考えていた。
やっぱり、さりげなさを装って普通に「こんにちわ」。
変に意識しないで普通に話し掛けたほうが向こうとしてもやりやすいかも知れない。
でももしかしたら、うっとおしがられるかも知れない。
あるいは「よっ、憎いね色男っ」とか出てみるのもどうだろう?
「ちょっとした悪友」のノリだ。親近感を出し、同時にさりげなく二人の仲をからかう事によって二人をちゃんと引き立たせるという役目までも果たす。
…これも、下手するとやはりただの邪魔者だ。
ここは控えめに出るべきだろうか?
「ぁ、ぁの…ぉはょぅ…」
いや、ボリュームを控えめにするんでなくて。
「本日は大変お日柄も良く…」
何を控えたんだか。これじゃかえって嫌がらせだ。だいたい曇ってるし。
「あの今アンケートやってるんですけど―――」…違う。そうじゃない。
だいたい街頭アンケートの人というのはどうしてああも馴れ馴れしい上にどこまでも着いて来るのか。この前なんて頑張って振り切ったと思ったらそいつが別の一人に合図を送ってはさみうち―――思考が脱線している。戻そう。
………
…いっそ、このままやり過ごすか。
数多くの選択肢が脳裏をよぎり、それぞれに対してその後の展開をシミュレートしてみる。
考えるまでもない。本当に彼らの都合を考えるなら、恐らくは気付かなかったふりをしてそのまま立ち去るのが一番なのだろう。何も仲良しカップルの中に割り込むことはない。
………でも。
でも。

(それは…ちょっと、悔しいかな)

赤み始めた空、冷たくなる風。
街路に佇む少女の影が、寂しそうに揺れていた―――


考えていた。
やっぱり、いつも通り普通に「殺す」。
変に意識しないで普通に言ったほうが結構迫力あるかも知れない。
でももしかしたら、ワンパターンすぎて簡単に流されてしまうかも知れない。
あるいは「よぉ少年、カワイー子連れてんじゃん。おめぇには勿体ねえな、なぁ?」と切り出してみるのはどうだろう?
「ちょっとした悪党」のノリだ。威圧感を演出し、同時にさりげなく男の不釣合いを指摘して精神的ダメージを負わせるという役目までも果たす。
…これは、下手をするとただの「量産型ザコ」だ。
控えめに出たほうがいいだろうか。
「すみませんが、殴らせてください」
…これで「はい」と返事する人間がいたら、世界でもトップクラスのお人好しかあるいは日本語を習ってまだ1ヶ月半かのどっちかだろう。
………
…いっそ何も話さないで、油断している所を後ろから、こう、手頃な鈍器で一発。
数多くの選択肢が脳裏をよぎり、それぞれに対して与えられる肉体的精神的打撃の大きさを計算してみる。
考えるまでもない。本当に彼らの心理状態を考えるなら、恐らくは普通に邪魔されるのが一番嫌だろう。肉体的ダメージは、下手をすると二人の仲を進める要因になりかねない。
………でも。
でも。

(それは…ちょっと、面白くないかな)

赤く染まるオーラ、凍てつく視線。
街灯に姿を隠す少女の髪が、必要以上に蠢いていた。


「祐一くん―――
「祐一―――

「…え?」
「…うん?」
それは、運命的な出会いだった。


「あれ…、確かキミは、秋子さんの家で祐一くんと一緒に住んでる…真琴ちゃん?」
「ええっと―――前に何時の間にか家に上がりこんで朝ご飯食べてた人っ!」
うぐぅ、と片方の少女が言葉を詰まらせる、
「それじゃ泥棒さんみたいだよ…ボクは月宮あゆ。時々秋子さんがご飯に呼んでくれるんだよ」
「ふぅん…」
じっと、推し量るような目で少女…あゆのほうを見つめる真琴。
…そのまま数秒、無言が続いた。

「え、ええと、真琴ちゃんは、何をしてるのかな?」
沈黙に耐えかねたあゆが、困ったような顔で尋ねる。
真琴はすっ…と手を上げ、静かに前方を指差した。
その先にあるもの―――さっきまであゆがずっと見ていたもの―――同じ。
「そっか…そうなんだ。ひょっとして真琴ちゃんも、祐一くんの事―――
―――あんたも、そうなの?」
こくん、と恥ずかしそうに頷くあゆ。
(このコも祐一くんの事、好きなんだ…同じ家に住んでいるんだもん、そういう事だって、あるよね…)
(こんな小さい女の子にまで恨まれているなんて、祐一も相当な嫌われ者ね…何やったのかしら)
感慨深く納得しあう、両者。
「えへ…知らなかったよ、こんな近くにまだライバルがいたなんて」
「…ライバル?」
ライバル。なんだろう。最近は最初に祐一に土下座して謝らせた人間の優勝、みたいなコンテストでも開かれているのだろうか。真琴は思わず考え込む。
「面白いわね」
「…え?」
「ライバル。そうね、ライバルだわっ!あたしは―――負けないわっ」
「真琴ちゃん…」
(真琴ちゃん、本当に祐一くんが…)
ぶんぶんっ、と頭を2度振る。
(…弱気になっちゃダメだよっ、ボクだって祐一くんへの想いなら負けないんだから!)
「でもね」
真琴は、ぽつりと呟くように。
「本当の敵は―――あそこにいるわ」
まだ、視線を固定したまま。
「…うん。分かってる。すごく、手ごわい相手だよ…」
(名雪さん、ボクからみてもすごく魅力的だし、祐一くんも―――本当に好きみたいだから)
(最近いっつも一緒にいるから邪魔なのよね。名雪に嫌われるとさすがに家に居づらくなるから迂闊には手を出せないし)
そこにあるのは、祐一と名雪、二人が寄り添って、先程から雑貨店の前で何か談笑しているような風景。
誰がどう―――若干は希望的観測を含めて見たとしても、なお。
それは、「仲のいい恋人同士」の光景だった。
(ああ…ボクもあんな風に、祐一くんと…)
ぽ、と想像して少し頬を赤らめる、あゆ。
(ああ…ああいうのを引き裂いたら本当に楽しいんだろうな…)
ふ、と想像の中の快感に揺れる、真琴。
「………」
「………」


「…ねえ、真琴ちゃんはもうアタックはしてみたの?」
「………アタック?」
アタック―――attack、すなわち現実的に打撃を与える事。攻撃。
しばらく真意を取りかねて、真琴はじっとあゆを見返す。
―――当たり前じゃない」
「え…そ、そうなんだ…」
「何、あんたまだ”何も”してないの?」
当然のように言い放つ真琴に、少なからずショックをうける。
(ボ、ボク、ひょっとして、すごく出遅れてるのかな…)
「ねえっ、どうやってしたのっ?祐一くんの反応はどうだったの?」
いてもたってもいられず、勢い込んで尋ねる。
「はぁ?どうやってって―――最初の頃は、夜中に祐一の部屋に忍び込んだりしてたわね」
「え…えええっ!?そそ、そそそんないきなり大胆なっ!?」
「何よ。それくらい出来なくてどうにかなるような相手じゃないわよ」
(ま、真琴ちゃんってカゲキなんだ………さ、最初からいきなり…その、よ、夜這いだなんて…っ)
目の前の少女の積極さに圧倒され、あゆは激しく動揺する。
「ただ、あんまり騒ぐと…あの慢性過睡眠症候群の名雪が起きて来ちゃうことだってあるからね。…それはちょっと、気まずいし」
さすがに家に住ませてもらっている身としてその恩人に迷惑をかけるのはね、と心の中で付け加える。
「さ…騒ぐとって……真琴ちゃん、は、激しいんだ…っ」
相変わらずこちらはこちらで、顔を真っ赤にしながら応答する。
今ごろいろんな、青少年の教育上不適切なイメージが脳裏をぐるぐる回っていることだろう。
「下手してると秋子さんも起きてくるしね」
「1階まで!?」
ついに悲鳴のような声まで上げる。
真琴は、そんなあゆの様子を「変なの」と思いながら眺めて、さらに初期の回想シーンを続ける。
「あとは、お風呂で―――
「わあぁーーーーーっ!も、もういいよっ!な、生々しいから…」
お風呂、という単語を聞いた瞬間にもうそっち方面のプレイが頭の中を完全に支配している。
(あああっ、やっぱりあーしたりこーしたりっ…ええっ、そんなコトまで!?ダ、ダメだよ祐一くんっ、ボクたち高校生なんだよっ!今更だけどっ!)
「…そんなに興奮しなくても。―――ええと…はいっ」
ぱすっと、真琴からあゆに、何か手渡される。
手の中には、ポケットティッシュ。
「………へ?」
「鼻血。思い切り」
ぼた、ぼぼたっ。だーっ。
「わきゃあぁーーーーーーーーっ!?ええ、ええと、てぃ、ティッシュはっ!?」
「…今渡した」
「わわわわーーーっ!服、服が真っ赤だよっ!」
「………」
「ああっ!?詰めてもすぐ染み出て来ちゃう!?」
「…」
「きゃああああっ!口が、口がっ、血の味がっ!?」
「やかましい」
げすっ。
見事なヤクザキックが顔面に決まる。
「ぁぁ…ぁ…」
今度こそ本格的に鼻血を噴出させながら、あゆがスローモーションで倒れこむ。鼻血の描く放物線の軌跡が思いもかけず美しい。
「あの二人に気付かれたらどうするのよっ」
びしっ、と雑貨屋の方向を指差す。
…別に、気付かれたところでどうという事はないのだが。
「ああ…お父さん、お母さん…今度こそボクは旅立ちます…ご、ごふっ!?」
鼻血が口に流れ込んできたらしい。
「あ、やば、気付かれた―――
いくらなんでも、道の真中で血まみれ(鼻血まみれ)で倒れている女の子が目立たないわけがないのであって。
「ふふ…どうせ7年前に一度捨てた命…もはや惜しくはないよ………」
…目立たないわけがないのであって。
―――何してんだ、真琴………と………あゆ?」
半疑問系になっているのは、顔の半分が血に染まっていて何が何だかになっているからだ。
当然のように、名雪もぴったり着いてきている。
「とりあえず、鼻血を止めないとっ」
…こうして、この場に存在する中で唯一現実的な感性を持つ人間の存在のおかげで、あゆは一命をとりとめた。


「…何があったの?」
「ほへっ!?え、えっと…えと………」
いきなり答えようのない…あるいは答えられない…あるいは答えるのが怖い、核心の質問をかけられてあゆは狼狽する。
「祐一くんとエッチなコトしてるのを想像して鼻血がでました」
言えるわけがない。
本当に言ったら言ったで反応が楽しみではあるが。祐一と…名雪の。
「…さっきすぐにどっか行った真琴にいじめられてたのか?」
「あれ?あゆちゃんと真琴って、そういえば面識あったっけ?」
「……ん?そういえば、お前ら何時の間に仲良くなってたんだ」
「え、あ、うん。さっき偶然そこで会って。ちょっと見覚えあったから」
話があっさりと逸れて、露骨にほっとした表情であゆが答える。
「ふぅん。で、何があったんだ?」
あっさりと元に戻った。
…厳密には、少し違った。
「…真琴のヤツに、何か変な事吹き込まれたりしなかっただろうな」
「え!?へへへ変な事、なんて、なん、何にもっ」
何気なくぽつり、と言った祐一の言葉に、あからさまに過剰な反応を見せる。
「ほぉ…」
少し興味深そうに、祐一が不気味に笑う。
(あ…ダメ、祐一くんの顔見てると…また………)
今度は先程の想像が回想シーンになってどんどん浮かんでくる―――
…思い切りぶんぶんっと首を振って、それを頭から消す。
「お、おい、あゆ?」
「あ、あのねっ!ボ、ボクは…ボクは名雪さんや真琴ちゃんにも全然、全然敵わないかも知れないけど…っ!祐一くんへの想いは、誰にも負けていないつもりだよっ!」
「………へ?」
「……あゆちゃん?」
突然の「告白」に、呆ける二人。
あゆはがばっ!と勢いよく立ち上がる。
「ボクは…その、本当に何も出来ない子供だって思ってるかも知れないけど…ボクだってその気になったら、ええと…凄いんだからっ!」
「いや、いきなりそんな事言われても…」
「…凄いんだ?」
ツッコミどころを間違うもの、約一名。
「こ…今晩は部屋の窓の鍵を開けて寝るといいと思うよっ!」
だだっ!
謎の捨て台詞を残して、あゆは走り去って行った―――
………
「…とりあえず、服はよく洗っとけよ〜」


「で、何だったんだ、さっきのは」
「祐一、モテモテだね〜」
「ん?ああ、気にすんなって。俺が好きなのは名雪だけだよ♪」
「あん、祐一ったら、こんな人前で、恥ずかしい…☆」
さっきまでのは恥ずかしくないのか、という話はともかく。
「…で、俺は窓の鍵を開けて寝たほうがいいのか?」
「…わたしのほう、だったりして」
「………」
「………」
二人は首を捻って、答えのない問いをずっと考えていた―――


―――なあ、真琴」
「ん?」
「何か、あゆに変な事話したか?」
「………あゆ?」
「お前が今日話してた相手だ」
「いっぱいいるけど」
「鼻血の」
「ああ、あの」
この上なく嫌な認識のされ方だが。
「別に…確か、一緒に祐一をいじめようって事で合意した所までは覚えてるんだけど」
してない。
「…それだけか?本当に?」
それだけならいいのか?
「…うーん…なんか、昔やってた事…豆腐(攻撃)とか、味噌汁(風呂)とか、そういう話したらそういえばずいぶんと興奮してたみたいだったけど」
「ああ…懐かしいな、お前にもまだそんな可愛い頃があったんだな―――
しみじみ、と祐一が感慨深く頷く。
実は結構状況を楽しんでいるらしい。
「…という事は、なんだ。今度からあゆまで俺の平穏を邪魔しにくるって事か」
なるほど、そう言われると確かに納得できる、あの言葉の数々。
(子供だと思ってナメんじゃないぞ、ボクだって凄い攻撃を編み出したんだから…か。やるな、あゆっ)
つーっと、祐一の額に汗が流れる。
(窓の鍵を開けて寝ろ―――宣戦布告というわけか。く…なんて男らしいんだっ)
「…上等じぇねえか」
「あ、やる気だ」
真琴がどうでもよさそうに返事を返す。
「…今更昔の真琴のマネしたって祐一には何にも効かないのにねー」
「まあ、そうなんだが」
「今じゃ背後を取ろうとしても絶対気づかれるし。ホント真琴も疲れるわ」
「…倦怠期の夫婦か、俺らは…」


「…あ、祐一。どうするの?窓」
「ああ、だいたいの事は分かった。あゆの狙いは俺だからな。いつも通り鍵をしておいてくれ」
「じゃあ、祐一は開けておくの?」
「そうだな―――
………………
しばらく、沈黙が続く。
「やっぱ、めんどいから、やめ」


朝、起きると、窓の外で女の子が寝ていた―――


おしまい。


【あとがきチックなもの】

えー…何を言えば良いのやら(^^;
前半の文章、あのやり方を音楽用語で「対位法」と言います(嘘)カノンというのも対位法の一種であり(後略)

なんというか。
世間ではこういうのを、コントと呼ぶのでは…

しっかし、最近妄想暴走ネタが多いなぁ…趣味丸出しでダメダメな感じ(爆)
それにしてもあゆは報われません。なーむー。

…なんであとがきのテンションがやたらに低い?(^^;本文で燃え尽きたか…