ごうん、とそれはアリスのすぐ目の前の空間を切り裂き、左から右へと流れていった。後方へ避けるのが一瞬遅れていれば、それは間違いなくアリスをずたずたに切り裂いていたのだろう。体の動きについてこれずふわりと舞ったスカートの先端が、すっぱりと切り落とされ、一部は破られる。
 だが、スカートの先端こそもはやボロボロになっているとはいえ、この攻撃自体は既に見切っていた。いくら速くとも、ただの直線的な攻撃に過ぎない。化け物のような弾幕を生み出す相手と戦ってきたことを考えれば、どうということもない。
 ――避け続けるだけならば。
「っとうしいわねっ……!」
 アリスは人形数体を仕掛けながら、何度も、タイミングや攻撃の種類などいくつも変えながら、それを狙う。
 しかしそれの動きは素早く、どんなコンビネーションをもってしても、全てかわされてしまう。完全に不意を突いたつもりの攻撃でさえ、信じがたいような反応速度で見事に避けてみせたのだ。
 どちらの攻撃もまったく当たらない。これでは、いつまで経っても終わらない。
 正確には、疲労で消耗していくぶん、アリスのほうが条件は不利だった。
 ”それ”には疲労など影響しそうもない。”それ”は、見るからに、霊体なのだから。
 こういう不毛な戦いは、避けるに限る。本来ならとっくに諦めて撤退するところだった。
 しかし、今回この状況に限っては、すんなりと立ち去るわけにはいかないのだ。もう目の前に、おそらく宝の山が詰まっているであろう部屋への扉がそこにあるというのに、帰ることなどできるわけがない。
「諦めさせるためだけの門番なんて……性格悪い奴ね……!」
 それぞれに大きさも速度も異なる魔法の矢を次々に生み出しながら移動して、放つ。
 仕掛けておいた人形からは剣を突き出させる。
 ――いずれもやはり、ほんのわずかに出来る隙を、尋常ではない速度で潜り抜けて、全て抜けきられてしまう。
 何度も試してきたことだった。アリスが独自に開発した”詰みの定石”パターンをいくつも投入してみたが、三次元的にここまで高速かつ精密に動くような相手は本当に詰みに持ち込むことは出来ないようだ。
 こうなれば、少し危険な賭けに出ざるを得ない。
 なるべく余裕を持って戦いたいアリスにとっては非常に不本意な選択になるが、もはやそれ以外の手は残されていなかった。
「やってやるわよ!」
 言葉を解するとは思えない、しかし元は人であったであろうその幽霊に向かって叫ぶと、アリスは自分用の剣を抜いた。
 同時に、幽霊の左右から同時に人形が斬りかかる。幽霊は上に飛び、難なく避ける。
 そこに予め放っておいた魔法の矢が到達するが、わずかに体を丸めるような動作だけで避けられる。
 そして急降下し、アリスに真っ直ぐ向かってくる幽霊。
 アリスは真正面から人形を放ち、剣で突き刺す。幽霊は速度を落とさず右に動いて避ける。再び向かってくる。
「はっ!」
 アリスは目の前に迫った幽霊を、今度は避けない。そして手に持った剣を――
 真上に、放り投げた。
 幽霊が手に持った刃物で体当たりのように突撃してくるのにあわせて、逆に一歩踏み込む。そして一度身を沈めて、その刃物が体を切り裂く直前、アリスは足を思い切り振り上げ、刃物を持つ手から胴体を目掛けて、蹴った。
 どん、と確かな手ごたえ。初めて攻撃が当たった。
 ふらり、と幽霊が揺れた隙を逃さず、今度は頭部を狙ってもう一度、蹴る。
 ちっ、という音。幽霊は今度は頭を下げて、蹴りをギリギリでかわしていた。アリスはそれを確かめるより早く、このタイミングで上から落ちてきた剣を両手で掴み取り、上方から体重をかけて幽霊の肩に飛び掛る。蹴りを避けるのに一瞬バランスを崩した体形ではこれを避けることは不可能のはずだ。
 しかし。
「――っ!?」
 ぼふっ――
 今度は、幽霊が蹴りを放ってきていた。蹴りはアリスの胸元に直撃し、手に持った剣ごと吹き飛ばされる。
(しまっ……)
 もう遅い。致命的な隙になってしまった。
 吹き飛ばされるアリスの目の前に、ぎらりと光る刃物が迫る――回避は間に合わない。もはや斬られるだけだ。
 覚悟を決める。体をできるだけ丸めて、心臓だけは守るよう身構える。
 鋭い刃先が腕から貫く――

 ――直前に、幽霊は、刃物を引っ込めて、下がった。

「……!?」
 直後に、幽霊とアリスの間に――星が一つ、流れていった。
 アリスはこのわずかな間に体勢を整えなおす。
 そして、声は、右のほうから聞こえた。
「このタイミングで避けるとは、やるじゃないか」
 アリスは一度大きく距離を取ってから、そちらの方向を向く。
 箒に乗った黒い魔女。ここにいるはずの無い彼女を。
「魔理沙……!」
「よう。最高のタイミングで主人公登場の巻、だぜ」
 魔理沙はふっと笑い、帽子をくいっと動かしてから、ウインクひとつ。
 わざとらしいその仕草が、見事に決まっていた。
「な、なんでここにいるのよ!? ここは私が見つけたばかりの……」
「おいおい。最初の一言は、命を助けてくださってありがとうございます魔法使い様、だろ」
「……っ! ……ふん、まあ、感謝するわ。でもどうしてここにいるのかは答えてもらうわよ」
「誠意の欠片もないな……ま、答えてやるか。いやまあ、アリスがちょっと大きい袋持ってこそこそと出かけてたから、なんかあるなと思って後ろをつけてきたわけだ。そしたらなんか家があって隠し地下室があったわけだ。なんか罠がいっぱいあるみたいだったからアリスに全部解いてもらって最後に美味しいところだけ横取りするつもりだった。めでたしめでたし」
「すっっっごく正直にありがとうッ! 最後あたりは言わなくてもわかってたことだけど!」
「あ? 命の恩人なんだから宝物全部献上するのは当然だって? アリスはいい奴だなあ」
 はっはっは。
 魔理沙はハイテンションに笑う。
 アリスは、呆れてため息をついて。飛び掛ってきた幽霊は、ひょいっとかわして。
「まったく……だいたい、ここが何だかわかってるの?」
「人の話聞いてたか? 知ってるわけないだろ」
「なんで偉そうなのよっ。ここは、昔のある有名な資産家の隠し家なのよ。それも、当時かなりの実力者だった魔法使いと個人的に付き合いがあったということで有名な、ね。ここに隠れているものはただの宝物なんかじゃないわ。間違いなく貴重な魔法の道具ばかりよ」
「おお、ますます期待しちゃうぜ」
「だから! 魔法のことをちゃんとよくわかってる私のほうが手にする権利があるはずよ。もともと私が発見したんだし!」
「あーあー。わかったわかった。山分けでいいぜ。アリスはわがままだな」
 ……アリスは、頭を押さえて、もう一度ため息をついた。
 色々なものを諦めたようだ。
「……あー、もう。戦闘中だってのにどうしてあんたが来るとこんな緊張感なくなるのよっ」
「そりゃあれだ。アリスが真面目すぎるんだな」
 言うと魔理沙は、目の前に飛んできた幽霊をかわして、後ろから星弾を投げつける。あっさりと避けられていたが。
 構わず投げ続ける。しかしやはり、簡単に避けられている。
「無駄よ。私が本気で詰みにかかっても避けられたんだから」
 アリスは冷ややかな目で魔理沙の奮闘を見つめる。
「なるほど。結構面倒な奴だな。マスタースパーク使えれば一発なんだが」
「やめてよ!?」
 こんな地下室で、あんな魔力の暴走みたいな魔法を使われては。
 間違いなく簡単に相手を倒すことはできるだろうが、最終的にはみんなで仲良く生き埋めライフだ。
「まったく、弾幕はパワーだなんて馬鹿なこと言ってるから、こんなときに役に立たないのよ」
「命の恩人にすっごい冷酷な発言だぜ。ってか、お前もさっきまでやられてただけだろ……」
「……う、うるさいわねっ。そういう日だってあるわよ……っ」
 ぷい、とそっぽをむくアリス。
 魔理沙は、うーんと唸ってから、アリスのもとにやってくる。
「で、実際、勝算はあるのか?」
 少し声を潜めて尋ねる。幽霊がこの言葉を理解しているとは思っていないが、念のためだ。
「――正直、さっきまでは、なかったわ」
 アリスは悔しそうに、認める。
 ふらふらと様子を伺っているような幽霊を眺めながら。
「今はあるのか?」
「二人いればね」
「心強いぜ。どうすればいい?」
 アリスは、ここで魔理沙の目をしっかりと見つめる。
 真剣な表情。
「難しくは無いわ。魔理沙、私を――信じてくれる? 必要なことは、それだけよ」
 その言葉と、その視線に。
 魔理沙は、迷い無く頷いていた。
「任せろ」
「ありがとう。じゃあ、説明するわ――」


 常に幽霊を二人で挟み込む配置になるように意識しながら、しかし決して三人が一直線上に並ぶことのないように位置取り、攻撃を繰り返す。
 コンビネーションで戦う場合、何より怖いのが同士討ちの危険性だった。通常はそれを避けるため、挟み撃ちにはせず、敵に対して同じ側に二人ともいる状態を維持するのが弾幕戦においては基本となる。もちろん、誘導や特殊な方向へ飛ぶような攻撃も危険であり、出来る限り使用しないほうがよい。したがって、二人になったからといって単純に弾幕密度を二倍にできて簡単に詰みに持っていけるというわけにはいかない。
 コンビネーションで、このように挟み撃ちの配置を取る場合と言うのは、通常はある限定された条件下のみだ。例えば今回のように、互いに相手の基本形を知り尽くしていて、相手の行動を予測した上で攻撃することができ、かつ、互いが相手がそのように行動することを信頼できるという状況ならば、可能である。
 それでもなお、あまりにトリッキーな攻撃はそれ自体が制限されてしまう。正攻法よりも不意をつくような攻撃パターンが多いアリスにとっては、やや動きにくい陣形のはずだった。
 実際、戦いは長引いている。戦況と言えばアリスが一人で戦っていたときとさほど変わっていない。
 しかし二人は構わず戦い続ける。目まぐるしく動き回り、相互の位置も複雑に変えながら、仕掛けていく。
(まずは合図があるまで、ひたすら動き回って、耐える――)
 最初のアリスの指示は、それだけ。
 幽霊の動き次第になるが、目安としては五分間ほど、ということだった。魔理沙はとにかく動き回り、避けて、撃ち続けた。幽霊は挟み撃ちの攻撃も見事に避け続けている。まさにぎりぎりの隙間を高速で潜り抜けてしまうのだ。このままでは、やはり決着はつきそうにない。
 ――何分後か。
「!」
 魔理沙の視界の端で、地面の一箇所に、光で出来た星型の模様が浮かび上がった。
 合図だ。
(あそこまで行って、敵を迎え撃つ――って! マジかよ! 壁じゃないか!)
 指定されたその場所は、部屋の角になっている部分だった。方形の部屋に必然に生まれる袋小路。そんな場所に向かうなど、どこにも逃げませんからどうぞ殺してくださいと言うようなものだ。
(ちっ――)
 魔理沙は、一瞬の躊躇はあったものの、真っ直ぐにそこに向かう。
 地面に降り立つとすぐに、壁を背にして、上方を見上げる。
 幽霊は、魔理沙に向かってきていた。当然だ。これほど仕留めやすいチャンスなどないのだから。
 魔理沙は、手を前方に構える。魔力を充填する。
(最後の指示――絶対にここから動かず、一発だけ、撃つ!)
 十分に引き付けて。
 刃物がもう当たりそうなほどに見えたとき、魔理沙は星弾を一発、放った。

 幽霊はそれを見てから上に急激に方向転換して、簡単に、避ける。――避けようと、した。
 だが、幽霊は、その瞬間にはもう、一切の逃げ場所が塞がれていて、わずかな隙間さえ残っていないことを悟る。壁の凹凸でできた影に絶妙な位置で隠れていた五体の人形が、上から、右から、下から、左から、後ろから、同時に突き出した剣によって。
 成すすべもなく全身を串刺しにされた幽霊の悲鳴と同時に、背後から飛んできた大きな一本の剣が背中から胴を貫通して、胸まで完全に刺し貫いた。
 貫通した剣の切っ先は、目を丸くする魔理沙の顔のわずか二十センチメートルほど手前まで届く。
 ごおぉ……という声とともに、完全に動きを止めた幽霊の体が少しずつ消えていく。
 そして、それが完全に消滅すると同時に、それに刺さっていた剣は、からんからんという音を立てて、地面に落ちた。

 魔理沙は、指示通り、この瞬間まで、一歩も動かなかった。



「は……はは……はははははは」
 乾いた笑い声とともに、魔理沙は地面にへなへなと崩れ落ちた。
 背中は岩盤に支えられたまま、足を放り出して座るような姿勢になる。
「魔理沙! 大丈夫? 怪我はない?」
 アリスはぼろぼろになったスカートを捲り上げて邪魔にならないようにしながら、急いで駆け寄る。
「は……ははは」
 息を切らせるアリスに、魔理沙は苦笑いを浮かべて、応える。
「おいおい……信じろっていうから信じたら、私を囮に使う作戦かよ……」
「う。……わ、悪かったわ。ごめん。ほら、でも、ちゃんと倒せたでしょ?」
「マジで三途の川が洪水になってるのが見えたぜ、ったく」
「あー……えーと……そ、そうよ、怪我は、大丈夫?」
 バツが悪そうにアリスは視線を逸らしながら、もう一度確認。
 魔理沙は目を細めてそれを睨みつける。
「心に深い傷を負った」
「……うう。悪かったってば」
「あと、立ち上がれない。手を貸してくれ」
 すっと上に上げられる魔理沙の手。
「あ、うん」
 アリスは手を伸ばして、魔理沙の手を握る。
 ――途端。
 ぐいっ。
「きゃっ!?」
 物凄い力で引っ張られた。アリスの手のほうが。
 まったく無警戒だったアリスは、成すすべもなく前方に、魔理沙に向かって倒れこむ。
 どさり。
 魔理沙のもう片方の腕がアリスの体を微妙に支えながら倒れる場所を調節して、ちょうど魔理沙の胸と膝の間にアリスの体がはまるような形になる。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!?」
 アリスは顔を上げて抗議する。体を起こそうとするが、背中の上に回された魔理沙の腕に阻止されて、できない。
「あーん? 何かするのは、これからだぜ」
「へ……」
 アリスが一瞬きょとんとした瞬間に、魔理沙はアリスの破れたスカートをぺろん、と捲り上げた。
 魔理沙の膝の上に、下着に包まれたアリスのお尻が曝け出される。
「!? な、ちょっ……」
 さわさわ。
 魔理沙の手がアリスのお尻を遠慮なく弄る。
 表面を一通り撫でている。
 ぞわぞわぞわ、とアリスの背中に悪寒が走る。
「ちょ……な、何、してんのよ! 変態! スケベ!」
「一応怪我してないかどうか最初に確かめてやっただけだぜ。大丈夫そうだな」
「だ、大丈夫って」
 ぱしんっ!!
「ーーーーーーーっ!!!?」
 アリスが何か言い返そうとすると同時に、乾いた、爽快な音が地下倉庫内に響き渡った。
 魔理沙が何の前触れもなく振りかぶった右手を、アリスのお尻に振り下ろしたのだ。容赦なく。
「な、な、な……っ」
 ぱちーんっ!!
「っ!!」
 もう一度。
 アリスはぎゅっと目を閉じて、その衝撃を堪える。
「おー。いい音だ」
「な……何するのよ……っ!」
 魔理沙の満足そうな声を聞いて、アリスは顔だけを魔理沙に向けて、真っ赤に染まった顔で睨みつける。少し涙さえ浮かんでいる、屈辱を耐える目で。
 魔理沙も負けじと冷ややかな目で睨み返す。
「あんまり反省する気配がなかったから、お仕置きだ」
 言って。
 ぱちーん! ぱちーん!
「っ!! った……っ!!」
 ぐっと。
 大声で悲鳴を上げそうになったアリスは、辛うじて堪えて、口を閉じる。
 先程から叩かれている場所が、じわじわと熱を帯びてきた。じーんと痺れてくる。
「は、反省してるってば……! だからこんなの、やめ……」
「誠意が感じられない」
 ぱんっ! ぱぁんっ!
 ぱちんっ!!
「〜〜〜ッッ!! や、い……った……!」
 ぱちんっ! ぱちんっ!
 ばちぃんっ!!
「ぁ……った……やぁ……っ!」
 魔理沙の攻撃はますます強くなっていく。
 アリスの声は、だんだん悲鳴から、掠れたうめき声に変わっていく。睨みつけていた目からは少しずつ力が失われ、涙もぽろぽろと零れだしてくる。
 ぱあぁん!
「あ……やぁ……もお、許して……」
「反省したか?」
「し、してるって言ってるじゃない、最初から……」
 ぱああぁんっ!!
「……っ! や、ご、ごめん……なさい……」
 ぼろ……ぼろぼろ……
 大粒の涙が溢れ出す目を魔理沙に向け、懇願する。
 魔理沙はそれを見ると、さすがに少し気まずそうに目を逸らして、振り上げた手を今度こそゆっくり下ろした。
「あー……」
 さすさす。
 うっすらと赤くなり、熱くなっているお尻を宥めるように撫でる。
「ぁ……ん、ちょ、や……やめ……」
「ちょっとでも痛いのが治まればと」
 さわさわ。
 なでなで。
 ふにふに。
「や、ちょ、う、動きがやらしいわよ……っ」
「あー……いや、柔らかくて触り心地がいいから、つい」
「ばっ……バカ……」
 ぐすん。
 魔理沙が視線をアリスの顔に戻すと、泣いているような怒っているような照れているような、不思議な表情のアリスと目があった。
 ……魔理沙の手が、止まる。
「……」
 手はお尻の上に乗ったまま、奇妙な沈黙が続いた。
「……? ま……魔理沙?」
 アリスの不審の声に。
 何やらぼーっとしていた魔理沙は、はっと意識を取り戻す。
 そして、少し頬を朱に染めながら、視線を横に逸らした。
「……なんでもない」
 言うと、ようやく手をお尻から離して、アリスの背中を押さえ込んでいた腕も外し、完全にアリスの体を解放した。
 少し経ってから、恥ずかしくないようにと、スカートをちゃんと穿かせる。
 魔理沙は、自分の気持ちを落ち着かせるようにひとつ、ため息をついた。
「……おーい。もう終わりだ。立っていいぜ」
 何故かまだ体を起こす気配のないアリスに、もういいんだと教える。
 もしかしたら痛くて動けないのかもしれない。アリスの目をもう一度覗き込む。
「アリス?」
「あ……」
 ふいっと今度はアリスのほうから目を逸らした。
「そ、そうよね。終わりよね。ふ……ふん。まったく、恥ずかしくて痛くて……最低だったわ」
 顔を背けたまま言い放つと、地面に両手を突いて、ゆっくりと体を起こす。
 起き上がる途中も、極力魔理沙の顔を見ないように。
 魔理沙もまた、アリスのそんな様子を意識しないようにと、アリスが完全に立ち上がるまで、ずっと俯いていた。


「あー。……さて。遅くなったが、宝探しの再開と行こうか」
「遅くなったのは誰のせいよ……」
「待てよ。元はといえばアリスが私を囮に使ったりするからだな」
「だ、だからって! あ……あんな……その……」
「……」
「……」
「……い、行こうぜ、ほら」
「う……うん」


 鍵のかかった扉。
 厳重に二重の鍵がかかっているその大扉を、アリスは小道具を使って慣れた手つきで、わずか数分で開錠する。
 番人まで置いていて、これだけの扉を準備している。
 間違いなくここが本命だった。
 魔理沙は期待に胸躍らせながら、大扉を押し開けた。

 棚。棚。棚。
 無数の棚。
 それぞれにぎっしりと詰まっている、見慣れない物品の数々。
 さらに壁に掛かっているもの、床に置かれているもの。
 それはそれは、見事なコレクションだった。
「お……おおおお……」
「……わあ……」
 二人ともがしばらく呆然と立ち尽くしてしまうほどに、それは、感動的なほどに見事な、財宝の山。
 そこに並ぶほとんどの物がまったく価値のわからないものであったが、少なくとも二人にとっては、「よくわからない」ことが何よりの価値だった。それは、よく知っているものよりもずっとずっと貴重で、面白くて、楽しい。
 見た目でとりあえずはわかるものといえば、衣服や、剣などの武器類や、アクセサリ、家具などがある。しかし、いずれをとっても、実用品のデザインではない。明らかに何らかの役割を与えられた、魔法の道具だ。
 ふらふらとアリスが真っ先に向かった場所には、一体の人形。ブロンドの髪を肩の辺りまで伸ばした女性の人形だった。衣服は一切まとっていない。
 魔理沙は、まず武具と思われるものが並んでいる場所に向かう。儀式用と思われるデザインの剣、槍などに加えて、見慣れぬ形のものもたくさんあった。
 二人は思い思いに、適当に目をつけては調べまくっていく。一度で全部持ち帰れるような量ではない。中にはベッドなど、一度でどころか一人では持って帰れそうにないものもある。
「うは。全然わからん。最高だ」
「何かしら……確かに魔力は感じるんだけど……」
 二人は時間を忘れて次々に調べていく。
 詳細な調査は持って帰ってからになるが、今のところはすぐわかりそうなものから探すのだ。それが他の道具の正体を探る手がかりになることが多い。
「あら?」
 アリスは調べていくうちに、棚の中に、道具と一緒に紙が置いてあるものを見つけた。
 取り上げてみると、何か文字が書いてある。
「これ……」
 アリスは、それを読み始め――


「おーいアリス、ちょっといいかー?」
 魔理沙の呼ぶ声。
 ……しん、と静寂の部屋。
「ありすー? おーい。へるぷー」
「え!? あ……な、なに?」
 二度目の呼びかけに、驚いた顔でアリスが振り返る。
「なんだ? なんかそんな面白いものでもあったのか?」
「……あ……う、ううん。な、なんでもないわっ。それより何かしらっ」
 露骨に怪しい慌てぶりのアリスに首を傾げつつも、魔理沙は、まあいつものことかと適当に流して、アリスが近くまで来るのを待ってから、本題に入る。
「これなんだけどさ」
 魔理沙がアリスに見せたのは、半透明な小さなリング二つだった。指輪と同じくらいの大きさ。
 魔理沙はそれをふにふにと指で押しつぶすと円形が潰れて変形したり、また元に戻ったりを繰り返す。ゴムのような柔らかい素材でできているようだ。
「とりあえずつけてみたんだけどさ」
「無用心ね……」
「いや、何にも起きなかった。かなり魔力感じるんだけどな。二つともつけてみたり、指を変えてみたりしたけど無駄だった」
 リングをもう一度アリスの目の前で振ってみせる。
「で、なんか、説明書みたいなのがあった」
 ぐいっと今度は逆の手で紙を差し出す。
 それは、先程アリスが見つけた――ついさっきまで読んでいたものと同じ文字で書かれていた。
 アリスは少し固まってしまう。
「読めるか?」
「……う、うん」
「? なんでそこで赤くなってるんだ?」
「別にっ……。こ、これは、昔のフランス語よ。ちょっと時間はかかるけど、なんとか読めるわ」
「おお。お前天才だな。じゃ、よろしく」
 紙をアリスに渡す。
 アリスは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから、それを読み始めた。
「えっと……この指輪は……やっぱり指輪みたいね……二つで一組。二人で一つずつ、どの指でもいい……」
 最初のほうから順番に。
 魔理沙は感心して、おお、と驚いてみせる。
「なるほど。二人必要だったのか。じゃ、こっち側をアリスに着けて」
 ぐい。
 紙を読み続けるアリスの指に、魔理沙が指輪をはめていく。
「って、ちょっとちょっと! まだどんな効果かも見てないのに、怖いじゃない」
「気にすんな。それよりアレだ、人に指輪つけてやるとなんか婚約してる気分だな」
「……ッ! し……知らないわよっ……い、いいから続き読むまで待ってなさいっ!」
 ぷいっ。
 狼狽したまま、魔理沙から目を逸らして、続きに取り掛かる。
「ええと……効果……は……」
 読んで。
 ……それきり、黙りこんでしまう。
 読み進める。――みるみるうちに、顔が、赤くなっていく。このままぼんっと爆発してしまいそうなほどに。
 何度も同じ場所を読み返したりと、しばらく没頭してしまう。
「おーい。続きは?」
「ッ!? ま、待って……ええと、これは、その、やめたほうがいいわ、えっと……っ」
 あたふた。
 しどろもどろ。
「お、なんだ。面白そうだな」
 にやり。
 魔理沙はアリスの反応を見て、ますます興味を持つ。
「やるか」
 間髪置かず、魔理沙はもう一つの指輪に、中指を挿し込んだ。
「あっ……」
「っ!?」
 魔理沙はびくん、と一度大きく震えると、体を丸めて蹲り……
 慌てて、すぐに指輪を外した。
「……っ……は、ぁ……」
 魔理沙の額にじっとりと浮かぶ汗。
 はあ、はあと荒く息を吐く。
 アリスは――恥ずかしそうに俯きながら、そんな魔理沙の様子を眺める。
「な、なんなんだ……うわ、まだバクバクいってる……」
 胸を押さえて、急激に暴れだした心臓の働きぶりを確かめる。激しい運動をした直後のように、どくどくんと強く速く脈打っていた。
 あまりに急激な変化だったため、物凄い衝撃となった。どこからか攻撃を受けたのかと錯覚するほどに。
 そして、加えて――
「……お尻が痛い。じんじんする」
「……」
 アリスは赤い顔で、ただ気まずそうに目を閉じる。
「なんとなく……わかった気がするが……ぅ。待て、ちょっと……」
 魔理沙も気まずい顔でやはり少し赤くなりながら立ち上がって、ふいっとアリスに背を向ける。
 ばっ。
「あ……」
 魔理沙は自分のスカートを勢いよくめくり、もう一方の余った手で――
 ――後姿のため何をしているのかはよくは見えなかったが、アリスには想像がついていた。恥ずかしさに倒れそうになる。
 魔理沙は、少し固まったあと、エプロンの裾で指を拭いて……
 ……6秒ほど経ってから、目を細めながら、振り向いた。
「……濡れてる」
「何も聞いてない私は何も聞いてないし見てないっ!!」
 アリスはばっと目を閉じて耳を塞いで、しゃがみこむ。
 すたすた……と、そんなアリスに近づいて、魔理沙は。
「ゃーーーっ!?」
 がしっと背中からその体を掴んで、持ち上げる。
 じたじたと抵抗するアリスの脇の下に両手を挟み込む。
 そして――
 こちょこちょ。
「わひゃ! ッふきゃっきゃにゃはははっ!?」
 脇やら腰やらをくすぐり始めた。
「さあ、説明してもらおうか。これがいったいどういうものなのか!」
「にゃふッ!? ら、やめ、んきゃははははっ」
 こちょこちょこちょ……
「ひゃ、んやぁっ、よ、よわいから、ひゃああうはは、い、言うからぁっ」
 ぴたり。
 アリスの声が若干ヤバくなってきたあたりで、止める。
 魔理沙は手の動きを止めながらも、脇の下から手を離しはせずに、そのまま続きを促す。
「え……えとね。その……感覚共有の魔法の指輪……なんだって……」
 ごにょごにょと小さな声で、アリスは言った。
「ふむ。予想通りだな。確認するが、つまり、さっきのアレは……アリスの感覚だったわけだ?」
「し、知らないわよ……っ」
「おいおい」
 魔理沙は、アリスの背中にぴったりと寄り添って、後ろから耳元に顔を寄せる。
 ふっ、と息を吹きかけてみたりする。
「きゃんっ!?」
「なんであんなことになってたのか、教えてほしいもんだ」
「あんなことなんて言われても、わからないわよ……っ」
「あん? 詳細に描写してほしいのか?」
「っ……や、やめてお願い……」
 アリスの声はますます消えそうなくらい小さくなっていく。
 ……しん……
 不意に、場に静寂が訪れた。アリスの声が残響になって残る。アリスをからかって楽しんでいた魔理沙も、ふと恥ずかしくなって、すす……と背中から少しだけ距離を空ける。
「……あー……で、続きは? その、説明の」
「え……?」
「まだあるだろ。どう見てもそれだけの長さじゃないし、アリスの反応だってそれだけ読んだだけでとは思えないからな」
「あ……で、でも、あとは、その、具体例とかが……メインで……」
「つまり正しい使い方ってことじゃないか。さあ」
「……」
 こちょこちょこちょ……
「にゃ! ふぁはははぁんっ!? や、やめぇ……っ! いう! 言うからやめれぇっ」
 ぴたり。
 ……ぜえぜえ。
 うう、とアリスは涙目で、続ける。
「え、えっと……」
「おう」
「も――もともと……その……恋人たちが、あ……えう……え、エッチするときに使うためのもの、だって……」
「……」
「あ、あの……相手の反応がわかるから責め場所がわかるとか、か……気持ちいいのが倍以上になる、とか……それと……」
「あああ。も、もういい。わ……悪かった」
 魔理沙はアリスから手を離す。
 そしてまた、無言。
 何十秒も、微妙な沈黙が続いた。
 二人とも、ただ黙ってお互い顔をあわせないように俯いている。
 ごくり。どちらかがつばを飲み込む音が、まともに部屋内に響いてしまった。
「あー……もしかして、この部屋にあるのって、だいたいそういうのなのか……?」
「そ、そうかも、しれないわ……その、さっき見つけたのも……そっち系だったし……」
「は……はは……こいつはまた、とんでもなく偏った宝の山、だぜ」
「……そうね。わ、私には縁のないものばかりだけど、魔理沙には便利なものがいっぱいあるんじゃないかしら」
「おいおい。根っからのスケベな奴に言われたくはないぜ」
「だっ……誰がよ!?」
「あのな――私はさっき、あれを身につけて、アリスの”感覚”をこの身で体感してるんだ。ごまかしても無駄だ。なんだよ、説明書き読んでただけで、あんな……」
「ち! 違うわよ! あれは、魔理沙が、あんな……!」
「……あ?」
「……!! な……なんでもないなんでもないわっ! 忘れて!」
「あ……おい、もしかして、アリス……あのときの」
「し、知らない何も知らないっ! ……言わないで……」
「……」
「……」
 また沈黙。
 さらに気まずく重くなる空気。
 魔理沙は、頬を掻きながら、またやってしまったと後悔していた。


「……と。とりあえず、続き、調査してみるか?」
 空気を変えるように。
 魔理沙は意識して明るい声で提案する。
 顔はまだ赤いままなので、どうにも無理があったが。
「続きって……どうせ、妖しいのばかりでしょ」
 アリスはまだ顔を上げることも出来ない。
「ま……そうだとしてもいいじゃないか。実は、結構興味あるしなっ」
 あっけらかん。
 爽やかに言ってみる。
 アリスはちらっと横目で魔理沙を覗き込んで。
「……私をフォローしてくれてるつもりなら、余計空しいから、やめてね……」
「む……」
 一瞬、言葉に詰まるものの。
「いやまあ。嘘じゃあないから安心しろ。てか、アリスだって興味はあるだろ?」
「な……ないわよ! そんなの!」
「あるよな?」
「だから……」
「……」
「……」
「な?」
「……うん……」



 案の定。
「ほんとに、どんな趣味してんのよ、ここの家主は……!」
「異常なくらいの金持ちになるとこんなもんだという話もあるぜ」
「これだけ高度な魔法を……こんなことばっかりに使うなんて……」
 ある意味で貴重すぎる道具たちばかりだった。
 最初は恥ずかしがってなかなか進まなかった調査も、魔理沙の開き直った態度に押される形で、アリスも次第に慣れてきていた。
 とは言えども、時々存在する説明書を読むのはアリスの仕事になるわけで、それを声に出して読むというのはいつまで経っても羞恥プレイだった。魔理沙は間違いなく、それを含めて楽しんでいる。
 説明を読むでもなくなんとなく想像がついてしまうものもいくつかあった。例えば今目の前でうねうねと動いているナマコのようなもの、とか。
 思い返してみれば最初にアリスが見つけた人形などいかにも妖しい。
 武器類のように、さすがにこれはそういうものではないだろうというものも混ざっていたが、この部屋にあるものの少なくとも半分が――性行為に関連した道具だった。
 さすがに呆れて、アリスは何度もため息をつく。魔理沙は、比較的普通に楽しんでいるようだった。
「……で」
「ん?」
 恥ずかしがりながら、横目で魔理沙に問いかける。
「実際どうするのよ、これ」
「山分けだろ?」
「こ、こんなのもらっても……どうしようもないじゃないっ。そんな……あなたと違って、使うような相手もいないんだし……」
 ちらりと。
 アリスの視線に少し非難めいたものが混ざっていた――ように、魔理沙は感じた。
 うーん、と魔理沙は困ったように頭に手をやる。
「私は、そういう風に見られてるのか……」
 苦笑いのような、少しショックを受けたような、微妙な表情を見せて。
「な……なによ。そんな顔見せたって……」
「じゃあ、その相手ってのは誰なんだ?」
 魔理沙は、そこにあったベッドに腰を下ろし、目を閉じて。
 アリスに尋ねた。
 不意打ちを食らったアリスは、しばらく、言葉に迷いながらも、魔理沙をしっかり見て、言った。
「……いっぱい、いるじゃない」
「いっぱいね。誰のこと言ってるか知らないが、一人でも、私がその誰かと関係してるところを見たのか?」
「そ……そんな、覗きみたいなことしないわよっ」
「だろ。全部想像で言ってるだけじゃないか」
「――違うって言うの……?」
 震えるアリスの声。
 魔理沙は、目を開ける。
 見つめあう。
 そして、ベッドから再び立ち上がって、アリスのすぐ目の前に対峙した。
「さあな。そこまで教える義理はない」
「……!」
 アリスの顔が、悔しそうに歪む。
 ……目を細めて、魔理沙を睨みつける。
「やっぱり……あなたなんて、大嫌い」
「嘘だ」
「な……! なによ、それ……!」
 即座に否定した魔理沙の言葉に、目を見開くアリス。
 魔理沙は――目を細めて、優しく微笑んで――

「本当にそんなに嫌いだったらさ」
 そして、すっと左手をアリスの目の前に差し出した。
 中指に指輪を嵌めている手を。
「あ……っ」
「こんなに、切なくて苦しかったりはしないだろ……」

「い……いつの間に……」
「ついさっき、ベッドに座ったときに。アリスの不安も、期待も、ドキドキしてるのも、全部伝わってきたぜ」
「……っ……ずるい……そんなの……っ」
「ならなんで、ずっと指輪外さなかったんだよ」
「……!」
「なあ。私のほうからも、伝わってるんだろ? 自分のが強すぎるとわからないのか……?」
「……わからない……どれが私ので、どれがあなたのか」
「それなら、気持ちは同じってことだろ」
「ぁ……」
 手を伸ばす。
 魔理沙の両手が、アリスの肩にかかる。身長差があるため、あまり綺麗な構図にはならないが、魔理沙は首の後ろにまで回した手をしっかりとした力で引っ張って、アリスを抱き寄せた。
 ぎゅ、と。二人の距離がゼロになる。
「正直言うと、最初に指輪つけたあのときから、このつもりだった」
 魔理沙がぽつり、呟く。
「あんな……あんな強い気持ちや体の反応まで感じさせられたら、私だって、我慢できない……」
「ま……りさ……」
 どくん。どくん。どくん。
 抱き合う体から、互いの心音が伝わる。

 まるで流れる血液ごと交換しているかのように。
 熱く、激しく、体が急激に燃え上がっていく。
 あまりに強い負荷に心臓が悲鳴をあげている。
 ぎゅっと強く抱き合いながら、二人は同時に、背中を走る甘い痺れに体を震わせる。
「っ……あ……な、んだ……これ……」
「……はぁ……んんっ」
「く……凄い、な……アリス、抱き合っただけでこんなになるなんて、感じすぎだ……ぜ」
「な……なによ、そういって、ほんとは、魔理沙の……ほう、なんじゃ……ないの……」
 どくん。どくん。
 泣きたくなるほどに強く切ない気持ちが込み上げてくるのに、体はどんどん熱くなるばかり。
 そのたびにもっと相手を求めるように、相手と一つになるように、ぎゅっと抱き寄せる。
 魔理沙は手を少しずつ下げていく。肩に、腕に、背中に。
 指先で、壊れ物を扱うように、つ――と撫でる。
「うぁ……っ!」
「ん、ん……ッ」
 ぞくり。
 またあわせたように二人の体が、跳ねる。
 魔理沙にも、指の感覚まではっきりと感じられた。まるで、自分自身を愛しているかのような錯覚を覚える。
「これは、危険、だな……」
「ぁ……は……魔理沙も、そんな顔、するのね……可愛い……」
「なっ……なんだよ……ぅ」
 アリスに指摘されて、魔理沙は心持ち俯いて、視線から逃れる。
「もっと、見せて……」
 アリスの片腕が抱きしめる魔理沙の腕の中から逃れ、その手が魔理沙の頬を撫でる。
「んっ……」
 反射的に、魔理沙は顔を上げる。すぐそこにあるアリスの顔と、真正面から向き合う。
 濡れた息を吐きながら、まっすぐに、見つめあう。
「なんだよ……アリスだって、すっごい……エッチな顔してる……」
「お互い伝え合ってるんだから、当たり前でしょ……」
「……あ……ああ」
「当たり前じゃない……魔理沙とこうしていられるなんて、夢みたいで、嬉しくて、すぐにでもおかしくなっちゃいそうなんだから」
「アリス――」
 ぎゅ。
 顔が近づく。
 アリスは魔理沙の耳元に、息を吹きかけるように、囁いた。
「……好き……」

「……ッ!!」
 アリスの声に。
 きゅん、と胸が強く締まる。
 ただそれだけで、全身を愛撫されたかのように、強く、甘く、切ない痺れが全身を駆け巡る。
「ぁ、や……っ」
「え……ぁ……んんッ!?」
 びくん。
 跳ねる。
 びくん。
 二人で、もう一度、強く跳ねる。ぴくぴくと小刻みに体を震えさせながら、時折、大きく。
「……ッ、は、は……ぁ……」
「あ……す、ご……」
 荒い呼吸が絡み合う。
 魔理沙はもはや、自分の力で立ってはいない。完全にアリスに体を任せている。――今ので膝から力が抜けて、立っていることができないのだ。アリスのほうはかろうじて、それを支えている。
「魔理沙も……」
 ぎゅっと抱きしめて、もっと魔理沙の体を感じながら。
「言って。好きって……言って」
「……あ……」
 少し目を伏せる魔理沙。
 二人の気持ちも繋がっているだけに――その瞬間の魔理沙の戸惑いも迷いも、アリスにまでしっかり伝わっていた。
 小さく震える体。
 アリスは薄く微笑んで、魔理沙の髪を撫でる。
「馬鹿……ここは嘘でもいいからすぐに答えるところでしょ。今だけでも自分の心まで騙してくれれば、それでよかったのに」
「わ、私は……」
「うん」
「……よく、わからない……ごめん……」
「いいわ。魔理沙が今とっても悩んでるのが……痛いくらい伝わってくるから。それだけでも、嬉しいの」
 撫でる。
「迷わなくていいから……今は、もっといっぱい、愛して」



 何度も何度も、愛し合った。
 部屋の隅にあったベッドの上。二人とももう何も身につけていない。
 何度も何度も。狂うほどに交じり合った。
 ねっとりと濡れているアリスの指を舐めながら、魔理沙は、言う。
「……使ってみるか? 色々」
「え……っ」
 ちらり、と棚に並んだ数々の妖しげな道具のほうを見て。
 アリスは、うーーっと唸ってぷいっと目を背けた。
「怖い」
 魔理沙は指から口を離して、にやにやと笑う。
「何言ってんだ。途中で何回もちらちら気にしてたの気付いてるぜ」
「……っ」
「やーい、アリスのスケベー」
「な、なによっ。さっきまであんなに可愛く喘いでたくせに……っ」
「そりゃ、お互い様だ」
 うー。
 唸って、アリスは目を閉じて、体を丸める。
「なんか、私、本当に取り返しのつかないことしてしまってる気がする……」
「なんでだ」
「だって……私、そ、こういうの……は、はじめて、だったのに……こんな……」
「気持ちよすぎて癖になりそう、か?」
「……っ! ……もう……」
 魔理沙は目を細めて、アリスの顔をじっと眺める。
「繋がってるのは、いいな。アリスの本音がすぐわかる」
「知らないっ」
 丸くなっているアリスの髪にそっと指をかけて、優しく撫でる。
「いいぜ。この場所は、二人だけの秘密だ。また二人で一緒に、来よう」
「!」
 アリスが、ゆっくりと、顔を上げる。
 魔理沙の目を見つめる。
「……ほんとに?」
「ああ」
「……うん……」
 恥ずかしがりながらも、本当に嬉しそうにアリスは頷いた。
 溶けてしまいそうなほどに潤んだ瞳を少し細めて、幸せに溢れる表情で。
「あ……」
「う……」
 アリスの驚いたような声。魔理沙の戸惑う声。
「今、凄くドキってした……今のは、魔理沙の……?」
「……ほ、本当に、困ったもんだな……この指輪は……」
「可愛いって……思ってくれた?」
「それは……前から思ってるさ。性格以外は可愛い奴だってな」
「……意地悪……」

 気持ちが繋がっているから。
 お互いの本音は全て伝わってしまう。
 それはとても恐ろしく、素敵なことだった。

「この指輪……二人が離れてても、効果あるのかしら?」
 指を顔の前に持ってきて、呟く。
「試してみればわかるさ」
「それじゃあ、魔理沙にはずっとしててもらおうかな……もし離れてても効くなら、いつでも魔理沙が一緒だから……」
「……あー……ああ、その、なんだ。いきなり……その、始まったりするのとか、勘弁してくれよ」
「……エッチ。……でも、そしたら魔理沙も一緒にしてくれるって信じてる」
「お……お前、ほんと、凄いこと考えるな……」
「ふふ。わざと、魔理沙が霊夢とかと一緒にいるときに、しちゃおうかしら」
「こっ……この、変態っ! てか、それは本気でマズい、あいつは、そういうの、すぐに」
「霊夢の名前出すと凄く動揺してる。嫉妬するわ」
「……!? ま、待て。今のは霊夢がどうこうって問題じゃないだろ!?」
「……冗談よ。ちょっと意地悪し返してみただけ」
「む……」
 ちょっと悔しそうに、魔理沙は口を尖らせた。
 しばらく頬を掻いて考え込む仕草を見せたあと、ベッドに手をついて、すっくりと立ち上がる。

「?」
 アリスの疑問の顔に、魔理沙は棚を指差して答える。
「使うって話だったろ。もう決めた。今日は徹底的にアリスを苛めてやる」
「あ……」
 ぼん、と。またアリスが顔を赤くして、体を丸くする。
 だけど、ただ恥ずかしがるだけの振りをしても、期待する気持ちまで魔理沙に伝わってしまう。
 何も隠すことが出来ない。まさに、身も心も裸の状態。
「魔理沙……」
 ぽつり。
 ぎりぎり聞こえるくらいの声で。
「なんだ?」
 棚の前まで行った魔理沙に。
「……あの、うねうね動いてるの」
「――ああ」
 魔理沙はすぐに理解して、それを手に取る。アリスからの直々のリクエストだ。
 擦り切れるまで使ってやろう。たっぷりと。くく、と魔理沙は密かに笑った。

 ――もちろん、アリスを徹底的に苛めるということは、自分にもそのまま返ってくることだということを。
 思い出すのは、その直後だった。



 暗い帰り道。
 あの部屋への扉には封印を施して、二人だけが知っているキーワードで解除できる魔法を仕掛けておいた。
 魔理沙はそのキーワードに、そんなこと言わせるのかよ、と抗議したが、アリスはにっこりと笑って、そうよ、これから毎日でも言ってもらうから――と、独断で決めてしまった。
「毎日来る気かよ……」
「来させてあげるわ、いつでも合図して」
「そんなことになったら、指輪外してやる」
「そしたら、魔理沙の家まで押しかけるだけよ」
 ……沈黙。
 冷や汗。
「――ヤバい。私はとんでもないのに捕まってしまったらしい」
 アリスは、魔理沙の腕を抱いたまま、その横顔に、笑顔を向けた。
「ええ、そうよ。捕まえちゃった。責任取ってもらわないと、ちゃんとね」


 まずは、扉を開くキーワードを、魔理沙が本心から言えるようになるまで。
 どこまでも、追いかけるつもりだ。







FIN.





【あとがき】

 マリアリ!
 ……えーと
 何ですかこのSS。えーと。うわーん。助けてアリスー! 書いてて自分がわけわかんなくなってたよー!
 今まででもよくあったことですが、今回は本当に脳内で動きまくるキャラをひたすら書きまくった感じです。そしたら結果的にえっちくなりました。てへ。もう、二人ともえっちなんですから! 困った子たち!

 ……ごめんなさい。
 なんとなく。

 さすがに創想話には投稿できませんでした! 殴られます! きっと!
 でもネチョというほどでもないので、エロスとネチョの中間くらいということでひとつ。

 初めて書いたマリアリSSがこれです。
 なんでしょう。もう。
 馬鹿です。僕は馬鹿です。Kです。
 あとがきまで支離滅裂です。どうやらかなりアレな状態です。ぴーぽーぴーぽー

 ええと。その。
 一言でも感想や意見などありましたら、WEB拍手等でお気軽にお願いいたします……
 こ、怖いですけど!

 それではここまで読んでいただいてありがとうございました。
 村人。でした。