【注意書き】
このSSは、アニメ版Kanonの後日談となっております。ネタバレを含みます。
以下に該当する方は読まないほうが無難かと思われます。
・アニメKanon最終話をまだ見ていなくて、これから見る予定のある人
短いお話ですが、よろしければお楽しみくださいませ♪
大好きな母が作った、大好きないちごのジャムをパンにこれでもかと塗りつけて頬張る、幸せ。
適度な甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がる。
落ち着いた笑顔で母が見守ってくれる、幸せ。
ちゃんと、帰ってきてくれた。一人にはならなかった。
「祐一さん、おかわりはいかがですか?」
「あ、すみません秋子さん。いただきます」
「はい」
そして祐一もここにいる、幸せ。
ずっと抱えてきた、このいとこの少年に対する想いは、いろんな事件が重なって参っている時に一気にさらけ出した。今にして思えば本当に勢い任せだったと思う。
ただ、その時からもう、遅すぎることは分かっていた。すでに終わっている恋だということは分かっていた。
少年の気持ちは自分以外の女の子に向いていたのだから。
そして、きっぱりと失恋した。全てをぶつけたうえで、砕けた。
未練が全くないとは言えない――のが正直なところではある。ずっと何年間も想ってきた相手が、しかも今も決して冷めたわけではなくて、同じ家に住んで一緒にゴハンを食べて一緒に学校に行っていたりするわけだ。結構辛かったりもする。
だけどそれ以上に、晴れてその女の子――月宮あゆと長い苦難の末結ばれて幸せそうな祐一の姿を眺めるのもまた、幸せなのだ。ひょっとして苦労する性格かもしれない、なんて思ってもみる。
そんなわけでまあ、心からこのカップルは応援しているし、それくらいの余裕はある。
自分の新しい恋を見つけるのはまだまだ未来の話だろうなぁとは思いつつも、現状不満がそんなにあるわけでもない。この二人を見ているだけで満腹になるほどで。
月宮あゆという少女の事は自分としても好きであるし(度を越した世間知らずも、7年間ずっと眠りについていた事を考えればやむを得まい)、恨む気持ちは全くない。何かあるとしたら、祐一をまた悲しませたら許さないからねというくらいで。
この状態なら、十分に吹っ切れていると言ってもいいだろうと自分では思っている。
……それにしても。
「はい祐一くん、あーん」
「ん……♪ ああ、あゆの箸で食うとやっぱ美味しいなぁ」
「もうっ、おいしいのは秋子さんの料理だよ〜」
「いやいや、かなーり深い愛の味がプラスされているぞ。なんなら確かめるか?」
「確かめる? どうやって?」
「それは、こうするのさっ」
……ちゅ。
「……んんっ」
………………
………
「……も、もう、いきなりすぎるよっ」
「ん〜。やっぱりあゆは直が一番美味しいな」
「な、なんかえっちだよ〜〜〜」
少しは遠慮しろと。
ここは水瀬家でついでに朝だと。
「たまにそやって余裕なくしちゃう自分はまだまだかなぁ?」
なんて、つい好きなラジオ番組に投稿しちゃったらそれが読まれたときはちょっとビックリ。
ラジオネームは思いつきのまま”ねこさん”にしたが事情を知っている人が聞けば一目瞭然だったかもしれない。
まあ、乙女心なのか何なのか知らないが色々と複雑なのだ。
「き、キスって、何回してもいいものだね。えへへ」
キスならわたしだってしたよ。祐一と。あゆちゃんの恋人の祐一と。
――なんて、たまに言いたくなる事もあったりする自分が怖かったりもするが、さすがにそれを止めておくだけの自制心は持ち合わせているのだ。偉い。
それにしてもよくまあ堂々と嬉しそうに言ってくれるもので。
誰かが言っていたのを思い出す。「なぜ人前でキスをするのがいけない事か、子供に聞かれたらどれくらいの人がちゃんとした説明ができるだろう?」全くだ。実例を目の前にするとそれが実に困難である事をひしひしと実感する。
さておき。
「良かったね、あゆちゃん」
心の中は色々あっても言葉はしっかりと無難に出てきてくれるから便利なものだ。
表情も努めてにこやかに。なるべく自分も嬉しそうに。
無茶言うなとか思う時もあるが、それでもやる。
「うん、わたしはいいから二人で楽しんできて」
「……そうか。わかった。ありがとな」
近くの大きな街――近くって言っても電車に乗って1時間くらいはかかる場所だったりはするが――に新しいテーマパークができた。なんかとても楽しいらしい。そのお誘い。
っても、祐一とあゆと自分と3人で、なんて言われても。
行けるか、と。
遠慮されて微妙な雰囲気でそわそわされるのは居心地悪いし、いや、この二人なら恐らく気にせずめいっぱいラブラブするのだろうが、それはそれで気持ちいいわけがなく。
なんでわざわざ楽しいところに行ってまで心労を増やさにゃならんのだ、と。
そういう本心は心の本棚の教科書とかマジメな本の裏に隠すように置いておきつつ。
にっこりと、あくまで自ら望んで二人きりで楽しんで欲しいと言うかのように。
これで、一応気を使ったフリをして誘ってきた祐一の、心の中にちょっとだけある罪悪感を取り除いてあげるのだ。
これがフラれた少女にまだ残された仕事。
「失恋って大変だね」
「あたしは名雪の忍耐力にちょっと感動さえ覚えるわ」
「そう? ありがと、香里♪」
「……こういうトコが微妙に天然なのよね」
香里には時々愚痴っぽい事を言ってしまう事もある。嫌がらずに聞いてくれるのが嬉しい。
もし香里が悩みをもったときは同じくらい何でも聞いてあげようと思う。
――と、ふと思う。
「香里が同じような状況になったらどうする? 例えば香里が大好きな男の子がいて、その子が栞ちゃんと付き合うことになったとか」
「……厳しいわね。あんまり想像したくないわ」
「大変だよ。その子がよく家にも遊びに来てて家族にも公認で平気でいちゃついたりして自分の部屋の壁に耳をつけるとラブラブ会話とか下手すると真っ最中の声とか聞こえてきて」
「リアルすぎる例えはいいからっ」
香里が耳を押さえる。そういうのは聞きたくないらしい。
何故か頭を抱えながら呟く。
「……とりあえず、名雪がどれだけ苦労してるかはよく分かったわ」
「苦労はしてないよ? ちょっと大変だなーってだけで」
「でも、その子と相沢君が仲良くしているのを見るのは幸せ、なのよね?」
「うん」
はぁ、と香里はため息をつく。
まじまじと目を見つめられると何か心を見透かそうとされてるみたいな気分になる。
「そんな状況でも幸せって言える名雪があたしには一番よくわかんないわ……」
「それはほら、甘いものは別腹っていうし。孔子だっけ?」
「ンな乙女チックな発言する孔子は嫌過ぎ……じゃなくて何にも関係無いし――いや深読みすれば意味がありそうな言葉にも見えるあたり中途半端でツッコミにくいというかああややこしいっ」
香里は、疲れてるみたいだった。
そんな時に自分のフクザツな悩みとかを聞かせてしまったのは申し訳ないなと思った。
「こんにちは、名雪さん」
「こんにちは栞ちゃん」
失恋したもの同士。相手は同じ。
キャリアは全然違うけどね、というのが密かな優越感だったりもするがそれはそれで空しい。
それに、第一。
「聞いて下さい名雪さんっ! 昨日学級委員の仕事でいっぱいの資料持ち運んでたら知らない男の子が手伝ってくれたんですよっ。これって美しい出会いだと思いませんか? ドラマはここから始まるに違いありませんっ!」
――すでにとっくに祐一の事は過去になっているみたいで。
というか、見ての通り、こういう子なのだと早い段階から気づいていた。とても同類とは言いがたい。
こうなると、例の”病気”も体を張ったドラマ作成だったのではと思わず疑ってしまいたくもなるもので。もしそれならそれで過去に類を見ない成功だったと言えるだろう。ラストにあっさりと違う女の子に取られてしまう事以外は。
………………
………
考えてみて、自分も似たようなものかと気付いて泣きたくなった。
そんな感じの微妙な日々。
何の事はない、結局人気の高い男の子の争奪戦に破れたというだけのこと。まとめればそれだけのことだ。
問題は物理的な距離が全く以前と変わらないままなだけで。
あの時最後に、全てを振り切るようにキスを奪ったのはもしかしたら失敗だったかもしれない。祐一の事を振り切ろうと思ってもその事を思い出すたびに――ついニヤけてしまったり。
祐一のファーストキスじゃなかったのはかなり残念だが。
《祐一に初めて脱がしてもらったのは真琴よーっ》
………………
………
まあ、空耳は気にしない方向性で。
大好きな母がいる。
大好きな祐一がいる。
大好きなジャムがある。
贅沢言わなければ、十分に幸せなんだろう。もしかすると数日の間に全てを失っていたかもしれないのだから。
だから今日も取り戻した笑顔で、一番幸せな女の子のノロケ話でも聞いてあげよう。
「もう祐一くんってば恥ずかしいことばっかりするんだよっ。恋人同士なら誰でもするんだとか言って同じジュースにストロー2つ入れて一緒に飲んだりとか……なんか見られてて気になったよ〜〜。あとね酷いんだよもしかしたら小学生料金で乗れるんじゃないか試してみようかとか言ったり! それに怖がりなの知ってるくせにお化け屋敷むりやり連れてかれて……でも祐一くんがとっても頼りになったし手も腕も背中もすごく暖かくて幸せだったからそれはいいんだ。それでねすっごく高い観覧車に乗って――」
……だから。
ちょっとは遠慮しろと。
【あとがき】
注意: SS本文以上に露骨にネタバレしています
これから見る予定のある人はこのままBackしましょう><
名雪好きの皆様は今回のアニメKanonどうだったのでしょうか?
僕はもちろん名雪大好きです。そしてアニメKanonのあのラストには大満足です♪
祐一くんがあゆを選んだ時点で他のヒロインに恋の成就の可能性は無いわけですから、しっかりと正面きって名雪の恋の終末を描いてくれたのはすごく嬉しかったのです。少なくとも「いい友達」「兄妹みたいな関係」であやふやなまま終わるよりはずっとずっとイイです
飛び込んで祐一くんの唇を奪うシーン。素敵です……♪
というわけで見終わった勢いそのままでふらふらと書いてみました。小ネタのようなものです
テーマも何もありません。まあ、ちょっとした後日談……にもなってないかも……
ひたすらに好みの展開でした。ラストは。失恋もやっぱりしっかりと。
アニメスタッフの皆様、お疲れ様でした。ありがとうございましたm(__)m