何か面白いものでも落ちていないかと思って神社の裏の林を探検していたら面白いものを見つけてしまった。
それが、事の始まりだ。
見咎められて、泥棒でもたくらんでいるのかと思われると面倒だったので猫の姿で歩いていたのだが、それを見つけたときは反射的に人の姿に戻った。
お燐は興奮していた。それはまさしく、面白いものだった。
本だ。とりあえず定義的に言えば普通の本であって、開けたら本の中の世界に引き込まれるとか、本の中から悪魔が現れるとか、ある魔法使いが持ち歩いている、封印が施されている謎の本だとか、そういうことはまったくない。
面白いのは、中身だ。
彼女は直感的に、この本の構成のすばらしさを見抜いていた。
まず表紙からして予感させるものがある。
露骨ではなく、しかし微かに伝わってくる――エロス臭。
どきどきしながら中を開くと、ずらりと並ぶ文字。もってまわった言い回しと擬音語が目立つ文章。
「えろ……いや、官能小説」
地底にもそれはある。お燐はそのことを知っている。
だが、彼女が知っているそれとは決定的な違いがあった。
「絵がある……!」
挿絵の存在だ。
ただそれだけといえばそれだけの違いだが、お燐はその違いが生じさせる質としての革命的な差異を見逃さなかった。
「文章で想像力を刺激するだけでなく、挿絵の存在が想像する場面の具体化に貢献する――なんという画期的な構成!」
本を両手でしっかり掴みながら、お燐は静かに叫ぶ。
「それだけじゃない。挿絵それ自体が簡単なあらすじを構成している。さらに、しおりとしての役割も兼ね備える!」
ぱらぱらとページをめくって、ところどころの挿絵を見るだけで、ある程度何が行われていっているのかがわかる。実際にじっくり読んでみると、その絵一つ一つが違う意味を持ってくるのだろう。序盤には強気そうに同じメイド服を身に着けた子を虐めていた(ように見える)女の子と、どう見ても同じ子が中盤では数人がかりに責められているではないか。いったいこの間に何があったのか。
さらに全て読み終わったあとのことを想定してみよう。我々はこの本のうち特にどのシーンがお気に入りだったかを、絵から検索することができるわけだ。何度も同じ場面を読み返す機会の多いこの手の小説では極めて重要な機能ではないか。
「これは……もっと、ちゃんと調べないと。ええと、あかでみっくな観点で」
ふーっ、と鼻息荒く最初から改めて読んでいく。
がさり。
「にゃぅっ!?」
冒頭の何場面かを貪るように読んでいる途中、人の足音のようなものが聞こえた。
お燐はうっかり悲鳴をあげてしまう。
「……」
もう遅いと思いつつ口を塞ぎながら、周囲の音に耳を済ませる。
……どくどくどくとひたすらに激しい自分の心臓の音ばかりが聞こえてくる。
同じような音は、もう聞こえてこなかった。
どこかで鳥が飛び立った音だったか。
音の聞き分けには自信があるほうのお燐だったが、今回はまったく自信がなかった。音が聞こえた瞬間に一瞬頭が真っ白になってしまって、判別能力など失われていた。
このままでは危険だ。それだけがはっきりとわかる。
ばくばくと血液を勢いよく送り続ける心臓のあたりの胸元を押さえながら、お燐は今、ここでこの本を読み続けることの危険性に気づいていた。
……
だいたい、できれば自室で読みたい。というかそうしないと本の本来の役割を果たさないというか。
いやそれはともかく。
ここは、神社の裏の林だ。いつ巫女が来ないとも限らない。見つかってしまったら、とりあえず、危険だろう。
そもそもなぜこんなものがここにあるのか?
巫女の持ち物なのか?
「……むう」
ここの巫女、博麗霊夢は、神社の周囲をうろつくことは結構多い。なんでも神社にいたずらしようとする妖怪がたまにいるから巡回しているのだとか。
さて、仮に自分がここの巫女だったとしよう、とお燐は想像してみる。ここにこんな本を置いておくだろうか?
隠し場所なら何も、自分の部屋に作ればいいではないか。いや自分の部屋でなくとも、広い神社の中のどこでもいい。
少なくとも自分なら林の中に隠すなんてことはありえいないな、と考える。
なんといっても、本なのだ。雨が降ったらそれでおしまいだが、そうでなくともちょっとした湿気や日光ですぐにダメになる。
ならば答えは明白。仮に霊夢のものだったとしても、それは「だった」でしかない。捨てられているものだと判断するほうがはるかに妥当だ。
そして、捨てられてから日数はそれほど経っていないということも、本の状態から判断できる。もしかすると、昨日とか、今日とか。そのような保存状態だ。
「この状況分析から言えることは二つ」
本をスカートの下から腹のあたりまで、服の中に収めてから、お燐は状況の整理を行う。
一つ、やはりここで読むのは危険だということ。霊夢が最近捨てたものなのだとすれば、ここに近づくこと自体が危険だ。ここにいるという状況だけでも見つかってしまうと詮索されてしまうだろう。
二つ、持ち帰るなら、早いほうがいい。このままここに置いておくのは、本の品質を著しく落とす結果を導くだろう。
「よし」
ならば。
「あたいが責任もって、保管してあげるよ……っ!」
こうして、お燐は決意した。
ぐ、とこぶしを握り締めて、
腕を突き上げる。
「あたい、今、すごくわかるよ――さとり様が、弱っている生き物を見つけると保護せずにはいられいない気持ちが……!」
「いやそれはない」
さとりはソファに腰掛けてお茶を飲みながら、呟いた。
「……?」
そして、首を傾げる。
あれ、どうして今自分はそんなことを言ったのだろうか。不思議に思って、手に持ったカップの中のお茶をじっと見つめる。しかし、そこに映る自らの顔は何も教えてくれない。
何やら新しい能力に目覚めそうだったさとりは、まあいいか、と深くは考えないことにした。
どこかの猫か何かが変なことでも言ったんでしょう、などと適当に解釈しておいた。
さて。
決意から完結まで何の障害もなくうまくいきました、めでたしめでたしなどという楽な物語は、この世にはほとんど存在しないものだ。
今回の場合は、第一歩からつまづくという、現実的なパターンだ。
「……どこに置いておけばいいかな?」
お燐の住む場所といえば、地底にある立派な広い家、地霊殿だ。非常に幸いなことに、彼女は主人たるさとりのペットの中で真っ先に人の形を得たこともあって、広くはないが個室をもらっている。ならば迷うことなどない――というのは、もちろん、甘い考えだ。
何が問題かといえば、無論、主人、さとりの能力のことだ。
普段保管しておくだけなら大きな問題はないかもしれない。だが、肝心の、読むときのリスクが大きすぎる。
さあ場面想定してみよう。お燐は今、準備万端でその本を読み始めた。
するとどうなるだろう。
**********
(「も……もう……許して、ください……はずかし……い、です……っ」「あら、あなたの粗相のせいでお嬢様はお客様の前で恥をかかされたのよ。お嬢様に屈辱を味わわせておいて、あなたは許しを請うの?」「で、でも、こんな……!」 そう言うとメイドは短すぎるエプロンの裾をぎゅっと掴んで、内股で屈む。少しでも横から見れば、そのエプロンの下に何も身に纏っていないことは誰にでも明白だった。「言い訳しない。あなたは今日一日、それで仕事をするのよ」 一切の温情のない彼女の言葉に、メイドは大粒の涙を零し)
がちゃ。
「話は聞かせてもらったわ」
「ひゃん!?」
夢中になって読んでいると、突然部屋の扉が開いて、さとり様が現れた。
慌てて本を閉じてベッドの上に正座をする。が、さとり様は構わず薄ら笑いを浮かべてあたいに近づいてくるんだ。
「お燐はそういうのが好みなのね。今まで気が利かなくてごめんなさい?」
「い、いえ、いえ!? なんのことだかあたいにはさっぱりでっ!」
「いいのよ。あなたがどの部分で興奮しているかまでしっかり伝わってくるんだから」
「にゃあ!?」
「さて」
さとり様は、あたいの目の前までやってきて。
そして、押し倒してくる。
「にゃ……?」
「危ないからじっとしていてね……?」
さとり様が上げた右手には――はさみ。
少しの間だけあたいにしっかりと見せておいて、手がまた下がる。
「う?」
何が始まるのか、と思ったそのときには、じょき、と心地いいほどの切断音があたいの耳にも届いた。
続けざまに、じょき。じょき。
「え?」
音がしたほうを、見る。
スカートが。ワンピースのスカートが。横のほうが。ざっくりと。
腰の辺りまで、切られていた。スリットを入れるように。
「!?」
「反対側も、と」
じょきじょく。
「さ、さとり様!?」
「で、全体的に短くね」
「さとり様、それ、あたいの数少ない服なのにっ」
「こういうのが好きなんでしょう? 好みに仕上げてあげるわ」
「違いますっ……あ、こ、こんなに切られちゃってたら歩くだけで完全に見えちゃう……」
「見せればいいじゃない。見られてしまえばいいじゃない」
「い、嫌……です。こんなの……」
「あら。あなたは主人に逆らうの? いつからそんな悪い子になったのかしら」
「でもっ! あ、あたいは……さとり様以外には、見せたくないんです……」
「……まあ」
さとり様は驚いた顔であたいのことを見る。
そして、嘘じゃない言葉だと知って、戸惑うんだ。
「……も、もう。何を言ってるの……」
「本当です。あたい、さとり様にならどんな恥ずかしいことをされたって構いません。でも他の人に見せるのは嫌なんです!」
「お燐……」
「さとり様……」
ぎゅ。さとり様の手があたいの手を包み込む。
「……そう。それなら、こんな本はもう捨てなさい。私が可愛がってあげる。お燐が望むようにね」
「あ……はい……」
そうしてあたい達はその日から特別な関係になったんだ。
**********
「なんてことに! なっちゃう!」
……
「……うん、まあ、前半はたぶん。そんなことになっちゃうんじゃないかなという」
実際のところの反応はもっと色々想像できなくもなかった
1.説教される
「こんなものを使――読んでいてはいけません。没収ね」
2.何も言われないでその日は何事もなく終わるが、その日以後さとりの反応が少し気まずい感じになる
「え!? あ、お、お燐、呼んだ? う……え、ええ……そうね、そうね……(ちらっ)そ、そう、ええ」
3.何も言われないでその日は何事もなく終わり、それ以降も何も変化しない(が、さとりはしっかりと把握している)
「おはようお燐。今日もあなたは可愛いシンデレラね」
……いや、そんなことを言われたことは一度たりともないのだが。
「あああ3が一番ありそう! そして一番困るー!」
そう、地霊殿の中である以上、自室といえども決して安全地帯ではないのだ。
むしろ一番危険かもしれない。本の中身やらお燐が何をやっているのかやら全自動でスルーパスしてしまうわけだから。
この観点で言えば、抜け道はもちろんないでもなかった。さとりがいない時間帯を狙って読めばいいだけなのだから。さとりは基本的に引きこもっていてどこにも出かけようとはしないが、ペットたちの世話は自分でするのだと、毎日の水汲みや山菜など食料品の調達だけは欠かさない。
……のだが。
もう秋が去って冬と呼べる今の時期は、食料品調達活動は停止される。お燐たちが街で買ってくる食材が中心となる時期だ。
加えて水汲みについても、かつては遠くの川まで毎日往復していたものだが、少し前にさとりへのプレゼントとしてペットたち一同で地霊殿のすぐそばに井戸を掘ったばかりだった。率直に言って、井戸の位置は思い切り射程範囲内だと推測されている。お燐の部屋の位置から見て。
「く……まさか井戸がこんなところであたいを追い詰めてくるなんて……! あたいは井戸だけじゃなくて墓穴も掘った!」
掘ったのは主に空の力だが。
「あたいに春まで待てと……? この、すでに昂るアレを滾らせたまま……! 否! 不可能!」
どうやら結論を出さざるを得ない。
自室はリスクが大きすぎる。
「ぐぐぐ」
ならば次の選択肢を考えなければならない。
そろそろ、普段あまり使わない頭が悲鳴を上げ始めていた。きりきりと痛み始める。もうお前は十分よくやった、休めと言ってくれている。
「まだだ……まだだよ! あたいはこんなところで負けるわけにはいかないんだ」
痛む側頭部を押さえながら、きっと前方を、虚空を睨み付ける。服の中に本を抱えたまま。
猫生には負けられない戦いが何度かやってくるという。らしい。といううわさを聞いたような気がする。なんかどっかの八百屋の裏側あたりで。だとするならば、それが今だとお燐は確信していた。
「あたいは、この子を守っていくって決めたんだ」
がし。
左手でお腹のあたりに隠した本を握り締め。
右手で側頭部を押さえて。
「静まれ――静まれ、あたいの脳――暴走してはいけない――あたいには、守るべきものがいるのだか」
がさっ。
「らるぉっ!?」
物音を聞いて、お燐はしゃがみこむ。反射的に、音が聞こえてきた方向と推定される方向の反対側の木の裏に隠れる。
口を押さえて、息を潜める。潜める。
……ばくばくばく。
またしても、心臓の音ばかりが聞こえてくるだけ。
「……」
しばらく様子を伺ってみるが、続いての物音は何も聞こえてこなかった。
ふう、とお燐は大きく息を吐いて、ゆっくりと立ちあがる。
どうやらまた小動物がどこかで
「ねえ、誰かいるの?」
「時間差ーっ!?」
立ち上がって木陰から出ようとした瞬間に声が聞こえて、うっかり小声ながらもツッコミを入れてしまった。
また慌てて、しゃがむ。可能な限り身を縮める。
本当なら猫の姿になりたいところだったが、今ばかりはそうはいかなかった。本が零れてしまう。
「このあたりで何か聞こえたような気がしたんだけどなあ」
巫女の声だった。
まずい。これはまずい。
お燐は近づいてくる足音を聞きながら、ぐるぐると想像力を巡らせる。この状態で見つかってしまったら何を言い訳すればいい? いや、そうじゃない。それはそのときに考えるべきことだ。最善は見つからないこと。考えろ、必死に考えろ――
「うーん? 気のせいかなあ」
このときお燐に閃きの電流走る――!
「にゃ……にゃーん」
「ん。なんだ、猫か。じゃ、いいや」
がさ。
がさ……かさ……
足音は、確かに去っていった。
じっと縮こまりながら、お燐はその足音がフェイクでないことを確認する。
「……よし」
完璧な偽装だった。
今、お燐は完全に猫になりきっていた。
無事に巫女を退散させることができたことは、一つの自信になる。これは今後も使える技術だと。
だが、安心していられる状況ではない。やはり一刻も早く持ち運び先を決めてしまわないと。
「旧地獄……?」
次に思い浮かんだのは、必然的というべきか、第二のお燐の家ともいえる場所だった。
正確には、灼熱地獄跡である。そこに出入りする生きる者は、お燐ともう一人しかいない。さとりでさえ足を運ぶことは滅多にない。ましてそれ以外の者となると、地霊殿を抜けて、つまりさとりの許可を得て入ってこないといけないわけで、そんな例は巫女と魔法使いが一例ずつあっただけだ。
プライベート空間に近いという意味では理想的だ。
とはいえ、決して自室ではない。つまり、やはり通常の視点で見る限り、そこは開放空間なのだ。もとが地獄だっただけに、まともな家などどこにも建っていない。かつて地獄の管理人か労働者かの住処だったのだろうと思われる小さな小屋はあったのだが、管理維持が面倒ということでとっくに燃やし尽くしていた。
「またしても……! あたいは小屋だけじゃなくて希望まで灰にしてしまった!」
保管にさほど困るわけではない。ある程度涼しく、間違っても火が飛んでくることはないだろうという場所も知っている。雨が降る世界でもない。そこに置いておけば保存状態は問題ないだろう。
……つまり、問題は結局のところ、一つに集約される。
「おくう、か……」
すなわち、旧地獄に出入りするもう一人。
さて。
万一。万が一、だ。
おくうにこの本が見つかったとしたら――?
**********
「お燐……この本、なんだけど……」
「うにゃっ!? そ、そそそそれはっ」
「お燐の、だよね? ここ、他の人、入ってこないし……」
「う……」
隠し場所が見つかってしまった。
あたいがいない間に、おくうが発見してしまった。
言い訳を考えようとするが、思いつかない。おくうの言うとおりだった。昔からこの場所にあったんでしょう、なんて言えるはずもない。二人でこの世界中を一度冒険しているのだから。
「あ、ううん。別に、いいんだけど……そう、なんだ……」
「……」
「お燐、こういうの興味あるんだ……うん。いいんだよ、色々あるもんね。みんな違うこと考えて生きてるんだって、さとり様言ってた」
「……そ、そう、だよね。あはは。そ、そだ、おくうも読む? け結構面白いんだよっ」
「私はいい……」
「あ……そ、そう……」
「……」
「……」
**********
「素で引かれるの気まずすぎるううぅっ!」
想像して泣きそうになってしまった。
そんなことになったらもう一緒に仕事できなくなってしまいそうだ。いや、それですむかどうか。
「い、いやいや、おくうはそんな。そこまで嫌がるような反応はしない。はず。たぶん、しない、だろう。しないんじゃないかな。まちょっと覚悟は」
お燐と空は強い友情の絆でつながれているはずだった。その程度のことで揺るぎはしないような。
と、お燐は思わないでもなかった。
昔のことを思い出す。かつて、空がまだ普通の力しか持っていなかった頃。
旧地獄ではかつての地獄の住人の怨霊がお燐たちを攻撃してくることも珍しくない。そして、まれに苦戦せざるを得ない強い力を持った奴も現れるのだ。あの日もそんな相手だった。
**********
「く……っ!」
「おくう!」
腕を押さえて身を屈めるおくうに駆け寄る。
火の塊の直撃を受けたのが見えていた。もしや左腕が酷い火傷を負っていないかと不安になるが、おくうはその左腕を上げて、あたいを静止した。
「大丈夫。それより前!」
「!」
おくうの言葉を聞いて、あたいは上に跳んで、目の前の火の塊にこちら側の怨霊をぶつける。
怨霊には怨霊を。あたいの武器もまた、敵と同じ、怨霊だった。
ぎゃあ、という悲鳴とともに、その火の塊は落ちていった。
「……決まった!」
「さすがお燐ね」
「ありがとっ」
「礼なんていらない、でしょう。私たちはいつだって二人で一つ。そう――」
火の塊が落ちていった先、巨大な火の海を見つめながら、おくうは言ったんだ。
今でも覚えている。
「私の危機にはお燐が駆けつけて助けてくれて、そして――」
がしっ。
二人で、手をつないだ。
「お燐の危機には、まあ、なんだかんだあってなんとかなる」
「助ける気ナッシングだよこの子っ!?」
「お燐。現実の社会は必ずしも相互扶助で成り立っているわけじゃないんだよ」
「いやなんとなくわかってるけどっ! 今絶対そういう話する流れじゃなかったよね!?」
というか誰だ、おくうにそんなことを吹き込んだのは。
**********
……
「あれっ」
なんか、だめだった。
「……」
しばらく途方にくれて目を閉じて瞑想の真似などしてみる。
が、もちろんそれでなんらかの事態の進展があるわけでもなかった。
「……えーと。まあ、でも、さとり様に見つかるよりはリスクは小さい……かな? おくうは友達だし、まだ……いやでもやっぱり引かれそうだしどっちかっていうと……」
「よくわかんないけど、あいつに知られるってことは自動的にそのうちさとりにも知られるってことになるんじゃないの? 心読めるんだし」
「! 確かに、それは見落としていた――」
……ぎ。ぎぎ。ぎ。
首を、ゆっくり、ゆっくり、機械のように動かす。声が聞こえた方向に。
お燐のすぐ隣。すぐ側。
博麗霊夢は立っていた。
「どうも。こんにちは猫さん」
「にゃああああああああああああっ!? い、いいついつの間にっ!? 確かに足音は去っていったのにっ!?」
「いや、空からだけど」
「空飛ぶ巫女っ!?」
「うん。まあ」
「ですよねー……」
「で、あんたはここで何してるの?」
「え、あ、いや」
お燐は完全に硬直状態。頭などまったく回らない。今判断できることは、とてもピンチだということだけだった。
「えーと。えーと。……散歩?」
「なんで疑問系なのよ」
「散歩!」
「や……いいけど別に。そうそう、ところでさっきこんなの見つけてきたんだけど、やっぱりあんたも好きかしら?」
霊夢が取り出したものは、一本の植物。
細長い茎の先に、ふわふわに両端が丸い円筒形に細かく形成された花。
いわゆる、ねこじゃらし。
「な……なにさ、馬鹿にしないでほしいね。そんなものに気をとられるようなあたいじゃ」
「ほーれほーれ」
「にゃーん♪」
目の前で動くそれに、両手で飛びつく。ああ。だってだって。ふわふわの。動くものが。これを捕まえなければ猫ではないわ。
以上のようなお燐の言い訳コーナーの間に、服の間をすり抜けて、本は無常にもスカートの下からどさりと地面に落ちていた。
「……」
両腕を上げた姿勢で固まる。
固まっているお燐を横目に、霊夢は冷静にしゃがんで、その本を拾い上げた。
「ああ、なるほど。なんか隠してると思ったら、これね」
「あ……あたいには何のことだかさっぱりで」
「これを持ってどうしようと思ったのかしらね」
「訴状が届いていないのでコメントできない」
「言い訳のパターンはもうちょっと考えたほうがいいと思うわ私」
ふう。
霊夢は小さなため息をついた。
「こんなとこまで飛んできてたのねえ、これ」
「……やっぱり、霊夢のなの? それ」
「はいはい勘違いしないの。別に持っていきたいなら好きにしていいけど、変な誤解されたままだと私に被害が及ぶわ」
ぺちぺち。
ねこじゃらしでお燐の頬を叩きながら、霊夢は本を見つめて、言う。
「面倒だけど、説明してあげる。私は咲夜に、メイドの仕事ってどんなのって聞いた。咲夜はこれを読めばわかると本を渡してくれた。なんか妖しい感じはすると思いつつも私は家に帰ってからそれを開いた。投げ捨てた。それが昨日の出来事。以上」
「……咲夜って、時々小さい子と一緒にここに来てる真面目そうなお姉さん?」
「あんた嘘だと思ってるでしょ」
「……えーあー」
「信じがたいことだけど、これ現実なのよ……ったく、あいつは本当何を考えているんだかさっぱりわからないわ……ご丁寧に、登場人物の一人の名前を全部咲夜なんて書き換えてあったし」
「あ、結局全部読んだんだ」
「……!」
がしっ。
霊夢の左手が、お燐の顔をがっしりと掴んだ。
「……脳に激しいショックを何度か与えたら、記憶は吹っ飛ぶかしら」
「にゃーっ! あ、あたいは何も聞いてない何も見てない何も知らないよっ! あ、あたいは誰のものともしれないえっちな本に興味津々でただそれを持っていっちゃおうと思っただけのただの悪い子だよっ」
「……さとりがいるのよね、あなたの家。ああ。家に帰さなければいいのかしら」
「フラグーっ!?」
じたじた。
強くなった握力を顔で感じながら、お燐は静かに暴れる。
「だ、大丈夫だよっ! さとり様は本は大好きだからっ! 読まないで捨てたなんてほうが怒るから絶対! それにさとり様はそんなこと知ったところで誰にも口外しないし――」
「ま。そうね」
ぱ。
あっさりと、霊夢は手を離した。
「考えてみればどっちにしても直接会ったときにはそれでアウトかもしれないし。まあどうでもいいか」
本当にどうでもよさそうな、というより何もかも面倒だというような顔で、霊夢は呟いた。
「んじゃ。さっきも言ったけど、持っていきたいなら持っていっていいわよ」
「あ……うん。でも、それが難しくてねえ……あ、そう、そうだ。それなら、どうせバレついでだし、ここで読んでいってもいいかなあ……?」
「いいけど。変なことしないなら」
「……」
「いや悩むなそこで。頼むから」
こうして一つの事件は幕を閉じた。
お燐は難題を解決して、危機を乗り越えた。だが、一つの危機が去ってもまた次の危機はすぐにやってくるものだ。それがヒロインたるものの定めなのだから。
負けるなお燐。戦えお燐。
完全なる勝利を手にする日まで――
「あれっ。ひょっとして読み終わってからさとり様に会うだけでアウトだったりしないっ!?」
FIN.
【あとがき】
エクストリーム・エロ本隠しの公式ルールについてはアンサイクロペディアをご覧ください。
こんにちは村人。です。
地霊殿組は可愛いですねお燐可愛いですね! 咲夜さんはいつもどおりな感じで。