「お待たせー」
「別に待ってないぞ」
「そぉ?」
名雪はとて…と小走りに駆けて来て祐一の隣に並ぶ。
そのまますっと、腕を絡める。
駅前のベンチ、二人が再会したその場所。
今日もあの日と同じように、雪が降っていた。
「もう3月も終わりだってのに、寒いな…」
「普通だよ」
「…そうだろうな」
この雪国にも随分慣れたものだが、だからといって寒いものは寒い。特にこういう季節の変わり目になるとやはり前に住んでいた土地との差異を感じる。
祐一がぶるっ、と一度大きく体を震わせる。
「それにしても、真っ白だな…」
そしてしみじみと呟く。
「そりゃ、雪降ってるんだもん」
「いや、名雪が」
当たり前だよ、というように返す名雪に祐一は即座に否定する。
その通り、名雪の服装は全身真っ白だった。白いコート、白いマフラー、白い手袋、白いハイソックス、白い靴。ワンポイントすら見当たらない。
「…可愛い?」
名雪は、改めて自分の格好を見回してから、尋ねる。
「目が痛い」
「そうかもね」
自分でもそう思うらしい、名雪が頷く。
「こんな公園、あったんだ。全然知らなかった」
少し驚いたように言う。
整備された、割と広い公園。その中心には噴水があり、今も断続的に水を吹き上げている。
祐一が案内したのは、以前道に迷った時に偶然発見したあの公園だった。
「いい所だろ?」
「うん。いい所」
祐一はふと、雪の中に佇む少女の事を思い出していた。この場所は、彼女の場所だ。
(祐一さん)
声まで聞こえるような気がして、どきっとする。
無意識に視線を巡らせる。無論、その先にあるのは噴水だけ。人の姿は無い。
―――この場所は、彼女の場所だ。
いい所だと名雪にも紹介しようと思っていたが、祐一は少し後悔していた。
「…どうしたの、祐一?」
名雪は些細な事にも敏感だ。こんな事を考えていれば必ず何かを察する。
…それが、祐一に関する事ならば。
「この場所に来る時は、いつも栞が一緒だった」
祐一はそのまま答える。隠す事ではない。隠す事は裏切りに思えた。…栞に対して。
名雪は一瞬だけ真剣な表情で祐一を見つめると、すぐに力を抜いて柔らかく微笑んだ。
「…そうなんだ」
少しだけ、組んでいる腕の力が強くなる。
「思い出、いっぱいある?」
「…ああ」
「ごめんね」
突然謝る名雪に、意味がわからなくて祐一は戸惑う。
名雪は空いているほうの手も腕に絡める。
「だって、この公園もそのうちわたしとの思い出しか残らないようにしてしまうつもりだから」
にこりと、普段どおりの笑顔で。
言葉はしばらく、雪の中に澄み渡る。冷たい風を切って渡ってゆく。
数秒の沈黙があった。
「…そうだな」
「うんっ」
日は完全に沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
だが、星明りと僅かな街灯だけでも、積もった雪の反射があるため、暗闇というほどにはならない。
「祐一の中に、わたしはどれくらいいるのかな」
ぽつりと、名雪が呟いた。
「祐一の事だから友達は少なそうだけど、女の子はいっぱいいそうだし」
「…悪かったな」
「否定はしないんだ」
むくれる祐一と、笑う名雪。
「で、どうなの?祐一にとってわたしはどのくらい?」
「そういうのは言葉に出して言うとありがたみが減るんだ」
「卑怯だよ」
「俺はそういう奴なんだ」
開き直って言う。
やれやれというように名雪はため息をつくと、ずっと絡めていた腕を解いて、正面に向き直る。
「言葉以外の何で示してくれるの?」
やや問い詰めるように、心持ち強い口調で。
「…そりゃ、当然」
「エッチ」
「まだ何も言ってないっ」
「じゃあ、言ってみ?」
「………すまん」
祐一は、自然に名雪の顔に手を当てる。名雪は、自然に目を閉じる。
ゆっくりと、唇を重ねる。
「何も言わないのがカッコいいと思っていたら、大間違いだからね」
名雪は嗜めるように、正面きって祐一に言う。
「…努力する」
「真っ白っていうのはね」
「…?」
そろそろ帰ろうか、と声をかけようとした矢先、名雪が口を開いた。
「何も無い色なんだ。これから、どんな色にでも変わることが出来る。何もかも0っていう状態に戻る事を”白紙に戻す”って言うでしょ?」
何を言おうとしているのだろう。
その話は、あまりに唐突だった。
「わたしの真っ白は、全部祐一のために空けておいてあるから」
珍しく、少し恥ずかしそうに話している。さすがに照れくさいのだろうか。
「全部…祐一の好きな色に染めて欲しいの」
思わぬ大胆な言葉に、祐一の頭のほうが真っ白になった。
焦る。
「わたしを祐一だけでいっぱいにして欲しい。他に何も入らないくらい」
「お、お前な…」
「恥ずかしいよ。すごく恥ずかしいよ。でも、わたしはちゃんと言ったからね」
今日は、最初からそれを言うためにこの服を着てきたのだろう。かすかに息を荒げながらも、全てを確実に言い切ることが出来た。
動揺する祐一も、そんな様子を見てまた恥ずかしさや焦りといったものとは違う感覚を感じた。ほんの一瞬の大きな変化。
それが何であるかは明確には分からない。
ただ、大切にしようと思った。
「名雪―――」
「まだダメ」
「え…?」
「今言ったら、わたしの後だから楽だよ。祐一にももっと恥ずかしい思いをしてもらわなきゃダメだから」
ちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら、彼女は祐一のほうを見つめていた。
そしてまた、彼の腕を取る。
「…帰ろ?」
時間を置いても、大切なものは変わりはしない。
冷たい風も、今確かに抱えている想いを冷ましたりはしない。
一歩を踏み出す力は、隣を歩く少女がくれた。
帰ったら、伝えよう。
ただ一人の愛する人に。
雪の名前を持つ、真っ白な彼女に。
Fin―――
【あとがき】
HP10000アクセス、ありがとうございます(^^)/
日ごろから暖かい眼差しで見ていただいている貴方のおかげで、僕は頑張れています。本当ですよ(^^)たぶん、誰でもそうだと思います。
皆様全員が、僕の育て親です♪
↑…迷惑?(^^;
さて。らしくもなく綺麗な恋愛SSっぽいものを書いてみました。普段ならまずしそうにないものだからこそこの記念にと。短いのは予定通りです〜
それでもあえて他の女の子の存在を出してしまう辺りが悪い癖というか性癖なのか…
あ、名雪がそれほど村人バージョンじゃないですね(笑)それでもかなり強気だったり積極的だったりとオリジナルよりは自分の好みをマトモに反映させていますが(^^;
それから…
絵は苦労した割には大失敗です(;_;)
今回初めてパソコン上で線修正(パスじゃなくて)に挑戦したのですが、やはり徹底的に向いていないという事実を再確認した結果に。やっぱり僕は鉛筆書きそのまましか出来ないのでしょうか〜
では、本当にありがとうございました。
また何か少しでも貴方に楽しんで頂けるような物が作れればと願います♪感謝♪