天野美汐です。
本日私が発表させていただくのはある女の子――沢渡真琴の更正と教育についてです。
真琴は皆様もご存知の通り非常に可愛らしく快活で素直で健康的でそこにいるだけでみんなに元気を分け与えてくれるような素敵な女の子です。
ボリュームたっぷりの髪もくりくりと大きな目も柔らかそうな唇も細くても弾力性のありそうな腕も形良く柔らかく意外に大きさもある胸も小さく突き出したお尻も少年のように細い脚も全て文句のつけようがありません。まさに神様が可愛さというものをそのまま形にして作ってくれたような女の子です。英語で一言でいえばそーきゅーと、です。古語でいえばいとうつくし、です。いとかなし、です。
ちなみに身長含めて体型は私とほとんど同じだったりもします。
しかしそんな真琴にもある重大な問題点があるのです。
それが、真琴と非常に強い縁で結ばれている男――相沢祐一さんの事です。
……ええ、まあ、男としてはマシなほうだとは認めましょう。恋人にするにもきっといい相手だという事には違いないでしょう。
でも、男です。所詮は男です。
何故ですか?
何故男なのですか?
真琴は何も分かっていないのです。分かっていないまま、ただ生まれたての雛が初めて目にしたものを親と思って慕うのと同じように相沢さんに懐いているだけなのです。
女の子のほうが可愛くて柔らかくてふにふにで気持ちいいに決まってるではありませんか。
一度だけ真琴をきゅっと抱きしめた事がありましたが、それはもう至福の味わいでした。
むに、と感触が返ってくるのですよ。むに。
もうそのまま押し倒してしまいたくなったのを抑えるのは大変でした。魔性の魅力ですね。
思い返すだけでもドキドキします。あの柔らかさは体験した人でないと分かりません。あの気持ちよさは天国のよう。
……と、失礼。思わず手をわきわきさせてしまいました。
ともかく、問題はあれほどの魅力をその体いっぱいに詰め込んだ真琴が、相沢さんによって独占されているということです。真琴が自ら望んで。
由々しき事態です。
そこで真琴を更正させ正しい道へ導く事が私の使命だと思っています。
はいそこ、あんたの趣味じゃんとか言わないで下さい。
使命です。
「最近ね、祐一があんまりしてくれないの」
いきなりでぃーぷなコメントですね。
「前からね、祐一のほうからしようって言ってくれることは1回も無かったんだけど。祐一、えっちなの嫌いなのかなぁ……」
なるほど、相沢さんはきっと身の程を知っているのですね。真琴には自分なんかはもったいないと気付いているのでしょう。賢明です。
しかしそれで真琴を寂しがらせるとは許しがたいですね。
言ってくれれば私がいつだって慰めてあげましょう。さあ。
「前に聞いてみたんだけどね、そうやって。そんなわけないって言うのよぅ」
当然です。相沢さんがそんなカタい男なわけがありません。
まして真琴のような魅力的な女の子なら――
「それでね。それじゃ真琴じゃダメなのって聞いてみたの。そしたらね祐一何て言ったと思う? バカだなお前がダメならこの世にダメじゃない奴なんていないって。ぎゅーって抱きしめながら言ってくれたの。えへへ。でももっとちゃんと聞きたかったからそれってどういう意味? って聞き返しちゃった。そしたらね祐一ったら」
――すぐにノロケ話に変わる癖は、なんとかならないのでしょうか。
かなり殺意を覚えるのですが。
その言葉の先は聞きたくなかったから別の事を考えて軽く流しました。第23次天野真琴ラブラブマイホーム計画について詳細を練りながら全ての言葉をシャットダウンです。
「美汐ちゃんと聞いてる?」
「ええ、聞いてますよ」
4年後の真琴が愛してると私の耳元に囁く声を。
ああ、私も愛しています。さあ今こそこの日のために溜めてきたマイホーム資金を使う時。
「それでね、どうしたらいいと思う?」
「もちろんこの婚姻届にサインを」
「……こんいんとどけ?」
おっと、いけないいけない。思わず4年後の返事をしてしまいました。
こほん、と咳払いで誤魔化して。
「そうですね。こういう事はお互いが楽しめてこそ、ですから。無理強いすることはないでしょう」
無難な返事をするのには慣れてます。
「ぅん……やっぱりそうなのかなぁ」
「真琴は、不満ですか?」
というか、わざわざ私に相談するということは私を誘っているのでしょう?
早く素直にそう言ってください。私はいつでもOKなのですから。
「そういうわけじゃないけど……寂しいじゃない、ちょっと」
「寂しい、ですか」
「別にそれで気持ちが離れてるとか思うわけじゃないけどさぁ」
「寂しくて体が疼くのですね」
「へ?」
「夜になると燃えるような身体の火照りに耐え切れず本能的に男を欲するも満たされない渇きに苦しみいつしか熱く濡れそぼったそこに自らの手で一時の慰めを与える、そんな眠れない夜を過ごしているのですね」
「あ、あぅ?」
私の的確な指摘に、真琴は頭の上に大きなクエスチョンマークを2つ浮かべるだけでした。
なんということでしょう。真琴はそんな事も知らないなんて。
是非とも私が教えてあげないといけません。
……
それにしても、全くツッコミが入らないというのも寂しいものですね。
仕方ありません。自分でフォローしますか。
そーゆーこと人前で言うなー(びしっ)
……
満足しました。
ちなみに言い忘れてましたが、ここは立派に学校の裏庭です。お昼休みです。
たまに覗きに来ると、時々真琴が一人で立っていたりするのです。
たまにというか毎日覗きにきているのですが。
きっと私に会いにきているのでしょう。私の顔を見ると真っ先に「祐一はー?」と言うのは照れ隠しに違いありません。ええそうに決まってます。決まってますとも。
……私、強い子だから、泣きません。
当の相沢さんはあまり来る事はありません。放課後ならともかく昼休みはそう簡単には抜けられない、らしいです。詳しい事は知りませんが。
それはさておき。
「相沢さんでないと、ダメですか?」
「え?」
本題に出ましょう。
先程からまだ私の話についてこれていない真琴を私のペースに巻き込――もとい、真琴にも分かりやすいように説明してあげないといけません。
「寂しい真琴の相手、ですよ。私では、いけませんか?」
もちろん具体的に何の相手とは言わないのがポイントです。
「あぅー……でも、美汐は友達だし、祐一は……祐一とは違うんじゃないかなぁ」
……
真琴、思ったより手ごわいですね。一番の弱みを突いてくるなんて。
でも間違っています。「今は」という条件つきで「友達」、です。
「そうですね。同じにはなれないと思います。でも、寂しいときは頼ってくれていいのですよ?」
ここで軽くスマイル。にこり、と。
笑顔はここぞというところが使いどころです。勝負どころです。
誰ですか営業用とか言うのは。失礼ですね。交渉用と言って下さい。
「う、うん。ありがと美汐」
「いえ。私でよければいつだって」
この体、預けますとも。
――と、このように、まずは具体的な話をしないで同意を引き出すのが第一段階です。
「それでは早速ですが、相沢さんの代わりができるように努めたいと思います」
「え?」
「キスはどのようにしてますか?」
「え? ええ? えっと……どうやって、って言われても……」
「こうですか?」
ぷにん。
言うと同時に真琴の顎を掴んでぐいっと引き寄せて、抵抗される隙を与えず唇を思い切り重ね合わせます。
「!?」
ああ。想像通りのなんと柔らかく甘美な唇なんでしょう。
ファーストキス記念日。私はこの日を一生忘れません。
ちなみにこれまでに初めて真琴の姿を見た記念日、初めて真琴に声をかけてもらった記念日、初めて真琴に名前を呼んでもらった記念日、初めて真琴がズボンを穿いてきた記念日、初めて真琴が肉まんを食べているところを目撃した記念日、初めて真琴のぱんつを見た記念日(転んだ時に見えた)……等合計27記念日があります。
いえ、今はそんな事はどうでもいいですね。この快感。それをいかに長く味わっていられるかが重要です。
しばらく全く動かず、がっしりと真琴の顔を固定しておきます。
そうしているうちに真琴の抵抗がだんだん薄れ、脱力していきます。
ふふ。
でも、これ以上はしません。ここで唇を離します。
時間にして15秒ほどだったでしょうか?
もちろん15秒と言えどもテレビCMの15秒とは訳が違います。濃さが違います。
睡眠時間の15秒などいくら捨てても構いませんが、この15秒は何重にも鍵をかけて奥の奥の金庫に厳重にしまっておくべき大切な15秒です。この15秒のためなら私は小学校時代から惰性で集めつづけてきたベルマークを全て小学校に寄付しましょう。
「……ぁ、はぁ……」
いきなりされるのには慣れてなかったのでしょうか。真琴は色っぽく少し息を荒げています。
「あ、あぅ〜……」
戸惑いの目で私を見つめてきます。
私とは初めてですから、仕方ないですね。大丈夫です。すぐ慣れます。
おろおろしなくても大丈夫ですよ。
「き、きす、美汐ときすしちゃったよぉ……?」
「ええ」
「でも、だって、こういうのって、愛し合う人たちがする……んでしょ?」
「真琴は私の事嫌いですか?」
「えっ……そんな事ないよっ。……でも」
「私は真琴の事愛してますよ。だから問題なしです」
「そ、そうなのかな?」
嫌いですか? は極めて初歩的かつ応用範囲の広い言葉運びテクニックです。真琴には大変有効です。
ああ。誤った道を進む少女を正しく導くというのはなんと気持ちのいいことでしょう。
「でも、そしたら真琴、浮気しちゃったの……?」
感動に浸っていると、真琴が泣きそうなほど不安な目で私を見つめてきます。
そんな悲しい目をしないでください。そんな表情もまた素敵です。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私たちは友達じゃないですか。友達はいくら作っても浮気じゃないでしょう?」
「あ、そっか。そうよね。よかったぁ」
そんな単純な真琴が大好きです。
らぶです。
「それで、相沢さんとのキスはこんな感じですか?」
「う……うん」
「これだけですか? もっと先のステップはないのですか?」
「先のすてっぷ?」
「舌を入れたり」
「あぅ……マンガじゃ読んだことあるけどやったことはないわよぅ」
なるほど。
どうやら相沢さんは本当に真琴を愛する事に対して慎重になっているようですね。気持ちに迷いがあるのかもしれません。
ふふ。甘いですね。心に隙を持っていると――狙われますよ。悪い人に。
私が何をするとは別に言いませんけど。
言いませんけど、しっかりこの事実は脳内不揮発性メモリに記録しておきました。
「それなら、私が教えてあげましょうか?」
私にできる限りの優しい声で囁きます。
教えてあげる。なんて甘い言葉の響きなのでしょう。
思わず自分の言葉に酔ってしまいます。
「教えるって……また、さっきみたいに?」
また少し不安そうな真琴。
そこで私のにっこりスマイルです。
「きっと、真琴もキスが上手なほうが相沢さんも喜びますよ」
真琴の顔がぱっと輝くのを見て、私は勝利を確信しました。
ここまでの報告は真琴に対する直接の作用に関してでした。もちろんこちらのほうも今後大いに続行していきます。
では続いて周辺の固め方について簡単に発表いたします。
「こんにちは」
「っ!?」
がさがさがさっ
ずたーん
からんころーん
……ぽて。
「わ、わ……」
――そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。失礼ですね。
後ろから声をかけたくらいで、何も「思い切り後ずさって」「転んで」「持っていた水筒を落として」「フタだけが上手い事鞄の中に入る」ほど驚かなくても。
まあ、もう大きな音を出しても安全ですからいいですけどね。
「って、あ、天野さん?」
「はい。お久しぶりです」
私が声をかけた相手は、1年生の頃クラスが同じだった女の子です。
特に親しくもなかったので名前を覚えて頂いているだけでも光栄でしょう。
「う……うん。久しぶりだね」
もっとも、今のこのぎこちない態度は私がどうという問題ではないでしょうけども。
世間話などするつもりは最初からありませんし、すぐに本題に入りましょう。
「それで、今あなたが覗いていたものについてお尋ねしたい事があるのですが」
「はふッ!? の、覗いてなんてっ」
「ああ。心配ありませんよ。あなたの覗き趣味についてどうこういうつもりはないのです。性癖は人それぞれですからね。それをネタに強請ろうというつもりではありません」
「せ……性癖?」
「いくら何日も飽きもせず覗きつづけていたからと言っても」
「そこまで知ってるのっ!?」
前にも一度見かけたのでもしかして、と思っただけなのですが。
当たっていたみたいですね。
「それで、ここまで見てきたあなたなら大体人物関係が掴めていると思います。ずばり聞きましょう。あなたから見て相沢さん、水瀬さん、真琴。3人の関係は具体的にどう見えますか?」
「え……?」
「3人の名前はだいたい分かっているのでしょう?」
「う、うん」
「ではあなたからの視点で、特に相沢さんの様子をどう見ますか?」
水瀬さんと真琴に関しては聞かなくても想像つくので。
「うーん……困ってる、て感じかな……」
「あなたの推測を含めたもっと詳細を話していただけると嬉しいです」
「しょ、詳細ね。うん。えと……あの小さな女の子がセンパイの恋人だってことになってるのは間違いないと思うな。よくその子に困ったり怒ったりしてるみたいだけど、全部学校に来ることに対してで、抱きつかれたりすることには困ってない、というかやっぱりちょっと嬉しそうだし」
さすがによく見ています。
私が思っているよりも昔から観察しているのでしょうか?
「でもセンパイ、部長……えと、水瀬センパイのことなんだけど、ああ、えっと、元部長なんであって今は部長じゃないんだけど、えーぅー……水瀬センパイに対しても強くは出られないみたい。ただ中立に立って二人を宥めようとしていつも失敗してるって感じ」
うーん、と彼女は頭に指を当てながら言葉を考えているようです。
ここまでの情報は私も掴んでいるところですが――
「結局センパイ、水瀬センパイかその女の子か、心の中では選びきれてないのかなーって気もするなぁ。優柔不断だね。形の上ではしっかりと水瀬センパイをフっているらしいんだけど――あ、これは女の子のほうの言葉から分かったんだけどね――水瀬センパイは納得してないみたい。センパイもあと一歩水瀬センパイに冷たくなりきれないからこんな状況が続いてるんじゃないかなぁ」
それです。
きましたね、有益な情報が。
これだけ詳しく見ている人の観察なら信頼性は高いでしょう。
相沢さんの心の隙は、水瀬さんの事で間違いないようです。
それもただ水瀬さんに対する遠慮というレベルではなく、はっきりとした葛藤があるみたいです。
これは、是非とも水瀬さんを応援してあげるべきでしょう。人として。
そうすると――
『どうしよぅ……真琴、フラれちゃったよぉ……』
『可哀想に。泣きたいときは泣いていいのですよ。私の胸の中で』
『あぅ……あぅ〜……』
ぐす、ぐす。
『……全く、信じられませんね』
『……あぅ?』
なで、なで。
『こんな可愛い真琴をフってしまう男がいるなんて』
『あ、あぅ……』
『可愛いですよ真琴。私だったら絶対に手放しません』
『み……しお……グス。ありがと……』
『あら。お礼なんて言っていいのですか? 今の言葉はただの仮定ではないのですよ?』
『……?』
……ぎゅ。
『あ……』
『愛してます、真琴。もう絶対に泣かせません。私だけを見てください』
『美汐……』
『今はまだ傷が癒えないでしょうけど、辛い時は私を思い出してください。私はいつだって真琴を――待っていますから』
『……うん』
こうなるわけです。
ふふ。
ふふふふふふふふふ。
「あ、あの、天野さん?」
「嫌ですね天野さんなんて他人行儀な。美汐、って愛を込めて呼んでください」
「え? ええっ? あ、あたしそういう趣味は……っ」
おっと。
思わず精神世界に返事してしまいました。
うろたえる彼女もなかなかに可愛いものですが。
「失礼しました。先程のは気になさらず。デジタル時計の表示が4:44:44になった瞬間を見たというのと同じくらいどうでもいい事だと思って忘れてください」
「は……はぁ」
「有益な情報、ありがとうございました。参考になりました」
「あ、うん。……参考?」
「恋する乙女には情報が必要なのです」
ぐっと親指を立ててみたり。
決まりましたね。名台詞を生み出してしまいました。
ふふ。彼女も感動の余りぽかーんとしています。
「それでは、失礼しました」
これからも私は、彼女の覗きライフを密かに応援します。
これが今回の活動の主な成果です。
今後の予定としましては、もちろん水瀬さんへのアクセスが最重要課題となっております。
真琴には私が水瀬さんと仲良くしているところは見られないほうが良いでしょう。そこが気をつけるべきポイントですね。
もちろん、真琴をもっと私に依存させていくことも大切です。
ふふ。心配することはありません。女の子の体の事は相沢さんよりもずっとよく分かっています。3日もすればもう真琴は上目遣いでちらちらと私の顔を覗き込みながら私の言葉を期待して待つようになるでしょう――「今日も家に、来ますか?」
ああ……想像するだけでぞくぞくと体が震えてしまいます。
――と、どうやら時間のようですね。
それでは短時間でしたが、私の発表をここで終わらせて頂きます。
では、続いて質疑をお願いします――
【あとがけろ!】
オチてませんー(汗)
あぅーあぅー。
研究報告ーって感じだったんですがー。ダメですかー。ダメですかー……しょぼーん
連作なのでまだもちょっとあったりしますー
一応1話完結でやっていってるつもりですがー
ではではー
失礼しましたー