伊吹風子(いぶき ふうこ)
 少女である。見た目はまだ幼く、高校生になっているかいないかといったところだ。
 小柄な体に、アンバランスなほど長い髪。
 動きは素早く、髪は彗星の子供かのように忙しく飛び回る。
 その他、いつでも真剣そうな表情の割に話してると妙に力が抜けてくるとか、独特の言葉回しとか、特徴となるものは多い。
 が、しかし、機会があれば彼女の主たる生息地である学校で尋ねてみればいいだろう。
 上のような特徴を並べ立てた上で、こんな子、知りませんかと。100人に聞けば、1人くらいは答えてくれるかもしれない。
 彼/彼女は言うだろう。
「ああ、あの、星の彫り物の――」



 伊吹風子。
 少女である。
「どこからどう見てもヒトデですっ」
 これは、ヒトデを愛し、ヒトデに愛され、ヒトデとともにその生涯を過ごす事になる、今はまだ少女の物語である――





 風子マスター朋也☆ 風子、参上!




「……」

 ちゅんちゅん。
 どこからか聞こえるすずめの声。

「……」

 カーテンの隙間から差し込む日光。
 日光を受けて光る、木製のテーブル。

「……」

 開いている窓から吹き込んでくる隙間風。
 テーブルの下にばらばらと落ちていく木屑。

「……は」

 ぱち、と少女の目が唐突に開かれる。
 しっか、と、その手には木彫りのヒトデが握られている。
「いけません。あまりに完璧な造形に一瞬だけパラダイス銀河に飛んでしまいました」
 誰も聞いていないのに、とりあえず解説。
 幸いなことに、実際には一瞬どころかカップメンが伸びきるくらいの時間だったことを指摘するものはこの場にはいない。まかり間違って「俺の汐」だったりなんかしたら人類史上に未知なる世界が開けてしまうほどの時間だ。
「風子は瞬間移動してしまう癖があるみたいなので、気をつけないといけません」
 さあさあ皆様、ご注目。これが噂のヒトデパワー(HP)。
 瞬間移動は風子の数ある能力の1つである。なんと一瞬のうちにまったく別の場所に移動する能力である。って解説するまでもないほどまんまである。
 具体的に飛べる先は異空間マスターの支配する資料室、および男子トイレ等。ロクなものじゃない。何が問題かって、行き先やそのタイミングが風子本人にもまったく読めないことだ。唯一わかっているのが、このヒトデを抱きしめているときにこの現象がおきるということだ。
 だから、ヒトデパワー(HP)。今はまだ完全には使いこなせていない、未知なる力である。アンノウンパワーである。最近ではたまに、ヒトデを持っていないときにもヒトデパワー(HP)が発動することさえある。少しずつ進化しているのだ。
 解説、以上。

「それにしても、完璧です。この5つの手の長さのバランスも、手の先の曲線も、滑らかな手触りも……ああ、もう、風子、イケナイ気持ちになってしまいそうですっ」
 すりすり。
 愛しいひと(まい・ぷれしゃす=MP)に頬擦り。至福のひとときをお届けします。
 こんな素敵なヒトデが今ならなんと無料で貰えてしまいます。ただし1人1個限定です。そうしないと注文が殺到してしまって職人の手が追いつかないからなのです。ただでさえ生産速度はすでに限界に達しているのです。
 まさにヒトデ(人手)が足りない状態。上手いこと言った!
「最悪ですっ」
 ……上のネタは、マスター岡崎の台詞であり、上の台詞はそれに対する風子の反応である。
 念のため。

 そんなこんなでイケナイ気持ちに浸ってみたり、まあその勢いであんなことしたりそんなとこ触ってみたりと1人きりの教室で何やってるんですかお嬢さん、という時間を過ごしていると。
 ぶーん。ぶーーーーん。
 なんと、突然ヒトデが震えだした。
「……(ヒトデ……)」(ぽー
 ……こほん。

 なんと! 突然! ヒトデが!
 震 え だ し た ー !?(ガガーン

 ぶーん。ぶーん。ぶーん。
「……」
 ぶーーーーん。ぶーんぶんぶんぶん。ぶーーーーーん。
 ぶいーーーーーーーーーーーん。
 ぶんぶんぶんっ! ウィイイイイイイイイイイイイイイイィィ!
 キュリリリリリリリリリィィィイィブォオオオオオオオオ!
 ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
「あ、ヒトデが暴れてます」
 はよ気付け。
「これは……岡崎さんのぴんちです! ……ですか?」
 聞くな。

 説明しよう!
 風子マスター岡崎朋也は、風子に自らの窮地を伝え、どこにいても助けを呼ぶことができるのである! ただし自動的であって発動のタイミングは自ら選ぶことはできない。あと、大抵の場合助けなど特に要らない場面で発動するのが弱点といえば弱点である。
「呼ばれてしまったからには……行かなくてはいけません」
 すくっと立ち上がる風子。
 そう、それがマスターを持った彼女の定め。ディスティニーである。さあ立ち上がれ風子!(立ち上がってます
「待っててください、岡崎さん! 今すぐ向かいます! 徒歩で!」
 彼女にはどういうわけか岡崎朋也の居場所がわかるのだ。これもマスターと気持ちが繋がっているからこそだろう。
 そしてこれも、ヒトデパワー(HP)のひとつ――ヒトデインスピレーションである。
 こうして彼女は幾たびもマスターの危機に駆けつけてきたのである。不良たちに絡まれたときも、バスケットボールで選手が足りなかったときも、女の子と一緒に体育倉庫に閉じ込められながら何故か服を脱ぎだしていたときも。
 風子は今日も行く。マスターの力になるために。
 がんばれ風子! 走れ風子!(歩いてます






「発見」
 風子がマスター岡崎を発見したのは、いつもの通学路。
 通学の時間帯には遅すぎるのだが、マスターにとってはこれが通常の時間である。
 ちなみに風子は今、木に登っている。ここで待機中である。
 なぜ木の上なのか。答えは明確だ。登場の瞬間は、高いところからのほうが格好いい。短いスカートの制服だから少しアレだが、そこはなんとか創意工夫だ。
 さて、マスターに迫っているピンチとは何か。常に予測が大事である。
 まず目に付くのは、まもなく差し掛かる曲がり角。塀が視界をさえぎっている、典型的危険スポットである。
 つまり、こうだ。

 ☆☆☆

少女A「ああん、もうっ。転校初日から寝坊だなんて、サイアクっ。お母さんもどうして起こしてくれないのよっ」
 たったったった……
岡崎「あー、今日もいい天気だ。よし、こんな日はひとつ、親指のつま先だけで歩いてみるか! ……む、こいつぁー結構難しいぞ、なかなかこれは……ハマるぜ……っ」
少女「やん、もうこんな時間! 急がなきゃ……って、きゃあっ!?」
岡崎「うおおっ!?」

 どっしーーーーーーん。

 ぐきっ。

岡崎「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? ナニかが、そこはかとなくヘンな方向に曲がってるっ!?」
少女A「いたたた……ちょっと、もう! どこ見てんのよってきゃあいい男!? 付き合ってください!」
岡崎「ふ……喜んで」
少女A「ありがとうございます! あたし、○○×っていいます! 1年生です! あ、今は急ぎますのでまた放課後にお待ちしております! それじゃ!」
 だだだっ!
岡崎「なんて可憐な少女なんだ……まさしく運命の出会いか。神様がついにモテない俺に運をくれたということだな……」
岡崎「……」
岡崎「って、財布が無えええええええええっ!?」

 ☆☆☆

「岡崎さん、免疫がなさすぎですっ」

 とか考えている間に、あっさりその曲がり角を通過。激突イベント不発。
「……困ります」
 不穏な文句を言いながら、とりあえずそろそろという予感を感じて、飛び降りる準備。
 さあ、いつもの決め場面だ。髪はOK。ヒトデはOK。オールグリーン。
 一度木の枝をバネにして弾みをつけて、いざ。
 行け、風子。
 木を揺らしながら、彼女が……飛んだ。

 ここが決め場面。
 いつもの台詞で全てが始まる。
 さあ、みんなで一緒に呼ぼう。
 我らがヒトデの姫君を――


「風子――」


 ざ、と地面に降り立つ。膝を折り、ゆっくりと軟着陸。
 風が彼女を包み込む。
 一瞬の静けさの後に周囲に吹き荒れる風。
 風子は、いつも風とともに現れ、名乗りを上げて登場する。
 きっ、と顔を上げて、マスターを見る。


「参じょ……あ」
 ぱこーん。

 風子が顔を上げたその瞬間を狙ったように、マスター岡崎が後方から急速に飛ばしてきたスクーターに撥ねられていた。
 彼の体は芸術的なほどに高く舞い上がり、美しく、まるで時間の流れが遅くなったかのように綺麗な軌跡を描きながら――ごん、と電柱に頭をぶつけていた。
 がごん。
 ごん。
 その後さらに地面に。3段攻撃だ。
 ぺっぺっぺっぺ……
 スクーターは、何事もなかったかのように走り去っていった。
 長い髪をなびかせながら、優雅に。
「……」
 なんとなく、ぼーっとその去り際を見つめてみる。
 遠くへ、遠く……
 走り去っていった。


「……」
 きゅ。
 風子はマジックを取り出す。
 そして手持ちのヒトデストックに、文字を書き込む。きゅきゅきゅ。
 適当に書き終えると、マスター岡崎のもとへゆっくりと近づいて。
「ぷち最悪ですっ」
 ちょっとグロい光景に思わず本音が出たりしつつ。
 倒れながらぴくぴくと手を動かす彼の隣に、そっとヒトデを添えておく。
 作業が終わると、風子はマスターにひとつ敬礼。
 そして、走り去っていくのだった。子供は風の子。風のようにあっという間に、現場から立ち去る。
 マスター岡崎の手が、何か言いたげにぴくりと動いていたが、それも静かに収まっていった。


 残された事件現場から発見されたものは、ある男性学生の体と。
「えー、被害者はこの学校の生徒で、岡崎朋也さん(芸名)、趣味は可愛い女の子いじめとヒトデ差別、享年18歳、と……」
 彼の身元証明になった、1つのヒトデだった。







おわれ。


【今週のヒトデパワー(HP)】

☆ヒトデインスピレーション
 マスター岡崎のピンチを自動的に察知して風子に伝える力だ。
 ヒトデパワーの中でも基本中の基本であるが、マスター不在のうちは発動しない隠れ技でもある。
 全てはここから始まる。

☆ヒトデ墓標
 ヒトデで作った墓標だ。ヒトデの力で、安らかな気持ちで眠りにつけるぞ!
 ついでに身元証明にも役立って実用性の高いスキルだ。