■1


「暇なのよ」
 姫は唐突に切り出した。机に向かって数式のようなものを書いていて、明らかになんらかの作業中であろうと思われる相手に対して、臆面もなく。
 それでも、言われたほうは平然と返すのだった。
「碁でもしますか?」
「飽きた」
「そうですよねえ」
 ここで彼女はペンを止めて、正面から姫に向き直る。とにかく長い長い髪がふわりと揺れた。ペンを机に置いて、肩にかかった髪を背中に払う。
「将棋倒しの新作にはチャレンジされないので?」
「あれもねえ……五重塔スペシャル金箔吹雪タカハシミックス with E〜春のそよ風に乗せて〜が成功したら燃え尽きちゃったわ」
「ああ、あの118万枚並べたあたりでてゐが見事に崩しちゃったという思い出の」
「もう。永琳は成功したときの感動よりそっちを先に思い出すのね」
「姫だって途中からはあの壮絶なおしおき祭りを楽しんでいたではないですか」
「それは、まあ、少しは」
「祭りで思いつきましたわ。みんなで運動会なんてどうでしょう。健康促進のため」
「運動会? 何するの?」
「走ったり、飛んだり、投げたり、倒したり、応援したりして、なんだかんだあって最終的にはウドンゲとてゐを二人並べて罰ゲームと称してセクハラ三昧する遊びですね」
「……永琳、最後のやりたいだけじゃない?」
「さすが姫、見事な名推理です」
「うー。私は永琳みたいにいじめるのが趣味じゃないのよ。もっと楽しく遊びたいの」
「そうですねえ」
 いじめるのが趣味、という指摘に一切反論することもなく動じることもなく、ちょこんと口元に人差し指を当てる可愛らしい仕草で、永琳はうーんと視線を落としながら考え込む。
「それでね、考えたのよ」
 姫はここでぱん、と手を打って、思考に入ったばかりの永琳の意識を引き戻す。
 永琳はすぐに姫に視線を戻して、軽く微笑む。
「考えましたか。いいことです。まず思考することが人の生き方に色を添える最高の行為であって、ひいては人生の目標といった大きな課題を見つけるにつながり、すべての行動に意味を感じ取れるようになるわけで」
「永琳の持論なんてどうでもいいのよ。あのね、この幻想郷ってところにいる限りはどこまで外出しても大丈夫なんでしょ? 今までも少しは散歩してみたけど、もっと本格的に探検してみてもいいと思うの」
「探検ですか。具体的には何を求めて?」
「え? 具体的? ……んーほら、探検といえば、お宝じゃない?」
「お宝ですか。つまり珍しいものですね」
「そう。永琳ならもうこのあたりのどこに面白いところがあるか知ってるんでしょ?」
「ある程度なら。そうですね」
 もう一度、指を口元に当てるポーズ。こだわりがあるらしい。
 優しい微笑みを崩さないまま、数秒間の沈黙。この間に天才の頭脳はフル回転しているのだろう。ただ知っている情報を思い出すだけなら数秒もかかることはない。おそらくは、姫にとってどのような”探検”が面白いのだろうかと反応を予想しながら想像を進めているのだ。
「ではとりあえず、このあたりで一番宝が埋まっているところに行きましょうか」
 その言葉に、姫の顔がぱっと明るくなる。
 久しぶりに見た元気いっぱいの生き生きした表情だ。
「さすが永琳ね!」



「じめじめしてるわー」
「森の中ですからね」
「どうして魔法使いってこんな陰気なところに住むのかしら。やましいことしてますよって宣伝してるようなものじゃない」
「私たちが言えた立場ではないですけどね。まあ、魔法使いというのは存在自体が湿っぽいものです」
「そうかしら。この前来た魔法使い二人はどっちもそんな感じしなかったけど。特に黒いほう」
「外からはわからなくても、とても人に見せられないような実験をしてたりはするのですよ。きっと」
「永琳みたいね」
「そうですね」
 森の中に降り立ってから、少しだけ歩く。せっかく森に来たのだから一直線に目的地に向かうだけでなく、自然の宝物、つまり草木やきのこなどを見物してみたり採集してみたりしようということになったのだ。
 森は竹林の空気とは明らかに違った。人が住むのに適していない場所という意味では同じだが、少なくとも姫=輝夜にとってみれば、森のほうがずっと陰気で怪しいということらしかった。
 目的地というのは、もちろんこの森の中だ。
「まあ、特に目新しいものはありませんね。魔法使いにとっては大切なものが多いのかもしれませんが」
 ゆっくりと見て回った結論が、これだった。
「そろそろ行きますか。もう、すぐ近くですよ。あっちのほうです」
「楽しみね。ちゃんといるかしら?」
「よく出かけまわってる子らしいですから、わかりませんね。いなかったら適当に物色させていただきましょう」
「そうね。いたら交渉しないといけないけど、いなかったら手間が省けるしそっちのほうがいいかもね。いたらいたで、いい風邪薬だからとか言って小麦粉でも渡しておけばいいんだけど」
「魔法使いを騙すのは至難の業ですよ。あまり下手は打たないほうがいいでしょう。ところで私は姫にはそのような騙すことはしたことはありませんからね?」
「本当かしら。兎にはよく適当に粉っぽいもの渡してるだけだったりするじゃない。ほら……なんだっけ、バシルーラ効果とかなんとかいう」
「まあ、そのような効果です。姫は特別ですからちゃんと特製の薬をお渡ししておりますわ」
 細かくない間違いを訂正することもなく、さらりと永琳は言ってのける。
 むー、と不信の目で見られても、意にも介さない。
「ほら、宝の山に到着ですよ」
「わあ。楽しみだわ。あの、二つの紐をきゅきゅって引っ張るとサルが登っていく玩具とかあるかしら」
「なんでまたそこ一点買いですか。まあ、あってもおかしくないのではないでしょうか」





■2


「どうやって入る?」
「無闇にトラブルを招く必要はないでしょう。とりあえず、穏健に行きましょう」
「はーい」
 からんころん。
 玄関のドアの前に吊り下げられた鈴の紐を引っ張って鳴らす。やや低い音が、森の木々の間で反響して何度も響く。
 やや待ったところで、声が返ってきた。
「合言葉を言え」
「え!?」
「あら」
 その声は、すぐ近くから聞こえた。明らかにドアの向こう側からではない。隣にいるかのような近さだ。
 きょろきょろと周囲を見回す輝夜に対して、永琳は冷静に斜め上方のコーン状の物体を指差す。そこに、金属製のラッパのようなものが二つついていた。
「ただの伝声管ですわ。たぶん魔法で適当にフィルタをかけて自然な声に編集しているんでしょうけれど。監視機能はないから声さえ変えればなりすましは可能ね」
「んもう、びっくりするじゃない。魔法って便利なものね」
「音響学についてかなり研究してないとこんな隣にいるみたいな声にはできないでしょうね。若いのに勉強者で感心だわ」
 まったく感心しているとは思えない淡々とした口調で永琳はこの伝声の仕組みを解説する。輝夜もまた適当に、人は見かけによらないわねえ、と割とどうでもよさそうに答えた。
「……で、話し合いはもういいか? 合言葉、聞いていいか?」
 再度、伝声管から、今度は少し寂しげな声が聞こえてきた。
 輝夜は伝声管に向かって叫ぶ。
「どうして合言葉なんて必要なのよ。犯罪組織なのかしら」
「いいや。合言葉があると、あれだ。かっこいいじゃないか。わかるだろ? 月の奴でもさ」
「って、私たちの正体がわかってるならなおさら抹茶アイスに小豆じゃない」
「姫、その心は」
「余計なものなのよ!」
「さすが姫、哲学的です」
「えへ。そうかしら。私もちゃんと教養は維持しておかないといけないから大変だわ。永琳に教えてもらわなくても勉強だってできるんだから」
「そうですね、本当にご立派です。姫はいつでも姫として誇り高く」
「……おーい。あのさ……いや、もう、いいんだけどさ」
 声が本格的にいじけてきた。何かが折れつつあるような気配さえ声と一緒に伝わってくる。
 永琳は、ふわ、と髪をかきあげて、ああ、失礼、と伝声管に向かって話しかける。
「合言葉でしたね。では魔理沙さん、魔法と科学技術の類似点と相違点について魔理沙さんなりの意見を簡潔に述べてください」
「え!? あー……っと、そうだな、どっちも理論と実験の二面性があって相互に作用して発展している。ただ、魔法の場合はさらに肉体的精神的鍛錬が必須で、より高度でできることも広い。特に精神に作用するものは科学技術には絶対に負けない」
「よろしい。なかなかの回答です。玄関を開けることを許可します。どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう。……ん? ……いや……まあ、いいか……」
 声はここで途切れた。
 しばらくして、足音が聞こえた直後に、がちゃりとドアが開いた。
「で。何の用だ? こんなところに」
「宝探しよ」
「貴女がとても素敵なコレクションを持っているという噂を聞いたから、是非見せてもらおうかと思って」
「ほう。泥棒か」
「ほしいものがあったらちゃんと対価は払うわよ」
「わかった。話は聞いてやろう」



「ねえねえ、これ何? これ何?」
「んー? ああ、そいつは玩具だな。そのへんに丸い石ころが転がってるだろ? ああ、その小さいのだ。それを使うんだ」
「ふんふん」
「これをここに置いてだ。こっち側のレバーを引くと――」
 かこーん。
「……ふーん? そうやって石を飛ばす玩具なの? これだけ大掛かりな割に」
「いやいや。そこでそっち側のレバーの出番だ。一回引いてみな」
「これ?」
 ぐる。ぐるん。
「あ、なんか棒が動いた」
「それだ。今飛ばした石をタイミングよくそれで打ち返すって遊びさ」
「わあ! なるほど、そういうことね。じゃ、さっそく飛ばしてみなさい」
「いくぜ?」
 かつんっ
「えい!」
 かこーん! からんからんからんっ
「やったわ。簡単ね。あれ、でも、今の石、そこの隙間に落ちちゃったけど」
「今のはアウトって書いてあるところに入ったから、お前の負けだぜ。ヒットとか二塁打とか書いてあるところに入れないといけないんだ」
「何よそれ、聞いてないわよ。そんなのどこに入るかなんて運じゃない」
「いいや、ちゃんと計算できるさ。もう一回やるか?」
「やる!」
「よしきた。ほら」
 かつんっ
「えいやっ……あ、あれ!? ちょっと! 何よ今の! 石が途中で穴の中に入っちゃったじゃないの!」
「へへー。消える魔球だぜ。ってちゃんとここに書いてある」
「むー……もう一回勝負よ。今度こそあなたの正中線に当ててやるわ」
「さっそく趣旨が変わってる!?」

 わいわいと騒ぐ二人を遠くから眺めて微笑みながら、永琳はマイペースでこの「宝の山」を漁っていた。
 山、というのはまさに的確な表現で、確かに一つ一つゆっくり見て回るにはあまりに数が多く、かつ、まったく整理されていない状態だった。ちょっとは整理したほうがいいんじゃない、と指摘すると、魔理沙は「アリスみたいなこと言うなよ……」と珍しく困り顔になるのだった。なんにしても、片付ける気はまったくないようだが。
 ゆっくり見てみると、確かに珍しいものが多い。価値があるかどうかは別にして。よくここまで集めたものだと思う。それこそ玩具そのものから、古代の魔法道具と思しきものまでごろごろ転がっている。
 しかし、このコレクションを見て、永琳としては物足りないというのが本音だった。魔法使いなのだから、もっと妖しいものがあってもよさそうなものだ。そう思うのだ。永琳にとって魔法使いとは何か。陰気で、妖しくて、エロいものだ。
 そう。このコレクションに足りないものは、エロスだ。
(結び目がいっぱいある勝手に動くロープとか、触手生物プラントくらいは基本としてあってもいいはず――どういうこと?)
 魔理沙の顔を遠くから観察する。とりあえず、永琳が適当に漁ることに関して特に止める様子はなかった。これは、やはり、そういったモノは別の場所に隠しているのではないか。人間らしい、羞恥心というものであろう。
(ふむ。確かめてみたいわね)
 一度漁る手を止めて、ゆっくりと立ち上がる。魔理沙と輝夜は相変わらず遊んでいる。
(兎たちと遊ぶのに、新しい玩具がほしいところなんだから)
 本音は心の中だけに留めておく。

「ああ、魔理沙。楽しく遊んでいるところ悪いんだけど、少し聞いていいかしら」
「ん? 何かほしいものでもあるか? 交渉には乗ってやるぜ」
「いいえ。それとは別にね」
 さりげなく聞き出してみればいい。
 永琳はにこりと晴れやかな笑顔を作ってみせる。
「貴女、エッチはしたことある?」
「ぶほぁっ!?」
 激しく二酸化炭素吹いた。
 魔理沙は狼狽しまくって、見る見る間に赤くなっていく。
「ななな、なに、なに……だ?」
「あら、私も知りたいわ」
「お、おい、あのな、そういうのは、プライバシーがあってだなっ!」
「あら。魔法使いともあろう者が性の鍛錬もしていないのかしら。まあ、今の反応がほぼ返事のようなものね」
「な、な……」
 怒りなのか羞恥なのかおそらく本人もわからない熱が顔を覆いつくす。ぷしゅー。
「永琳、私聞いたことがあるわ。モノを盗むって行動は性的な衝動に近いものなんだって」
「姫はよく勉強されてますね。ご立派ですわ。そうするとこの魔法使いの資質は攻めタイプなのかしら。不思議ね。私には逆に見えるけど」
「……っだー! 勝手なことさっきから! もういい、帰れっ!」
「あら、怒らせてしまったかしら。ごめんなさい。でも、今後の貴女の成長のためにもこういうことをタブー視しないほうがいいと思うの。唐突だったのは謝るけどね。私たちは貴女と違って純情じゃないからつい、ね」
「私は永琳ほど変態的な趣味はないわよ?」
「そうですね。私たち、というのは訂正しておきますわ」
「うー……うー。もう、いい。ほっといてくれ。私の勝手だ」
「そう」
 つつ、と、しゃがみこんで視線を落としている魔理沙に密かに歩み寄る。
 隣に同じようにしゃがみこんで、永琳は魔理沙の耳元まで口を寄せる。
「……興味が湧いたら、いつでも会いにきなさい。教えてあげるわ」
「……っ!」
 魔理沙の体がぴくんと震えた。
 ば、と慌てて体を起こしかけて、うまく起き上がれなくて、とにかく手だけで後ずさりして永琳から離れる。赤面はもうこれ以上にはなりようがない限界まで行っていた。
 永琳は何事もなかったかのように立ち上がって、輝夜のほうに向き直る。
「さ、姫、帰りましょうか。何か欲しい物は見つかりましたか?」
「これが欲しいわ」
「ああ、さっきまで魔理沙さんと遊んでいたものですね。ずいぶんとお気に入りのようで。魔理沙さん、これ、いくらで売ってくれますか? 薬の支給でもいいですけど」
「い……いや……好きに持っていけ……」
「あら、それはどうも、ありがとうございます。では遠慮なく」
「また遊びにくるわね。楽しかったわー」
「あ……ああ……」



「永琳ってば、また誘ったでしょ。永琳は特殊なんだから変なことして魔法使いを怖がらせたりしちゃダメよ。私、あの子結構お気に入りなんだから」
「はい、気をつけます。ですが、私が見る限り、魔理沙さんは確実に素質がありますね。1週間も与えられれば、もっと虐めてくださいって言わせる自信がありますわ」
「だから、それがダメなんだってば。もう、そんなことしたら永琳だって許さないわよ」
「それは失礼しました。留意しておきます。でも大丈夫ですよ。魔理沙さんは、まず来ません。むしろこれで来るようでは不合格ですから」
「うん。わかればいいのよ。さ、帰ったらこれで遊びましょ! まだまだ探検する場所はいっぱいあるだろうし、明日からも案内をお願いするわ」
「はい、姫」





■3


「さあ、宝探し行くわよ! 今日も掘り出し物見つかるといいわね」
「はい。今日は前回以上に色んなものがあると思いますわ。多少、手ごわいですけれど」
「永琳がいるからどこだって大丈夫よね?」
「もちろんです、姫」



 たどり着いたのは、山の上の寂れた神社。
 まさしく誰の姿もないそこに、ゆっくりと降り立つ。
「あ、ここって、あの巫女が住んでるところ?」
「そうです。たぶん今も、中でごろごろしてるかと」
「ふーん。巫女もいろいろ持ってるのね」
「いえ。今日の目的は巫女ではありませんわ。以前あの巫女が殴りこんできたときに一緒にいた妖怪のほうです」
「えー……あの、妖しいの? あんまり話が通じそうにない相手に見えたけどどうかしら」
「まあ、挑戦するだけはしてみましょう」
 賽銭箱の隣を素通りして、階段を上って中まで入り込む。
 探すまでもなく、巫女の姿はすぐに見つかった。真正面の部屋に、布団も敷かず畳の上に寝転んでいた。
「ん? 誰ー?」
 二人が声をかけるよりも早く、霊夢は反応した。といっても、起き上がったわけではなく、寝転んだまま顔を向けただけではあるが。
「あら、月コンビだわ。珍しいじゃない」
「昼間からごろごろしてるなんて、巫女はいい身分なのね」
「私たちも変わりませんけどね、姫」
 むくり。
 ここでやっと、上半身だけ起き上がらせる。
「で、何?」
 ぼさぼさになっている髪を直そうともせず、大きくあくびをしてから聞く。
 一応巫女服を着てはいるが、あぐらをかいているのでもはやこれっぽっちも巫女らしさというものを感じない。
「あなたには用はないの。このまえあなたと一緒に来た妖怪に用事があるのよ」
「……んあ?」
「姫、いけませんよ。それは失礼な物言いですわ。ごめんなさい、霊夢さん。私たちは事情があってあの妖怪、紫さんに会わなければいけないのです」
 す……
 永琳は、そっと霊夢の手を取って握る。
 伝わるぬくもり。真心。冷たい何か。
 手が離されたあと、霊夢が手をゆっくり開ける。
 そこに輝く綺麗な、一円玉。
「……あんたのほうがよっぽど失礼でしょ!! せめて10ドル以上持ってきなさいよ!」
 とりあえずポケットにそれを入れながら激しく突っ込む霊夢。
 ……なんとなくツッコミ返しを待っていたが二人とも無反応なことを確認して、霊夢はこほんと咳払いをする。
「とにかく、そんなこと言われたって私にもどうしようもないわよ。別に私がアレを飼ってるわけじゃないんだし。どこに住んでるかも知らないし」
「えー。そうなの? このまえ一緒に来たじゃない」
「アレと会うかどうかなんて、アレの気まぐれ次第でしかないわ。だいたいほとんど寝てるような奴だし。仮にこっちが会いたいと思ってもどうしようもないわよ。間違っても会いたいなんて思わないけどね」
「ああ、問題ないでしょ。こうやって噂話をしていたら来るでしょうから」
「だから、そんな都合よく――」
 うみゅーん。
 でろでろでろ。
「呼ばれて飛び出て」
「きた!」
「ね?」
「帰れ」
「あら、歓迎2に帰れ1。多数決で私は帰れなくなってしまったわねえ」
 空間に出来た割れ目から、妖怪がみょーんと顔を出した。
 そのまま上半身まで全部出した状態で止まる。
「ああ霊夢、久しぶりねえ。私がいなくて寂しかったかしら〜?」
「あんたがいなくてとても平和だった時間が今終わったわ」
「そう、そんなに寂しがらせてしまっていたなんて、ごめんなさいね。これからはもっと世話をしてあげるわ」
「来るな。ほら、あんたに用事があるのはそこの二人。私は寝てるから相手してあげなさい」
「もう、素直じゃないんだから……」
 紫はわざとらしい膨れっ面を作ってみせる。
 やれやれ、とばかりに両手を振って、それから二人のほうに向き直る。
 正確には、そこにはもう一人しかいなかったが。
「さて、私に用なんて、何事かしら――あら? お姫様のほうは? さっきまでいたのに」
「永琳! 永琳! これ凄いわ! ほら、腕入れてみると……まっすぐからみると腕が切れちゃったみたいでしょっ。切断イリュージョンだわ!」
「……」
 紫が上半身を出している隙間で遊んでいた。
「どうなってるのかしら、これ。私も入れるかしら。もうちょっと広げてくれないと中がよく見えないわ。ねえ、これって中どうなってるの? 何でも入っちゃうの?」
「いや……そんなストレートに遊ばれた経験はさすがになかったわ、私」
「ねえ、これってもう一つ余分にあったりする? 私これが欲しいわ」
「ないわよ! モノじゃないわよ! って境界をそんなぐいぐい引っ張らないの!」
「やっぱりいわゆる異次元なのかしら。ほら、なんか真っ暗だし、それっぽいわ。あ、うんでもこれ、こうやって割れ目に腕を抜き差ししてると、なんかえっちね。ほら、形とかいろいろ」
「遊ぶな! えろいっていうな! って、あんたも保護者ならちゃんとこいつの暴走止めなさいよ! このまま隙間閉じるわよ!」
 紫は永琳に向かって叫ぶ。
「……ああ、ごめんなさい。面白かったものでつい」
「正直ねあんたもっ」
「姫、あまり失礼なことをしてはいけませんよ。このおばさんに迷惑かかるでしょ?」
「……」
 何かが弾けたような音がした。
 空気が凍りついた。
 霊夢が起きた。
「……何よ、異変の前触れの空気だわ」
 霊夢が振り向いた先で、永琳と紫が微笑を浮かべながら対峙していた。
 にこり。
 うふふ。

「――って、動かないんだけど、二人とも」
「いえ、私には見えるわ。二人の攻防はとっくに始まってるわ。永琳はさすがだけど、あの妖怪もやるわね」
「……? 何してるっていうのよ」
「凄いわよ。あの妖怪が隙間作って永琳のスカートの中に直接手を突っ込んでパンツを下ろそうとしてるんだけど、永琳は気の流れで逆にそれを捉えてその手に注射を打ち込もうと反撃してるのよ。注射器の中身は間違いなく強力な媚薬だわ――なんて、高レベルな攻防なのかしら――」
「………………寝る」



「……ふふ、やるじゃない、貴女。私がこうも捕まえられないのは久しぶりよ」
「あんたも相当に常識外れね。まさか私のパンツだけ脱がしが通用しない相手がいるなんて――しかも、初見からかわされるなんて」
「一度捉えたら逆に貴女の今までのコレクションを全て奪う事だってできるわよ? 覚悟はできているのかしら?」
「ふふ……仕方ないわね。今日のところは貴方たちの無礼を見逃してあげる。次はもっと楽しいことしてあげるわ」
 ――ふっ。
 部屋中を覆っていた重圧が一瞬にして霧散した。
「それじゃ、私は帰って寝るわ。霊夢も遊んでくれないことだしね」
「ねえ、この四次元ポケットくれないの?」
「四次元ポケット言うな! だからモノじゃないってば! というか仮にモノだとしてもこの展開でやれるかっ!」
 三段ツッコミ。
 頭を抱えながら、すっと隙間の向こうに紫は消えていった。
「ちえー。結局何もくれなかったね」
「ええ、想像以上に手ごわい相手でしたわ。私も油断しました」
「でも、どっちかといえば押してたんじゃない?」
「そうですが――最後、一瞬の隙を突いて、お尻を撫でられました」
「わ……凄いわね。強敵だわ。いいなー。永琳のお尻、すごく撫でたくなるのはわかるわ」
「光栄です。ありがとうございます」
「もう、永琳ってばもうちょっと恥ずかしがってくれたら楽しいのに」
「練習しておきますわ」





■4


「ねえ永琳、私思うの。本当の宝物はこの美しい世界そのものなんだって

「さすが姫、趣のある発言です。私もそのように思います。ああ、『世界の日陰から』ですか。いい本ですよね」
「あ、いま『また影響されたな』って思ったでしょ! 違うわよ。私はいつだってこの世界を愛しているんだから」
「もちろん、存じております。さあ今日は美しい世界を目に焼き付けてきましょうか」
「さすがね。私もそう思っていたところなのよ」



「わあ……一面に花が咲いているわね。とても綺麗」
「ここですよ、兎たちが話していた、毒の溜まり場というのは」
「ああ、てゐがらしくもなく寝込んでいた件ね。怖いわね」
「姫なら問題はありませんわ。ここに面白い人形が住んでいるので、ちょっと降りてみましょう」
「うん」
 真っ白な世界に降り立つと、いつものように人形がぽつんと座っていた。動かずじっと座っているだけなので、普通に人形が置いてあるくらいに見える。
 永琳が地面に降り立つと同時に、あ、と小さな声で呟いて、人形はゆっくり立ち上がった。
「いらっしゃい。久しぶりじゃない」
 輝夜もゆっくりと足を下ろす。永琳は人形に手を差し出して、しっかりと一度握手を交わす。
「わ、本当に人形が喋った。すごいわね。イナバーズはずいぶんと警戒していたみたいだけど、可愛らしいじゃない。ねえ。はじめまして、人形さん」
「ん、はじめまして。……先生、この人は?」
「姫よ。私が遣えているの」
「なるほど。先生は高貴な人のお抱え医師だったのね。どうりで何でも知ってるわけだと思ったわ」
「医師じゃなくて薬師よ。治療もできるけれど」
「そうだったわね。私はメディスンよ。よろしくね、お姫様」
 きゅ。
 人形は輝夜の手を握る。
 輝夜は少しだけ、不思議そうな顔で永琳と人形の顔を見比べていたが、まあいいかと顔で語って、手を握り返した。
「調子はどう?」
 人形の後ろに広がる花畑を軽く眺めて、永琳が言う。
「おかげさまで、みんなすごく元気よ。先生の言うとおり育てていたら花たちが病気にかかることもほとんどなくなったわ。まるで魔法みたい。あ、だから、必要なものがあれば好きなだけ持っていっていいからね!」
「そう。よかったわ。いつもどおり少しだけ頂いていくわね。花たちにいい薬ができたらまた持ってきてあげるわ」
「いつもありがとう! 先生は本当にいい人ね。先生、大好き」
「あらあら。ありがとうね」
 ぎゅ。
 幸せいっぱいという表情で永琳の手を強く握り締める。
 永琳が人形の頭を優しく撫でると、人形は頬を朱に染めて目を細めるのだった。
「永琳がこんなに優しくする相手なんて、珍しいわ……あなた、凄いわね」
 その様子を少し離れたところから見て、輝夜は本気で感心していた。
 人形は顔を上げると、少し首をかしげて、輝夜を見上げた。
「先生はお姫様には優しくないの?」
「そういうわけじゃ、ないんだけどねー。うん。あなた、相当可愛がられてるみたいね。実際可愛いし。どうしてWイナバがあなたのことを怖がってるかわからないわ」
「あ、あの兎さんたちには、悪いことをしてしまったわ。ごめんなさい。花畑を荒らしに来た悪い奴だと思ったから、つい」
「ああ、いいのよ。色々と巻き込まれるのは慣れてる子達だから」
「もう何度も謝ってくれたわ。本当はあの子たちのほうも悪いのにね。素直でいい子だから私だって可愛く思うわよ」
 なでなでなで。
 ぽえーん。
「すっかり懐いてるわねー……」
 輝夜の見つめる前で、しばらくの間頭上にもお花畑を浮かべたような表情をしていた人形は、すっと体を離して、身を翻して実在の花畑のほうへ走り出した。
「待っててね! いつものセット、すぐ持ってくるわ」



「いい子だったわねー。可愛いし」
「本当です。おかげでちょっとした薬なら材料に困りません」
「永琳も罪作りね。あれだとあの子、永琳がいい人だって勘違いしちゃうじゃない」
「特にそれが問題になることはありませんし」
 ことも無げに言ってみせる永琳に、しばらく物思いに耽った後輝夜は、まあそうよね、と感慨深く頷いた。
 空から見下ろすと、実にカラフルな花畑だった。とても美しい光景だと思う。これが全て何らかの毒であるということを気にしなければ。
 基本的に起伏に富んだ幻想郷の中では、このあたりは珍しく比較的広範囲にわたって平野が広がり、かつ、人の住んでいないところだった。あまり高くまで飛ばなくても遠くまで見渡すことが出来る。
「どうしてこんないいところなのに住もうと思わなかったのかしら?」
「見た目と住みやすさはまた別ですからね。何かと事情はあるのでしょう」
「ふーん……あれ? ねえ永琳、向こう……あれ、ひまわりじゃない?」
「ひまわりですか。――そうですね、確かに。こんな季節に」
「行ってみましょう! 面白そうだわ」
「ええ。……ひまわり、ですか。ふむ」


「本当にひまわりだわ。いっぱい咲いてるわねー……きゃっ?」
 輝夜が地面に降り立ってひまわりに手を触れた途端、ひまわりの蔦が伸びてその腕に絡みついた。
 がっしりと掴んで、固まってしまう。
「永琳、すごいわ。ここのひまわり、進化してるみたい」
「あら……」
 輝夜は手をぐいっと引っ張ってみるが、蔦はびくともしない。かなり強力に捕まえている。
 よく見ると、近くで他のひまわりもうねうねと蠢いていた。
「姫、動かないでくださいね。それ、切ってしまいますから」
「んー、別になんとでもなるけど」
「――へえ。なんとでもなるのかしら。なるほど、わざわざこんなところまで来るなんてどんな変人かと思ったけど、結構度胸はあるみたいね」
 二人の会話を遮るタイミングで、上方から声が聞こえた。
 上を見ると、ふわふわとチェック柄が目立つ妖怪が浮いていた。
 輝夜は、空いてるほうの手を軽く上げて応える。
「こんにちは。あなたがここの管理人?」
「管理人ってわけじゃないけど。捕まえられてるくせに冷静ね、あなた」
「チェックが可愛いわ。パンツもチェックなのね。よほど好きなのかしら」
「――面白い子」
 輝夜の周囲のひまわりたちが、一斉に輝夜の体めがけて腕を伸ばす。
 ぐるぐると腕に、足に絡みつく。
「きゃー。ちょっと、服が破れちゃったじゃないの。いきなり酷くない?」
「あら余裕ね。服どころじゃすまなくなるわよ? となりの子と二人合わせて宙吊りにしてからとっても楽しいことしてあげるわ、これからね」
「――なるほど。あなたがあの風見幽香ね。噂通りね」
 ここでやっと永琳が口を開く。
 声に反応して、幽香が永琳のほうに視線を移す。――永琳の微かな笑みを見て、幽香は表情を消した。
 永琳はゆっくりと飛び上がる。幽香はその間、動かない。
「あなた、誰?」
 眉を顰めて、幽香が尋ねる。
「そこの姫の従者よ、だたの」
 永琳が平然と答える。
「それならちゃんと大切な姫様を助けなくていいのかしら? それともあなたも一緒に、姫様の公開恥辱ショウでも楽しみたいとか?」
「いいえ。貴女の態度次第で、このひまわり園を全部灰に返そうかどうか、決めようかと思っていたのよ?」
 にこり。
 永琳はさわやかに笑う。
「なるほど。あなたとは何か同じ臭いがすると思ったわ。噂は聞いてるんでしょう? 私ね、あなたみたいな子を虐めるのが何より楽しくて楽しくて仕方ないの。最近みんな逃げの姿勢だったから、退屈していたところなのよね」
「へえ?」
「……いいわね。その顔、歪ませてあげたいわ。その声でらめえええでちゃいますううううとか言わせてあげたいわね」
「そう、楽しみね」
 じり、じりと幽香は後退する。今の距離は近すぎると判断したのか。
 永琳はそれを薄笑いで見つめる。言葉にはしないが、逃げてるのはそっちのほうじゃないの、と態度で示している。
「……決めたわ、あなた、思い切り陵辱してあげる。奴隷の人形にしてあげる。壊れても責任――」
「口数が多いわね。さっさと手を出してくればいいじゃない」
「……」
「可哀想な子ね。今までそうやって何人も脅して虐めて快感を得てきたんでしょう」
「可哀想ですって?」
「ええ。さぞかし負け知らずだったんでしょうね。おかげで、今自分の中にある感情が恐怖だということが理解できていない。本能は逃げろと囁いているのに、貴女はそれを理解できない」
「なんですってっ」
「……ああ、姫、すみません、ちょっと美しくないものをお見せしてしまいますが、どうかお許しくださるよう」
「うん。適当にやっちゃってー」
「え……!?」
 輝夜の声は下からではなく、横から聞こえた。
 幽香は驚いた顔でそっちのほうを見る。服は傷だらけになっている。確かにさっきまで蔦が絡まっていたはずだったのに。
 冷や汗、一滴。
「なるほど……そこそこはやるみたいね、あなたたちも。だけど、ここは私のフィールドなのよ?」
 地面からひまわりが、急激に伸びてきた。
「貴女は私よりも強いのかもしれないわね。貴方の力はこうして真正面に立っているだけでも伝わってくるわ。でも」
 永琳は軽く手を振る。
 ひまわりは一斉にしおれて、枯れ始める。伸びてきた茎は、そのまま地面に落ちて、ぱさりと乾いた音を立てた。
「貴女が今闘おうとしている相手は、貴女にとって相性が最悪の相手なのよね」
 今度こそ驚愕に目を見開いている幽香に向かって、永琳は小さなナイフを投げた。


 戦いは、しかし、長引いた。
 いくら何の花を使っても永琳の体に届く前に問答無用で枯れてしまうと悟ってからは幽香は花を使うことを諦めたが、そこからは永琳の想像よりも遥かに粘り強いものだった。
「……く」
 幽香の発した衝撃波が全身を揺らす。ほんの僅かな隙に、大量のレーザー弾幕が降り注ぐ。
 相手の最大の攻撃手段を封じた上で、これだ。なるほどまともな人妖では相手にならないのだろう、と永琳は実感する。
 展開としては、互角だ。互いに決め手がない。
「何よ! 偉そうなこと言った割に、この程度なの? まあ、ちょっとは頑張るみたいだけど――」
「姫、手伝っていただいてよろしいですか?」
「うん」
「え!? ちょ、ちょっと待ちなさいって! 私が認めたこの勝負、ちゃんと正々堂々と決着を」
「ああ、ごめんなさいね。私は戦闘狂ではないので」
「永琳が興味あるのは、このあとの超☆恥ずかしい☆おしおき天国だけよね」
「ええ、その通りですわ」
「……あは」
 幽香は二倍に増えた攻撃を、なすすべもなく全身に食らいながら、薄れ行く意識の中で思った。
 あかん……こいつら、ほんまもんのSやぁ……


「難しいものですね。私としては、おしりぺんぺんは絶対スカートはまくりあげて、パンツだけ膝下まで下ろしてするのが一番エロティックで恥ずかしいと思うのですが」
「妖精たちにそこまでのこだわりを理解する頭はないんじゃないかしら」
「仕方ないですね。最終的には全部脱がさざるを得なかったわけですし。靴下だけは残しましたけど」
「こだわるわよね、そこ」
「しかし、さすがに手ごわいですね。アレは、どれだけ私が手を尽くしても虐められるほうの喜びに目覚めそうにはないですわ」
「永琳が諦めるなんて珍しいわ。今日は珍しい尽くしね。あ、そういえば人形さんにもらった花も枯れちゃったけど」
「もう一度貰ってきましょう。気分転換にもなりますし」
「そうね。あー、人形さんお持ち帰りしたいわー」
「気持ちは分かりますが、あの子はあそこじゃないと元気に生きられませんので。またいつでも遊びに来ればいいですわ」
「うん!」