さくっと、スプーン形状になっているストローの先が氷を掻く小気味いい音が鳴る。
 名雪はそれを上に掬い上げて宙で固定すると、祐一の目を覗きこんだ。
「はい、あーん」
「するか」
 祐一は即座にそっぽを向いて、自分の手元にあるかき氷にストローを突っ込む。
 掬って口元に運ぶ。氷の痺れるような冷たさの感覚の後に、レモン味のシロップの甘味が口の中に広がる。
 名雪は、ストローを持ち上げたポーズのまま固まっていた。
「どうして?」
 体勢を崩さないまま、尋ねかける。
「……今、ここがどこであるか言ってみろ」
 祐一は素っ気無く答える。
「かき氷屋さん」
「ああそうだな。確かに今はそうだな。だがそれ以前にここは教室で、学校で、今は校内公式イベントとしての文化祭の真っ最中だっ」
「うん、そうだね」
 それがどうしたの? と言わんばかりのあっさりとした返事が返ってきた。
 がっくりと祐一は肩を落とす。
「だからな……俺もそういうのは嫌いじゃないが、こういう場でそれはどうかと思うわけでな……」
 客達――半分は同じここの学生、半分は一般客で埋まった店内、もとい教室内をちらりと見渡す。
 ウェイトレスの一人と目が合った。
 じっとこっちのことを見ていたようだ。目が合うと慌てたようにさっと視線を逸らしていた。
 もちろん、ウェイトレスと言っても同じ学生である。この教室を普段使っているクラスの学生だ。
 というか、ばっちり知り合いだった。彼女は――栞は、まだ目の端でちらちらとこちらを伺っている。
 無論それは、期待感によるものだろう。何を期待しているのかは考えるまでもない。
 祐一は軽くため息をつく。
「ほら、溶けちゃうよ〜。はやくー」
「話聞いてたのかお前はっ」
「聞いてたよ。祐一、つまり恥ずかしいんでしょ?」
「それだけじゃないんだが……まあ、分かってるなら早くやめろ」
「こういうのは恥ずかしいくらいでちょうどいいんだよ♪」
 ぱくり。
 半分溶けていたスプーンの上の氷を名雪はようやく口に運ぶ。
 祐一が安心したのも束の間、名雪はまた氷を新しく取り出して、同じ場所に持ち上げた。
「はいっ」
 にっこり。
 祐一は思わず天井を仰ぐ。
 ――しばらくそのまま固まった後、またため息をついて、今度はポケットを探る。
 取り出したのは、片面に何やらびっしり印刷されている二枚の紙束だった。
「……よしわかった。それなら正解したらやってもいいぞ」
「いいよ♪」
 祐一の言葉に、名雪は嬉しそうに即答する。
 不安そうな素振りは無く、確信しているような笑顔を見せている。
 祐一はじっと紙を見つめて……
「『皇帝』の逆位置は?」
 なんとなく難しそうだと思ったものを言ってみる。
「無気力、力不足」
 即座に答えが返ってきた。
 なるほど、自信を持っているだけのことはある。祐一は素直に感心した。
 紙を折りたたむ。
「正解」
 間を置かず、祐一は目の前に差し出されたストローをばくりと口に入れた。
 口の中で氷が溶ける。甘いいちごの味がした。
 名雪の香りがした――ような気がした。
 視界の端では、ウェイトレスが約一名、赤くなって悶えていた。



 祐一はもちろん、この学校の文化祭は初めてだった。
 どこでも大差はないものかな、というのが印象だった。飲食店が建ち並び、あとは恒例の縁日、お化け屋敷、迷路などがところどころの教室に点在している。
 あとは文化部の展示、イベントなどが各地で行われている。
 いずれも小規模ではあるが、力は入っているのでなかなか楽しめるものだ。
 祐一と名雪は二人とも開場からフリーの時間が続いていたので、一緒に色んなイベントを見て回っていた。
 文化祭の一般公開日とは言え、場所は学校である。さすがに普段のデートの時のようにべったりとしているわけにはいかず――
「あ、ね、祐一。仮装パレードやってるよっ」
 ぎゅ。
「お、おう。……だから、あんまりひっつくなって。知り合い多いんだからな」
「でも祐一、こうやってぎゅーってすると嬉しそうだよ?」
 ぎゅー。
「……ぅ。い、いや、そういう問題じゃなくてな」
「わたしもこうしてると気持ちいいから大好きだよ」
 にこっ。
「……なら、いいか」
 敗北。
 ――と、まあ、普段より若干遠回りはしていた、ようだった。一応。
 歩いている途中で、女の子に声をかけられる事があった。名雪が。
 いずれも皆、祐一の顔を観察してから、色々と言葉を交わしてから歩き去っていった。
 この方が噂の祐一さんですか、とか、あの祐一さんですか、とか、微妙に気にかかる接頭語つきで名前を呼ばれていたのが気になるところだった。
「陸上部の後輩だよ」
 どうやらみんな、名雪が夏まで所属していた陸上部の後輩らしかった。
「んー……祐一のことよく聞かれたから、いっぱい話したよ」
 何を言ったんだ、と問い詰めたら色々だよ、という答えが返ってきた。
 つまり、基本的に聞かれた事は隠さず答えているという意味に受け取ってもいいだろう、と祐一は理解した。名雪の性格は十分に分かっていた。
 そして、もう、慣れていた。

「と、そろそろだな」
 祐一は腕時計を見て、言う。
 名雪の仕事の時間まであと10分となっていた。
「準備とかもあるし、早めに行ったほうがいいだろう」
「そうだね」
「ちゃんと全部覚えたか?」
「ばっちり♪」
 そうして相変わらず腕を組んだまま二人、自分達のクラスに向かう。
 当然自分達の学年の教室が固まっている付近は知り合いがさらに多いのだが……
 二人の腕が途中で解かれることは、無かった。


 祐一と名雪は、学年が上がっても同じクラスだった。愛の力の勝利だ、と名雪は言っていた。
 文化祭でこのクラスがすることになったのは「占いの館」だった。
 手相、トランプ、タロットによる3種類の占いを取り揃えているのが売りとなっている。
 名雪の担当はタロットとなっていた。覚えるものが多く、なかなか大変なものだ。22枚の大アルカナと呼ばれるカードの意味をそれぞれ正位置、逆位置の2種類について意味を覚えなければならない。
 祐一の担当は、タロットの入り口の案内である。そして、担当時間は名雪のタロットの担当時間と一致している。無論、偶然などではない。祐一と名雪がそれを希望した――というわけでも、実は、ない。名雪の担当時間が決定した時点で「じゃあこの時間の案内担当は相沢でいいな」と進行役が決めて、どこからも異議は出なかったのだ。クラスの皆は、実によく分かっていた。
 案内ということで祐一は特に練習することもなく、本番までの一番の仕事は、名雪がカードの暗記をするための手伝いだった。
 最初は心配していたものだが、繰り返し暗記と試験を繰り返していくうちに名雪はまず完璧に覚える事ができたようだ。
 そして、いよいよ本番。名雪の担当は正午からの1時間と、一番最後となる3時からの30分間だった。


 教室内は神秘的な雰囲気を演出するために照明を消し、窓は全て黒いカーテンで覆い真っ暗にしたうえで、点在的に配置された球形のランプの明かりだけが室内を照らすようにされていた。
 そして占いの種類ごとに3つの入り口があり、その中もまた黒い幕で覆われており外からは見えないようになっている。
 関係者入り口(教室の扉のうち片方)から入った名雪と祐一は、時計を見て交代時間までまだ少しあることを確認する。
「祐一」
「ん?」
「頑張ろうねっ」
「おう」

 占いの館は、実に大盛況だった。
 一番来客の多い時間帯というせいもあるのだろうが、常に待ち行列が途切れる事はなかった。
 案内もなかなか大変だ。
 前の人の占いが終わって出てくると、祐一が中に入って名雪に次を呼んでいいかどうかを確認する。時々「順調か?」「大丈夫だよっ」などの会話を交わしながら。
 大変な中、名雪は集中力を切らさずに上手くやっているようだった。
 そしてこの1時間は休む間もなく、あっという間に過ぎていった。

「いやぁ……こんな人気とはな。凄いな」
「祐一、お疲れ様♪」
「名雪もな。練習した甲斐あってずいぶん上手くやっているみたいじゃないか」
「えへ。それじゃ何かご褒美くれる?」
 これからまた3時までの2時間、休憩時間となる。二人は相変わらずべったりとくっつきながら校舎内を歩き回っていた。
 名雪は上目遣いで、おねだり。
「まだ最後が残ってるだろ。油断大敵だぞ」
 祐一はわざと素っ気無く言ってのける。
「むー」
 ぎゅ。
 名雪はむくれながらも、祐一の腕をさらに深く抱え込む。
 夏用の制服の薄い布地を通して、名雪の胸の柔らかな感触がそのまま腕に伝わる。
 祐一はぴくり、と少し顔を動かす。名雪は気持ちよさそうに目を細める。
 ――そのままなんとなく無言で、歩いていく。
 急に周囲の喧騒が聞こえなくなったような気がした。



 そして、最後の30分。2回目の出番。
 今度は文化祭そのものの終了間際ということもあって学校の中自体にもう残っている人は少なかった。それでも、昼に比べたらずっと少ないとは言え、客はちらほらと訪れていた。
 あと5分。もう入場待ちは誰もいない。教室自体の入り口もすでに閉めた。
 祐一が幕の中に入り、これで終了だと告げる。
 名雪は疲れを見せない笑顔で、答えた。
「それじゃ、そこに座ってください。最後のお客様」
「……ああ」
 祐一は、椅子を引いて、暗い密室の黒い机の前に座った。
 最初の練習相手も勤めた。仕上げ、一番最後の相手にも選ばれた。
「テーブルの真中の六芒星をじっと見つめながら、占いたいこと……わたしの事を、考えて」
「……占いの内容の選択権は、無いのか?」
「他に占いたい事があるの?」
「無い」
「うん」
 短い会話の後、名雪はばらばらにしたカードの束から一枚ずつ抜き取り、六芒星の形に添うように並べていく。
 祐一は言われたとおり、じっとそれを見つめながら、名雪のことを考えていた。

 今日のこと、いつものこと。
 名雪の笑顔、むくれ顔、真剣な顔、ちょっと怒った顔。
 幸せいっぱいの記憶。
 夜のこと。何度も何度も抱き合った事。切なく祐一を求める顔、声。
 暗い部屋の中、今、一緒に二人きりでいること。
 名雪の指が流れるようにカードを裁いていく。細く白く柔らかい指。手。腕。肩――

 ……ぶんぶんっ。
 祐一は小さく頭を振る。目を細める。視線を下げる。
 ごく、と唾を飲み込む。顔が熱くなる。
 この雰囲気はいけない。変な妄想までしてしまうのはこの必要以上に暗い部屋のせいだ――
 邪念を振り払うように、目を閉じる。
 じっとりと手に汗が滲む。
「終わったよ、祐一」
 名雪の声に、はっと顔を上げる。
 名雪の瞳がしっかりと祐一の顔を映していた。
 先程の想像のせいで少し動揺する祐一をよそに、名雪はスムーズに手順を進めていく。
「まずはキーになるカード」
 そして、中央のカードをめくる。
 ぱらり。太陽の下で抱き合う男女のイラストが現れた。
「――『太陽』の正位置。全体的には上手くいくよ。わたしたちはこれからも幸せにやっていけるよ♪」
「そうか。……まあ、当然だな」
「うん。次は今の祐一の考えを意味するカードだよ」
 そして2枚目をめくる。
「……これは、『悪魔』の正位置。悪い誘惑。祐一がえっちな事考えてたからこんな結果になっちゃったんだね」
「ぶっ」
 けほ、けほっ
 咽る。
 冷や汗が流れる。一体どうやって読まれたというのか。占いの力なのだろうか。
「お、俺は別にそんな」
「はい、次。わたしの考えを表すカード。『星』の逆位置」
 祐一の言い訳を完全にスルーして、名雪は手順を進める。
 そして――祐一の目を、悲しそうにじっと見つめた。
「……な、なんだ?」
「悲観的。治らない病気。祐一がそんなことばっかり考えてるからわたしは寂しくなっちゃうの」
「そ……そんなことばっかりって」
「はい、次は現在の状況。『審判』の逆位置」
「……」
 半分涙目にさえなっていた名雪が、けろっと通常モードに切り替わって説明を続ける。
 祐一は少し前に出した手を下ろすタイミングを失って、微妙な体勢のまま固まる。
「大変。このままだと別れちゃうことになるの。さっき言った事が原因で」
「い、いやいやいや。上手く行くって言ったばかりじゃ」
「でも大丈夫。このカードによると、それを回避する手段が示されているの。『汝、危機を回避したくば今すぐ名雪にキスをすべし』だって」
「嘘こけっ!?」
「祐一、声大きい」
「あ、悪い……って、そうじゃなくてっ。どこの占いにンなことが書いてあるんだっ」
「書いてあるんだもん。……ああ、大変。あと10秒以内にしないとチャンスは失われるんだって」
「あのな――」
 祐一はため息をつく。
 ……そして、手を伸ばし、名雪の顔をぐいっと引き寄せ、一気に唇を重ねた。
「んっ……」
 名雪はさすがに少し驚いたような顔を見せていたが、すぐに目を閉じる。
 柔らかい唇同士を強く、重ね合わせる。少し濡れている。
「ん……ふっ」
 名雪もまた、祐一の頭の後ろに手を伸ばし、さらに密着を強くする。
 息がぶつかる。
 ……そのまま、何秒も、ずっと。
 名雪が口を小さく開く。唇で、祐一の上唇を軽く噛む。
 そして舌を出し、唇を優しく舐めていく――
 ――祐一が、顔を離す。とろり……と唇の間に何かが糸を引いた。
「……それは、やりすぎだろ」
 名雪は溶けるような目で、祐一を見返す。
「もっとやらなきゃダメって書いてあるもん」
「どんな占いだ、それは……」
 名雪はぺろり、と自分の唇を舐める。
「祐一がここでしたいなって考えたことにはまだまだ足りないでしょ?」
「……考えてない」
「嘘つき」
 名雪は、そっと祐一の手を取る。
 そして指を、自らの胸元に案内する。
 ……ふにゅん。
 柔らかい。
 とても柔らかい感触が、掌の中に。
「お、おい……っ」
 祐一が何か言う前に、名雪はまた顔を近づけて、唇を重ねていた。
 手はそのまま、掌の中に柔らかい胸を収めさせたまま。
 ふわりと名雪の髪の香りが祐一の脳を刺激する。理性が飛んでしまいそうだ。
 恐ろしいまでに強烈な誘惑。
 ――しかし、暗い密室とはいえ、カーテン一枚隔てた向こうには他の生徒がいるのだ。教室内であることには何ら変わりはない。
 しかも終了時間、いつ他の誰かが終了を告げに入ってくるとも知れない状況だ。
 いくらなんでも。
 名雪の、少し荒くなった息遣いが耳に響く。
 本当に、油断していると、このまま何でもしてしまいそうだった。どうなってもいいと思ってしまいそうだった。
 祐一はぎゅっと目を閉じて、そして、ぐいっと名雪の体を引き離す。
「……やばいって、マジで」
 はあ、と、やはり少し苦しげな息を吐いて、小さく呟く。
 なんとか理性を勝利に導いた祐一の顔を、名雪は真正面からとろりと見つめる。
「興奮した?」
「……うっさい」
 祐一は目を背ける。
 確かに言われたとおりに、「そんなこと」を少し妄想していただけに、バツが悪い。
 そこに、名雪の小さな声が流れてきた。
「わたしは……したよ。祐一が止めてくれなきゃ、たぶん止まらなかった。……えへ。スイッチ入っちゃった」
「……だから、な。そういう理性を飛ばしそうな台詞も今は勘弁」
 くらくらと。
 祐一が頭を抑える。
「ふふ。えっちな事考えてた罰だもん。あ、でも、これで大丈夫だよ。最終的な結果を表すカード……『女帝』の正位置。順調、安定。……ね?」
「ね、も何も、こんなことしなくてもカード自体は最初から変わらないだろうに……」
「こんなこと、なんて言うんだ? 嫌だったんだ?」
「……意地悪だな、まったく。……へいへい、そりゃもちろん気持ちよかっ……」
 シャーーーーッ!
 と。
 いきなり名雪の背後のカーテンが勢い良く開いた。
 クラスメートの男子が立っていた。祐一と目が合った。
「……おっと。お邪魔だったか?」
 名雪と祐一が向かい合って座っている様子を見て、揶揄するように彼が言った。
「お邪魔って別にな……」
「ううん。さっき済んだからもう大丈夫だよ」
「っておぃっ!?」
 内心ドキドキで心臓が破裂しそうになっている祐一が平静を装ってさらっと流そうとした台詞に重なるように、名雪が言った。
 祐一は慌てて手を無意味に宙に浮かせる。
「……あー。まあ、終わったら片付け手伝ってくれ、な。それじゃ」
 シャッ。
 言うだけ言って、彼はさっとカーテンを閉めた。
 ……
 再び、密室内に沈黙が戻った。
「……余計な事言うなっ」
「え? どうして? 占いはちゃんとさっき終わったからもう大丈夫でしょ?」
「…………………………あー。ああ、ああ、そうだな。あははは。そ、そうだな。占いは終わったな。うん」
 言われてみれば、その通りだった。名雪の言葉には何も問題が無かった。
 結局のところ祐一が意識しすぎだっただけだ。
 ……急に恥ずかしくなる。
「ん? 祐一は何の事だと思ったのかな?」
 名雪がそれはもう嬉しそうに追求する。
 にこにこ。
「ちくしょー……」
 祐一はうずくまって、泣く。
「ダメだよ祐一、勘違いしちゃ」
「うー。うるさいうるさい」
 じたじた。
 名雪は顔を伏せる祐一の耳元に、ゆっくちと口を近づける。
 ほわ、と息が頬にかかった。
「――占いは終わったけど、さっきの続きは後でちゃんとしてもらうんだから」
 ちゅ。
 そう言って、名雪は頬に口付けをした。
「……」
 そして名雪は立ち上がる。
 にこり。いつもの笑顔に戻る。
「さ、片付け、しよっか♪」
「……うー」
 祐一は、諸事情により、しばらく立ち上がれなかった。



「ただいまー」
「ただいまっ」
 それから片付けが長く、結局家に着いたのはその後2時間半後となった。
「疲れたぁ」
 まずは、手を洗う。
 うがいをする。
 健康の秘訣。
 そして居間に入ったところで、名雪が祐一に抱きつく。
「うにゅー……」
 甘えた声で、耳の側で囁く。
「……とりあえず、部屋行かないか?」
「そんなに待ちきれないもん」
 名雪が唇を寄せる。
 祐一が顔を少し傾けて、それを受ける。
 そのまま――長い長い、キス。
 ぷは……と、口を離した時にお互いから苦しそうな息が漏れ出した。
 名雪は、祐一の背中に回した手にぎゅっと力を込める。
「……名雪のえっち」
 祐一はそっと頭を撫でる。
「うん……えっちだよ。祐一が好きな通り」
「……まったくだ」
 ……とすっ。
 そっと、ソファに倒れこむ。
 名雪が祐一の上にぴったりと乗って、また、唇を重ねる。
「片付けのときも帰ってるときもずっと、早くこうしたいってばっかり考えてたんだよ」
「名雪……あのな、言いたい事がある」
「ん?」
 ぎゅっ。
 強く強く、抱きしめる。
「……可愛すぎ」
「ん……ありがと♪」

 ぱら……
 名雪の言葉と同時に、祐一のズボンのポケットから一枚のカードが零れ落ちた。
 じゅうたんの上に、音もなく着地する。
 タロットカード――貰って帰ってきたものだ。他に欲しがった人がいなかったため、なんとなく貰った。
「あ……」
 名雪はそのカードを見て、嬉しそうな声をあげた。
 上を向いている祐一には見えない。
「どうした?」
「落ちたカードがね……『恋人』なんだよ」
「……また、出来過ぎだな」
「そうだね」
 くすっと笑う。
 名雪は祐一の服のボタンに手をかける。
 祐一は名雪のケープのリボンを手に取る。
「それで、そのカードの意味は?」
 祐一は、まっすぐ名雪を見つめながら言った。
「『名雪と祐一は好きなだけ愛し合えばいいよ』だって」
 もはや、何でもありのタロットの世界。
 祐一は少し苦笑して、手を一度ケープから離す。
 名雪の頭の後ろに手を回す。
「――正解」
 そして、間を置かず、顔を抱き寄せた。





おしまい。







【あとがき】

ラブラブ度(というかえっち度):55%

実に久しぶりにラブなゆシリーズです〜〜〜〜><
最近書いたSSの中では飛び切りの短さです。このシリーズはこれくらいの短さでちょうどいいですね。たぶん。きっと。
というわけで大変お待たせしてしまったわけですが……ご期待に添えたでしょうか……ドキドキ
今回もまたお話なんてものはなく、ひたすらに「バカップルですが何か?」状態です

感想は切実にというか熱くというかハチ公にも負けないくらい待ってますっ
何かありましたら是非是非どうぞです♪
失礼しました♪