岡崎朋也(おかざきともや)。学生。
 ちょっとアレだが悪いやつではない、というのが世間の定評だ。ちょっとアレだが。
 つい最近までは彼は親友の春原陽平とワンセットのように扱われることが多かった。――訂正。今も多い。ただし、最近は、岡崎朋也のほうは、女性と一緒にいるところを目撃されることが多くなっている。
 特技は、「おいしいとこ取り」だ。説明はあえてしない。
 さて、今回は風子マスターとしての視点から彼を追ってみようと思う。いかにして彼が風子と出会ったか、いかにして彼が風子マスターの地位にたどり着いたかについてはまた別の機会に話をしたい。
 始めよう。
 君のハートに――ヒトデ祭り。(※注記)



(※注記)このキャッチフレーズはたった今思いついたものだが、そこはかとなく素敵であるため、今後この物語の始めに毎回叫びたいと思う。視聴者の皆様にも一緒にこの響きをハートで体感していただければ幸いである。





 風子マスター朋也☆ 体育倉庫、風子の危機!




 右を見ろ。
 左を見ろ。
 もう一度右を見ろ。
 上を見ろ。
 ざまーみろ。
「って、なんでいきなり小学校時代に流行ったようなベタネタなんだっ」
 1人で朋也が叫ぶ。危ない男である。
 その叫びを聞くものはいないため、幸いにして彼のイメージがさらに悪化することは避けられた。
 それでも朋也は慌てて口を塞ぐ。少しでも声が聞かれるようなことがあってはならない。つい悪い癖で自分の妄想にツッコミを入れてしまったが、そんな状況ではないのだ。
 彼が今、こんな場所にいるには事情がある。
 こんな場所というのは、体育倉庫の裏だ。いかにも隠れてこそこそ何かやってますと言わんばかりの物陰だ。
 例えば、そう。

 ☆☆☆

 びびび……
 胸ポケットの呼び出しベルが緊急サインを出している。ひっきりなしに。
 今は授業中だからサイレントモードにしている。そのためいつものぴるぴる♪ という可愛らしい音ではなく、無骨なバイブレーションを繰り返すだけである。この、微妙に全身に走る振動がたまらない。このまま先生に指名されてみんなの目の前で黒板で問題を解いてたりなんかしたらどうにかなっちゃいそうである。
 などと考えてる暇は無い。何せ、緊急呼び出しだ。
 緊急呼び出しということは、つまり、世界がアレでナニしそうな状態になっているということだ。これはいかん。授業なんて受けている場合ではない。
 がたん!
 派手な音を立てながら、岡崎朋也は立ち上がる。
「先生! その、えーと……頭が悪いので保健室行ってきます!」
「ん? 岡崎か。なら仕方なし。行ってこい」
「いいのかよっ!?」
 そんなこんなで教室を飛び出した岡崎朋也。走る、走る。
 そして着いた場所はいつもの体育倉庫の裏。ここなら誰にも見られない。
 慌てて彼は呼び出しベルを取り出し、掌の中に包み込む。
 すぅ、と一度深呼吸をしてから、きっと真剣な顔つきに変わる。
 彼の口から、綺麗な声で呪文が流れ出す――

"――Won't you take my hand. For I will be your man.So tonight we gonna dance the night away――!"

 そう――
 岡崎朋也は、タケフジを歌うことによって、風子戦隊ヒトデンジャー(無糖ブラック)に変身するのである!
 ちなみに戦隊を名乗っているが、実態は1人だ。なんとなく戦隊を名乗ったほうが迫力があるからそうしているだけである!
 もう皆様にはお分かりだろう。ヒーローの定めである。決して変身するところを見られてはいけない。かなり恥ずかしいから敵に正体をバラしてはいけないからである。

 朋也が走り出す。事件現場に向かうため。
 変身後は速やかに事件を解決し、変身を解かなくてはならない。何故なら変身している間は、年間約27.375%(実質)の割合でヒトデパワー(HP)が削られていくからである――!

 ☆☆☆

 ……と、いったようなことが行われそうなほどに体育倉庫裏だ。
 そんなところで岡崎朋也はいったい何を始めようというのか?

 はい、取り出しましたのは2枚の10円玉。しかもギザ十だ。種も仕掛けもございません。
 なんとこの岡崎朋也、これからこの10円玉を、2枚直列に立ててみせます。
 無理だと思われるかもしれません。しかし彼は一度それに成功しているのです。
「ふ……ふふ」
 彼は影からテーブルを引っ張り出してくる。割と綺麗なテーブルだ。
 それをきっちり水平になるように設置する。
「さあ、今度こそ成功させるぞ。このおまじないのパワーを……確かめるんだ」
 彼は、初犯ではないようだ。今度こそとか言っている。
 しかし、一度成功したはずのおまじないである。いったい何を確かめようというのだろう。
 彼は空を見上げる。念力を込める。
 10円玉を握り締めて――
(果たして……例えば春原の妹とか思ってみたら、どうなるのか? 東北からこのおまじないのパワーで呼び寄せるのか?)
 ただの好奇心だった!

 ちなみにわざわざ体育倉庫の裏でやっているのは、成功したらすぐに効果を確かめたいからなのだった。


 どくん、どくん――
 脈動が聞こえる。緊張している。いつでもこの瞬間は命がけの戦いだ。
 1枚目の上に、2枚目を――ほんの少しでも最適解から位置がずれれば不可能な技だ。1度目の成功は、ビギナーズラックだったと言うより他、ない。しかし今は違う。激しい修行は、このときのために続けてきたのだ。
 震える手をなんとか抑えながら、慎重に慎重に手を下ろしていく。
 今、2枚の十円玉が、再び愛を確かめ合える瞬間を待ちわびていたように、触れ合い――


   立った!
   10円玉が立ったよ!
   立ったんだよ……!

   よかったわね、朋也。
   その10円玉はあなたの大切な思い出の欠片。ずっと、大事にしなさい。
   それは、どんな稲造よりも、諭吉よりも、価値あるものだから――

   ごめん、母さん。
   やっぱり俺、諭吉が好きかな、なんて。学問のススメ最高ー。


「とか考えてる場合じゃなくて!」
 思わず飛んでしまったアナザーワールドから、急いで帰還。
 おまじないは、まだ未完成だ。この状態のまま、呪文を唱えなければならない。心の中で、素早く。
(スピードノキアヌリーブスノゴトク、スピードノキアヌリーブスノゴトク、スピードノキアヌリーブスノゴトク……!)
 言い切った!
 もとい、思い切った!
 残すは最終ステップである。
 すなわち――
「あ、ヘンな人がヘンなことしてますっ」
「ぬおおおおーーーっ!?」
 ――ちゃりーん。





「どうして風子がこんな目にあわないといけないんでしょう。不条理です」
「すまんかった」
 ここは体育倉庫の中。
 なんだかんだあって、閉じ込められました。
 恐ろしいことに、そのなんだかんだの部分をよく覚えていない。とりあえずボールが見えたような気がする。
「なんとなく呼ばれた気がしたから来てみたら、この仕打ちです。岡崎さんはフジツボ以下です」

 現在の好感度ランキング: ヒトデ > フジツボ >= 岡崎朋也 > ウミウシ

 ああ。
 狭い体育倉庫。
 暗い体育倉庫。
 そんなところに男女が二人きり。
 風子と朋也、二人きり。
「石灰臭いですっ」
 色気も何もありません。

「岡崎さんは、この状況から脱出する方法を知ってるんですか」
「……一応、ある」
「それならさっさとやっちゃってください。ヒトデが白くなる前に」
 悩む朋也。
 この状況から少しでも早く逃れたいのは、朋也とて同じである。
 しかし、このおまじないの解呪方法といえば――
「どうしたんですか岡崎さん。怖気づいてる場合ではありません。このままでは石灰が風子と反応して発熱してしまいます」
「いや、消石灰だから発熱はしないしさ、あと、お前、そんな水分だらけなのか……」
「65%ほどが水です」
「間違ってない」
「さあ、早く。なんでしたら特別に風子が手伝ってあげてもいいです」
 手伝う。
 ………………
 …………
 ……
 それは、色々とまずい。
「よし、それじゃさっそくベルトを外してくれ」などと頼もうものなら――
 ………………
 …………
 ……
「やべっ、全然反応が予想つかないっ」
「何がですか」
「……いや、こっちの話だ。忘れてくれ」
 激しく頭を抑えながら、ぶんぶんと振りまくる朋也。
 見た目は十分変態一歩手前だ。
「岡崎さんはまったく頼りになりません。よくわかりました」
 風子はヒトデを朋也に突きつけて、言い放つ。
「風子がなんとかしてみせます」
 そして、鍵の閉められた扉に立ち向かう。


「ヒトデ……のようなものアタック!」


 説明しよう!
 ヒトデのようなものアタックとは!
 がん、がん、がん、がん、がん……
 ひたすらヒトデの角で扉を叩きまくる風子。
 ――こういう、技である!
 ネーミングについては、説明しない。


 がん、がん、がん、がん、がん。
 がん、がん、がん、がん、がん。
 がん、がん、がん、がん、がん。
 ……ひたすら音だけが響きまくるが、まったく状況が進展しそうな気配が無い。
 朋也はそんな後姿を眺めながら、深くため息をつく。ラチがあかない。
 だが、これで、脱出の機会が見えた。
 幸い、今なら風子は作業に夢中だ。
 解呪を行うなら、今しかない。
 こっそりと、朋也はベルトを外し、ズボンを降ろす――!

(ノロイナンテヘノヘノカッパ――×3!)


 がん、がん、がん……がちゃり。
 ひたすらドアを叩く音に続いて、鍵の開く音。
 ドアが開く。
 ああ。日光って、素晴らしい――
「……閉じ込められてたの? 大丈夫……って……」
 ドアを開けてくれた女神様、もとい体操服の女性徒は、中の情景を見て、目を丸くする。
 中の情景というのは。

(1)ドアを必死に叩き続ける風子
(2)その後ろでズボンを脱いでいる朋也

 以上の情景から導き出される解を答えよ。


「っきゃあああああああああああああああ!?」
 凄まじい悲鳴が、グランド中に響き渡りまくった。
「け、警察! 職員室! 産婦人科!?」
「ま、待て。どういう誤解をしているかだいたい想像はつくが、違うぞ。あと想像が飛びすぎだっ」
「岡崎さん、最悪です。もう少しで風子、真っ白にされてしまうところでした」
「お前は黙っとけーーー!」
「酷い……そうやって脅して、こんな可愛い子を……!」
「ああいやいや。違う。ほら風子、あれだ。フォローお願い」
「……」
「黙るなーーーーーーっ!!」





 こうしてまた1つ、風子の戦いが終わった。
 同時に、マスター岡崎の大切なものも色々と終わった。
 闘え風子!
 これからもマスターと共に!
 君のハートに――ヒトデ祭り。







おわる。


【今週のヒトデパワー(HP)】

☆ヒトデのようなものアタック
 ひたすら殴れ!
 がんがんがんがんがんがんがんがん……
 なお、ヒトデのようなものであって、必ずしもヒトデではありません。あしからず。