ドアを目の前にしてふと考え込む。
人の生み出した科学が、無限にも思えるように成長してなお埋まらない、人との差というものを。
あるいはそれが人の作り出すものである限り、永久に追いつくことの無い漸近線なのかも知れない。
そのうち物理学者か生物学者か、それを証明してくれることだろう。
リリリ… その全ての思考を遮るように、先程から大音響で複雑な音色が…早く言えば騒音が鳴り響いている。
立ち尽くす、その扉の向こうから。
珍しいことではない。むしろ、この現象が起こらない日が異常と言っていいほどだ。
…そう考えてから俺は、こんな状況にも順応しつつある自分に呆れた。これが正常だって?
「…誰でもいいから、アイツを一発で起こす目覚ましを発明してくれ…」
そして、いつものドアを開けた―――


「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」 〜ラブラブなゆちゃん劇場1〜


「くぉらあああああっ!!とっとと起きやがれーーーーーーーーーっ!!」
部屋に入るなり、近所迷惑など全く気にせず、可能な最大ボリュームで叫ぶ。もちろんノドを痛めないように発声法には気を使っているが。
ジリリリッリリリッピピピピピピガリガリガリウィーーーンみーんみーーんぱふぱふにゃおーん。
どちらにせよ目覚ましの大音響に消されるだけだった。
というか、どう考えても目覚ましの音じゃないものも混ざってたような気もするが、あまり深く考えない。
まずは自分の耳と脳の環境の保護のためにそれらを一つ一つ消していく。
「…ったく、どーせ起きないんだったら鳴らすなっつーの」
リ…
最後の一つを消す。
ようやく部屋に静寂が戻った。少なくとも常人なら3分いたら発狂するであろうという一種の拷問部屋状態はこれで回避された。
俺はなんかもう慣れつつあったり…
「くー…」
論外。
それはもう気持ちよさそうにぐっすり眠っている、名雪。
はああぁ……俺は大きくため息をつく。俺の仕事はまだ何も終わっていない。
一瞬殺意も過ぎるものだが、この…
「…けろぴー」
…この寝顔を見ると全部許せてしまうんだよなぁ…なんで、なんでコイツはこんなに…可愛いんだ☆
ふふ、仕方ない、起こしてやるかぁ〜
………
…はっ!?今なんかちょっと楽しかったぞっ!?
い、いや勘違いするなっ、あくまで俺は秋子さんに頼まれたから嫌々起こしにきているだけでだな、その、別に、毎朝名雪の部屋に入れる大義名分が出来てラッキー☆だとかこの寝顔見るのが一日の最大の楽しみだなんて、全然思ってないぞっ!?
その…なんだ。えっと…
………
…神様、俺はまた自分に嘘をついてしまいました…
そうさ、ああそうさっ!名雪の奴がこんなに可愛いから悪いんだコンチクショウっ
うう、ホントは1秒でも長くこの寝顔を眺めていたいぜ…
…というわけにもいかないし、いいかげん起こすか。
日課なのでこういう時の起こすための定石は既に出来上がっている。
そう―――

1.枕を思い切り抜き取る
2.布団を思い切り剥ぎ取る
3.パジャマを思い切り剥ぎ取る

そう俺はピンクのパジャマにゆっくり手をかけ―――
………
おひ。
なんだ今の選択肢はっ!?なんか唐突に電波が飛んできたぞっ!?
お、俺はさすがにそんな卑怯な真似はしないぞっ…とか考えてる間に何時の間にか第2ボタンまで外してるしっ!?
あああっ、静まれ落ち着けマイライトハンド!早まっちゃイカン!
だいたい俺たちいとこだろっ!?それって近親相姦ってヤツなのでわっ!?
ええっと、俺の親の兄弟の娘、だから…
…4親等。なーんだ、セーフじゃん☆
「って、違うーーーーーーーーっ!!」
「うぅん…」
ぷちっ。 「あ」
名雪が少し身じろぎした反動で、3つ目のボタンがちぎれ飛ぶ。
もはや可愛い下着まではっきり見えていた。
「おおおっ!?―――じゃなくて、ヤバいしコレっ!」
ナニがヤバいって、そりゃいろいろと。
ああ、俺の中の天使と悪魔が激しい真剣勝負を…
(天使:ダメだよっ、ここで手を出したら男として最低だもんっ)
(悪魔:大丈夫大丈夫、どうせちょっとやそっとじゃ起きやしないって)
(天使:それもそうだね☆)
天使弱すぎぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!
「…祐一さんー?」
「どわああああああぁぁぁっ!?」
唐突に聞こえた秋子さんの呼び声。し、心臓が止まるかと思った…
声の遠さから考えるとどうやら階段の下から声をかけたらしい。
「?何かあったのですか?」
「いいいいいいえいえいえいえっ、何にも、何にも異常事態は起こってませんっ!おおお俺はいつもどおり名雪を起こすというミッションを誠実に最大限の努力を払う次第であり誠に遺憾で―――」
自分でも何言ってるのかよくわからない。
とにかく必要以上に慌ててパジャマのボタンを留めて…ちぎれた一つはどうしようもないとして…きっちり1mの距離をおいて離れた。
「…朝ご飯、出来てますから」
幸いにも、秋子さんはあっさりと引き下がってくれた。
あー、まだ心臓がバクバクいってるよ…
ほら、耳を澄ましてごらん―――
ドクッ、ドクッ、ドクッ、ボヨヨーン。
いや、ボヨヨーンってなんだ、ボヨヨーンって。

「えーと…」
一連の騒ぎ全てを無視したかのように、名雪は眠りの世界を一人で満喫しつづけていた。
「そろそろ起きてくれないかな…俺、このままだと寿命が縮みまくりなんだけど…」
「くー」 「はあぁ…ほんと、コイツは…」
まあ、そんなトコロも好きなんだけどね。へへへ。
…何こんな時に考えてるんだ、俺は。
「え…とな、名雪」
時間も無いのでそろそろシメにかかることにした。シャレにならんからあんまり使いたくない手なのだが…
「あと10秒で起きなかったらあのジャム食わす」
「おはよう、祐一っ」
1秒も要らなかった。
「お前、そんなに嫌か…」
「うん?何が?」
「聞こえてたクセに」
「知らないよ〜」
名雪は無邪気な笑顔で答える。もしかしたら本当に無意識に体が反応したのかも知れない…
「…いいや。じゃ、先に下で待ってるからな」
「うんっ」

「おはようございます、祐一さん」
「おはようございます〜」
テーブルにはもういつもの朝食が準備されていた。もう結構な時間なのかも知れない。
適当にトーストを取ってマーガリンを塗る。
「あの子、起きましたか?」
「そりゃもう、ばっちりと」
びっくりするくらいに。
そう言うと秋子さんは感心したような表情で、
「すごいわね…やっぱり祐一さんが起こすからかしら?」
…違います。
でも本当の事を言う勇気は…俺には、ない…
「祐一〜〜〜っ」
「あ、来た」
どた、どた、どた。
「来た、じゃないよ〜、わたしが寝てる間に何したの〜〜〜ッ」
「あらあら、どうしたの?」
朝から珍しく声を荒げている名雪の様子に秋子さんは…いつもどおりの口調で尋ねる。
「ボタンが外れてるー」
…ひょっとして、ピンチ?俺ピンチ?
名雪はしっかりと証拠物件…例のパジャマを持ってきていた。
「…浩之さん」
「…祐一です」
「………やっちゃったんですか?」
「………………未遂です………」
たまたま不幸な事故が重なった結果です。
電波が俺に命令したんです。
全ては年功序列制が招いた悲劇です―――
いろんな言い訳が同時に脳裏を過ぎるが、結局出せた言葉はそれだけだった。
「ゆーいちー…」
名雪がジト目で俺のほうを見てくる。
あああ、そんな目で俺を見ないでくれ…わざとじゃないんだ、許してくれ…
嫌わないでくれ〜…
「まあまあ、浩之さんもそんな変な気があってやってしまったわけじゃないでしょうから、許してあげて下さい」
「…祐一ですってば…」
「名雪があんまり可愛かったからつい気があせっちゃったのよね、浩之さん?」
「祐一…」
…ひょっとして秋子さんめちゃめちゃ怒ってます?マジ?
ていうか浩之って誰さ…

「…いいよ」
へ?
今のは名雪だ。ちょっと声のトーンが…微妙に違った。
「そうだよね…いつも平気で起こしに来てもらってるけど、やっぱり男の子だもん、いろいろガマンしてたんだよね…」
あさっての方向を見下ろしながら言う。
いや、そんな理解のあるお姉さんみたいな事言われても、それはそれで…
「…名雪…ホントに、ごめんな」
名雪はしかし、俺が思っていたように何か堪えているという様子では無かった。
ちょっと困ったような、笑顔だ。
「あのね」
今度は俺の顔を真っ直ぐに見据えて。
…それは、また俺の僅かな理性を狂わせそうな極上の笑顔で。
「明日の朝は、いつもより早く起こしに来てね」


…神様、俺はお願いを一つ撤回します。
誰も名雪を起こすための目覚ましなんて作らなくていいぞ♪

HAPPY END


【あとがき】
今回のラブラブ度:30%

はじめまして&&こんにちわ、村人でございます。
SS書きではないのですが、たまにこうして書いてみたくなることもありまして、その時は適当にお付き合い下さいね〜
だいたいギャグ一辺倒か激甘ラブラブ話のどちらかしか書きません(笑)
でも今回のラブラブ度、僕にしてはかなり低めです。というか、ごめんなさい。ちょっと祐一がバカすぎでした(^^;
次はもっとちゃんとハジけますね。