。外を飛び回るには最高の天候だ。
 文もいつもより元気のように見える。
「で、あなたは今日はなにかここまでに面白い情報見つけてきた?」
 すぐに飛び立つのかと思いきや、文は唐突に尋ねてきた。
 戸惑うが、強がっても仕方がない。首を横に振って応える。
「そう。なんか情報集めようとはしてる?」
「新聞読んでる。四つ。昔は十以上読んでたけど」
「ふんふん、まあ敵情視察は妥当なところ――十!? どんだけ読んでんのよ、時間いくらあっても足りないわ」
「だから、昔だって。取材なんてしなかった頃」
「ああ、そういうことね。昔ってほど昔じゃないでしょうに」
「細かいことはどうでもいいの」
「まあね。私のほうも特にコレといってなし。今日も適当にふらふら飛んでうわさ話を聞いてくる仕事になるわ。地味だけど、まあ収穫があればラッキーだから適当に楽しみにしておくことね」
「適当に楽しみにしておくわー」
 オウム返しで応えると、よし、と言って文はふわりと地面を蹴った。
「それじゃ、善は急げ。行きましょ!」
「うん」
 いつもどおりの、文にしてはゆったりとしたペースで。
 今日の取材が始まった。


 最初の行き先が人里だというのも、文らしい話である。そもそも烏天狗の記者の大半は、山から外には出ない。出たとしても、人里に行くことなど、まずない。人里で起きていることなどに興味はないからだ。普通の烏天狗は。
「お、運がいいわね。今日は当たりの日だわ」
 街を見下ろしながら、文は嬉しそうに言った。
 文の視線の先を追うと、人が、主に人間の子供たちが集まっている場所があることに気づいた。中心には、目立つ金髪の少女が座っている。
 文はもう降り始めていた。子供たちの後方に向かって。一瞬だけ、金髪の少女がこちらのほうに視線を向けたが、特にそれ以上の反応は見せず、今の自分の仕事――人形劇を続ける。この人形劇も、新聞で見たことがあった。言うまでもなく、文の新聞でだ。
 一度視線を向けたあとは、私たちが地面に降りたときもその後もまったく私たちを気にすることなく、彼女は仕事をそつなくこなしていた。いや、そつなく、などという言葉では語弊がある。その人形劇はもうクライマックスが近いのか非常にアクロバティックであり、二体の人形が複雑に激しく飛び回り、戦いを繰り広げていた。とても人形劇などというレベルではない。その戦い方は「見せ」重視とはいえ、十分に本物の戦いとして通用する内容のある、臨場感のあるものだった。
 すべて、文の新聞に、以前そう書かれていたとおり。
 隣でシャッターの音が聞こえる。はっとなって隣を見ると、文がカメラを構えていた。うっかり集中して見るだけになっていた私は、それを見て慌ててカメラを取り出す。
 人形劇の様子と、それを見て歓声をあげている子供たち……の、後ろ姿を撮る。撮り始めてまもなく、激しいシーンは終わった。落ち着いたよく響く声が、物語の結末を告げる。最後だけ見ていた私にはどんな話だったのかはさっぱりわからないが、子供たちの大きな拍手と歓声が、人形劇が成功であることを伝えていた。
 やがて彼女は道具を片付け始め、子供たちは帰り始める。子供たちがいなくなったところで、文が前に出た。
「どうも、お疲れ様ですアリスさん」
 彼女、アリスは片付けしながら、顔を上げた。
「文もね。もう私の人形劇なんて撮っても新しい記事なんて書けないんじゃない?」
 アリスは親しげに「文」と呼んだ。文からは丁寧語で話しかける相手、つまり取材相手という関係であるにもかかわらず。
 少し驚いたが、文は割と誰にでも親しまれやすいものだ。そういうこともあるだろう。
「すばらしい芸術は何度でも撮りたくなるものですよ。それに、二度と同じ写真は撮れないものです。似たようなものでも、私たちにとってはやっぱり別物ですから」
「ふふ、ありがとうね。楽しんでもらえるのは嬉しいわ。……ところで、珍しいわね、一人じゃないなんて。えーと……はじめまして、よね?」
 アリスは、私のほうを向いている。
 油断していたため、少しあたふたしてしまう。
「あ、はい。姫海棠はたてです。えーと、素晴らしい人形劇でした」
「はじめまして、アリス・マーガトロイドです。ありがとうございます」
「いえ、敬語じゃなくても大丈夫ですから。その、以前から文の新聞であなたのことは存じてました。実物を見ると迫力がありますね。あ、人形劇のこと、です」
「文の友達?」
「弟子なんですよ、弟子。今日は社会勉強させてるんです」
「同業者、ライバルです」
 文が勝手に答えるのに途中から被せるように私も答える。
 アリスは食い違う二人の答えに首を傾げるが、特にそれ以上突っ込んではこなかった。
「はい、アリスさん。お疲れでしょう、冷たいお茶ありますよ」
 文はさらに前に出て、カバンから水筒を取り出して、すっと前に出す。
「ありがとう。でも、自分のを持ってきてるから、大丈夫よ」
「ああ、そうですよね。アリスさん、準備はいつも完璧ですからねえ」
 すっと水筒を引く。
「そうそう、近いうちにまた山の麓で中古品市があります。貴重な魔法道具がこっそり紛れ込んでるかもしれませんし、よかったら今度も来てみてください。日程がわかれば、連絡しますね。私からの紹介状をそのときにお渡しします」
「ああ、あれね。助かるわ、ありがとう」
「いえいえ。ところでアリスさん、なにか最近面白いことはあったりしませんか?」
「うーん。いつもどおりね。最近にんじんがちょっと値上がり続いてるけど……そんな話はさすがに興味ないわね?」
「ちょっと、地味ですねえ」
「そうよね。特に思い当たることはないわ」
「了解です。またなにかありましたら教えて下さいね!」
「うん。文も頑張ってね。そろそろ大会でしょ」
「あやや。大会のことまで気にかけてくれるなんて、感激ですねえ。ええ、やってきますよ」
「あ、もしかしてあなたも、大会出るのかしら?」
「えっ、あ、はい」
 急にアリスの声が私の方に向いて、またしても一瞬言葉が遅れてしまう。
「そう、頑張ってね」
 アリスは、静かに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
「ではアリスさん、私たちはこれで。今度ともよろしくお願いします!」
「気をつけてね」


「ずいぶんと破格のサービスじゃない。山の市場によそ者を招待するなんて。どういうつもり?」
「私にとっては、たいしたことじゃないの。アリスさんはあれで怪しげな市場とかも大好きな子なのよ」
「でも、あの子が市場に来たところで、なにかネタになる事件が起きるわけでもないでしょうに」
「甘いわね。情報収集の肝は、人脈なのよ。お互いの信頼関係が、他の誰も聞けないような情報を得る元になるの。ネタが欲しいっていうのはあくまでこっち側の勝手な都合だからね。相互に利益のある関係を作っておくことが、大事なの」
「……」
「取材するときは、取材される側の気持ちをちゃんと考えないとね。めったに経験できないから、想像しにくいんだけど」
 なるほど、と思った。説得力のある言葉だ。
 返事をしなかったのは、単にちょっと悔しかったからだ。おそらく基本的な事実であるということ、それをあまり意識できていなかったということ、そして自分にとって文句なしに足りない点であるということ。そのあたりが。
 本気で勉強するために来たわけではなかったが、勉強になる。不覚にも。
 それにしても、文が上機嫌である。まだ街中を歩いているのだが、やや早歩きのように感じる。表情も標準状態よりは明るい。
「……なんか、機嫌いいじゃない。あの子に会えたのが、嬉しかったの?」
「うん? まあ、それもあるけどね。いやー」
 文は横を歩く私の顔を横目で眺める。
 口元は笑っている。嫌味のない、自然な笑みを見せながら、文はまた口を開いた。
「はたて、私の新聞結構ちゃんと読んでくれてるのね」
「へっ!? ん、ぐっ、えふうっ」
 予想外すぎる言葉に、全力でむせてしまった。
 なんのことだ、と問い返そうとして。
 すぐに、思い出す。そういえば、私がはっきり言ったのだった。文の新聞で、アリスのこと、人形劇のことは知っていたと。
 なんの考えもなしに言ったこの言葉を、文はしっかり聞いてその意味を理解していたのだ。そして、上機嫌になるほど、気にしていたのだ。珍しく「はたて」なんて名前を呼ぶくらい、そんなに、嬉しいことなのか。
 私としては、失言と言わざるを得ない。ごまかしようがない。
「まあ……ライバルとしてね。一応確認しておかないとね」
「うん、うん」
 私の言葉にも、嬉しそうに頷く。調子が狂う。
 実際には、文の新聞は、一応どころか、毎号全記事読んでいる。倒すべき目標というのもあるが、なんだかんだ言っても面白いのだ。文句を言いたいところはいくらでも出てくるのだが。
「でも、人形劇の記事も、ちゃんとその魅力を伝え切れてるとは言えなかったわね。あの躍動感をしっかり伝えないと、読んでる人の興味を惹くことはできないでしょ」
「はいはい、気をつけておきますよっと」
「もう、文はそのへん適当だから――」
「あや、今日は本当に当たりの日ねえ、もう一人知り合い発見」
「……」
 完全に無視された。
 もともとこの話題は、文はまともに取り合わない。いつものことだ。
 これ以上は諦めて、歩く速度を早めた文についていく。正直、話題が途切れてほっとしたのは、私も同じだ。

「こんにちは、鈴仙さん。今日も薬売りですか?」
「あ……こんにちは」
 文が後ろから声をかけた相手は、カゴを背負った兎だった。
 兎は振り返ると、あまり元気のない声で小さく首を下げながら挨拶を返した。
 私のほうもちら、と見たが、特になんの反応も示さなかった。
「今日も、いつもどおりのルートでね。目新しいことなんて、なんにもないわ」
「そうですか、いつも大変ですね。お疲れ様です」
「別に……仕事だし」
 鈴仙と呼ばれた兎の態度は、明らかに文を歓迎していなかった。文が話しかけていても、歩みを止める気配もない。ただ、特別不機嫌なわけでもなさそうで、単にこういう性格なのかもしれない。
 この兎にも覚えがあった。一度、文が記事にしていた。
「特定の薬の売れ行きがいいとか、なにか病気が流行ってるとか、そういう話もないですか?」
「ないわ」
「そうですか」
 文の問いかけにも、実にあっさりした返事である。
「輝夜さんはお元気で? また面白いこと始めようとしていたり」
「……相変わらず。特になにもないわ」
「ふーむ」
 取り付く島もない、といった具合である。文は、鈴仙の顔を横から見つめながら、うーん、と唸った。
「鈴仙さん、もしかして、知らない子がいるから、緊張してます? 大丈夫ですよ、この子はただの弟子ですから。人畜無害ですよ。記者の卵ですけど、変な記事は書かせないように私が責任持って監督しておきます」
 私のことか。
 反論したい部分が複数あったが、ここはこらえて口を開かないでおく。
 鈴仙はまた私のほうを一瞬だけ見たが、それだけでまた目をそらした。
「別に、本当になにも話すことなんてないだけだし」
「そうですか、失礼しました。ああ、そうです、今このあたりでにんじんの価格が高騰してるらしいですよ。あなたのお家で栽培しているものをここで売れば割と喜んでもらえるんじゃないかと思います」
「……そうなの? うちはそんな商売はしないけど……でも、不作かもしれないのは気になるわね。栄養バランスが崩れ始めるかもしれないし……気をつけておくわ。まあ……ありがとう」
「いえいえ、こんなことでもお役に立てるのでしたら幸いです。鈴仙さんもなにか困りごとがあれば気軽に相談してください。私も情報はいろいろ持ってますから」
「……」
 鈴仙は、少し戸惑ったような顔で、文の顔を、そして私の顔を少しだけ見た。
 そして、一軒の家の前で足を止める。
「次の訪問先、ここだから。もう行っていい?」
「ああ、はい。お仕事お疲れ様です」
「……いつもよりずいぶん優しいわね。その子が見てるから?」
「……」
「では、また」
 鈴仙は、ぺこりと頭を下げて、目の前の家に入っていった。
 最後に残した鈴仙の言葉に、文は振るために上げた手が中途半端な高さにあるまま、固まっていた。表情もひきつっている。
 そんな文の反応と、鈴仙の言葉が後から私の脳内をじんわりと巡り始めて、耐え切れず、思い切り、吹いた。
「いつもより、優しい……う、くくくっ……なによ、文、いつもどおりやるんじゃ、なかったの……ふっ、は、ははっ」
「……あの子の、錯覚よ。私はいつも優しいの」
「はいはい、はいはい……くふふっ、あ、ははっ、あーもう、文のさっきの顔、ぷ、うぷぷ……は、はー、もうっ、ほんともー」
「うっさい」
「ひゃわうっ!?」
 我慢せず全力で笑っていると、いきなりお尻を撫でられた。
 というか、揉まれた。
「なっ、なにすんのよ、変態! 死ね!」
「笑いすぎ」
「だからってそれはないでしょっ! それに、く、くくっ……文の反応がっ……だからやめなさいっ! 触るな!」
「……ふん」
 不覚にも。
 気まずそうに頬を膨らませて視線を横に向ける文が、ちょっと可愛いと思ってしまった。


「ところで、行き先ってどうやって決めてるの?」
 人里を離れて、次は神社に向かうことになった。昔からある、博麗のほうの神社だ。
 道中を飛びながら疑問に思って尋ねると、単純明快な答えが帰ってきた。
「気分」
「……さいで」
 なんの役にも立たなかった。
「でも、霊夢さんのところにはよく行くわね。重要だから」
「重要? ……まあ、重要なのは間違いないか。あんたが扱う事件にはだいたい関わってるみたいだし」
「実際はいい話聞けることはほとんどないんだけどね。重要な異変だといつの間にかすっと解決しちゃってるし。自分が重要じゃないと判断したものは特に人に話しもしないし」
「それじゃ、ほとんど無駄足なんじゃないの」
「それでも、霊夢さんは特別なのよ。あなたも人間が絡む世界の記事を書きたいなら、霊夢さんとは親しくしておくことね」
「特別、ね……」
 文は、真面目な顔で、私のつぶやきに対して頷いた。
「言ってはみるものの、難しいけどね。あの子と話をするのは簡単だし見た目仲良くなるのも簡単だけど、深くまで入り込むのはほとんど無理」
「話ができるなら、いいんじゃないの」
「うーん。霊夢さんの思っていること、知っていることを全部聞けたら、新聞どころか何冊も本が書ける内容になると私は踏んでるんだけどねえ。惜しいわ」
「そんな深いこと考えてるように見えなかったけどなあ。不思議な子だけどさ」
 私が言うと、文は首を傾げて私の顔を見つめてきた。
 そして、ああ、となにかを納得したようにつぶやいた。
「そういやあなたも、霊夢さんとは話してるのね。例の、私の真似の件で」
 真似と言われて、むっとして反論しようと思ったが、事実その通りなので、なにも言えない。
 文が言うのは、弾幕写真のことだ。文の新聞の中では人気のあるシリーズである。とにかく写真が綺麗であり、記事内容などどうでもいいタイプだというのが文の性格にもマッチしている。
「実際、天然のタイプだからね。ひょっとしたら本当になにも考えてない可能性もあるけど。そこが読み切れないのよね、この私をもってしても。だからこそ面白いんだけど」
「文が気に入るのは、変わり者ばかりよね」
「記者だから、当然でしょ」
「ふーん……」
「人脈って話したけどね、追いかける相手は変わり者で、繋ぎ止めておくのはその人に近い常識人がいいの。これでネタは自然に転がり込んでくるわ」
 わかるような、わからないような話だ。
 追いかけると繋ぎ止めるの具体的な違いはなんだろうか。ただ、たぶん、親切にしておくべき相手というのは後者なのだろうということは、なんとなくわかった。
「……ちなみに、私はそのうちのどっちかに含まれてる?」
 なんとなく、聞いてみる。あまりどちらとも思えなかったからだ。
 はあ? と、文は呆れたような声を出した。
「あなた、自分がネタ提供できるタイプだと思ってるの? そんなわけないでしょ」
「わかってるわよ! くっそー聞くんじゃなかった……」
「友達くらい、打算なしで持つわよ」
「……え?」
「ああ、ライバルだったわね、ライバル。存在感薄いから忘れてたわ」
 私が言葉に詰まっている間に、文は言い直した。
 少し、恥ずかしそうなのを隠しきれていない。わかりやすい照れ隠しである。
 ただ、私も、ここぞと今の言葉を責め立てる気にはならなかった。言い直されたからこそ、本音なんだろうなと思う。まあ、その、ちょっとだけ、嬉しいもので。
 その代わり、別の気になっていたことを尋ねた。
「ところで、今回は例の弾幕写真はしないの? あれなら安定した順位狙えるでしょ」
「ん。あれね、いいんだけど、今はネタ切れ。同じのを何回も撮っても仕方ないし」
「……そう。って、そんなこと正直に教えていいの?」
「あなたがそれを知ったところでなんかできるわけでもないでしょ――」
 言葉の終わりが、少しすぼんでいった。
 文は、前方を見ながら、思案顔になった。
 神社に向かって飛んでいた足が、ここで止まる。
 ふむ、と小さな声で言った。
「もしかして、それが本当の目的だった?」

「……え?」
「横からなら、弾幕もベストショット撮りやすいでしょ。このへんかなって思って。――いや、ね、私も昨日落ち着いて考えたらね、あなたが私に取材活動を本当に教わりたいんだとしたら、逆にあの状況で言うとは思えないなあって。なにかあるんだろうって思ったんだけど。実際、どう?」
「あー……」
 いい言葉が出てこない。
 まさか、昨日の言葉は本気ではないと思っていたとは。思っていながら、平気で同行させていたとは。予想外だった。
 文の考えていることが読めなくて少し焦るものの、私としても、バレているのであれば、騙し続けるつもりはない。
「そうよ。本当の目的は別。……騙して、ごめん。でも、目的は、言えないわ」
「そっか。ううん、別にいいんだけどね。ちょっと考えてたんだけど」
 文は実際、なんでもないことのようかに話す。
「あなたの一番の目的が別でも、あなたが私を見て参考にしてるのは間違いなく事実だし、だったらこの機会にじれったいことしないでいろいろと教えてやろうかって思ったから」
「まあ、確かに、勉強にはなってるわ」
「あはは。まだ全然取材できてないけどね」
「……ありがと。付き合ってくれて。でも、私は文のその親切を、文に勝つために利用するわよ、悪いけど、ね」
「うん。それでいいわ。あらゆる機会を利用してこそ記者ってものでしょ。私だって使えるネタはなんでも使うし。私に勝つのは無理でしょうけど」
 自分勝手な私の言葉に、あっさりと文は応えた。
 文のこの余裕は、私も見習わないといけないところだと、真面目に思う。今は、それを利用させてもらっているだけだが、私もそれくらい言えるようになりたい。
「うーん」
 文は、空を見上げる。
 私もつられて、空を見上げる。まだまだ、日は高い。
「なんか、弾幕したくなってきちゃったなあ。最近してなかったから。しよっか?」
 食事にでも誘うかのような軽さで、文は言った。
 少し考えてから、私は答える。
「いいの? この際正直に言うけど、この展開は私としても願ったりかなったりよ?」
「あ、そうなんだ。それならそう言ってくれれば、最初から相手してあげるのに」
「そんな余裕見せてていいのかね」
「いいの。あなたが言ったんでしょ、一緒に頂点を目指す、なんてクサい言葉さ。あなたが上がってくるなら、私はもっと引き離すだけよ」
「そ、なら遠慮はしないわ。……でも、神社に行くのは、どうするの?」
「すぐ行かないといけないわけじゃないし。まーあなた相手なら十分余力残ってるでしょ、終わってから行けるわ」
「後悔するわよ」
「させてほしいわね」
 にや、と文は笑う。
 私も負けないように強気の笑みをしてみせた。うまくいったかどうかは確認できないが。


 文とは身体能力も経験も大きな差があることはわかっている。
 無数に世界を埋め尽くすかのようなこの弾を生み出す力も、私にはない。そして、これがまったく文の全力ではないことも私は知っている。
 戦うのはこれが初めてではない。前回は、はっきり言って、完敗だった。
「ふん」
 私はカメラで弾幕の一部を「切り取る」。動きを見ていれば、どこを切り取れば回避できるかくらいは、わかる。
「まさか、この程度でも私を撃墜できると、思っていないでしょうね」
 できた道を通る。弾幕の隙間から文の姿が見える。そこに、まっすぐ撃ちこむ。文は軽い動きで簡単に避ける。一応動きそうな先にも撃っておいたが、気に留めた風もない。さすがに慣れている。
 そう思っているうちに、第二波がやってきた。まだ次の写真は間に合わない。仕方なく距離をとって、隙間を探す。避ける。時間が経つと、カメラが使えるようになる。
 文が動かない間は、繰り返しのパターンだ。この程度でやられる私ではなかったが、やはりこのままでは私の攻撃も届きそうにない。文が私を試しているのは、明確だった。
 やってやろうじゃない。攻めに出ることを決意する。
 弾道が見えてきたところで、一度カメラを使用せず、避けながらフェイント気味に、かつややランダムに攻撃を放ってみる。文の位置は見えてはいないが、だいたいもう把握できている。少し後に、弾道が変わるのを確認した。文が大きく移動したのだ。
 その隙をついて、大きくできた隙間に潜り込む。ここで一気に速度を上げる。
 急に目の前に、速い弾が飛び込んできた。予想していなかったため、すでに回避は難しい。慌ててカメラでそれを消す。視界が開ける。文の姿を確認する。思っていたより近い。弾を投げ込む。文が動く。私は、文が動く前に、その位置にさらに撃ち込んでいた。予想的中だ。
 文は少し驚いたように目を丸くして、そして、初めてカメラを使った。
 私たちの間を遮る弾が全て消える。
 文は、口元を歪めて笑った。
「やるじゃない」
「まだまだこれからよ」
 私が、文に勝っている部分があるとすれば、一つはカメラ性能。
 そしてもう一つは――

「こっちからいくわよ」
 遅めの弾を、前方にばらまく。
 そして、文に向かって最速のレーザを撃つ。文はすぐに動いた。一瞬、見失った。速すぎて、見えない。文の本気の移動だ。
「くっ」
 しかし、直後には文の悔しそうな声が聞こえてきた。予想通り、文は左に動いていた。私は予め、わかりにくいように、左だけ弾幕を濃くしておいたのだ。
 私は、さんざん文の弾幕を研究している。
 文の動きを直接見ただけでなく、文が撮った大量の写真から、文がどう動いたかを推測して、細かい癖まで見つけ出している。こう撃ったらこう動く。私の中には、多数のパターンが刻み込まれている。とっさのときの癖は、そう簡単には直せないはずだ。
 文が私の罠を抜ける前に、もう一度高速弾を撃つ。文はカメラを取り出す。
 今だ。動く。文がカメラで弾幕を消したそのときには、私はその直線上にはいない。斜め上方に距離を詰めて、慣性で流れつつ動きが鈍くなっている文を狙い、もう一度最速のレーザを放つ。
 しかし、文は体をひねり、驚異的な速度で、私の視界から消えた。
 ち、と舌打ちする。作戦的には完璧だったのに、純粋に身体能力で逃げられた。
 即座に後ろに下がる。直後、今まで私がいた場所に猛烈な濃度の小型弾が通り抜けていった。撃ったところが見えたわけではない。これも、予測だ。
「……なるほど」
 声は、右から聞こえた。私はそっちのほうを見る。文がいつの間にか、そこに止まっていた。
「大口を叩くだけはあるわね。力でも技術でもない。先読み? いつの間にそんな能力身につけたの」
「あいにく、あんたが馬鹿にしてた念写能力のおかげでね。大量の情報の分析は得意なのよ」
 そう言うと、文は、目を細めて笑った。
 場違いな反応に、むっとしてしまう。
「なによ」
 文句を言うと、文は弾む声で答えた。
「ありがと。それ結局全部、私の新聞、私の写真からの情報じゃない」
「……なっ……なんでも、いいでしょ。今回はたまたまそうってだけよ!」
「たまたまでも、それだけ見てもらえるのは嬉しいの」

 文は体勢を少し低くして、構える。
 この、話をしている時間に、私のカメラはもう次の写真の準備ができている。これだけ時間を使えば、文のカメラも同様だろう。
 これまでに放った弾幕もすべて消えている。完全に、仕切り直しになった。
「今日はずいぶん、らしくないことばかり言うじゃない」
 不意打ちに警戒しながら、少し距離を取る。
「そう? きっと機嫌がいいのね」
 文も私の顔をしっかり見つめている。話をしながらも、緊張は解いていない。
「上機嫌ついでに言っておくわ。ありがとうね。はたては、私を記者として見てくれる」
「……当たり前でしょ」
「そう」
 文は、一度、目を閉じた。
 ここで、唐突に隙を見せた――ようで、やはり張り詰めた空気はまだ弛緩していなかった。
 感じる威圧感は、文がもう一度目を開いたときに、何倍にも膨らんだ。
 口元を緩ませながらも、視線は私を鋭く貫いていた。
「――行くわよ。十秒くらいは持ちこたえてよね?」
 ややもすれば、気圧されて動けなくなりそうだった。私はあえて一歩前に出て、足が動くことを確認する。大きく息を吸って、大きな声で、言った。
「勝つ!」
 瞬間、文の姿が消えた。

 どこにも見えない文の姿、出処のわからない無数の小型弾。
 文の位置がわからないために、うまく攻撃できない。いや、それ以前に、避けるので精一杯だ。避けられないわけではないが、このまま耐えていてもすぐに体力なり集中力なりの問題で撃ち落されてしまうのは目に見えている。
「っ」
 一瞬、かすった。
 弾幕が濃すぎて、見落としそうになることも多い。
 危ないところで、カメラを使う。画面内に、一瞬、文の姿が映ったような気がした。だが、写真を撮った瞬間にはとっくに消えている。
「……それで十分よ!」
 私には。私なら。
 それだけの情報があれば、構成してみせる。
 全方位、弾に囲まれた世界。押しつぶされそうだ。私が三人いても、同じ事などできそうにもない。それでも、私一人にしかできないことだって、ある。
 カメラの準備を待ちながら、集中して避ける。ただ目の前の弾を避けるだけではない。その軌道を見て、そのタイミングを見て。数が多すぎるため追うのは極めて難しい。遠くまで見ることになるため、逆に急に近くに現れる弾は避けにくくなる。幸い、弾速は遅いため、なんとか致命傷にならずにすんでいる。
「痛いけどさっ」
 少しずつ、弾が体をかすめていく。
 手足くらいはセーフだ。カメラを操作するだけの力をちゃんと残していれば。いざというときに移動できるだけの力をちゃんと残していれば。
 カメラの準備ができれば、なるべく遠くを意識して、シャッターボタンを押す。また一瞬、文の姿が映る。その位置と時間、そして弾幕の弾道の関係を覚える。
 これは、耐久勝負だ。私の集中力が途切れるのが先か、私の情報処理能力が答えを出すのが先か。
「ぐ、あっ……」
 左脚のふとももに、強めに当たった。痛い。
 見る。避ける。考える。すべてを正確に同時に進めなければならない。どうしても、ただ避けるだけのときよりも、精度は落ちる。
 次の写真の準備までの時間が、いつもより長く感じる。
 一切、一瞬でも薄くなることのない弾幕に、舌打ちしたくなる気分だ。もちろん、そんな余裕はない。
 準備ができれば、写真を撮る。一瞬の姿を捉える。弾幕との位置関係を整理する。
 危険だったが、このとき左端に写った弾に神経を集中させ、その軌道を正確に追う。
 一、ニ、三、四――四秒と少し。弾は私の元に届いた。
 これを追う間に今度は右肩を別の弾がかすめていた。痛みに表情を歪めるが、肩や服の心配などしている余裕はない。
 今は考える時間だ。
 弾速と弾道から。
 弾の位置と文が見えた時間から。
 そう。弾を見れば、シャッターが切られるタイミングで文がどこに現れるか、計算できる。
 考える。計算する。
 次の写真の準備を待つ。
 今この瞬間見えている弾の位置。
 私がカメラを動かす速度。シャッターボタンを押す速度。押してから写真が撮られるまでの時間。
 カメラが、次の写真の準備ができたことを告げる。
 すぐに、私は動いた。
 八割ほどまでは詰めた。さらに細かいところまで計算する余裕などない。あとは、勘だ。
「そこ!」
 シャッターボタンを押す。
 フレーム内に、ゆっくりと文が入ってくるのが見えた。
 写真が撮られる。文の顔が収まっている。
 よし。感覚は掴んだ。
 もちろん、こんな中途半端な写真で合格とする気はない。
 私は、最高のショットを撮りにきたのだ。今、そのチャンスを掴んだ。
 今度は避けることだけに集中する。数秒間の我慢。
 シャッターボタンを押すのは、あと二回だけだ。位置的にはほとんど動いていないが、細かい回避と思考で、もう体力は長くはもたない。チャンスを掴んだのなら、一度で完璧に決めなければならない。地力のないほうが勝つには、それしかない。
 わずかにでも当たらないように慎重に避ける。次の写真の準備ができた。
 最後の勝負だ。行こう。
 弾幕の位置を確認。
 私は、決め打ちで、押した。
 撮られた写真には――文は、まったく写っていないだろう。それを確認もせず、私は全力で前方に、カメラによって作られた弾幕の隙間に潜り込んだ。
 行けるところまで行って、高速弾を一気に放つ。
 ちょうど、文がそこを通るタイミングに、当たるように。ここまでの動きは、計算通りに、できた。
 文は、カメラを使わず、弾が当たる直前で止まった。あれだけの速度で飛んでいたにもかかわらず、ぴたっと止まった。
 しかし、予想通りだ。そこにもわずかな時間差で撃っている。文はそれを、とてつもない宙返りで器用に回避した。そこに隙ができる。文の周辺一帯に弾をばらまく。文も、私のほうを見ないまま、濃い弾幕は放ってきた。近い。回避は難しい。
 が――間に合う。
 ほんの少しだけ後退。そこで、次の写真を撮る準備ができた。
 文はちょうど体をひねって、私のほうを向いたところだ。最高のタイミングだ。
 シャッターボタンに手をかける。文もカメラを手に、もうボタンを押そうとするところだった。
 私たちは、同時にシャッターを切った。


「っいったたた」
「見事だったわ。こんなに楽しめるとは思わなかった」
「くっ、勝者の余裕かしらー、もー」
 狙い通りのベストショットは撮れた。そこまでは完璧だった。
 直後に、視野外から飛んできた弾に撃墜された。さすがにこれだけ近づくとぎりぎり回避など不可能だった。
「言葉通りよ。あなたにこんな力があったなんて、新しい発見」
「……ふん。私の立場から言えば、勝てる最初で最後の機会を逃した感じなんだけど」
「あら、それがわかってるだけでもたいしたものよ」
「やっぱ腹立つなーくそー」
「ねえ、はたて」
 森の中、一本の木の下で、二人並んで立つ。
「あなたは、どんな記者になりたいの?」
「ん?」
 文の質問は、唐突だった。
「いやさ。私みたいになりたいわけじゃないでしょ」
「当たり前じゃない。私は文みたいな適当なことはしないで、ちゃんとした記事を書きたいの」
「知ってるわよ、そんなこと。どんな事件……事件とは限らないけど、どんな内容を扱いたいのってこと」
「そんなの……」
 考える。
 すぐには出てこなかった。
 そもそも、新聞を作ろうという原動力が、文の新聞に対する憧れと反発からくるものなのだ。前者については、そんなこと本人の前では絶対に言いたくはないが。だから、あまり、自分が扱いたい内容などと、あまり考えたことがなかった。
 今まで書いた記事で、特に楽しかったものがあっただろうか。思い出せれば、それが自分の道を示すことになるかもしれない。
 ただ、今のところ、確実に言えることは、ひとつだった。
「面白いと思ったものに決まってるじゃない」
 言い終わってから、これは文は笑うかな、と思ったが、予想に反して、文は静かに「そっか」と言うだけだった。続けて、言う。
「あなた、やっぱり私だわ。楽しみね」
「は?」
「いーえなんでも。じゃ、大会ではちゃんと今回の経験を活かして、面白いものを書いてくれるんでしょうね。あなたが興味あるものはなんなのか、しっかり見せてもらうわ」
「……あー」
 少なくとも、大会に関しては、ただ勝ちに行くための新聞を書くつもりだ。
 それはもう、決めていた。
 だが、そんなことを今言う必要はない。勝負は勝負だ。手の内は見せる必要がない。
「楽しみにしておきなさい。私の新聞が、あんたに勝つ記念大会になるから」
「楽しみね」
 楽しみだ。
 文が、私の新聞を見たときに、どんな顔をするか。



***



 参加者全員の新聞が並べられ、配布される。
 特設掲示板には、一面記事が貼られる。ずらりと新聞が並ぶ光景は、圧巻だ。
 自分の新聞がどのあたりに貼られているかは、入り口掲示板を見ればわかる。私は、中央やや左寄りといったあたりだ。
 そこに私の新聞が――先日の弾幕勝負のときの文の写真を一面に載せた花果子念報が、貼られているはずだった。

 特集、射命丸文。
 話題の記者「射命丸文」の仕事と素顔に迫る。
 これが、私が勝ちに行く手段だった。

 文の人気は十分理解している。文の新聞に興味ある者よりも、文本人に興味ある者のほうがはるかに多いだろう。そして私は、文の新聞についてはこれまでじっくり読んできて、その特徴と癖は全部掴んでいる。その魅力がどこにあるか、問題点がどこにあるか、わかっている。
 記者としてのスタイルは、完全には掴めなかったが、ある程度の話は聞けた。
 なにより、迫力のある、弾幕戦における文の写真を撮れたのは大きかった。これこそが、私が一番欲しかったものだ。一瞬の時間を切り取った写真でしかないが、派手な動きは姿勢から伝わる。今まで誰も撮れたことのない写真だろう。
 注目を集めないはずがない。自信があった。記事もしっかり書いた。文の過去の新聞の紹介とおすすめまでつけた。多少不本意ではあったが、勝ちに行くためだ。
「……」
 自信はあっても、しかし、緊張はするものだ。さて、どう受け止められるか。
 大会といえど、自分らしい新聞で勝負するものだ。大会のための新聞なんて、邪道だ。などという、去年までのこだわりさえ、捨てた。もし、これが受け入れられなかったら。
「いまさら、不安になったところで、仕方ないし」
 すでに新聞は貼られているのだ。私は決意して、この新聞を出した。
 みんながどう受け取るか。
 そして。
 文が、この新聞を見て、さて、なにを思うか。
 呆然とした顔で私の新聞を見上げる文の姿を想像して、吹き出すのを抑えきれなかった。ああ。楽しみだ。まさか、こうくるとは思っていなかっただろう。
 笑うだろうか。
 呆れるだろうか。
 怒るだろうか。
 どれも、ありそうだ。どれも、楽しみだ。
 そんなことを想像していると、重かった足もふっと軽くなった。
 ゆっくりと、一歩、前に。
 私の新聞がありそうなあたりへ。
 よく見ると、そのあたりに人が多いように見える。もしかして、私の新聞に注目が集まっているのだろうか。また、緊張してくる。
 さらに前へ。すぐに確認したい気持ちを抑えて、ゆっくりと。
 そろそろ、新聞一面の写真が確認できるくらいの距離に。
 ――と、そこに。知った顔が、私と反対方向に、歩いてきた。
 文が、こっちに向かって歩いてきた。
 目が合った。
 文が、立ち止まった。私が近づいていくと、文は、なぜか、視線を外した。
 さて、どんな反応やら。笑いを堪えきれず、私は歩いて行く。
 近づいたところで、文もまた歩き出した。
 その表情が確認できる程度の距離に詰めたところで、今度は私が足を止めた。
「え……」
 文は。
 誰が見てもはっきりとわかるほど、真っ赤な顔をしていた。
 どれだけ酒を飲んだときでも、こんな文を見ることは、ない。
 見たことのない顔と、あまりに想定外の反応に、私からは声をかけられないでいる間に、文はもう真横まで迫ってきていた。
 戸惑う私の横を、文は目も合わせず通り抜けていく。
「……なに、やってんのよ、馬鹿っ」
 消え入りそうなほどの小さな声で、文はつぶやいた。
 私が振り返っても、文は構わずそのまま歩き去っていった。
 私は、その後姿に、一言も声をかけることができなかった。
 まさか、文が、こんなに恥ずかしがるとは、さすがに、予想できなかった。私も、文のことをわかっているようで、わかっていなかったということか。あまりの反応に、私のほうも照れてしまいそうだ。
 文がそのまましばらく歩いた後、飛び去るところまで後姿を見送る。
 私は、ゆっくりと息を吐いた。
 話は、いつでもできるものだ。ともあれ、今は反響を確認してこよう。

 近づくにつれて、確信する。
 私の新聞の前に、かなりの人が集まっている。やはり、注目を浴びているのだ。よし、と心のなかで拳を握る。なるほど、これだけ注目を浴びているのであれば、文が恥ずかしがるのもわからないでもない。
 ――このときは、そう、思っていた。
「ん?」
 さらに近づいてみると、人は私の新聞にというより、私の新聞と、隣の新聞と、両方に集まっているようだった。
 隣の新聞は――

「……」
 それを見た瞬間、思考が全て吹き飛んだ。
 もうあと十歩ほど歩けば掲示板の目の前だが、足は、ここで止まった。
 文々。新聞。私の宿敵新聞が、私の隣だった。
<我が道を探す新人記者たち>
 そんな表題。
 そして。
 一面にでかでかと貼られた、私の写真。
 弾幕勝負のときの、私の写真。
 それが、私の新聞の、隣に。文の写真をアップで載せた私の新聞の、隣に。
 文の写真を載せた私の新聞と、私の写真を載せた文の新聞が、綺麗に二つ、並んで。
 あたままっしろ。

 新聞のもとに集まっていた一人が、ふと後ろを振り向いた。私に気づいた。
 隣の子の服を引っ張って、同じように振り向かせる。
(あ、あの子だよね)
(ほんとだー! 一緒には来なかったんだねー)
(さすがに恥ずかしかったのかな)
(これだけ堂々と私たち特別な関係なんですーって表明しておいて、いまさらじゃない?)
 こそこそと話しているつもりだろうが、聞こえている。
 聞こえている。
(まさか、偶然でこんなことにはならないだろうしねー)
 偶然です。
 全力で主張したかった。
(でも、隣に並べるなんて、主催もわかってるね。粋なはからいって奴?)
(いやいや、隣にするようにってわざわざ掛け合ったのかもよ)
(わー! なるほど!)
 なるほどじゃない。
(大会を利用したアピールかあ、その発想はなかったなあ)
 私にもなかった。
 というかなんのアピールだ。
 やめろ。並べて写真を撮るな。やめてください。
(なになに、こんな集まってどうしたの?)
(あ、ほら、見て見て、これ)
(……うっわー……)
(すごいでしょ? あ、ほら、後ろにいる、あの子――)

 ああ。間違いない。
 私は今、さっきの文と同じ顔をしている。



***



■文々。新聞 22位(同率)

○主なコメント
・記念
・もちろん花果子とセットで!
・新聞も総合エンターテイメントになれるということを実証してくれた稀有な例


■花果子念報 22位(同率)

○主なコメント
・記念
・新たな新聞芸人の誕生を祝福
・お幸せに!



***



 本件は、「新聞大会事件史」に載ることになった。
 私たちは、取材される側の気持ちをさんざん味わうことができた。
 これは、だいたいそんな話である。