「夏ねー」
「夏ですね」

 いつものように庭の木の枝を手入れしていると、遠くから声がかかった。
 いや、自分に話しかけられたのかどうかは確信がもてなかったが、とりあえず反射的に返事をした。
 振り向いてみると、幽々子さまは縁側でスイカを食べながら、確かに私のほうを見ていた。
「今年は特に暑いわねー」
「そうかもしれませんね」
 涼しい声で言われるとまったくもって違和感のある言葉だったが、別におかしなことではない。
 幽霊にしろ亡霊にしろ、暑さ寒さなどほとんど苦痛には感じないものだ。
 というか、幽々子さまが本気で暑いと思っているならあんな全力の厚着をしているわけがないという。
「でしょ? やっぱり暑いでしょ? 妖夢は暑い中外の仕事大変ね」
「いえ、そこまで暑くて大変というわけではないです」
 私は半分幽霊、半分人間という立場であるからして、半分は普通に暑さに弱い。
 とはいえ、庭師の仕事を始めて長い。これくらいは慣れている。暑い中でも集中力を保ち続けることは、戦うときにも必要な能力だ。
「妖夢は暑い中外の仕事大変ね」
「? ですから、特に」
 あれ? 返事が聞こえなかったのだろうか、と思って、とりあえずもう一度答える。こんなことがないように、割とはっきりと声を出すように心がけているつもりなのだが。
「妖夢は暑い中外の仕事大変ね」
「……はい」
 三度目は偶然ではない、と誰かえらいひとが言っていたような気がする。
 形式上選択肢が準備されていても、選べるのは一種類しかないというのはよくあることらしい。様式美というものなのかもしれないが、なんとも無駄なものだ。
 と言うと、妖夢はせっかちだから疲れるのよ、と返されるのが常だった。
 まあ実際疲れる。

「暑い中仕事大変です。それでどうかしましたか」
「ふぶひふなうようい」
「食べ終わってから喋ってください」
「んく……ごちそうさまでした」
 見れば、いつの間にやらスイカの皮が四個ほど積まれていた。種が残っていないところを見ると、まとめて食べてしまったのだろう。

「ふう……さて」
 さっ。
 幽々子さまは、一呼吸おいてから、どこからか取り出した扇子をさっと振った。

 ざざざ。
 雑用係の幽霊たちが即座に現れて、何かを運んできて、私と幽々子さまの間くらいの場所にどん、と置いて、すぐに去っていった。

「……これは?」
「暑い中働いてくれた妖夢にご褒美よ〜」
「何ですか、この……えー……桶?」
「これはね、ちょっとの間だけ小さな池を作るのに使うの。プールっていうのよ」
「池? 池なら庭にもありますが」
「あそこで泳ぐのは嫌でしょ〜。綺麗じゃないし」
「……泳ぐ?」
「もう、さっきから語尾に『?』ばっかりよ。たまには一発すっきり意図を把握してくれないと。情報は揃ったでしょ」
「む」
 これもいつものように言われることだった。何でも聞き返す前に考えてみろと。
 最近気づいてきたのだが、幽々子さまの理解不能な言動はおそらくは私に考える癖をつけさせる狙いがあるのではないだろうか。いや決してそう自分に言い聞かせることで心が折れないように努めているとかそういうアレではなく。
 そう意識してみると、確かに私も自分の成長を感じるときがある。
 最近は幽々子さまが出かける準備をしているのを見かけると、庭の手入れも手短に終わらせて、いつお供に呼ばれてもすぐ行けるように心構えできるようになった。
 まあ心構えをしたときに限って呼ばれないので、まだ全然読みきれていないわけだったが。
「この中で、泳ぐのですか? 狭くて深さも足りないと思いますが」
「おもちゃなんだから、狭くていいのよ」
「しかし、泳ぐのは無理でしょう、実際。私の勉強不足なだけかもしれませんが、この空間で自由に泳ぐことができるような泳法は思い浮かびません」
「この状況でなんで競泳か訓練かみたいな発想になるのよ」
 む。
 幽々子さまに呆れられた。悔しい。
 呆れるのは私のほうの仕事なのに。
「暑いから涼もうってことなのよ〜。それっぽく浸かって水着着てキャッキャウフフすれば目的達成なのよ」
「きゃっきゃ……?」
「一般的には水を掛け合って戯れたり触ったり揉んだりその他青少年教育上問題のある行為を」
「……どこの世界で一般的なんですか」
「海だったらその後は水着が脱げて海の中に消えてしまうか、一人で歩いているところをナンパされるか。はたまた謎の怪物が海に現れてエキストラの皆さんがサービスシーンを頑張ってくれるかの三択になるんだけど」
「海というのがロクでもないところだということはよくわかりました」
「そうそう。その点この家庭用プールは安心なのよ。溺れて遭難することもないわ」
「はあ」
「あ、今、『そうなんですか』って言えばよかったってちょっと後悔してるでしょ」
「まったくしてません」
「えー」
「えーとか言われましても」
 そしてそんな不満の表情されましても。
「むー」
「むーならいいというわけでは」
「みー」
「みーは意味がわかりません」
「今のは猫」
「……」
 黒猫が、足元を駆け抜けていった。
 ……猫に返事をしてしまった。
 これはちょっと恥ずかしいですぞ。

「というわけで、さあプールに入りましょう」
 どういうわけなのか。
「……いえ、仕事が途中ですから、まずは終わらせないと」
「いいじゃないー。終わるまで待ってたら日が暮れちゃうわ。暑い時間だからこそいいんじゃない」
「……泳ぐとなると、準備や後片付けにも時間がかかってしまいます。まだ手入れするところはたくさんありますから」
「むー。妖夢のいけずー」
「いけずで構いません」
「妖夢のぺったんこー」
「ぺったんこで構いませんが、今は関係ありません」
「妖夢の美術室技術室手術室ー」
「びじゅちゅしちゅぎじゅちゅちちゅっ」
「……」
「び、びずつしつぎずずっ」
「……」
 あ。
 なんだかすごく晴れやかな笑顔が痛い。
「な、なんでも構いませんっ! とにかくっ!」
「仕方ないわねえ。……ふふん。でも、妙案はあるのよ〜。着替えなくても、もうそのままの恰好でただ涼しさだけ味わえるとしたらどう?」
「このまま濡れてしまったらもっと大変なことになると思いますが」
「濡れないのよ、それが」
「?」
「何事もものは試し。さっそく準備してみましょう」
「嫌な予感もするのですが」
 というより、嫌な予感しかしない。
「大丈夫。ほら、後の祭りとか、後悔先に立たずとか、急いてはことを仕損じるとか言うでしょ、なんとかなるわよ」
「全部否定的な意味ですよね!?」
「細かいことは気にしないの。さあさあ」



*********************************



「……っ、ふぅ……!」
 漏れそうになった声を、慌てて抑える――いや、抑えきれていない、と自分でもわかる。
 ちゃんと我慢できていたのは最初だけだった。延々と柔らかすぎるタッチで撫でられ続けて、否応なしに反応はより過敏になってしまう。
「幽々子さま、もう、十分涼しくなりましたから……っ」

 うねうねうね。

 全身にまとわりつくように泳ぐ幽霊たちがまた敏感なところを撫でて、ひゃん、などと恥ずかしい声を出してしまう。
「ダメよお、お風呂はちゃんと肩まで浸かって1000まで数えなさいって、聖徳太子も言ってたでしょ〜」
「言ってません!」
 さわっ。
 遠慮なく服の中まで入り込んでくる幽霊が、また、胸のてっぺんの一番敏感なところ、すっかり固くしこっているそこを撫でていく。
 触れているか触れていないか程度の微かなタッチでしかないのに、ぞくぞく、と背筋に痺れが走る。
「やんっ」
 幽々子さまもちょっとした悲鳴をあげる。
 よく見ると、幽々子さまの顔も少し赤い。
 この、幽々子さまのアイデア商品「夏といえば幽霊! 着たままでも涼しい! 超☆画期的☆幽霊プール」には、私と幽々子さまが向かい合って入っていた。
 その結果がご覧の有様だった。

「涼しくなるのが、ひゃうっ、目的なのに、熱くなってる気もしますっ」
「でも、涼しいでしょう〜?」
「ですけどっ!」
 表面がひんやりと冷たいのは確かだったが、体の中から溢れる熱は増す一方だ。
 特に、特定部位について。
「もう、せっかくひんやり気持ちいいんだから、楽しみましょうよ……ん、ぁん」
 絶対、気持ちいいの意味が違う。
 思いつつも、下手にツッコむともっと恥ずかしい追及がきそうだったので、黙っておく。
「ん……んんぅッ」
 びくん。
「あ、や、やだっ」
 幽霊は次々に服の中に入り込んでくる。
 撫でるだけだったヤツもだんだん調子に乗ってきて、服の中で暴れだし始める。
「ひゃうッ」
 ぐるり。ぐるり。
 股間を、前から後ろから擦りつけてくるヤツがいる。
 それでも半分は透明な存在なので、そこまで強い刺激があるわけではない。とはいえ、急に強くなったりすると、慌てて手で抑えてしまう。
「――ーーーーーッ!!」
 手は幽霊を捕まえることはできず、すり抜けてその先へ。
 服の上からとはいえ、図らずももっとも敏感な部分を自分の手で触ってしまうと、今までとは比較にならないほどの強烈な刺激を受ける。
「う、ぁ、はぁ……」
 下着の中で、ぬるん、と滑る。ぐちゅ、という湿った音が微かに聞こえた。
 指にも熱い液が絡みつく。布に遮られて見えはしないが、さっきから散々焦らされて、すっかり愛液が垂れ流しになっているのは感じていた。
 突起も芽を出して、びくんびくんと脈打っている。
 幽霊は、私をあざ笑うように手をすり抜けながら、もはや何の遠慮もなく全身を弄り始める。
「あ、や、や、幽々子さまっ」
「あらあら妖夢ったら」
 助けを求めると、幽々子さまは微笑んで、ずい、と私に詰め寄る。
「えいっ」
「ぎゃわっ!?」

 何故か。
 両膝を捕まれて、思い切り開脚させられた。
 顔を、股間の前に埋められる。

「ゆ、幽々子さま、ななにをっ!?」
「妖夢、ぐしょぐしょじゃない。もう、おもらししちゃダメでしょ〜」
「ひ……ち、違いますっ! あ、あ、あ、んふぅッ」
「違うなら何なのー?」
「ぅ!? そ、それは……えと、ひゃ、あうっ」
 くんくん。
 幽々子さまは、わざとらしく音を立てて鼻で息を吸う。
「や、やめ……うぅ」
「おもらしじゃないなら、この濡れているのは何?」
 ――あうぅ。
 幽々子さまは意地悪だ。いや、わかっていることだけど。
 じー。
「これは、だから……その」
「その?」
「う、う、わ、わかってますよね……っ?」
「わかりませーん」
「うわーん」
「さあ、こういうのはちゃんと洗濯しないといけないわ。はい、足上げてねー」
「ひゃ!?」

 言うが早いか、幽々子さまは器用に私の両足を持ち上げて肩の上に乗せつつ、素早く下着に手をかける。
 芸術的といえるほどの早業だった。何の自慢にもならないだろうが。

「や、やだっ」
 抵抗むなしく――というより、抵抗などできず、ずるっと脱がされてしまう。
「わあ……」
「う、うう」
「ねばねば」
「言わないでください……っ!」
「あ、ほら、つつーって糸が」
「あああううううううう」
 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
 いや、いや。仕方ない。仕方ない。
 あれだけ好き放題されたら……濡れて、しまうことくらい、仕方ないじゃないか。
 そういうふうにできているわけで。
「これ、洗っておいてね〜」
「ああああ」
 心の中で言い訳している間に、他の幽霊に勝手に下着を渡されてしまった。
 その幽霊が私の顔をちらっと見る。
「……っ!」
 ニヤニヤと笑っているような気がした。
「ゆ、ゆこさま、もう……んやは!?」
 しばらくの間動きを潜めていた幽霊たちが、また。
 一斉にもぞもぞと動き出した。

「や、あ、あんっ」
 擦れる。擦れる。
「ん、んぅ、あ、あ、あ、やっ」
 全身色んなところを擦ってくる。先程までのようにそれぞれが勝手に動いていたのとは変わって、今度は役割分担を決めたかのようにいたるところを満遍なく。
 にゅるり、じゅるり。
 とろとろに濡れたアソコを通り過ぎた幽霊が胸元を通り過ぎて、体を濡らしていく。
「うっ、ぁ……んんんッ!」
 それも、次々に。止まらない。
「ううぅ……んぶっ!?」
 ぬるりとしたものが。
 今度は、口の中にまで。
「〜〜〜、ん、んんんんぅ〜〜〜っ!」
 必死に口を閉じてその侵入を防ごうとしても、なすすべもない。
 舌に少ししょっぱい味が広がる。
「うう、ううううーーーーーっ!!」
 何の味なんだか考えたくも無い。だが、幽霊は容赦なく舌に直接それを絡めてくる。
「ん、んぐ、ぅ……は、はぁ、はぁ……」
 苦しい、と思ってきたところで、幽霊は口を離れる。
 口の周りも、胸元も、いや、もう全身、唾液だかそれ以外のものなのかわからない何かでぐっしょり濡れてしまっている。

「はぁ……あ、はぁ……幽々子……さま、もう……」
 そろそろ。
 ゆるして。
 ただじっと目の前で観察している幽々子さまに、なんとか手を伸ばす。
 降参の……サインを……
「もう、妖夢ったら。我慢できないのね。おねだりしちゃうなんて」
「……え」
「そうね、そこだけは許可しないとやっちゃいけないってことにしてたから」
「いやいや」
「妖夢が欲しがるなら、答えてあげないとね」
「あの」
「んふふ、さあものども、やーっておしまいなさい」
「ちょ、違……ふ、ぁああああああああっ!?!?」
 ずぶり。
「っぁ、や、なか、なかまで……!」

 にゅるにゅると、滑り込むように。
 いとも簡単に、そいつは私の中を貫いてきた。

「――……ッ!! ぁ……はぁ……っ」
 すっかり濡れていた私のそこは、簡単に幽霊の体を受け入れる。
 じゅる、じゅる、と音を立てながら、奥まで一気に。
「う……っく、あ、や、や、動かないで……っ、あ、やぁ」
 動かないで、と言ったのを聞いたかのように、ちょうどそのタイミングで、幽霊はぐねぐねと動き出した。
 ぬめった柔らかいものが、私の中をずりずりと擦る。
 太く、柔らかく、自由に、好き勝手に動き回る。
「あ、う、ぁあああ、あ――ッ」
 それは、時折入れる自分の指よりもずっと柔らかく、直接的な刺激は弱い。
 弱いのだが、しっかりとした圧迫感があって、色んなところを、普段触りもしないところまで一気に攻め立ててくる。
「――ッ!!」
 押したり、引いたり、回ったり。想像もつかない動きをしてくる。
 それが時々、自分でもよくわかっていない急所をつつくようで、全身を揺さぶるほどの快感の波を走らせる。
「あー、あ、あ、あーー、ぁ……っ!」
 じゅぶ! じゅぶっ! じゅぶるっ!
 もう、目をあけていられない。声など抑える気にもなれない。
「あっ、う、ぁ……あああああっ!?」
 幽霊たちはたくさんいる。
 膣内にまで侵入してきたことでしばらく動きを抑えていた他の幽霊たちが、また、今になって動き出した。

 ぐい、ぐい、ぐにっ。
「あ、あああいまそこは、あ、ひゃあぅっ!」
 胸を揉まれ、乳首を撫でられ。
 じゅぶじゅぶと無遠慮に膣内を突かれている今この状況でされると、さっきまでとはまったく感じ方も違った。
 それぞれを単独で弄ったときの合計ではない。掛け算で、きいてくる。
 背中を、全身を、ぞわぞわとした何かが這い上がってくる。

「あ、あ、あ、ま、ま、って、あ」

「く……ぅ……ああああ、あ、だ、だ、め――」

「あ――やぁ――ああああ、ああああああああああああ――ぅッ!!!!」

 急激に、急に、頭が、真っ白に、なった。
 全身が、激しく、跳ねた。
 絶頂に達するのを押し留めようとする力が、いつもなら働くはずなのに、まったく、その余裕すらなかった。

「ぅ――ぐ、あ、ああ、ぅ……っ」

 びくん。
 びくん。

 二度。三度。四度。
 頭の中で、爆弾が、はじける。
 自然に上がる腰。

 ぴんと張り詰める体を、手の力で、ぐぐ、と支えながら。
 こんな強烈な無理やりな絶頂でも、悲しいかな、体は勝手に全てを楽しみきろうとしてしまう。

「――っ、はぁ、はぁ、あ……」
 やがて強烈な波は去っていく。

 ……
 とんでもなかった。
 しばらくしたら、ゆっくりと力を抜いて余韻が過ぎていくのを待つ――

 ――のが、平常なのだろうが。
「ええ、もうイっちゃったの、妖夢。はやーい」
「え……」
「もうちょっと楽しみましょうよ〜。ほら、まだ他の幽霊さんたちは突入できなくて不満そうだし」
「え!? い、いえあの、私はもう、結構ですからっ!?」
「ま、ま、いいじゃない。気持ちよかったでしょ?」
「……」
「あらあ? いまいちだったかしら?」
「……それは……」
 うう。
 よかったかよくなかったかといえば、めちゃくちゃ気持ちよかったです。
「顔は正直なのねえ」
「う」
「今夜は半霊を使って復習かしら」
「……しませんっ!」
 ……
 やばい。
 想像して、きゅんとなってしまった。

「まあ、とりあえず仕切りなおしましょう」
「仕切りって……ひゃぁあんっ!?」
 にゅるんっ!
 そういえば中にいたままだった幽霊が、勢いよく飛び出してきた。
 ……会話中にほどよく落ち着いていたせいか、その抜けるときがまた……気持ちよくて、ん、と抜けた後にため息を漏らしてしまう。
(にやにや)
 うううう。ううううううう。
 幽々子さまの表情が私の失態を物語っている。
「さあて、まだまだ欲求不満の妖夢のために、第二ラウンドが始まるわよ」
「いえ、だからその――」
「もう、正直になりなさい。素直な子が好きよ」
「せ、せめて一つだけ言わせてください!」
「ん? おっけー。聞いてあげるわ。あ、今度はもっと太いほうがいいとか?」
「いえ、えっと」

 まあ。
 無駄だろうなあと思いつつ。
 とりあえず指摘しないことには、終わらないような気がして。

「涼しくなることが目的、だったんですよね……?」
「……」
「……」
「……スイカに塩」
「はい?」
「運動したあとの冷たいシャワーは気持ちよく涼しくなれるわよ〜」
「それって冷たいシャワーがメインですよね!?」
「はい、聞いてあげる時間終了ー。さあさあ、続きを楽しみましょ」
「あ、ひゃあんッ!!」

 このザマである。



*********************************



「妖夢、これ。じゃーん」
「……ええと、火縄銃……でしょうか」
「そうそう。よく知ってるわね、偉いわ〜」

 なでなで。
 褒められた。
 頭を撫でられた。
 嬉しい。

 庭の手入れをしている間、幽々子さまが何か動き回って探しているなあというのは気付いていた。
 三時間もたって、そろそろ今日の仕事も終わりかというとき、幽々子さまはそれを持って庭に現れたのだった。

「正確には、火縄銃の幽霊よ」
「珍しいですね。幽々子さまがあまり興味を示されるものではないように思いますが」
「何かの役に立つかと思って、いつかの幽霊さんが持っていたのを貰ったのよ〜」
「では、その役に立つときがきたと」
「最近暑いからね」

 にこにこ。
 幽々子さまは笑って答える。

 ……
 さて。
 まあ、よくあることだった。その、問いに対して回答の意味がよくわからないということは。
 だが、幽々子さまのことだ。無意味ということはない。私の理解力が低いことが問題なのだ。

「……撃つと暑さが吹き飛ぶのでしょうか」
「そうなのかしら」
 とりあえず言ってみたら、何故か疑問文が返ってきた。
 幽々子さまはじっと銃口を覗きこんでいたりする。危なくないのだろうか。
「この銃はね」
 すっと銃を下ろして、幽々子さまは呟くように言う。
「ある、悲しい事件の記憶なの――」
 滔々と語り始める――


**


「オオゥ……ニッポン、暑いデス……太陽の光がSUNSUNと降り注ぐデス。暑くて死ぬゼー」
 それはどこかの国、いやまあ日本のどこか、いつかの時代。
 まだ外国人が珍しい時代だった。金髪の男を、日本人の男が先導する。
「運が悪かったな。今が一番暑い季節だ」
「ジーザス! コレも神が与えられた試練なのかもしれんデス」
「日本語うまいなお前普通に」
「太陽だけにSUN!」
「わかってるから強調するな」
 日本人の男は、割と冷めた目で言う。手に持った銃の整備など始めて、ほとんど聞き流す体だ。
 と、外国人は急に目を輝かせて、
「オオ!? ジローサン、ソイツぁもしやマッチロックじゃないデスか!」
 叫んだ。
「あん? そいつって……これか?」
「旧式のガンデス」
「こっちでは火縄銃って言うんだ」
「アー? ヒ……ヒナ……ンー。ヒガン! ヒGUNデスネ! レアモノゲットデス!」
「ゲットするな。俺のものだ」
「マァソウ言わず、シャチョーサーン」
「あ、こら、やめろ、手を出すな、危ない」
「モウマンタイ! コレは火をつけない限り暴発シマセーン」
「いや、そいつは火薬が特殊で」

 ぼしゅん。
 発射された弾丸は、綺麗に、謎の外人の胸を貫いた。

「アッー」
「ああ、謎の外人っ!」
「オー……コノ地で命を失うコト、私の運命デス……」
「受け入れ早いな」
「アア……太陽も……モウ暑く感じナイデス……」
「日陰に入ったからな」
「エリザベス……ロッテ……サリー……リンリン……カズミ……私は……」
「西からどんだけ寄り道してきてるんだお前は」
「ウッ」
「……安らかに眠れ、謎の外人」


**


「その外国人は、この銃で命を失うことで暑さから開放されたのよ」
「……いや、普通に死んだだけじゃないですか、それ。銃あんまり関係ないですし」
「この事件は伝説になって、やがて一つの言い伝えが生まれるの」
 幽々子さまは、神妙な表情で言った。
「『暑さ寒さもヒガンまで』――と」

 ……
 ……
 これだけ引っ張っておいて駄洒落かい。

「涼しくなった?」
「……ある意味とても」
「よかったわ」
 そう微笑むと、幽々子さまは銃を持って去っていった。
 ……
 あ、本当にそれを言うためだけに探してたんだ……



*********************************



「夏といえば!」
 いつもどおり、幽々子さまが唐突な振りをしてきた。
 慣れているといえば慣れているが、だからといって対応方法のコツを掴んでいるわけでもない。
「夏といえば?」
「幽霊よね〜」
「うちは年中幽霊しかいませんが」
「肝試しは、夏の定番よね」
「う」
「さあ、ほどよく日も沈んできたことだし、外に出かけましょう」
「……あ、あの、幽々子さま、私、怖いのはあまり」
「知ってるわよ。だから行くんでしょー」
「ですよねー……」


 長い旅となった。なにせ、まず冥界を抜けた。行き先は幻想郷だ。
 かなりの間飛んだ後、どこかに着地した。どこか、という曖昧な表現なのは、真っ暗でほとんど何も見えないからだ。
「どこに向かっているんでしょう? これ。ずいぶん遠くまで来てるみたいですが」
「とっても綺麗なところ」
「綺麗、ですか」
「昼間ならね。夜だからあんまり関係ないけど」
 そんなところにわざわざ夜に案内しなくても。
 と、思わないでもなかったが、もちろん、幽々子さまのことなので、考えがあってのことだろう。
「もうすぐ、もうすぐ」
 出発した頃にはまだ夕焼け模様だった空は、既に闇に包まれている。月明かりだけが頼りの道中だ。
 夜目は普通の人間よりはずっと利くつもりだが、少し離れると何も見えなくなることに変わりはなかった。認識できるのは、せいぜい刀4本分程度の距離までか。
「このあたりから、開始ー」
「え?」
 闇の中、周囲に警戒しながら歩いていると、幽々子さまは突然立ち止まって、言った。
 周囲の気配を改めて探ってみるが、特に何も感じない。霊気が強いわけでもなく、異常な魔力を感じるわけでもない。空間の歪も感じられない。
「歩いてみればわかるわ」
「はあ……」
 幽々子さまに促されて、前に出る。
「まずはまっすぐ」
「はい」
 少し歩く。
 ……
 暗い中歩くのは、やはり少し、怖い。
 暗闇を恐れるのは大抵の生き物にとって共通だろう。
 私は生き物に分類されるのかどうか問題があるにしても。

「あ」
 歩いているうちに。
 何かが、ぼんやりと見えてきた。
 棒のような何か。まっすぐ、いや、少し曲がって、地面から上に伸びている。
 棒の先端には何か大きな塊がついている。
 さらに歩みを進めると、それが増えてきた。やがて、それがここに密集していることがわかってくる。
「夏の風物詩ね」
「あ……ひまわり、ですね」
「そう、ここは幻想郷で一番広い花畑。夏は自然が生み出した迷路になるの」
「なるほど、迷路の攻略ですか。それでは肝試しというより……え? 花畑?」

 ぐに。
 足元に、これまでの地面――主に土、とは違う感触。
 下を見る。そっと足を上げる。
 一輪の名も知らぬ小さい花が、潰れていた。
 花畑。
 幻想郷で一番広い?
 そんな話をどこかで聞いたような。

「――私ね、夏は大好き」

 え?
 どこからか、声が聞こえた。
 幽々子さまのほうをちらっと見る。いや、違う。幽々子さまの声じゃない。もっと遠くから聞こえた。
 くすくす、という笑い声が聞こえた。

「ひまわりが一番元気になる季節だから。太陽の力が一番強くなる季節だから。――ねえ」

 ぞくり。
 背筋が震えた。
 幽々子さまの声ではないのなら、誰の声か。
 考えるまでもない。
 この花畑に好き好んで近づくものなどほとんどいるはずもないのだから。

「こんな季節に私の領域を侵略するなんて、よほど腕に自信があるのかしら。それともただの破滅願望かしら。あなたはどちらかしらね、侍さん?」
 闇の中から、すぅ、と幽香は姿を現した。
 夜だから傘は差していないが、顔にはいつもどおりの笑みを浮かべている。

「い――いや、私は幽々子さまに――あれ?」
 ばっ。
 右を見る。左を見る。後ろを見る。
 つい先ほどまで隣を歩いていたはずの幽々子さまが、唐突に姿を消していた。
「あ、あれ、ゆゆ――!?」
 ぶわ、と。
 空気が激しく振動した。
 幽香は相変わらず笑顔を浮かべて立ったまま。だが、そこから強烈な圧迫感を感じる。
 私は幽々子さまに呼びかけようとした言葉も止めて、固まってしまう。口も、手も、足も、動かない。
「曖昧な態度は嫌いなの。やるのか、逃げるのか。選んで頂戴」

 ぞぞぞ。
 足元から、顔まで。
 全身に寒気が走った。

(なんだ、こいつ)
 直感が警告する。
 この相手は、異常だ。

 ぱくぱく。
 まずは何かしゃべらないと、と思うが、声が出ない。
 す、と幽香が、ゆっくりと、一歩ずつ、近づいてくる。
 足が震え始める。
 刀を抜かないと。でも手が動かない。
 何の選択肢もない。このまま動けずに、好きなように弄ばれるだけなのか。

 もう幽香は目の前まで迫ってきている。
 はやく。なんとかしないと。
 いつものように、すっと刀を抜けば。
 無理だ。
 びくともしない。
 幽々子さま――

「はぁーい」

 あれ。
 声が。
 上から聞こえてくるよ。

「あ……」
 今の声で、体の呪縛が溶けた。
 ば、と上を見上げる。ふわふわと、幽々子さまが浮いていた。暗闇の中では見えるはずもない位置だったが、今は体がうっすらと光っているので、はっきりと見える。
 手に何か、さっきまで持っていなかったものを抱えて。
 隣で幽香が同じように見上げて、目を細める。
「……『ドッキリ成功!』」
 抑揚のない、冷たい声で幽香がそれを読み上げた。
「……」
「ね、妖夢、涼しくなったでしょ〜」
「え……は、はあ……まあ」
 凍えるかと思いました。
 というか、今もまだ肝が冷えて頭は半分真っ白に近い。
 ……本当に。
 幽々子さまも、人が悪……
「そこの亡霊さん、少しいいかしら」
「なぁに?」
「誰に対する、どういう内容のドッキリなのかしら」
「もちろん、妖夢に怖がってもらって、涼しくなってもらうためよ」
「……私の同意がない限り、成立しないわよね? それ」

 ええと。
 つまり、幽香は本当に何も知らなかったということで。

 うん。
 幽香が正しい。……って、え。
 幽々子さまを見上げる。きょとんとした顔で、幽々子さまは首を傾げていた。
「そうなの? 妖夢」
 ああ。
 ちら、と隣の幽香の素敵な笑みを見つめる。

 ……さて。
 この距離なら刀もすぐ届くだろうしなんとかなるか。
 ――などと考えている間に、地面から生えてきた無数の蔓に全身を絡めとられていた。



*********************************



「やぁん」
「あ、ひゃっ」

 何の植物なのかわからない謎の太い蔓は、手も足もしっかりと拘束していた。
 なぜかぬめぬめと濡れていて、服も体はあっという間にべとべとになってしまう。
 隣で幽々子さまも捕まっている。
 同じような状況になっている。
「ぐっ、幽々子さまっ」
 ぐ、と腕に力を入れる。ぐぐ。少し、動く。かなり抵抗が強いが、しっかり力を入れれば刀を抜くこともできそうだ。
 柄をぐっと握り締める。引っ張る。ずる、と手がすべる。全身を濡らすこの液体は、ぬるぬるとよく滑る。うまく力を固定できない。
 もう一度しっかり力を入れて握る。引っ張る。滑る。
「くぅ……」
 ずる。ずる。ずる。
 何度やっても滑るだけで、まったく刀は抜けそうになかった。

「あらあら」
 下から、幽香の、無邪気ともいえる可愛らしい声が聞こえた。
「あなた、そんなにその刀のことを愛してるのかしら。自分が大変な状況なのに、さっきから刀をずぽずぽと愛撫したりして」
「う……うるさいっ、抜こうとしているだけだ!」
「ま。抜くだなんて、小さいクセにいい言葉知ってるじゃない」
 くすくす。
 小さく笑うと、幽香は、ふい、と手を挙げた。
「そう、そんなに愛し合っているのねえ。それなら、手伝わせてあげる」
 ぐいっ。
 手を拘束する蔓の力が強くなった。
 別の蔓が、刀の柄に巻きついていく。ぐるぐるとしっかり自らを固定した蔓は、あっさりと刀を抜いてしまう。
「あ……」
 愛用の刀が。
 私の意志と関係なしにその刀身をむき出しにして――私のほうを向いた。
「あ、や、やめ……」
 手に、足に、必死に力をこめるが、びくともしない。
 青ざめる。さっきまでは手を抜いていただけなのか。手足だけでなく、腰や顔にまで巻きついてくる。もう、ぴくりとも体の一部を動かすこともできない。
 刀が、刀身を上げる。

 それは、私に向かってまっすぐに、振り下ろされた。

「――!!」
 刀の軌跡は、私の皮膚から紙ほどの隙間を空けて、上から下へ抜けていった。
 ばっさりと切られたスカートも、下着も、支えを失って落ちていった。上は真正面から綺麗に裂かれていたが、腕に引っかかっているため、落ちない。
 完全に布だけを切り裂いて、皮膚にはわずかな痛みも感じない。私は、全身を露にされてしまった恥ずかしさよりも、その高度な技術に戦慄していた。

「怖がらないで。殺しはしないわ」
 楽しそうな幽香の声が聞こえる。
「花も人間も幽霊も一緒。無益に殺傷するよりも、ねえ。可愛いものは愛でてこそ価値があると思わない?」
 その言葉が合図になったかのように、さらに無数の蔓が私の全身に襲い掛かる。
 髪に、首に、胸に、腰に、太ももに、絡み付いてくる。
「ぐ……や、やめ、ろ……っ!」
 抵抗はしかし、言葉と心だけのものにしかならない。
 柔らかく絡みつく蔓とは対照的に、体を押さえてくるほうはまるで金属にでもなったかのように動かない。
 うねうね。
 蔓が肌を這って進む。
 ぞわ。ソフトなタッチがかえって蔓の濡れた表面をしっかりと感じさせ、背筋に言いようの無い悪寒が走る。
「い……いや……」
 こちらが抵抗できないのをいいことに、ことさらにゆっくりと蔓は胸元や腹の上を這い続ける。
「やっ……気持ち、悪い……! 何、これ……っ!」
 首に絡みついて来た蔓は、頬を撫でたり突っついたりと、まるで私を挑発するかのような動きを繰り返す。
 それに対して覚えるのは怒りではなく、ただ嫌悪感と屈辱感だけだった。

「くっ、この……何なの、これは……! 悪趣味にもほどがある……!」
「あら、酷いわねえ。この子はこういう生き物なのよ。もう、そんなこと言うと傷ついちゃうじゃない、この子」
「こんなものを飼っているおまえが悪趣味だと言ってい……わ、ひゃあうううっ!?」
 ぞぞぞ。
 蔓が胸の先端、何時の間にやらぷくりと膨れ上がった乳首の上をゆっくりと通り過ぎる。
 痺れるような刺激と、ぬるぬるの気持ち悪さが同時にきて、うまく表現のできない感触だった。
「あ、あうう……や、め……」
「ひゃ、あう、う……んッ……」
「ほら、なんだかんだ言ってあなたもお楽しみじゃない」
「誰がっ……! こんなもの……! この、変態! 変態! 変態めっ! あ、うう、うッ」
 何か。
 何でもいいから何か言っていないと、この感触だけに脳を支配されそうだった。語彙など、気にしている余裕はない。
「いい加減こいつを――うぶぅっ!?」
 蔓が。
 頬を突っついてきていた蔓が、叫んでいる途中の口の中に強引に割り込んできた。
 ずず。先程までの緩慢な動きが嘘のように、一気に口の中を埋め尽くすように押し進んでくる。
「んんっ! んむううぅーっ! う、ううっ!」
 やはりそれは、ぬめっていた。
 自分の舌と同じように。
 蔓は口の中でももぞもぞと動いて、口の中を、舌を、舐めまわしてくる。感触としては、まさしく舐め回されるという表現が適切だった。
「ん、んん、ううううっ」
「反抗的ね。従順なだけよりは好きだけど」
 幽香は、冷たく笑う。
「でも、そうね。優しく可愛がってあげようと思っていたけど、それだけ強気に出てくれるなら」

「――ちょっと、無茶苦茶にしてあげたくなっちゃう」

 幽香の言葉が合図だったかのように。
 蔓たちは、口の中で、胸の上で、腹の上で、全身で、暴れまわるように急激に蠢き始めた。

「ううううーーーーーーっ! んむ、ううっ、ん、うっ!」
 もがくことすらできない。
 好き放題してくる蔓たちに、何の抵抗手段も持たない。
(うぅ……ごめんなさい、幽々子さま……)
 口の中にまで侵略されて、言葉はもう発することができない。
 幽々子さまは脱出できているだろうか。絶望的な状況の中、最後の希望を求めて幽々子さまのほうを見る。

「ん……ぅふ……♪」
 ……
 幽々子さまは、両手で一本ずつの蔓を握って、さするように手を上下に動かしたり、蔓の先を加えて舐めていた。
 明らかに拘束は妖夢より少なく、というか見る限り自分の意思で浮いているのではないかというくらいの状況で、艶かしい声を出しながら蔓をゆったりと愛撫している。

「……」
 ……
 まあ。
 無事であればそれで。私は。


「ああ、あうう――う、や、ああ……ん――ッ!」
 ぐに。ぐに。
 蔓はただ表面上を滑るだけでなく、全身をまるで解していくかのように揉んでくる。
 口を犯していた蔓はもう去っていっていたが、全身を絶え間なく襲う異様な刺激を受け続けて、開きっぱなしの口はもはや意味をなさない言葉を吐くだけとなっていた。
「あ、あううっ、うーっ」
 蔓の動きは単なる力任せではなく、絶妙にこちらを脱力させてこようとするかのように、強く弱く変化する。
 気持ち悪いのに。こんなのに好きなようにされて悔しいのに。
 なお悔しいことに、手から足から脳に登ってくる快楽の信号を誤魔化し切れない。
(こんなものに……こんなものに……っ!)
 気持ちの悪い植物の蔓だったが、なお嫌らしいことに、力加減は絶妙だった。幽香が操っているのだろうか。
「はうっ、んん……んーっ!」
 ぐにぐに。
 執拗なほどに胸を揉まれ、太ももを揉まれ、腰を揉まれる。
 いっそ本当に痛々しく攻撃されるだけだったらすぐに慣れてある意味受け入れてしまえたかもしれないのに、なまじ微妙な間隔で性感の信号が送られてくるだけに、楽にもなれない。

「はあ……あ……はうう……」

「あううっ!? あ、や、や……う……!」

 緩急。
 いちいち休憩を挟んで、体力を奪いきらないようにしてくるのが憎たらしい。
「あ……ああ……う、う……」
「かなり、素直になってきたわね」
「う……誰がっ……!」
「あなたが。あれだけ気持ちよさそうにあんあんいっておきながら、今更きつい口調で言っても喜劇なだけよ?」
「……ぐ……」
「それに、あなたの大切なところのほうが、あなたの口よりもよほど正直みたいだしね。……あらやだ、ちょっと古典的すぎたかしら、この台詞」
 下のほうから、遠くから幽香の楽しそうな声が聞こえてくる。
 何もできない自分が、本当に、悔しい。
「それ以上余計なことを言うな……!」
「賛成。百聞は一見にしかず、ってね。あなた自身にも確認させてあげるのが一番でしょ」
「な……っ!?」

 ぐい。
 体をずっと押さえつけてきていた蔓が、動いた。
 私の足を強引に持ち上げる。
 持ち上げて、ぐい、と。ぐい、と。膝を曲げさせる。連動して、腰を、全身を曲げさせられる。そのまま顔のほうまで足を押し付けられる。
「さすが、体は柔らかいのね。簡単にいけちゃった」
「う……ぐ、う……」
 膝が耳のすぐ横にあるような姿勢。
「ほら、あなたよりも素直なそこをよく見てあげなさい」
 そう。この体勢だと。
 目の前に、否応なく自分の女性器が、アップで映る。
 そこはもう何の液体かわからないほどにぐっしょりと濡れているばかりでなく、ひく、ひく、といやらしく蠢いていた。
 思わず観察してしまって、はっと気づいてぎゅっと目を瞑る。
 しっかりと見てしまった。幽香の思う壺だった。
 目を閉じてももう、見てしまった光景が脳裏から離れない。

「ね? わかったでしょ? 気持ち悪いだとか変態だとか散々言っておきながら、あなたはそれでこんなに喜んじゃう」
「……」

 反論する言葉は、思い浮かばなかった。
 目を閉じて沈黙することが、唯一の反抗手段だった。
 だが目を閉じているとかえって感覚は敏感になり、蔓が肌を撫でて揉むのに反応するように、膣内が蠢き中が熱く燃え上がるのを意識せざるを得なくなった。
 それでも、目を開けたら負けのような気がして、必死でこの感覚に抵抗した。
「目、開けたほうがいいと思うわよ。急だと驚くだろうから」
「……」
 無視。
 無視だ。
 思い通りになってたまるものか。
「んもう。そんなに目隠しシチュエーションを楽しみたいなら別にいいんだけど。――それじゃあ、楽しんでね」

 ずりゅりゅ!
 幽香の言葉が終わると同時。
 凄まじい衝撃が、股間に、全身に、脳に走った。
「ふ……ああああああっ!?」

 何かが女性器を、その唇を、突起物を撫でるように通り過ぎていった。いや、通り過ぎていない。まだ、そこにある。
 目を開ける。
 すぐ目の前にあるそこで、今までと違う蔓が、私の股間に張り付いていた。
 それは今までと同じようにぬらぬらと濡れていたが、それだけでなく、細かい突起物が表面に無数についていた。
 それを見ただけで、ぞくぞくと背筋に何かが走る。

「な、何、何、これっ」
 その叫びに対する答えは、ない。
 いや、答え代わりか、その蔓が、ずる、とまた表面を擦った。
 細かい突起物がこりこりとアソコを撫でていく。
 ……頭が、真っ白になった。
「ふぁ……あうううううううううううううッ!!!」
 ずりゅ! ずりゅりゅ!
 往復運動が始まる。
 そのたびに、こりこりと、ごりごりと、擦られる。
「あ、あああぅ、だめ、それ、だめああああぅっ!?」
 異様な感触であることに変わりはないのに。
 その、どう考えても女を喜ばせるためだけに作られたとしか思えない形状は、容赦なく急激な快感をもたらしてくる。

 ずる。ずる、ずる。
 ずりゅりゅ。

「い、や、ああああ、く……う、あうううっ!」
 ずるるっ!
 じゅ、じゅるっ!
「あ、あ、だ、ら、らめ、あああうう、も、い、イ……あ、あ、ああああああ――――――ッ!!」

 抵抗なんてできるはずもない。
 あっという間に、絶頂まで運ばれる。

 ずる、ずる。
 ずるる。

「あ、ぐ、ううう、ぐう……っ!!」
 だが、そんなことなどお構いなしと。
 蔓は、動き続ける。擦り続ける。
「や、やだ、だめ、も、きつ……うううぅッ!」

 ずりゅ! ずりゅりゅ!
 止まってくれそうな気配は、ない。
「あ、あ、あううううぅっ! ぐ、あう、あ、あーーッ!!」
「あ、や、だ、また、またきちゃ、う、う――う、あ――」
「イ……く……ああ――あ――――――っ!!!」

 がくがく。
 体が震える。全身を押さえつけられているためほとんど動けないが。
 短い間隔での連続絶頂に、脳が焼き切れそうだった。

 それでも――

 ずりゅ! ずりゅ!
 まだ、止まらない。

「だめ……らめっ、もう、止めて……お、願い、もう、や、やめええっ」
 容赦なく、蔓は攻めつづけてくる。
 逃れる術もなく、強すぎる快感に悲鳴をあげるだけ。
「いや、いやああああ、もう、もう、あ、あ、う……っ!!」
 ぐちゅぐちゅ。
 粘っこい音が絶え間なく耳に入ってくる。

 敏感になりすぎていて、その攻めは痛いほど。
 それなのに、どうしても、また急速に登りつめてくるものを感じずにはいられない。
「や……やだ、もう、いや、やめてええええっ! 幽香、ごめんなさい、これ、強すぎ、あ、やだ、やだあああっ!!」

「あ、あああううう、また、またきちゃうの、もう、いや、嫌なのに、また、また、また、また……」

「がっ……あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……あ……い……っく……イく、イっちゃ、う、あ、ぐ……!」

「あ――は――――――――ッ!!」

 3度目。
 声も、枯れはてそうだった。
 それでも絶頂感は弱まることはなく、心を壊さんばかり。

 ずりゅ……
 そして。
 ようやく、蔓の動きは、止まった。

「はあ――はあ……あ……あ…………」
「……いつまでも反抗的だったから、ね。どうしても屈服させたくなっちゃうの。辛かった? ごめんなさいね」
「は……あ……あ……」
 乾いた声を漏らすことしかできない。
 もう、返事を返そうという気力も沸き起こってこない。
「たまには、素直になってみるのもいいことよ。……まあ、あっちはちょっとどうかと思うけど」
 幽香の声が、苦笑い混じりのものになる。

「やあん、凄い、これ、凄いの――!」
 向こう側では、幽々子さまも同じようにこの蔓の攻めを受けていた。
 ……
 自分から蔓に抱きついて操っているようにも見えるのは、たぶん、気のせいだろう。たぶん。

「ああ、んっ! ごりごりして、ごりごりして! こんなの! や、あん、すぐにきちゃう――ううっ!」
 なんというか。
「あ、ん――――っ!!」
 心底。
「ふ……う……んんっ……!」
 楽しんでらっしゃる。
「……はふ……う♪」

「これいいわあ。ねえ幽香、1つくれない?」
「この子はひとりだけしかいないの。あなたになんか貸してしまったら3日で力尽き果てて倒れてしまうわ」
「いいじゃない、少しくらい。あなたはいつも使ってるんでしょ。あ、でも、こんなオナニーばっかりしてたらそのうち不感症になっちゃうわよ気をつけないと」
「……もうあんたは降りろそこから」

 ……
 ああ。なんて穏やかなんだろう。あちらの世界は。

 私はあまりの消耗に少し意識が薄れていくのを感じながら、それでもやっぱり無事そうでよかったと思うのだった――

「はい、勝手に寝ない」
 ずる。
「ん、ふぁっ!?」

 また。蔓が動いた。
 ぞぞ、と例の快感に襲われる。
 当然、落ちかけた意識もすぐに戻ってくる。

「へ、ちょ、幽香……もう、終わり……なんですよね?」
 思わず丁寧語に。
「え? なんで?」
 心底驚いた、というような幽香の声に、私の方が驚く。

 いや。だって。
 そういう空気だったような。

 ずる。また、蔓が動く。
「ひゃうんっ!」
 今度は、股間に貼り付いていたそいつは体から少し離れた。
 あ、やっぱり終わってくれるのかな。
 ……
 なんて思えるほど、私は楽天的ではない。
「さっきまではあなたに楽しんでもらうためにこの子に頑張ってもらったんだもの」
 うねうね。
 突起物を無数に生やした蔓が、微妙に蠢く。
 嫌な予感しかしない。
「次は、この子が楽しむ番でしょ?」
 うねうねとうねりながら、そいつは。
 今度は先端をべとべとになった女性器の表面に、ぴたりとつける。
「冗談……ですよね……?」
「大丈夫、安心して」
 幽香の朗らかな声が聞こえてくる。
 間違いなほどにのんびりした声が。
「この子はこう見えて、私よりずっと優しい子だから。ちゃんと、しっかり愛してくれるわ」
「そんな愛はいりませんからっ!?」
「じゃ、後は若い者同士で、ごゆっくり〜♪」

 あ。こいつ、若いんだ。
 ……それが、私にわずかな余裕が残っているうちに思った最後のことだった。

 そいつは。一気に。
 ずぶぶ、と。侵入してきた。

「うっ……あ、あああああああああああああーっ!?」
 膣壁をかき分けて。簡単に奥まで。
 突起物が、イボイボが壁を擦り上げながら。
 ずどん、と重い衝撃が全身を襲ったかと思うと、次の瞬間からそれはもう耐え難いほどの快楽の波となる。
 蔓が、中で往復運動を始めたのだ。

「あ、いや、いやあ、やめてっ! あ、ぐ、き、きつ……い……からっ!」
 敏感になっている膣内を、あのイボで連続して擦られると、そのたびに痒いような痛いような衝撃が、足元から全身に向かって走る。
「あ、うぐっ、あああっ! ん……っ、や、やあ……」
 鋭すぎる快感に、涙さえこぼれてくる。
「あ、あううっ! う……うう……」
 ……ぴた。
 蔓の往復運動が、止まった。
「……う……?」
 うねうね。
 中で、何かを迷うように、蔓がうねる。
「そ……そう、やめてくれればいいの。お願い」
 なんとなく、話が通じそうな気がして。
 語りかけてみる。
 蔓は、声に呼応したのか、ゆっくりと動き始める。
 抜ける方向に。
「は……あふ……ぅ!」
 そんなゆったりとした動きでさえ、こりこりと膣壁を擦っていく突起は、凶器だった。ぞわぞわと、痺れるような感覚。
 ああ、でも終わってくれるんだ。
 そう一安心していると。
「ふぁ……えっ……!?」
 ずぷ。ずぷ。
 もう抜けるかというところで、また、挿入してきた。
 ゆったりしたペースのまま。
「え、え、ちょっと……あ、ああ、んんんッ!」
 また。イボイボが。イボイボに。擦られて。
 ぞくり、と、甘い痺れに襲われる。

「あ、あ――う――っ」
 今度はその秒針を刻むようなリズムで、抽挿が始まる。
 動くたびに、小さな突起が次々と中を撫でていくのを感じる。
「や……やあ……く、うッ」
 ずぶり。挿入されて。
「は……あうっ」
 ずるり。抜かれて。
「く……うぅん……っ」

 繰り返し。

「ふあ……ああ……ううッ」
 このスピードだと、鋭すぎる快感に痛みを感じることもない。
 だが、それだけに、純粋な性の喜びに体を支配されていく。
「う、きゅ……うううう」
「あ、あ、あう……うっ! あ、こ、擦れ……あ……っ」
「や、ああっ、だんだん、固く……!」

 執拗に膣壁を擦り続ける蔓の突起が、最初よりも固くなってきていた。必然的に、同じ速さで動いていても、より刺激は強くなる。
 だが、それも痛くならない程度に。
「あ――あああッ、こんな、こんなのに、こんなの、なのに……なのに……っ!」
 嫌というほどに感じられる。
 蔓が、本気で気持ちよくさせようとしていることが。
 自分が悔しくて、先程とは違う意味の涙を流しそうになった。
 だが、どうしようもない。すっかり準備のできている体に、適切な優しい攻めは誤魔化しようのない昂りをもたらす。
「きゃう……うー――うう、あうううッ!」
 じわじわと、奥の方からせり上がってくる。
 今度は急激ではなく、少しずつ。
 それだけにまもなくやってくる絶頂を意識せざるを得ない。

 ずる。ずる。
 蔓はあくまでペースを早めることなく、抽挿を繰り返すだけ。
 ただ、その動きのリズムは時折微妙に変化させてくる。

「あ、いや、だ、きちゃう、また、くる、くるから……!」
 膣壁が、ひくひくと震えだす。
 ぎゅっと蔓を締め付けて、より強く擦り上げられようと。
 より深くまで迎え入れようと。
 焦らすかのようにゆったりした動きでしかない往復運動は、しかし、抗いようもなく頂点へと私を追いやる。
 敏感になっているナカを、コリコリとした突起物が撫でる。小さな突起ひとつひとつが、背筋を震わせるほどの快感をもたらしてくれる。

「あ、あ、あ――ああ――ああああ――っ」
 ぞわぞわ。
 全身から力を奪われていく。もう止められない。
 気持ち、いい。すごく。すごく。すごく。
「や……やら……いや、あ……ああ――イっちゃう、イく――こんなので、こんな――わた、し――――あ、あ、あ、あ」

 きゅうん。
 さらに強くなった締め付けで、壁にイボイボが食い込む。
 応じるかのように、蔓が一瞬、大きく膨らんだ。
 そして、どくん、と。熱いものが、子宮口を打った。

「あ――――――――あ、ああああ――――ッ!!!!」

 その瞬間、意識が弾けとんだ。
 予想を遥かに超える強烈な絶頂に、頭が耐えきれなかった。
 ぎゅう。膣が震える。
 どくん。どくん。蔓の先端からまた何かの液体が絞り出されて、膣内を埋めていく。
 それが壁を打つたびに、二度目、三度目と、脳が弾けた。

「あ、ああああああううう、あ――んんんんッ!!」
 どく……どく……
 何度か搾り出して、何度も果てて。

「あ、あう、く……うううッ」
 熱い液が膣内をすっかり満たしたところで、ようやく収まる。

「く……あ……はぁ……っ」
 びくん。体が跳ねる。
 ずるり。ゆっくりと蔓が抜けていく。
 体を押さえていた蔓たちは、曲げさせていた私の足を少しずつ伸ばしていく。
 ごぽ。蔓が抜けると、膣内を満たした半透明の液体がすぐに溢れでて、零れた。
 ああ、これが私に降ってこないように姿勢を変えてくれたのか、と、まだ霞がかかったような意識の中、思う。
 どろり。まだまだ溢れてくる。
 ……こんなにも出てたんだなあ……などと、なんとなくその光景を眺めてから、すっと目を閉じた。



*********************************



 脱力しきった私を抱え込んで、蔓はゆっくりと地面に向かって降りていく。
 器用なもので、しっかりと足から地面に降り立り、二本足で自立したのを確認してから、蔓は私の体を解放して散っていった。

「ぐ……」
 途端、崩れ落ちそうになる。
「ぐ……ぐぐぐ」
 力が抜けている。なんとかぎりぎりで踏みとどまる。
 今倒れてしまったら……
 確実に、そのまま寝てしまう。
 猛烈な睡魔が。

「――なんだけどね、でも私の手を離れて自然に成長して繁殖していく花を見るのも好きなのよ。全部世話をするんじゃなくて、ちょっとだけ手を貸したりね。何もかも自分で完成させてしまうより予想外の育ち方したりするから面白いのよ」
「わかるわー。年取ってると頭固くってつまらないのよねえ。若い子のほうが色々吸収して変わっていくから面白いわ」
「見事にわかってなさそうな返事ね――あら」
「ん? ……あ」

 ふらふらと、なんとか歩く私の姿に、二人とも気づく。
 幽香は少し驚いたような、というか、そういえば、というか、すっかり今まで私の存在など忘れていたかのような顔を見せた。
「あなた、そういえばいたわね。忘れてたわ」
 顔どころか、明確に言われた。
 ……
 幽々子さまも同じ顔をしていたような気がするのは気のせいに違いない。
 うん。

「はい、着替え。夏だからってそのままじゃ風邪ひいちゃうからね」
 幽香は、綺麗なシャツを私に差し出す。
「え?」
 正直。
 一瞬意味がわからなかった。
 予想外過ぎて。
「あー……サイズはちょっとあわないかもしれないけど、まあ大きい分には問題ないでしょ」
 幽香の次の言葉で、ようやく、それを私が着ていいという意味だと知る。ダメだ。頭が働いていなさすぎる。
「は……はい。えっと、では、お借りします。ありがとうございます」
「お疲れ様。あの子体力自慢の子だから疲れたでしょう」
「あ、いえ……まあ、はい」
 なんだ。
 なんだなんだ。
 さっきからの妙に優しい声が、逆に怖くて反応に困ってしまう。
 何かまた罠でもあるのだろうかと眺めながら、慎重にぶかぶかのシャツを身に着けていく。
「ん? ああ」
 幽香は、あはは、と小さく笑う。
「そんな怖がらなくていいわよ。私の花たちに手を出さなければ虐めたりしないから」
 ぱたぱた。
 笑いながら手首から先を上下に降る。
 ……少し、おばちゃんくさい。
「……私は、花に手を出したつもりはありませんが」
「ああ」
 幽香は、うん、と頷く。
「なんか刀持ってるし、そこそこ戦えそうな身のこなしだったから」
「襲撃だと思われたと?」
「いえ、戦えそうな子だったらとりあえず一度徹底的に叩いて上下関係をはっきりさせておかないといけないから」
 ああ。
 基本的には噂どおりの人のようだった。
「っと、この服は」
「あ、返しに来なくていいわよ。人が着たシャツなんて着るつもりないから」
「そうですか。ありがとうございます」
「こういうときのために色んなサイズを何着も準備してるから。本当に気に入らないヤツだったら全裸のまま放置するんだけど」
 ……ああ。
 基本的には噂どおりの以下略。

「どう、妖夢、涼しくなれたー?」
 幽々子さまがのんきな声で聞いてきた。
 とてもホットになってました。
 ……
 なんてさらりと言えるほど強くはありません、自分。
「ご覧の通りです」
 ボロボロになった私の服を、見せる。
「あらあら」
「大変ねえ」
 なんて二人とも他人事。
 というか幽々子さまはなぜ平然としているのだろう……

「ただ遊びに来ただけみたいだけど、今度は昼間に来なさい。晴れた日にね。せっかくの美しい花畑も、真っ暗だと面白くないでしょ」
「ええまあ」
 観光したくて来たわけではないのだが。
「幽香は、夜もずっとここにいるの? すぐに現れたけど」
 幽々子さまは、のんびりと尋ねる。
 すっかり友達のノリである。
「夏はだいたいこの近くに住んでるのよ。普段はもちろん家にいるけど、侵入者がいるって情報があったから」
「情報……?」
「花が教えてくれるのよ」
「……花と、会話ができるのですか?」
「会話じゃなくて、意思疎通ね。昔は夜襲も結構あったから助けてもらったわ――最近はめっきりこなくなったけど」
 好き好んでこんな目にあいたくはないだろう。
「妖夢は久しぶりのお客様だったのね〜」
 だから何故他人事。
「もう幽香はこのあたりでは敵なしなの?」
「当然じゃない」
「それなら、いっそもう生きるものの世界の女王として君臨してみたら〜? 悠々自適な暮らし、いいわよぉ」
「世界かざみフラワーガーデン計画ねえ。昔はちょっと検討したこともあったけど」

 ……
 今。
 なんか。とってもファンシーな単語が聞こえたような気が。

「それはそれで面白くなさそうだし、今は興味ないわ。だいたい、あんまり暴れると面倒なのが出てくるし」
「お? これはこれは。幽香さまともあろう者が、恐れる相手がいると?」
「……勘違いしないでよ。面倒なだけなんだから」
「ふふーん。なるほどなるほど。こっちもなかなか大変そうねえ」
「死人がこっちの世界にどんな興味を持ってるのか知らないけど、悪巧みを考えているなら気をつけなさい。一応、忠告しておいてあげるわ」
「悪巧みなんて」
 滅相もない、と私は首を横に振る。そんなもの、
「うふふ、あら怖い」
 ……こっちはありそうだ。

「ま、肝試しもこのあたりにして、そろそろ帰るわね。妖夢が風邪ひいちゃうといけないし」
「自分で言っておいてなんだけど、幽霊って風邪ひくの?」
「半分人間だから、半分はひくのよ」
「なるほど」
 よくその説明で納得してくれたものだ。

「でも、悪いんだけど、あと少しだけ付き合ってもらっていいかしら?」
 ――む。
 幽香の声のトーンが変わった。
 少し、空気が冷たくなった。
 幽香の目は、私を見ている。
「何か」
「いえ、刀を使う子って、珍しいのよね。さっきはとりあえず抜かせないようにしてみたけど」
「……抜かせない……」
 確かに、足がすくんで、体が動かなくて、抜けなかった。
 それが狙い通りだったということか。
「一度、どれほどのものか、見てみたいのよ」
「……まだ、修行中の身ですから」
「そう身構えないで。私は剣の道のことは知らないから、採点しようなんてわけじゃないし」
「わかりました。では、そうですね。そこの雑草でも斬りましょうか」
「そんなの面白くないわ」
「そうですか」
「そうそう、だから」
 幽香は、にこりと微笑んだ。
「――実戦形式で」

「!?」
 幽香の言葉と同時に地面が盛り上がって、また、謎の巨大植物が目の前に現れた。
 それは間髪いれず私に向かって蔓を伸ばしてきて――
「く――」
 抜く。
 現れてから一秒もたたずにもう私の腕を捕らえようとしてた蔓を、斬りおとす。
「はっ!」

 それが落ちていくのを確認する暇もない。
 まだまだ。二本目、三本目、ほとんど同時にきている。
 二本目は下から振り上げて、三本目はその流れのまま腕をひねって方向転換し、落とす。
 斬る度に手に腕に強い衝撃が走る。
 だが、切った感覚は悪くはなかった。硬すぎず、柔らかすぎず、ちょうど斬りやすい相手だ。

 三本落としたところで、刀がしっかりと手に馴染んでくる。
 まだ終わらない。
 ここまでは指の太さほどの蔓だったが、四本目は倍くらいの太さになった。それが、頭上から頭を狙ってくる。一歩下がって、斜めに振り下ろして切断する。

 五本目は、また、足元の地面を突き破って現れた。が、今回は地面の揺れから予想できていた。
「せい――やあっ!」
 腕ほどの太さのある蔓を、薪割りのように叩き割る。長い蔓をどんどん割っていく。
 腕に凄まじい衝撃が走る。刀を手放してしまわないように、体重をかけて耐える。
 相手の動きに任せながらも、刀の角度を微調整して、折れないように気をつけながら切断し続ける。
 やがて力が均衡して途中で食い込んで止まった瞬間を狙って、蔓を、蹴る。刀を引き抜く。

「でああああっ!」
 最後にそれを、一刀両断。
 ……
 しん……と静まり返る中、どさりと蔓が地面に落ちる音が周囲に響き渡る。
 しばらく体勢を変えず、視覚と聴覚の集中を同時に高レベルに保っておく。
 ……が、それ以上来る気配はなかった。
 どうやらこれで終わりか。
 その間、五秒間ほど。

「おー」
「さっすがー」
 ぱちぱち。
 二人の気の抜けた拍手が、これでとりあえず終了であることを示していた。

「……ふう」
「やるわねえ」
「……ありがとうございます。私が、対処できるレベルに抑えてくれましたね?」
「あらあら」
 幽香は、薄く笑う。
 最後、地面から現れてくる蔓は、最初にここに来たとき私を捉えたそれよりずっと「わかりやすかった」。その気になれば、同じように足元をすくうこともできたはずだ。
「でも普通はあんなのなかなか対応できないものなのよ。やるじゃない」
「……」
 釈然としない。
「付き合ってくれてありがと。さて、と」
 幽香は、簡単に礼を言うと、私から視線を外した。
 うねうねと斬られた蔓を動かしながらその場に留まっている謎の植物に手をかけて、そっと、撫でる。
「ごめんね。ちょっと痛かったわね。いつもありがとう」
 ……どうやら。
 その植物に声をかけているらしい。
 謎の植物は、ぴん、と蔓を上空に向かってまっすぐ立てる。
 なんとなく、「平気でっさー!」とか元気に言ってる、ように見えた。
「うーん」
 幽々子さまは、何やら首を傾げながら、同じように謎の植物に向かっていった。
「ん?」
「ちょっと失礼」
「何――ひゃ!?」
 え?
 唐突に、幽香が驚いたような顔を見せ、悲鳴をあげる。
「に……わひゃひゃひゃっ!? や、やめっ、ちょ、うひゃひゃひゃ」
「え……」
 何の見間違いか。
 幽々子さまが「謎の植物を」こしょこしょとくすぐると、幽香がいかにも自分がくすぐられているかのような反応を見せた。
「やっぱりー」
「く……はあ、はあ……何するのよっ」
 幽々子さまがくすぐるのをやめると、幽香の反応も収まった。
「幽香、この子と感覚の共有してるの?」
「く……」
 幽香は、き、と幽々子さまを睨みつける。
「……二つ、間違ってるわ。一つ、共有してるわけじゃなくて、喜びや気持ちいいことは一緒に、負の感覚は分け合って。二つ、この子だけじゃない」
「分け合っている?」
「半分になるようにね。花や私の子たちが何か苦しんでいると、遠くにいてもすぐにわかるから便利なのよ」
「なんと……」
 恐ろしい。
 何にも無いときにいきなり意味不明の痛みが走ったりするのだろうか。
「あっ」
「ということは、さっきの蔓を斬ったのも――!?」
「あの程度はなんてことはないわ。気にしないで」
「ちょっと顔歪めてたけどね」
 なるほど、それで幽々子さまは気がついたのか。
 ……いや、でも、切断された痛みの半分って、相当なもののような気がするのだが。
「くすぐられるのは慣れてなかったみたいだけど」
「うるさいわねっ」
「でも、どうしてそこまでして……その、その植物とか花とかを、守らないといけないのですか」
 噂によれば幽香の能力は花を自由に生み出すことができるはずだった。
 そこの謎の植物みたいに明らかに年季の入っている生き物はともかく、花の一生など短く、いちいち守ってはいられないはずだ。数も多いのだから。
「守っているわけじゃないわ、別に。ただ、そうしたいからしてるだけ」
「……意味がわかりません」
「お子様には難しいかしらねえ」
 む。
 お子様とは失礼な。半分幽霊だからちょっと成長が遅いだけで、まあ、それなりには……
 いやそんなことはいい。
 幽々子さまのほうをちら、と窺う。
 幽々子さまは自信ありげに頷いた。
「愛ね」

「……………………愛?」
 とても。
 似つかわしくない。
 単語が。
「亡霊でも愛はわかるのね」
「どこの世界でも不変の法則よ」
 なにやら、通じ合っている。
 とりあえず幽々子さまは正解だったようだ。
「わからないって顔してるわね」
「……まあ」
「今はいいでしょう、別に。――足りないものはこれから補っていけばいいんだから」
「足りないもの」
「ゆっくり考えていきなさい」
 そういうと幽香は、謎の植物の太い蔓をきゅっと抱きしめた。

 ……あれ。
 気のせいか、まっすぐだった断面が、ぐにゃぐにゃになっている。
 そういえば、蔓が斬ったときより少し長くなっているような。
「再生してる……?」
「愛の力よ」
 そうなのか。
「いや、それは嘘だけど」
 うそなのか。

「引き止めて悪かったわね。もう、帰っていいわよ」
「よーし、帰りましょー」
「……はい」
 疑問点はいくつかあったが、聞いても無駄なような気がした。
「花が見たいときは昼間にでも遊びに来てくれていいわよ」
「はい」
「この子のテクニックが忘れられなくてまた弄ばれたいという話ならたまになら貸してあげるわよ」
「はい……い、いいえ、いえ! 誰がそんなっ」
「そう? たまにいるんだけどね、そういう子」
 うう。
 ……確かに、見た目と裏腹に、まあ、その……かなり上手かったというか……

 ぶんぶん。
 思い出しかけて、首を横に小さく振る。
「ふふ、可愛い可愛い」
「……っ」
「じゃあね、侍さん。お元気で」
「……失礼いたします」
「ばーい」



*********************************



「……ふう」

 久しぶりに、滝に打たれてみた。
 昔、流木が脳天に直撃して死にそうになった(?)ことがあって中止していたのだが、今回は恐怖を克服する意味でも挑戦してみた。
 雑念が消えていく感覚は、悪くない。気持ちいいものだ。
「でも、これじゃ足りない……気がする」
 刀が使えても。剣術があっても。
 精神で負けていては、話にならない。
 昨日の幽香との会話で、嫌というほど思い知らされた。

 私は、未熟だ。

「暴れている幽霊を相手にするのとは、わけが違う」
 最近、幽々子さまがあちらの世界――幻想郷に興味を持っているらしいことは、気付いている。
 こちらの世界と幻想郷の境界が薄まっているのか、時折あちらから迷い込んでくる者が現れるようになっていた。
「まさか、幻想郷も領地に入れたいなんてことではないとは思うけど」
 幽々子さまとの付き合いは、それほど長いわけではない。
 が、短い中でも、その手の野心がある方とはとても思えなかった。
 ただ、それでも、予感はする。いずれ、あちらの世界で刀を振るうことになりそうだと。
 そのとき私はちゃんと戦えるだろうか?

「――」
 目を閉じる。
 今は帯刀していないが、そこにあるものと考えて、柄に手を伸ばす。
 昨日の夜の恐怖を思い出す。圧倒的な圧力を思い出す。
 ぞわ、と体が震える。
「は――っ」
 心の中で、刀を抜く。
 闇を振り払う。
 それは、簡単なことだった。
「……」

「違うなあ」
 簡単すぎた。まだ、再現できていないだけだ。
「何か……違う」
 ただ、恐怖感が足りないだけではない。
 振り払った闇の先に見えたものは、優しい笑みで醜い巨大植物を撫でる幽香の姿だった。
 何か、もっと、大きな括りで負けているような気がしてならなかった。
「精進あるのみ」



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 正座して、目を閉じる。
 ゆったりと呼吸して、精神を統一させる。
 午前の庭の手入れが終わると、いつもどおりの瞑想に入る。
 この廊下はほとんど誰も通ることがない、落ち着きたいときには便利な場所だった。
 昨日のこともあって今日は考えることが多い。より深く、深く、心を暗闇の中に沈めていく。
 深く――何もない世界へ――

 ふぅっ

「わひゃあああああっ!?!!?!?」
「きゃっ」
 突然。本当に突然、耳元に生暖かい風を感じて、思わずとんでもない悲鳴をあげてしまった。
 正座も崩れて、腕を床につく。
 心臓が物凄い勢いでバクバクいっている。

「ゆ、ゆゆ、ゆゆ幽々子さまっ!?」
「んもう、驚きすぎよう。ちょっと耳元に息を吹きかけただけじゃない」
「驚きますよっ!」
 まさに広い「無」の海を漂おうとしていたそのときだっただけに。
 ……いや。そして、あと、まったく何の気配も感じていなかったから、というのもあるわけだが。
「あらあら」
 幽々子さまは、四つんばいの姿勢で私に詰め寄りながら、くすくすと笑う。
「今日は一段と瞑想が深そうだと感心していたのに、まだまだねえ」
「う……それは、いきなりあんなことされたら誰でも――って、もしかしていつも見られてるのですか……?」
「ちょっと様子を伺ったりしてるだけなんだけどね。ただ今日はなんだか思いつめてるみたいだったから」
 ずい。
 さらに近づいてくる。
 すっかりへたり込んでしまっている私の顔と、そのうちぶつかりそうなくらいに。
「手伝ってあげようかなあ、と思って」
「て、手伝い……?」
「精神修行の」
「は、はあ……それは、ありがとうございます」
「だからダメよお、あの程度でこんなに動揺してちゃ」
「う……」
「と、いうわけで」
「え?」
 幽々子さまの手が動いたのが見えたかと思うと、視界が闇に包まれた。
「え? え?」
 なにやら布のようなものを被せられたらしい、と気付いたときには、もうそれは頭の後ろで結び目を作られて、しっかりとした目隠しとして完成されていた。

「……あの……?」
「第一回ー。不意打ちで何をされても慌てず騒がず精神統一していられるか修行ー」
「!?」
 なにをいってるのこのひと。
「さあさあ、正座」
 肩をぐっと押さえられて、体を強制的に動かさせられる。
 勢いに流されるまま、私は正座してしまう。嫌な予感がひしひしとしているにもかかわらず。

「はい息吸ってー」
 吸って。
「吐いてー」
 吐いて。
「吸ってー」
 吸って。
「吸ってー」
 吸って。
「吸ってー」
 吸っ――

「んぐふっ、ごほっ」
「はいアウトー」
「無理ですよ!?」
「冗談、冗談。これから開始よ、さあ深呼吸」
「うう」
 渾身の抗議がいともあっさりと流される悲しさ。

 すう……はあ……
 すう…………はあ…………
 ……お、おちつかない。

「集中、集中」
「は……はい」
 そうだ。確かにこの状況だからダメだと言っていては鍛錬としては話にならないだろう。
 とりあえず嫌な予感はさておきつつ、できるだけ周囲から入ってくる情報を遮断しようと試みる。

 ゆっくりと深呼吸。
 …………
 ……
 少しずつ――いつもどおりの静かな世界へ
「つつー」
「ひゃああああああああああああっ!?」
「はい失格ー」
 背中をっ!
 指でつーってされるのは! 反則!
 ぞわぞわぞわ。

「集中、集中」
「う、うう」
 背中に指の感覚が残っている。むずむずする。
 く……いや、しかし。確かにこの状況だからダメだと言っていてはうんたらかんたら。
 ゆっくりと深呼吸。
 …………
 ……
 よし――また、落ち着いて
「むにゅ」
「んにゃああああっ!」
 胸に!
 胸に来た!
「うーん。悲しいくらいぺったんこねえ。あ、でも一応揉めるから大丈夫よ。大切なのは感度だし」
 むに。むに。
「ひゃ、ちょ、ま、やっ」
 むに。むにむに。
「集中ー」
「そんなっ!? ひゃ、んっ」
 むにゅむにゅ。
「うぐっ……ふ……っ」
 なんとか声を抑えようとする。
 不意打ちでなければ、ある程度はなんとか……

 ぽにょん。
 ……
 しかし、なんだ。
 揉まれるのと同時に、背中には柔らかい感触が。感触が。感触が……
 ぐにぐにと。
 私のそれとは明らかに違うモノが、背中に。
「うにうにうにー」
「……っ……」
「うにうに……あら」
 さわさわ。
「んッ……!?」
 幽々子さまの指先が、服の上からではあるが、乳房の先端……敏感なところに、触れる。
「わ、固くなってるー♪」
「う……うーーーっ!」
「もう、心が乱れすぎよー。これくらいで参っちゃったらこの先どうなるの」
 この先何が待っているのー!?
「くりくり」
「あっ……あぅっ」
「妖夢のえっちー。修行にならないでしょー」
「そ、んなこと、言われましてもっ、あ、んっ」
 視界が閉ざされているぶん、明らかに敏感になっている。
 乳首をこりこりされる感覚も、背中に当たる幽々子さまの胸の感覚も、しっかりと脳を支配してくる。
 とてもじゃないが、これでは無心になどなれるはずもなく。

「はい、終了ー。全然だめー」
「……はふう」
 ぱっと、幽々子さまの体が離れた。
 はぁはぁ。息が荒くなっている。
「これはまだまだ修行が必要ね」
 ……うう。
 むずむずする。
 確かに耐性はなさすぎなのかもしれない……

 ぱ、と視界が開ける。目の前を覆っていた布のようなもの――手ぬぐいが外された。
「それじゃ、交代ね」
「はい………………はい?」

 幽々子さまは、ちょこん、と私の隣に正座した。
 そして、手ぬぐいを自分で頭に巻いて、目隠しを作る。
「あの、幽々子さま?」
「妖夢は私の後ろにー」
「は……はい」
「揉んで」
「は……え!?」
「交代って言ったでしょ」
「て、展開がよくわかりません……」

 ええと。
 私の精神鍛錬で。幽々子さまはそれに協力してくださって。
 私は失敗して。今度は幽々子さまが修行する番と。
 ……
 何故?

「はやくー」
 あー。ええと。
 そうですね。これは疲れたから肩を揉んで欲しいということですね。
 うっかり勘違いするところだった。危ない危ない。
 もみもみ。
「違うでしょー、おっぱいを揉むのー」
 わかってたけどっ!!
「う……うう」
「命令だからね、言っておくけど」
「わ、わかり……ました」
 幽々子さまの両腕を巻き込むように、そっと背中から手を近づける。
 おそるおそる。
 近づけていく。
 掌をいっぱいに開いて……そっと……
 ……

「遅い」
「ひゃん! ごめんなさい……」
 躊躇している間に怒られてしまった。
 うう。

 覚悟を決めて、腕を引く。
 ぽにゅん。掌の中に、柔らかい感触。
 ………………
 …………
 ……
 おおおおおおおおおおお。

 柔らかい。何これ。そして、掌に収まりきらない。
 というか本当になんなのだこれは私と同じ生き物の同じ器官なのだろうか信じられない。
 幽々子さまはいつもどおりの羽衣で、服の布地はかなり厚いのだが、それにもかかわらずとんでもない柔らかさが掌を包み込むように
「何止まってるのよー」
「は!? は、はい!」
 我を失っていたら、怒られてしまった。
 いやいや。しかしこれは。これは。
 恐る恐る、手を動かす。掌で揉むというより、腕全体を動かして持ち上げるという感じになる。
 それほどのボリュームだった。
 ……ぽにゅん。
 うわあああ。重量感。
 ……ごく。
 ぽにゅ。ぽにゅ。ぽにゅん。
「そうそう。もっと色々やってみて」
「は……はい」
 掌への二つの圧力。
 ……これは、むしろ、私の精神鍛錬の続きなのではなかろうか。
 その……なんというか……これは、癖になってしまいそうな……
 少し力を込めて、ぐい、と持ち上げてみる。
 指が食い込むのを感じる。厚い布地があるのに。なんという。
 今度は胸を圧迫するように、手を前後に軽く動かしてみる。
 ぐにぐに。どんどん食い込んでくる。

「ん……」
 今度は掬い上げつつ円を描くように……
 むにょん。
 二度、三度と。
 むにょん。むにむに。
「あ……ん……」
「はぁ……はぁ……」
 だんだん、手が止まらなくなってきた。指に食い込む柔らかさが、心地よすぎる。
 ぐにぐにと、少し力を強めて同じように円運動を繰り返す。
 これが、胸の大きさと柔らかさを一番よく実感できるダイナミックな動きだということに気付いた。

「はぁ……はぁ……はぁ」
 ぐにぐに。
 ぐにぐに。
 柔らかい。気持ちいい。
 気がつけば、先程自分が揉まれていたときよりも、呼吸が荒くなってきている。
 ずきずきと、幽々子さまのそれとは比べ物にならない小さな私の胸の先っぽも、激しい脈打ちで私に呼びかけてくる。こっちももっとしてくれと。
「あ、ん……そうよ、なかなかいいわあ」
「はぁ……あ……う……っ、はぁ」
 幽々子さまの声にも少し艶を感じる。
 ああ。もっと。もっとしてあげないと。これは命令だから。
 ごくん。からからになった喉を、つばが通り抜けていく。

 指先にも力を入れて、いよいよ本当に掌で揉みながら、全体としての動きも止めない。
 胸が、手に、掌に、指先に吸い付いてきて離れない。
「ん、はぁ……ん、ちょっと、強いわ」
「はぁ……はぁっ」
「……妖夢?」
「はぁ、はぁ……」
 ぐにぐに。むにむに。もにもに。

 手を動かして柔らかい胸の感触を味わうたびに、まるでその感覚を自分が受けているかのように、私の胸にも痺れが走っていく。いや、もう、胸だけではない。
 じわじわと、熱い何かが体を昇ってくる。全身に伝わっていく。
「あ、やんっ、ちょっと妖夢ぅ、強いってば」
「はぁ……あ……う、う、うっ」
 ああ。気持ちいい。気持ちいい。
 柔らかい感触がたまらない。どくどくと痺れがせりあがってくる。

 ぐに。ぐに。むにむに。
 無我夢中で揉む。もう手が勝手に動いて止まらない。
「ちょっと――」

 どくどく。どくどく。どくどくと。

 あ――
 なにか。
 なにか。あ。

「あ、あ、う……あ、あああぅ……ん……はぁ……あああああッ!」

 びくん。びくん。

 ……何かが、弾けて、飛んだ。
 意識が。真っ白に。

「あ……あ」

 手はしっかりと幽々子さまの胸を掴んだまま、しかしようやくその動きを止める。

 ………………
 …………
 ……

 ふあぁ。
 壮絶な……気持ちよさだった。

 ぽーっとする。
 視界がぼんやりと歪んでいる。
 目の前にかざしている二つの掌を眺める。くいくい。指先はまだ何かを欲するかのように小さく動いている。
 ……
 ……あれ。幽々子さまの胸を掴んでいたままだったのでは、なかっただろうか……この手は。
 ぽん。
 後ろから肩を叩かれる。

「……ひっ!?」
「そろそろ戻ってきたかしら? 意識」
 振り向くと、幽々子さま。らしき顔が、ぼんやりと。
 少しずつ、焦点があっていく。
「あ……えっと……」
 それにあわせるように、だんだんと記憶が戻ってきて。
 ……青ざめる。
「凄いわねえ。人のおっぱい揉んでるだけで自分がイっちゃうなんて、稀有な才能よ〜」
 幽々子さまはにこりと笑った。
「あ、あああ、あああああすみません申し訳ございませんっ!」
「まあ、修行としては失格も失格だけどね。妖夢はえっちなことが好きすぎて精神鍛錬がうまくできない、と」
「う……ううう……返す言葉もございません……」
 泣きたくなってきた。
 まさかこんなに簡単に理性というのは吹っ飛んでしまうものだったのかと。
 ……
 私が、よほど異常なのだろうか。
「いいのいいの。えっちなのは大歓迎よ、むしろ。そうでないと困るくらいだし」
「え……は、はあ、そうなのですか」
「うんうん。でも、簡単に乱されちゃう心の脆さはダメねえ」
「う」
「これからの修行、楽しみにしててね♪」

 にこ。
 今日一番の笑顔で、幽々子さまは言った。
 私は、当然何も言い返せるはずもなく。
「……はい、よろしくお願いいたします」
 この返事をもって、この夏の日課は一つ増えることになったのだった――



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