―――30分前。


「じゃ、適当なとこに座って」
「はいっ」
ぴょこん、と跳ねるようにコンビニの袋を持った右手を大きく挙げて、栞が嬉しそうに返事する。
袋の中で買い込んだお菓子ががさり、と音を立てた。
「…なんか妙に元気だな」
「祐一さんの部屋に入るの、久しぶりです」
ああ、そうだな、と祐一は自分も重い袋をどん、とカーペットの上に置く。
「相変わらず綺麗な部屋ですね…」
「そうか?」
「私の部屋より、綺麗です」
実際、祐一の部屋は…ここが祐一の部屋になってから1年強というところだが…、ほとんど必要最低限のものしか置いていないのではと思えるほど片付いていた。
祐一も改めて自分の部屋を見渡して―――ぽつりと呟く。
「…殺風景か?」
「はい」
遠慮なく笑う、栞。
性格柄かもな…とためいきをつく祐一。
「仕方ない、そのうちに部屋にマネキンでも飾っておくか。もちろん女の等身大のやつな」
「素敵ですね」
「いやむしろツッコめ。ここは。頼むから」
頭を抱えこんで唸る。
本気かどうかも分からないだけにツッコみ返しもできない。
「それより、寒いですし、始めませんか?」
「…そうだな」
不毛な会話を続ける意味も無い。とっとと準備を始めよう。


―――25分前。


「栞の無事進級と―――
「祐一さんの卒業を祝って―――
「「乾杯っ」」
ちんっ、とグラスをたたき合わせる乾いた音が部屋に響く。
透明なテーブルには先程買ってきたスナック菓子の類がずらりと並んでいる。概ねこういった場でお馴染みの物が並んでいるが―――特徴的なのは、柿ピー等の”辛い”系の菓子が見当たらない事か。代わりにチョコレート類が目立つ。
そして…
「あの、やっぱり…本当に飲むんですか?」
少し落ち着き無く、栞が尋ねる。
「んー…まあ、少しくらいならいいだろ」
グラスの中に注がれているのは、紛れも無く本物のお酒だった。アルコール度の極めて低いチューハイではあるのだが。
躊躇っている栞を見て、安心させるようにぐっと一口飲む祐一。
「んー…じゃあ、少しだけ…」
その祐一を見て決心したように、軽くグラスに口をつけた―――


―――現在。


「ぇえ!?もぉ無いんですかぁ〜?まだ全然ですよぉ〜っ」
「あああ、お約束…」
とりあえず頭を抱えてあさっての方向に逃避する祐一。
「ナンか言いましたっ!?」
「いえ、なんにも…」
悪酔いだ。間違いなく。容赦なくきっぱりと。100人に聞いたら96人はそう答えるほどに。
栞は空のグラスを左手でぶらぶらと振って睨んでいる。ここまでそのグラス…そんなに小さくはないのだが…5,6杯分が彼女の胃袋の中に消えていた。
「ま、まあとにかくお茶でも飲んで落ち着けって」
「…祐一さんはぁ」
お茶の2リットルペットボトルを持ち出した祐一の行動を完全に無視するように、栞がぼやく。
「女の子に対して気遣いが無さ過ぎるんですよぉ〜っ。そやってテキトーに誤魔化してばっかりで、少しはでりけーとな私のキモチとか考えた事あるんですっ!?」
グラスをどんっ、とテーブルに叩きつけ、今まで見た事も無いような押しと勢いで栞が迫る。
(あ、あかん。完全に向こうの世界に行っとる…)
呂律はしっかりとしているのだが、意識はどうなんだか非常に怪しい状態だ。
「なんかお姉ちゃんにもヘンなコトしてるとかしてないとか!?この前見ちゃったんですよっ、お姉ちゃんが部屋で祐一さんの名前呼んで…ナンか黒魔術の本読んでたのっ」
(おいおい…呪いかよ…)
「私も負けてられないと思ってその本借りたんですけどっ!」
(…おひ)
「そういえば〜、まだ毎日名雪さんの朝起こしてるんですー?ダメですよぅ、甘やかしてばっかりじゃぁ、いいかげん祐一さん離れさせないとっ。起きないんならほっとけばいいんですっ!寝坊したって知ったこっちゃないですよにゃははははは」
(……もう、どーでもいいや…)
「だいたいナンですかぁ、盛大にぱーてぃするってゆってたのにこンな狭い部屋でビンボーくさくっ!ってそれはベツにどーたっていいんですけどぉ」
(…そういえばペットボトルのPETってポリエチレンテレフタレートの事なんだってさ…みんな知ってた?俺だけ?マジ?)
「ゆーいちさぁん、何か答えて下さいよぉ〜…寂しいじゃないですか…ぐっすし」
(乾杯ってのも本来は杯の中身を混ぜあってお互いに「毒は入っていない」という信頼の証のための習慣だって聞いたけど本当かなー…)
「ゆー、いち、さぁんっ!!」
「うひょうわあぁっ!?」
何時の間にかすぐ隣まで体を近づけてきていた栞が、耳元でとんでもない大声を出して呼ぶ。
油断している所に食らうと想像を絶するダメージを被る攻撃だ。
「し、死ぬかと思ったぞ!?いや誇張表現で無くてっ!かなりマジにっ!」
「んぅ〜…?ごめんなさいぃ〜…」
祐一に寄りかかるような姿勢のまま、ぐったりと倒れこんで両手をだらーんと下げて顔から祐一の肩に倒れこむ。
「にゅうぅ…」
「…お…おい、大丈夫か?」
さすがに不安になる祐一。ゆっくりと、背中をさすってやる。
「んー…ダイジョブですよぉ…こぉしてると、キモチいいんですー…」
「そ、そーか…?」
先程までとは一転して穏やかな表情で肩を預けている栞に少し安心する。とりあえず、急を要して危険な状態というわけではないようだ。
おそらくは、単に疲れただけだろう。
このまま休ませておけば、すぐに楽になるはずだ。

そのまま、二人無言のまま、どれくらい時が経っただろうか。
微妙にほのぼのとした雰囲気が流れていたところに、栞が口を開く。
「…あついの」
「ん?」
少しぼーっとして意識が遠くに離れていた祐一は、その一言で我に返る。
「…って、ぅわっ、いきなり脱ぐんじゃないっ」
「一番上だけですよぅ〜…えへへ…期待しましたぁ〜?」
へらへらと笑いながら、慌てる祐一を尻目に上着のボタンを外していく。
「…んー…あれ…」
手つきは覚束なく、下のほうがなかなか外せずに苦戦する。
3度、4度と挑戦するが、微妙に引っかかって上手くいかない。もともと外れにくいボタンなのだろう。
5度、6度、7度。7度5分は微熱。
「…うー…」
8度、9度…すると見せかけてフェイントで服を持って体を扇いでみる。改めて9度…と思ったらまたフェイントで今度は手で扇ぐ。ついでに顔を掻く。今度こそ9度…
「ああっ!!見ているほうがイライラするっ!!貸せ!俺がやるっ!」
とうとう耐えかねた祐一が叫んでいた。
「お願いします〜〜〜」
既に諦めかけていた栞は是も否も無く答える。
「…ったく、しょうがねえなぁ」
どこかの違う世界の主人公みたいな愚痴をこぼしながら、服に手をかける祐一。
瞬間、栞が後ろに体重をかけて倒れこんだ。
「うぉ!?」
ニュートンによって発見されて以来基本的には未だ生き続けている古典力学の当然の法則に従って。
手先から急激なモーメントを受けた体が、重力の補助も受けて倒れこむ…”障害物”に当たるまで。
即ち、栞に覆い被さるように。
「ぅえぐっ」
というか、思い切り圧し掛かって。
「…って、大丈夫か栞!?」
慌てて上半身を起こす。
祐一のほうも無理な力が掛かった手のほうが痛いのだが、体ごと思い切り「踏んで」しまった栞に比べればそれどころではない。
「…はにゅうぅ〜」
「あ、あかん。ばたんきゅーしとる…」
そんなにヤバい状態でもなさそうではあるが。
(困ったな…)
何にせよ、平穏な状況ではない。
(とりあえずベッドに運んどくか?…いや、でも重そうだし)
がちゃ。
「…ん?」


この世に偶然というものは果たしていくつあるであろうか。
物事は全て必然の重なり合いであり、本質的に不確定要素などというものは存在しない。
では偶然に見えるものがあったとすれば、それは誰の仕業だというのか?


「何か騒がしいけど、何があった………げ」
その時運命の扉を開けたのは、名雪だった。
部屋の惨状(ゴミ)を一瞬で見渡した後、目は一点に固定されて止まる。
「いや何ってお前………」
言いかけて、はたと気づく。
今の状態。
栞がぐったりとして倒れている。
祐一が半分圧し掛かっている。
しかも上着はほとんど脱げていて、あまつさえ最後のボタンに手をかけたままだったりする。
そりゃ誰がどう見ても。

「…な、な、何してるのっ!?祐一っ!?」
「ま、待て。なんか今さっきお前の思考回路がどう働いたのか手に取るようによく分かるがっ!違うぞっ!断じて!」
「き、気絶してる女の子を襲うなんてダメだよっ。鬼畜だよっ」
「だから複雑な事が色々あったから説明が長くなるんだっ!」
「…ぅん?どうしたんですかぁ?」
ふと、栞が目を覚ました。軽く気を失っていただけのようだ。
ふるふる、と軽く頭を振って意識を戻してくる。
「…あれ?栞…ちゃん?」
今気づいたように名雪がぽそりと言う。
「そですけどぉ…名雪さぁん?何の御用ですかぁ…?」
「…栞、大丈夫なのか?」
「ん」
短いが、肯定の返事。
「用って…えと…だって…祐一が…」
「用が無いのでしたらぁ…邪魔しないで下さいよぅ」
容赦なくきっぱりと。
「じゃ、邪魔!?邪魔って…じゃあ、二人とも…その…」
「待て待て待て。何か特殊な事想像してるだろ、名雪。それから栞もっ。この状況でそのセリフは色々と問題だ」
「?」
きょとん、と祐一のほうを見つめて目で疑問符を浮かべる栞。
「あー…えーと、つまりだ。俺は別に気絶した栞に変な事をしようとしてたわけじゃなくて、ほら、まあそういうことをちゃんと説明してやってくれ。俺の名誉に関わる」
「んーと…祐一さんに脱がしてもらって」
「そこから説明するなあぁーーーーーーーっ!!!」
「…冗談です」
慌てふためく祐一を横目に、思ったよりしっかりした動きで栞が立ち上がって微笑む。
そのまま名雪のほうに向かい、目の前で立ち止まる。
そして、にっこりと。
「…こんにちわ」
「あ、うん。いらっしゃい」
何か気押されるものを感じて、反射的にずれた返事を返す名雪。
「えーと…いかにもヒロインっぽい設定のくせに実はフェイントで主人公を起こしにも来れないような偽ヒロインに用は無いです。帰って下さい」
「お!?お、おい、栞…」
―――って祐一さんが言ってました」
「俺!?」
ガビーン。
思わずショックの受け方のマサルさんになってしまう衝撃。
(お前は歌丸師匠かーっ!)
ビシッ。
ついでに心の中で一応ツッコんでおく。礼儀だ。
「祐一…」
「違うっ!言ってないっ!別世界ではむしろお前にらぶらぶなくらいなんだっ」
「名雪さん」
そう、その時の栞の笑顔は、今まで見た中で一番輝いていたように見えた―――と、後になって祐一は思ったという。
「…起きないから、名雪って言うんですよ」

「…ぅ」
やばい。泣く。
「ゆーいち…祐一のバカぁ〜〜〜っ!!知らないもんっ!!明日になったら祐一の持ち物全部コメ兵に売り払ってやるんだからぁっ!!」
ばんっ!!どたどたどたどたっ!!
…しーん。
とてつもない大音量を残して壊れるほどに勢いよく扉を閉めると、その勢いのまま走り去っていってしまった。
残された部屋には、静寂のみ。
「…いや、そんな東海人にしか分からん捨て台詞残されても」
コメ兵ってアンタ。
「さ、祐一さん♪邪魔者もいなくなった事ですし♪」
「うわめっちゃ上機嫌だし」
酔いはどこにいったんだか。
被告はこの上なく陽気だ。罪の意識は全く感じられない。
ついでに未成年なので実刑はない。
「あのな…栞。明日から俺はどうやってあいつに顔を合わせればいいんだ!?同じ所に住んでるから毎日会いまくるんだぞ!?」
「ええと…つまり、遠まわしに名雪さんの”始末”を依頼しているわけですね?」
「ちゃうわいっ!!」
怖い事をさらっと言ってのける栞。
「私は無理ですけど…お姉ちゃんならたぶん出来ますよ」
「出来なくていいっ!出来るなっ!!出来そうだけどっ!」
「冗談です」
「いや今絶対本気だったし。目が」
はあぁ、と大きくため息。
「大丈夫ですよ。別に刃物持って徘徊したりしてるわけじゃないですから」
「ったり前だ。ンな奴とは最初から友達にゃ…なりた…く…な……………あー…いや、まあ…その、一般論としては、だ」
何か思い当たる所があったのか、言葉の歯切れを悪くする祐一。
ごほん、と一つ咳払い。
「…つまり、問題点はそういう事じゃなくて」
「祐一さん、私の事、好きですか?」
「…あん?」
「好きですか?」
「なんだ、突然。そんな事言ってるんじゃなくてな、生活上として名雪とは―――
「好きですか?」
「…毎日…その、顔を合わせるっていういうか…」
「好きですか?」
「…はい」
根負け。
「だったら、それでいいじゃないですか♪名雪さんがどうだろうと、関係ありません」
「いや、それとこれとは―――
「私の事、好きですか?」
「…はい」
「はい、それでいいんです」
「…そ、そうか。そうだよな。うん、何も難しい問題じゃないんだな」
堕ちた。
人間の奥底にある理性という難攻不落の砦が、今音を立てて崩れていくように。
「さあ♪そんな事よりも、続きを楽しみましょう♪」
「そ、そうだなっ!名雪の事なんてどうでもいいよな!?よしっ、愛してるぜ栞ひゃっほう〜っ!」
「あん、そんな大声で恥ずかしいですよぉ☆」
最後の平和な夜が、こうして過ぎていった―――


…ちなみに、一番高く売れたのはベッドだったそうな。
めでたし、めでたし。


FIN....


【あとがき】
いらんものはコメ兵に売りましょう(笑)
…ごめんさない、めちゃくちゃローカルネタです(^^;

ええと、オチは手抜きです。ていうか思い浮かばなかった…やっぱりいきあたりばたりで書いてると限界があるみたいです(をひ)
相変わらずその後の事は考えてません(笑)今回はかなりエラい事になってそうですが(^^;
あ、それから…一番謝らなければいけないのは栞のファンに対してかも…ごめんね。でも反省はしますが、直しはしません(^^;そうさ、SS書きなんて卑怯なもんさっ(だだっ(逃))
…感想、お待ちしてもいいですか?(弱気)