射命丸文様

 こんにちは、リンゴです。
 今回の新聞も読ませていただきました。やはり、号外と違って本誌のほうは読み応えがありますね。いつも、臨場感と迫力いっぱいの写真に見惚れてしまいます。事件の流れが写真で追えるのは嬉しいです。
 ただ、たとえば恐怖のきのこルーレット事件ですが、犯人の狙いを推測で終わらせてしまっているのが残念です。調べることはできなかったのでしょうか?
(あと、なお筆者はまいたけの天ぷらが大好物である、なんて締め方もどうかと思いました。記事ではないというか……)

 いつも楽しい記事と写真で楽しませていただいています。ですが、だからこそ、もうちょっと細かい、しっかりした真相が気になるのです。
 次号も楽しみにさせていただきます。

 リンゴ



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「うー……ん」
 書き終えた手紙を前に、唸る。
 何度か読み返して、唸る。
「うむむむむ」

 言いたいことは、しっかりと詰まっている、と思う。しかし読み返してみると、色々と問題があるように思うのだ。
 これだけ記事に対する文句を言っておいて、唐突に次号も楽しみにとか皮肉っぽく聞こえないだろうか。とか。
 できなかったのでしょうか? とか、すごく責めているように見えないだろうか。とか。そんなつもりはないのだが。
 どうかと思いました。とか、なんだかとても偉そうじゃないだろうか。とか。でも露骨に「そんなことどうでもいいです」とか「知るか!」とか言うわけにもいかないし。
 そもそも比率的に文句のほうが多いから、単なる苦情投稿だと思われたりしないだろうか。とか。私としては、そう、扱っている内容は面白いし、写真も好きだし、だからこそもうちょっと記事をなんとかしてほしいと、好きだからこその要望というつもりなのだ。最後の段落はそのつもりで書いたのだが、ちゃんとその気持ちが伝わるだろうか。
 つまり、その、なんというか。まず褒めて次に文句を言うという順番は正しいのだろうか。とか。最初の褒めたほうがただの枕だと受け取られないだろうか。

「やっぱり、ちょっと、もうちょっと柔らかい感じにしたいなー」
 ほんの少し、軽くさりげなく、記事さえもう少し改善してくれれば、と伝えるように。
 そうだ、記事への文句のほうは具体的に言及しているのに、写真のほうはただ好きだと言っているだけだから、いまいち重みがないのだ。
 つまり――



***



 射命丸文様

 こんにちは! リンゴです!
 文さんの新聞が大好きです。文さんの撮った写真の中ではみんな活き活きとしていて、今にも私の前で動き出しそうで、わくわくします。「ミス合成甘味料」コンテストも、他の新聞でも扱われていましたが、文さんの写真が一番輝いていて素敵でした。アスパルテームが水に溶ける瞬間が、こんなにも美しいだなんて思いませんでした。一瞬を見逃さない文さんが凄いと思います。
 扱う事件もいつも個性的で面白くて、ページを捲るのが楽しくなります。そこに迫力のある写真が飛び込んでくるので、もうたまりません! しいたけとじめじの2ショットアップ写真にはびっくりしましたが、読んでいるうちに写真の中に込められた深い物語があることを知って感動しました。できれば、真相が明らかになればもっとよかったかなーと思いました。あ、でも、不満なわけではないですよ! ちょっぴり贅沢でしょうか? えへへ。
 それじゃ、次回も楽しみにしてますね!

 リンゴ



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「ただのファンレターじゃないのっ!」
 びりっ。
 レポート用紙に手紙を書いた、そのページを破り取る。
「だいたい何キャラなのこれ……えへへとか、どこ狙いなの……」
 リンゴの名前で手紙を送るのは初めてではない。これまでにも適当に感想は送っていた。いきなりこんなキャラ変更されても文も困るだろう。
 大好きです、とか、嘘もいいところだ。いや、嫌いなわけではないのだが。私はあくまでライバルとして文の新聞を見ているだけなのだ。まあ、写真と扱う事件の面白さは確かに認めているわけなのだが。
 ここまで書いて、本当に言いたかったことは記事の未完成具合への改善要求だなんて言われても誰も信じないだろう。私も信じない。

 ……よし落ち着け。
 極端に走り過ぎなのだ。最初のほうの手紙のほうが、バランスとしては悪くなかった。と思う。
 あちらをベースに少し改良して――
「うぐ。もう丸くなっちゃった」
 手紙を書き始める前に削った鉛筆の先が、既に丸くなっている。あまり太い文字は美しくない。
 じゃじゃーん、なんて誰もいない部屋で呟きながら、鉛筆削りを机の引き出しから取り出す。自慢のアイテムの一つだ。コンパクトなのに、ほんの数秒で綺麗に削れる。いや、河童が作ったものなのだが。
 いやもう河童の皆様にはいつもお世話になっています。
 ちなみにペンが嫌いなわけではないし、持っていないわけでもない。ただ、きれいな文字を書きたい時はいつも鉛筆だった。なんとなく、こっちのほうが手になじむのだ。
 ……所詮は文への意見書に過ぎないのに、わざわざそんな字にこだわる必要などないと、思わないでもないのだが。なんとなくだ。なんとなく。
 うん。



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 射命丸文様

 リンゴです。いつも読んでます。
 恐怖のきのこルーレット事件の犯人の動機が気になりました。今後の調査にも期待したいと思います。相変わらず面白い事件ばかりで、楽しく読ませていただいています。ミスコンの写真も素敵でした。
 次号も楽しみにしています。

 リンゴ



***



「……うん」
 随分とシンプルになった。
 記事が足りないことが残念だ、と言わずに、今後に期待としたところがポイントだ。これならあまりきつい感じは受けないのではないだろうか。
 本当はもっともっと言いたいことがあるのだが(実際、それくらい書いて捨てているのだが)、この手紙の目的は、あくまで、記事の不備を指摘するものなのだ。
 少しさみしい感じもするが、目的を見失ってはいけない。なるべく柔らかく、文には記事を途中で放り出す悪い癖を直して欲しいということを地道に伝えて――
「……なんで私は文なんかにここまで気を使って、書いてるんだろ……」
 そして、完成したところで我に返る。
 だいたい、こんなあたりまでがパターンだった。






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 編集後記

 文です。暑いですね、熱中症には気をつけましょう。この時期になるとよく氷精が行方不明になりますね。連れて帰りたくなる気持ちはわかりますが、独占はいけません。今度徹底調査を行ってみますので、心当たりのある方は、覚悟しておいてくださいね。
 さて、皆様のお便り、メッセージは全て読んでいます。いつもありがとうございます。これからもより一層記事の充実と改善に邁進していきます。きのこ事件の犯人には突撃インタビューを敢行して、本号の記事にしました。なかなか面白い話が聞けました。ぜひ読んでください。
 これからもお便り待っています。次号もよろしくお願いします。



***



「わっ……」
 文の新聞を取って、最初に読むのがこの編集後記だった。
 何か手紙に対する反応はないだろうかと期待して読むのだが、今まではそんなことはなかった。
 つまり、今回、初めて。
「これ、やっぱり、私の……」
 きのこ事件の犯人について、補足記事を。
 もしかして私以外にも気になった人がいて、その人に答えただけかもしれない。いや、でも、それでも、私の要望に答えてくれていることに変わりはない。
「わわ」
 ちゃんと。読んでるんだ。
 私の手紙も。
 ……
 うっかり、頬が緩んでしまう。ダメだ、ダメだ、こんなところでニヤけるな、私。いや、でも、嬉しくて。そうだ、嬉しいのだ。文が私の意見を取り入れるなんて。うん、きっと、私だと知っていたら完全に無視されたんだろうけど。
 ちなみに、こんなところ、というのは、私たち烏天狗の共同宿舎、その掲示板スペースだった。ここには私たちの新聞がずらりと並ぶ。人気のある新聞だと、その前で読む人の集団ができて、そこで討論が交わされたりするものだ。そして、ほとんどの中小新聞は、適当に置かれていて、適当にぱらぱらと持って帰られる。文の新聞はもちろん後者だった。周囲に、私以外に誰もいない。所詮、文の新聞の人気などこの程度だ。ふふん。
 ……はい。私の新聞は、もっとはしっこです。
 いや、いや。私の新聞の話なんて今はいい。文は手紙を読んでいる。つまり、写真は好きだということも伝わっている。本当はそれが一番嬉しい。
 面と向かっては絶対に言えない言葉だ。でも、本当に好きなのだ。悔しいけど、文の写真を見て、自力で写真を撮ることを捨ててしまったほどに。
 それくらい好きなのに、知り合いだからこそ、ライバルだからこそ、言えない。言いたいのに言えない。だから、手紙。匿名の力に頼る。
 少しでも励みになってくれるといいなあ。なんて、思ったりするのだ。
 ……
 だから。口元が勝手に笑い顔になってしまう。やめて。
 誰が通りかかるかわからないのに――
「ニヤニヤして、気持ち悪いわねえ」
「ひょああああっ!?」
 すぐ真横から、声が、した。
 思わずバックステップで飛び退く。
 ……心臓が。バクバクと。
「あ、あ、あややっ」
 よりによって。なんで、こいつが。来るか。
「はい、毎度私の新聞を手にとっていただいてありがとうございます。たっぷり楽しんでね」
「わ、わ……」
 私の手には文の新聞が握られたまま。
 あああ。
 ええと。なんだ。その。
「ふ……ん、相変わらず適当な記事書いてるなーって思って笑っちゃったんだもん。いつまで経っても変わらないんだから」
 ほとんど反射的に、言葉が出てきた。
 いつも会うたびに言っているから、なんだか私の脳に文章ごと辞書登録されているかのごとくだ。
「はいはい。あんたは人の新聞を哂ってる暇があったら、少しでも外に出て人と話をする練習でもしなさい。少なくともあんたに進歩の無さを指摘されるのは不本意でございます」
「う……うぐ、ぎぎ」
 そして落ち着き払ったこの返事である。
 得意げでもなく淡々と言われるあたり、立場の差が出ているようで、悔しい。
「それに私だってまずかったところは反省してるの。今回は前回の補足記事まで書いてるんだから。ま、帰ったらしっかり読みなさい」
 ……ドキッとした。
 まさに、そこを今、突いてくるとは。
 動揺が顔に表れないように、気を使いながら、自然な間を開けて、口を開く。
「ふん、手紙で、指摘されたから、なんでしょ。後記に書いてあるじゃない。よかったわねー、ちゃんと意見言ってくれる人がいて」
「そうね。あんたはいなくて可哀想ね」
「……」
 うあああああああ。
 殴りたい。いや、蹴りたい。膝関節を横から蹴りたい。
 こいつは。こいつは。
 ……
 しかし文のほうが正論である。悔しい。
「いちいちうるさいのー! 私には私のペースがあるの。ふんだ。えーと……ばーか!」
 びしっと指を突きつけて。
 勢いのまま、走り去る。
 これは、その。戦略的撤退である。

 くそう。次はもっと厳しいこと書いてやる。



***



 射命丸文様

 こんにちは、リンゴです。きのこ事件の補足記事を読みました。
 残念ですが、これでは真相に触れているとは思えません。やはり最後のツメが甘いのではないでしょうか。経過を思うと、彼女が語った衝動というのが本当とは信じられません。必ず裏に複雑な人間関係が潜んでいるはずです。
 他の事件取材も、全部いつも尻すぼみです。せっかく面白い事件なのですから、最後まで解きほぐしてほしいと思います。
 次号も期待しています。

 リンゴ



***



 びり。
 無言で破る。
 とりあえず勢いのまま書いてしまったが、これでは本当に文句を言っているだけだ。
 ……その、なんというか。
 これまでもリンゴの名前で、まあ、穏便な感想を送っているわけだ。急にこんなことを言われたら、文だって深く傷ついてしまうかもしれない。今までも本当はこんなに不満に思いながらも我慢して抑えて手紙を書いていたのか、とショックを受けてしまうかもしれない。
「うう、ダメ、ダメ」
 そんなことは、本意ではないわけで。
 だいたい、「多分」付きではあるけど、私の意見を取り入れて、わざわざ追加取材までしてくれたのだ。それをこんなに突き放されたのではやっていられないだろう。
 ……反省。



***



 射命丸文様

 毎度おなじみリンゴです! 今回も楽しませていただきました!
 きのこ事件の補足記事は、もしかしてもしかして、私の要望があったからでしょうか? なんだか、とっても嬉しいです。思い上がりだったらごめんなさい。嬉しくて、舞い上がってしまいました。手紙を読んでいただいているとわかっただけでも、すごく幸せです。
 あと、天人と死神の写真には感動しました。どうやったらあんな熱い戦いの真っ最中を、あんなアップで、ブレなく撮れるのでしょうか。いつも不思議です。もしお会いできたら、そのコツを教えて欲しいなあ、なんて思っちゃったりします。あ、私もちょっとだけ、写真やってるんですよ。文さんには全く敵いませんけど! しゅん。
 事件はもうちょっと追いかけて欲しいかな? と思ったりします。次も楽しみにしていますね!

 あなたのリンゴ



***



「多重人格か私はっ!」
 びりっ。

 ……なんでこうなるのがわかってるのに書いてしまうんだろう。
 ノリと勢いってこわい。
 なんだあなたのリンゴって。引くわ。
 だから。もうちょっとこう、バランスを。



***



 射命丸文様

 リンゴです。こんにちは。
 きのこ事件の補足、答えていただいてありがとうございます。少し真相に近づいたように思いますが、まだ犯人の意図に疑問は残りました。でも、追加取材までしていただいて嬉しいです。
 天人と死神の写真は迫力満点で素敵でした。この二人のことをもっと知りたいと思いました。どうしてこんな楽しそうに戦うのでしょうか?
 次号も楽しみにしています。

 リンゴ



***



「……まあ、こんなところで」
 結局いつも通りのルートを辿りつつ、シンプルに行き着く。
 リンゴは落ち着いて淡々と感想を送る子なのだ。これでいい。うん。






******



 ちなみに、手紙は封筒に宛先を書いてメール箱に入れれば、それで届けてくれる。差出人の名前は不要だ。書いておいたほうが、いざ届けられなかったときに安心ではあるが。私は無記名派だ。
 届け先が同じ共同宿舎内だと、こうしてとても手軽に送ることができる。まあ、このシステムのせいで、変な広告がいっぱい届いたりするわけだが。
 ……
 むしろ私のところには広告以外届かない。
 くそう。
 というわけで、メール箱に……
「ん、私宛?」
「にゃああっ!?」
 また! まただよこのひとは!
 いつの間にか横に立っていた文が、私の封筒を見つめていた。
 ばっちり、宛先に文の名前が書いてあるのを、見られ、た。
「あ、や……」
「何よ。手紙なんて出さなくたって、言いたいことがあるなら直接言えばいいでしょ。ほら」
「いや……えっと」
「何なの、とうとう私とすら話ができないほど重度の人見知りになっちゃったの? はやく治療してもらったほうがいいんじゃない」
 ああああ。
 いちいちこいつは腹立つ!
 蹴りたい。壁で三角飛びをした勢いで顔を真横から蹴りたい。
「ほら、言えないなら見せなさいって――」
 文が手を伸ばして、封筒を奪おうとする。
 とっさに私は、封筒を投函してしまった。
「はい残念ー! 出しましたーもう出しちゃいましたー! ふふーん」
「はあ。じゃ、後でゆっくり読むわ」
「あーあ私も残念だわー。せっかく匿名で悪口言う事でいつもよりダメージ与えることを狙ってたのにー」
「残念ね。そんなことやってる暇があるならもっと自分を磨けばいいのに」
 ……
 うぐぐ。
 正論だ。
「次の大会も出るんでしょ? リストの記名見たわよ。ていうかあんた、筆圧高いのよ。あんたの名前のところちょっと紙破れてたじゃない」
「う。いや、いつも自分が使ってる紙より紙質が悪いから……」
「ま、いいけどね。頑張りなさい、最下位にならないように」
「うっさいわー! 文だって威張れるほどの成績じゃないでしょっ!」
「あんたよりはマシだし」
「うぎぎ」
「じゃ、ね。私はこれから取材があるから」
 文はさっと手を上げて、去っていった。
 ……
 ……よし急げ!

 周囲を見渡して、誰もいないことを確認して、色々と頑張って、投函した手紙をなんとか取り出す。
 そして部屋に戻って、とりあえず罵詈雑言っぽいものを並べた手紙を書く。もちろん、リンゴを名乗ったりはしない。さらに、いつもは鉛筆のところを、
ペンを使って、わざと急いで汚い字で書く。これなら、リンゴと同一人物だとは主うまい。
 元の手紙を取り出して、封筒の中身を入れ替える。
「……よし」
 これを投函。
 カモフラージュはばっちりだ。

 ……元のリンゴのほうは、また後日、間を開けて送ろう。



***



 編集後記

 文です。氷精は涼しくていいですね。
 今回もたくさんのお便りありがとうございます。天人と死神は私も上手く出来ていたと思います。自信作です。彼女たちの生態はもっと追っていきますので、期待してください。
 今後ともよろしくです。



******



「わわわっ」
 まただ。
「これ、やっぱり、私の……だよね」
 立ち読みしながら、ドキドキしてしまう。
 二回続くと、私の手紙が読まれていると信じることができる。
 ……
 くそう。なんで、こんなに嬉しいんだろう。
 ライバルなのに。文なんて嫌な奴なのに。
 胸が弾んでしまうんだから。
 なんだか、文を嫌う私と、文の写真が好きな私とがせめぎ合って、すごく複雑な感情になっている、気がする。
 私が好きな写真を、文自身も気に入っているということが、嬉しいのだ。そして、嬉しいことが、悔しいのだ。
 なんだ、もう。負け過ぎだ、自分。
 うう。この微妙な感情をどうしてくれよう。
「はい、毎度どーも」
「出たー!」
 そして文は現れた。
 なんだ。どこかで監視してるんじゃないだろうかと思うくらいのタイミングで。
「いつも読んでくれてありがとうね。私はあんたの新聞は読んでないけど」
「きー! いちいち厭味ったらしいなー!」
 うぐぐぐぐぐ。
 蹴りたい。画面端に追い込んで蹴り上げて空中まで追いかけて蹴り落としたい。
「先日は、心の篭もった素敵な手紙、どうも」
「ふーんなんのことかしらー。私は自分の名前で手紙なんか書いてないしー」
「あ、そ。で、写真は上手く撮れるようになった? あ、ちゃんと外に出ることができるようになった?」
「出てないみたいに言うなー! ちゃんと最近は取材してるもん」
「そう。迫力のある写真の撮り方は、出来る限り近づくことよ。あんたみたいに怖がってたら無理だから。あと、戦いの写真は、自分がある程度戦えるようになってないと厳しいかもね。次にお互いがどう出るか、瞬時に予想できるようになるとベストショットが撮れるから」
「そーですか。……って、何よ、いきなり、アドバイスなんかしたりして」
「別に。あんた、筆圧が高いのよ」
「はあ?」
 ちょっと何言ってるかわからない。
 この暑さで頭がおかしくなったんだろうか。
 眉をひそめる私に向かって、やれやれ、と文はわざとらしくため息を吐いた。

「ちょっと面白いことがあったんだけど、聞いてくれるかしら」
「……何よ」
 ……気になる。
「実はね、たくさん手紙が届いてるって、編集後記に書いてるでしょ。あれ嘘」
「は?」
「いつも一通しか届いてないの。今回、珍しく二通届いたけど」
「あ、そ、そうなの。一通は私の嫌がらせだから、結局一つだけなんだ。よかったねー一人だけでもファンがいて」
「そうねー。で、面白いのはここからなんだけど」
 ……
 嫌な予感が、しないでもない。
 いや、ちゃんと字体すら変えて書いたはずだ。バレているはずは。
「あんたの悪口の手紙さあ、きったない字で書いてあったけどさ」
「うっさい」
「封筒の字は綺麗なのよね」
「……」
 ……
 あ。
 あ。あ。ああああああ。
 青ざめる私に、文は、ここぞとばかり、微笑んだ。
「不思議なことにね、いつも手紙をくれてる子と同じ字でね」
「ぐ、偶然もあるものねー」
「封筒の文字だけ鉛筆なのよね。その子の手紙も鉛筆なの」
「へ、へえ。鉛筆なんて珍しくもないでしょ」
「結構珍しいのよね、これが」
 えーと。
 えーと。
 ……詰んでる?
「いつも応援ありがとうね、リンゴちゃん」
「いや。いや……その」
 ……
 ま、まあ、アレだ。
 割と落ち着き払った、冷静な、淡々とした感想しか、書いていなかった、はずだ。
 なに、バレたところで、うん、まあ、開き直ってしまえば。
「ねえリンゴちゃん」
「う、ぎぎ。リンゴちゃん言うなー!」
「認めるんだ」
「何さ。ふーんだ。あそこに書いたことだって、私が文に言ってることだって、似たようなものでしょ。あんたの記事は物足りないの。それを柔らかく言い換えただけなんだから」
「いや、どっちでもいいんだけどさ、リンゴちゃん」
「その顔やめてー! ニヤニヤすんなー!」
「リンゴちゃん、はい、これ」
「あん?」
 文は、唐突に。
 私にメモ帳と、鉛筆を手渡した。
「なんか書いてみて。そうねえ、文さん大好きとか」
「誰がっ!」
 わけがわからないが、挑発されて反射的に私は、メモ帳に書きなぐっていた。
 ばーか。
 と。
「子供かあんたは」
「うっさいなー、なんなのさ」
「はい」
 びり。
 文は、それを書いたメモ帳を破った。
 そして――その次のページを、私に突きつけた。
「……? 何、また何か書けって?」
「ううん。よく見てみて」
「うん?」
 別に。
 普通のメモ帳だと思うが。
 ……
 あ。いや。ちょっと、僅かな窪みが模様をつくっているような。
 その。ええと。
 ばーか……と、いう……
「あんた、筆圧高いのよ」
「……」
 それだけ言い放って、文はメモ帳をしまう。
 そして、まだ展開に追いついていない私の肩を、ぽん、と叩いた。
 すっ――と、顔が寄せられて。
 近い。近い近い。
「じゃ、またね。『私の』リンゴちゃん?」
 耳元に。
 囁いた。
 そして、固まっている私を放っておいて、去っていった。

 ………………
 …………
 ……
「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
 数秒後。
 ようやく「追いついた」私は、廊下で思い切り叫んでいた。