屋上に向かっていた。
いや何もこんな寒い季節に屋上に出る必要は無い。正しくは、屋上に出るドアの前に、だ。
昼にはいつも2人の少女―――先輩だが―――がそこにいる。そして今日の昼も俺はそこで弁当を食べたのだ。
自分のではなく、彼女の。
昼休みの楽しい出来事の数々を思い出して自然に顔がニヤついてしまう。いけない。傍目には危ない奴だ。
まあ今は放課後、それも結構時間が経った後だ。生徒もこんな所にはあんまり残っていないだろうが…


と、隣を通過した教室から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
立ち止まる。
「…ごめん、本当は最後までやりたいんだけど、もう塾の時間が間に合わないから…」
「あははーっ、いいですよー。頑張って下さいね」
「倉田さんもあんまり無理し過ぎないでね」
声が近づいてきている。
と思ったら開いていたドアから男子生徒が出てきた。
ばったりと目が合う。
………おお。
立ち聞きしてたと思われるとちょっと気まずい。誤魔化そう。
誤魔化す………
えーと。
「め…メェ〜〜〜〜〜」
ってなんで羊なんだっ!俺!
ていうかばっちり姿見えてるのに声真似してどうすんだっ!?
バカバカバカバカ俺のバカっ!むしろアホっ!しかもちょっと白髪っ!
…その男子生徒は俺のほうをじっと見て、
やがて、ゆっくりとため息をついた。
「………なんだ。五木ひろしか」
そのまますたすたと歩いて階段を下りていってしまった。
………………
…あの。
どこからツッコむべきなのか困るんですけど。
なんですな。
五木ひろしがなんで放課後の学校にいるかっ!?
それはそれとしてその冷たい反応はなんだ!?嫌いなのかっ!?
………………
…羊よりも五木ひろしに似てたのか………?
それがむしろ聞きたい。


「あの…祐一さん」
ん?
教室の中から佐祐理さんの声が聞こえる。
って、俺の姿は見えてないよな?
声も五木…もとい羊真似の声しか出してないぞ?
「なんで俺だと分かった?」
「祐一さんの事なら佐祐理はなんでも分かりますよーっ」
おおお。
なんて嬉しい言葉。
まさしく運命の赤い糸で結ばれてるって奴か?
ふははっ、さすがだぜ佐祐理さんっ!改めてラブラブっす!
「さっき机に上ってその上の窓から見たら祐一さんでしたからー」
………
…そですか。
素直にドアから出てくればいいものをわざわざ机に上って窓から見たんですか。
しかも俺だと分かってから改めて中に戻って声を掛けたわけですか………
………
…さすがだぜ佐祐理さんっ!
いいのか俺!?
「壁越しの立ち話もなんですし、中に入りませんかー?」
「…はい」


佐祐理さんは机に座っていた。
「…あの、佐祐理さん」
「はい?なんでしょう〜」
「どっちかって言えば椅子に座ったほうが」
まさしく机に座っていた。
足をきちっと揃えて両手を机に置いて机の上に座っているその光景は妙に可愛らしくて俺的には大変OKなのだが。
「たまにはこういう下克上もいいかなと思いましてー」
「下克上て」
なんやねん。
「下克上っていうのは戦国時代に今までただの武士だった人が」
「いや言葉の説明求めてるわけじゃなくて」
右手の肘から先を横に振って…手首のスナップも利かせて、「ちゃうちゃう」のジェスチャーをしてみせる。
「…えーと。椅子は座るためのものだからいいとして。机は座るものじゃないから…なんだ。ほら机が可哀想だろ?」
「分かってますよ〜。こう見えても佐祐理は机さんと激しく愛し合った仲ですから〜」
………
…何と?
「実はですね、佐祐理は今卒業記念コピー本に載せるみなさんの意見をまとめているところなのです」
「いやそれはいいけど机と愛し合うって」
「何故なら佐祐理は学級委員長略して学長だから仕事なのですよー」
「いやその略し方だと意味が変わるし。それはそうと机」
「白鳥さん…さっきの方は副委員長なんです」
「なるほど」
うんうん。
いかにもそういう役を任せられそうな真面目君という感じだったな。
しかも五木ひろしがあんまり好きでもないらしい。
俺の中でどうでもいい白鳥君情報が蓄積させていった。
ええと。
何の話だったか。
「…佐祐理さん、委員長なんてやってたんだ」
「はい〜。3年になってからはずっとですね」
違う。
何か違う事を言おうとしていたような気がする。
…まあいいや。
「なんで委員長なんてやってるんだ?」
軽い気持ちで聞いてみる。
…佐祐理さんの表情が少し翳った…ような気がした。
視線を下げてすっと手を引く。
「…佐祐理さん?」
「長い話に…なりますよ」
そうして、ぽつりと、語りだした。



そもそも事の発端は舞が「佐祐理はどうしてこの学校に来たの」と聞いてきたことでした。
佐祐理はちょっと考えてから答えました。
「だって近いしみんな行ってるし、なんとなく」
”そんな夏休みのハワイ旅行みたいな理由かいっ”…なんてツッコミは舞からは来ませんでした。
クスン。
ちょっと寂しい。
「………そう」
別に普通に納得されてしまいました。
仕方ないのでとりあえずツッコミの基本から教えることに決めたんです。


「………あの、佐祐理さん。その話は学級委員長をやっている理由とちゃんと関係あるんだろうな…?」
「それからです―――


「違うっ!ツッコミの基本は”派手に、的確に、さらに広げて”なのっ!分かる?」
「…難しい」
あれから血の滲むような努力の日々が続きました。
いえ実際に木を相手に手刀ツッコミの練習をしていたら血が出ましたが(舞が)
あと例を見せるために華麗なツッコミしたら顔に当たって鼻血が出ましたが(舞が)
とにかく、大変な毎日でした…


「だから、あのさ」


「いい?漫才の華はボケのほうかも知れないけど、どんなボケもツッコミなしには輝かないの。分かりにくいボケをお客様に分かりやすく伝える役目もあるのよ」
「………お客様?」
「まあノリツッコミっていう高等技術もあるけど、これに関してはもっと基礎を磨いてからね」
舞は少しずつ、少しずつ成長していきました。
正直有り体に言えば素質は無いと思いました。
でも必ず役に立つときが来るんだと、これは舞のためなんだと心を鬼にして佐祐理は佐祐理の持てる全ての技を叩き込んでいったのです―――


「おーい」


その事件が起こったのは7月も中ほどのことでした。
「さっきの、分かったか?」
「分かんね…ら抜き言葉とか言っても普段普通に言ってるからどれが間違いなんかって言われても分かるわけねーよな」
「本当にな。いっそ全部ら抜きにしてしまえば混乱しなくて済むのになぁ…」
「そうだな。食べれる、出れる、走れる…」
「ドえもんとか、しゆき姫とかな」
「………そういう意味じゃないだろ」
―――違う」
先ほどの小テストについて語っている二人の男子生徒の会話の中に、突然舞が割って入ったのです。
その二人は普段舞と話すこともないので戸惑っていました。
「…川澄さん?」
「違うって?」
「今のボケに対しては”いやいやいやっ。それはドラえもん、白雪姫でいいんだよっ!名詞から「ら」抜いてどうすんだよ!(びしっ)”………とツッコむべき」
「………」
「………」
「…お客様に分かりやすく」
………………
…ああ、舞、成長したね………(ホロリ)


「ていっ」
どす。
「あう」
熱に浮かれたように話しつづける佐祐理さんの首の後ろにチョップを叩き込む。
あまり使いたくなかった最終手段だ。
手も意外と痛いしコレ。
「えーと…佐祐理さん。大丈夫?」
「佐祐理はいつでもどこでも例えレム睡眠中でも元気ですよーっ」
とりあえず色んな意味で元気らしい。
ほっとする。
「あの…どうして委員長やってるのかって聞いたんだけど」
「あ、こういうの好きだから立候補したんですよー」
「うわ殴りてぇ」
一瞬殺意を覚えてしまった。
今までの14分に渡る話は一体………


「ところで祐一さんはどうして3階に来たんでしょう?」
はっ。
色んな出来事がいっぺんにあったせいでついつい忘れていた。
屋上の前に向かっている途中だったんだが………
ひょっとしたら佐祐理さんが。
「そうだ。佐祐理さん、俺の筆箱見なかった?今日昼取り出した覚えがあるから、そこかと思って探しに行く途中だったんだ」
「祐一さんの筆箱ですか?はい、ありましたよ〜」
おおっ!
やっぱりそこにあったか………
何はともあれ助かった。結構大事なものだからな。
「じゃ、俺取りに行ってくるから」
「あ…祐一さん、無くしたら困るだろうなって思って」
ん?
持ってきてくれたのかな?
歩き出す姿勢に入っていた俺はそのままぴったり止まる。
「誰にも盗られないように釘でしっかりと壁に打ち付けておきましたー」
ぱこーんっ!
とりあえず手に持っていた「修学旅行のしおり」で頭を張っておく。
「あ、いいツッコミですー」

いいかげんにしなさいっ



ちゃんちゃん♪



【あとがき】

勢いだけで書きましたー
何も考えないまま書き始めましたー(^^;

佐祐理さん主役なんて滅多に滅多に滅多に滅多に滅多にないのに、やっと出たと思ったらコレという…
初めて書いたKanonSSは佐祐理さんラブラブだったのに…どこで道を間違えたのだろう…

ああ。
何をクリスマスも間近という時に書いているのだろう………(ふと素に返る)