世界中に宣言してもいい。俺は彼女を愛している。
どれほど立派で美しい愛の形をどこかで見せ付けられたとしても、俺の想いは決してそれに負けてはいないという自信があった。
時に想像できないような突飛な行動を取る彼女に振り回されて辟易とした時もあった。
ちょっとした事でケンカになって1日口をきかない日もあった―――次の日の朝にはいつも通り部屋に起こしに行くのだが。
恋人同士でありながら、同時に家族でもある二人の関係。嫌でも毎日顔を合わせて、互いの何もかもが見えてしまう。
だから―――
深い愛情が…もっとそれ以上の、何物にも引き離せない繋がりが生まれるまでに時間は必要なかった。
もはやドキドキするような恋ではないけれど、だからといって飽きるという事も無い。ただ側にいるだけで気持ちいい。そこに何かを要求する必要は無い。
穏やかな日々の中で、俺は相変わらず振り回されっぱなしだったけど、そこが俺の求める幸せの世界であると…疑わない。
日常がこんなに素晴らしいということを、ずっと暖かいままのこの気持ちを教えてくれた―――名雪。
まだ、1年だ。
あの再会の日からまだ1年―――名雪が待った7年には遥かに及ばない。俺は7年分以上愛する事ができているだろうか?
7年―――あと6年経つ頃には俺たちはどうなっているだろう。この国はどうなっているのだろう。想像するのはそれほど難しくないが、当たっていると言える根拠はどこにもない。
7年は、長いのだ。
暇があれば俺は大好きな歌を…pure soulを聴いてみる。CDはカセットテープと違っていくら聴いても擦り切れることはなかった。

愛は愛のままじゃいられず
いつか形を変えるだろう
共に生きる家族、恋人よ
僕はうまく愛せているのだろうか?

あんな酷い事をした俺を7年間待った名雪は辛かったのだろうと思う。
名雪だけじゃない―――俺は多くの不幸を生み出してきた。俺がこの町に戻ってくる事になったのは、まるで自分の罪を思い出すためであるかのように、この町には懐かしい暖かさと鋭い痛みが待ち受けていた。
それなのに俺は辛い思いもせずただ幸せに浸っている。
それで俺は許されるのだろうか?
「決まってるよ。祐一が幸せでなきゃわたしが幸せになれるわけないよ」
名雪の返事は、当たり前の物だった。
誰もが知っていながら、ほとんどの人がそれを忘れてしまう単純な原理。

よく出来た解答の果てに
迷いぬく世の中は何故?
平凡で手垢のついた言葉でも
愛してると伝えて欲しい―――

俺は、違う。愛していると、自分で伝える事ができる。
その言葉は今の俺の気持ちを表現するために存在しているのだと、自信を持って言える。
迷いが残っていたなら、そのぶんだけ名雪の幸せを削り取っていることになるのだろう。そんな物は本意ではない。
だったら素直に愛そうと、誓う。



最初、裏門に立つその女性を一目見たとき―――正直、見惚れてしまった。
次の瞬間にはそんな自分が恥ずかしくなった。
でもドキドキする心臓は止められなかった。
一目惚れなんて経験は無い。今のこの感じがそうなのだろうかと一方では冷静に考える自分がいた。
また同時に、本気で愛する人がいるのに不謹慎だと自分を責めた。
「―――祐一」
だけど、目の前に立つ女性は、聞き覚えのある…あまりに聞きなれているいつもの声で俺の名前を呼んだ―――
「………な…名雪………?」
「うん♪何、気付かなかった?」
声だけじゃない。笑い方も、そのもの。
毎日顔を合わせているはずの、名雪そのものだった。
「…生意気に化粧なんかしているからな。ちょっと迷っただけだっ」
本当は声を掛けられるまで全く気付かなかったのだが、悔しいのでつい強がってみる。
「ふふ…さっきの祐一の顔、面白かったよ。なんか”ぽーーーっ”ってカンジ」
「…ふん」
分かりきった事だった。名雪には隠し事は一切通用しない。

悔しいが、それでも、俺が名雪に気付かなかったのも無理のない事だと思う。
俺の知っている名雪は、運動部をしていただけあってか、健康的な可愛らしさが魅力の女の子だった。外見要素に関してそれ以上のイメージは全く無い。
元気に溢れる言動もそのイメージを助長していたように思える。
だけど、今目の前にいる彼女はどうだろうか。
俺は―――この時になって初めて、気付いたのかも知れない。名雪もまた、”女性”である事に。



「いったん一人で家に帰ったのはこうやって俺を驚かせるためなのか?」
「ん…だって、明日からいよいよ本当に大学生なんだし。ちょっと大人っぽくいってみようって思って、前からお母さんに頼んでたの」
「ったく…似合わない事を…俺は素顔の名雪が好きなのに」
「顔を赤くしながらそんな事言っても、あ、祐一可愛いなってしか思えないよ♪」
こうして話していると、間違いなくいつもの名雪だ。
だけど確実に大人の雰囲気をまとっていて…
「綺麗すぎて誰かに攫われたりしないか心配なんだよ…」
もちろん。
そんな言葉は心の中だけに閉まっておく。


二人で同じ大学に合格した。
地元の国立大で、奨学金を得る事も出来た。
俺にとっては順当なレベルの所を無難に受けたというだけの話だが、名雪の努力は本当に凄まじいものがあったと思う。
誰もがきっぱりと無理だと言い切った所に受かってしまう位に。
学校では下から数えたほうが早い成績だった名雪が、最低でも校内上位100番にいないと無理と言われる大学に受かってしまう程に。
運もあるのだろうが、やはりそれだけ名雪の頑張りが受け入れられたという事なのだと思っている。
まあ………俺もその間は色々とガマンを……
「祐一、何考えてるの?」
「いや…ちょっと今回想シーンが………」
「?」
街中を一緒に歩く。
大人っぽくと言っても、する事は今までと変わるわけでもなかった。電車に乗って大きな街に出かけるのもいいのだが、あまりに遠いのでそうそう行けるものではない。
だからいつも通りの道を歩いて、いつも通りの店に入って、たまには違う場所を探検して…
「あら、相沢君」
こうやって普通に知り合いに出会ったりする。
「…香里。久しぶり…でもないな」
「そうね。えっと―――」
「………?」
「………」
「……どうしたの、香里?」
「―――もしかして名雪?」
「わあ…酷いな、それ」
俺はそんな香里の反応に心の中で思い切り笑った。やっぱりそうなのだろうと。
香里でさえ、名雪の顔を見つめて顔を赤くしている。
元々の素質だろうが、おそらく秋子さんの腕に寄る所がかなり大きいのだろう。驚くほど綺麗で―――そして、俺は初めてこの言葉を名雪に対して使う。美しいと、思った。
「いや名雪…凄いわよ。これだと相沢君も見た瞬間に襲い掛かってきたんじゃない?」
…香里は俺に対するイメージを誤解している。
「祐一、最初わたしだと気付かなかったみたいだから。間を逃しちゃったみたい」
………名雪まで…
「そういえば香里は化粧とかしないのか?少なくとも名雪よりは似合いそうな気がするんだが」
「そうだよね」
名雪、そこは一応ツッコむなり否定するなりしてくれたほうが。
…まあ、いいけど。
「あたしはそんなの必要ないからね」
「うわ。よく言うなお前…」
「必要ないよね」
どっちなんだ名雪………
…でも確かに香里の場合は全く必要ないか…
むしろこれ以上綺麗になられたらつい目移りしてしまうそうで怖い。
「ん、まあ、あたしが邪魔することもないわね。二人でオトナの時間をたっぷり満喫してなさいな………あ、相沢君には無理だったわね。ごめんなさい」
ばいばい、と手を振りながら一言で色んな意味の事を話して、香里は俺たちの横を通り過ぎて去っていった。
ちょっとだけ寂しかった。
「なあ…香里もなんかちょっと大人っぽくなった気がしないか」
「ふぅん………香里”も”ね?」
ぐあ。
ぽつりと呟いた俺の言葉に含まれる別のニュアンスに真っ先にツッコまれた。
名雪は本当にこういう所に敏感だった………


「なあ、名雪」
駅前のベンチを見たとき、反射的に声をかけていた。
「何?」
「今の名雪、1年前にここで会った時とは別人だな」
「そう?」
俺は黙ってそのベンチに座った。
そして名雪の姿を、あの時と同じように見上げてみる。
「もし1年前迎えにきたのが今の名雪だったら…本当にその場で襲っていたかも知れないな…」
もちろんそんな事していたら住む場所すら失っただろうが。
「…誉め言葉かな?」
「そのつもりだ」
名雪はにこりと笑う。髪の隙間から漏れる逆光が白い肌に反射して輝いている。
こうして正面から見るのもまだ照れくさい…
「でもわたしはあの時の名雪だよ。別人が入れ替わったりしてないよ」
名雪も俺の隣に座る。
「んなこた分かってる。比喩表現だ」
「うん」
内面ももちろんあの頃とは違っているだろうけど、ただ隣にいる彼女が名雪であるという事実だけは永遠に変わることは無い。
まだ1年だと思っていたが、考え方を変えればもう1年なのだ。お互いこれからどんどん大人になっていくのだろう。まだ想像もつかないが。
「7年って………どれくらい長いんだろうな」
「長いよ。今だったら総理大臣が何回も変わっちゃうくらい」
よく分からない例えで答えを返す名雪。
あんまりそれで年月を感じる人はいないと思うが………
「祐一、向こうにいた頃の話全然しないよね」
「…ん。まあ俺は別に、普通だからな。っつーか名雪も別に俺がいない間の話とかしてないだろ」
「そうだね」
名雪は懐かしそうな顔を見せてベンチを撫でている。
何を思っているのだろうか。
俺はその手を捕まえて、そっと握った。


「今日は、今更になって名雪の新しい一面を知った日だ」
「そんなにキレイだった?自信もっていい?」
「ああ、いい母親を持ったと自信持っていいぞ」
「…むー」
名雪の魅力は、いわゆる女性的な魅力とは全く違うところにあるとずっと思っていた。1年経った今でさえ。
もちろん俺は今日の名雪も愛する事ができる。今までと何ら変わることなく。

「名雪は、俺の事どれだけ愛している?」
「わたしの全部」
どうしようもないくらい恥ずかしい質問を思い切って浴びせ掛けてみれば、答えは即座に返って来た。
きっと第三者が聞いていたら冷え切った目で見て通り過ぎていくだろう会話。
何故か、今日は素直に言える。
「俺はその7倍愛したい」
「7倍?」
「7年分だ」
真顔でそんな事を言うと、名雪はきょとんと目を瞬かせる。
「約束のイチゴサンデーは奢ってもらったよ?」
「…いや……俺だって本気でそれだけで済まそうという気は…」
「わたしはそれで済んだ事にするって言ってるのに。―――それに、無理だよ」
ため息をつく。
そして、俺の手を取って、正面に回って、顔をぐっと近づける。
視界が名雪の顔と、薄手のコートのピンクで一杯になった。
「世界中の愛を集めたって、わたしの7倍は愛せないよ」
「…恥ずかしい奴」
「お互い様」
もう日も沈みかけて、もう帰り道の家の目の前で―――
二人、静かに目を閉じた。


そして二人、同じ家に帰る。




Fin.


【あとがき】

4万アクセスありがとうございます〜♪
ってこのペースで記念SS結構キツかったり………(^^;;;

今回はもうなんというか。ラブなゆとは違う意味でひたすら恥ずかしい話です(汗)
名雪好きで無ければ読んでもひたすら面白くないと思います…
あんまりオトナな雰囲気出てませんしー
100人中97人は最初の1行でビビるかもしれません(笑)

こんなページにいつも足を運んでくださる皆様、さらには毎回感想を送ってくださる方には感謝しております。僕は幸せ者です♪
これからもこんな感じでずっとやっていきます。多分(弱)
よろしくお願い致しますっ
それではまた次回作でお会いしましょう…






↑いや…酷い出来だけど没にするのはもったいなかったから………