■「あの魔法使いも大絶賛!」


「……で、そんなかしこまって何なのよ。いつもは遠慮なしに何でも聞きまくってるじゃない」
「い、いえ……その……今日は、取材じゃないんです」
「え?」
「えーと……お願いが、あると言いますか……とても、頼みにくいことなのですが……アリスさんしかいなくて」
「嫌な予感がするわね、それ。まあ、聞くだけ聞いてあげるけど」
「あ……あの。怒らないで、聞いてくださいね……無理な、話、かもしれませんが」
「ほんと念を押すわね」
「うう。あうー……そ、その、つまり……これをっ」
「ん。あなたが来たときからずっと持ってた箱ね。気になってはいたんだけど」
「まずは……開けますね」
「これだけもったいぶるんだから、さぞ大変なものが出てくるんでしょう――ぶふっ!?」
「あー……アリスさんなら、これ、どういったものか、おわかりですよ……ね?」
「な、な、な……なん……知らないわよ! なな何言ってるのよっ!?」
「……その反応が、一番正直だと思います。それに、ごめんなさい。私、告白しますと、アリスさんが類似のものを使用しているところを、覗いたこともあって」
「うあああああああ! あんった! ほんと最悪! 何よ何しにきたのよ私を脅しに来たの!?」
「ち、違います! だから、つまり、その、これっ」
「これが何なのよ! 私のものじゃないわよ言っておくけど!」
「知ってます! これは私のなんです! これをアリスさんに使って欲しいんです!」
「……………………………………ぁ?」
「あ。いえ。すみません今の発言はちょっと問題が」
「な……え、今……な? ぅ?」
「た、正しくは私の、ではなくて、私の友達が独自に開発したもの、なのです。その、何でも、高出力と今までにない動きが売りだとか。ええと……その、このように」
 かちり。
 うぃーーーーうぃーーーうぃーーーー


「……うっわ……これは………………っじゃなくて! せ、説明なんていいのよ! それで私が何の関係があるのよ!?」
「要はモニターしていただきたい……と、いうことなのです」
「あなたがすればいいじゃない!?」
「わ、私は! こ、こういうのは不慣れなもので……怖くて」
「こ、こ……こんなものを持ってきながら清純派宣言ですって! なんて卑怯者! 覗き趣味のくせに!?」
「そういうわけではないのですがっ、その、嗜好の問題といいますかっ! の、覗きじゃないと、私、だめでして……ぇぅう」
「ああああああ。いいわよもうそれでなんで私なのよ!?」
「え……」
「うわ今ものすごく意外なことを聞かれたみたいな顔したわ」
「えーと……ほ、ほら。こう。うねうねとですね」
 ぐりんぐりん。
「ごく…………い、いやだからセールスしないの! 誰がそんな怪しげなもの使うもんですか! だいたい使ったら使ったでまたあなた覗く気でしょ!?」
「決してそのようなことは! ティグリス様とユーフラテス様に誓って!」
「誰よ!?」
「か、感想お待ちしておりますから! たぶん、いえ、気に入っていただけると思いますから! では!」
「あ、こら、こんなもの置いていかないのー! 待ちなさいーーー!!」





■「あのときはもう死ぬかと思いました」


「こんにちは! そろそろかと思って調査に参りました」
「……っ……と、とりあえず、中、入って」
「お邪魔します」

「で、どうでしたか、アレ。どきどき」
「さっそくメモの準備して……今日は元気じゃない、ずいぶん……」
「今回は純粋に取材ですから。お手の物です!」
「あなたね……本当に私が使ったと思ってる?」
「はい。間違いなく」
「……どうせ、やっぱり覗いてたからとか言うんでしょ」
「いいえ。約束ですから本当に覗いてはいません。ですが、今のでアリスさんがちゃんと使ってくれたことが確信できました」
「……」
「わくわく」
「……使ってないわよ」
「そういうの時間の無駄ですからやめましょう。さあ、どうぞ。聞くまで帰りません」
「くっ……聞くだけの立場となると勢いづくわね……!」
「気持ちよかった、ですか?」
「っだ……ストレートすぎじゃない、それっ」
「どう聞いても結果は同じことです。どうでした?」
「………………まあまあ、ね」
「まあまあですか。それはアリスさんが普段ご使用のものに比べて特によくもなく悪くもなくということでしょうか」
「普段ご使用とか言うなっ! ……まあ……実際、割と……よくできてるんじゃないかしら」
「おお。いい感触ですか? よくできているということは気持ちよかったんですね?」
「……」
「凄かったですか?」
「……もう十分でしょ! ほら、感想言ったわよ! 早く帰りなさい!」
「いいえ。具体的にどうよくてどこに課題があるのか聞かなければ意味がありませんので」
「もううううううなんなのよこの尋問はああああっ! 私が何をしたって言うのよおっ!?」
「え……何って、もちろん、お……オナ……なー」
「あんたも恥ずかしいなら言おうとしないの! ああもうっ!」
「すみません。ともあれ、是非正直なご意見を伺いたいのです。と、友達が言ってました。よろしくお願いいたします」
「……ぅー」
「うー?」
「……すごく、よかった。久しぶりに真っ白になっちゃったわ。今のところ文句なんてないわ」
「……え、あ。ほ、ほんとですか?」
「嘘でこんなこと言わないわよ! 何回も言わせるつもり!?」
「い、いえ。そうですか。そんなに凄かったですかー……真っ白って、どんな感じなんですか?」
「あなたは経験ないの? そういうの」
「えーと……なんとなくわかるような、よくわからないような……」
「ほら、きゅーんってなって、ふわふわって浮かび上がるような、で、それが全身を伝わっていって……」
「ふ……ふむむ……」
「気がつけば声が出ちゃってるくらいの。そんな……って、あああ何話してるのよ私は!?」
「あ、はは……とても参考になりました。それくらい、気持ちよかった……んですね」
「だから何回も確認しないの!」
「す、すみません」
「……」
「……」
「ねえ」
「……はいっ?」
「……想像してえっちな気分になってるくらいなら、あなたも使ってみればいいじゃない」
「え!? わ……私は決してそんな……あ、アリスさん? 急に立ち上がったりしてどうされました?」
「あなたの顔があまりに正直だから、いい思いをさせてくれた恩返しをしてあげないといけないと思ってね」
「あ……私、そろそろ帰らないと、笑点が――」
「実際自分が体験してみないといいレポートは書けないんじゃないかしら……?」
「いえ、そんな、あ、あれ? なんで動けないんでしょう?」
「興味あるんでしょ? 心配しなくていいわ、自分で使うよりもずっと楽しめるように全力で真っ白にさせてあげる」
「ひゃんッ……や、あの、あのっ」
「なあに?」
「……あの……えーと……えと……あの。……優しく、お願いします、ね……?」
「……」
「……や、そんな本気で赤くならないでくださいよっ……わ、私のほうが恥ずかしいんですからっ」
「ああああっ! 本当に!」
「きゃっ……んんッ……!」





■「友達の頼みだから」


「こっ……こんにちはっ」
「あ……いらっしゃい」
「お邪魔しても、よろしいでしょうか……?」
「なによ。いつもどおりもっと遠慮なく入ってくればいいじゃない……」
「あー……そうですね。お邪魔します」
「……」
「あ、あの、なにか?」
「だからっ、来ていきなりそんな顔赤くしてないでよっ……変に意識してしまうじゃない」
「う、そ、そんな赤いですか?」
「鏡見なさいっ」


 こほん。
「……この前のことは、記事にはしなかったみたいね?」
「ちゃんと約束したじゃないですか。私は、約束は守ります。信じてくれなかったんですか?」
「……ううん。そうね。ごめんなさい、ありがとう」
「え、あ、い、いえ。そんな」
「落ち着いてよ……ほんと」
「はい……」
「今日はどうしたの? やっぱりこの前のアレの回収にきたとか?」
「いえ、あれはアリスさんに是非そのまま使い続けていただければっ」
「あ……ああそう。好きにするわよ」
「で、ですね。また友達が新しいオモチャを作りまして」
 ごとり。
「……」
「……ど、どうですか?」
「だ、か、ら、な、ん、で、わ、た、し、な、の、よ?」
「いっ、一回お願いした相手だと頼みやすいですし……とか……」
「最初に断固拒否しないとそのままずるずるいってしまうという好例なのね……」
「きっとまたすごく気持ちいいんですよ! 楽しんでいただけるかと!」
「……この前のあなたみたいに外まで聞こえそうな声が出ちゃうくらい?」
「うあああぅ、やめてくださいよぅっ……よく、覚えてないんですから……」
「はあ。もう、どうしてそんな反応するくせにこんなもの持って来るのよ」
「……友達の頼みで。えーと……今回はこんな感じですっ」
 かち。
 ……ぶるぶるぶるぶるっ
「……」
「説明によりますと、今回のポイントは、変速できる超微細振動と、細かく配置された突起の……」
「言わんでいいっ!」
「また感想を聞かせていただければ嬉しいです。って、友達が言ってました」
「あーもう。わかったからはやく箱にしまいなさい。そんなの持ってるところ見られたらなんて言われるか……もう」
「……誰に見られたら困るんですか?」
「誰にでもよ!」
「魔理沙さんですか?」
「ぅ……どうせ、まあ、ここに来るのは魔理沙くらいしかいないけど」
「そうですか。私たちのこと、魔理沙さんにはバレないように気をつけないといけませんねっ」
「当然よ。……ん? なんか、ちょっと引っかかる言い方だけど」
「それではっ、感想お待ちしておりますねっ」
「……気が向いたらね」
「はいっ」


「……ねえ」
「な、なんでしょう」
「用は済んだんでしょ?」
「えーあーはい、そうですね……あ、それでは、ついでに、前回のアレについて何かまたご意見がありましたら」
「相変わらず問題はないわ……別に」
「あ、やっぱりまだ、使っていただいているんですね……ありがとうございます」
「……」
「……?」
「……ふぅ」
「ふう?」
「もういいでしょ。早く帰りなさい」
「……は、早く使いたいからですか?」
「帰れ」
「え、えっと……帰りたいのはやまやまなんですが、また、その、お話しているうちに、ちょっと、大変なことになってきてまして……」
「……」
「……あぅ。ごめんなさいそんな目で見ないでください。帰ります……」
 ふらふら。
 ……ばたむ。


「……はぁっ……ぜーはーぜーはー……あ、危なかったわ、またやっちゃうところだったじゃない……よく堪えた自分……」





■「重大な機密です!」


「今朝の新聞です、パチュリー様」
「ありがとう」
「失礼いたします」
「さて……ん……?」
 ぴく。
「ちょっと待ちなさい」
「あ、はい。なんでしょうか」
 ……きゅ。
 くんくん。
 ……きゅ。
「あ、あの、どうかなさいましたか?」
「貴女じゃないわね。ふむ……?」
「?」
「今日、アリスが来てたりしたかしら?」
「アリスさんですか? 十日ほど前が最後だと思いますが」
「そうよね。わかったわ、もういいわよ」
「はあ……失礼します」


「あら、珍しいわね。うちに来るなんて」
「たまには外出したほうがいいって、貴女に教わったから。お邪魔していいかしら?」
「どうぞ、どうぞ。あ、でも、いきなりだからお菓子はちょっと作れないけど……」
「――貴女、私がお菓子にしか興味がないと思ってない?」
「そんなことないけどっ。……でも、いつも、そうだから」
「だって美味しいんですもの。美味しいものは誰だって好きでしょ」
「ありがとう。あ、それじゃ、上がって」
「お邪魔するわ」


「ところでアリス、アレの新聞って購読してる?」
「え、アレって、文の? まさか、普段は読まないわよ」
「普段は? 読んでる日もあるの?」
「え……あー……たまに、ね。うん」
「たまに?」
「うん。……魔理沙とか、最近だとあなたのことが載っているときは届けてもらうようにしてるから」
「……そう。ありがとう」
「う……ううん。別に、お礼言われるようなことじゃ、ないから」
「でも、嬉しいわ。なるほど、配達には来てるのね。そのときにちょっとケーキでも振舞ったりしたのかしら」
「はぇ!? ケーキって……どうして……あ、あ、なるほど、私のケーキの紹介した記事でも載ったのかしらっ」
「いえ。少し前の新聞から貴女のケーキの匂いがしたから」
「どんな鼻なのよっ!?」
「普通よ。……ふむ、それにしても今のアリスの動揺は何かしら。気になるわね?」
「え!? ど、動揺なんてしてないわよ、別に」
「そう。まあ、いいわ。ちょっと気になっただけだし」
「うん。別に何も」
 からからーんっ
 からんからんっ
「……誰かしら。二人も来客があるなんて珍しいわね…………はっ……!?」
「? どうしたの?」
「い、いえ、何でもないわ、ちょっと、見てくるから待ってて」

 がちゃり。
「あ、アリスさん! 今日もンモグッ!?」
「(今日はまずいの。すぐに回れ右して帰って)」
「(え?)」
「(来客中なのよ!)」
「(あ、なるほど、そうでしたか。それは、まずいですね。見つかると)」
「(そうよ! ってなんであなたちょっと嬉しそうなのよ!?)」
「(え? え? う、嬉しそうでしたか? そんなことは。見つかったら、バレちゃいますもんねえ……私たちの関係)」
「(変な言い方しないの!? ……そ、そりゃあ、立場的に……私の責任なんだけど……っ! とにかく……また、明日、ね?)」
「(仕方ないですね。くすくす)」

「……ふう。お待たせしたわね」
「あら。客じゃなかったの?」
「えーと。うん。郵便だったわ。ただの」
「へえ。新聞屋、最近はそんなサービスまで始めたのね。知らなかったわ」
「……」
「ん?」
「……誰が来たかなんて、どうしてわかるの?」
「最初に声、聞こえたし。おそらく貴女が慌てて口を押さえたか何かで聞こえないようにしてたのもよくわかったけど?」
「……うぁー」
「ああ、いいわよ、別に。深く詮索はしないから。いつの間にか自然に文だなんて名前で呼んでたから何かあって仲良くなってたりはしたのねって気付いてはいたし」
「あああ。いや、そんな、怪しいようなことじゃ、ないから、ねっ」
「ええ。何故か貴女が赤くなって手をぶんぶん振ってごまかす程度のことなのね」
「ぁうあー」





■「美しい絆です!」


「毎度のことだけど……また新しいの?」
「ええ。友達も、今までで一番いいモニターが見つかったと喜んで気合が入ってるみたいです」
「まったく……私もほんと律儀だと思うけど。我ながら」
「で、今回の試作品はですね、あえてパワーは犠牲にして、長くゆったりと楽しめるように――」
『あーりすー。いるだろー? 上がるぜー』
(ばんっ)
「……! 魔理沙だわ! それ、早く隠して!」
「え、え? 魔理沙さん、いつもこんな強引に入ってくるんで」
「いいから早く! すぐこの部屋まで来るわよ!」
「は、はいっ」
 がさがさ。
 がさがさ。
「って何悠長に箱にしまおうとしてるのよ! そうじゃなくてどっか適当に――」
「お、いたいた。お? 珍しい客がいるぜ」
「あ……こ、こんにちは。お邪魔してます」
「ぐあ……ちょ、ちょっと魔理沙、言ってるでしょ! 勝手に上がらないでって!」
「悪い。急ぎで貸してほしい薬品があるんだ。私は適当に棚覗いてくるからお構いなく――ん?」
「……!」
「……っ」
「なんだなんだ、なんか面白そうなものがあるじゃないか。それは何だ?」
 すたすたすた。
「あ、いや、これは、ねっ……文が勝手に、その」
「た、たいしたものではないんですよ! 魔理沙さんが興味を持つようなものでは」
「ふーん……?」
 じー。
 じー。
 しげしげ。
「(うっわすっごい見てるわよ……)」
「(ど、どういうモノかはわからないみたいですね……一目で気付いたアリスさんと違って)」
「(っるさいわね!)」
「変な形だぜ。柔らかくて武器に使えるとも思えないし、魔力も感じないし、なんだこりゃ?」
「! そ、そうよ、別に面白いものじゃないのよ、全然」
「ふーん……お? なんか、スイッチのような。えい」
 かちり。
 ……ぶーん。ぶーん。ぶーん。
「のわっ!?」
 ばっ
 がらがらごとんっ
「あ、わ、悪い、驚いて落としてしまった」
「あ……ううん、いいのよ、その、驚くわよね、あは、あはは」
「な、なんなんだそいつ、不気味な動きして」
「こ……これは……えーと」
「オモチャ、ですよ、ただの。ちょっと試作段階なので見た目は悪いですけどっ」
「魔力も感じないのに動いてるってことは……電気か?」
「え、ええ。電池です」
「そうか……なあ、これ、ちょっと借りてもいいか?」
「!」
「そそそ、そんなもの、そんな不気味なもの、借りてどうするのよっ?」
「研究に。ああ、せっかく電池の力でこんな動きが出来るんなら改造してもっと便利なものにして返してやるぜ?」
 ひょい。
「だ、ダメよ! それは……その……」
「ん? たいしたものじゃないんだろ?」
「うっ……でも、ダメ! 今は必要なの」
「こんなもの何に使うんだ?」
「あー……そう、研究よ。魔理沙と一緒で」
「なら、同じのをまたあとで貰えばいいだろ?」
「貴重なのよ!」
「貴重と聞いたらますます興味があるぜ。何か隠してるな? これは貰っていくぜ。決定」
「ダメだってばっ……その、その、魔理沙のためを思って、言ってるんだからっ」
「はいはい。じゃ、な。おっと、薬品だけ貰ったら帰るぜ。ごゆっくり」
 すたすた。
「(……ど、どーするのよ、これ)」
「(うーん。用途に気付いてないみたいですし、実は問題ないのではないでしょうか)」
「(魔理沙のことだから平気であのまま手に持ってどこにでも持っていくわよ!? そしたらいずれ本当のことがわかるし、わかったあとの魔理沙の気持ちを考えると……その……)」
「(あー……それは、大惨事ですねえ……私たちにとっても。わかりました。アリスさん、ごめんなさい)」
「(え?)」
「魔理沙さん! 待ってください」
「んー?」
「……少し、耳をお貸しください」
「急いでるんだぜ?」
「大切なことです」
「わかった。ほい」

(……ごにょごにょ)
(……ごにょごにょ)
(ごにょごにょ)

「……」
「……わ、わかっていただけました、か?」
「……返す。悪かった」
 つい。
「あー……ありがとうございます」
「いや……」
 ちら。
 ……ふい。
「ご……ごめんな、アリス。気遣いが足りなかったな。私は……その、別に、悪いことじゃないと、思うから、気にしなくても」
「う、あ、う、えーと……」
「魔法使いとして、必要なことだしな! そういうのも……」
「ぅ……あのその。もぅ」
「だから、つまり……なんだ……ご……ごめん」
「ああああっ! もういいわよ! 逆に恥ずかしくていたたまれなくなるからやめて!?」
「わ……悪い。私、デリカシーとか、足りて」
「いいから! もういいから! いっそいつもみたいに適当に馬鹿にして帰ってくれたほうがよほど救われたわよっ……」
「馬鹿になんて」
「フォローはもういいから……うん。いいのよ。私はそんな道具も使っちゃうような子なのよ。自覚はあるから……だから、もう、ちょっと、そっとしておいて……」
「ああ……うん。またな……」
「……」
「……あ、あのな、でもな。わ……私も、そういう、そんな……えっちなこととか、嫌いなわけじゃ、ないから……仲間だぜ、な?」


「……」
「……」
「あの、私、帰ります、ね?」
「いや! あなたにはまだ用事があるわ。是非残ってて……!」
「は、はい」
「(あなたがいなかったら、さっき頭の中に現れた二択の上側を間違いなく選んでいたわ……)」
「(物凄く遠まわしな言い方なのに何が言いたいかは明確な表現ですねえ)」
「じゃ、また明日、な。薬品はそのとき貰っていくぜ」
「う、うん。ばいばい、魔理沙」


「……ぅー」
「ごめんなさい。主に私が悪いですよね……」
「いいのよ。どうせ私はえろえろーなんだから……」
「それは、否定する気はないですけど。でも……凄かったですね」
「何がよ」
「魔理沙さん。あんな可愛い反応することもあるんですね……まっかっかでした」
「この前のあなたと同じくらいね」
「もう! いいじゃないですか、それは……うー。……それより、あんな魔理沙さん見るの初めてでした。アリスさんのこと必死でフォローしようとして最後は爆弾発言までしちゃって……ああ、もう、録音しておかなかったのは不覚です」
「あれだから魔理沙はずるいのよ……どこまでも自分勝手かと思いきや、たまに別の側面を見せてくれるから。……うー」
「あ。これから魔理沙さんの家、覗いてきましょうか。素敵なものが見えるかもしれません。見たいでしょう?」
「あなたほんと覗き魔ね……やめてあげて。魔理沙は魔理沙で混乱もあるだろうし、そっとしておいてあげて」
「……へえ。……ふふーん。なるほどなるほど」
「……なによ」
「いーえ別に」




■後日1

 ずず……
 お茶を一口飲んで、アリスは軽く一息ついた。
「……ふう。なんだか久しぶりになっちゃったわね。ここも」
「そうね。最近は本よりもよほど楽しいことでも見つけたのかしら?」
「そっ……そんなことじゃ、ないわよ。うん。ちょっと、研究に没頭しててね」
「それは大変だったわね。たまには生き抜きも必要よ。アリス、ちょっとこっちへ」
「ん?」
「ん」
 ぽん、ぽん。
 パチュリーは椅子に座って、自分のふとももを掌で軽く叩いて指し示す。
「きて」
「へ?」
「座るの。ここに」
「ここって。え?」
「ここ」
「え、なんで、そんな、え」
「いいから」
「……う。うん……」
 おそるおそる。
 何らかの意味はあるのだろうと、大人しく従うことにする。会話の流れからして、何か疲れを取ってくれる魔法なのかもしれない、と自分に言い聞かせる。
 なるべく体重をかけないように、ゆっくりとアリスは腰を下ろす。
 ふにゅん。
 ふとももとお尻が触れ合うと、すぐに体温が伝わり始めた。パチュリーは、間髪おかず、アリスの腰に手を回して、遠慮がちだった距離を詰めるようにぐっと引き寄せた。


「きゃっ……」
「これでいいの」
「う、お、重くない? あなた、細いから、心配で」
「大丈夫よ。気持ちいい重さだから」
「……あうう」
 きゅ。パチュリーの手はしっかりとアリスを抱き寄せたまま、離さない。
「あ、えっと。な、なんで?」
「なにが?」
「いや、その、急にこんな。……えと……これ……」
「嫌?」
「じゃ、じゃないけど、だからっ……す、すっごい恥ずかしいんだけど、これ……っ」
「ええ。私もよ」
「じゃああ、なんでこんなっ」
「こうしたかったからじゃない。それじゃ不満?」
「あーうー……だ、だって、うー」
「もう、誰が見てるわけじゃないんだから、そこまで気にしなくたっていいじゃない」
「だってっ……さっきからあなたの心臓が激しくばくばくしてるの、わかるんだもん……」
「……」
 こちょこちょこちょ。
「にゃふあ!? う、ひゃ、ひゃはやっ、な、や、やめっ」
「……ふん」
「や、も、もぉ、ごめん、ごめん、ひゃはっ、ひゃはははははひゃんっ!?」
 くすぐりながら、さりげなく微妙なところを触ってみたり。
 くすぐるのをやめるとさっそくアリスが抗議しようとしたが、それをすぐさま遮るように次の言葉を放つ。
「理由はあるわ。貴女が逃げないようにするためよ」
「逃げ……? どういうこと、なのよ」
「魔理沙と何かあったんじゃない?」
「へ!? な……何かって?」
「魔理沙ね。少し前図書館来てたんだけど。ちょっといつもと違って少しこそこそしてるような気がしたから様子を小悪魔に覗かせてみたのよ」
「……はあ」
「周囲を気にしながら、貴女が大好きな本のコーナーでちらちらと立ち読みしてたそうよ」
「……えー……と」
「えっちな本、てこと」
「あうあうあう」
「それがね、真っ赤になりながら、でも真剣な目で読んでいた、だって」
「そ……そお。魔理沙もそういうお年頃なのね。いいじゃない、別に」
「心当たり、あるでしょ?」
「べ、別に……うひゃんぃっ!?」
 ふにふに。
 むにむに。
「あるでしょ?」
「だからっ……」
「襲っちゃったの?」
「襲ってないわよっ! ちょっとしたトラブルなんだからっ……」
「へえ」
「……あうううあう」

 なんだかんだで魔理沙がらみの例の事件は洗いざらい吐かされて。
 もちろん、文を襲ってしまった件については伏せておくとして。

「要は貴女の荒い性欲がついに魔理沙にもバレたということなのね」
「う、うう、うううー。な、なによ、みんなしてっ。私だけが特別に凄いみたいな言い方するんだからっ……」
「言わないわよ。私は貴女の味方よ」
「……パチュリーも、そういうの、使ったりする……?」
「……」
「ちょ、ちょっと、ここでイエスって言ってくれないのはずるいじゃないっ! ここは私を安心させてくれるところでしょっ」
「……私は、ちょっと特殊な魔法生物とか、使うことも」
「……」
「……何よ……正直に言ったじゃない」
「……あ、う、うん。あ、ありがと……」
「ここで引くのはずるいじゃない」
「ち、違う、違うわ。その……想像しちゃって……いろいろと」
「……」
「……あー」
「アリスの、えっち」
「……ぅー。パチュリーも、えっち」
「ええ」
「あーうー」
「安心して。ちゃんと貴女の名前囁いてるから」
「っ……! も、もぉ、そういうからかい方はやめてよ……ぅ。わ、私、たまに抑えが効かなくなっちゃうんだからっ」
「……なればいいのに」
「う、うう、急にしっとりした声で言うの反則っ……」
「ねえ。魔理沙、貴女のことを少しでももっと理解しようと思ってちょっと頑張ってみたんじゃないかしら」
「え……あぅ。た……たぶん、そんなところだと、思う。うう。私、ただのエロエロだと思われたのかな」
「ちゃんとフォローしておいてあげなさいよ。魔理沙は魔理沙、貴女は貴女なんだから。あんまり変な影響与えないで、自然体にさせてあげないと」
「……ぅ。そう、ね。気をつけるわ。……なによ、パチュリー、意外に優しいじゃない」
「魔理沙と貴女はそれぞれ違う側面で純だからこそ意味があるのよ。貴女が魔理沙を襲ってしまわないか心配だわ」
「心配されるようなことじゃないわ……よ」
「紅魔館のいいところはね。その気になれば誰にも覗かれる心配はないのよ。新聞屋にもね」
「え?」
「ひとりでは発散しきれない欲を抱えていても、いいじゃない。魔理沙に負担をかけなくても、貴女の場所はあるわ」
「え……ひゃわっ!? や、ぁんっ……」
「ところで私最近、とても素敵な生命体を発明したんだけど――」





■「それでも、優しいんです」

「……えへ。こんにちは」
「……えへ、じゃないわよ。上がって」
「はい。お邪魔します」

「今日は、ですね。以前に美味しいお菓子を頂いてしまいましたので、お返しにこちらを召し上がっていただこうかと思いまして」
「え!?」
 がたんっ!
 ごろごろごろごろがっしゃーんっ!
 がらんがらんがらんっ! ぴかっ……ごろごろごろっ……ドォオオオオオン! バリバリバリ……
「いえ、驚きすぎですから」
「だ、だって、どうして!? 取材協力費も最近のモニター協力でも今まで一切何もくれなかった、財布と口の固さがメタルとそうじゃないスライムくらい違うと街で評判のあなたが!? て……定期購読なんてしないわよ!」
「お、落ち着いてください。私だって無理に押し売りしたりはしませんから。というか、そのように思われていたということがそこはかとなくショックです」
「え……ほんとに、ただ、もらっていいものなのかしら……」
「何やら劇物を扱うような受け取り方ですが、大丈夫です。私は是非、アリスさんに召し上がっていただきたくて。……プロ級のアリスさんの腕には、とても敵いませんでしたけれど」
「あ、う、うん。ありがとう。ごめんなさい、変なこと言ってしまって。とても上手にできていると思うわ。チョコレート――ザッハトルテかしら?」
「はい。頑張ってみました。もしアリスさんのご都合が合いましたら、一緒に頂きたいと思います」
「うん。そうね。今、お皿とか準備してくるわ」

「……♪ んふふ」

「いただきます」
「いただきます」
「ん……わあ、美味しいじゃない! これ、あなたが作ったのよね?」
「はい。……よかったです。頑張った甲斐がありました」
「実は結構作りなれてるんじゃない? なかなかここまで綺麗な層にはならないと思うけど」
「……何回も、作り直しました。練習もいっぱいしました。アリスさんに、絶対に美味しいって言っていただきたくて」
「……あ……あ、ありがと。うん。美味しいわ。チョコレートとアプリコットの甘みもよくバランス取れてるし」
「嬉しいです。この前アリスさんに頂いたケーキから、アリスさんの好みを想像してみたんですよ」
「凄いわ。うん、間違いなく美味しいわよ。癖になっちゃいそう」
「癖に……癖になっちゃいそう、ですか。……うふふ」
「なによ。……でも、ほんと、なんだか、食べてると幸せが体いっぱいに広がるというか……こう、ね。あ……」
「……? どうしました?」
「……あ、あ、うん。なんでもないの。ほら、あなたも食べて。美味しいわよ。自信持てるから」
「はい。それでは。あむ……」
「……」
「……ん。おいしい、ですね。えへ。自分で言ってはいけないと思いますけど」
「……」
「どう、いたしました? じっとそんな……あ、こっちのほうが美味しそうに見える、とかそういうアレですか? うふふ。あーん、してあげましょうか」
「……え? え……う、ううん。ごめんなさい。ちょっとぼーっとしちゃって」
「そうですか。ぼーっとするほど美味しかったんですね! ……私、ほんとはちょっと、ドキっとしてしまいました。アリスさんが熱い目で見つめてくるものですから……」
「ち、違うわよ! 変なこと言わないでよっ……で……でも、そうね。いつもと違って落ち着いた状態で話せるせいかしら……あなたが、いつもより……」
「いつもより?」
「……ううん。な、なんでも。美味しいわね、ほんと。これならいっぱい食べてしまいそうで怖いわ」
「いつもより、可愛く見えました、か?」
「っ……な何言ってるのよ! あなた別にいつもどおりだし、丁寧な口調の癖にどこか底が読めないし可愛いだなんて油断するわけ」
「でも、油断してしまいましたよね。もちろん、私、ただお返しに来たわけではなく、いつもの用件であることに変わりはありませんから」
「……? 何が言いたいのか、よくわからないんだけど……」
「ですから、いつもの用件です。今日の新商品は、この場でもう試していただきました。……はぁ♪ 私も、すごく、幸せな気分になってきました……ドキドキしてしまいます」
「……っ! まさか、このケーキ……!」
「ケーキは、本当に心を込めて、愛を込めて私が手作りしたんですよ。信じてください。ただ、少し……目の前の人がとても愛しくなる魔法の蜜を配合しただけで。これがですね、ちょうどアプリコットみたいな香りなんですよ……ふふ」
「くっ……やっぱり、あなたなんて、信じるんじゃ……あ……はぁ……」
「ああ……素敵です、アリスさん。もうすっかりとろけちゃってるその顔が……きゅん、てなっちゃいます。ん、はぁ……」
「な、に、よ、これ……愛しくなるとか、そんな、シロモノじゃ、ないで、しょ……」
「お……お約束、という、もの、でしょうか。あは……初めてだったので、分量を少し間違えた、かも、しれませんね」
「ん……ッ!」
「あ……アリスさん、今、ぴくぴくって震えましたね……? すごく、えっちです」
「なんなのよ……! なんなのよ、あなたは……! また、あのときみたいに、襲われたいの……!?」
「……はい。襲って……ください」
「っ!」
 ばっ!
 ばたん……
「魔法の薬の……せいなんだからね」
「……私は、ずっと魔法にかかってました。あのとき、アリスさんに優しくしていただいたときから」
「優しくするもんですか……! どこまでも自分勝手にさせてもらうわ」
「……はい♪」


「……わ。やっぱり、アリスさん、背が高いんですね。ちょっとぶかぶかです」
「ごめん。とりあえず、帰るまではそれでなんとか我慢して」
「ええ。仕方ないですね。ぼろぼろに破られた服で帰ったら記事にしなくてもそれだけで大きな話題になってしまいますからね?」
「……もうっ。……知らないわよ。私は悪くないんだから」
「はい、悪いのは私です。ごめんなさい。反省してます」
「うそくさいことこの上ない言葉だわ……」
「今度からはこんな不意打ちみたいなことはやめておきますね。あ、それと、蜜の効果は、まだもうちょっと残ってますから……効果が切れたら本格的にアリスさんから冷たい目で見られそうですから、まだまどろみの世界にいるうちに、今日は失礼しますね」
「まだもうちょっとって……」
「今日、寝るくらいのときには切れてますよ、たぶん」
「そんな危険なもの開発しないの! まったく……」
「それは友達に言ってください。では、また今度です」
「ああもう。服を返してもらわないといけないからもう来るなとは言えないし……困ったものだわ」
「えへ。あ、それと、ですね」
「何よ。まだ何かあるの」
「今日、私は、嘘はひとつもついてませんから」






■後日2


「ふぁ……」
 勢いよく二人掛けのソファに腰を下ろすと、そのままごろんと横になる。はみ出る足は膝の裏を手すりに引っ掛けて、だらんと注に浮かせるに任せる。
 急性的な疲労が全身に広がっていく。そこらじゅうの筋肉に軽い痛みを感じる。本格的な弾幕戦を終えた後のような消耗だった。薬には、運動のリミットを少し外すような効果でもあったのかもしれない。だらしない格好だとわかってはいるが、一度取ったこの楽な姿勢から、当分動く気になれない。
 心のほうは落ち着き始めていた。またやってしまった、という後悔の念はあるものの、薬のせいだと思えば気は楽だった。異常な高揚感や動悸も今はない。薬の効果が切れ始めているのか、それとも文が帰ったからかはわからない。
 最低限、着替えはして、手くらいは洗ったが、風呂には入っていない。それでも今はどうでもいいや、という気分になっている。まずは、脱力したい。
 目を閉じる。すぐさま、意識のほうも遠のき始めた。
 あ、これは起きたとき酷く痛くなる姿勢だな、とぼんやり思いながらも、三秒後には寝息を立て始めていた。


 夢を見た。
 魔理沙に激しく責められる夢だった。
 変態だの。エロ妖怪だの。そんなことばかりやってるから弱いんだとか。だから友達できないんだとか。近寄ると病気がうつるとか。なんだかんだ。散々だ。
 永遠のお別れだ、と言って魔法の森を去ろうとする魔理沙を私は呼び止めた。
「待って……! 行かないで!」
「ぬわっ!?」
 返事は、なんだか遠くのような近くのようなところから聞こえた。
 と、そこで目が覚めたことに気付いた。
 そうよね魔理沙があんな酷いこと言うはずないわよね、と思いながらゆっくりと目を開けた。まだ鮮明ではない意識の中、視界を見慣れた金髪が覆い尽くしていた。
「ぁっ……」
 金髪は、直後、視界から外れるように動いた。
 夢で聞いたのと同じ微かな声は、夢で聞いたよりもずっと柔らかかった。
 ぼんやりとそんなことを思いながら、アリスは自然と、金髪が消えたほうに頭を傾けた。今度は先程より遠くに、よく見た顔を捉えることができた。
「……まりさ……?」
「お、おう。えー……あれだ。おはよう」
「おはようございます……」
 魔理沙の声に、反射で答える。まだ思考は追いついていなかった。
 ああ、魔理沙がいたから、魔理沙の夢を見たのかな、なんて思った。どうせならもう少し幸せな夢ならよかったのに、と思った。次に、そういえばどうして魔理沙がいるんだろう、とようやく疑問を持った。
「へ……!?」
 慌てて上半身を起こす。――少なくとも、起こそうと、した。首しか上がらなかった。腹筋と足が悲鳴をあげていた。
「ったたた……」
「あー……大丈夫か? ソファで寝ると、寝起きに結構辛いんだよな」
「ぅ……そう、みたい……って、それはいいのよ別に! なんで魔理沙がいるのよ。えっと……うん、ここ、私の家よね?」
「ああ、うん。公的機関にここの土地を登録してなければ法的にはアリスの家じゃなくて不法占拠ってことになると思うが、少なくとも私の家ではない」
「じゃあなんでいるのよ」
「悪いかよ」
 魔理沙が口を尖らせるのが、見えた。
 怒ったというよりは、拗ねた口調。目は少し寂しそうにも見えた。
「う……ううん、そういうわけじゃないけど」
 反射的に言ってから、いや人の家に勝手に入り込むのは明らかに悪いことだろうと思ったりもしたが、魔理沙の顔を見るとその反論は喉から先まで飛び出ずに消えてしまう。今は当然の論理を指摘する場面ではないと直感する。
 魔理沙は、右手を少し上げて、手に持った竹製の籠をアリスに見せた。
「ちょっと、借り物があったからお邪魔してた」
「……ああ、そういうこと。って結局泥棒なんじゃないの」
「材料の貸し借りはお互い様だろ。魔法使い助け合い運動ってことだ」
「明らかに私のテイクのほうが多い気がするけどね」
「借りの恩は三日で時効だって霧雨家の家訓第692号に書いてあった」
「家訓じゃないしそれ。多いし。ってだからそんなことは別にいいのよ! もしかして……その、私が寝てるところ、見てた、わけ?」
「え、いや」
 もう視界ははっきりしてきている。
 アリスは手を使ってゆっくりと起き上がる。一瞬ふらるとゆれる視界に顔を顰めながら、続いて足をソファの手すりから下ろす。
 改めて顔を上げると、魔理沙の顔は少し赤くなっていた。
 自分では見えないが、アリス自身もおそらく同じくらいにはそうなっているだろうと感じていた。
「……言っておくけど、いつもこんな寝方してるわけじゃ、ないからね」
「ああ、もちろんだ。わかってるって。何でもしっかりしてるアリスにしては珍しいなあと思って見てたくらいだ」
「やっぱり結構見てたんじゃないのっ!」
「ああいや、別にそこまでは、ほんと」
 やや慌て気味の魔理沙の反応を見る限り、割とまじまじと見られていたんだろうということはほぼ確信できた。
 いったいどれほどだらしない寝顔をしていたことかと思うと、頭が痛い。油断していた。やはり、疲れていても、行動は常に美しくあるべきなのだ。改めて思い知った。
「ただ、うなされてたみたいだから、ちょっと心配してたんだぜ」
「む……」
 魔理沙の言葉で、夢のことを思い出す。そういえば、とんでもない夢を見ていたのだった。それはもう、うなされていたことだろう。泣いていてもおかしくない。
 ああ。現実の魔理沙はちゃんとこんな自分を心配してくれる。なんて思ったり。
「……心配してくれたんだ?」
「まあ、そりゃ、あれを見たら誰でも心配すると思う」
「ありがとう」
「お、おう。何事もなけりゃ別にいいんだ。熱もないみたいだし」
 熱。
 言われてみて、額に手を当てる。……自分ではよくわからないが、まあ、高熱ではないだろうという気がする。もともと疲労で寝て、悪夢を見ていただけだ。体調の問題ではないだろう。
 ……熱。
 熱もないみたいだし。
 ……ということは、魔理沙も熱を測っていたのか。こうして額を手で? あるいはもっと正確に測るために額と額で――
「っ……!?」
 どくん。
 唐突に、心臓が大きく跳ねた。
 自分でわかるほど、一気に体温の上昇を感じる。
 急に表情を変えたアリスを見て魔理沙は心配したのか、空いている左手を少し前に差し出した。
「どうした? 大丈夫か?」
「あ、えっ……う、うん……」
 大丈夫ではなかった。ドキドキという激しい動悸が止まらない。
 むしろ、魔理沙の手が近づいたのが見えて、魔理沙の声が聞こえた瞬間に、さらに勢いが加速したように感じた。
「あ……」
 まずい。

『それと、蜜の効果は、まだもうちょっと残ってますから……』

 これだ。
 あのときの感覚と同じだった。まだ、効いているのだ。あれからどれほどの時間が経ったかはわからないが、どうやら相当にやっかいな代物だったようだ。
「おい、一体……」
「だめ……」
「え?」
「だ、大丈夫だから、ちょっと、待って。ゆっくり深呼吸させて」
「あ……ああ」
 魔理沙はすっと手を引いた。それを確認して、目を閉じる。
 ゆっくりと息を吸う。息を吐く。息を吸う。息を吐く。
 この薬の効果は、どうやら誰か相手がいなければ表れないようだ。ならば、まずは魔理沙のことを脳内から消す。視界を遮った後に、意識から消し去る。
 今はひとり。魔理沙はいない。誰もいない。ひとりきり。いつでもひとりぼっち。人形だけが友達。こんな家に遊びに来る子なんていない。永遠のアルティメットロンリーメイデン。ごめんメイデンは嘘かもしれない。私は孤独なシンデレラ。人形ばかりの居城。誰もいないいないいないいないこないこないこないこない大丈夫。
 ……すうはあ。
 すうはあ。
 心臓の脈動は落ち着いてきた。もう大丈夫。
「……よし。大丈夫、大丈夫よ。私は一人でも生きていけるわだって私はこの国と結婚しているんだもの」
「……だ、大丈夫なのかそれは、なんか」
「きゃわぁ!?」
 どっくん。どっくんどっくん。
 魔理沙の声が聞こえた途端に、元の木阿弥。
 目を開けてしまった。魔理沙と目があってしまった。
「……あ……」
 熱い。熱くて気持ちがいい。
 心配そうに見つめる魔理沙の顔からもう、目が離せない。他のものは何もかもがピントの外に外れてしまう。
 どうしてここにこんな可愛い女の子がいるんだろう。どうして私を見つめているんだろう。無意識がそんなことを考える。熱いため息が漏れる。だめだ。危ない。もう一つの意識が警告を与える。薬に負けている。
「……なんだ……どうしたんだ?」
「魔理沙……魔理沙だ」
 ふらふらと手が勝手に前に出る。
 その手が何を求めているかは、考えるまでもない。
「え?」
「あのね……」
 ソファから立ち上がる。体は軽い。もう大丈夫。
 無警戒に立ち尽くしたままの魔理沙に、ぐいっと近づく。
「って、顔が、どう見ても病人じゃないかっ。さっきまで大丈夫そうだったのに」
「魔理沙、ごめんね」
「え?」
 一気に距離を詰めて、その小さな体を引っ張り、抱きかかえた。
 ぎゅ、と、痛くない程度に、強く。
「お、おい?」
「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけ我慢して、このまま」
 慌てる魔理沙の声を聞いてまた心がざわめく。二つにわかれた心が激しくぶつかりあう。
 魔理沙は、体を引き剥がそうとはしなかった。慌てていても、反射的にでも抵抗するそぶりはなかった。
 嬉しかった。その気持ちだけで、十分に満たされるはずだ。
 だから、信頼を裏切ってはいけない。
「……うん」
 今度は落ち着いた声で、魔理沙は答えた。
 こうして抱きしめているだけで、涙がこぼれそうなほどに愛しい。薬の効果は凄まじい。本当に薬のせいかしら。そうに決まっている。嘘つき。嘘じゃない。
 動悸は決して治まっていきそうにない。時折震える体を理性で抑えつけながら、きゅっと魔理沙を抱きしめ続けた。
 腕の中で魔理沙は抱かれるままにじっとしていたが、そのうち、腕だけ抜け出して、腕をいっぱいに伸ばして、アリスの頭を撫で始めた。頭といっても、ほとんど首との境目くらいまでしか届かない。髪を撫でているようなものだった。
 そんなことでさえアリスにはさらなる試練になるだけだったが、ありがとう、と囁いて、改めて気合を入れなおす。
 負けるもんか。本当に強い思いは、薬なんかには負けない。
 というか、要は魔理沙にはまだ早いというか後もう少し経ってからというかなんとゆーか。


「ん、もう大丈夫か?」
「うう。ごめんね。変なことしちゃって」
「いいって。私だって一人暮らししてるときに悪夢なんて見たら猛烈に寂しくなるだろうからな。こんなときだってあるさ」
「ん……」
 魔理沙の解釈は、そういうものだった。
 ということは、一人のときはアリスもだらしなくて、しかも寂しがりやだと思われてしまったとも言える。普段のしっかり者のイメージが今日でかなり崩れたかもしれない。
「いやいや。アリスにも可愛いところがあるんだな」
「なっ……なによ、それ。あんたみたいな子供が言う台詞じゃないわよ」
「そいつは悪かったな。ふんだ。というか、私は普段から可愛いわよとか言うかと思ったのに」
「当たり前のことをわざわざ言う必要はないでしょ」
「くそぅ。さっきまであんなだったのにもうすっかり元気だぜ」
「おかげさまで」
「ん。じゃな。貰うものは貰ったし、帰るぜ」
「ええ。って、借りる、の間違いでしょ」
「借りたものは1時間以内に返さなければ所有権が移るというのが霧雨家の」
「はいはいあとで他のもので返してもらうわよ」
「わかればよろしい。だからアリスも、もっと遠慮なくうちにも来いよ」
「……え?」
「……まあ、ほら。物はある。退屈や寂しさなんて無縁だぜ?」
「……ふん。じゃあ、遠慮なく泥棒させてもらうわ」
「返り討ちだけどな」
「あら、屋内戦で私に勝てると思って?」
「ぐ。痛いところを突く……ま、せいぜいトラップだらけにさせてもらうとするかな」
「楽しみにしてるわ」
「じゃあな!」
「元気でね」