魔法使いとは、魔法を使う者の総称ではない。魔法を武器とし、魔法を追求し、魔法によって生きる者のことだ。
 魔法使いは、必然に研究と鍛錬を要求される。人を超える力を持ち、それをもって生きることは自動的に敵を多く作ることになる。否応無く危険に巻き込まれることになる。多くの力を持てば、それだけ多くのことを要求される。
 故に自らを守ること、どんな状況でも道を切り開き生き抜く力を得ることが魔法使いとしての第一条件であり、それができない魔法使いというのは存在自体が矛盾している。
 まして。
 わずかの間だけ知り合いだった他人のために、自らの魔法によって命を犠牲にするなど、決して魔法使いなどではあり得ない。








  魔法使いのロジック【恋】








「魔法が結合したか……参ったね」
 魔力を遮断する結界から、攻撃を受けないぎりぎりの距離に再び陣取る。
 人間の正体も、人間から放たれる膨大な魔力の意味も、いずれも明らかになった。ここから、対策を考えなければならない。
「何かわかったの?」
 後方から、霊夢が尋ねる。
 魔理沙は、軽く頷く。
「ああ、わかった。スマートな解決法は無さそうだってことがな」




 悟は、魔理沙に渡したお守りに、自らの生命を接続した。そして、お守りには、魔理沙の危機を察知して生命接続を移しなおす魔法を仕掛けておいた。
 このとき、魔理沙からお守り、そして悟へと変則的な形で呪いが連鎖する状態になった。
 剣によるダメージは、魔理沙からお守りへと繋がり、お守りからそのまま悟へと通じて悟の命を奪った。
 しかしもう一つこのとき、魔理沙に危害を加えるものがあった。剣が体内に残ったにもかかわらず魔理沙の命が奪われなかったことによって、体の中に剣から入り込んできた魔力。本来魔力はダメージとして考えられるものではないが、その量が過剰となれば話は違う。魔理沙が一瞬その魔力の量に苦痛を感じた瞬間から、呪いは再び発動し、過剰な魔力はお守りへと流れた。
 そして、お守りにとってみれば、その過剰な魔力はダメージには相当しなかった。故に、魔力は悟にまで流れずここで止まる。すなわち、お守りの中に多量の魔力が蓄積されたまま残った。
 さらにやっかいなことに、このときの悟の呪いの魔法と、魔力を吸うという剣の能力が「結合」した。お守りは、魔理沙を守るように魔力を吸い上げたが、役割を終えてもなおその能力をそのまま残してしまったのだ。
 お守りは、悟と一緒に墓に埋められた。――魔力の発生源たる、薬草草原の中に設けた墓に。
 おそらくお守りは長い時間をかけてゆっくりと魔力を吸い上げていったのだろう。周囲の環境には影響を及ぼさない程度の量を、少しずつ、しかし着実に。


 本来、悟は死者の世界に来られる身分ではない。
 呪いによって殺された者は、霊としてもどこかに障害を残している危険性が高い。死者の世界でも危険な存在になり得る。通常の死を迎えた者は、死者の世界への道が開かれ導かれるが、障害を持つ可能性の高い霊は招待されない。生物の世界と死者の世界のどちらでもない、暗黒の中間世界を永遠に彷徨うことになる。
 悟も、おそらく中間世界に閉じ込められたはずだ。本来ならば、ずっと、永遠に。死者の世界への扉が改めて開かれることなど決してあり得ない。
 それなのに今ここにいるということは、考えられる可能性は一つ。彼はまた、境界を越えてきたのだ。”魔力の流れ”を読んで――中間世界と、死者の世界の境界を、自らの能力のみで見つけ出して。中間世界ではあらゆる力が無効化されるはずだったが、この能力は受動的であるが故に無効化されなかった。


 中間世界を彷徨った期間があった。
 そして悟は、死者の世界へと辿りついた。
 この瞬間から、それまでずっと悟のお守りに吸い上げられてきた魔力が”有効化”された――




 かいつまんだ状況説明を聞いた霊夢は、ふーんと生返事を返して、軽く首を傾げた。
「よくそのお守り、そんな無茶な魔力吸って壊れないでいられるわね」
「……む。確かに、考えてみればとんでもないな」
「思ったよりも頑丈ねえ。もうちょっとうまく作れば商売になるかしら」
「ああ、あれだけ凄いものならな――って……今、なんか、変なこと聞いた気がする……が?」
「んーとね」
 霊夢は指を口元にあてて、思い出すように上を見上げる仕草を見せる。
「お客さんなんて滅多に来ないから、なんとなく覚えてるのよね。どれくらい前だったかしら……人間界の男の子が来て、神社に妙に感激してたみたいで。なんだか新鮮でねー。せっかくだからちょうど何かに使えるかなって試作中だったお守り一個、あげちゃったんだけど」
「……」
「結構凄いのね。こんな魔力溜め込んでも平気なのね」
「……霊夢の……か……」
 冷や汗。
 たまに本気で、隣のこの巫女が何者なのかわからなくなることがある。
 どこまでも、底が知れない。
「ま、それがわかったところで、この問題の解決に役に立つわけじゃないけど」
 しかも結論は、哀しいものだった。


 解決策は。お守りを壊してしまうことだ。魔力を運んできているのはそのお守りの力である。
 ただし、これだけですぐに終わるものでもない。お守りを壊すのは、それ以上の魔力の補給を防ぐ手段であって、すでにこの世界に運ばれてきている魔力が消えるわけではない。
 すでに爆発的な量が持ち込まれている魔力は、別の手段でなんとかしなければいけない。

「人間! 聞こえるな?」
「……は、はい」
「今、お守りを身に着けてるだろ? そいつを外せるか」
「……え……見えるんですか? 確かに、着けてます……」
 驚いたような声。
 ――改めて聞いてみると、確かに、彼の声だった。
 また耳にする機会があるとは思いもしなかった。まして、こんな形で。
 魔理沙は、ほんの少しだけ、顔を伏せた。霊夢にも気付かれない程度に。
「――外せるか?」
 声のトーンは変えないように。
 返事は、しばらくの間をおいてから、やってきた。
「無理、みたいです。……その、外そうとすると、手が動かなくて……」
「……そうか。同化してるか、やっぱり……わかった、仕方ない」
 できるだけ。
 暗い声にならないように。
「これが、どうかしたんですか? これが……原因なんですか?」
「まあ、そうなんだが……そう単純でもない」
 予想はついていたことだった。
 お守りから魔力が発生しているのなら、真っ先に巻き込まれて壊れるのは悟本人のはずだった。しかし本人は壊れていない。そして自分の中から確かに魔力が発生していると感じているようだ。それならば、考えられる可能性は一つ。既にお守りと悟は一体化している。それが、死んだ瞬間からなのか、この世界に来た瞬間からなのかは不明だが。
 つまり、お守りを壊すということは――
 くい、と帽子を下げて、深めに被る。


「霊夢、頼みたいことがある。結構重大な役割なんだが、引き受けてくれてありがとう助かるぜ」
「………………まあ、いいけど」
 無茶な魔理沙の頼み方にも、霊夢は少し呆れ顔の苦笑を返すだけで、頷いた。
 なんとなく、予想はついているのだろう。
「じゃあ、遠慮なくやるから、頑張って生きてくれ」
「説明不足にもほどがあるでしょ」
「予想はつくだろ?」
「まあ……」
 軽くため息。
 魔理沙はびしっと親指を立ててみせる。幸運を祈る。




 再び突入の準備。
 3度目の突入は無い。ここで一気に終わらせる。霊夢には少しだけ後方に控えてもらう。
 すう……と、深く息を吸う。
「なあ、人間」
 声を届かせる。
「はい」
「あんたの名前は、悟だ。魔法使いを目指してた人間だ。覚えてるか?」
「……え――」
 少年の声が、そこで、止まった。
 ただ驚いただけというには、長い沈黙。十数秒も経っただろうかという頃に、ようやく返事は返ってきた。
「……わかりません。あなたは……あなたは僕のことを知っているんですね!?」
「ま、そこで見てな。これから魔法使いの底力を見せてやるぜ。感動で泣きすぎて脱水症状になるなよ?」
「え?」
 ここで、声の道を閉じる。彼の声はもう届かない。
 体を沈めて。
 一気に、一気に加速して、突入した。








 以前に、狩の練習を手伝ったことがあった。
 悟の弱点は、あまりの駆け引きの無さだった。一言で言えば。
 もちろん、必然のことではあった。攻撃魔法が使えるようになったからといって、狩や戦いのセンスが身につくわけではない。
「魔法の数は増えても――変わってないな!」
 結界の攻撃、すなわち悟の無意識による攻撃もまた、かつての悟のものである。
 どこまでも真っ直ぐに、撃った時点で魔理沙がいた場所にしか攻撃が飛ばない。ただ手数が膨大に増えていて現実的に隙間がほとんどなくなっているだけのことだ。
 圧倒的な攻撃の量であることに変わりはないが、攻略法があるのとないのとではまったく話が違う。

 どこからともなく同時に、あらゆる方向から迫る閃光弾。
 構わず真っ直ぐ飛び続ける。決して速度は落とさない。視界に入れるのは真正面のものだけでいい。
 真正面からの攻撃が当たりそうなぎりぎりまで来たところで、初めて体をひねってそれを掠るようにして避ける。タイミング的に間に合わなくて帽子や服に触れることもある。直撃さえしなければいい。避けたら、隙間を目指して少しだけ位置を変える。方向を変える。これで、真後ろから来ていたはずの閃光を避ける。
 これを繰り返すだけ。攻撃パターンが一度くるたびに方向と位置を変えながら、とにかく高速で飛び続ける。
 中には予想不可能な位置から発射される魔法弾もあり、直撃しかけることもあった。
 これは、当たるのは仕方がない。だが、致命傷にはしない。最後の一瞬で動いて、腕や足を削る程度のダメージに抑える。触れたところから鋭い痛みが全身に走る。痛みで隙を作るわけにはいかない。歯を食いしばって、耐え切る。飛び続ける。
 止まれば死ぬ。どこまでも生み出される魔法弾の中を、ぎりぎりで潜っていく。

 もう一つの救いは、攻撃の種類が、魔理沙が教えた数だけしかあり得ないということだった。入門書に載っているような魔法か、魔理沙が直接見せたもの。そのどちらかしか来ない。当時の魔理沙が苦手としていた、途中で方向が変わるような複雑な制御の魔法は絶対に来ないと確信できる。
 精密さと高速さを兼ね備えた動きで、隙間を縫い続ける。
 閃光が降る。
 星が降る。
 その攻撃は単純で何の計算もなく、ただ、発射位置が不定で、数が圧倒的に多い。
 魔理沙にとってはいわば狂気化した自らの魔法との勝負だ。それならば、負けるわけにはいかない。

 ただ、延々と避け続け前進し続けるだけの勝負が続く。そう長くはない。魔力遮断結界までの距離は、もうあと少しだ。
 魔理沙の周囲に3色の星が一気に浮かび上がってくる。大きいものと、小さいものと。
「来たか」
 それは、かつて魔理沙が悟に見せたとっておきの魔法。
 美しい天の川の外観と、自動的に詰むように計算され発射される戦略性を兼ね備えた、今でも魔理沙の得意技の一つ。
「だが、見た目だけ真似したところで、私には勝てないぜ」
 ミルキーウエイが、流星群となって魔理沙に襲い掛かる。
「それは、私の魔法じゃない!」
 大きな星の間をぎりぎりで抜ける。そこに小さな星があるが、これはもう体の端に当たるくらいでも構わない。無傷で抜けようと思うと詰んでしまう。重い衝撃に表情を一瞬歪めるが、それだけ。手当てなどしない。
 目がちかちかするほどの原色の波。慣れていなければ、これを見ているだけで脳が混乱してくるかもしれない。だが、魔理沙には関係ない。
 輝く星の間を抜けて、上昇して、小さな星の群れから脱出し、最後の一列になる大きな星の列の隙間を抜ける。
 目下を、美しい人工の天の川が流れていった。
 これで、魔理沙の勝ち。

 悟には、魔理沙の最高の魔法は教えていない。
 当たり前のことだった。その魔法が生まれたときには、既に彼の命は失われていたのだ。彼の犠牲をもとに生まれた魔法だ。
 この場面で、それがやってこないというのは幸運だった。魔力が無制限にあるような状況で、それだけは完全に対処の仕様がない。魔理沙自身にとっても、自分の魔法の中でもっとも戦いたくないものは何かと考えれば、それ以外にはあり得なかった。
 閃光弾のようなもの。似て異なるもの。あるいは、まったくの別物。
 彼にこの魔法を教えてやるのが、せめてもの礼になるのではないか。そんなことを思う。
 星が飛んでくる。この時点において、もはやそれは障害物になり得ない。
 魔理沙はここまで、結局一度も速度を落とさなかった。何発かの弾を手足に受けたが、命は守りきった。火傷はそこらじゅうにしている。骨くらいは折れているかもしれない。だが、それでいい。命との引き換えならば、安い。
 もう結界は目の前だ。このまま飛んで突入する。
 運動神経と度胸の勝負は、ここまでで終わり。
 そして、ここからは、精神力と根性の勝負。
「行くぜ」


 魔力を遮断する結界の境界線を。
 作られて以来、初めて人がそこを通過した。
 圧倒的な速度で――




 覚悟を決めてはいたが、まさに想像を絶する魔力密度だった。
「ぐ……あぁ……ッ!」
 ほんの僅かでも気を抜けば、体が内側から破裂してしまいそうな、圧力。
 精一杯の力で飛び続けながら、可能な限りの魔力を受け流していく。しかし、まったく追いつかない。
 どこまでも容赦なく攻め入ってくる魔力。
 血が沸騰するかのような感覚。
 四肢を引き裂かれるような感覚。
 皮膚の上から無数の針が刺されるような感覚。
 体中に通う神経という神経が全て力任せに引っ張られるような感覚。
 脳の電気信号が全てランダムに書き換えられていくような混乱。
 魔力が、あらゆる手段をもって魔理沙を壊そうとしている。逃げ道の無い攻撃を、どこまでも浴びせかけている。
 視界が一瞬暗転する。すぐに意識を取り戻して耐え切る。一瞬でも力を抜くと、終わりだ。ノイズ混じりの視界を、必死で繋ぎとめる。
「ぁ……ふ……」
 呼吸もまともにできない。
 それでも飛び続ける。速度を緩めない。
 飛ぶ。飛び続ける。
 圧力に耐え切れず、ぴし、とどこかが裂けたような非現実的な音がした。構わず進み続ける。確認する余裕など無い。
 ぴし。
 気にしない。
 ぴし。ぴし。ぴし。
 構わない。
 ぴし。ぴし。ぴし。ぴし。ぴし。ぴし。
 構うものか――!
 常に全身に走り続ける激痛に紛れて、どこがどうなっているのかなどまるでわからない。もしかしたら腕の一本もなくなっているかもしれない。だとしたところで、今更止まるものか。動く部分が残る限り、到達してみせる。
 視界に悟の顔がはっきりと見えてくる。急速に近づいていく。同時に視界が薄くなっていく。ぎりぎりの勝負だ。
 速く。限界まで――限界より速く。
 彼に、見せなければいけない。
 魔法使いに、絶望など存在しないということを。どんな状況であろうとも、どんな不可能であろうとも。




 そして。
 ほぼ全身の感覚が失われる頃、彼のもとに辿りつく。
 悟のもとに、慎重に、地面に降り立つ。
 ふらり――
「くっ」
 地面に降り立った瞬間崩れそうになった体を、間一髪で立て直す。額からは滝のように流れ落ちる汗。
 汗に混じるように、手足を伝って血が筋を作って流れ落ちていく。
 だが、そんなものを気にしている余裕などない。
「……だ、だい……大丈夫、なわけ、ないです! ど……どうして、こんな、無茶――」
 声が聞こえる。姿はぼんやりとしか見えない。
 それでもわかる。そこにいるのは間違いなく、かつて、2ヶ月間、一緒に過ごした魔法使いの生徒だった。
「うるさい、黙れ……泣きそうな顔してるんじゃないっての……泣きたいのはこっちだぜ」
「で、でも!」
「黙れ、とりあえず話を聞け! いいか教えてやる、あんたは私の弟子だった人間だ。今から私の言う通りにしろ。本番一発の特別授業だ、失敗するな」
 魔理沙が必死の声を出して言う言葉に、悟は、はっと息を飲んだ。
 何かを言いたそうに一瞬口を開きかけるが――止める。
 そして、表情を切り替えて、はっきりと頷いた。
 魔理沙は俯いたまま不適に笑って、悟に応える。
「いいか、こうして手を――」
 悟の隣に並んで、右手を前に突き出そうとして。
 ……上がらなかった。
 運動神経が切れているのかもしれない。ち、と心の中だけで舌打ちする。
「こうですか?」
 ――すっ、と。魔理沙の手を悟がゆっくり持ち上げる。魔理沙の手が動かない事実が伝わったかのように。そして魔理沙が何をしようとしたのかを知っていたかのように。
 魔理沙の手を持ち上げながら、悟も同じように反対側の手を突き出す。
「よし。魔力を、手を突き出してる先に集めろ。イメージだ。とにかくそこに固めるイメージで集めていけ。ゆっくりでいい。魔力の流れを読むのは、得意だろ?」
「……は、はい。やってみます」
 探知できることと、制御できることは、繋がりのあることではあるが、同じことではない。
 魔理沙の言い分は無茶なところがあったが、知った上で言い切った。
 今は余計なことを考えている時間など無いのだ。やるしかない状況なのだから。
 魔理沙は、いつも通り――いつもよりさらに強く、自らの中から、そして周囲から、魔力を一気に集中させていく。集中させるまでも無く既にそこらじゅうの魔力の密度がいつも集中させたときとほぼ変わらないレベルになっているが、それをさらにさらに、思い切り濃縮させる。
 反発力で体が吹き飛ばされそうになるのを、堪える。これでもまだ足りない。全然集まっていない。
 隣では悟が、魔理沙のやっていることを「見よう見まね」で挑戦していた。魔力を集める作業など、本来目に見えるものではないが、悟にとってだけは、事実見て真似をすることが可能なものだった。
 悟にとっては魔理沙より有利な点が一つある。この濃密な魔力に身を苦しめられることがなく、集中して作業を行えることだ。
 悟が魔力を集めていくのを確認して、魔理沙は頷いてから自分の作業に集中する。魔理沙にはもう時間の余裕はない。体が爆発して吹き飛ぶまで待つわけにはいかない。
「いいか、今から教えるのは、前には教えられなかった最強の魔法だ」
「はい……!」
「純粋な魔法の破壊力ってものを……教えてやる! 集めろ! もっと!」
「はい!」
 魔力が、目の前で膨れあがる。魔力の源でしか存在し得ないほどのレベルまで圧縮される。魔理沙はもう究極まで圧縮した。悟はまだ少し手間取っているが、それでも少しずつ魔力を吸い上げていっている。
 初期段階としては、もう、いいだろう。魔理沙の身が爆発する前に。
「……今から撃つ。方向は、このままだ。そして、撃ってからもずっと魔力を集中し続けろ! ずっとだ!」
「はい……っ」
「しっかり見てろ――!!」




 一気に。
 解き放った。

 圧倒的な魔力の奔流本流。
 圧倒的な破壊力。
 通り道の全てを破壊しつくすかのように、白い閃光が狂ったように走っていく。世界を揺らしながら。
 周囲の魔力を際限なく吸い込んで、全てを破壊力に変換していく。純粋に破壊のための魔法。魔力がそこにある限り、どこまでも続く。




 マスタースパーク。
 幻想郷最強の魔法だ。








「……っどんだけ、無茶言うのよあいつはっ!!」
 無比なる破壊の塊が迫る方向。
 その真正面に、霊夢はいた。
 ふわふわと少しだけ浮き上がりながら、霊夢は一度悪態をついてから、すっと一気に息を吸った。
 自らを中心に、東西南北。瞬時に、4つの光が霊夢を包み込む。4つの光は隣同士で結びつき、狂いの無い綺麗な正方形を描く。
 さらに東西南北の間をそれぞれ二分割して、少し遠い距離に4箇所。同じように大きな正方形。
 範囲は小さいが、無敵の結界。この世界で霊夢だけが使うことを許された、他の誰もがその正体を探ることもできない――二重結界。
 破壊の波が届く直前に、結界に命を通わせる。
 無敵の結界とは呼ぶものの、本当に言葉どおり絶対の無敵が保証されるわけではない。かつてこの結界が生み出されて以降、このような破壊魔法を受け止めた経験などなかった。
 頼まれていなければ、当然こんな命がけの耐久試験など行う気はなく、さっさと逃げていたのだが――
 結界の端に破壊魔法が触れる。
 その瞬間、落雷のような轟音が霊夢の周囲を包み込む。同時に、巨大な地震のような振動。浮いているにも関わらず。
「死んだら、永遠に呪うわよ……!」
 霊夢は、届くはずも無い声を張り上げながら、再度結界に命を吹き込んだ。
 この場で、この破壊を全て受け止めて吸収してしまうために。




「どうだ、凄い魔法だろ?」
 魔理沙自身も経験したことの無いほどの魔力集中と、破壊への転換。
 魔力をそれはもう贅沢に消費していくが、なお周囲の魔力は無尽蔵なほどに多い。
「は、はい……で……でも、これじゃ、世界を壊してしまいます……!」
「ああ。大丈夫だ。見えるだろ? この魔法も外側の結界までは届いてない。その手前に、最高の壁があるからな」
 霊夢が聞いていたら確実に怒るだろう表現で、まだ心配そうに遠慮がちな悟の背中を押す。
「だから、もっとやれ。この魔力を全部使い果たすんだ。遠慮してたら終わらないぜ」
「あ――」
 やっと、悟も、魔理沙がこの魔法を撃った意味を理解する。
 ……よくは見えないが、なにやら呆然とした表情をしている。
「……ち……力任せな解決法ですね、思い切り……」
「魔法ってのはな、そんなスマートなものじゃない。しっかり覚えておけ」
「……うう」
「ほら、景気よく行こうぜ。こんなに遠慮なく魔力を使いまくれる機会なんて二度とないからな!」
 撃って。
 撃って。
 さらに撃つ。




「あああああああああああ」
 がんがんがん、と世界が激しく揺さぶられる。雷の勢いはますます増す。天変地異が一気に襲い掛かってきたかのような衝撃と恐怖。
 霊夢は半泣きになりながら、さらに勢いを増した白い閃光を必死に受け止め続ける。
 もう、根性と魔理沙に恨みの言葉を言うことへの思いだけで気張っている状態だ。
 恐ろしいのは、二重結界の耐久時間だった。無敵の結界ではあるが、唯一の弱点が、有効時間の短さである。この二重結界にひたすら命を通わせながら、さらに次の結界を継ぎ目無く発生させるための準備も同時に行わなければならない。そんな事は過去一度もやったことがない。もっとも、それを言えば、霊夢は今までやったことのないようなことを天才的センスでずっとやり続けてきて、今があるのだが――
 何も、こんな命の極限状態で新しい自分を試したくはなかった。




「っ……だんだん、できるようになってきました!」
「よし、さすが私の弟子だ。上出来だ」
「ありがとうございます! この魔法、名前はなんて言うんですか?」
「マスタースパークだ。……いや、ここまでいくと、もうマスタースパークとも別物だな。次元が一つ違う。外側の魔力まで巻き込んで――なんてのは、初めてだ。よし、せっかくだ、今のうちに名前考えるか」
「マスタースパーク……その上位版、ということで、マスタースパーク改、とか」
「英語と日本語が混ざるのはあんまり語感が良くないぜ。それに、改良なんて話じゃないからな。これは、究極だ。極限だ」
「あるてぃめっと? りみっと?」
「――語感」
「……うーん、それなら……」
「それなら?」
「ファイナルスパーク、なんて、どうでしょう?」




「まだ!? まだなの!?」
 いい加減気が狂いそうになってきていた。目が回る。ぐるぐる。
 魔理沙を呪う魔理沙を呪う魔理沙を呪う……と心の中で唱え続けることだけが、気を奮い立たせる唯一の手段。
 このときの霊夢には知る由も無かった。
 実際、まだ、折り返し地点にも来ていないという事実を――








 あれほど溢れかえっていた魔力が、見事なくらい消え失せていた。
 実に数分間に及ぶ破壊魔法の放出によって、歴史上最大の魔力の無駄遣いが、こうして、終わった。
 ――魔力を遮断していた結界は、同時に、消失した。
「あ……ははははは……」
 魔理沙は乾いた声で笑う。
 ふらり。体が後ろに倒れ落ちる。もう、何の抑えも効かない。
 それを、倒れる前にしっかりと背中を支えたのが、悟の手だった。もはやまったく力の入らない身を、完全に悟に預ける形になる。
 圧倒的な熱量で、流れ出ていた血は、全て乾ききっていた。血筋の痕だけが体中に残っている。
 おそらく無数の切り傷か擦り傷かよくわからないものが全身至るところにできている。あとで、余裕があるうちに治しておかなければいけない。かなりの苦労を伴うだろうが、どれだけ時間をかけてもやりとげる。体の傷痕など、絶対に残してはいけないのだ――女の子、なのだから。
 そんなことを自分で考えながら、もう一度力の入らない苦笑いを浮かべる。
「……本当、無茶苦茶だな」
「本人が言わないでください……」
「まあ……無茶苦茶だろうと、結果を出してしまえば勝ちだってことさ」
 真後ろから悟の声。背の低い魔理沙にとっては、上の方から声が聞こえるような感じにもなる。
 背中を支える手が、暖かい。
 ほとんどの感覚が消えていたが、それだけは微かに感じられた。

「――少しだけ、思い出しました」
 幾分落ち着きを取り戻した声が。
「お? なんだ、私の偉大さをか?」
「とても幸せな日々があったこと、です……素敵な魔法使いの方と一緒に」
「……そうか」
「はい」
 かつての悟の声と、死者の世界で聞いた悟の声。最大の違いは、そこに込められた、無意味にさえ思えるほどの確信した思いの強さだった。
 今聞く声からは、その差がなくなりつつある。
 背中の手に、少しだけ力が入っているような気がした。
「それと、出会ってから僅かの間だったのに、その方のことが、どうしようもなく大好きになっていたこと」
「ああ。よく聞いた単語だぜ」
「――僕は、あなたのこと、何て呼んでましたか?」
「麗しの魔理沙様」
「そうですか。それでは、麗しの魔理沙様」
「だああっ! 冗談だ、冗談……ったく、人は死んでも変わらないな……あー言うんじゃなかった恥ずかしい……あー、先生って呼んでたな」
「はい、わかりました。それでは――先生」
「おう」
「このまま、抱きしめてもいいですか?」
 ――声ばかりで、その姿は見えないが。
 きっと、微笑みながら言っているのだろう。かつてのように。こんな言葉を、笑顔で、平気で。
 はは……、と、魔理沙は小さく笑って。
「それが未練で成仏できませんでした、とか言うんじゃないだろな?」
「あはは……意外に、そうかもしれませんねー」
「……一応確認しておくが、私は死人には興味はないからな」
「それは、残念です」
「――はあ。まあ、どうせ今の私は自分で立つこともできない、何も出来ない体だ。好きにしろ……」
「凄い台詞ですね」
「……思っても、言うな」
 背中を支えていた手が、そっと、魔理沙の両腕を包み込む。
 魔理沙の肩が、悟の背中に触れる。
 温かく輝き続けるお守りが、魔理沙の背中に軽く触れた。

 そのまま、しばらく、そっと。
 そして、ただ、それだけ。
 触れ合う体から、脈動が伝わることは、ない。

「……ありがとうございます」
「ん? これだけでいいのか? 無欲だな」
「……あはは……」
 すっと、体が背中から離れる。
 未だに熱を帯びているお守りと一緒に。
「あまり、ゆっくりしているわけにもいかないんでしょう?」
 落ち着いた声が聞こえてくる。
 ――どこまで理解しているのか。
「そうだな。その通りだ」
 お守りからは、まだゆっくりと、魔力が漏れ出ているのだから。周囲の魔力密度を上げていくほどではないが、魔理沙や悟の体には魔力が次々に補充されていっている。
 もちろん、もうすぐにでも先程までのような惨状になるというわけではないのだが。
 魔理沙は、ゆっくりと深呼吸をして、息を整える。
「私の手を持って、動かしてくれ」
「はい」
 魔理沙の右手を、悟がゆっくりと支えるようにして、持ち上げる。
「この手を使えば、お守りは外せるはずだ」
 例え手を動かしているのが悟の意思であろうとも、手は魔理沙の手だ。
 自らの意思では外れないお守りでも、これでなんとかなってしまう。もちろん、魔理沙が自分の意思で体を動かせたならこんなややこしいことなどする必要はない。
 動かしやすいように、悟は魔理沙の正面にまわる。目が合う。このときになってようやく、魔理沙は悟の顔を初めてゆっくりと見ることができた。以前と変わらない姿が、確かにそこにあった。
 悟は魔理沙の手首を、優しく持ち上げる。姫をエスコートする騎士のように、恭しく。
 魔理沙の手が動かされ、指がお守りの紐に引っかかる。
 紐をそのまま持ち上げるように手が動いて――
 お守りは、するりと、悟の体から離れた。




 ふわふわと、お守りが宙を舞う。
 一度悟の体から離れてしまえば、あとは魔理沙の思い通りに動かすことができる。手足が動かなくとも問題は無い。魔法使いなのだから。
 これからが、最後の仕上げ。
 死者の世界を広く巻き込んだ大事件の元を断つための、最後の仕事。
「悟。また、私の後ろに戻ってくれ」
「はい」
 再び、悟は魔理沙の背中に回る。魔理沙の体が倒れないようにしっかり支えながら。
 空を飛ぶお守りが、二人から離れて飛んでいく。魔理沙のコントロールどおりに。
 そして、少し離れたところで、宙に留まる。
「魔法使いなら、当然、最後は自分の力で終わらせないとな」
「はい!」
「……元気な返事だ。らしくなったぜ」
 魔理沙は微笑む。帽子に隠れた後姿では、悟には見えないだろうけど。


 今回の事件。どこが始まりだったのか。多くの現象が絡み合った。元を辿れば、悟が幻想郷に来なければこんな事件は起きなかったとも言える。あの夜の人間が魔力を吸収する剣など見つけていなければこんな状況にはならなかったとも言える。魔理沙が悟の警告通りあの日動かなければ回避できていたかもしれないとも言える。
 それでも確実なことは。
 このお守りを壊してしまえば、全てが終わるという事実だけだった。
「本当は……もっと、こうしていられれば、もっと先生と一緒にいられれば……もっともっと、話ができれば、さらに幸せなんですけどね」
 ぽつり、小さな声で呟いた、悟。
「は。せっかくここは格好つける場面だぜ。そういうことは、思ってても言わないもんだろ?」
「言わないと通じないかもしれませんし。それじゃ寂しいじゃないですか」
「……っとに、どこまでもストレートな奴だ。ひとつ警告してやるが、悟は、魔法使いには向いていない」
「僕も、そう思いました」
 与えられた時間は、そう多くは無い。
 もとより、お守りを外した時点でもう、悟の存在は本来、半分終了している。
 透明な声が、世界に広がる。
「こんな時に、思い出してしまうんですから。魔法のことじゃないことを。あの時、僕は、死ぬのは怖くありませんでした。ただ、もう会えないと思うとそれが寂しくて、泣いてしまいそうでした。最後は、ちゃんと、笑顔ができていたと思います。頑張ったんですよ」
「……ああ、頑張ってたな」
「今も結構必死です」
「ああ。本当に魔法使いには向いていない。機会があれば、ちゃんと別の道を探せ」
「――でも、魔法使いは、素敵ですから。僕は、なれませんでしたけど」
「そんなに素敵か?」
「先生が魔法使いである限りは」
「はは……」
 どこまで真っ直ぐなのか。
 その言葉が曲げられるのを、魔理沙は、聞いたことがない。
 それが、とても気持ちいい。

「先生」
「ん?」
「やっぱり、最後は格好つけていきます。ほら、男ですし」
「おお、そういえば男だったか。忘れてたぜ」
「あはは」
 悟の両手が、魔理沙の肩を包み込む。
 優しく、弱く。
 ほとんど残っていない感覚で、魔理沙は、その手が微かに震えていることを知った。

「――魔法使い見習い、悟は、今日、先生のもとを卒業します。先生、ありがとうございました!」
 それは、死者の世界で会って以来、一番元気な声で。
 魔理沙は、目を閉じて、しっかりと頷いて応えた。


 ぴたり。ふわふわと浮いていたお守りが、一点で完全に静止した。
 もう一度、しっかりと息を整えて。
 今の魔理沙に出せる一番綺麗な声になるように。
「霧雨魔理沙の一番弟子、悟に卒業試験を課する。あれを――」
 まだ魔力を放ち続けるお守りをしっかりと見据えて。

 ほんの一瞬の躊躇の後。
 決定的な言葉を解き放った。
「撃て!」


 魔力が一瞬にして凝縮される。
 その濃度も、速度も、正確さも、魔理沙に比べるとあまりに未熟で未完成ではあったが。
 それは間違いなく魔理沙のマスタースパークだった。
 放たれる。
 白い破壊の象徴が、お守りに向かって真っ直ぐに。


 お守りは、一瞬の抵抗もなく閃光に飲み込まれ、消失した。








「……合格だ」
「ありがとうございます」
 背中を支える手から、力が失われる。
 魔理沙の体が、まるで眠る子供を優しく横たえるように、少しずつ下がっていく。
 静寂の世界。まだ僅かに残る、魔理沙以外の存在の気配。
「一つ、大切なことを教えてやろう」
「はい」
「魔法は、不可能を打破するための力だ。だが、魔法には絶対に不可能なことが二つだけある。――死者を生き返らせることと、人を幸せにすることだ」
「……それは、おかしいですよ。だって僕は……幸せでした。先生と一緒にいられた日々が、何よりも」
「なあ、悟」
 魔理沙は、ふわふわと空気に支えられるような心地いい感覚の中。
 優しい声で、言った。
「それは、魔法は関係ないだろ?」
 返事は、少し遅れて。
 ほんの少しだけ、空気の流れが変わったような気がして。
「そうでした。うっかりしてました」
 あはは、とお馴染みの笑い声が続く。
「それじゃ、言い直したほうがいいですね」
「何をだ?」
「恋って、素敵ですよね」
「……あんたは、本当に、ストレート馬鹿だ」
 魔理沙の視界には、暗い空しか映らない。
 彼の存在を確かめるものは、空気のようにまだ魔理沙を包み込む感覚と、この声だけ。
「だが、そいつは正解だ」
 それも。
 急速に萎んでいって。
 朝靄が一気に晴れていくように、現実が近づいてきて。
 最後に、指先のようなものが髪を撫で上げたような気がした。

「先生、大好きな先生」
「ありがとうございました」
「最後もこんなに、僕は」

 すう――っと、周囲に漂っていた魔力が消えて。
 魔理沙の体が、こつんと軽く地面に落ちて。
「――幸せです」
 とさり。
 魔理沙の背中が、地面に落ちた。




 この瞬間に、悟という魔法使いの異才は、世界中のどこからも、永遠に、消失した。
 どこに旅立ってもいない。どこを彷徨ってもいない。死者の世界の先は無い。
 違う道を生き続ければどれだけのことを生涯にやってのけただろうか。それほどの存在だったはずだった。本当につまらないところで、魔法使いであることを放棄して、消えてしまった。
 結局魔法使いになりきれなかった中途半端な存在。彼が求めたものは、魔法使いではなく、人の道。それが、どこまでも、彼らしい。それならば、仕方がない。魔法使いに憧れながらも魔法使いの道を捨てる。その行動こそが悟らしさなのだとしたら、この結末も運命だったのだろう。
 その能力がどこかで発揮されることも、その声が誰かを元気付けることも、もう無い。
 それでもなお、彼は魔理沙の一番弟子で。
 彼が存在した事実はきっと、魔理沙に影響を与え続けるだろう。


「――」
 魔理沙の見上げる世界がゆっくりと歪んで。
 すぐに、真っ黒に塗りつぶされた。




 死者の世界に、ぽつりと、雨が降った。








「……死んでる?」
 どれくらい経った頃か。
 聞き覚えのある声が、高いところから聞こえた。
 魔理沙が目を開けると、霊夢がすぐ隣にしゃがみこんで、顔を覗き込んでいた。
「あ、生きてた」
「普通は生きてる? って聞くところだろ」
「いや、なんか死んでそうだったし」
「……てーか、霊夢、生きてたんだな。この、化け物が」
「あれだけやっといてその言い草?」
「あれだけやって全部防ぎきる奴に反論されたかない……なんで無傷なんだ……んなの相手に、どうやったら勝てるんだ私は」
「言っとくけど、5,6回は死にそうだったんだからね。この貸しは1回分じゃないわよ」
「ん? 5,6回くらい優しく抱いてやれば満足か?」
「……っ……あー、もう、馬鹿」
「お互い様ってことだ。なあ、外の結界は、あとどれくらいもつ?」
「んー……あと20時間くらいは平気なんじゃないかしら」
「よし、寝る」
「って、さっきまで寝てたんでしょ」
「まだ寝る。回復してない」
「……じゃ、私も、寝る」
 霊夢は、魔理沙の隣に腰を下ろす。
 ころん、と地面に体を横たえて。
 晴れることの無い死者の世界の空を見上げてから、目を閉じた。








  - epilogue -








「できたー」
 霊夢が自慢げに持ってきたものは、一つのお守りだった。見覚えのある。
 それは博麗神社でのいつもの一日。
「これは……」
「魔力を思い切り溜め込むことのできるお守り。今回はさらに、魔力の出し入れが簡単になるよう工夫したのよ! 当社比1000%くらいのこの凄さ!」
「ほう。それは面白い」
 魔理沙はそれを手にとってじっくりと眺めてみる。
 どういう仕組みになっているかなどわからないが、新しいアイテムはそこにあるだけで十分に楽しいおもちゃである。
 今回の場合は、どうしても、連想してしまうものがあるが。
「試してみていいか?」
「もちろん」
「よし」
 魔力の流れを制御して、お守りに注入してみる。なんとも実に簡単に、吸い込まれていく。抵抗はほとんど感じなかった。
 逆に、お守りから魔力を取り出してみる。これも、実にスムーズにうまくいった。
 少し感激。
「こいつは凄いな。――これをうまく使えば、普段の場面でもファイナルスパークが撃てそうだ」
「うぁ、なんかよくわからないけど不穏な響きの単語が聞こえた気がするわ」
「ネーミングに関しては、私に文句言うな」
 お守りを手に持って、軽く握り締める。持った感じも悪くない。
 満足。これは素晴らしいものだ。
 首からかけてみる。あのときと同じような感じがする。悪くない。
「……あんた、もう自分のものだと思ってるでしょ、それ」
「え、違うのか?」
「うわすごく意外そうな声」
「ありがとな、霊夢」
「礼を言われても」
「ありがとうございました」
「丁寧にされても。しかも過去形」
「というわけで、さっそく実験に行ってくるぜ。霊夢はいい奴だなあ。愛してるぜ」
「……はあ……」
 いつものように、霊夢がため息をついたところでこの問答は終了。
 魔理沙はもう箒に乗って、飛び立つ準備だ。
「実験って、ここじゃダメなの?」
「あー」
 魔理沙は少し迷って。
 高度を上げる前に、答えた。
「魔法の実験は、あそこでやるって決まってるんだ」


 飛び立つ。
 目的地は魔法の森。
 魔力の源たる薬草草原。
 ちょうど、綺麗な花が咲き誇る季節になっていた。







 魔法使いのロジック――Fin.

















【あとがき】

 サブタイトル:マスタースパーク物語。

 オーフェンの影響受けてるかなあ、と感じつつ、完了。

 おそらくほとんどの方が初めまして。村人。という者でございます。
 このたびは長いSS読んでいただきまして大変ありがとうございました^^)/
 マスタースパーク物語でございます。かなり東方らしくなくなってしまったかもしれません。ごめんなさい。書いているうちにどんどん、こう、勢いが。つい。
 マスタースパークはいいですね。あの、もう、破壊力一点買いみたいな真っ直ぐさが。

 マスタースパークは恋符。ファイナルスパークは魔砲、なんですよねー
 同じスパークなのにファイナルのほうは魔の系列なの? と不思議な感じがします
 今回のSSではそこまで踏み込んではいませんけども。恋符に関してもあいまいな表現のまま残してます。ゴメンナサイ。恋は真っ直ぐですよね、やっぱり。

 さて、目立ちすぎたオリジナルキャラの悟くん。東方世界にはマッチしなかったでしょうか>< なんというかもぉ好みのままに書いてしまいました。てへ

 初の東方SSだったわけですが、初だというのにやたらマジな話になってしまいました。愛。これも愛。
 でも次は思い切りおバカな話にしたいですねー。霊夢と魔理沙がひたすらいちゃついたりとか(え
 反動、反動。

 というわけでここまで読んでくださって本当にありがとうございました!!
 感想がありましたらものすごく励みになりますっ。お待ちしまくっております〜〜〜><