「これ、どうかな?いい色してるし、美味しそうだよ」
「ん………どれどれ」
探し物が見つかったといわんばかりにはしゃぐ名雪に、祐一は一旦自分の”作業”を中断してそちらのほうに近づいていく。
その手が支える、一つの枝に実ったオレンジ色の大きな果実を名雪の手から受け取り、ざっと観察して、手の中で転がして祐一は”評価”を行う。
「うん、よさそうだ。形もこれくらい、ちょっと平べったいほうがいいんだよな」
「ん♪じゃあ獲ろう〜」
名雪はさっと枝切りバサミを構えて、早速にも収穫の準備をする。
とりあえず、見つけた方が獲るのが暗黙のルールだった。
「はいはい、と…」
祐一は邪魔にならないようにさっとその場を空ける。
「本当は、もうちょっと枝が細くなってからのほうがいいんだがな…まだもうちょっと成長しそうな気配だし」
「んでも、それまで待つわけにはいかないでしょ?…よっと」
ぱちん、と音を響かせて、弾力のある枝をハサミが一刀で断ち切る。
地面に置かれているかごに、また新たに”厳選”されたみかんが一つ追加された。
祐一は確認するようにかごを持ち上げてみる。
…下ろす。
「………次の移動で、最後にしよう」
「重そうだもんねー」
みかんだけで一杯になったかごと、祐一の表情を見比べて素直な感想を漏らす。
「ん〜〜〜っ、疲れたぁ………」
「心地よい疲労感ってやつだな」
「うん♪」
白いテーブルが並ぶ休憩所にたどり着き、適当なテーブルにつくと、祐一はかごを下ろす。
数十という数のみかんが中で揺れる。
ふう、と大きく深呼吸。
冷たい風の中、少しだけ額に汗を滲ませた祐一が名雪のほうを恨めしそうに睨む。
「薄情者………」
「…ん?」
名雪は、早々にもう椅子に腰掛けていた。
両手をだらりと下げて、思い切りだらけきった姿勢で、表情の抜けた目で祐一を見返す。
「…いや、何でもない」
祐一も黙って座った。疲労感がどっと押し寄せてくる。
歩いている途中は、楽しさもあり、割と平気だった疲れがここに来て集中しているような感覚だ。
「んん………いや、大漁だったな、名雪」
「…くー」
「………………」
無言でコケる祐一。
思わずかけてもいない眼鏡がずれたような気がした。
イメージ的に。
「…先に一人で食ってるぞ」
「ん、食べよ♪」
何事もなかったかのように起き出して鞄を探り出す。
「………そうだな」
祐一も、特にツッコミは入れない。
最近はもう色々なものに耐性が出来てきたような気がする。
「果たしてそれは成長と言っていいのだろうか」
「ん?何が?」
「いやちょっとした哲学的な独り言だ」
名雪も名雪で、そんな様子は特に気にもせず、鞄から弁当箱を取り出す。
「じゃーんっ!」
「あ、そこ、”じゃーん”よりも”じゃん”のほうがいいぞ。最近的には」
「……じゃん」
素直に言い直すと、二つの弁当箱をテーブルの上に置く。
「そして俺も、じゃん」
祐一も鞄から弁当箱を取り出した。数は一つだ。
瞬間、名雪の表情が固まった。
「ふっふっふ。驚かせようと思って名雪が起きる前に作っておいたのさ…名づけて相沢祐一スペシャル0.41β”今日も一日ノリノリで行こう弁当”だ。もちろん、名雪のために作ったんだぞ」
得意げに話す祐一、凍りついたように動かない名雪。
「ノリノリなだけにそりゃもうのり弁当だ。しかし相沢スペシャルは一味違う!いや5味くらいは違うぞ。まあ俺独自のセンスが生きているというか、あれだな。隠し味は愛情です。なんつて」
「…祐一が、作ったんだ。確実にそうなんだ…」
「そうだ。100%天然だ。だからもっと素直にいつもみたいにテーブルを飛び越えるくらいの勢いで喜びまわってもいいんだぞ」
半死人のような表情でぼそりと呟く名雪の様子にも構わず、嬉しそうに弁当の包みを開ける。
「…あ、ほら、せっかくだからまずはさっき取ったみかんから食べよ?ね?」
その動きを見て焦ったように名雪がかごに手を伸ばしてテーブルにどさどさっとみかんを置いていく。
さっき自分が取り出した弁当箱も脇にどける。
「……なんか嫌そうだな」
「う………それは…」
「…たぶん不味いからか?」
「うん…」
あっさりと肯定された。
………………………………
………………
………
「…いや、その。今回は結構自信作なんだ」
「今の間の間に祐一が何を考えていたのかすごく気になるんだけど……自信作って言われても、ごめん…そればっかりは信用できないよ…」
完全なる拒絶を喰らう。
………………………………
………………
………
「ええと」
祐一は左手の人差し指をぴしっと立てる。ついでにそれぞれ垂直に親指と中指も伸ばしてみる。
「…左手の法則?」
「意味はない。その。なんだ。騙されたと思って食ってみようという気はないか?」
「オチが読めるんだけど…”ほら、やっぱり騙された”とか」
心の壁は高かった。
「…一口だけでも。それから判断しても遅くない」
「う…うう………そう、だよね……せっかく作ってきてくれたんだし、食べる前から色々言うのもダメだよね…」
ただ、少し葛藤があるようだった。
何にせよチャンスとばかりに祐一は再び弁当の包みを素早く解き、一気にふたを開ける。
中から、割と一般的な構成ののり弁が姿を現す。
見た目は普通そうだった。
何故か名雪はみかんの皮をむき始める。
「………名雪」
「あ、その、反射的にっ」
一つむき終わったところで、慌てて手を止める。
悲しかった。
「あ…じゃ、じゃあ、いただきますっ」
騙された。
「………みかん、美味しいね」
「…そうだな」
「……うっ!?」
「どうした名雪!?つわりか!?」
すっ―――どんっ
テーブルの下で思い切り勢いよく振りかぶってから祐一の足を踏みつける。
「………後味が………」
泣きそうな顔でその顔を見つめながら。
「名雪………」
こちらも足を押さえながら半泣きで。
二人、テーブルを挟んでみかんを食べながら悲壮な顔で見つめあう男女。
謎の光景だった。
一つ離れた隣のテーブルでは家族連れが弁当を広げて楽しそうに団欒している。
もっと向こうでは、団体客らしき人々が固まって談話している。
そんな中、まるで別れ話でもするかのように悲しい雰囲気を漂わせる二人―――
「…名雪の弁当、食わせていただいていいでしょうか」
「………そうしよ?」
二人に笑顔が戻るまで必要な時間は、あと80秒程だった。
「楽しかった…ね?」
「ああ、楽しかった。終わりよければオールOKっていう言葉もあるしな。ソクラテスだっけか?」
「ソクラテスはそんな事言わないと思う…」
困ったように名雪が少し考え込む。誰が言い出した言葉だったか―――
「まあ、楽しめたのなら何よりだ。秋はやっぱりみかん狩りだな」
大漁のみかんは箱で郵送したため、今は手荷物だけの祐一がのんびりペースで先を歩く。
「…冬は?」
「名雪狩り」
「うわぁ」
………………………
「そんなマジに後ずされても」
「今絶対変な事考えた〜っ考えてた〜っ」
体を庇うように両腕を胸の前で交差させながら、一歩二歩着実に後ろに下がる。
祐一も足を止める。
「…否定はできんが、実践するつもりはない」
「ああ…祐一の想像の中でわたしはきっとそれはもう大変な目に……うう、可哀想ななゆちゃん……」
泣きまねをしてみる。
祐一は再び前を向いて歩き出す。
「帰る」
「あ、待ってよ〜っ!なんかせめて弁解するとか否定するとかそれらしい処置を〜」
名雪も軽く走ってすぐに追いついた。
「冬は、イチゴだな」
「うん♪」
「イチゴと言えば、名雪だな」
「うん………ん?」
祐一は空を見上げて、強く握り拳を作る。
力をこめて。
「今度こそ最高の弁当を作ってやるからな、期待してろ」
「覚悟しとけ、の間違いじゃ…」
冬はもう、すぐそこまで来ている。
おわり。
【あとがき】
20000アクセスありがとうございます〜
というか、10000から20000までの間にやったのって、「ともだち。」だけなんですよね………なんと情けなや…
ええと。みかん狩り行きたいなと思って、それだけで書きました(笑)
お蔭様で何が言いたいのやら自分でもさっぱりのSSに仕上がりました☆ダメじゃんっ!?
うぅ…現状だと、感謝の言葉よりもお詫びばかりしか出てきそうになくて悲しいです………
あと少しでも皆様の期待にお応えすることが出来ますように…