「ここでこの単騎に直撃かー!?相変わらず滅茶苦茶だなっ!それがまたたまらなくカッコいいんだくぅっ!!ところで透け牌誰か作らないか!?やりたいと思わないか!?」
「久瀬さん、近代麻雀読みながら叫ぶのは控えてください」
「むぅ」
あくまでも、この部屋の外には叫び声は全く漏れない。防音は相当にしっかりした書庫部屋。
堅い人間のように思われているが、要するにマジメにやる人の邪魔にさえならなければこういう事も制限する必要も無いだろう、というのが久瀬の考え方だった。
要するに自分がマンガ好きなんでしょ、とツッコんだ時は「そうだ」と堂々と返事が返ってきて思わず感動してしまったというエピソードも無いではない。
「久瀬さん、また客ですよ。切り替」
「ああ。通してくれ」
「………はい」
客と聞いた時点で一瞬にして顔つきが変わるのは、もはや職人技と言ってもいいだろう。そんな事を考えながら少し呆れつつ副会長はドアまで案内する。
そこには、女生徒が一人立っていた。
彼女に会った事は無いが。
「お待たせしました」
「気にしなくていいわ…あなたが会長さん?」
「はい。美坂…香里さんですね」
香里お姉さんの受験講座♪
〜 第9話(最終話) 〜
「妹がお世話になったわね。もう本人から色々言われていると思うけど、あたしからも礼を言いにきたわ。あなたのおかげで無事来年度から2年生よ」
別に頭を下げたわけでもないが。
ただ、本心から感謝を込めて礼を言っているということは十分に伝わる。裏があるわけではなく、言葉通りに受け取っていいものだ。
「私じゃないですよ。全部美坂さん…栞さんの頑張りの成果です。もちろん姉である貴方が一番ご存知だと思いますけどね」
そしてまた、久瀬の言葉も謙遜で言っているわけではない。まさに、言葉通り。
…何かを思い出すように、久瀬は小さく苦笑する。
「そもそも私が何か行動する意味は無かったかもしれませんね。さすがに学校も――」
半ば、呆れ顔で。
香里のほうもつられたわけではないだろうが、その言わんとする所を察して――あるいは同時に同じ事を考えて、薄く微笑んだ。
「――学年1位を取った学生を留年させるわけにはいかないでしょう」
「あたしも最初は何かの間違いかと思ったわよ…やるとは思っていたけど、まさかね…」
「血は争えない、というところですか?」
姉妹揃って学年1位を独占。
香里に関しては1位は定位置なので今更騒ぎ立てる事でもなかったが、何せ栞に関しては今まで名前のカケラも出る事が無かったのだ。まして一部の人は栞の事情も知っている。
美坂姉妹についてはもう学校中の有名人となっていた。
「――あたしにはムリよ、あの子みたいな事は」
香里は平然と笑ってみせた。
「それと…あの子にあれだけやるきっかけを与えたのは間違いなくあなたのおかげよ。約束があるというだけでも全然違うわ。そして、たぶんあなたにしか出来ない事だった。…やっぱり権力っていうのはこういう時に使うものよね、久瀬さん?」
一瞬、驚いた顔を見せる、久瀬。
香里はまっすぐに見つめてくる。まっすぐに。
「…そう言っていただけると嬉しいですね」
「ええ、そうよ。栞も幸せね。……まったく、相沢くんもあなたくらい頼りがいがあったらね…」
「………相沢」
ふと、香里からぽつんと漏れたその名前に、ぴくりと反応を見せる。複雑な表情。いや…やはり、どちらかと言えば嫌なものを思い出した、と言わんばかりの。
「…大変らしいわね」
「…知ってますか」
「栞がよく愚痴っているからね。あの二人どうしても仲良くなってくれないのって」
「相性が根本的に合わないんですよ。どうして彼女はそうまであの男と仲良くさせようとするのか――」
久瀬が苦虫を食ったような顔でため息をつく。
それを見て。あはは、と、香里が声をあげて笑った。はしゃぐように。
彼女としては非常に珍しい仕草なのだが(恐らく祐一が見たらその瞬間に沸騰するだろう)、この場にはそれを知る者はいなかった。
「そりゃあ、栞は二人とも好きだからよ。それだけよ」
もう話す事は無い、と、くるりと身を翻す。
好きという単語に一瞬だけ動揺した久瀬だが、相手が背を向けてくれたおかげで気付かれずに済んだ。ほっとする。…自意識過剰はカッコ悪い。
…背後で一人笑った男がいたが。後で実刑だ。靴箱の靴を片方だけ逆さまにしておいてやる。
とか考えている間に、香里は入り口にまで戻っていた。
と…背を向けて、ドアに手をかけて、そのまま。
「マジメな人だけ残すっていうのも効率はいいやり方かも知れないけど、必要なのはそれだけじゃないとは思わない?」
静かに、呟いた。
「…え……?」
「――って、栞なら言うんでしょうね。あの子は難しいわ…それじゃ、ね。失礼しました」
ドアを開ける。
そのまま振り向きもせず、生徒会室を後にして歩き去っていった。
「………?」
残された久瀬が首をかしげる。
後ろでは副会長が何やら訳知りげにうんうんと頷いている。なんか気に入らない。やっぱり靴は両方とも逆さまにしておいてやろう。しかも片方は靴紐を解いておいてやる。
…実際のところ。
この香里の言葉の意味を久瀬が実感するのは、もう少し後の事となる。
学年末試験 科目総合 結果
()内は前回の実力試験順位。
受験者総数 2年:438人
○美坂香里 1位(←1)
○北川潤 6位(↑7)
○相沢祐一 178位(↑191)
○水瀬名雪 299位(↑426)
○美坂栞 1位(−)
「もうちょっと行けると思ったんだがな…」
「上出来じゃない、北川くん。名雪を教えながらちゃんと順位も上げてるんだし」
「やっぱり潤くん凄いなぁ…うん、凄いよっ」
「俺も上がったぞ。さすが勉強の成果だな」
「名雪…も、よく頑張ったよな。一気に100位以上のジャンプアップだぞ」
「香里と潤くんのおかげだよ。わたし、こんなに勉強できたのも初めてだったし…」
「あら。別に義理であたしの名前を挙げることもないのに。ずっと北川くんにべったりだったくせにねぇ?」
「み、美坂…っ」
「なあ、俺も順位上がったぞー?」
「ホントにありがとうね、潤くん。それと…もし迷惑じゃなければ、これからもよろしく…していいかな?」
「…あ。ああ、もちろんだ」
「あら。あたしの目の前でとうとう告白かしら。やるわね」
「違うだろっ!?………あ、いや、そんな否定するつもりじゃ…」
「ちなみに俺もいるぞ〜〜〜?」
「っさいわね。感動の余韻を噛み締めるシーンなんだからちょっと黙ってて部外者」
「………………」
「わ。香里、それはちょっとヒドいよ。祐一だってわたし達と一緒に勉強―――」
「………」
「………………」
「………したんだし」
「…その沈黙が一番正直ね」
「あ、皆さん、もう集まってるんですね…遅れてごめんなさい――って、あらっ、祐一さんっ!?どうして半泣きで走り去って行くんですかーーーっ!?」
4人が集まる校門前に着くなり祐一に逃げられた栞が「がびーん」と頭の上に文字を浮かべながら手を中途半端な高さ(いわゆるツッコミレベル)に持ち上げた状態で固まって、叫ぶ。
栞は一瞬の間に残った3人の顔をぐるっと眺めた。無表情が1つ、困ったような顔が2つ。
香里の、無表情。いつも通りのようで、何か語っているようで。
「…ごめんなさいっ」
栞は短く叫ぶと、迷わずそのまま走り出していった。祐一の後を追いかけて。
角を曲がったせいで、二人ともすぐに見えなくなる。
「元気になったわね、栞…」
微笑ましく眺めてみたり。
「ま、要するに試験で一番大事なのは何かって言うと、絶対にやりっぱなしにはしない事ね。出来なかったところは見直して、同じような問題が出たら確実に取れるようにしておく。それもそのまま覚えるんじゃなくて、ちゃんと分かるまで何としても考える事が大切ね…どうして分からなかったら誰かに聞くとか」
今日は今までのまとめのようなもの。試験が返却され、順位も出て、授業も全部終わり。あとは春休みを待つだけだった。
「あくまで試験は通過点という意識を忘れちゃダメよ。次に同じ問題が出た時も解けないっていうのじゃ意味が無いわ」
「そう。通過点だ。途中がいかに困難な道で凹凸が激しくても、ゴールが明白なら決して負けない――そうだな、香里?」
ちゃっかりと香里の隣に座った祐一が、すす…とテーブルの上の香里の手に自らの手を少しずつ寄せる。
「例えば」
そんな祐一の言葉や行動に全く気付いてすらいないように、平然と香里は言葉を続ける。
自然に、祐一の手が香里に触れる――
直前。
ほんの一瞬動いたかと見えた香里の腕が、直後には祐一の顔面を真正面から捉えていた。
べこ。
あまりに素早い動きに、祐一の顔は反動で後ろに動く事すら忘れ、そのままの場所で顔の真中だけが凹む――ように見えた。
あえて近づく右手ではなくて顔面を狙ったところが今回の重要ポイントだ。
この間約0.5秒。香里の表情は一切変化を見せなかった。
………………
…どさ。
かなり遅れたタイミングで、祐一が床に崩れ落ちる。
「…学習効果の無い典型的な例がここにあるから、これを反面教師に見るのもいいわね」
淡々と語る。
北川と名雪は、思わず二人同時に頷いていた。
最後に、決着をつける。
「…あれ、名雪と北川は?」
応急処置を終えた(栞にしてもらった)祐一が居間に戻ってくると、香里が一人でソファに座ってくつろいでいた。
「休憩時間。あの二人ならいつも通りどこか消えちゃったわよ」
「ああ。そうか…」
すくっと香里が立ち上がる。
両腕を挙げて、軽く体を伸ばす。
近くのドアに向かって歩き出す。部屋を出るらしい。
「香里」
そこに、祐一が声をかけた。
神妙な声。香里が足を止める。
「何よ」
「…あの時の言葉、俺なりに色々と考えた。香里のこと、栞のこと――香里がどう考えていたか、やっと分かったよ。今まで何も考えずに悪かったと思っている」
「………へぇ」
少し興味を持ったように、香里がくるりと振り向く。
いつもと何も変わらない祐一の顔がそこにあった。
「妹思いだと思っていたが、俺が想像していた以上らしいな…妹の気持ちを知っているから自分は身を引こう、なんてな」
自ら首を縦に振って何やら納得しながら。
………………
部屋の時間の流れが止まった。
いや、時計の針の音が異様に大きく聞こえているからには、実際に時間が止まっていたわけではないのだろう――当たり前だが。
秒針の音がきっかり10回鳴った後、香里は放心状態からようやく復活して、精一杯、声を絞り出した。
「………………………………ハァ?」
一言。
「いや、もう隠す事はないぞ。わざと俺にキツくあたって、なんとか自分は嫌われようとしたんだな?それも全て妹のため。自分の気持ちはどうでもいい、可愛い妹のためなら――なんて美しい姉妹愛なんだ!いや俺にはちゃんと分かってるぞ。そしてそんな香里がますます大好きだっ!!」
「あー…えー…と………あ、そうね………バカなのね………」
「分かっている。分かっているぞ。今も妹の気持ちを大切にしようという思い、痛いほど良く分かるっ」
「あなたのほうがよっぽどイタいわよ…」
どうやら何を言っても聞きそうに無い。
あまりに呆れ果てて、いつも通り頚動脈に手を伸ばす気すら起きない。
「…どうしても自分が素直になれないというのなら、俺に妙案がある。あの日以来ずっと、試験中も考えてきて出した答えだ」
「なんでホント順位上がってるのか世界の七不思議ね…」
祐一は、びしっ!と指を一本突き立てる。自信たっぷりの態度で。
がらがら…と、ちょうどその時、今いるほうのドアと反対側、キッチンからの横開きの扉が開いた。
手にペットボトルの紅茶を持った栞が入ってこようとしていた。
「栞も香里も俺も…全員で幸せになれるプランだ!ずばり、二人とも俺と付き合――」
「なるほどね」
祐一の言葉が途中で途切れたのは、単純に物理的に途切れさせられたから。
やはり、素手で最も単純かつ殺傷力の高いのはコレに限る。再確認してみる。
右手で祐一の首を真正面から握りつぶす。
あまつさえ…祐一の体がそのまま、少し、浮く。右手一本の力で。
「お、お姉ちゃん、それは本格的に危険っ。ていうか祐一さんも1週間考えてその結論はあまりにちょっと」
どうやら少し前から会話は聞こえていたらしい。
とうに、祐一は言葉を発するどころではなくなっていた。見る間に生気が失われていく。
「栞……覚えておきなさい。あたしも今一つ、大切な言葉を思い出したわ」
「………?」
恐るべき力で祐一の首を締めながらも平然と言葉を発する香里。
ばたばたと祐一が悶える。そろそろ本当に危険領域に入りそうだった。
「お…お姉ちゃん………?」
一体誰が最初に言った名言だっただろう?
いや、名言などではないだろうが、今、思い出すには最高の言葉だろう。そう思う。
「試験には出ないけどね――どこの入試にも役には立たないけど」
そう。
バカは死ななきゃ治らない。
おわり。
【あとがき】
たいして中身も無い話の割にずいぶんと長く続けちゃってすみませんでした(^^;
というわけで、ようやく終わりです〜〜っ
えーと。僕としては書ききったつもりですが。やっぱりもっと明確に決着つけたほうがよかったでしょうか?久瀬と祐一とか、名雪と北川とか、栞のこととか。まあ、こっちでいいかなと思って例えば久瀬と祐一の会話シーンなんかも全部省いちゃったりしたわけですが…
あ、それと、言うまでもないと思いたいですが、念のため…SS中の久瀬の主張や香里の言葉等は決して必ずしも僕の意見というわけではないですからね〜〜(汗)
さて。連載始めるにあたって、今回のコンセプトは、以下の通りでした。
・今回はどこまでも報われない祐一くん
・栞の進級
・香里の勉強関係アドバイス(上手くいけば読んでる人が役に立てたらいいな、くらいの…)
・今回ばかりは北川くんにもいい思いをさせてあげよう
こんな感じで。名雪についてはそれほど何も考えてませんでした…
久瀬に至っては最初は出す予定も無かったのですが(汗)栞が進級できる、という事態に対して成績以外の何か別の力が欲しいなぁと考えたら必然的に出番となりました〜♪
とりあえず、3番目以外は概ね思い通りに出来たと思います(^^;
でも普段まずめったに書かない北川くんがやっぱり出番少ないのでありました…(オチ)