「私の人形、作ってくれるんでしょ?
 ちゃんと記憶しておいてくれないと」







「聞いてはいたけど、今回は本当に悪そうね」
「ぁ……アリス。いらっしゃ」
 けほ、けほっ
 パチュリーの言葉尻は、咳き込んだせいで途切れてしまう。
 目が半分焦点があっていないような状態で、口で呼吸をしている。パチュリーが寝込んでいる様子は何度も見てきたアリスだが、今までで一番悪そうだ。ここに案内してくれたメイドによれば、これくらいでも割とよくある状態らしいのだが。
 ベッドの隣の椅子に腰掛けて、パチュリーの頬に手を当てる。パチュリーは目を閉じて、「ぅ」と小さく呟く。
「熱いわね。とにかく、しっかり寝ないと」
「ん……」
「薬はある?」
「ある」
「そう。よかったわ」
「……デザート」
「あーはいはい。言うと思って持ってきたわよ。ま、果物買ってきただけなんだけど。どうせほとんど何も口にできないでしょ? 今は」
「アリスのなら……けほっ」
「無理して喋らないの。じゃ、置いておくから、ゆっくり寝ることね。また後で来るわ」
「……ありがと」



「はあ。あれだけ大人しいと、逆に調子狂うわね。……というか、いつもながら、わざわざ遠くまで私を呼んだりしないで、ちゃんと貴方たちがついててあげなさいよ」
「えー」
 扉の外で待っていたメイドに文句を言うと、メイドは一瞬困った顔をしてから、笑う。
「でも、パチュリー様のご指名ですから」
「ったく。病気になれば毎度おいしいものを持ってきてもらえると思ってるんでしょ。……まあ、実際持っていくから悪いんだけど」
「私たちが何を持っていってもダメですよー。ほんと、いつもわがままで……あ、ごめんなさい、これ、内緒にしててくださいね。……いつも、大変なんですから。パチュリー様、アリスさんじゃないとダメだって、アリスさんが来てくれないと治らないってずっと駄々をこねるんですから。呼びに行ってる間他のメイドが世話をしてるんですけど、ずっとわくわくしてて急にちょっと元気になったりするらしいですよ」
「……へ……あ……そ、そうは見えないけど。どちらかといえば食欲しか感じられないくらい」
「照れ隠しに決まってるじゃないですかー。もう。そんな初心な反応がきっとパチュリー様のお気に入りなんでしょうね! うふふ」
「……ぁ……うー」
「って言っておけばきっと次に部屋に入ったとき意識して赤くなるアリスさんを楽しめるに違いない、ってパチュリー様の作戦らしいです」
「がっ……あー! もう! そんなことだろうと思ったわよ! ……ほんとだからね! パチュリーってそういう奴なのよ……くうっ」
「(うふふ)」



----------------------------------------------------------------------------------------------------



「うぁ……また、酷くなってるわね」
「……ぁ」
「ああ、ああ。喋らないで。ゆっくり寝てて」
 パチュリーの額に置かれた濡れタオルを手にとってみる。当たり前のように熱くなっている。すぐに、持ってきたばかりのものに取り替える。魔法で冷やすこともできないわけではないが、温度調整が難しいため、結局のところ水で自然に冷やすほうが無難だった。
 パチュリーは目を細めて、アリスの顔をぼんやりと眺める。
「……ありがと……」
「いいって。放っておけないし」
「手……」
 ベッドの中で、もぞりと何かが動いた。
 手を動かそうとしているらしい。
「手? 熱いの?」
「繋いでて……」
「え……」
「……」
 アリスは一瞬戸惑ったあと、真剣な顔で頷いて、ベッドの中のパチュリーの手を掴む。
 熱が指先から伝わってくる。相当に、熱い。
 パチュリーは、かすかに表情を和らげて……笑った、ように、見えた。
「……う」
 見慣れぬその表情に、不覚にもドキッとしてしまう。
 いつもよりずっと儚く弱々しいパチュリーの姿が、何故かいつもより妙に色気を感じてしまったりして、アリスは不謹慎だぞと自分を心の中で叱る。つい、と目を逸らす。
「あー」
「……?」
「あー……うん。ほ、ほら、いつも……いや。なんか、ね。調子が狂っちゃって。ほらいつもならちょっと言葉を交わしたらすぐにからかわれてるようなところがあるから……こう、大人しくなっちゃうと」
「……寂しい……?」
「えー……あー……微妙な質問だわ。か、からかわれるのが好きなわけじゃ、ないわよ。絶対。ただ……その、うん。あー」
「……」
 手を繋いだまま。
 不意に部屋に静けさが訪れた。
 あーもー何言ってるんだろう自分、と混乱しているアリスに対して、パチュリーは少し、手に力を込めてみた。
「……アリス」
「何よ」
「好き」
「……へ!?」
 そんな問題発言を残して、パチュリーはすっと目を閉じてしまう。
 直後に、寝息。
 ……ぽつんと残される、アリス。手は繋いだまま。
「え? あ?」
 ベッドの中で握った手に、じわりと汗が滲んでくる。手だけではなく、顔にも。
「……ほ、ほら! そうやってからかってくるんだから! やっぱりパチュリーは病気でも変わらないわねっ」
 たぶん。
 パチュリーもこう言って欲しいんだろうなあなんて思いながら、誰かに聞かせるように独り言を叫んだ。




「おはよう」
「あ……? あら、起きてたのね」
 パチュリーが目を覚ましたのは、それから半日は経った後で、ちょうどアリスが新しい水を汲んできたところだった。
 たらいを机の上に置いて、パチュリーの額に触れる。
 熱はすっかり引いていた。さすがにぐっすりと眠っていただけはある。
 パチュリーは、アリスの顔を見つめて、こてん、と首をかしげた。
「……あれから、何時間くらい?」
「10時間は寝てたわね」
「アリス、もしかして帰ってないの? 家に」
「あ……うん。あ、でも、寝てないってわけじゃないし、空き部屋のベッド貸してもらったし、本もいっぱいあるし、退屈はしなかったわ」
「……」
 じー。
 パチュリーは、じっとじっとじっと、アリスの顔を見つめる。
「な……なに、よ」
「アリスが優しい」
「……あ? え、別にっ、優しいとかじゃなくて、ほんと、具合悪そうだったから、帰るに帰れなかったのよっなんというかっ」
「大丈夫なの?」
「何がよ」
「だって……貴女は、1日に1回はえっちなことしないと自我を保てないって新聞に」
「ぅばふ!?」
 さわやかな朝の空気吹いた。
 机に突っ伏す。
「新聞って……いや、聞くまでもないわね! っていうかあなたもそんなこと信じないの!」
「でも実際毎日」
「あーあーきこえないきこえないなんのことかわからないっ!」
「……してもいいのよ? 見てないフリしてあげるから」
「しないわよ!! ていうかフリだったら結局見てるんじゃないの!」
「見るわよ」
「堂々とー!?」
「あ、もしかして借りた部屋でもう済ませたのかしら」
「だからっ!! 昨日はあなたのことが心配でそれどころじゃなかったんだってばっ!」
「……」
「……あああああ別に普段はしてるということを認めたとかそういう意味では」
「好き」
「ふえふぁふふぁえ!?」







「おはよ……今日は元気そうね」
「ん」
「って、姿勢悪いわよ。そんな読み方してたら目が悪くなるじゃない」
「そうね。あまりに面白いから夢中になっちゃってたわ」
 そう言いながらもパチュリーは姿勢を改めることなく、視線だけ本とアリスの間を往復させる。
 本を見て。アリスを見て。本を見て。
 ちらちら。
「な、何よ」
「いえ……こうしたら、ちょっと想像力を強化することができるかと思ってね」
「? ……何の本なの?」
「別に。ただの新聞の縮刷版だけど」