「善は急げ」
 名言だと、つくづく思う。思い立ったときが最善のときだ。
 魔理沙はその一言だけ呟くと、ぐっと拳を握り締めて気合を入れた。必要な要素は全て揃えた。舞台、人、人じゃないもの、そして心得。問題ない。全てが順調に進んでいるはずだ。
 今日は新しい記念日として、カレンダーに赤い丸が描かれる日になるだろう。占いでも今日は新しい自分を発見できるかも、と出ていたし。
 ふふふふふふふ。
 いけない。思わずニヤけてしまう。せっかくいつもよりファッションをキメたのに、表情が決まってなければ台無しだ。竜頭蛇尾だ。ちなみにどうキメたかといえば、いつもよりほんのりと帽子の黒みが深い。専門的に言えば黒と漆黒の違いだ。黒の深さは重要である。何せ魔法使いといえば黒。これを忘れてはいけない。魔法使いは黒。ことさらに強調する価値のある事実だ。魔法使いであるにもかかわらず黒を忘れて派手な虹色馬鹿に染まってしまうような魔法使いなど存在し得ない。それは魔法使いという定義を自己否定するものである。仮にそんなのがいたら、それは魔法使いっぽいものであって、魔法使いではない。っぽいもの。魔法使いのようなもの。したがって魔法使いといえば黒。美しい黒をベースにするものである。以上。
 魔法使いの理論で言えば、魔法使いの魅力はファッションにおける黒の深さの2乗に比例する。今日の魔理沙はいつにも増して輝いて見える。理屈の上では。
 加えて、恋の魔法。今日はことさらに念入りに自らに施している。魔法といっても、決して出会う人全てが魔理沙に惚れてしまうような強烈なものではなく――以前に加減を間違えてそのような効果のものを施してしまったときはなかなか素敵……もとい、大変な事になった――、あ、今日の魔理沙は可愛いな、ドキっ! と思わせる程度の効力のものである。
 化粧、とも呼ぶ。
 鏡の前で一回転。ふわりと髪をなびかせて、すっと自然にポーズを決めて、にこりとスマイル。
 完璧だ。今日はいつもから備えている美しさに加えて深窓のお嬢様のような、こう、守ってあげたいオーラ? のようなものもしっかり醸し出している。今日に限ってはこれが決め手になるのだ。重要なポイントである。
 ばっちりだ。何もかもが完璧。

 全ては彼女のために。
 正しくは、彼女を振り向かせるために。
 胸に秘めた想いを、今日こそは形にするために。
 カレンダーに描かれたたくさんの×を、今度こそ○に変えることができるように。
 魔法使いは動き出す。愛用のほうきを持ち出して、いざ、空に飛び立つ。



 主を失った部屋のテーブルの真中で、風に煽られて一冊の本のページがぱらり……とめくれた。
 長い文章の一部に、赤いマーカーでチェックが入っている。
『恋愛感情が非日常、特に危機的状況や恐怖感に支配された状況で生まれやすいのは紛れもない事実である。正確に記するならば恋愛感情だと勘違いしてしまうだけのことであるが、もしお互い以前からある程度気になっている相手同士ならば、本物の恋愛感情として完全に成立することもあり得る――』








「は?」
 彼女――霊夢の最初の反応は、単純極まりない一言だった。
 竹箒を持ったまま、というか、掃除を続けたまま、何言ってんのあんた、と言わんばかりの態度で橙を一蹴する。大変! 大変だよ! と物凄い速度でやってきて、必死の形相で用件を伝えた橙を。
 はらはらと、何枚か後方で葉っぱが落ちる。ああっ、と、それを見て霊夢は眉を顰める。
「こら、あんたが遠慮なく飛んできたから葉っぱが落ちちゃったじゃない」
 まったくもぅ、と頬を膨らませて、葉が落ちた場所にとことこと向かい――
「や、え? いやちゃっと待ってって! あんた、私の話聞いてた? 落ち着いてる場合じゃないよ!」
「はいはい。後で聞いてあげるからちょっとそこどいてね。いい子だから少しだけ大人しくしててねえ」
「なんかストレートにお子様をあしらう態度!?」
 橙の抗議を無視して、のほほんと霊夢は落ち葉を拾い上げる。数枚くらいなら、手で拾ったほうが早い。
 ひょい、ひょい……と慣れた手つきで拾い上げていく。全部拾い終わると、まとめて庭の中に移す。これで掃除完了。
 作業が終わると、改めて橙のほうを振り返った。
 ぱん、ぱんと軽く手の砂を払いながら。
「……で、もう、いいの?」
 彼女は素直に待っていた。
 霊夢は軽くため息をついてから、頷いて、言った。
「いいわよ。――で、何? 魔理沙が誰を誘拐したって?」
「なんでよ!? 逆、逆! 魔理沙が、あんたのお友達が誘拐されたんだよ!? のんびり掃除したり砂払ったりわざわざ私に高級なお茶でおもてなししてくれたりしてる場合じゃないんだよ!」
「いや、お茶出してないし」
「してよ!」
「あ、何。それが要求? 魔理沙は預かった、返してほしくば98度きっかりに温度管理された玉露を出せみたいな」
「どこにそんな誘拐犯がいるのよ!? それに私はそれじゃ熱くて飲めないわよ! 冷ましてよ!」
「はいはい。じゃあ今度また準備しておいてあげるからね」
「ほいきた! ――って話が進まないウにゃああああああああああああっ!?」
 キレた。
 さすが子供は早い。
 半分くらいは、脱線させていたのは橙のほうだった気もするが。
 ひらひら、と霊夢は手を振る。
「だって、魔理沙が誘拐されたなんて言われてもねー」
「あ、信じてないの!? ダメだよそうやって頭ごなしに現実を否定するの! そんなことやってるうちにいつの間にか時代はあんた達を置き去りにして変貌し続けて気が付けば時代の落伍者と新しい成功者にくっきりわかれて負け組は古き良き時代がどうだとか今の若いものはどうだとかそんな言葉しか出てこなくなる宿命なんだよ! 一度転がり落ち始めた人生の道は二度と引き返すことはできないの、そう……どう、どれだけ、あのときこうしていればと悔やんでも……くううぅ!」
「泣きそうな声で言われても」
「……と、とにかく! ……にゃー! 頭撫でなくていいの! 余計泣いちゃうから!」
 ぐす、と目尻の涙を軽くぬぐってから、橙は改めてきっと目つきを厳しくして霊夢を睨みつける。
 迫力も何もないが。
 勢いよく霊夢に詰め寄る。
「私は見たんだよ! あの黒い帽子の魔法使いが攫われるところを、ばっちり! 目撃者!」
「それは驚きだ。いったい何が起きたのかしら。参考までに教えて。犯人がどんな奴かと、何人くらいかと、どんな手口かと」
「え?」
 はた。
 勢いが、一瞬で止まった。
 橙の口が半開きの状態でしばらく固まる。
 およそ、6秒くらい。
「あー……す、凄いことがあったんだよ! あったんだって! なんか、こうね、ぴかーって! どかーんって! ぱひょおおおんって?」
「半疑問系?」
「疑問系になっちゃうくらい凄かったの! あの魔法使いが一瞬でやられてしまうくらいだったんだから!」
「一瞬の効果音じゃなかった気がする、さっきの」
「細かいこと気にしてると脳の皺が増えるよ!」
「……本気で話が進まないわね、あんた。えー、簡単にまとめると、魔理沙を一瞬でノシた奴がいて、そいつが魔理沙を攫って、あんたがそれを目撃したと」
「おぅいぇ!」
 怪しさをことさらに強調するような返事を勢いよく返す橙を、冷めた目で霊夢が見返して。
「そんなことできる人が現世にいるのかな。あ、現世の人とも限らないのか。なんか古代の大魔術師の亡霊とか、未来から来た遺伝子操作人間とか?」
「失礼だね! 紫様は亡霊なんかじゃないもん!」
「ほう」
「……あ」

 なんとなく、時間が止まった。
 はらり、と遠くでまた一枚、木の葉が舞い降りた。
 霊夢は、慌てて口を押さえている橙に、一歩近寄って。

「はい、今の台詞復唱。誰が何って?」
 橙は、一歩下がって。
「え、えーと……紫様は、とても優しくて美しくて強くて素敵です」
「そうねえ。で、あんたはアレの式神の式神よねえ。あんたがアレの犯行を証言してくれたってことは間違いないってことよね。内部告発って言うのかしら、これって」
 二歩距離を縮めて。
「アレが相手なら魔理沙が後れを取ることも無いとは言い切れないかもしれないか。まあ、とりあえずは犯人の仲間が目の前にいてくれてるのが有利な材料かしら」
「わ、私を逆に人質に使おうなんて思っても紫様には無駄だよ無駄だからね絶対何の躊躇もしないからっ」
「うん。別にあんたにそんな価値があるとは思ってないし」
「うぁ」
 色んな意味で冷や汗を流しまくる橙。
 霊夢は、少しずつ下がっていく橙の一瞬の隙を突いて、さっとその両肩をしっかりと掴む。
 がっしりと。
「わざわざ来てくれたんだから、道案内する意思くらいはあるんでしょ?」
「……え、う、うん、もちろん」
「道案内くらいなら、まあ手足が多少動かなかったりしてもできるわね……」
「にゃあああああああああああああああ!?」
 とてもとても絶望的な悲鳴が、神社の内外に響き渡った。
 平和な午後。






「『魔理沙! しっかりして!』『へ……心配するなって。霊夢の声が聞けて、すっかり元気になっちまった……う!?』『ばか、こんなにボロボロじゃない!』『こんな傷なんて、どうってことはないぜ。……私の、抑えきれないほど激しいこの気持ちに比べたら、な……』『……どういうこと?』『霊夢がこんなに近くにいてくれて、抱きしめてくれてるからさ……ほら、触って……』『え!? ちょ、ちょっと……あ……すごい、どくん、どくんって……飛び跳ねてる』『この鼓動が、霊夢、君への気持ちの深さだ』『そ、それって……その……』『助けに来てくれて、本当に嬉しかったぜ。――愛してる、霊夢』『あ……魔理沙……』」
「や め ん か ああああぁーーーーーーーーー!!」
 ぐおおおおおお、と悲鳴をあげながら頭を押さえて――
 熱を込めて1人芝居を続ける魔理沙を、強く強く睨みつける。
 声にだんだん艶がノってきたところで中断させられて、魔理沙は少し不満そうに口を尖らせて、言葉を中断する。
「邪魔しないでくれよ。ここからじゃないか」
「まだ続くの!?」
「『ああ……魔理沙……私も、ずっと前から、あなたのこと』『――知ってたぜ。私は誰よりも霊夢のことを知っているし、誰よりも霊夢のことだけをずっと……見つめてきた』『んっ……あ、魔理沙、や、こんな……恥ずかしい……』『好きなんだ。霊夢の全てが欲しい』『あ、ああ……わ、私……!』」
「続けるなーーーー!!」
 魂の叫び。
 ……こんなやりとりが、もう何十分も続いている。藍は痛む頭を抱え、泣きそうになるのを必死で堪える。
 何が哀しくてこんな”遊び”に付き合わなければならないのか。――その疑問に対する答えは、既に明白だ。魔理沙との勝負に負けて、この寸劇の手伝いをするように約束させられたから。
 魔理沙の中で展開しているシナリオを現実にするための、この狂言誘拐の手伝いを。
 頭が痛い。
 椅子に座った状態で縛られている魔理沙といえば、ずっとこの調子だ。ひっきりなしに脳内シナリオを――演技込みで――実演してみせている。
 一応は誘拐された犠牲者という立場のはずなのだが、一番元気に話をしている。――ここにいる、3人の中で。
「……紫様。正直、付き合ったこと後悔してませんか」
 魔理沙の相手は諦めて、話が通る相手に振ってみる。
 紫は、涼しげな顔で、魔理沙の後ろに立ったまま答える。
「家にいても暇だしね。せっかく面白い遊びを準備してくれたみたいだから、関わってみないと損じゃない?」
「……はあ」
「まあまあ。あの巫女も来るんでしょ? 同窓会みたいなものよ、同窓会」
「全然、同窓じゃないんですが。来るかどうかも怪しいです」
「来るさ。――愛、だからな」
「うるさいだまれ」
 ここに割り込んだ魔理沙は、ぴしゃりとシャットアウト。
 魔理沙は気にも留めた様子がないが。
「愛はともかくとして、きっと来るでしょうね。あれも私によく似てるから、わかるわ」
 紫もまた、霊夢が来るということに関しては疑問を持っていないようだ。
 首を傾げる藍。
「似てる、ですか?」
「ええ。私と一緒でね――彼女もまた、特別な」
 意味深に微笑んで、紫は魔理沙の椅子にそっと手を触れる。
 そう、紫と霊夢は妖怪と人間の違いはあれど、存在の根源が非常によく似ている。
 即ち彼女らの共通点。
「暇人だから」






「――! きた!」
 突然、魔理沙は遠くに視線を移して、叫んだ。
 それはもう、笑顔で。簡単な言葉では表現が難しいような笑顔で。
 ん、と藍もその視線の方向に顔を向ける。視界に入るは、きれいな青空。少しだけかかる白い雲。飛ぶ鳥。以上。静かなものだ。
「……?」
 疑わしげな目で魔理沙を見やると、魔理沙は得意満面で無言の質問に答える。
「私の霊夢レーダは最高に敏感だぜ。ああ、間違いない。びんびんきてやがる」
「何も、見えないが」
「私のレーダを甘く見るんじゃないぜ。霊夢のことなら完璧にわかる。ああ、なんだってわかる。遠く離れていても、霊夢が今食事中だとかシャワーを浴びているとか着替え中だとか今寝たところだとか寝つきが悪くてごそごそしてるところだとかあと結構習慣的にナニやらやってるなとか、私にはいつだってはっきりわかる!」
「……それって、盗――」
「愛の力は偉大だな!!!!!!!」
 急に大声で愛を叫ぶ魔理沙。
 魔理沙の中で愛を叫ぶ。
「のわっ!? お、おい、いきなり大声出すんじゃない! 驚くだろう。それにそれは間違いなく愛なんかじゃなくて、盗聴――」
「こんな言葉がある!!」
 さらにフォルテッシシモで叫ぶ魔理沙。
 耳にきーんときた。またしても藍の言葉はしっかりと遮られて。
 びしっ! と、魔理沙は藍に指を突きつけて。
「愛より貴重なものは何もない! 1個のパンでも何もないよりは貴重だ! したがって1個のパンは愛より貴重である!」
「聞いたことないうえに意味がわからん。というか結論的に愛を否定してないか、それは」
「かくも愛の力は偉大だという話なわけだ」
「……いいけど、別に」
「そんな深い愛でもわざわざ狂言誘拐を仕組まなければいけないほど一方通行なのは大変ねえ」

 絶妙に、紫がそこに割り込む。
 ……しん……と、賑やかだったあたりが一瞬にして静まった。
 魔理沙は空を見上げたまま固まっている。

「あー。つまりだな」
 たっぷり間があったあと、ようやく口を開いて。
「こう? 想いあってるのになかなか最後の一線が越えられない? 微妙な距離? ってあるだろ? こんなときに、何かしらのきっかけ? があってお互いの愛を再認識すればハッピーエンドなわけだ?」
「既に実行に移してるんだからもうちょっと自信持つべきだ」
「貴方自身は普通に一線どころか人として守るべきラインまで既に越えてると思うわ。私が保証してあげる」
 境界線のプロフェッショナルから明確に認定された。正真正銘とはこのこと。
 魔理沙は、少なからずショックを受けたように、ふらりとよろめいて。
「ああ……いつの世でも、魔法使いは理解されない人種だぜ……」
 陶酔したような表情で、言うのだった。
「……紫様、私は、どうしてコレに勝てないのかつくづく不思議です」
「そうねえ。変態度ではいい勝負だと思うんだけど」
「紫様ー!?」
 藍の心からの悲鳴。
 本気で嫌そうな叫び。
 いやもう、本気で。
 実際のところ、魔理沙と藍は何度戦っても魔理沙の勝ちで。それなりにいい勝負にはなるのだが、結果が覆ったことはない。ある意味では当然の結果といえる。魔理沙と紫で、ほぼ対等なのだから。藍にとって魔理沙に勝てるということは、紫にも勝てるかもしれないということだ。実際にはそう単純ではないが。
 そして、その紫が、実際未だ勝ちを奪えない――どころか、かすり傷さえつけたことのない相手が。
「ま、それも愛の力、なんじゃないかしら」
 今はもう誰の目にもはっきりと映る距離まで飛んできている、彼女だった。




「そこまで! それ以上近づくな! そこで降りろ」
 藍は、飛んでやってくる霊夢に向かって、叫んだ。
 霊夢は藍たちの場所まであと10メートルほど、というところで地面に降り立つ。
 ……ふらふらと、その隣に疲れた顔の橙が続く。ぺたん。降りるというよりは、半ば崩れ落ちるくらいの着陸。
「うっわー、ほんとに魔理沙だわ。実際目にしてみるとなかなか驚きの光景ね」
 霊夢が、軽い口調で言った。これが第一声。
 魔理沙は半ば目を輝かせながら、椅子に縛られた体をもじもじと動かしつつ、叫ぶ。
「霊夢! ああ、どうしてこんな危険な真似を……! 私のために、こ」
「よく来たな! その度胸に褒めてやろう!」
「お久しぶりね。最近元気?」
 露骨に台詞の途中に割ってはいる、藍。そして紫。
 ……魔理沙が、物凄い形相で睨みつけるが、二人とも気づかない。フリ。
 藍が、構わず言葉を続ける。
「さて、見てのとおり魔理沙は預かっている。彼女の命運は私達がしっかりと握っているどぅゆぅあんだすたん?」
「はいはい。なんかあんまり魔理沙から緊迫感感じられない気がするけど」
「よし、理解が早くて結構だ。我々の要求はただひとつ!」
 藍が妙にノリノリで矢継ぎ早に台詞を紡いでいく。
 人差し指でびしいっ! と霊夢を指差して。
 きらーん☆ と白く輝く歯をさり気なくアピールして。
 ……
 そのまま、妙な沈黙がしばらく続いて。
 ……
 藍は、こっそりと一歩下がって、魔理沙に近づく。
「(……おい、そういえば、ここで何を要求したらいいんだ?)」
「(む。考えてなかったぜ。適当だ、適当)」
「(ここでアドリブだと!?)」
「(なせばなる! っていうのが霧雨家の17の経営理念のひとつだ)」
「(経営理念かよ! 1つに絞れよ!)」
 こそこそと内緒話。
 誰の目にも、霊夢の目にもばればれであるが。
 そこで、すっと紫が一歩前に出る。
 きっぱりと、言った。
「じゃあ、私からの要求。霊夢、貴方が欲しいわ」
「待てコラーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 即座に魔理沙が表現に難しい怒鳴り声を響かせまくる。
 拘束しているロープを声だけで引きちぎらんばかりの勢いだ。
「不許可! 不許可だ! 何より私より先にその台詞を言ったのが重罪だ!!」
「紫様! わ、私ではご不満ですか!?」
「――というのは、冗談として」
 詰め寄りまくる二人を、さらりと軽くかわして。
 紫は、ほわわと柔らかく微笑む。
「こういうのはどうかしら。藍と貴方が、戦うの。貴方は魔理沙というハンデつきでね」
 騒いでいた二人が、ぴたりと静まる。
 霊夢は不思議そうに首をかしげる。
 その仕草を確認して、紫は続ける。
「今から私が戦いのためのフィールドを設定するわ。一度閉じたら誰も途中で侵入できない、誰も脱出できない空間。そこでやってもらうの。魔理沙には今みたいに椅子に縛られたままで身動き取れないようにしてもらうわ」
 フィールドの説明に、ばばっと手を広げて感覚を説明しながら。
「霊夢、貴方は魔理沙を少しでも傷つけたらその時点で負け。藍は関係ないから好きに戦っていいわ。もちろん、魔理沙をそのまま盾に使っても構わない。審判は私がしてあげる。どう?」
「紫様! そんな、私はそんな卑怯なことをせずとも、正々堂々と戦って勝ってみせま――」
「なんだ、そんなくらいのハンデでいいの? わざわざ誘拐までしたんだから大人しく殴られまくれとか言われるのかと思ったわ。それくらいしないとこの狐さんが可哀想じゃない?」
「――貴様! 黙って言わせておけば!!」
「確かに一理あるわね。あ、じゃあ、私が外から魔理沙に適当に攻撃するからそれからも守らないといけないなんてのはどうかしら」
「紫様ーーーーーー!?」
「それでいいならいいんだけど……拍子抜けだなあ」
「すっげ泣かせたいですコイツ! その言葉、後悔するぞ!」
 余裕綽々の霊夢に、思い切り叫ぶ。
 隣では魔理沙もまた平然としているのが余計憎らしい。
「ま。それはそれとして。貴方に一つ質問なんだけど。橙には何をしたのかしら? この状況で一言も喋らないのは、とってもらしくないのよね」
 ふと。
 大切な台詞を尽く両者から聞き流されてすっかりプッツンきている藍も、その紫の言葉にはっと視線を移す。
 橙は確かに、霊夢と一緒に飛んできて着陸してから、何も喋っていない。ずっと俯いている。会話の流れが自分に向いたとなって、初めて耳をぴくんと動かす程度の反応を示す。
「にゃ……」
 か細い声で、一言だけ漏らす。
「ああ、この子にはねー」
「にゃあああああああああああああああああっ! にゃーにゃー!!」
 と。
 霊夢が何か言おうとすると、突然に大声を上げた。
 涙目で、なぜか顔を真っ赤にして霊夢に必死にしがみついて首を横に振る。
 ぶんぶん。がしがし。
 目で訴えかけるメッセージ。ダメ。ダメ。
 霊夢は、そんな橙の様子を見て、優しく微笑みかけて、その頭をそっと撫でた。
 そして、改めて口を開く。
「こんな反応しちゃうような、す――っごく恥ずかしくてちょっとだけ痛いお仕置きを、少し」
「うわー……気になるわー」
 何故か少し目を輝かせて、紫が呟いた。
 指先を口元に軽く当てて、一人楽しそうに頷く。
「決まりね。霊夢、貴方がもし負けたら、貴方自身にそのお仕置きを受けてもらうわ」
「うわ。死んでも負けられないわ。なんて残酷なこと言うのかしら」
 少し顔を青くして、一歩引き下がる霊夢。
 冷や汗まで流してみたり。
「そこの暗黒巫女貴様!! アレだ、自分がされて嫌なことは人にしてはいけませんって李先生に習わなかったのか!? 反省しろ!」
「誰よ李先生」
「いや李だったかどうかはいまいち定かじゃないんだが、通りすがりのなんか中国っぽい人が言ってたんだ」
「まあ、名前なんてどうでもいいんだけどね」
「それもそうだな」
 はっはっは。
 何故か少し和んでみる。
 閑話休題。
「よしわかった! その勝負受けてたとう! 後悔するなよ巫女!」
 気合を入れなおして、藍が声を張り上げる。
「受けて立つのは私のほうだと思うんだけど」
「いちいち細かいことを気にしない!」
「そうね。じゃ、さっさと終わらせるわよ」
 霊夢は、指でマルを作ってゴーサイン。
「ああ……霊夢! 私のためにそんな危険なあまり無茶はしないで気をつけろ心配だ好きだとにかく自分の身だけしっかり守ることを考えるんだ私のことは気にしなくていい!」
 魔理沙が、演技っぽさを思い切り見せながら霊夢に語りかける。
 さりげなくサブリミナル的に。
「はいはい、話がまとまったところで、フィールドを作るわね。あんまり広いとハンデの意味が薄くなるから狭くするわよ」
 ぶおん……
 紫の声が終わったと同時に、空間に歪が生まれる。
 魔理沙、藍、霊夢。3人を包み込んで、紫色に透き通る壁が現れた。
 高さは十分にある。いつもどおりの空中戦も可能なように。
「頑張ってね。はい、開始」
 ――一切盛り上がらない開始の合図と共に、戦いは始まった。




「いくぞ――!」
 先手必勝。
 霊夢は魔理沙が藍の背後にいることから、簡単には攻撃をしかけられない。藍はそれを見越して、最初から全開の弾幕を貼って、一気にぶつけにいく。
 簡単には避けられないように、生み出せるあらゆる種類の霊弾を同時に生み出して、ランダムに飛ばす。
 狭いフィールド内ということもあって、大きく塊として避けることは不可能に近い。一気に詰んでもおかしくない攻撃を最初から決めに行く。
 ぼん、ぼん。結界に霊弾が触れて爆発する音が連続して響き渡る。あっという間にフィールド内は花火で埋め尽くされた。
「は! ははは! どうだ! これなら近づけまい!」
 全力の攻撃ではあるが、これだけで単純に霊夢を倒せるとは、藍も思ってはいない。これで勝てるようなら、今までだって勝てているはずだ。
 しかし簡単に攻撃ができない状態で、さらにこれだけの攻撃の隙をぬってチャンスを伺うなどいうのは不可能のはずだった。当面はその状態を作ることができればよい。時間があれば本物の詰みに持っていくことは難しくはない。
 ばしん、ばしん、ばしん!
 高エネルギーの霊弾が次々に発射されては、フィールド内のあらゆる空間を塗りつぶしていく。もはや藍から霊夢の姿を見ることもできないが、この際それは構わない。攻撃が飛んでくることはないのだから。
 ばしん! ばしん!
 さらに、激しく。さらに、強く――
「ははははは! どうした! 攻撃できるものならしてみるがいい! きゃはははっはははははははにょははははははははははははテンコー!」
「うしろ、うしろ」
「へ?」
 と。藍の後方からのんびりした声が聞こえた。
 明らかに魔理沙のものではない声が。
 ……
 ……ぎぎぎ。変な音をたてながら、藍が首だけ後方に振り向く。
 しかして。そこに、霊夢はいたのだった。魔理沙とともに、二人分の結界を既に貼り終えながら。魔理沙は縛られたまま、嬉しそうに霊夢の腕を掴んでいた。
「……えーと……いつの間に……?」
 頬に汗を流しながら、藍はなんとか声を絞り出す。
「一番最初。最初一瞬だけ弾幕が薄かったのが致命的だったわねー」
「……」
「『どうあがいても、負けかなと思ってる(???才・狐)』」
「う、うるさい黙れそこの魔――」
 必死に頭を働かせながら、霊夢に魔理沙に交互に視線を移している藍に向かって、にこりと霊夢が微笑みかけた。
「バイバイ」
 その声とともに、無数のお札が藍の背中を貫き――




「23秒。だいたい予想通りだったわね。20秒切るかなと思ってたんだけど」
 紫は涼しい顔で言った。
 ぴくぴくと倒れたまま震えている藍の様子をちらり見て、とりあえず大丈夫そうなことだけを確認。
 手を軽く振って、ふう、と息を吐いた。
 フィールドが、あっさりと解かれる。
 倒れているのは藍。霊夢の手には、魔理沙の姿。早くも形勢逆転だった。


「で? 魔理沙、あなたこれでいいのかしら。あっさりしすぎててわざわざ狂言誘拐なんてした意味ないんじゃなくて? これだと」
 ――唐突に、さらりと。


「って!! おい! いきなりバラすか!?」
 魔理沙が目を見開いて、紫に噛み付く。
「……狂言誘拐?」
 霊夢が、ぱちぱちと瞬きをしてみせる。
 魔理沙の表情を伺って。
「あら、バラしちゃいけないなんて契約結んだ覚えはないけど」
「くっ……!? それは一理ある! なら仕方ない!」
「仕方ないんだ……」
 じっとり。
 冷ややかに、隣で椅子に座る魔女を見下ろし。
 紫は知らん顔で状況を見つめている。
「まあ、そんなとこだろうなあと思ってはいたけど。魔理沙が簡単に後れを取るとは思わないし、こうやって縛られて大人しくしてるのも不自然だし」
「はは……さすが霊夢だ。私のことは何でもわかってるということだな。やはり愛の力は偉大だぜ」
「愛でも何でもいいんだけど。で、わざわざこんなこと企んで何がしたかったのかしら。私がボロボロにやられるところでも見てみたかった?」
「はは、まさか――」
 霊夢がボロボロに負けるところなんて、想像のしようも――
 想像の――

 『やだ……もう、こないで……!』
  うっすらと涙目で懇願し、敵を見上げる霊夢。荒い息を吐きながら、地面に這いつくばってなんとか逃れようとする。
  自慢の巫女服はそこらじゅうが切り裂かれ、既に原型を留めていない。途中からすっぱり切り落とされ、あるいは裂け目ができ、その裏から白くまぶしい肌が露出している。衣服としての役割を果たしていない。
  はあ、はあ……
  流れる汗、滲む赤い血。肌を伝って地面に滴り落ちる雫。
 『た……助けて……』
  その惨めな姿は、しかし、それ故に、美しく。
  布切れの隙間から覗かせる身体が、攻撃者を、ますます興奮させるばかり。
  その声も、表情も、息も、身体も……言葉に反して、まるで攻撃を誘うかのよう。あまりに魅惑的で、人を惑わせる……
 『あ……や、やだ……』

「ぶっ」
 してしまった。
 慌てて、鼻を押さえる。何故かはあえて説明しない。
 ――霊夢の視線の温度が、ますます下がる。
「へえ」
「い、いや、今のは誤解だぜ。私が霊夢にそんな酷いことをするわけがないじゃないか!」
「そうね。それじゃ立場が逆だもの」
「ぎゃ、逆はアリなのか。……む……しかし、それはそれで……」
 何故かちょっとドキドキしてみたり。
 重症。
 霊夢は、んー……と呟いて、指を紫のほうに向ける。
「ねえ、紫。今からどれくらい知り合い呼べるかしら?」
「ん? 私はあんまり友達いないわよ」
「そう。ギャラリーが多ければ多いほど、ダメージ大きいのよねー……あれ」
 魔理沙をちら、と見て。
 紫はすぐにピンときて、身を乗り出す。
「全力で集めさせてもらうわ。少しだけ待っててくれるかしら?」
「オーケー」
 契約成立。
 紫はそれだけ言い残すと、一瞬にして姿を消した。
 ひゅるり。残されたのは、霊夢と魔理沙。あと倒れている藍とまだ放心状態の橙。
「あー……なんか、もしかして不穏な会話してないか? いやおそらく私の気の迷いというか聞き間違いのようなものだと思うんだが」
「魔理沙」
「……はい」
 ぴと。
 霊夢は、魔理沙の座る椅子と、そのロープに、何気ない動作でお札を貼る。
「え?」
「これで演技でもなんでもなくて、身動き取れないはずだから。魔法も使えないわよ」
「……………………げ。マジだ」
 本気で焦る。
 たったお札一枚で。まったく何も動けない。
 霊夢は、その反応に、満足そうに微笑む。とても優しい笑顔。
「す――――――っごく恥ずかしいかもしれないけど、痛いのは少しだけだから、安心してね」
 まるで天使のスマイル。
 きっと霊夢が最強でいられる理由はここにある。そんなことを、魔理沙は思っていたのだった。













 新しい自分を発見してしまった日。
「あああ……凄かった……♪」
 まだ、じくじくと痛むような疼くような感覚が残っている。
 今日は眠れないかもしれない。
 最後は何故か呆れたような霊夢の冷たい視線が。あの視線が!
「霊夢、霊夢、霊夢……!」
 はあ、はあ……
 ごろごろごろごろごろ。
 がしゃん。


 その日のカレンダーには、赤いペンでハートマークが描かれた。








【あとがけ】

 なんだかんだでとてもお待たせしてしましました。
 誰ですか次に書くのはいちゃいちゃラブラブの話だって言ってたの!
 何ですかこの話! めー!


 ……ごめんなさいごめんなさい。
 いやはや。難しいですね☆


 キャラが違うー! とか色々ありそうですが、まだまだ試行錯誤中です><
 がんばります。はふん