「……あーーーーーーー! あつー…… ……うだー……」 「ああもう、鬱陶しいわねっ。せっかく涼みに池まで来たのにあなたがいると暑苦しくて仕方ないわ」 「アリスの格好のほうがよっぽど暑苦しいぜ……って、お、いいもの持ってるじゃないか。それをちょっともらうぜそうかありがとう」 ばっ。 「あっ!?」 ごきゅごきゅごきゅごきゅ。 一瞬の隙に魔理沙の手の中に移動したかと思うと、物凄い勢いで魔理沙の喉の中に消えていく冷たいお茶。貴重な貴重な。 ――あまりの勢いに、アリスは呆然とその光景を眺めることしかできないでいる。 「ッはぁ……♪ うまい! 生き返ったぜ……」 「……っ、ちょ、ちょっと、何勝手に!」 「ありがとな。美味かったぜ、アリスらしい味だ」 「へ!? そ……そうかしら? かなり私好みに仕上げてみたんだけど……わかる?」 「わかるわかる。また飲みたいぜ」 「う……うん。ありがと……」 ぽいっ。 投げて渡される容器。両手で受け取る。 ぽーっとそれを見つめながら魔理沙の言葉を反芻しては、心の中でえへへと笑う。魔理沙が美味しいと言ってくれたお茶。大切なもの。 弾む心で、きゅっと蓋を開ける。 コップにお茶を注ぎ込む―― ――何も出てこない。 ……からっぽ。だった。 …… 「……魔理沙ーっ!?」 もちろん。 とっくにはるか彼方まで飛び去っていた。 |
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「お、いたいた。なあアリス、この前のお茶――」 「! あ、あるわよ。……そういうと思って、ちゃんと、ほら……」 「おお! さすがアリス気が利くぜ。さんきゅ」 魔理沙はぱっと容器を受け取って、きゅっとテンポよく蓋を開ける。 ……ごくり。 その様子を、アリスは何も知らないふりをしつつドキドキしながら横目で眺め―― 魔理沙は前回と同じように一気に――飲まなかった。一口飲んで、止まる。 少し首をかしげたあと、そんな魔理沙の反応に焦るアリスをまっすぐに見つめて、微笑んでみせた。 「アリス。やっぱりお前が飲んでみろ」 「え……っ!?」 「好きなんだろ? やっぱり悪いぜ、あんまり貰いすぎるのは」 「え、遠慮しなくていいのよ……わ、私のは別に」 「いいって。私はもう一口で満足だ。ほら」 「あ……う……私も、別に今は」 「飲めって、いいから」 「……だから」 「飲め」 「……」 アリスは心の中で半ばパニックになりながら、もはやこの圧力から逃れられそうにないと覚悟を決める。少しだけ飲んで逃げさせてもらおうと計算しながら。 コップを取り出して…… 「そんなの使わなくていい。そのままだ」 「……うう」 仕方なく、蓋に口をつける。 少しだけ、舐める程度にしておこうとゆっくり容器の底を持ち上げると――その手を魔理沙の手がぐいっと押した。強く。 そして、アリスの頭の後ろ側もがっしりと押さえつけられ、逃げられない状態になる。 「〜〜〜〜っ!!!?」 「遠慮するな。全部飲め」 「ーーーーーーッ!!! ッ!!」 魔理沙の力は強く、どうしようもない。涙目になりながらじたばたと抵抗するが、まったく容赦してくれそうになかった。なすすべもなく、全てが胃の中の収まっていく。 「ま、アレだな」 数十秒後。 はぁ、はぁ…… 蹲り、虚ろな目と真っ赤な顔で荒い息を吐き続けるアリスに向かって、魔理沙は言い放った。 「素人がこういうのに無闇に手を出さないほうがいいぜ。量のバランスを考えないと、こうなる。ま、この手のは自分が体験して学習するのが一番だ」 うんうん、と満足そうに頷く。先生の気分らしい。 アリスはまともに言葉を聞いている余裕などなく、熱い体とバクバク跳ね続ける心臓をなんとか抑えるだけで必死だった。ぶるりと震える体から、汗がぽたりと滴り落ちる。 搾り出すような声は苦しそうでもあり、甘い響きでもあり…… 「ん……ッ……く、ぁ……」 「あーあー。きついだろうな、あの量じゃ。私を実験台にしようとした罰だ。心配すんな、体が壊れたりはしないし、即効性のタイプは1時間もしたら効果は切れる」 アリスの様子を眺めて、これくらいなら放っておいても大丈夫だろうと判断して、魔理沙は飛び立とうとする。この状態ならば、自分がいなくなることもまた大切な気遣いでもあるのだ。 「しばらく反省してろ」 言って―― がしっ。 「へっ?」 その足をまともに後ろから掴まれて、魔理沙はびたんとコケた。 |
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「ってて……おい、何すんだアリ…………ス………………?」 上半身だけ起き上がって、文句を言おうとする魔理沙が体をひねって振り返ると、もうすぐ目の前にアリスの顔があった。 怒っているような、悲しんでいるような、苦しんでいるような、涙を浮かべた目がそこにあった。その表情にはっとしている間に、アリスの両手が肩を押し、魔理沙は地面に組み敷かれる。 漏れ出る荒い息が、魔理沙の首にまでかかる。 「アリス……?」 「そうよ……私が、悪かったのよ……! この前の仕返しだって……はぁ……ッ! んん……い、言い訳して、魔理沙を、こんな目にあわせようとしてた……ま……魔理沙、どんなふうになっちゃうんだろうって、いっぱい、いっぱい……想像して、んぁ……はっ……んんッ!」 ぽろ、ぽろ。 涙か、汗か。滴り落ちる雫。 「だ、だから、罰だって受けても仕方ない……だけどっ! こ……これでも何もわかってくれない魔理沙だって悪いんだから……!」 ばっ。 言い終わると同時に、魔理沙の頭の後ろに両手を回して、全身で抱きついた。アリスの唇は、魔理沙の耳元に来る。 「お、おい……」 「本当に馬鹿なんだから……わた……ッ! わ、私が……あなたを、実験台になんか、使うわけ、ないじゃない……! こんなの……あ……ま、魔理沙以外に、使う相手なんて、いないわよ……」 今度は背中に回した手をぎゅっと強く締めて、より強く抱きしめる。 魔理沙は、少し体を固くしたあと、小さく呟いた。 「……ごめん。傷つけてしまう言葉だった」 「謝らないでっ」 「え?」 「はぁ……んッ……あ……謝られると、何も、できなくなっちゃいそうだから……」 「何もって、何を――ッ!?」 アリスの右手が、すすっと動く。つつ……と、魔理沙の脇から腰、ふとももにかけて撫で下ろしていく。 唇で、そっと耳たぶを齧る。少しずつ上に場所を移動させながら。 「あ……やっ、やめっ……ひゃんッ」 ぺろりと耳を舐めると、魔理沙は可愛らしい悲鳴をあげた。 手は魔理沙の服をたくしあげ、お腹のあたりまで侵入していく。 「! や、やめろよ……こんな……あ、アリス……!」 「嫌」 「ぁ……んはっ……」 「やめない……何も気づいてくれない魔理沙に、きょ、今日は……いつも私が魔理沙でどんなこと考えてるのか、全部、教えてあげる……っ! 絶対忘れられないくらい、ちゃんとわかってもらうんだからっ」 「やめろ……ッ、こ、こういうのは、薬の効果が切れたときに絶対、後悔するぜ……記憶は残るんだ……!」 「知らないわよ! どっちにしてももう疼いて疼いて抑えられないんだから止まれるわけないじゃない! ちゃんと責任もっていっぱい満足させてもらうわよせっかくだからっ!」 「おまっ……結局それが本音かよっ!?」 「どっちもよ! 結論として逃がさないことに変わりはないんだから大人しく襲われてよっ! わかりやすく言えばやらせろって言ってんの! ……き、気持ちよく……してあげられるかもしれないからっ……ほ、ほら、魔理沙の体だってちゃんと反応してるじゃないっ」 むに。 ……つんつん。 「ふあぁっ……!? く……あとで、覚えてろよ……っ! こんな……うぁッ」 誰も来ない森の中。 この名前もつかない事件は1時間ほど続いた。 |
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「あ゛ーーーーーーーーー…… ……あ゛づい゛……」 みーんみんみんみんみんみんみん みーんみんみんみんみんみんみん みょん 「蝉全部打ち落としたら気分涼しくなるか……?」 みー……ぴた。 ……しーん。 「静かになったぜ」 二人横に並んで大の字になって地面に寝転んで。 事後10分ほども経って、ようやく体力のほうが戻ってきているところだった。 「……ごめん……」 「あーあーあー、そう落ち込むのなしにしてくれって。やりづらいからさ……ほら、いつもみたいにそこらの大木を根から引っこ抜いてぶん回すくらいの勢い見せてくれよ」 「ごめん……もぉ、できれば、全部忘れて……すっごく恥ずかしいこと言ったことまで、ほんと全部記憶残ってるし……」 「それは無茶な話だな……忘れるなって言ったのアリスだろ」 「……うぅ」 「いや、私が、悪かった。ごめん」 「う、ううん、もとはといえば、私が……」 「私がアリスの気持ちに気づいていなかったのが一番悪かったんだ。ごめんな。ここまでの衝動が溜まっているほど、私を憎んでいたんだな……今まで勝手ばかりやりすぎてたな、本当に悪かった」 「……………………」 しばらく沈黙の後。 アリスはばっと身を起こして、魔理沙の顔を正面から見つめる。 「は?」 今まで生きてきた中で一番間抜けな声だったのではないだろうか、とアリスが自覚するような声で。 魔理沙は目を伏せ気味にして、言葉を続けた。 「いつも心の中で私をこうやって滅茶苦茶にすることでなんとか気持ちのバランスを取っていたんだな。最初から私に普段からの恨みを復讐するためだったのに、ただ魔法の実験台にしようとしているなんて言ってまた傷つけてしまった……もう、どうしようもないな、私は」 「………………え……と」 「どうした?」 「ごめん、本気で思い切りあなたの顔一発くらい殴りたくなってきた」 「……ああ、まだ足りないよな。そうだよな。好きにしてくれ。もう抵抗はしない……」 魔理沙は、両手を下げて無抵抗の意思表示をしてから、すっと目を閉じる。 髪は乱れ、服はどろどろになり、体のあちこちに赤い痕がついていて、いかにも乱暴されましたといった状態になっている。 アリスは大きくため息をついて、一度空を見上げて。 顔を近づけて、目を閉じて、途中で気づかれないように素早く、魔理沙の唇を奪った。 「!?」 魔理沙が驚いて目を開けるときにはもう、体を起こして魔理沙から離れている。 何か言いたそうな魔理沙をさえぎって、人差し指をつきつけながら、叫んだ。 「こ、これが私の復讐なんだからっ! 覚えておいて!」 それだけ言うと、くるりと身を翻して走り去る―― ――前に、もう一度振り向いて、叫んだ。 「そこ! すっごく冷たいお茶があるから! 普通のお茶だから! 飲みたければ勝手に飲みなさい! でもあとでちゃんと容器は返しにきてよ! 絶対だからね!?」 そして、今度こそ走り去った。 ぽかーん。 残された魔理沙は、ただ呆然とする。 「あー」 目を閉じると、嵐のような1時間が蘇ってくる。とんでもなかった。よくわからないくらい恥ずかしいことまでさせられた気がする。実際、あまりよくはわかっていないのだが。 唇にまだ残る感触を意識しつつ、ぽつり、呟いた。 「しかし……変なクセが残りそうだぜ……これが復讐、か……?」 とりあえず。 冷たい冷たいお茶を飲むことにした。 |