夏が過ぎて、また涼しい季節がやってきた。
 アリスの修行は続いたが、人形自身が厳しいストップ要求を出すようになった成果もあって、あの日以降倒れてしまうようなことは一度もなかった。
 人形自身も、そしてコンビネーションも着実に完成に近づいてきていた。



[人間(三) - The Noble - ]

 こん、こん。
「お邪魔するわ」
 がちゃり。
 いつものようにドアを開けると、今日はそこに先客がいた。
 いつもの場所に座って本を読んでいるパチュリーの隣で、魔理沙がだらけた格好で椅子に座っていた。入ってきたアリスに気付いて、よっ、と軽く手を挙げる。
「……珍しいわね。魔理沙がここに来て大人しく座ってるなんて」
「心外だぜ。私がいつも奪うだけ奪って帰ってるだけみたいじゃないか」
「え? 違うの?」
「素で聞きやがった……いやまあわからんでもないが。こうやって親友同士話だってするさ、なあ?」
 魔理沙はパチュリーの肩にぽん、と手を置く。
 ぱしん、とあっけなく振り払われていた。
 そして、パチュリーの口からは何の返事も出ない。
「つまり、こういうことだ」
「どういうことよ……」
 よくわからないが、魔理沙は割と満足そうだった。
 アリスは、近くから椅子を持ってきて、魔理沙の隣に座る。魔理沙が二人の間に挟まれるような配置。
「お前は何しに来たんだ?」
「ん……なんとなく……まあ、世間話でもしにきただけよ」
「わざわざこんな遠くまで大変だな」
「あんたもでしょ」
 二人がこんな会話を交わしている間に、パチュリーは人形に向かって挨拶をしていた。
 人形はぺたぺたとパチュリーの帽子で遊んでいたりする。
「仲良し四人組。いいことだ」
 魔理沙は本気で嬉しそうに言うのだった。
 普段は平気で人のものを奪ったりするくせに、その相手に対して仲良しだと平気で言える神経がアリスには理解しがたいものだった。そしてそれ以上に、こんな言葉に自分が特に反感も覚えないということも。アリスに限らず、もっと被害を受けているはずのパチュリーでさえ、呆れはしても怒ったりはしないのだ。もしかしたら魔理沙の一番の才能はこういうことなのではないかと思ってしまう。
「ところで魔理沙、今日はまだ帰らなくて大丈夫なのかしら。いつもならすぐに持ってって帰っていく頃じゃないの」
 パチュリーは人形としばらく遊んでいたが、ふと魔理沙に声をかける。
 パチュリーも、魔理沙の失言を注意したあの時以来、普通に魔理沙のことを名前で呼んでいる。こうして少しずつ、そして気がつけばいつの間にか、自然に受け入れられていくのだ。魔理沙という存在は。
「んにゃ。別にいつも急いでるわけじゃないぜ。平気だ」
「そう。宝物が多いからあまり長く家を空けていると狙われるんじゃないかしら」
「ちゃんと対策はしてあるぜ。ほとんど誰にもわからないだろうけどな」
「ああ、占いでは黒い人間の魔法使いは今日は早く帰ってのんびりしていると吉と出ているわ」
「自分の占い以外は信じない主義でね」
 どこが親友同士、仲良し同士の会話なのだろうか。
 アリスはぽかんと二人の会話を眺める。
「実は私、今日は黒い物アレルギーで辛いのよ」
「ん? 脱げばいいのか? パチュリーはエッチだな」
「ああっ……半径1キロメートル以内の人間にだけ感染してしまう持病が……」
「よし、そこまでだ。キリがないからこの際はっきりさせておくぜ。私は今、お前とアリスを二人きりにするつもりはない。人形含めて三人というのはひとまず却下だ」
 ぴた。
 パチュリーはその言葉に、魔理沙を不満そうな目で睨む。
 魔理沙は余裕の笑みを返す。
「え? え? ど、どういうこと?」
 アリスが一人だけ話の流れについていけない。人形は何を考えているのか、ただふわふわと浮いている。
 魔理沙はしかし、あくまでパチュリーにだけ話しかける。
 得意げに。
「気付いているのが自分だけだと思うな。こっちはキャリアが違うんだ」
「……!」
「何なら、種類を当ててやってもいいぜ。同じことができるか?」
「……卑怯だわ」
 睨みつけるパチュリーに、ふふんと強気の魔理沙。
 困った顔でただ二人を眺めているアリスに、魔理沙は振り向いた。
 ……じっと、長い時間見つめて、少し考え込んでいる。
「ふむ。アレだ。レモンパイだな」
 鞄を指差して、言った。
「へ!? な、なんでわかるの!?」
「な?」
 魔理沙の一言は、パチュリーに対して。
 パチュリーは悔しそうに半目で魔理沙を睨んでいた。
「というわけで、少し前までは私のためだけに作ってくれていたのに最近はどうもこっちにばっかり持ってきているということを嗅ぎつけて妬いている霧雨魔理沙がここにいるわけだ」
「うっ」
 ぐさり。
 魔理沙の笑顔の一言が、剣になってアリスの胸を貫く。
「まあ、問答無用で奪ったりしないでここで親友同士仲良く食べようぜという優しい私に感謝するといいと思う」
「……」
 パチュリーはまったく納得いっていない顔だったが、とはいえ独り占めできる状況ではないと諦めているようでもあった。
 どうやら、今までの会話は全て、アリスのケーキを巡るバトルだったようだ。
 アリスはがくりと肩を落とす。力が抜けた。
「ああ、それと、なんでわかるかという疑問については、答えは簡単だ」
 魔理沙は人差し指を一本立てて、胸を張って言った。
「魔法使いだからだ」


 そして現在の構図。
 テーブルの真ん中に大きなレモンパイ。
 一人分にカットされて小皿に分けられたレモンパイ。
 表面上仲良く食べ分けている魔法使い三人。
 上のほうから口を尖らせて見つめ続けている人形。
 もっと遠くからじっと覗き込んでいる羽の生えた秘書約一名。
 ペースが速すぎると魔理沙が注意されたり、ちゃんと量を守れと魔理沙が注意されたりしながら、幸せな時間は過ぎていった。
「ねえ魔理沙」
 自分の量をしっかり確保してガードする姿勢が整った後、パチュリーが隣の魔理沙に話しかけた。
 残り二人の視線が同時にパチュリーに集まる。
 少し、真剣な声だったから。魔理沙も、いつもの調子で軽く返すよりは、黙って続きを促すことを選んだ。
「貴女が輪廻なんて信じてるとは思わないけど、生まれ変わるとしたら、何になりたい?」
「……あ?」
 その声で発される話題は、しかし、それこそ暇をもてあましたときに振るようなネタだった。
 魔理沙は、何言ってるんだコイツというような呆れ顔を隠そうとしない。
 だがアリスは、その質問がまさに、魔理沙について知りたい色々な核心に迫るものだと瞬時に気付いていた。もちろん、パチュリーもそのつもりで聞いたのだろう。
 今度は注目が魔理沙に集まる。
 魔理沙は何なんだと呆れながら、しかし迷わず答えた。
「そりゃもちろん、魔法使いさ」
 その答えに。
 パチュリーとアリスは、顔を見合わせた。
「それは、私達と同じになりたいということかしら」
「人間として生まれるんじゃなくて?」
 二人、タイミングを合わせたように確認を畳み掛ける。
「あー?」
 魔理沙はいよいよ呆れるのにも飽きたのか、苦笑いを浮かべていた。
 両手を二人の前に掌を差し出すように突き出して、無意識に身を乗り出してきていた二人を押しとどめる。ふう、と一度息を吐いた。
「よし。何もわかっちゃいないお前らに特別に私が講義してやろう。受講料は後払いでいいぜ。――いいか、魔法使いってのはな、職業の名前でも種族の名前でもない」
 ごくり。
 魔理沙の言葉に、二人同時に、唾を飲み込んだ。
 ここまでふわふわと浮いていた人形は、ささっとテーブルの上に座る。何故か、正座。
 魔理沙は、右手の親指を立てて、自らの胸を指差した。
「魔法使いってのは、生き方だ」



 霧雨魔理沙は魔法使いだ。
 彼女に近づき、深く知るほどに、いつしか誰もが彼女に惹かれている自分に気付く。
 それとわからぬ間に、魅了されてしまうのだ。
 まるで、魔法にかかったように。
 人間だから強い、人間だからもうまもなく衰える――そんな事実は、魔法使いの魔理沙には意味を成さないものなのかもしれない。
 強いということが、魔理沙の価値を決めているわけではない。魔理沙の輝きを決めているわけではない。
 そう気付いたとき、誰もが魔理沙の魔法にかかっているのだ。


 故に霧雨魔理沙は、魔法使いだ。



[人形]

 食べるだけ食べた魔理沙は先に帰り、パチュリーとアリス、そして人形が部屋に残る。 二人で静かに、椅子に座っている。人形はアリスの肩の上に場所を落ち着けた。
 アリスは、よし、と気合を入れて、立ち上がる。
「最後の仕上げ! パチュリー、もう一回私と戦ってくれる?」
「断るわ」
「決まりね! さっそくいつもの場所……に……え?」
 ぐっと腕に力を入れて燃えていたアリスは、予期せぬ言葉に、あるべきリアクションを取れなかった。
 ひゅるり。
 二人の温度差で生まれた風が吹いたような気がした。
「……なんで? あ、また、体の調子悪いの?」
「いいえ、絶好調よ」
「ええとー」
「理由は、今の貴女では、私には勝てないからよ。それだけ」
 あっさりと、パチュリーは言ってのけた。
 当然でしょ、と言わんばかりの口調と態度で。
「ど、どうして? 契約のことなら、確かに命令を完結できるまである程度の拘束力は残るけど、練習試合みたいな戦いで私があなたに攻撃できなくなるなんてことはないはずよ」
 確認するように、アリスは言う。もちろん、この前のように近くからまっすぐ目を見つめられて圧迫されれば有効だろうが、戦いの途中にそんなことをするのは不可能だ。
 パチュリーはその言葉には頷いた。
「ええ。貴女は問題ないでしょうね」
「……?」
「わからないかしら? すぐに見せてあげるわよ」
 言って、パチュリーは、ちょいちょい、と手を振る。
 その視線と手の動きの先には、アリスの人形。
 人形はその「こいこい」の合図に、アリスの肩から飛び降りて嬉しそうにパチュリーのもとへと走っていった。
 パチュリーが人形の頭を撫でると、人形は嬉しそうにその手に抱きついて、ごろごろと甘えてみせた。
「……」
 アリスはその光景を、呆然と眺める。
 アリスがいるときに、他の誰かにここまで甘えるというのは、あってはならないことだった。少なくとも今までは見たことがなかった。


 そういえば先程この部屋に入ったときも、いきなりパチュリーと遊んでいたことをはたと思い出す。特に気に留めていなかったが、考えてみれば、懐きすぎだった。
 人形は普通に独立した命であるように思われていても、実際はアリスとの契約のもとに存在している。アリスを守ることが仕事であり、特に理由がなければアリスの一番近くにいなければならないはずなのだ。
 まさか、パチュリーがこの人形と契約したというわけでもないだろうに。多重契約は禁止されている。
 楽しそうにパチュリーの腕に登ったりして遊び続ける人形を、アリスはただ半ば放心状態で眺め続けた。
「この子の命は、誰の命かしら」
 アリスの様子が面白いのか、パチュリーがくすくすと笑いながら言った。
「もちろん、私のよ」
「それで、貴女の命は?」
「何が言いたいの? 私はもちろん私――え……」
 アリスは途中で、ある事実に思い当たって、言葉を詰まらせる。
「貴女の中に私がいる。当然、貴女の命を受け取り続けているこの子の中にも私がいるわ。貴女はもう完成している命だから私の影響はたいして受けないでしょうけど、この子はどうかしらね」
「……まさか……」
「この子は貴女の子だけど、私の子でもあるのよ。ねえ、あなたは大好きなママに痛いことしたりしないわよねえ?」
 パチュリーは人形に笑いながら問いかける。
 人形は腕に抱きつきながら、顔をすりすりと擦ってそれに答えた。
「な……え、ちょ、待って……」
 アリスは大混乱。
 これが事実だとすれば――そしてもうほとんど疑いようもなく事実なのだが、つまりパチュリーに対してはアリスの最大の切り札が使えないということなのだ。
 それはつまり、アリス自身の拘束が今後解けたとしても、少なくともこの人形を切り札とする限りパチュリーに対して非常に不利な状況で戦わなければいけない状態は変わらないということを意味している。
 パチュリーはもう一度人形の頭を撫でて、その可愛らしい顔に向かっていった。
「はい、いい子ね。そろそろパパがヤキモチ妬いちゃって寂しがってるから戻ってあげてね?」
 パチュリーが子供をあやす口調で言うと、人形はにぱっと笑ってから、ぱっと身体を離して、とことことアリスのほうに走ってきたのだった。
「だ……誰がパパよ!?」
「あら。私達の子なんだから、どちらかがパパでどちらかがママでしょ。……そうね、成り立ちを考えると私のほうがパパかしらね」
「う、うう……」
「覚えておきなさい。子供はキスでできる、これは常識よ。……あら、ちょっと品がなかったかしら」
 やるせなさに肩を落とすアリスの頭を、肩に登った人形が撫でで慰めていた。
 微笑ましい光景だった。
「そうマイナスに考えないの。いつでも私が一緒にいると思えば心強いでしょ」
「……」
「心強いわよね?」
「……う、うん……とっても……」
 引き攣りながら、アリスは何とか答えた。
 これから人形の前で下手なことは言えないしできないなあ、と内心冷や汗をかきながら。
 日に日に少しずつ性格が変わっていく人形を、複雑な気持ちで眺めることになるのだった。



[永夜 - Imperishable Night - ]

 月がおかしいことはすぐに気付いていた。
 まあ、放っておいても誰かがなんとかしてくれるだろう。そう考えて、見なかったことにする。通常の、今までのアリスならそうしていた。
 空を見上げる。
 いびつな空。いびつな夜。
 魔法使いの決戦に相応しい夜だ。自然に、そう思っていた。
 すう――と、透明な空気をゆっくり吸う。
「アリス・マーガトロイド、今夜、パチュリー・ノーレッジより承った命令を遂行し――」
 これは手続きではない。このような言葉は契約には必要ない。
 自分に言い聞かせるための、独り言。
 そして、自分の中に、人形の中にいる魔女への誓い。
 月明かりを浴びて、両手を胸の前で組む。
 目を閉じる。
「勝ちます」



 魔女と人形の排他的論理和 ――Fin.













[排他的論理和]

 パワーで負ける。
 スピードで負ける。
 魔法でも負ける。
 勘もセンスも及ばない。
 決め技にも欠ける。
 こうして一つ一つリストアップしていくと、勝てる要素など、どこにもないように思えた。
「それでも、勝つ」
 そんな理屈は関係なく、結果として勝ってしまえばいい。
 手段は関係ない。アリスの場合は、計算力と指先の技に全てを賭ける。それでも及ばなくても、そのときにでもやれることを全部やって、勝ちを奪いに行く。
 どう考えても勝てない戦いでも、終わってみれば勝っている。
 だから、魔法使いなのだ。
 そうして魔理沙は勝ち続けて、今にまで至っているのだ。
「そういうことよね、魔理沙……!」
 飛ぶ。
 飛来する無数の星型弾の間を縫いながら飛び、人形の配置を細かく制御する。
 星型弾は速度は遅いがとにかく手数が多く、さらにやっかいなことに大きさが不揃いで、集中して慎重に避けていかないと予想外のところで被弾してしまう。
 だがこういう攻撃は、単独ならばアリスにとっては大した問題にはならない。正確な移動と回避は誰よりも自信がある。
 むしろ問題は、このアリスの正確な回避を逆に狙い撃ちにするレーザー攻撃だった。ぶん、という音と共にレーザーが耳元を掠っていく。アリスの回避を読んだように見事な位置に撃ってくる。ぎりぎりで気付いてしゃがんでいなければ、今のでアウトだった。
 なるほど、魔理沙もアリスのことをちゃんと観察しているというのは本当のようだ。アリスは冷や汗をかきながら、さらに回避に神経を尖らせる。反撃のチャンスはまだ見えない。この圧倒的な攻めから、なんとか突破口を開かなければいけない。
 配置していく人形も、今はまだ魔理沙の動きを少し邪魔する程度の攻撃にしか使えない。
 だが、少しずつでも隙間を広げていけば、必ずチャンスが巡ってくる。まだそのときではない。今はただ沈まないように耐え続けながら、少しずつ前進する。
 じゅっ……
「っ!」
 レーザーが腕を焼いて通り抜けていった。
 鋭い痛みがじわじわと広がっていく。
 予想していた攻撃だったが、回避が間に合わなかった。これ以上の接近は無理か。
 だが遠距離戦ではアリスの勝ち目は無い。なんとか中距離、できれば接近戦まで持っていかないといけない。決して魔理沙が接近戦に弱いわけではなく、むしろ間違いなくそちらもアリスよりずっと強いのだが、今の状態よりはまだ目がある。
 アリスもただ逃げ回っているだけではない。しかし、放つ攻撃は尽く魔理沙の星型弾によって消滅させられる。せめて相殺できればいいのだが、一方的に消されるのだ。これでは隙を作ることもできない。星型弾は何度も観察してきてはいたが、実際にこれと戦うのは初めてだ。最大の、そして致命的な誤算がこの星型弾の頑丈さだった。
 人形の操作でなんとか星型弾幕の外を狙う。これしかない。今は。


 魔理沙からすれば、短期決戦でも、長期戦でも、どちらでもよかった。今回は後者を選んだ。少しでも隙を見せると確実にそこから攻めてくる相手だからだ。ならば、ゆっくりでも完全試合で締めようと決める。運良くミスをしてくれれば最初の星型だけで相手がやられてくれる。アリスに限ってそのようなことはないだろうが。
 星型弾幕に隙は無い。研究を重ねて作り上げた配置だ。どんな動きをしながらでも撃つことができ、他の攻撃と同時使用することもできる。
 人形たちから放たれる膨大な数の閃光弾を回避し続けながら、決して攻撃の手を緩めない。数が多いとはいえ、閃光弾の大半は星型弾に吸収されている。魔理沙にまで届くものはごく少数だ。攻撃が最大の防御。今のところ、この弾幕は完璧だった。
「わかってるぜ……アリスはこの配置なら、少しでも隙間の広い右上に避ける」
 レーザーを放つ。
 何度目かのこのレーザーは、アリスの腕に命中していた。苦しそうな顔が一瞬映った。
 レーザーを放つ瞬間だけ、どうしても弾幕が薄くなる。だから、確実に有効な位置に撃たなければならない。そして今のところ、それは全て成功している。
 だがこの状態がいつまでも続けられるとは魔理沙も思っていない。もう気づいているだろう、魔理沙がアリスの回避の癖を利用して攻撃していることなど。ならば当然回避パターンを変えてくるはずだ。少々危険を冒してでも。
 そこからが、第二ステージの始まりだ。


(――なんて、魔理沙は考えているでしょうね……!)
 徐々に体を削るようになってきたレーザーに苦しみながら、アリスは計算を続ける。
 回避パターンを変えることはもちろん真っ先に考えた。実行していないのは相手の思い通りに動くわけにはいかない――というわけではない。パターンを変えるほどの余裕が無いのだ。
 どちらにしてもこのままでは詰むのを待つだけになってしまう。人形からの牽制で隙を作って接近していく計画だったが、魔理沙の攻撃の手数が思いの外多くて計算どおりには届いていない。魔理沙の攻撃は研究し尽くして、今日もずっと観察し続けていたつもりだったが、今の魔理沙の攻撃はその想定を上回っていた。魔理沙も、本気なのだろう。
 すでに最初の計画は頓挫した。咄嗟に頭を切り替える。まだ切り札は手元にある。
 人形に付加魔法をかける。一瞬現れる隙に星型弾に足をやられる。気にしてはいられない。
 次々に襲い掛かってくる星型弾幕。僅かな隙間を縫って飛び続ける。止まることは許されない。できるならば、少しでも前へ。
「が……っ!」
 レーザーが太腿を焼く。長いスカートが半分、完全に持っていかれた。
 まだ。まだ見えない。
 アリスと魔理沙の間に立ちはだかる星型弾を観察し続ける。現在の位置、大きさ、速度、次の瞬間に来る位置――それを、何十個分も同時に解析する。
 何度も体を焼かれながら、じっと待ち続けた。
(この配置……!)
 完全に狙っていた状態ではないが、星型弾の配置が理想的なものに近づく。
 今しかない。
 今からちょうど一秒後に、アリスと魔理沙を結ぶ一直線の間に存在する星型弾の数が、戦闘開始以降最も減る瞬間を迎える――
 人形に指令を送る。そしてアリス自身も構える。
 この攻撃の隙に二個の星型弾が左足を直撃することになる。構わない。それだけの価値のある攻撃だ。
 狙っていた最高の瞬間。人形とアリスが完璧に同時に、レーザーを放った。
 二人のレーザーの位相がぴたりと重なる。加算され、増幅されたレーザーが、星型弾の間を一直線に抜けて魔理沙にまで届く。
 魔理沙は、大きく上昇してとっさにこれを回避した。完全に不意を突かれたのだろう、この瞬間、全ての攻撃が一瞬、止まった。
 同じ瞬間にアリスにも星型弾が直撃していたが――
「っえあああ!!」
 アリスはこれを、真正面から蹴り飛ばした。重い衝撃に、足の骨にひびが入ったような気配を感じる。弾幕を蹴り飛ばすなど、正気ではない。だがこれで、ただ直撃を受けるだけよりいい体勢で次の動作に移ることができる。もはや体中が痛みに悲鳴を上げているが、そのおかげで、今のこの一瞬を稼ぐことができた。
 腕に、足に、裂傷と火傷の痕が無数にある。
 右足は腫れあがっている。左足は折れかかっている。
 服はもう体を覆う役割を果たしていない。ただの邪魔な布切れだ。
 それでも、これだけやられていても、致命的な箇所への直撃はない。それで十分だ。
 この一瞬を稼ぐことができたなら、それくらいの犠牲は安いものだ。
 人形に新しい付加魔法を与える。
 星型弾の間を縫って全速力で距離を詰める。
 そして魔理沙の上下左右に配置した人形から、一斉に剣の魔法を放つ。
 魔理沙が次の攻撃の態勢を整えるまでに、ここまで一気に終えた。
 逆転開始だ。


 四方から、鋭い光を放つ魔法がやってくる。
 剣の魔法。一部はまだ残っていた星型弾に吸収されるが、やはり攻撃を止めてしまったのが響き、今までの数倍の量が一気に届く。
 全てが完全に自分狙いではない。少しずつ微妙にずらして、どこに動いても当たるように計算された魔法。アリスの魔法のいやらしいところだ。
 届くまでの僅かな時間に、星型弾を再びばらまく。接近してくるアリスに、人形達に。
「ちっ……」
 星型弾の配置だけでは防ぎきれない。向きを変えていては回避しきれない。
 唯一の回避できる方向に飛ぶしかなかった。――前方へ。
 瞬時に数メートル前まで移動する。魔理沙の背中ぎりぎりを剣の魔法が通っていった。魔理沙以外の他の誰にも回避できないタイミングだった。
 だがこれで、魔理沙とアリスの距離は一挙に縮まった。アリスの狙い通りに。
 真っ直ぐ飛んでくるアリスに、レーザーを続けざまに二本撃つ。星型弾を挟むように配置した。どこにも回避できないはずだった。
 アリスは、しかし、目の前にある星型弾を――殴った。拳で。星型弾を殴り飛ばして、そのまま真っ直ぐ飛んでくる。
 無茶苦茶だった。あれは間違いなく、手をやってしまったはずだ。
「嘘だろ……っ!?」
 そこにさらにレーザーを撃つ。しかし真正面に放っただけのレーザーでは、軽く回避される。
 魔理沙とアリスの視線が正面からぶつかりあった。アリスの思わぬ気迫に、魔理沙は飲み込まれてしまう。アリスはいつもの余裕の表情を完全に捨てていた。体が無茶苦茶になっている苦痛もあるのだろうが、それ以上に凄まじいまでの勝利への執念を感じた。
 ごくり。唾を飲む。
 レーザーを、今度は三発放つ。星型弾は捨てる。もはや通用しそうにない。だが、このレーザーは、上方、下方、そして後方からやってきた人形の剣の魔法を回避しながらとなったため、狙いがずれてしまう。
 なおもアリスは接近している。もう衝突は間近だ。完全に接近戦に持ち込むようだ。
 半端な攻撃を展開している余裕は無さそうだ。魔理沙は、全ての攻撃を中断する。
 ならば、気合や根性ではどうにもならないようにするまで。
 魔理沙が片手を前にかざすと、魔力が一気に集中し、爆発する。
 さあ、幻想郷最強の魔法を見せてやろう。
 ぶわん、という音とともに、巨大な閃光、圧倒的なエネルギーの塊が場全体を包み込んでいく。無論、アリスもその範囲内に入っている。あまりのエネルギーに、周囲の木々や地面までが揺れる。
 この距離でこれを回避した者は、今まで誰一人としていない。
 アリスは――
「今!」
 叫んでいた。
「……!?」
 閃光が、実体、攻撃力を持つ直前。いつの間にか目の前までやっていきていた人形が、魔法を放とうとしていた。
 アリスに気を取られすぎていて気がつかなかったのは失態だった。
 だが、同じこと。どんな魔法だろうとマスタースパークが吹き飛ばしてしまう。人形も範囲内にいるのだから。
 人形が魔法を放ったのと、マスタースパークが発動したのは同時だった。
 人形の魔法――巨大なシールドは、この究極魔法を、二秒間だけ耐えた。その後ろにいるアリスを、二秒間だけフリーにした。
 やがてシールドは破壊され、人形もそれに飲み込まれてしまうが、そのときにはアリスはもう――
「捕まえた……!」
 ここに、いた。
 魔理沙の箒を、しっかりと捕まえて。
「くっ……」
 慌てて振り落とそうとするが、もう遅い。アリスはそのまま魔理沙の肩を掴み――

 頭の後ろまで手を伸ばして。
 肩を強引に抱き寄せて。
 唇同士を、重ね合わせていた。

「……へ……?」
 一瞬の行為のあと、すぐに離れる。
「言ったわよ――本気だって!」
 ぽかんとする魔理沙を。
 隙を見せるほうが悪いとばかりに、アリスは両手でどんと思い切り突いて、箒を持つ手を踏んで、蹴って。
 箒から、振り落とした。


 魔理沙の唯一とも言える弱点。
 誰もが平気で空を飛べる中、箒に乗っていないと飛べないということ。即ち、箒から落とすことができてしまえば、その時点で勝利だ。それが実行できる者などまずいないのだが。
「……はは……最高だ」
 魔理沙は、自由落下を続けながら、一人呟く。
 アリスがまっすぐに急降下してくる。魔理沙を追って。
 その顔からは、勝利への執念に満ちた鬼のような表情は消えている。魔理沙を純粋に心配して、最後に助けて綺麗に終わろうとしているのだ。
「だから、お前は……」
 魔理沙は、アリスの目を見つめて、言った。
「――詰めが甘いんだ」
 そして。
 隙だらけのアリスに、真正面からマスタースパークを放った。




「あのな。空飛んでるのに、緊急着地もできないとでも思ったのか?」
「……」
「ああ、無理に喋らなくてもいい。やめとけ。死ぬぜ」
「……っ」
「言っとくけど、私の勝ちだからな」
「……!」
「いやいや。私は無傷だぜ。この有様見てりゃ誰だってそう思うだろ」
「……」
「あと人形はちゃんと拾ってきてやったから感謝しろ。……とりあえず、パーツは揃ってるはずだ」
「……!?」
「にしても、お前凄いな。こんだけやってるのに、顔だけは綺麗なままだもんな。奇跡だ」
「……」
「ああまあ、それくらいはできるか。なんつっても――」
 地面にできた大きな凹みの上で、二人、朝日を浴びる。
 魔理沙はのんびりと、帰ったらとりあえず14時間は寝ようと考えていた。
「魔法使いだからな」
 アリスが図書館に通う日々は、まだ続くことになる。








【あとがき】

 まずは!
 あどべんちゃら様から絵を頂いてしまいました!
 嬉しいですよ!? 嬉しすぎて涙とそれ以外の色んな体液が分泌されまくりです……!
 大ファンなんですもの! あの! 笑いとラブの融合センスが! 嬉しすぎて踊りまくってしまいました。
 というわけで挿絵として使わせていただきました>< ありがとうございますーーーーー!!!


 魔法使いが大好きです。
 魔法! 魔法!

 魔法使いのロジックのときも言いましたが、たぶん魔術師オーフェンの影響受けまくってます。どうしてくれよう。
 魔法が大好き。魔法使い大好き。

 最後のアレはあくまで魔理沙の隙を作るためのキスだったのですが、描写不足ですみませんでした。ごめんなさい。

 あ、あとがきのテンション今回低いですね。書きおわった直後に書かないといけませんね、やっぱり。書きおわってから何日が経っちゃってますから。えへ。
 感想ありましたらばしばしくださいませ。心待ちにしまくっております。