[??? - Somewhere -]


 黒く、大きく、厚い本。
 一目でわかる、それは魔法の力を純化させたもの――魔道書。
 この本に書いてあることを、知りたかった。
 封印を解いて、本を開いてみたかった。
 本に触れた。
 封印に触れた。
 そこに込められた想いが、肌を通して何かを訴えかけてきた。封印に秘められた、一つの誓い。誓いの内容は決して明かされないが、確固たる強い意志がそこにあった。
 この赤い封印に宿る強固な意志の正体を、その裏側を、知りたくなった。
 封印を施した――彼女の想いを。



[Prologue - Forest -]


 魔法の森は、比較的内陸部に存在することもあって、冬は冷え込みが厳しい。
 魔理沙は森の中の降り立つと、冷え切った手を顔に当てたりしながら少しずつ体の感覚を取り戻していく。寒い中の長時間飛行は慣れてはいても大変なものだ。通常なら手袋くらいは身に着けるのだが、今回がそうだあったように色々と戦いが予想されたような状況ではそうもいかないのだ。一瞬の感覚のズレが勝敗を分けかねない場面では、手袋は邪魔になる。だから、どれだけ寒くても、素手。冷たい。
 もう目の前、広い家、窓からもれ出る暖かそうな光に安堵して、あとわずかな距離を歩く。早足気味で。
 体を時折震わせながらそこにたどり着くと、木製の大きな扉の取っ手を掴んで、間を置かずがちゃりと開けた。
「ただいまー! ……あー、寒かったぜ」
 扉の向こうは、暖炉の暖かい空気。
 魔理沙はただいまの挨拶だけ済ませると、即座に暖炉の目の前まで向かった。
 ほっとする瞬間だ。帰ってきたなあと感じる。冷え切った体をゆっくりと癒してくれる暖かさがここにはある。
 魔理沙が暖かさにぽけーっとしていると、隣部屋からひょっこりと覗き込む顔を発見した。目が合った。
「おかえり、今日は特に寒かったでしょう。今ご飯作ってる途中だから、もうちょっと待ってね」
「おお、さんきゅ」
 ひょい。
 彼女は魔理沙にそれだけ言うとまた隣の部屋……ダイニングに戻っていった。その奥がキッチンだ。そちらのほうからは実に美味しそうなコンソメの香りが届いてくる。
 ついでに、少し経ったあとには楽しげな鼻歌なんて聞こえてきたりする。
 んーーーー、と伸びをひとつ。暖炉に手を伸ばしてみたり足を伸ばしてみたりとくつろぎ放題。
 これぞ素敵なマイホーム。幸せを実感する瞬間。

 柔らかい絨毯の上をごろごろ転がって疲れを癒しつつ、待つこと約6分。
(よし♪ 今日も上出来)
 遠くのほうから微かに、満足そうな響きの声が聞こえてきた。
 満足いく出来のようだ。ますます期待する。
(それじゃ、お皿……と。どれがいいかしら……魔理沙が気に入りそうなデザインは……と)
 デザインまで凝ってくれるらしい。いいサービスだ。
 しばらく無音の時間が続く。皿を選んでいるのだろう。
 さらに待つ……

(……って、魔理沙!?)

 何か叫び声が聞こえて。
 すたすたすたすたと近づいてくる足音が聞こえて。
 ずんずんずん。足音は扉のすぐ向こう。
 ばっ! と、彼女は絨毯に転がる魔理沙の目の前に現れた。
「なんで魔理沙がここにいるのよ!? なんで私が魔理沙に暖かいご飯作ってあげないといけないのよ!? なんでただいまなのよ!? ここは私の家よ!!」
 一気に、まくしたてた。
 その勢いに、魔理沙は絨毯の上に顔から突っ伏す。
「つ……ツッコミ遅え……」
 ちょっと、くらくらした。世界ノリツッコミの長さ選手権大会があれば間違いなく新記録を打ち出していただろう。そんなどうでもいいことを脳裏に浮かべながら。
 上半身だけ起き上がる。
「あんまり自然に会話してくれるもんだから私もすっかりこの家の主の気分になってたぜ」
「そ……それは! その、なんというか、流れで、つい……」
 彼女は少し頬を赤らめると、目を横にそらしながら弱い声で反論した。
 しばらく目を閉じてぽりぽりと頬を掻く彼女。うー、と口の中でもごもご唸っている。
 やや間を置いて復活し、また怒ったような表情と声を取り戻す。
「と、とにかく! ここは私の家! さあ帰って!」
「そう言わないでさ。アリスの料理、美味いんだよなあ」
「え!? ほんと? ……わ、私も実はちょっとこれには自信が……って! お、おだててその気にさせようたって無駄なんだからね! 帰って帰って!」
「いやー、その割にしっかりと皿2枚入れてくれてるようなんだが」
 彼女の両手に、クリームシチューがたっぷり入った丸い皿。両方とも同じものだ。どう考えても一人分とは思えない。
 ふん、と彼女は口を尖らせる。
「盛り付けてしまったからには仕方ないわね! 本当は明日の朝の分だったんだけど! 一人じゃ食べきれないからちゃんと責任持って処分しなさいよ!」
「……」
 彼女の言葉に、沈黙と視線で返す魔理沙。
 腕を組んで少し考え込んでみたりする。熟考。
 えーと、と前置きしてから。
「……ああ、つまり、食べていいのか?」
「食べ終わったらちゃんと帰ってよ」
「おう」
 魔理沙の目がきらん、と輝いた。

「ところでひとつ質問なんだが」
「何よ」
「その……私の皿は、もしかして、そっちか?」
 魔理沙が指差した、彼女の右手側の皿。
 勇気を出して尋ねてみた。答えは、あっさりと返ってくる。
「そうよ」
 彼女はそっちを魔理沙のほうに少し突き出してみせた。
 世にも珍しい、漆黒の皿に浮かぶクリームシチューの図は……
 激しく食欲を削ぐ情景だった。


「あー、食った食った。美味かった」
 ふー、と大きく息を吐いて、ソファに座って足を伸ばし、テーブルの上に乗せる。
 とても、行儀が悪い。彼女は――本来の家の主であるアリスは、ため息をついてみせる。
「あんた人の家でくつろぎすぎ」
「アリスの家だったら、私の家みたいなもんだろ」
「なんでよ!? ……ど、どういう意味……よ!」
 何故か顔を赤らめて疑問をぶつけるアリスに、魔理沙はさらりと答えた。
「美味しい匂いがしたからただいまって門をくぐると暖かい部屋と美味しい料理が出迎えてくれる。ここは素晴らしいマイホームだな。これからもよろしく」
 ぽん、と肩を叩くようなジェスチャー。
 にこりと営業スマイル。
 ……すっと、冷めた目でアリスが魔理沙を見つめかえす。
「じゃあ、もし私が魔理沙の家を急にお邪魔してもご馳走してくれるのかしら?」
「爬虫類とか両生類とか、好きか?」
「……」
 アリスはただ目を閉じて頭を抱え、返事はしなかった。

「なあ、アリス」
 結局食後の休憩と言ってまだ居座っている魔理沙と、勝手にものを漁らないようにと監視のため同じ部屋にいるアリス。二人でソファに座ってゆったりとくつろぐ。
 不機嫌な表情――とは裏腹の、特に心底嫌がっているわけではなさそうな声で、アリスは魔理沙の呼びかけに、何よ、といつもどおりの返事を返す。
「言っておくけどデザートなんて出ないからね。今日は何も材料がないんだから」
「……あったら作ってくれるのか?」
「っ! そ、そんなわけないでしょ! なんで私があんたなんかにそんな」
「あーはいはい。だろうと思ったぜ。だったらわざわざ言うな」
「な、なによ、私がケチみたいに……私だって本当は」
 まだ反論を続けるアリスに、魔理沙はしっと手を振って黙らせる。
 うるさい、とアリスを軽くあしらうときのいつもの仕草。
「……」
 アリスは、不満そうに頬を膨らませながらも、言葉を中断する。
「で、人形の話なんだけどな」
 気にせず魔理沙はアリスから目を離し、首を上方に上げて話を変える。
 その視線は、向かい側の壁にあるガラス張りの棚に向けられていた。古いが丁寧に手入れされていて汚れも傷も特に見られない、一目で大切なものが飾ってある場所だとわかる棚。
 人形の話、と魔理沙は言った。棚の中に飾られているのは、その通り、たくさんの人形たちだった。実に多種多様に取り揃えられている。少なくともそこに飾られているのは洋風の人形に限られているようだったが。
「あいつ」
 魔理沙は、棚に向かって指をまっすぐ立てる。
 あいつ、と言ったが、この距離では棚を指しているという以上の情報は得られない。それを視線で訴えかけると、魔理沙は改めて言葉を付け加えた。
「あの白いの。前に来たときも気になってはいたんだ」
「白いの……ああ」
 アリスはその言葉に頷きながら立ち上がり、棚のほうに向かって歩く。棚のガラス戸を開けると、その中から一体の人形を取り出した。それを両手で持って魔理沙のほうに振り返る。
「この子?」
「それそれ。それだけさ、他のと違って……なんつーか、地味ってわけじゃないけど、色が少ないよな」
 その人形は、他に並べられたものと同様に西洋風のごく普通の人形だった。ただ一点、他と際立って違う特徴が、魔理沙の指摘したとおり、服装の違い、色の違いだった。
 棚に並べられた人形の服装はそれぞれ異なっているが、いずれも彩度の高い色を必ず使用しており、また決して単色ではまとめられておらず、カラフルで派手である。そんな人形がずらりと並んでいて、間近くで見ると目が痛いほどだ。
 アリスが今手にした人形だけは、しかし、例外だった。その服装はほぼ白一色でまとめられており、唯一ワンポイントにピンクのリボンが一つつけられている程度の色彩になっている。服の構造自体は他の人形と似たようなもので、フリルを多用した可愛らしいものである。
「人形の服ってアリスが全部作ってるんだろ?」
「そうよ。特殊なものを除いてね」
「その人形もか? なんか……らしくない、んだが」
 アリスの服の趣味は魔理沙もよく把握している。一言で言えば、派手好き。その人形の服装も魔理沙からすれば地味とは言い切れないものの、アリスの趣味から考えれば極めて地味だ。
 アリスはそう? と軽く首をかしげたあと、人形を軽く抱きかかえて、にこりと微笑んだ。
「でもこの子にはこの服が一番似合うと思わない?」
 どこか確信がこもったような声。
 魔理沙は、眉をひそめて、棚の中に並ぶ人形と、アリスが抱える人形を見比べる。
 ……どう見ても、同じ種類の人形であって、そこに何らかの違いがあるようには思えなかった。
「私にはわからない世界だ」
「あは、そうね。真っ黒ばっかりが好きな魔理沙にはわからないかもね」
「言っとくが真っ黒な皿は好きじゃないぜ」
「へえ」
 この機会にと先程の皮肉を交えてみるが、アリスは気にも留めずに、人形の頭を撫でながら空返事を返した。ちゃんと聞いていたかどうかも怪しい。
 真っ白な服の人形。魔理沙には他と何が違うのかよくわからない。
 似合うかと言われればなんとなくそんな気もする。
「色は少ないけど、リボンが多くて結構大変だったのよ」
 誇らしげにアリスは言った。そう、言われてみれば確かに、リボンの数は他の服に比べて多かった。ピンク色のリボンは一つだけだが、よく見ると白いリボンがたくさんついている。なかなかに面倒そうだ。
「余程特別な思い入れがある人形なのか?」
 不思議に思って、魔理沙は尋ねる。
 やはりそれ一つだけ服装の趣味が明らかに異なっていることがどうしても腑に落ちない。
 アリスは、ふと黙り込んで、人形を抱えたまま少し俯く。
 ……ちょっと真剣な顔で、人形を覗き込んでみる。
 魔理沙が次の言葉を待っていると、アリスはあはは、と軽く照れ笑いを浮かべながら、言った。
「そうなのかしら。私も、よくわからないの」
 そう言って、もう一度人形を、その髪を軽く撫でた。




[- Nowhere -]


 泣き声が聞こえた。
 しくしくなんて擬音語には程遠い、喉を枯らすほどの嗚咽。
 深い悲しみと絶望を、声にならない叫びにするための泣き声。
 遠くから聞こえてくるような響きを持ちながら、すぐ近くで聞くようなボリューム。
 誰かが……泣いている。
 ずっとずっと、泣き続けている。その長さはよくわからないけれど。
 ああ。そんなに泣かないで。私まで悲しくなってしまうから。
 その悲しみを聞かせて。私が力になれるかもしれないから。
 一人で泣かないで。私が受け止めて、楽にしてあげられるから――


[The past 1 - Room -]


 真っ暗だった視界に、少しずつ光が差し始めていた。ああ、そろそろ目が覚めるんだなとわかる。長い長い眠りから今まさに私は目覚めようとしている……そんな気がした。だからこんなに息苦しいのか。衰えた体力で無理に立ち上がろうと頑張っているから。
 とても気分が悪い。
 もう限界、もう無理だって言ってるのに無理やり走らされているような気分。苦しい。目が回る。空気が足りない。起きたらもっと苦しいのかもしれない。
 光が急激に強くなっていく。私はまだ目を閉じている。
 もう起きなければいけないようだ。何かが、私にそれを要求していた。もう、逆らえない。
 まだ回らない頭より先に、目はゆっくりと開いていった。


「え?」
 目を開いてみると、そこはそれほど明るい場所でもなかった。ぼんやりと明るい程度。
 視界に映るのはレンガ。そして光り輝く宝石のような塊。おそらく、今見ているものは天井で、宝石はガラス製の照明。無意識でそう思考する。だが奇妙な違和感がある。なんだろう。そうだ、照明が小さすぎる。違う。遠すぎる。天井が高すぎる。ここはただの部屋ではなさそうだ。
 そこまで考えてから、むっくりと体を起こす。特に痛みはない。運動不足で体が弱っていたというわけでもなさそうだ。当たり前だ、そんな長い間寝込んでいたようなつもりはまったくない。とはいえ、いつからどうして眠っていたのか――
 そして相変わらず部屋には違和感。なんというか。
 などと考えていると、先程、起きた直後に聞こえた声と同じ声が、背中のほうからまた聞こえてきた。
「に……人形が、動いた?」
 驚きが露な声。幼い少女のような声。何だろう。どこか懐かしい声のような――
 いや、それよりその声は今何と言ったか。人形が動いた? 勝手に?
 それは一大事だろう。どこかの幽霊にでもとりつかれたに違いない。そうでなければ、呪われた人形に違いない。私も是非それを見せて欲しい。
 声のほうに振り向く。
「……」
 ……
 えーと。
 しばらく思考が固まってしまった。
 目を閉じる。今見たものは何かの間違いに違いない。
 落ち着こう。
 声のイメージどおりの幼い少女がそこにいた。人間ならば下手をすると年齢まだ一桁くらいの少女だった。それだけのことのはずだ。さあ自分を取り戻して再度目を開けよう。
 ぱっちり。
 正面から向き合う私たち。目と目で通じ合う何か。
 ……何か。
「きゃあああああああああっ!?」
 悲鳴は、私のもの。
 目があった女の子は、見間違いようもなく、その……
 巨人だった。そんな。ありえない。何を食べて成長したらああなるのか。
「しゃべった……!?」
 女の子のほうもまた大きな目をまん丸にしてさらに驚いているみたいだった。きゃーきゃー言い合う私たち。いや待て。今悲鳴を上げるのは私だけの役割のはず。巨人も私たちを見慣れていないのだろうか? ……あれ、私も私で、妙に落ち着いている。不思議。
 とりあえず、静かにしてみる。今すぐ食べられそうな勢いではないようだった。ならばまずは現状認識から始めよう。
 彼女の大きな顔を、見つめて。
「ええっ、動いてしゃべる人形なんて聞いたことないわ……っ。あ、あなた、何?」
 現状認識。さて。
 人形?
 どう見ても少女は私に話しかけてみるみたいで。人形って、私?
 巨人から見れば私たちは人形のようなものなのかもしれないけれど。
「……ええと。落ち着いて、大きいひと。深呼吸するといいらしいわよ」
「……う、うん。すーはー……すーはー……」
 びゅん。
 呼吸だけであやうく吹き飛ばされそうになってしまった。これは怖い。危険。
 ともあれ、大きな少女は少し落ち着きを取り戻した……のかどうかは不明。
 さて、私もその間に落ちついて少女を観察してみた。すぐに気づいたのは、その顔についてだった。大きさに圧倒されていて少しの間見逃してしまっていたが、彼女は――
 私もここで一度、間を置く。お互い冷静になってみよう。
「落ち着いたかしら? さて、冷静になって考えてみましょう。人形が動いたりしゃべったりするわけないでしょ?」
 まだ幼い少女のようだからものごとの判断は難しいのだろう。やんわりと諭してあげる。
 少女は、しかし、自信なさそうに目を伏せた。
「に……人形がとっても自己否定してる……」
 まだ私を人形と言うか。失礼だ。
 私はれっきとした――
 れっきとした――
 ――アレ?
「ええと、人形さん。……鏡、見る?」
 む。
 私を試そうと言うのか。
 受けて立ってあげよう。首を縦に振って、肯定の意思を返す。ほら、人形にこんなことができると思って?
 少女は戸惑ったような顔で、大きな机の上から手鏡――少女にとって手鏡のサイズであるもの――を持ち出して、私の前にぬっと差し出した。私の全身をくまなく映し出す鏡。しげしげと眺めてみる。
 ほら、どう見ても。
 どう見ても。
「……」
「……」
 えーと。……その。
 こほん。ひとつ咳払いして落ち着く。
 右手を上げてみる。鏡の中の私は左手を上げた。ほら、この鏡は偽者に違いない。いやいや落ち着いて自分。それでいいの、それでいいのよ。目を閉じてみる。何も映らなくなった。ほら、この鏡はまやかしに違いない。って私はバカですか? ……えーと、えーと。
「……トリックアート?」
「普通の鏡よ!」
「……鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番人が来ない神社はどこですか?」
「人形さん、現実逃避始めちゃった」
「人形さんって言わないで。……私は……その」
「鏡見て、なんに見える?」
「……人形さん……」
 しくしく。
 だって、いくらありえないなんて否定したくても。鏡に映った全身像は、どう見ても人工物特有ののっぺり感で満たされていたわけで。むしろなんか微妙な光沢があるわけで。よく見ると、鏡に頼らずとも、腕とか見下ろしたら明らかに関節のところに隙間があったりするわけで。
 そう。所詮私は人形さんだったのね。
 所詮は、人に弄ばれるだけの存在だったのね。さんざん遊ばれ辱められたあげくにもう飽きたと捨てられる悲しいお人形さんなのね……。
 いえ。
 ――本当に?
「――認めるわ。確かに今の私はこの人形になっているみたいね。でも、本来の私は違う」
 そう、そこを間違えてはいけない。
 現実を受け入れてしまえば、さっそく次のステップまで思考を巡らせることができる。
「本来?」
「私は目が覚めたとき、この部屋の天井を最初に見た。そして天井が遠すぎると思った。貴方を見たとき、巨人だと思った。それは、私が本来からこの姿というわけではなく、本来は貴方と同種の生き物であったということを証明しているわ」
「しゃべっているあなたは、この人形さんにとりついた幽霊か何かってこと?」
 ひょい、と少女が私の視線を遮る鏡を上げて、私と向き合う。
 私は……その質問には、困ってしまう。
 では本来の私というのは。そこが最大の問題だった。
「そうなのかしらね。どういうわけか、私のこと……自分のことが何もわからないわ。思い出せないの」
 そう。
 私は間違いなくこの人形になる「前」があったはずなのに、そのことが何も思い出せない。私はれっきとした何、だったのだろう。今どうしてこんなことになっているのだろう。何かの呪術にひっかかってしまったのか。
「ますます幽霊っぽいわね――」
 少女はそう言って。
 言い終えると同時に、あっと叫んで、ずいっと私の前に顔を近づけてきた。その目が輝いている。
 がしっと、大きな両手が私の体を両側から包み込む。……痛くはない。掴まれたという感覚はある。
 少女は、叫ぶ。期待に満ちた声で。
「私の願いが通じたのかもしれない! 私、もっと強い、誰にも負けない究極の魔法が欲しいって願ったの! 絶対に、使い方の工夫とか戦いのテクニックとかそんなものを全部無意味にしちゃくらいの強い魔法! あなたが……私の力? すごい力持ってたりするの?」
 興奮して私に語りかける少女。
 願い? 魔法? 力?
 ――何だろう。何か、確かにどこかでそんなことを、聞いたような。誰かがそれを渇望していて――それを私は覚えている。誰かが、そう。
「そう。泣いていたのは、貴方だったのね。眠っている間に聞いたのは」
 起きて、落ち着いて彼女の顔を観察したときに気づいたのは、彼女の目が真っ赤になっていることだった。つい先程まで泣いていたのだろう。
「……う。……そ、そうよ。だって……悔しかったのよ……人間なんかに……人間の魔法使いなんかに……!」
 少女は表情を歪めて、歯軋りしながら答えた。
 その表情にあるのは、悔しい、なんて程度のものではなかった。自らに対する憤りと、その人間に対する執着心で満ちている。執着心は、恨みではない。嫉妬のようなものに近いのかもしれない。
「貴方は、魔法使いなのね」
「そうよ! 私は、アリス・マーガトロイド。本当の魔法使い。魔法じゃ絶対に誰にも負けないはずなのよ!」

   (それは――究極の魔法なの――)

「――え?」
 少女が名乗った名前。アリス・マーガトロイド。
 それを聞いた瞬間……何か、遠い昔に聞いたような言葉が、私の脳裏に流れた。何か大切なことを思い出そうとしている。そんな気がする。
 でも、そこで既視感は終わり。すっと、そのイメージが解けて消えてしまう。
「アリス……アリス・マーガトロイド。知ってるわ。私は、その名前を知っている」
「ほんと!? よくわからない幽霊にまで知られてるなんて、さすがね、私」
「何かの本で見たのかしら」
「本にまで載っちゃってるんだ。さすが私ね。なんだろう。世界魔法使い図鑑みたいな?」
「はじめてでもよくわかる:将棋の定石第一歩……だったかしら」
「なんでそんな本に私が載ってるのよ!?」
「確か桂馬の紹介に」
「地味ー!? ……って、そんなことはいいのよ! さあ答えて! あなたは私の力として現れてくれたんでしょ?」
 ずいっとさらに詰め寄ってくる。
 ああ怖い。もともとサイズが違うだけに迫力は物凄い。
「力って言われても」
 困る。なんせ気がつけば人形になっていて、その前の記憶が何もないというのに。
 実は物凄い能力を秘めていたりするのだろうか? 本当に少女、アリスを助けるために私はここにやってきたのだろうか?
「なんかありそうなもんでしょ! 必殺技とか」
「……必殺技」
「ほら、全身が刃物のようなものに変わって敵に特攻するとか、敵に抱きついて自爆するとか、敵の胃腸の中で溶けて悪玉菌になって苦しめるとか」
「私が無事に済みそうな技がないのは気のせいかしら……」
 最後のなんて、前提条件として食べられてるし。
 うーーーん。
 力とか魔法とか、そのあたりのキーワードをもとに何か思い出せないかと頭の中を探ってみる。
 何かすごく引っかかってる気がするかれど、その引っかかりがなかなか記憶の糸を手繰り寄せてくれない。本当に私は一体誰なんだろう。
「待って。私の魔法の力として願ったわけだから……やっぱり力を使うのは私なのかな。この人形をサクリファイスして使えってこととか……」
 ……考え込んでいるうちに、何やら不穏な単語が聞こえたような気がしないでもない。
「そうよ、私が魔法の力であいつを圧倒しないと意味がないのよ。この人形がそんな魔法を教えてくれるとか……まさかね」
 ちらちらと、独り言のふりをしたプレッシャーの視線が私に降りかかる。
 魔法。うーん、魔法。使えるものなら使って、まずはこの状況を脱出したいもので。試しにそれっぽく両手を前に突き出してみたりする。念じてみる。例えば火。今ここに火の元素を呼び起こして集中させるイメージ。魔法というのは、魔力を物理現象に変換させる技術。火を生み出す魔法に必要なものは火の元素を生成して形作る作業と、熱量。それらの原料となるものが、魔力。
 ――で、どうしたらいいんだろう。やっぱりダメだ。理屈ではわかっていても実際にできるかどうかは別の話。というか、この人形の体に魔力なんてものがちゃんと存在しているかどうかも怪しい。……いや、待って。その前にどうして私はここまで魔法のことを知っているのか。これこそ私が魔法使いである可能性を示しているのではないか。ただの勉強家かもしれないけれど。
 ああん。もどかしい。
 悩みこんでいると、アリスはふう、とあきらめたようにため息をついた。
 吹き飛ばされそうになった。
「いいわ。あなたがこのタイミングで私の前に現れたのは偶然じゃないだろうし、記憶が戻って私のために役立ってくれるまで待つわよ」
「……もし本当に無関係だったら?」
 その時はどうするのだろうか。なんだか、腹いせに壊されたり実験対象に使われたりしそうで怖い。いや、きっと、する。
「そのときは……」
 アリスは、私の顔をじーーっと覗き込んで。
 言い放った。
「がっかりするわ」
 もっともだ。




[The past 2 - Bedside -]


 アリスから聞いた基本的な情報。
 この世界は、幻想郷とは切り離された、魔界という場所であること。ただしアリスにとっては幻想郷と行き来することは簡単なことであること。
 そしてつい先程、極めて異例なことに、人間の魔法使いがここに攻め込んできたこと。アリスは人間のくせに魔法使いというその存在に興味を持って立ち向かってみたが、まさかの敗北を喫したということ。少なくともこの世界に人間がやってきたのは初めてで、アリスにとってもそれが初めて出会った人間であったということ。
 ――なるほど。確かに、初めて人間の魔法使いがやってきたその直後に、私が人形となって現れたというのは、ただの偶然ではあるまい。
 しかし、それだけといえばそれだけのことではある。わかったこと、といえば。


「ところで人形さん、ごはんとか食べるの?」
 人形さんと呼ばれるのはどうにも抵抗がある。私は人形なんかじゃない。今は人形だけど。
 ただ、自分の名前を思い出せない以上は、仕方ない。適当な名前で呼ばれるのも嫌だ。
 私は、しばし考え込んで、お腹のあたりをさすってみる。
「食べられるような器官がついているようには思えないわ」
「そうよねえ。じゃあ、私は今からごはんにするから、おあずけしててね」
「……」
 なんか、悔しかった。


「歩くのは歩けるのよね、普通に。飛べたりしないの? 自分でテーブルの上から降りられないようじゃ不便でしょ」
 そんなこと言われても。
 飛べるならとっくにそうしてますって話だ。人形自体に翼も何もない以上、魔法でも使わない限り飛べない。魔法が使えるならそもそもこんなにのんびりはしていないだろう。
「思い切って飛び降りてみたら、意外に飛べる自分を発見できるかも?」
「……」
 ちゃんと地面に落ちる前に、支えてくれるんでしょうね?


「それじゃ、着替えさせてあげるから、じっとしててねー」
「へ?」
 あ。いやん。とっさの事に、間の抜けた返事をしてしまった。
 いやいやいや。なんだかとっても重大な発言があった気がする。
「着替え?」
「うん。ほら、ちょくちょく動いてたから服もちょっと汚れたでしょ。着替えなきゃ」
 言うが早いか、アリスの手は私の体をがっしりと捕まえていた。
 え……ええと。ええとお。
「ま、待ってよ。人形なんだから着替えなんてしなくていいでしょ、別に」
 そりゃあ、気分的にはあんまりよくはないけど……その……
「ダメよ。私の人形がそんな汚れた服を着てちゃいけないわ」
 アリスの指が問答無用と私のスカートを摘む。体自体を押さえられているから全く抵抗できない。
 ほんの僅かな間に大ピンチですよ私。剥かれるー!
 そ、そりゃあ、私の体ってわけじゃなくて、人形の体なんだから、全然気にすることなんてなくて、あうん。でも気持ちの問題ってものが。あるわけで。
「いいわ! 自分で着替えるから……っ」
 万歳をさせられて、今まさにスカートを捲り上げられようとするところで、私は叫んだ。
 ぴたっとアリスの手が止まる。まだスカートは手に持たれたまま。
 じ……っと、大きな目で、私を見つめてくる。そしてアリスは、スカートから一度手を離して、人差し指を私に向けてびしっと立てた。
「人形を着替えさせるのは、所有者の権利」
 はい、ゲームオーバー。
 もはや次の反論の言葉を送り出す機会さえなく。
 思い切り容赦なく剥かれました。
「やーーーっ」
 これだけ圧倒的な力の差だと、じたばた抵抗することもできない。あっという間にワンピースはアリスの手の中で、私は下着姿。
 下着というのもまた、私自身初めて見るのだが、人形用の割にずいぶんと細かく作ってあるのだった。私の視点からすると本物と大差ない。露になった肌の大部分は、顔や手と同様につるつると少し光沢のある素材で、やはり硬かった。
 アリスはそんな私を見つめて……うう、私の体ではないとはいえ私の体でもあって……恥ずかしい。
「下着は、また今度でいっか。汚れないよね?」
「へ、変なこと言わないでよっ……人形、なんだから……うん……」
 何よこの辱めプレイはっ。ああもうほら、顔が真っ赤に……なってないか。気分的にはなってるの!
 ……これから何度でもこれを体験する機会があるかもしれないと思うと、くらくらする。
「んーっと……これがいいかな」
 アリスはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、いたって平然と新しい服を選んで持ってきていたりした。なんでもいい。早く着させて。
 目の前に差し出されたそれは、先程まで私が来ていたのより少しだけシンプルな構造のやはりワンピースで、率直に一目見た感想を言うと、
「また派手ね……」
 だった。
 主に、色使いが。彩度の高い色を大胆に使っているため、目が痛くなりそうだ。一言で言えば、赤い。赤と白とピンクと、一部青と……。
 アリスは不思議そうに首をかしげた。
「これが?」
「ええ。もっと普通なのはないかしら。白くて落ち着いたのがいいわ」
 本当は少しでも早く服を着たいところだけど、目が痛くなるような服をずっとつけているのも嫌だ。それに、私だって服くらいは好みのものにしたい。できれば。
「十分普通だけど……」
 アリスのその一言は、私たちの感性がどこかで合致することはなさそうだと結論付けるに十分なものだった。希望は持てそうにない。悲しいことに。
 仕方ない。今はとりあえずそれを着せてもらって、あとの機会にゆっくりコレクションを見せてもらおう。人形用の服なんてそんなにいくつもないだろうけど。
 ――というわけで。
「あっ、にゃ……っ、く……くすぐったいくすぐったい……っ……ひゃはぁんっ」
 脱がせられるときより着せられるときのほうがさらに試練だということを知るのは、その直後だった。
 通常ありえないくらいの面積の指で全身を撫でられるという体験は、貴重ではあるかもしれなかった。


「寝たりはするの?」
「私、最初寝てた状態から起きたような気がするから、たぶん」
 質問攻めの夜がやっと終わろうとしていた。
 本来の意味の「寝る」とは違う現象になるのかもしれないが、少なくとも意識が途絶える時間はあるだろう。実際常に起きっぱなしというのは精神がもたないのではないだろうか。
「そっかあ……あ、それじゃちゃんとパジャマに着替えたほうが」
「いい! いいから! このままで寝られるから!」
「……そう」
 そんな寂しそうな声で言われても、ダメなものはダメで。
 ついさっき着替えたばかりなのに、またあの体験が……あの感触が……なんて。
 それより人形用のパジャマなんて持ってるんだろうか。さすがにパジャマくらいはそんな派手なものではないだろうという気がする。そうでなければおかしい。
「あ、人形さん用のベッドもちゃんと作ってあげないとね」
 そう言うと、タンスを開けてさっと枕を取り出してくる。小さな、ふかふかの枕。
 私の身長よりも大きい、小さな枕。
「ちょうどいいサイズね」
 枕に白いシンプルなカバーをつけて、シーツ代わりに。
 裁縫用と思われる布を適当に切って縫い付けて、あっという間に即席の毛布のできあがり。
 持ち上げられて、枕の上にそっと下ろされる。
「寝心地はよさそう?」
「……よくわからないわ」
 一度寝てみないことには。ふわふわしていて、柔らかすぎるかもしれない。でも人形の体にはこれでちょうどいいという可能性もある。よくわからない。
 こういうところはちゃんと気を使ってくれるんだな、と感じてちょっと嬉しかった。
 照明が消されて、おやすみという挨拶を交わす。
 まもなく、いともあっさりと、私の意識も闇に落ちていった。


[The past 3 - Laboratory -]


 本が読みたい。本を読めば何か思い出すきっかけがつかめるかもしれない。
 そうでなくとも、少なくとも暇はつぶせる。
 そう切り出すと、アリスは研究部屋兼書斎と称する部屋に私を案内してくれた。
 さすがに魔法使いというだけあって、本はたくさん揃っていた。本のサイズがとても大きく見えるため、とてつもない量に感じる。
「読めるの?」
 アリスは聞いてきた。私が本が読めないとでも?
 一冊の本を取り出してもらう。目の前に置いてもらう。開けてもらう。
 ほら。
「……文字が大きすぎて読みづらいわ」
「でしょ?」
 うー。なんか、悔しい。
「本を開けたまま床に置いて」
「ん」
 テーブルの上から床までの距離。これくらいあれば文字がちょうどいいサイズになる。
 文字も普通に読める。この本は農作物の収穫量を調整する魔法に関する論文のようだった。概要のページなので、とりあえずそれくらいのことがわかる。
「ページをめくって」
「……えっと、これって、私がつきっきりじゃないと人形さんが本を読むことできないってことよね?」
「……」

 改良案。
 本をテーブルの上に、立てて置いてもらう。そして見たいページを開ける。
 ……んしょ、んしょ。あああ。空気抵抗というものの力を実感できる実験だわ。
 私は遠くまで歩いて、振り返って、文字を読む。
 とてとてとて……
 次のページが読みたいときはまた本のところまで歩いて、ページをめくる。
 とてとて……んしょ、んしょ。
 そしてまた遠くまで歩いて……ああああ、ページがめくれてまた勝手に戻っちゃった……とてとて……んしょ、んしょ……とてとて……。
 そして読んで……次のページ……。
 ……。
「ほ……本を読むって、こんな重労働だったのね……」
 ぱたん。

 当面、アリスが何かの本を読む機会に、ついでに隣から読ませてもらうということで諦めることにした。アリスの肩に乗せてもらえば、なんとか読める。
 今アリスが読んでいるのは、悪魔の力についての研究だった。
「新しい絶対の魔法の習得のためなら、どんな力だって利用するわ」
 悪魔と言えば、世界中からの嫌われ者。例えば吸血鬼は、もっとも身近な悪魔の一例。
 しかし、嫌われる最大の理由の一つが、そのあまりに強大な力にあるということは誰も否定はできないだろう。嫌ってはいるが、力は欲しいという者は少なくない。
 ただ、その本に書かれている悪魔に関する記述は……
「悪魔と言っても、要するに強くてちょっと性格が悪いってくらいで、言われてるほど恐ろしい魔物っていうわけでもないのにね」
 誇張が過ぎるように感じた。もっとも、大半の書物の悪魔に関する記述がそうなのだが。
 そんな感想を漏らすと、ふとアリスが顔を上げて、肩の上に乗る私を覗き込んできた。
「……もしかして、人形さんの前世って、悪魔?」
「前世って言うのやめて。……悪魔かどうかは知らないけれど」
「悪魔のフォローしてる人なんて初めてだもん」
 きっとそうに違いない、と、もう自分の中では納得している様子のアリス。
 私が、悪魔? 否定はしきれない。何にも思い出せないからなんて言われてもそう簡単には否定できない。
 もしそうなのだとしたら、なるほど、アリスの望みどおり、私は彼女に強大な力を与えることができる能力を持っているのだろう。そのために召喚されたと考えると辻褄は合わなくもない。記憶がなくなっている理由が不明だけど。
 でも悪魔だったら私みたいにそんないい子じゃないわよ? なんて、心の中だけでこっそり思ってみる。言うとどうせ何か言われるだろうし。
「役に立たない本ね。悪魔が力持ちとかそんなことはわかってるのよ。悪魔を使役するような魔法はないのかしら」
「……ないと思うわ」
 その後もいくつか本を見せてもらったけれど、私にとっても特に参考になる情報は、なかった。
 ひとつだけわかったのは。私がかつて読んだことのある本(そんなことはしっかりと覚えているみたいで)もたくさんあって、少なくともここが私にとってまったくの異世界というわけではないということだった。


 研究部屋の地下には、魔法訓練所と称する部屋があった。
 石造りの壁に囲まれた広い部屋で、照明が点在していたり、ところどころに○や□のマークが描かれていたり、部屋の中央付近に格子状の檻のようなものがあったりする以外は何もない殺風景な部屋だった。
 必要な際にはここで攻撃魔法を中心とした訓練、実験を行っているらしい。
 どこか、懐かしい臭いがした。魔法の跡を重ねた場所に特有の。
 せっかくなので、アリスの訓練の様子を見せてもらうことにした。アリスも、何かのきっかけになるかもね、と賛成してくれた。
 入り口近くにある手すりのような高さの段差に私は置かれ、そこに腰掛ける。
「基本セットで行くわ」
 アリスはそう告げて、私に背を向けて、対面の壁に向き合った。
 一瞬の間の後、急激に場の魔力密度が高まる。魔法発動の瞬間。魔力が物理エネルギーへと、力へと変換されていく。
 ぞくり、と私の背筋を走る痺れ。そうだ。これが魔法だ。
 アリスが少し指を動かすと、魔力で生み出された光の矢が真っ直ぐに壁の○に向かって飛んでいき、その真芯に命中する。壁で、ばしんと矢が弾けて、消える。的までの距離はおよそ50歩。
 続けて2,3,4発目を同時に、自らの真正面と少しずれた左右に生み出し、放つ。いずれも全く同時に的の真ん中に命中する。
 5発目は壁ではなく、ほぼ真横に放つ。放たれた矢は途中からまるで放物線のように急激に曲がり、戻ってきて、やはり同じ的に命中する。
 6発目は真っ直ぐに。7発目、8発目もそれぞれ少し間を空けて真っ直ぐに。それぞれ微かに速度の違う光の矢は、やはり、全くの同時に的に当たった。
 ……そこで、アリスの動きが止まる。ここまでの時間はほんの数秒。静寂は、すぐに戻ってきた。
 私は、軽く手を叩いて拍手を送る。
「やるわね」
 アリスは、ふん、と得意げに鼻息で答える。
「ほんの準備体操よ」
 言うと今度は、部屋のもう少し奥まで歩いてから、構える。
 両手をばっと上げる。先程より少し本格的な構え。
 魔力が一気に集まり――アリスの両手から、一気にたくさん、私が見た限りでは合計16個の光の矢がアリスの前方と後方、それぞればらばらの方向に向かって飛んでいった。それらは壁でばしんと弾け消える。矢が当たったところは全て、○が描かれている場所だった。○は確かにその16箇所以外にはない。
 なるほど、これは大したコントロールだ。これは立派に誇りに出来る。私の中にある魔法に関する知識が、この技術がなかなか素晴らしいものであることを教えてくれる。
 ただ、先程も今回も、一つ、気になることはあった。それを指摘するべきなのか、どうか。
「最後!」
 アリスは次に、部屋の中央部にある檻に向き合った。その距離――よくわからない。100歩くらいは先だろうか。
 魔力の集中。そして生み出される光の矢。今度の1発は、今までより遥かに大きい。アリスの身長の半分くらいはある大きなエネルギーの塊。魔力が生み出す風が、私の体を撫でる。
 それを檻に向かって真っ直ぐ解き放つ。周囲の空気を巻き込みながら、高速で進む矢。
 あと少しで檻にぶつかるというところで、矢が破裂した――正確には、分裂した。一度に、無数に。
 そして。
 私は驚きのあまり我が目を疑うことになる。見間違えでなければ――32個に分裂した小さな矢が、全て、格子の32個の隙間を通って向こう側に抜けていったのだ。1個の格子の大きさなど、分裂した細かい矢の大きさとほぼイコールだ。矢が少しでも格子に触れたような反応も音も、全くなかった。
 これはさすがに常識外れの制御力。こういった点で私の記憶が曖昧になっているということでなければ、こんな精確な魔法の制御など聞いた事がない。
 ……あまりのことに、魔法が済んで静かになっても、私は言うべき言葉を見つけられなかった。素晴らしい集中力と技術力だ。
 ふふん、とアリスは私を振り返りながら微笑む。なるほど、自分自身の力にかなりの自信を持っている様子なのも、理解できる。
「完璧でしょ?」
 ああ。完璧だったわ。私は、首を縦に振って答えた。
 そう、制御は本当に完璧だった。桁違いだった。
「人形さんは、何か感じたかしら?」
「――アリス。貴方は、人間の魔法使いに負けたのよね」
 ぴく。
 私が指摘すると、アリスの表情が一気に険しくなった。逆鱗に触れる、とはまさにこのことだろう。
「くっ……それが、どうしたのよ……!」
「素直に指摘するわ。おそらく貴方の制御技術は誰にも負けない、最高の宝物よ。でも、魔力自体は、それほどでもない」
「な……!?」
 私の言葉に、目を見開くアリス。
 そう、先程から気になっていたのは、魔力の総量そのものだった。アリスが集めた魔力には、それほどの迫力を感じなかった。私の知っている魔力集中というのは、あの程度のものではなかったはずだ。
 アリスは顔を真っ赤にして怒って、私に掴みかかってくる。言葉どおり、鷲づかみにされる。――痛い。これは。
「どういうことよ!? 魔法使いの私の魔法が、それほどでもない……たいしたことないですって!?」
「……ええ」
 ぎし。アリスの手に力が篭る。体がぴし、と鳴るのが聞こえた。
 漏れ出そうになる悲鳴を、なんとか抑える。
「あんたに何がわかるのよ……! 自分のこともわからないくせに!」
「……っ!」
 声が出なくなった。力任せに私を握り締めてくるアリス。幸い、力はないようで、このまま一気に壊されてしまうというほどではなさそうだが、痛いものは痛い。
「そんなこと言うなら……あんたが魔法を見せてみなさいよ……!」
「……る……」
 やっと。
 微かな声を、外に出すことができた。アリスは、少し手の力を緩めてくれた。
 きし、と体中が痛む。私は言葉を続ける。
「やり方は……思い出したわ。いえ、正確には、見て理解した。私の魔法がどんなのだったかは、まだわからない。でも、アリスが見せてくれた同じ魔法は理解した。魔力は、私のこの心の中にある。――できるかもしれない」
「……」
 アリスは、険しい表情のまま、しかし私の言葉を聞いて、すっと手を離した。
 体が動く。
 厳しく睨みつけるアリスの視線を受けながら、私は今座っている手すりの上に、立つ。
「やってみるわ」

 感じる。
 この部屋で積み重ねられてきた魔法が残したエネルギーの残骸を。
 感じる。
 アリスの魔法を見た瞬間から、私の気持ちは歓喜に震えていた。魔法。そうだ――私は、魔法使い。
 すう……っと、意識の奥底から順番に雑念を払っていく。
 感じる。
 私の中から溢れ出す、無限の勇気を。

 イメージするものは、アリスの光の矢。それは純然たるエネルギーの塊。他の要素は不要。
 かざした手の先から、魔力が流れ出していき、一点に集まる。
 魔力は一瞬にして物理エネルギーに変わる。エネルギーを集めさせられた空気の塊は、少しでもそのエネルギーを発散させて楽になりたいと自ら発光する。これが光の矢の正体。
 さらに風が生まれる。集中した膨大な熱量が生み出す空気の循環。部屋の中であるにもかかわらず、この瞬間、軽い物なら吹き飛ばしてしまうほどの風が吹いた。私も、壁を背にしていなければ耐え切れず飛ばされていただろう――この人形の体では。
 それを、解き放つ。
 光の矢は、真っ直ぐに的に向かって飛んでいった。○の中心部から僅かにずれたところにそれは当たり、轟音を残す。
 エネルギーの塊を正面から受けた壁の表面部は、粉々に砕け散った。おそらくは特別に強化されている壁は自らの表面にクレーターを作ることによって、そのエネルギーを吸収し終えた。
 ――しん、と静寂が戻る。

 そうだ。私は、魔法使い。魔法が使える喜びを、感じる。

 しばらく経っても、アリスは、私が魔法を放ったその方向をじっと見つめたままだった。私からは後姿しか見えない。その表情は読み取れない。
 アリスには申し訳ないが、魔力量の差は歴然としていたと、私自身思う。仮に魔力そのものの量を感知できなかったとしても、発生した風や壊れた壁を見れば、明らかだ。
 沈黙は、その後、数分間も続いた。アリスも私も、何も話さない。まったく動かない。
 そして、アリスは、振り向く。表情を消して。
 私を両手で持ち上げて、いつものように肩の上に乗せる。歩き出す。地上の部屋に戻る道を。
 道すがら、アリスは一言だけ、呟いた。
「あなたは、やっぱり悪魔だわ」


[The past 4 - Shell -]


 その日以来、アリスは魔法訓練所に行くときには私を連れて行かなくなった。
 長い時間篭って、帰ってくる頃にはいつもボロボロになっていた。無茶なことをしているのだろう。そんなことをしてもすぐに魔力が上がるわけではない、と諭したが、いいのよ、と突っぱねられるだけだった。不思議なのは、自暴自棄になったというわけではないことだった。その行動には何らかの意図が確かにあるようだった。それならば、好きにさせよう。
 仕方ないから、私は、また1人で本を読む日々を過ごした。……頼んで最初から本をテーブルの上にいくつか立てておいて貰って、好きなものを読める状態にしておくという方法で。
 悪魔。魔法使い。人間。
 私は何? ここにいるのは偶然ではない。私は何を為すためにここに来たの?
 私は――アリスのために何をしてあげられる? 人間の魔法使いなんかに負けないくらいの力を与える?
 人間の魔法使い。それも引っかかっているところだった。どうしてだろう。私は、その人間に、とても会いたい。その人間こそが今の私と「私」の接点に違いない、そんな気がしていた。何故なら「私」はきっとその人間を知っているから。そうでなければ、今アリスに言いたくて言えないでいるこの言葉の理由がわからない。――貴方は決してその人間には勝てないと。少なくとも、魔法では。

 そんな悩める日々に変化を与えたのは、ある日アリスが持ってきた一冊の本だった。


 アリスの顔にあるものは、強い決意の表情。
 私に黒い本を見せる。1ページずつ、ゆっくり読ませてくれた。
「究極の魔法よ」
 驚いた。その本に書かれているのはまさに、究極と呼ぶに相応しい魔法だった。
 いや――もっと驚いたのは、本当は別のことだった。私が読んだことのない魔法書があるなんて――と。魔法書? 違う。これは、魔道書だ。本そのものから魔力を感じる。重く、人を拒絶する魔力。
 究極の魔法は、しかし、その弱点もすぐに読み取れた。この魔法は、誰にも使いこなせない。
 アリスが使うには要求される魔力の容量が膨大すぎる。私が使うには制御が複雑すぎる。
 そして、何より、使えたところで、身体に与える負担が大きすぎる。
「この本は、昔からここにあった。誰が何のために作ったのかは知らないわ。私にとっては、最後の切り札なの」
「切り札にもならないわ。誰にも使えない魔法なんて」
「使うわ」
「――まさか。無理よ」
 私はテーブルに下ろしてもらい、その本を間近くから眺める。暗い魔力が、私が近づくことを拒んでいる。
 私は吸い寄せられるように、本に触れた。

  (究極の魔法、だったのよ)
  (――だった?)
  (もう私には必要のないものだから。今でも持ち運んでいるのは、私自身への戒めみたいなものよ)

 ――え?
 まただ。また何か、聞こえた。今の会話は、何だろう。
 1人の声は――私?
「人形さん。あなたのおかげで、吹っ切れたわ。私は、人間なんかに――なんて考え方は、もうしない。私は私の出せる全ての力を使って、あの人間ともう一度戦う」
 はっと意識をまたこちら側に戻す。いつの間にか本からはまた距離が離れていた。
 アリスは、出せる全ての力を使って、と言った。もう一度戦うと言った。
「だから……切り札を? でも、貴方に使いこなせるとは思えない」
 使いこなせるどころか、下手をするとアリス自身を傷つけるだけの結果に終わりかねない。危険な魔法だった。
「そのときはそのときよ。やってみないとわからないでしょ」
「わかるわ」
「それでも、使ってみせる。人形さん、あなたは私の思い上がりを見事に壊してくれた。魔法使いとして私は、これを使わなければいけないのよ。これは、私が魔法使いとしてのプライドを守るための戦いなの」
 ――アリスのその言葉に、迷いはなかった。
 そういうことか。アリスは、人間と戦いに行くのではない。魔法使いとしての自分の限界と戦いに行くのだ。
 それならば、止めるわけにはいかない。おそらく、負けるだろうとわかっていても。
「……本当に正直なことを言うと、貴方の適正は、純粋な魔法なんかじゃないわ。最大の武器は貴方の人並みはずれた集中力と制御力よ。――なんて、今言うのは意地悪かしら」
 本当に強くなるためには、アリスに必要なことは、今のように正直に魔法の訓練を重ねることなどではない。
 誰にも到底理解できないほどの微細な制御をもってして、誰にも真似の出来ない自分だけの武器を見つけることだ。そうすれば、きっと、誰にも負けなくなる。
 アリスは、私の言葉は、肯定も否定もしなかった。
 ただ、
「ありがとう」
 そう言って、私に。
 思えば初めての、素直な笑顔を見せてくれた。


 本当はアリスの戦いについていきたかったけれど。
 アリスのことを見守りたかったけれど。
 人間の魔法使いにも会いたかったけれど。
 私の役割はきっと、アリスの決意を促した時点で終わっていた。

 だから、このときからもう、収束は始まっていた。



[The past 5 - Bed -]


 少女が泣いていた。
 自分の限界を完全に見せ付けられ、絶望し、これで何もかもが終わったと叫んでいた。
 少女は、自分の持てる全ての魔法を出し尽くして、本気で魔法の戦いを挑み、敗れた。
 苦しいだろう。最高の切り札を以ってして敗れるということは。
 私は、今は何も声をかけたりはしない。ただ、この少女を、アリスという魔法使いを、見守っている。これは、避けられない結果だった。アリスは、純粋に魔法だけで戦っている限りでは、「彼女」には勝てない。
 悲しいだろう。だが、これは魔法使いアリスにとって必要なステップだったのだ。今なら、わかる。

 かつて私が、同じように最大の秘儀を持ち出してなお、彼女に勝てなかった、あの日と同様に。

 アリスが持ち帰った、焦げた黒いローブの切れ端を見て。
 私は確かに、彼女のことを、思い出していた。
 おそらく、<この世界の本当の「私」>がこれから出会うことになる彼女のことを――


 しかしアリスは、その日に眠りに入ってから、朝になっても、昼になっても、さらに次の日になっても、目が覚めることはなかった。
 アリスを見れば、原因はわかる。私もあの本を読んだのだから。これは、無理な魔法を使った反動。アリス自身も、覚悟を決めた上でだったのだろう。あのときの表情は、後遺症のことを含めて全て受け入れていた。
 うなされ、苦しそうな悲鳴を漏らし、時には体をベッドの上で跳ねさせるほどにもがき苦しむアリス。
 私はベッドを必死によじ登って、彼女に触れる。凄まじい熱だった。こんな熱が何日も続いたら器官が壊れてしまう。またベッドを慎重に降りる。シーツにしがみついて、足を置くようなひっかかりがない絶壁を、ほとんど手の力だけで体を支えながら。
 ダメだ。濡れタオルでもかけて熱を下げようと思ったが、この先はもうどうしようもない。タンスを開ける手段など、この人形の体にはない。タオルを取り出したとしても濡らすこともできない。できたところで、そんな重いものを持ちながらベッドの上まで運ぶことなんて不可能だ。
 歯軋りをする。――いや、歯なんてない。気分だけの問題。
 こんなに何もできないなんて。魔法使いなのに、普通の誰にでもできる看病ができないなんて。
 私が使える魔法はアリスが見せてくれたあの光の矢だけ。こんな状況では何の役にも立たない。
 思い出して。少しずつ、まだほとんど曖昧ではあるけれど記憶は戻ってきている。どうせなら、魔法のことだって思い出してほしい。
 考える。今まで記憶に刺激を与えるようなことがあったのはどういうときだったか。アリスの名前を聞いたとき。あの魔道書に触れたとき。黒いローブの切れ端を見たとき。
 ローブ! それだ、今の私にはそれしかしがみつけるものはない。
 あれは、アリスが握り締めたまま眠ってしまった。敗走したアリスが戦いの記憶として持ち帰った、相手に与えたダメージの証。握り締めたまま。
 あれに触れれば、魔法に繋がる記憶が戻ってくれるかもしれない。そんな期待に賭けるしかない、今は。ベッドをまたよじ登る。幸い、人形の体は軽く、この腕二本あれば体重を十分に支えきれるような強度設計になっている。筋肉痛になることもない。ただ、シーツをしっかり握るのは難しかった。油断すると、手が滑ってそのまま床に落ちかねない。急ぎながらも、慎重に、登りきる。
 ベッドの上。覚悟を決めて、布団の中に潜り込む。アリスはあれを右手に握り締めていたはずだった。今も手放していなければ。あれだけ暴れていたことを考えると、保証はできない。
 アリスの体温で長時間温められたそこは、灼熱の世界だった。でも大丈夫。熱いだけ。人形の体が溶けるようなことはない。むしろアリスの体が心配だ。私には布団を取り替えてあげることもできない。もし暴れて布団を落としてしまったら、かけてあげることもできないのだ。
 布団をかきわけて、中を進む。布団は重い。なかなか進まない。真っ暗で何も見えない。なんとか手探りでやっていけばどこが手でどこが指かはなんとかわかるだろう。すぐ隣にあるアリスの体は、信じられないくらい熱くなっている。このまま燃えてしまうのではないかと思えるほどに。急がなければ。
 熱い体を撫でながら進む。今触れている感触は、間違いなく素肌だ。場所的に腕を捕まえていると考えて間違いない。このまま下がっていけば指先にたどり着くはずだ。進む、進む。時折布の感触に変わる場所は、包帯を巻いているところだろう。強く触って傷を悪化させないように気をつけて進む。
 触れる肌は汗で濡れている。手首までたどり着いた。もう、そこにあるはずだ。それは。
 私が今すがりつくことの出来る、たった一つの手がかりが。
 指の先。確かにそこに、布団でもシーツでもない、もっとざらざらした触感の布地が触れた。あった。私は、思い切って、抱きつくようにそれを抱え込んだ。お願い、アリスを助けて――


  それは、懐かしい未来の記憶。
  まだ私が、狭い世界しか知らなかった頃。

 (魔法が得意のようだな。まだ隠し持ってんじゃないのか?)
  違う。出し惜しみしたわけじゃない。ただ、全力を出せなかっただけ。
  本当の私の魔法が出せたら、あなたなんて圧倒するんだから。
  ――そう、思っていた。そうだ。そう思っていた。私は。
  ――すぐ後に、間違いに気付くことになった。
  ――その日から私の時間は、とても早く進み始めた。

  私の魔法。ここで、見せてあげる。
  全ての元素を操るとっておきの魔法を。


 ばっと身を起こす。布団をかきわけて、外に出る。
 ありがとう、人間。これが私が貴方に作った、初めての借りということになる。この先の日々にたくさん作ることになる借りの、これが一番最初。
 布団から外に出ると、迷わず私は服を脱いだ。少し濡れていて脱ぎづらかったが、なんとか自分でもできた。一気に外気を受けて、先程までの温度差のせいでとても寒い。
 下着姿のまま、私は脱いだ服を目の前にかざした。
 一度、大きく息を吸った――

 例えば水。
 水の元素をここに集めて、魔力から変換したエネルギーを注ぎ込み、化学変化を誘発して水を生成する。
 エネルギーの質をコントロールして、うんと冷たい水にする。生み出した水を、脱いだ人形の服に染み込ませる。
 氷のように冷たくなった服を、アリスの額にぴと、と当てる。そして、ゆっくりと顔の汗を拭いていく。顔だけではない。さらに首から、見える限りその下のほうまで、もっと……
 汗を拭いたら、一度それを温めて乾燥させて、また新しい水を生み出して冷やす。今度はそれを額の上に置いておく。
 すぐに熱くなる。熱くなったら、また新しい水を。しっかり冷やして、乗せる。
 魔法が使えたとしても、できることはこれくらいのことでしかない。だけど、根気よく続けていけばきっと回復させることができる。
 暗くなっても、意識が落ちそうになっても、また熱くなったと思ったらすぐに水を。本当を言えば人形の服も都度洗濯して清潔にしていきたかったが、そこまではできない。ただ、ずっと、この作業を続けた。
 やがて熱が落ち着いてきて、アリスの表情が柔らかいものに変わる、3度の朝を迎える後まで。


 目が覚めると、何やら頭の上が重いことに気付いた。
 目を開けたとき、視界に入ったのは私の下半身――下着以外何も身につけていない、ほぼ裸の状態の人形の体と、白い布団だった。
 ――アリスの熱が下がってきて、よかったと安心した途端に、私は眠ってしまっていたらしい。そのまま、ベッドの上で。それにしてもどうして横になっているのではなくて、ベッドの上に座っているのだろう。何やら温かいものに背を預けているようで。
「おはよう、人形さん」
 不思議に思っていると、真上から声が聞こえた。懐かしい声。
 私はすぐに振り向いて見上げ……ようとしたが、動かなかった。頭に何やら力がかかっていて。頭の上の力が、少しずつ動いて髪を撫でているのに気付いたとき、やっとそれが手であることがわかった。
「……アリス、大丈夫なの?」
「あなたのおかげでね。ありがとう」
 声だけが聞こえてくる。そうか、私が背にしているのは、同じように半身を起こしたアリスの胸だ。後ろから軽く抱きかかえられている。
 とにかくまずは振り向いてアリスの無事な顔を確認したかったが、その動きはまた遮られた。
 くすくすと、小さな笑い声が届いた。
「ダメよ。たぶん、酷い顔になってるから」
「もしかして、起き上がれないの?」
「ううん」
 アリスの、嬉しそうな声が私の懸念を否定する。
「人形さん、寝てる間は普通に人形なんだもん。いなくなっちゃダメだよって、お願いしながら、温めておいてあげたの」
「……そう」
「あなたの魔法、使えるようになったのね。おめでとう。もう、全部思い出した? よかったら……名前、教えてくれる?」
 そっと髪を撫でる指の動きが、止まる。
 私は、ふるふると頭を横に振って答えた。
「ごめんなさい。それはまだ、思い出せないの」
「……残念。名前で呼び合えば、ほら、友達っぽいかなって思ったのに」
「名前がわからなくても、私達は大切な友達よ、もう」
「……」
 アリスの言葉が止まった。
 ――静かにしていると、アリスの鼓動の音がよく聞こえる。安静状態にしては、少し、速いような気もした。
 しばらくそんな沈黙の後、アリスは再び私の髪を撫で始めた。
 そしてまた、楽しそうな笑い声が戻ってくる。
「……ふふ。それじゃ、大切な友達のために、まずは新しい服を着せてあげないとね」
「ぇ!?」
 何やら。
 とてもとても、不穏な言葉を聞いてしまった。ああ。思い出すあの感触。
 ぞわり。
「い……いいわよ、別に。あ、適当に置いてくれれば、自分で着られるから――」
「だ・め♪」
「はぅっ」
 私は人形。主人の意思には逆らえません。物理的に。
 アリスは私をベッドの奥のほうに置くと、布団から足を出して、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。
 立ち上がった直後、くらり……と体が倒れそうになるが、すぐに持ち直した。何日間も眠ったままだったのだ、無理もない。
 ベッドから降りたアリスは、途中一度も私のほうを振り返ることなく、部屋を出て行った。顔を洗いにいったのだろう。よほど私に顔を見せたくなかったようだ。……それも、プライドなのだろうか。
 逃げてもどうしようもないことがわかっている以上は、私は大人しく待つしか選択肢がない。
 しばらく待っていると、アリスは手の中にまた小さな服を持って戻ってきた。
 ――これまた原色が多い、派手な。
 私が口を開こうとすると、アリスは先に照れ笑いを浮かべながら言った。
「わかってるわよ。こういうのしかないんだから……ごめんね」
 言われてしまった。
 ……まあ、確かに、何も着ないよりはずっといいだろう。うん。
「人形さんは、白いのが好きなんでしょ? 看病してくれたお礼に今度、あなた好みの服を作ってあげる。何かリクエストはある?」
 フォローするようなアリスの言葉。
 私はあわてて、ぶんぶんと首を横に振った。
「そこまで言うわけじゃないから……」
「いいのいいの、これも私の楽しみなんだから」
「……白くてふりふりでリボンがいっぱいついたの」
「ん。なんだ、意外に少女趣味なのね」
「……ぅ」
 くすくす。アリスは無邪気に笑う。
 ……恥ずかしい。
 聞かれたから素直に答えただけなのに!
「期待に沿えるように頑張るわ。ま、それはそれとして、今はこれを着る番ね。はい、大人しくしててねー」
「きゃーーーー」
 いつか機会があったら同じこと仕返ししてやりたいと思いました。
 まる。


[The past 6 - The shrinking world(beginning) -]


 再び、研究部屋の地下、魔法訓練所に降りてきた。
 ここに連れてこられるのは久しぶりだった。初めてアリスの魔法を見せてもらったあの日以来だった。
 アリスが意識を戻してから2日目、しっかり食事も取って、元気を取り戻した後。アリスは私をここに連れてきた。意識を取り戻して以降のアリスは、開き直ったように明るくなっていた。涙を見せることもない。
 暗い訓練所の中は、以前に見たときと変わってはいなかった。私が壊した壁もそのままだ。
「あなたには、見ていて欲しいの」
 アリスは私にそう言った。
 何を? と聞いた。
 決意を。と、アリスは答えた。

 部屋の中心部で、アリスは立ち止まる。持ってきた魔道書――「究極の魔法」を床に置く。
 私は少し離れた床に置いておかれた。そこで見ていて欲しいと言われた。
 そしてアリスは――服を、脱ぎだした。
 驚いている私の目の前で、可愛らしいエプロンドレスも、赤いワンピースも、カチューシャも、靴も、そして残っていた包帯、下着まで、全て。身につけているもの全てを外した。服は近くの床に放り投げ、全裸で、堂々と部屋の中央に立つ。
 本当にまだ幼い、痩せた小さな体だった。普段着ている服のボリュームがあるぶん、なおさら小さく見える。ところどころにまだ残る傷痕が痛々しい。
 しかし、何を始めるというのか。服を脱ぎ捨てなければできない魔法など、私の知る限り、ろくなものがない。それこそ悪魔を召喚しようだとか、異世界へのゲートを開こうだとか、眉唾物の魔法ばかりだ。
 アリスは両手を前方、下に向けて突き出す。掌の向いた先には魔道書。
 掌がぽぅ……っと青白く光る。地下室の空気が流れ始める。
 アリスは、口を開く。そして詠う。力を持った言葉――呪文を。
 詠唱を必要とする魔法、儀式魔法だ。一瞬の集中力を要する通常の魔法と異なり、儀式魔法は魔力を慎重に積み上げて、ゆっくりと目的の形にする。攻撃魔法が岩に楔を打つようなものだとすると、儀式魔法は長年かけて溶かしていくようなもの。戦いの場面ではとても使えないが、時間がかかってでも大きなことを成し遂げたいときに使用する。
 普段の話し声とは全く違う、張りのある声が部屋中に響き渡る。それに伴って、少しずつ掌の光が強くなり、風が舞い始める。魔道書を中心として、台風のように昇り循環する風。
 風は、私が座っているところには、ぱたぱたと服が揺れる程度にしか届かない。しかし、中心部に近い場所での風の強さは、荒々しく舞うアリスの髪を見ていれば容易に想像できた。
 相当大掛かりな魔法のようだ。何分も、詠唱は続く。
 そして――
「――今、魔道書の開放と発動を封じる。アリス・マーガトロイドの時を以って契約とする」
 強く、強く、光る。
 真っ白な光が視界を埋め尽くしていき、ここに、魔法はクライマックスを迎える。
「成れ」
 最後の言葉とともに、ばちり、と大きな音。
 何が起きたのかは光の中で、見えない。最後に光は極大になり、風も周囲に向かって流れ――私はなんとかその場に踏みとどまり――
 魔法は、終わった。

 消えていく光。
 静寂の戻った部屋。
 急激な明るさの変化に混乱する視界がやがて少しずつ元に戻っていったとき、私が見たものは、
 赤い封印を施された魔道書を手に抱える、裸の女性だった。

「え……?」
 我が目を疑う。
 最初は、それがどこかから召喚された人なのかと思った。違う。その女性には――成熟しつつある少女の身体を持つその姿には、確かに、アリス・マーガトロイドの面影が残っていた。
「……アリス……?」
 私の呼びかけに、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
 ふわりと、柔らかい微笑みを私に見せてくれた。
 ああ。やっぱりアリスなんだ。その顔を見て、やっと確信する。背は一気に伸びて、体つきも女性っぽくなり、顔も大人のそれになろうとしている彼女は、やはり、アリスだ。
「ちゃんと、見ててくれた?」
 声まで、変わっている。本当に――さっきの間に、大人になってしまったということらしい。
「最後はよく見えなかったわ……ごめんなさい」
「構わないわ。伝わったでしょう? 私の覚悟」
 アリスは、床に置きっぱなしの小さな服を持ち上げて、眺めて、少しだけ寂しそうに微笑んだ。とても、もう、サイズが合わない。
「魔道書に封印を施したわ。私が本当に成長して、大人になって、迷いが無くなるまで絶対に解けない封印。封印の糧は、私の時間。私の時間をほんの少し、捧げたの」
 ……私は、ただ、絶句する。
 どれほどの覚悟だというのだろう。長くとも有限であることに違いない生きる時間を、それももっとも貴重な時代と言える時間を、たった一つの封印に捧げたのだ。
 アリスの表情に、悔いも未練もなかった。相当な決意だったのだろう。
 手に持つ魔道書は、赤い帯で固く結ばれていた。封印の証。この、見た目にはどうということのない封印に、想像を絶するほどの強い意思が込められているのだ。
「そうまでして、貴方が守りたいものは、何?」
「アリス・マーガトロイドという魔法使いの未来を」
 もう二度と背伸びした力で戦うことの無いように。
 この先、進むべき道を誤らないように。
 アリスの言葉はそう語っていた。
 私は、そう、とだけ答えた。その決意はきっと、間違いではない。きっと「私」はそれを知っている。だから、もう、何も言わない。
「アリス……その本に、触ってもいい?」
 黒い魔道書。赤い封印。
 私は――
 アリスは、しゃがみこんで、私にその本を差し出してくれた。
 手を伸ばす。
 ああ。やっと会えた。私は。
 その本に、触れた。
 ぱし、と、何かが弾けるような音がした。


[Coming era - by my friend -]


「いつもその本を持ち歩いてるのね、アリス」
 私は気になっていたことを聞いてみた。
 私と一緒で本が大好きというタイプでもないようなのに。アリスはいつも人形遊びに夢中だ。それでもその黒い本だけは、いつ見ても必ず持っている。開いているのを見たことはないが。
「うん。気になる?」
「とても。何の本なのかしら――いえ、魔道書なのはわかるけど」
 魔法の本は、どんなものだって読みたい。私が知らない魔法の本があるというのは、プライドが傷つく。
 アリスは、はい、と本を手渡してくれた。
 絶対に他人には渡さないようにしているものなのかもしれないと想像していただけに、ちょっと拍子抜け。でも、ありがたく受け取っておく。
 黒い本には、赤い封印が施してある。それも知っていた。
 ただ、こうして手にしてみると、封印の重みが、ただごとではないことを知った。
「それは、究極の魔法なの。いえ、究極の魔法、だったのよ」
「――だった?」
「もう私には必要のないものだから。今でも持ち運んでいるのは、私自身への戒めみたいなものよ」
 とてもとても気になる言い方。
 知りたい。どんな魔法だったのか。知りたい。この封印が何なのか。
 もう必要ないと彼女は言った。つまり、一度は必要だった時期もあったのだ。
 究極の魔法。それに施された封印。封印から感じる強い想い。
 私はすぐにこの本に心を奪われてしまった。
「あなたにとっては喉から手が出るほど欲しいものかもしれないわね。あなたならもしかしたら使いこなせたのかもしれない」

 そうだ。
 私はもう、いてもたってもいられなくなって。
 封印に少し、干渉した。
 そして、ぱしんという音を聞いたのを最後に――


[The past 7 - The shrinking world(progress) -]


 やっと、繋がった。
 やっと、ここまでたどり着いた。
 私は、封印に込められたアリスの時間を少し、わけてもらったのだ。そして今、ここにいる。
 やっぱり、偶然なんかじゃなかった。私がこうして人形になっていることも、最初から決められていたのだろう。
「アリス! 私、思い出したわ。私の名前――」
 今度こそ全てを伝えてあげられる。
 私は嬉しさに声を弾ませる。
 ――見上げたところに、アリスはいなかった。いつの間にか魔道書もない。
「……アリス?」
 慌てて、周囲を見渡す。ここは魔法訓練所。私が変な場所に送られたわけではない――
 ――遠く。この部屋への入り口となる階段のところに、ほとんど闇に消えかけている後姿が見えた。裸のまま、歩き続けている。
 私は精一杯の大きな声で、叫んだ。
「アリス!」
 人形の体では、それでも、たいしたボリュームにはならない。それでも静かな室内を僅かに反響しながら、アリスにまでちゃんと届いたはずだ。
 その後姿は、ぴたりと足を止めて、ゆっくりした動作で、振り向いた。よかった。聞こえてくれた。
 私は、走る。アリスの元へ。ぺちぺちと、軽い音を立てながら。全然進んでくれないが、走った。
「置いていくなんて酷いじゃない! もうちょっとで私閉じ込められるところだったじゃないの!」
「……え……?」
 アリスの声。
 戸惑ったような声。何だろう。今見せたあの表情は、何だろう。
 まるで――
 ううん。きっと、気のせい。
 ――私が余計な懸念を振り払いながら走っているうちに、アリスの表情は少しずつ、苦笑いに変わっていった。
「あ、ああ。ごめんね。大きな魔法使ったあとだから、ぼーっとしちゃってたみたい」
 えへへ、と笑ってごまかすアリス。いつものアリスだ。
 ……私は、走り続けて、追いついた。


[The past 8 - The shrinking world(decline) -]


「大きくなっても私はやっぱり綺麗ね。人形さんもそう思うでしょ?」
 アリスは新しい自分の身体の各パーツの寸法を測りながら、鏡の前で笑顔を見せる。
 事実、とてもよくバランスの取れた体つきに成長していた。……その意味では、ちょっと、うらやましい。顔も相変わらず可愛らしいままで素晴らしい限りだ。
 ――アリスは、私をまだ、人形さんと呼ぶ。私がまだ、名前を教えていないから。
 知りたがっていた名前をすぐにでも教えてあげたかった。本当は、今でも、すぐに。
 だけど、そのことを言おうとするたびに、あの時のアリスの表情が脳裏に蘇る。戸惑いと驚きと葛藤が混じったような、不思議な表情。あの表情を思い出すと、私は何も言えなくなってしまう。
 アリスはうん、と一度大きく頷くと、鏡を離れ、タンスから大きめのタオルを取り出し、とりあえずそれを身につけて服代わりにする。
 大きな紙をテーブルの上に広げて、驚くほどの速さでペンを走らせて、新しい服装のデザインと寸法図を描いていく。あっという間に軽く色までつけられた絵の完成。
 描き終わると早速、自分の服を作りにかかる。無数にある布地の束から2色、ざっくりと切り取って持ってくる。――そこから先の作業は、何が行われていたのか、私にはよく理解できなかった。適当に線を描いているだけではないかと思えるくらい澱みなく布地に描かれた線は、フリーハンドとは思えないほどに真っ直ぐな直線だったり滑らかな曲線だったりして、しかもペン以外の一切の道具を使っていないというのに、左右対称のパーツには僅かな狂いも見られない。私が目を丸くしている間に、気がつけば見事なパターンが描き終えられていた。
 はさみを持ってからも、また速い。切る。仮止めする。縫う。飾る。全ての作業が、芸術的とも呼べる速度と優雅さで行われていった。
「仮だから、まずはこんなものね」
 仕上がった服は、アリスの言葉どおり、彼女にしてはシンプルなものだった。しかし、出来映えは十分に外出着として通用するレベルだ。改めて、アリスの器用さに惚れ惚れする。恐ろしい。
 ――私も何かひとつ、こういう女の子らしいスキルが欲しいな、なんて思ったりもしたのだった。アリスのそれは女の子らしいのレベルを超越しているような気もするが。
 アリスはタオルを脱いで、出来たばかりの服を着る。襟、袖、バスト、ウェスト。見事に計算どおりにフィットしていた。ふわりと青いスカートが舞う。なんて可愛らしい。アリスも満足そうに頷いている。やはり凄い腕前だ。
 って。
 ……下着、つけてないわよね、今の、どう見ても……。
「……えと」
 私が言いづらそうにもごもごしてると、アリスは理解してくれた。あー、と恥ずかしそうに視線を逸らし、こりこりと頭の後ろのほうを掻く。
「あれは時間かかるから、とりあえず……買ってくるわ」
 ――その格好で?
 つまり、アレだ。スカートの下に何も穿かないでお買い物というわけです。
 ごくり。
 ……い、いやいや。おちつけじぶん。あやしいひとになってしまう。アリスが何食わぬ顔で人のたくさんいるところでお買い物しているその裏ではスカートの下何も穿いていないなんて倒錯的なチャレンジしようがしまいが私には関係ない話でそんな想像しちゃったらぶーーー
 ……
 おちつけ。
「わざわざスカートにしなくてもよかったのに……」
 せめて。そう思うものだ。
 指摘すると、アリスはびしっと指をつきつけてきた。
「言っとくけど、私はスカート以外は致命的に似合わないわよ」


 そわそわ。
 考えてみれば、ここに来て以来、アリスの家から外に出たことは一度もない。
 アリスの買い物の留守番として待つ間、色んなことに思いを馳せる。この世界にも本当の「私」はまったく違う場所にいるはずで。この先、アリスと同じように、自分の世界に入り込んできた不思議な人間の魔法使いと対峙して、敗れ、後にアリスと初めて出会うことになる「私」が。
 私がここに来て、結果的にアリスに大きく干渉することになった。このことが「私」達の初めての出会いを変えるのだろうか? しかし、私が初めて出会ったときにはもう、アリスは今から進む道を通るアリスだった。すでに私の行動は歴史に組み込まれている。だが例えば私が自分の名前を明かしたとする。そうすれば私達の出会いは初めてではなくなるだろう。アリスと出会った頃の「私」にはまだ私の記憶はないが、アリスにはある。アリスは私のことを知っている状態で、初めての出会いを迎えることになるはずだ。おかしなことにならないだろうか?
 名前を明かすことの出来ないもう一つの懸念が、それだった。タイム・パラドクス。言葉は私も聞いたことがある。もともとアリスの封じた時間を少しわけてもらっただけのここにいる私は、もうそんな長くはこのままではいられないだろう。ここで仮に私が残りの時間を利用してこの世界の「私」に会いに行けば、どうなるのか。今なら空を飛んで自由に移動することもできるのだから、その気になれば不可能ではないだろう。
 やはり、怖い。私はこのまま残りの時間を大人しく過ごして、アリスの中では最後まで「正体不明の幽霊」という存在であるべきなのだろう。アリスの前で魔法も使ってしまったが、幸い、見られた魔法はアリスの魔法だけであって、私の魔法ではない。それならば、問題はないだろう。魔法はもう、封印しよう。
 ――がちゃり。
 玄関のドアが開く音が聞こえた。買い物から帰ってきたみたいだ。
 静かな足音が、部屋に近づいてくる。足音も、初めて出会った頃のそれより、ずいぶんと大人っぽくなっていた。外見だけが変わったというわけでもないようだ。
 アリスは部屋の扉を開け、この部屋に入ってくる。部屋の真中で、皮製のバッグを下ろす。
「おかえり。……特に、トラブルはなかった?」
 そんな格好で出かけて。例えば急に強い風が吹いたとか、階段を登るときに視線をやたらに感じたとか、微妙に癖になってしまいそうだとか――
 少しわくわくしながら尋ねる私の挨拶に対して、しかし、アリスは振り向きもしない。
 バッグから買ってきた下着を何枚か取り出して、選んでいる。……夢中になっていて聞こえなかったのだろうか。
「アリス?」
 アリスはちょうど私に背を向けたまま、一枚の下着を取り出して、それを足に通す。
 ……穿いていく最後の瞬間、可愛らしいお尻が、ちょっと見えてしまった。
 いや、既に全裸姿をいくらでも眺めているわけで、今更ではあるのだが、一度改められてしまうと、やはり、恥ずかしいもので。
「ちょ、ちょっと、もうちょっと見えないようにするとかしなさいって……」
 嬉しいけど。
 いやいや。
「……?」
 アリスは、ここで、やっと振り向いてくれた。疑問符を顔に浮かべながら。
 私と目が合う。アリスの表情が変わった。
 ――ああ。まただ。また、あの顔だ。悩み、葛藤。疑問。戸惑い。
 私の楽しい気分が一気に吹き飛ぶ。
 それは、少し前まで私がよく見せていた表情なのではないだろうか。
 何かを思い出したいときの顔。
「あ……わ、ごめんね。挨拶もしないで。ただいま、人形さん。これでちゃんとした格好になったわよ」
 少し待って、アリスの顔にまた笑顔が戻った。でも、それは、作り笑顔。
「……うん」
 もう、ごまかせない。アリスのあの表情は、確かに目でこう訴えかけていた。
 どうして人形が喋っているんだろう――と。


[The past 9 - The shrinking world(convergence) -]


「おはよう、人形さん。今日もいい天気みたいよ」
「今日のパンはね、ちょっとはちみつを練りこんでみたの。焼く時間間違えてちょっと焦げちゃった」
「そろそろちゃんとした服も作らないとね。人形さん、私にはどんな色が似合うと思う?」
「あ、読みたい本があるなら、なんでも言ってちょうだい。サービスしちゃうから」
 あの日から。
 アリスは私に、とてもよく話しかけてくるようになった。何か作業をしているときも、思い出したようにちらちらと私のほうを伺っては話しかけてくる。外出はしなくなった。私のベッドも、テーブルの上ではなくて、アリスのベッドの頭のほうに空いたスペースに置かれるようになった。何より、朝起きたとき、まず私の姿を探すようになった。
 指の隙間から零れ落ちていく砂を、必死に全身で受け止めて、その流れを止めようとするかのように。
 頑張ってずっと笑顔を作っているアリスが、痛々しかった。アリスは必死に戦っている。どういうわけか抜け落ちていく私の存在の記憶を、なんとか押しとどめようと。
 私は、出来る限り自然に、会話に答えていった。アリスの葛藤に何も気付かないふりをして。
 見た目にはとても楽しく、仲良く過ごす幸せな日々が続いた。
 本もたくさん読めた。アリスとはいっぱい話ができた。いっぱい、一緒にいることができた。私の言葉は「ちょっとぼーっとしてて聞き逃しちゃった」ということも何回かあったけれど。

 だけど。
「あ、人形さん、おなかすいたよね。パンわけてあげよっか?」
「人形さん、せっかくだから空を飛べたりしたら便利なのにね。魔法とか使えない?」
「そういえば、寝たりはするのかな――って、だからベッド作ってあるんだよね。何言ってるんだろね、私」
 そのうちに、アリスの口から出てくる言葉にも、綻びが現れ始めていた。
 もはやアリス自身も、ごまかしきれているとは到底思っていないだろう。着実に、私の存在の記憶が、失われていっている。そして、私の言葉が届かない回数も、多くなってきている。少し前の会話の内容も、昔に話したことも、急速に消失していっている。
 アリスの顔から、作り笑顔さえ、少しずつ消えていった。


「私ね。魔界を出ようと思っているの」
 それは、独り言だったのか。私に言ったのか。
 ある夜、唐突にぽつりと呟いた。
「人間がもっと知りたくなったの。人間の魔法使いをもっと近くからよく調べて、強さの秘密を探ってみたいわ」
「いいと思うわ。きっと、それがあなたのためになるから」
「うん。ありがとう。ありがとう……あなたがいてくれて、ありがとう」
 その会話は、それきりだった。


 寝る前。アリスは、私の体をその胸に抱きしめた。
「……このまま寝ても、大丈夫かしら?」
「アリスは寝相はいいほうだから、たぶん、大丈夫」
「そう? それじゃ、そうさせてもらうわ」
 私はアリスに抱かれたまま、ベッドに入る。
「おやすみ」
 温かかった。
 アリスは私を抱える腕に力が入らないようにと気を遣ってくれていたが、時折ぴくりと震えることもあり、そのたびに少し圧迫された。
 今日も一日が終わる。
 そして――ぱし、という乾いた音を最後に、意識が落ちた。


  私達が出会った日は、よく晴れた日だった。
  日光に弱い私には、辛いくらいの快晴だった。普段は日光を浴びる機会もほとんどない。
  割と強引に誘われたからだとはいえ、よくこんなところまで出てきたものだと思った。我ながら。
  明るくて、騒がしい。苦手な場所だった。私は静かに本を読んでいるほうが好きだ。
  ぽつんと1人で隅の方で座っているときに、話しかけてきたのは、彼女だった。
 「初めまして。私は、アリス・マーガトロイド。よろしくね」
  ああ、そうだ。私はいきなり声をかけてきた彼女に、最初は不審な目を向けてしまった。
  しかも、その後の彼女の言葉はなんだったか。確か――


 それが、未来の歴史。
 この出会いを確実に再現するために、私の記憶が戻るのにあわせて、アリスの中で私の存在がなかったことにされていく。
 これは、世界の辻褄合わせだ。
 やがて私は消え、私はこの世界に最初からいなかったかのように扱われる。私のこの記憶が、「私」に引き継がれるのか、それともこのまま消えてしまうだけなのかはわからない。それは、未来の話。
 アリスの封印から貰った時間で構成された私の世界は、綺麗な形で収束することを望んでいた。


 朝が来た。
 私が先に目を覚ます。アリスの腕の中。しっかり抱きかかえられていて、動けない。アリスが起きるまで待つ。
 ん……と、アリスの身体が動く。ほとんど同じようなタイミングで目が覚めたようだ。
 一度ぴくり、と動いた手が、その後ゆっくりと、私の体をそっと撫でた。
「おはよう」
 アリスの声が届く。
「おはよう」
 私が答える。よかった。まだ、私は消えていない。
 アリスは私の体を一度枕の側に退避させて、ベッドから起き上がる。
 んん、と伸びをしたあと、いつものように顔を洗いに行く。私は枕の上で待つ。
 少ししたらアリスが戻ってくる。最近完成した、飾り気の多い派手な服に着替えて。
 私の顔を覗き込むアリス。
「ねえ、人形さん。私、大切なことを忘れかけていたわ。約束していたよね、あなたの新しい服」
 あ。
 覚えていてくれたのか。もう、とっくに忘却の彼方だと思っていた。
 でも……もう、どうせ僅かな時間しかない。それよりは、一緒に話でもしたり本でも読んだりして過ごしたかった。
「いいわ、もう。私はこの服でも好きだから」
 だから、そう答えた。
 アリスは、にこりと微笑んで、くるりと体を翻して、机から紙を取り出す。
 テーブルの上に紙を広げて、デザインスケッチを始めた。たくさんの、たくさんのアイデアが描きこまれていく。
「……アリス?」
 私は確かに、もういいと答えたつもりだったのに。
 アリスはたくさんの案が書かれた紙を私に見せる。どれが一番好みかな? と聞いてくる。
 たくさんの案。私には、選びきれない。さすがにセンスもあるようで、私から見ればどれも素敵なデザインだった。一つを選ぶことなんてできない。
「私は――」
「じゃあ、これでもいいかしら。可愛いと思わない?」
 アリスの言葉は、どれでもいいと言いかけた私の言葉を遮って、続いた。一つのデザインを指差して。フリルもリボンもたっぷりの、いかにも作るのが大変そうなデザインだった。ね? と、私に笑いかける。

 ――ああ。そうか。
 やっと、わかった。
 アリスには、もう、私の言葉は、届いていない。

 その日アリスは、ただ、ずっと、私の服を作り続けてくれた。紙型から作って、薄い純白の絹に複雑な形を描き、ゆっくりと、慎重に。私が見ていてもどの部分がどうなるのか全く予測がつかないほど複雑な線がたくさん描かれていく。
 朝も昼も、夜になっても、ずっと続けていた。時折私に話しかけてくれる。ほとんど、独り言のように。
 私は、たとえ声が届かないとわかっていても、ちゃんと、話を続けた。会話をした。
 好きな食べ物とか、好きな本とか、何でも聞かれて、なんでも答えた。アリスは、そう、とか、私も好きなのよ、とか、答えてくれた。それ以上会話は続かない。ぎこちないお見合いみたいだと思って、私は笑った。よかった。人形の体でよかった。そうでなければ、もうとっくに、涙をこらえることなんてできなかった。

 アリスは、切り取った布地同士を縫い合わせていく。見ているほうが気が遠くなりそうなほど、細かい細かい作業。たくさんあるリボンが特に曲者のようだった。
 私は一挙一動さえも見逃さないようにと、じっと、見つめ続けた。会話も途切れがちになってきた。
 突然――アリスは、手に持った針を、人差し指の先に刺した。
「え?」
 見間違いかとも思ったが、一瞬歪んだアリスの表情を見ると、間違いではないことを知る。今のは手が滑ってという動きではなかった。明らかに、自らの意思で、刺していた。じわりと、血が玉になって溢れ出てくる。アリスはそれを、手元に置かれた綿で拭き取って、そこに軽く包帯を巻いた。
 驚く私に、アリスは、額に汗を浮かべながらも、笑顔を作って見せた。
「ごめんね。ちょっと眠くなっちゃったから、気合入れようと思って。あ、大丈夫よ、服は絶対に汚さないから」
 軽い口調で言った。
 そんな。どうしてそこまでして続けなければいけないのか。
 止めさせたかったが、何を言っても私の言葉はもう届かない。それに……やはり、止めてはいけないのだろう。アリスの顔を見ていると、邪魔をすることなんて、できなかった。
 ――その後も、アリスは、何度も針を刺した。指を変えて。そのたびに丁寧に拭いて、包帯を巻いた。
 アリスの表情に浮かぶ焦り。完成を間もなくにしている人形の服。あとはまだまだたくさんあるリボンを縫い付けていく作業を残すばかり。ほとんどできている。
 私は、アリスの記憶がもう限界に来ていることを悟った。こうして縫い続けている今ももう、私の存在が完全に消え去ろうとしているのだ。それを感じるたびに、アリスは針の痛みによって、なんとか意識を繋ぎとめようとしているのだ。
 もう、手は傷だらけだった。左手など、包帯が巻かれていない箇所のほうが少ない。
「もうちょっとだから、待っててね……もうちょっと、だから……」
 ああ――
 そう。もうちょっとなのに。本当に。
 世界は、なんて意地悪なんだろう。私にはもうわかった。間に合わなかったのだ。
 私の声は、もう、出ない。もう届かない笑顔を、最後に届ける。
 じっとアリスを見つめて、見つめて……ありがとうと、心の中で叫んだ。
 白くなっていく視界の先に、何回も、何回も、叫んだ。
 ありがとう。大好きよ、アリス。
 ありがとう。貴方に会えて、よかった。
 きっと、必ず――また――


 ぱしん、と世界が弾けた。
 ここに、世界の辻褄合わせが完了した。


[The past 10 - Alice -]


 陽の光が、優しく頬を照らす。
 目が覚めた私は、はっと体を起こす。
 ――何故か、テーブルに座ったまま寝てしまっていたようだ。ええと。どうしてたんだったか。
 手元に落ちている縫い針に気付く。その先にある白い人形の服に気付く。
 ああ、そうだった。これを作っていたんだ。つい夢中になってやっていたから、このまま寝てしまったんだ。
「!?」
 ずきん、と手が痛んだ。左手を見て驚く。包帯だらけだった。
 これも思い出した。確か、途中で寝てしまわないようにと、自ら針を刺して……どうしてそこまでして昨日中に作らないといけなかったんだろう?
 いや、そもそも。
 私は目の前にある人形の服を手にとって、しげしげと眺める。
「……なんで、こんな服作ろうと思ったんだろう……?」
 どう考えても私の趣味ではない。色が少なすぎて、つまらない。その割にフリルとかリボンとか、気合は入りまくっているのだ。
 うーん? と頭を悩ませる。
 ああそうだ。確か。
 ええと。きょろきょろと周囲を見渡す。ベッドの上に、それを見つけた。一体の人形。何の変哲もない人形。
 この人形のための服として、作っていたんだった。立ち上がって、人形を手にとって、テーブルに戻り、置く。人形の前に服をピタリと合わせてみる。うん、サイズもぴったり。
 ゆっくりと人形の今の服を脱がして、新しい服に着せ替える。
 とても可愛らしい。うん。満足。
「よく似合うわ。ねえ、あなたも満足でしょ?」
 人形に話しかけてみたりする。つん、と頭をつついてみたりする。
 人形は、この新しい服にとても喜んで、笑っているような――気がした。
「あはは、なんだか生きてるみたい。……そうだ、動く人形なんてどうかしらね。私らしい、素敵な武器になると思わない? ねえ」
 誰に語りかけるともなく――いや、人形に語りかけて。

 ぽたり。
「え?」
 ぽたり、ぽたり。
 人形の前に、大粒の雫が零れ落ちる。
「に……人形が、泣いてる?」
 ぽたり……
 ――ああ。違う。視界が歪んでいく。泣いているのは、私。
 ぎゅっと目を閉じる。熱い雫が止め処なく溢れ出し、頬を伝い、テーブルの上へと零れ落ちていく。
「ぅ……っく……どうして……っ」
 涙の理由がわからない。
 ただ、とても大切なものを失ったような、喪失感だけがあった。
 人形をぎゅっと握り締める。
「っ……ひくっ……や、やだ……何よっ……なんで……っ!」
 何で、喋ってくれないのよ。
 素敵な服ね、ありがとうくらい言ってくれたっていいじゃない。
 ――バカみたい。人形がそんなこと言うわけない。
 ぼろぼろと流れ落ちる涙。すぐ間近にある人形の姿さえよく見えなくなっていく。
 わけがわからないまま、私はずっと、泣き続けた。人形を握り締め、抱きしめながら。




[Now - Cherry blossom -]


 季節は春。長い冬が終わったあと、今度はまた長い春が始まっていた。
 魔理沙の「花見大会だぜ!」という大規模な人集めによって、ここ、博麗神社は、実に色んな生物が集まる宴会場と化していた。アリスは呆れた顔でこの様子を見つめてはいたが、本当は、誘ってもらえたことを誰よりも喜んでいた。
 とはいえ、知り合いの3人――霊夢、魔理沙、そしてよくわからないメイドは、3人とも色々と忙しそうにしていて。アリスはなんとなく、ぽつんと1人残された。
 ちらちらと様子を探っていると、同じように1人離れたところで静かに座っている女の子を見つけた。
 アリスは、よし、と思い切って彼女に近づいてみる。
「初めまして。私は、アリス・マーガトロイド。よろしくね」
 女の子は、冷たい目で、アリスを見上げた。
 うっと一歩引くアリス。怖い。いきなり目で拒絶されてしまったと感じる。
 しかし、それと同時に――不思議な感覚があった。
 女の子がそのまま何も言わないでいる間に、アリスは続けて口を開く。
「……ねえ、あなた。どこかで私と会ったこと、ない?」
 女の子の目は、ますます冷たくなった。
「古典的な……ナンパ?」
「……な、なんでよ!? 違うわよ! ……た、ただ、本当にそう思っただけで……」
 アリスは焦って、言い訳をする。顔が赤くなってしまう。いや、実際どこかで会った事があるような気がしたのだ。
 現に、初めて聞いたはずのその声にも、どこか聞き覚えがあって。
 やけに慌てるアリスの様子を眺めて、女の子は、ふふ……と笑った。目から冷たさが消える。
「いいわ。そういうことだってあるものね、きっと。初めまして、アリス。私はパチュリー・ノーレッジ。よければ、友達になりましょう。……あ、今のは恋人にはなれないわという意味も含んでいて」
「だ、だからーーっ! そういうつもりじゃないんだってっ! ……もう」
 簡単に顔を真っ赤にして慌てるアリスを眺めて、パチュリーはもう一度、笑った。
 いい友達になれるかもしれない。
 そんな気がした。


[Fin]




【あとがきを残す程度の能力】

このSSはcoolieの「東方創想話」に投稿させていただきました。
感想下さった皆様とってもありがとうございましたm(__)m
というわけで、そちらのほうのあとがきと解説を転載いたします。

この話に課せられた命題(パラダイム)は、以下の通りです。
(1)アリスはどうして人形遣いという道を選んだのか?
(2)アリスは霊夢や魔理沙と少し会わない間に急に大人になっていたのは何があったのか?
(3)究極の魔法の本をいつも封をしたまま持ち歩いているが何故なのか?
(4)ともかく、脱がす
(5)アリス可愛いよ 可愛いよアリス

そんなこんなで、この話は生まれました(ええええ
人形の正体に関しては、特に隠していく描き方にはしなかったので、割と早くから明らかになっていたとおもいます。たぶん。
終わりがあっさりしてますか? ごめんなさい。その、シリアス向いてないんです。何その問題発言。

ええと、時間関係はこんな感じになっております。
 東方怪綺談 → [The past 1-4] → 東方怪綺談Extra 
       → [The past 5-10] → (アリスのいぢられキャラ養成期間)
       → [Prologue] → [Now] → 東方萃夢想 → [Coming era]
ややこしくてごめんなさい。うまく表現しきれていなかったかもしれませんxx

前半でのパチュリーっぽい表現は「例えば火。火の元素を……」「悪魔といっても……」「本」あたりです。
パチュリーとアリスが絡むのってほとんど見たことないなあと思いました。
しかし同じ魔法使い同士。また、同じように魔理沙の洗礼を受けた魔法使いです。
萃夢想でせっかく出会っているので、この先も色々と接点があるのではないかと思います。
主に魔理沙を中心に。魔理沙は今回も隠れ主役でしたから。


というわけで。感想などとてもとても心待ちにしております!
あいらぶゆー!