祐一は、雪が嫌い。
祐一は、この街が嫌い。
とても悲しいことがあったから。
わたしは、冬が好き。
わたしは、冬を忘れない。
とても…とても楽しい思い出と、とても悲しい思い出があるから。
それは大切なものだから。



忘れない。




全身に雪が積もっている。頭の上にも積もるから、重い。
最初は一生懸命払い落としていたが、だんだんそれも面倒になって―――
…いや、きっともう体が動かないだけなのかも知れない。ずっとこうして雪の中でベンチに座りつづけているのだから。
からだが、こおってしまったのかもしれない。
でも大丈夫だろう。物を考える余裕があるんだからまだまだ大丈夫。
できれば…大丈夫なうちに来て欲しいな。ちゃんと会えても、言いたい事いっぱいあるのに、目の前にいるのに、口が開かなかったら悲しいから。
そんな考えに少しぞっとして、何でもいいからしゃべってみようと口を開いてみる。
「………ぁ…」
少しだけ声が出た。口の中に雪が入ってきた。風が吹き込んできた。すごく冷たかった。
ちょっと後悔した。
顔中がちくちくと痛い。痛くないところなんてもうない。わざわざ自分からその範囲を広げてしまった。
今すぐにでもお風呂くらいのお湯に顔を突っ込んで暖めたいと思う。なんとなく頭の中でそんな光景を何度も繰り返してみる。最初は何も感じなくてそのうちいきなり物凄く熱く感じて、驚いているうちにだんだんぽかぽかになってくる。その頃には暖かかったお湯もびっくりするくらい冷たくなっていてやっぱり驚く。
顔だけじゃない。手も、足も。
今から家に帰ったら…それも今すぐ帰っても何十分もかかるけど…それさえガマンしたらいっぱい暖かくなる事ができる。とても魅力的な提案。
でも帰ることはできない。
だって、もう少し待っていたら、お湯よりももっとステキなものがやって来るかもしれないから。
自分から家に帰らなくても、向こうからやって来るんだ。
きっと、やって来るんだ。
わたしは約束したから。ずっと待ってるって言ったから。もしわたしが帰っちゃったらきっと怒るだろうから。
色んな事伝えなきゃいけないから…

でも…何を言えばいいんだろう。

好きだって。
もう一回言って何になるの?
昨日そう言って…これ以上無いってくらい拒否されたばかりなのに。
拒否―――
地面の雪に同化して見る形も無い雪うさぎ。
ばらばらに壊された想いの形。
本当は…
祐一に必要な言葉があるとしたら、それは告白なんかじゃないんだって事。
知っている。

「……ひ…ぅ」
熱い。
冷たさを遥かに通り越して痛みしか感じない顔に、熱い感覚が走る。
「………ぅ」
ダメだよ。
…泣いちゃ、ダメなんだよ。
泣いちゃったらもう諦めてることになるから。どんな事でも諦めちゃったらそこまでだから。
信じてるから。泣いちゃったら信じてないことになるから。
「う…うあぁっ」
ぽた、ぽた…
顔を伝う熱い雫はその熱を皮膚で奪われて、すっかり冷たくなってから服の上に落ちる。
軽かった嗚咽がもう言葉になるくらい、止まらない。涙もどんどん溢れてくる。
ダメなのに。
ダメなのに…
祐一―――



「祐一」

「さっきの言葉、どうしても、祐一にもう一度……言いたいから……帰る前に少しでいいから……」

「明日、もう一度、ここで会ってくれる?それで、ちゃんとお別れさせてくれる?」

「わたし……ここで、ずっと祐一の事、待ってるから…」




本当は儚い期待をしているだけなんだって事、わかっている。
祐一は…昨日の祐一は、わたしの言葉なんて聞こえていなかった。
ううん。
聞いてはいただろうけど…「聞こえていなかった」。
何も見ていなかった。
何も受け入れなかった。
わたしは、何もしてあげられなかった………


仕方ないじゃない。
祐一が待っているのはわたしの言葉じゃないんだから―――


目の前がふと暗くなった。
とうとう体が冷たさに負けて…意識が落ちてきたのか……
でも頬を伝う涙の感触は消えない。この熱は消えない。
涙の跡に残る冷たさは消えない。
ざくり………
かすかに聞こえた雪を踏む音、
目の前の地面に現れる黒い影…靴。
ああ………
祐一、来てくれたんだね。
遅いよ…もうちょっとで凍えちゃうところだったじゃない…
…遅れたんだから…ごめんなさい、だよ………
ねえ―――




「祐一………好きだよ……」



ずっと、ずっと前から好きだったんだよ。
―――目が覚めると、雪は消えていた。
あれ…寝てしまってたのかな…雪が溶けるくらいずっと…
そんな訳は無かった。
だって公園のベンチがこんなに暖かいわけがない。目の先に天井が見えるわけが無い。
布団を被っているわけがない…
「おはよう、名雪」
んん………
お母さんの声…
「…お母さん………わたし」
わたし…
なんだろう。
お母さんに何を言うんだろう………
「わたしね…」
何も考えていないのに、意味の無い言葉だけ繰り返す。
お母さんに黙って出かけて、きっとすごく心配かけて………
ごめんなさい。
「…ここ…病院の匂いがする」
「そうよ。名雪はここに運ばれて1日くらいずっと寝てたの」
「運んでくれたの…お母さん………?」
「ええ」
当たり前の答えだった。
何を期待していたんだろ………わたし…やっぱり諦め悪いのかな…
「お母さん…わたし………ふられちゃった」
考えるより先に言葉が出ていた。
ふられた。
そうなんだ。ふられたんだ…祐一に…
「そう。辛いわね…」
「うん…」
お母さんは何も知らないはずなのに。何も聞かない。
もしかしたら全部分かっているのかもしれない。
だって、お母さんだから。
「でもね、一回ふられたらそれでもう終わりってわけじゃないのよ。きっとまたチャンスはあるわ」
「…チャンス?」
お母さんはそっとわたしの手を握る。
「今度は後悔しないように、しっかりね。しっかりと心を捕まえておくの。弱気にならないで、攻め込むつもりで行くのよ。本当に好きなら逃がしちゃダメよ」
「お母さん…」
お母さんがこういう話するの、初めて聞いた。
うん…
今度は負けないよ…今度チャンスがあったら、絶対、捕まえておくよ………
覚えておくね。
祐一のほうから…やっぱりわたししかいないんだって言わせてみせるから…
「信じていれば、想いが本物なら、きっと大丈夫だから」


諦めない。
負けない。
信じる。
忘れない―――




「だから、祐一が帰ってくるって聞いた時は本当にしばらく呆然としちゃったんだ。そして、感謝したの。ずっと祐一のことだけを想いつづけてくる事ができたわたしに、ありがとうって」
「…わぁ………」
わたしの長い話をずっと黙って聞いていたわたるちゃんは、一言だけ感嘆を漏らす。
昼休みももうすぐ終わろうとしている。思ったより長くなってしまった。
「素敵…ずーーっと待ちつづけていたなんて」
わたるちゃんはうっとりと頬に手を当てながら細い声をあげる。
「願っていた再来―――7年越しの恋の成就…」
「…うん」
そうやって言われると、改めて凄い事なのかなって思う…
「凄い!うん凄いよっ!ドラマチックが止まらないよっ!!」
突然わたるちゃんが両手でわたしの手をしっかりと握ってくる。
びっくりした。
「7年分溜まりに溜まった濃厚な想いやら色んなものが今一気にばあーっと、こう、出ちゃってるわけだねっ!?」
「え…あ、うん…まあ、そうなんだけど」
なんでかな。
わたるちゃんが言うと何か色々と深い意味に聞こえるのは…
うぅ。
「むー…それに引き換え相沢君の何と軟弱なことかっ!学校中の可愛い子に片っ端からゲットしたり学校外や果ては親類者にまで手を出してっ!!」
「わ、わたるちゃん、声大きいよっ」
たぶん周りの人たちにはどうしようもないくらいしっかりと聞かれてるよ…
それに学校中って。
「それはそれであたし的にOKかなって思ってたけどっ」
…いいんだ。
「名雪は7年間一人で寂しい夜を過ごしてきたというのに相沢君は毎日きっと向こうでもとっかえひっかえ―――
「…名雪、こいつは殴ってもとりあえずOKなタイプか?」
あ、祐一。
また戻ってきてたの気付かなかった…
ってもう昼休み終わる時間だもんね。話も終わったのかな?
「あ…相沢君っ!!」
わたるちゃんは祐一の姿を見かけるなり食って掛かる。
わあ…興奮してるなぁ…
すぐにでも言葉のマシンガンが発射されそうな状態のわたるちゃんを、祐一は、すっと手を出して止める。
「頼むから俺をこの学校に居づらくするのはやめてくれ…」
「それは相沢君がっ」
「お前がどう思っていようと勝手だ。…まあ、そう言われても仕方ないような節があるのも事実だ。それでもな」
祐一は真剣な声でわたるちゃんに迫る。
久しぶりに祐一のこんな顔、見た気がする。
ちょっとどきどき。
「…俺が好きなのは、名雪だけだ」
最後、わたしとわたるちゃん以外誰にも聞こえないような小声で言ったのが、とっても祐一らしいと思った。




しっかりと心を捕まえておくの。
本当に好きなら…逃がさない。


「ゆーーいちっ♪」
「うわっ」
「一緒に帰ろっ」
「わ、分かってるからいきなり…その、抱きついてくるのはやめてくれ…」
「今日はお母さん、帰り遅いんだって」
「お、おう。言ってたな。…晩飯作らなきゃいけないから大変だな」
「うん。祐一には絶対に手伝わせないから部屋の隅っこでいじけながら座って待っててね」
「………はい」


お母さんに、ありがとう。
わたしに、ありがとう。
今を…ありがとう。


「ねえ」
「…何だ?」
「わたるちゃんに言った言葉、もっとみんなに聞こえるくらい大声で言っても良かったのに」
「言えるかっ」
「でもみんなわたるちゃんの言葉は聞いてるから…明日学校に言ったら凄い噂が流れてるかも」
「…勘弁してくれ………」
「大変だね」
「名雪、あいつをしっかりと押さえ込んでおいてくれ。頼むから」
「…わたるちゃんの事、嫌い?」
「苦手だ………俺は女に振り回されるのが嫌いなんだっ」
「………ふふっ」
「なんで笑う?」
「えへへ…だって祐一、変な事言ったから…」
「な、何がだ?変な事言ったか?」
「秘密」
「う………せめてヒント」
「教えないよ♪」

くるっと前に向き直って、突然走り出す。
慌てて祐一がついて来る。
「き、気になる逃げ方するなーーーーっ!」
わたしは、笑った。



Fin....


【あとがき】

30000アクセスありがとうございます♪
時期がクリスマスやら某セリオカレンダーの絵の締め切りやらその他色々と重なって大変でした(^^;
9月に初めて年内に3万とは…大しておもてなしもしていないのに毎度来て下さいましてありがとうございます…

ご覧になっての通り、「幸せの捧げ物」の、まともに続きです(^^;
よろしければそちらのほうもどうぞ♪

最後のシーンの祐一が可愛くて好きなんですがどうでしょう(笑)
前半はちょっと暗いですね。というか実は僕は精一杯暗くしてこれが限界です…暗いのは読むのもできない僕が書けるわけがないのです(汗)

そろそろもうちょっと、文章自体のレベルも上げたいですね…もちろんレベルだけに拘るつもりは毛頭ありませんが。

では、今回はここで失礼致します〜
感想とか貰えたら感激で思わず12時間くらい寝ちゃいます♪