ちゅ……ぷちゅ……

「ん……んは……」
 じゅ……じゅる……
「そう、そんな感じ……ふふ、なかなかできるじゃない」

 ちゅる……じゅるり……

「でも、単調に舐めてるだけじゃダメ。もっと突付いたり、吸い付いたり……そう、そう、んんっ」
「唇もちゃんと使うのよ……あふ……ぁ」
「そう、その膨らんでるところをついばんで――あ、んぁ……はぁ♪」
「ん……んふ……ああ……」

 ひざまづいてただ無心に舌で性器を愛撫し続けていた少年が、はぁっ、と荒い息を吐いて顔を上げる。
 ふぅ……ふぅ、と呼吸を整えるが、そんなことは数秒しか許さない。
『んぶっ!?』
 その顔を容赦なく両手でがっしりと捉み、すぐに股間に密着させる。
「休憩してる場合じゃないでしょ。せっかくちょっとはよくなってきたんだから、頑張りなさい」
 少年は泣きそうな目をしてちら、と私の顔を窺う。
 私は頭を押さえつけて、無理やりに視線を外させる。
「早く続けなさい。ちゃんとイかせてくれるまで終わらないからね」
 ……んちゅ……ちゅぷ……
 観念したのか少年は、再び舌を使い出す。

「ふふ……そうよ、あなただって幸せでしょう? あなたがずっと夢見てた私のおまんこが目の前にあるんだから」
 べちゃ……じゅる、じゅるるっ
「あ、ん……しっかり、そう、味わいなさい……んんっ」
「そう――そう、いいわ、あ、ん」
「ほら、もっと奥まで差し込んで……もっと、頑張れるでしょ?」
 じゅる。ずぞ、ぷちゅ……
「ふぅっ……あ、ぅ、んん」
「吸って――唇で噛んで、差し込んで……ん、あ、あ、んッ!」
「もっと、もっと早く。あ……うく、うぅ……っ!」
「はぁ……ん、ふふ、上手いじゃない」
「あ、んっ、凄いわ……溶けちゃいそう」
 じゅる、じゅる……
「あ、あ、ぅ、う、あんっ」
「はぁ……♪ ああ、もっと、もっと……もっと!」
「ん、ふ、そうよ、この調子――あら……?」

 もっと頭を押さえつけていよいよ登りつめるまでやらせようかというときに。
 少年の右手が、小刻みに動いていることに気付いた。
 四つんばいになっていて、手の先がどこにあるのかは私からは見えない。
 が、何をしているかなど、一目瞭然だった。

 ぐい。少年の顔を無理やり上げさせる。
「っ!?」
「手を止めなさい」
「ぁ……っ!?」
 少年は顔を真っ赤にして、涙目になりながら、私を見上げる。
 手の動きは止まる。少年は、う、と切なげに息を吐く。

「――私は、あなたに、私を気持ちよくさせる権利を与えたわ」
「あ……あ……」
「それ以上のことは許可していないと思うけど。あなた、何をしていたのかしら?」
「あ……う……ぅ」
「あう、じゃわからないわ。言いなさい」
「あ、あの、だって、ずっと我慢してたから、辛くて……」
「何をしていたのかって聞いてるの」
「……う……あ、う……お、おちんちんを……弄ってました……」
「そう。それは私が許したことかしら?」
「だ、だって……もう、ずっと、ずっと……ひゃわっ!?」
 足の指先で、勘で位置を把握して、少年のペニスを突付く。
 ぬるり。指先に滑るような感覚がある。びく、と足の下で、それは震えた。
「最低ね。人を十分に満足させることもできないくせに、自分だけは気持ちよくなってるの?」
 ぐり。ぐり。
 指先で、固く熱くなっている少年のペニスを弄繰り回す。
「ああ、あ、うぅ」
「自分でシコシコすることに集中しちゃって私を満足させることができないっていうなら……こんなもの、ちょん切ってしまおうかしら?」
「あ、や、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……! もうしません……!」
「そう。絶対に?」
「は……はい」
「いい子ね。それなら、今まで我慢させちゃったことのお詫びもしないとね。余計なことに意識がいかないように、このまま足で弄ってあげる」
「う、ぁ……っ」
「その代わり。私よりも先にイっちゃったりしたら、罰を与えないといけないわね」
「ひ……」
「だから、早く続けなさい。私だって、いい加減焦らされてるの」
 少年は慌てて下を向いて、また私の股間に貪りつく。
「ん……ぁ、あっ♪」

 時間が経ったとはいえ少しも冷めることのなかった――いや、むしろ、少年の快楽と恐怖の狭間に怯える顔を見てますます燃えるように熱くなっていた私の体は、すぐに少年の勢い任せの愛撫を受け入れた。
 ぞくぞくと背中が震える。ああ。これだ。
 こんな拙い愛撫などおまけにすぎない。人を支配することのなんという悦楽か。人が私に好意を抱いている場合であれば、なおさらだ。
 ぐにぐにと、足の指先で器用に弄りながら、時折びくびくと震える体を見て楽しむ。
「ふふ……いいわ、いいわよ、もっと……あんっ、楽しませて」
 舌で吸われ、舐められ、突付かれ。
 今までの復習を真面目にこなすかのような少年の態度をますます愉快に思って。
 特に気持ちいいときは、より強くペニスを擦り上げて教えてやる。
 すると少年はびくっと反応して、今度はもっと強く早く同じところを攻めてくれる。
「んっ……そう、そう、わかってるじゃない……んふ……よく出来た犬だわ」
 優しく頭を撫でてやる。
 ぴく、と少年の頭は反応したが、顔を上げることはなく、舌の動きも止めない。
「あぁ……そこ、そこよ、ん、はぁっ……んん」
 じゅるる。
「はぁ……ああ、あん、ん、くぅ……」
 じゅちゅ、じゅちゅ……

 そのうちに、少年は私の感じるところを把握してきたのか、一番してほしいところを重点的に攻めてくるようになった。
 お返しとばかりに、足の指を外して、今度は足の表側でペニスの裏側を撫でるような動きに変える。足と、少年の腹の間に挟みこむようにして、擦り上げる。
 ちょん、と親指で睾丸を突付いてやると、今までになく、少年の尻が揺れた。
「く、あ、あ……いいわ、また、昇って、きちゃう……ん、あああっ」
 ここまできてクリトリスを舌の中で転がされると、もう、私も余裕がなくなってくる。
 一方的にやられてなるものか、と足の動きも早めていく。
「ふ……ぁ、く、き、きちゃい……そう……」
 私の反応を見て悟ったか、少年は同じ動きを、さらに速めていく。

「あ……ぁ、あ……ああ、あ……う……ッ!」
「……! ……! っ!」
 少年の頭が激しく揺れる。首を横に振っているようにも見える。
 だが、もう少年の反応になど構っている状況ではなかった。
「い、く……く……あ、い、イっちゃ……う……あ、あぁ……イっ……!!」
 昇りつめていく。
 歯を食いしばって、強烈な衝撃に耐えるよう構える。
 手の指先まで、足の指先まで、痺れていく。

「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
 少年の全身が、今までになく、びく、びく、と激しく跳ねた。
 次の瞬間には、足の甲に熱い熱い感触。
「あ――――イ……ぁ――――――ッ!!」
 そして、私の体も、跳ねる。
 視界を白く白く染めて。
 少年の頭を思い切り押さえつけて。
 少しでも長くこの絶頂感を楽しむように、体の緊張を維持して。
 息を止めて。
 焦らされ待たされたこの瞬間を、存分に愉しむ。

「ぅ……くぅ……」
 ぶるっ。
 震えるたび、まだ快感の波が体を襲う。
 そして、その間にも、足にはまた新たに熱いものが降り注がれていた。

「……は……ぁ……はぁ……はぁ……」
 息を吐く。
 しばらくすると、少しずつ波が収まってくる。
 少年の顔を押さえつけていた手の力を緩める。
「は……ふ、ぅ……顔、上げなさい……」
「……は、はい」
 少年は、言われたとおりにおずおずと顔を上げる。
 口元は唾液やら何やらでべとべとに濡れていた。そして、その目はまた、何かに怯えている。
「……お疲れ様。まあまあ、よかったわ」
「あ、ありがとうございます」
「で」

 びくっ。
 少年が震える。
「立ち上がりなさい」
「は……い……」
 少年が立ち上がったのを確認すると、私は、すっと足を動かして、それを少年の顔の前まで持っていく。
 少年は絶望的な表情で、私の足を――そこをどろりと流れる白い液体を、眺める。
「何かしらねえ」
「あ……その……」
「答えなさい」
「ご、ごめんなさい。……僕の……その……精液、です……」
「どうしてそんなものが私の足についてるの?」
「あ……う……」
 怯える目。
 また、ぞくぞくと背中が震えてくる。
 楽しくて笑い出してしまいそうなのを抑えるのに必死だ。
「……ごめんなさい……出して、しまいました……」
「そう、出しちゃったの」
「はい……」
「足なんかで」
「……はい……」
「私より先に」
「……!」
「言ったはずよね」
 少年の髪をそっと撫でる。
 怯え、目を閉じる少年を見て、薄く笑う。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ちゃんと、満足はさせてくれたしね。ちょん切ったりはしないわ」
 ぽん、と両方の肩に手を置く。
 そして、すぐに離す。
「はい、終わり」
「……え……」
「さあ――」
「あっ……?」
 右手を伸ばし、萎みかけた、ぬるぬるに塗れた少年の陰茎に触れる。
 少し撫でてやると、すぐにそれはむくむくと固さを取り戻していった。
 少年は、顔を赤くして目を逸らす。
「まだ、できるでしょう? 若いんだから」
 肩を押す。
 地面に転がらせて、しっかりと押さえつける。その上に、跨る。
「今度はこれで……満足させてもらうわよ」
 股を開いて、上からゆっくりと、挿入していく。
「ん……っ」
「あ、あ……っ」
「ふふ……もしかして、初めてかしら」
「……っ」
 真っ赤になったのを見て、私の加虐心に火がついた。
 ああ。可哀想に。
 せっかくの初体験は、きっと二割の天国と八割の地獄の体験になるだろうから。



「あう、もう、もう、出させてください……!」
「だからぁ、私を十分に満足させてからでしょ?」
「でも、あ、また、また、イって……う、ううううっ!!」
 私の下で少年がびくびくと震える。
 もう何度目になるか。間隔はますます縮んできている。
「あ、あぅ、出ない、出ないよう……!」
「いくら願ってもダメよ。私が許可しない限り、あなたは絶対に射精できないんだから……一生、ね」
「あ、いや、いや、です、お願い、します、ごめん、なさい……」
「ほら、もっと気合入れて突き上げなさい。いつまで経っても終わらないわよ」
「う、あ、あああ、あ」
 ぱん。ぱん。ぱん。
 上から腰を振って何度も挿入を繰り返す。
 その気になれば私自身もすでに何度でも達していたかもしれなかったが、わざと抑えていた。
 不完全な絶頂を迎える少年の顔を見ることが楽しくて仕方なかった。
 じゅぶ、じゅぶ、じゅぶっ。
「あん、そう、もっと、激しくして……」
「ぐ……あ、あ、だ、め、です……また、あ、あっ……ああああああああああっ!!」
 悲鳴が響き渡る。
 それが楽しくて、楽しくて、私も乙女のようにきゅん、と胸を高鳴らせるのだった。
 ずきゅん。



 ……

 そこで、目が覚めた。
 ……
「……いやいや」
 酷い夢だった。
 とりあえず、ここ数百年でも屈指の。

「欲求不満……かしらねえ……」
 ぐったり。
 眼を閉じる。
「私は別に……あんな趣味は……」
 ……
 ……たぶん、ない。

「うー……とりあえず、起きますか……う?」
 ぐっしょりと汗で全身が濡れていて、気持ち悪い。
 まずはシャワーでも浴びてさっぱりしようかと思ったが、そこで、異変に気付いた。
 ……妙に、暖かい。むしろ若干暑い。
 体内時計の感覚からすれば、そんなに寝過ごしたような気はしないのだが。

「う……う……ん? あら……?」
 何はともあれ立ち上がろうと腕に力を入れてみたが、大きく息を吸った瞬間に、へなへなと力が抜けた。
「ん……は……」
 くらくらする。
 ぽーっとして、天井を見上げる。
 ……
 え……と。
「私は……何を……」
 何をしようと。していたんだったか。
 ……
 ああ、そうだ。
 夢で気持ちよくなれても、それだけじゃまだ中途半端だから……

 そっと、パジャマのズボンの中に、手を差し入れる。
 迷い無く、一直線に、一番気持ちいいところに触れる。
「あ……んっ」
 くちゅり。
 汗で濡れているほかの場所と違って、そこはまだしっかりと熱を帯びていた。
 一度この甘い感覚を味わってしまうと、もう手は本能のまま勝手に動いてくれる。
 すっかり準備の出来ている内部に、中指を差し込む。奥深くから蜜を掻きだすように、指を複雑に動かしていく。
「ん、あ、んん……」
 寝起きすぐだというのに、感覚が鈍っているような気配は全くない。
 第二関節だけを動かすような感じで、熱く濡れた膣内に指を侵入させ、引き抜き、また挿入する。
「あ、やぁ、ん、ああぁ、んっ!」
 にちゃにちゃと湿った音、そして声が部屋中に響く。
 それを聞いてますます昂ぶっていく。
 ここは私だけの空間。声を出すことに遠慮する必要は全く無い。

「いい、きもちいい……ずぽずぽするの、いいっ」
 すぐに指一本では足りなくなって、人差し指もあわせて挿入する。
「は、いって、くる……ああん、太いの、ずぶって……っ!」
 実況するのは、改めて想像力を刺激して、脳をもっととろとろにさせるため。一切の余計なものを排除して、どっぷりと快感だけに浸るため。
 時折わざと指を激しく出し入れして、湿った音がよく聞こえるようにする。

「ぐちゅぐちゅ、もっと、ぐちゅぐちゅする……!」
 ぐねぐねと指同士を擦り合わせるように交互に挿入を繰り返す。
 きゅ、きゅ、とうねる内部が指を締め付ける。
 きつく圧迫されると、ふとももから足元まで快感が走り抜ける。
「ぅ、ぅう……あ……あ、あん、やぁ……」
 まったく無意識のうちに、余っていた左手は胸を弄り始めていた。
 無遠慮に、ぐいぐいときつく揉んで、こねる。
「あ……っ! んっ! あ、あ、だ、め……っ!」
 二箇所の刺激のタイミングがうまくあうと、瞬時に意識を飛ばしそうなほどの強烈な快感を得る。
 うっかり、あっという間の絶頂を迎えそうになって、慌てて指の動きを止める。
「まだ……もっと、もっと」
 まだ終わらせてしまうのはもったいない。
 せっかくこんなに敏感になっているのに。
 そっとパジャマのズボンと下着に手をかけて、まとめて膝の上までずり下ろす。
 仰向けから、ややうつ伏せ気味に姿勢を変える。

 ぐちゅ……
「ん、ふ……ぅ」
 少し波が落ち着いたところで、また指を使い始める。
「ん……く、ぅ、あ……んっ♪」
 ぞわぞわと、また背筋を絶頂の波が昇っていく。
 今度はゆっくりと。
 指を出し入れしたり、中で擦り合わせたり、一気に奥まで突いたり、時折抜いたり。
 調整しながら、少しずつ高めていく。

「は……ぁ……はぁ、あ……ふぅ……ッ」
 極度の快感を堪えるように、獣のように荒く息を吐く。
 ぐちゅ、ぐちゅ……
 早く絶頂を迎えて至福の快楽を求めたい気持ちと、もっと長く一番ぎりぎりのところを漂いたい気持ちのせめぎあい。

「あー……はぁ……ああ……はぁ……♪」
 全ては自分の思うがままに。
 自分で自分を好きなようにできる。
 誰かに奉仕させるのも大好きだ。
 でも、私の体を好きにできるのは私だけだ。
「ふ、ぅ……あ、あ……くっ!」
 かちかちになっている乳首の先を、ぴんと爪で弾いたり。
 強く大きく胸を揉んで、瞬間的にふわりと絶頂に近づくスリルを味わったり。
「ぁ……ぐ……ぅ、はぁ、はあ……っ」

 動いたり、止めたり。
 焦らす自分も、焦らされる自分も、大好きだ。

「は……ぁ……あ、は……ん……ぅ、うっ」
 ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぐちゅっ。
「ふ……ぅっ! あ、あ、あ、き、ちゃう、きちゃう……ッ! だめ、まだ……!」
 じゅちゅ! じゅちゅっ!
 じゅ……

「ーーーッ……!」
 なんとか、手は止まってくれた。
 脳まで絶頂のサインが届きそうになるのを、歯を食いしばって耐える。

「く……は……ぁ」
 はぁ。はぁ。はぁ。
「あと……もう少し……だけ……」
 目を閉じて、シチュエーションを夢想する。
 早くイかせて。懇願するのは自分。
 まだダメよ。意地悪に笑うのも自分。
「あ……あああ、ん――」
 引いていこうというところで、またすぐに指で膣内を激しくかき回す。
「い……ま……なら」
 思い切って。
 三本目の指を、そこに、差し込んだ。

「うぁ……あ、あああッ!」
 ぎちぎち。指をきつく締め付ける。
 膣壁は、貪欲に新しい指をも奥まで取り込もうとうねる。
 反射的に指をまとめて引こうとすると、逃がすまいとさらに締め付けて吸い込む。
「あ、や、すご、すぎ……うっ、あ、あああっ」
 一度。二度。
 ゆっくりと往復させただけで、重い衝撃が全身を襲う。

「だ、めっ、すぐに……すぐに、き……」
 お尻を。足を。背中を。腕を。首を。
 体内の血液を全て真っ白に塗り替えていくように、快感が伝わっていく。
 ずぷ……ずぷ……
「あ、あ、あ、い、く、イっちゃ、う、もう、無理……もうっ!」
 ごめんなさい。涙を見せてひざまづくのは自分。
 無様にイってしまいなさい。嘲笑するのも自分。
 ずぷっ。ずぷっ。ずぷっ!

「っく、あ、あ……」

「あ……イ……い……っ」

「あ――あ、あっ……う……あ、ああぁ――――――――――ッ!!」

 脚も、背中も、首も、いっぱいに伸ばして。
 ぴんと張り詰めた体中に至福の快楽を巡らせる。

「――っ、あ、あ」
 焦らされ焦らされて得た絶頂は、すぐには終わらない。
 軽く指を動かすだけで、沈み行く前にもう一度ピークを迎える。

「か――はぁ……っ!」

 何度も震えて、できる限りの快感を引き出してから。
 ゆっくりと、沈んでいく。

「あ……は……はぁ……」

「……は…………ぁ…………」

「あ……は……さいこう……♪」

 ぬるり。指を抜く。

「ん……♪」
 抜いた指を顔の前に持ってきて、広げる。
 指の間で、白濁した粘液がねっとりと糸を引く。
「んふふ……やーらしい……♪」

 私だけの幸せな時間。
 ひとまず一区切り。



 さて。
 五分もすれば我に返ってくるというもので。

「ぐ……ぐぐぐ」
 手を伸ばして、ベッドサイドに置いていた時計を手に取る。
 息を切らせながら、それを掲げて、目の焦点をなんとかしっかりとあわせて、表示を見る。
「三月……」
 日付も表示でき、時分までほとんど狂うことの無い自慢の時計だ。
 電池が切れている様子も無い。体内時計も、今の日付くらいが妥当だろうと教えてくれている。
「どういう……こと」
 暑すぎる。この季節にしては。
「それに……この空気……あ、ふ……」

 ことん。
 時計を枕の横に置く。
 視界がぼや、とまた歪んでくる。
 ……
 ……

「え……と、なんだっけ……」
「……」
「うぅん……難しいことなんてどうでも……いいわ」

 ほら。
 そんなことより、体が求めていることに応じてあげないと。
「あんっ……♪」
 つぷり。
 まだまだ熱く燃え滾っているヴァギナは、歓喜に震えるようにうねりながら私の二本の指を受け入れる。
「はぁ……♪ すごいわ……まだまだ、いけそう……」

 考えることなんてあとでいい。
 せっかくこんな幸せな時間を得たのだから、何度でも、何度でも、すればいい。

「んは……ぁ、あ、あん……いい、すごい、あ……っ」



*********************************



「全部入りました」
「はーい」

 私の合図を受けて、幽々子さまは<スキマ>の入り口を閉じる。
 私は袋をしまってから、ため息を一つついた。
「もう、かなり集まったと思いますが」
「まだまだ、倍くらいは欲しいわねえ」
「倍……ですか」
 気の遠くなりそうな話だった。

 幻想郷の主に妖精たちから集めてきた春を、袋に詰めて持ち帰る。
 そして、<スキマ>の中に移し変えて保管。
 この作業をすでに何度繰り返してきただろうか。

「まだ容量的には余裕がありそうだからねえ」
 <スキマ>は確かにちょうどいい広さの密閉空間だった。一時的に春を保管しておくにはこれ以上の場所はない。
 何も考えていないように見えるのに、作戦を立てるときはこういう細かいところまでちゃんと考えている――こともあるから、幽々子さまは凄いと思う。
「春が終わる前に集め終えられるでしょうか……」
 ここまで集めるのも、決して楽な話ではなかった。
 むしろ、茨の道だった。
 それでも、思う。
 自分で集めた<春>に自分が狂わされることがないのも、ある程度落ち着いてことを進めることができるのも、ここまでしっかり修行をした成果だ。
 いったいどこまで計算されているのか、実に不思議だった。
「なんとかなる、なる」
「だといいのですが」
 ペースを考えると厳しいように思える。
 が、幽々子さまが大丈夫というからには大丈夫なのだろう。

 ぐ、と袋を握り締める。
 まだ先は長そうだ。
 私もペース配分を計算していかないと。
「明日からまた、頑張りましょう」
「はい!」
 気合を込めて返事を返す。

 まあ。
 やることはといえば、幻想郷で弱そうな妖精や妖怪を見つけては襲うというなんともアレなのだが。

 もちろん、性的な意味で。



*********************************



「ひ……」
 首元に突きつけられた刃先を見つめながら、小さな妖精はおびえた声を出す。
 少し下がって逃げようとするが、すぐに同じ距離だけ刀を前に押し出して、それを許さない。
「怯えることはない。抵抗しなければ痛い目にはあわない」
 というより、怯えてもらっては困る。春が逃げていくから。
 そんなわけでできる限り優しい声で言っているつもりなのだが、なかなか私の気持ちは伝わりにくいようだった。
「余計なことをしなければ、ほんの十分もあれば終わる。大人しくすると約束するか?」
「……っ」
 こく、こく。
 刃先を見つめながら、真っ青になって妖精は首を縦に振った。
 ……ふう。私はため息をついて、刀を引く。
 すると、妖精は素早く飛び立って、逃げ――

「はいアウト」
 がし。
 しっかりと、腕を捕まえる。
「約束を破るのは、悪い子だ」
「あ……ぅ……」
 ぽろ、ぽろ。
 妖精は涙を流して、目を閉じる。
「……む」
 これは困る。
 泣かれてしまうのは本意ではない。
「泣くな」
「うっ……ううっ」
「ぐう」
 困ったものだ。
 たいした春も持っていないくせにこんなところで手間がかかる。やはり妖精は効率が悪いか。
 仕方ない。
 そっと頭に手を載せる。
「怖がらせて、ごめん。酷いことはしないから、安心して」
 できるだけ優しく、撫でる。
「えうっ……っ、本当、に……?」
「ああ、本当だ」
 彼女は、恐る恐る、顔を上げる。目が合う。
 私は優しく微笑みかける。
 安心したのか、彼女は表情を緩めた。

 よし。
 ということで、体を押さえつけながら一気に服を剥ぎ取る。

「……ふ……ぎゃああああああああああっ!?!?!?」
 物凄い悲鳴が周囲に響き渡った。



*********************************



「うーん」
 袋に詰めた、ほんのわずかな春を眺めながら、悩む。
「優しくしているのに、どうしてあんなに怖がられるのかな」
「それを本心から言っている妖夢が私は好きよ」
「ありがとうございます」
 意味は良くわからないが、褒められたのでお礼を言っておく。
「まあ、そうね。改善できるところからしていきましょうか」
「できるところ、といいますと」
「まず顔が怖いのよ」
「ええ!?」
 ば。
 両手で顔を挟むように押さえる。
 ……試しに撫でてみたりするが、さらさらとしており、特に乾燥肌で酷いことになっているとか、荒れているとか、しわがよっているという感じはしない。流血しているわけでもない。
「……私、怖いですか?」
「怖いっていうか、迫力があるのよね。真面目で硬い表情が染み付いてるから」
「はあ」
 普段であれば、それはいいことだ。威圧感は重要な武器だから。
「そこで、考えがあるのよ」
 自信満々に頷いて、幽々子さまは、言った。



「……あの」
「うんうん。可愛いわ」
 謎のお面を被らされた私は、とりあえず、手を上げた。
 まるっこい、なんというか、確かに可愛らしい顔立ちのキャラクターだった。どこからこんなものを手に入れてきたのか。
「いえ。その。理屈はよくわかるようなわからないようななのですが」
 素直な感想を言う。
「前が……よく見えません」
「なんとかなるでしょう。達人なら完全に目を閉じていても敵の姿や攻撃が見えるし相手を絶頂に導くことも出来るって言うじゃない」
「後半はまったくもって初耳ですが、そもそも達人ではないので少々厳しいように思います」
「でも、これで相手が怖がらなくなってくれたら、戦わなくてもすむかもよ。そしたらずっと楽でしょう?」
「なるほど、一理あります。……ちなみに、この愛嬌のあるお面は、なんなのでしょう」
「んー? よくわからないけど、紫が持ってた。確かね、外の世界のヒーローだって言ってたわよ」
「ヒーローですか。こんな顔で」
「なんでも力尽きそうな人を見つけたら、俺の顔を食べろとか言って顔を引きちぎって与えるという――」
「怪談じゃないですか! やめてくださいよー」
「えー、いい話じゃない。食べ物をくれるんだから」
「うう。怖いです……勘弁してください」
「むー」
 幽々子さまは不満げだが、これに関して言えば、私のほうが正常な反応のはずだ。
 ……聞かなければよかった。人(?)は見た目によらないとはよく言ったものだ。
「でも、ま、可愛いでしょ。問題ないない」
「はあ。それは、まあ」
 よし、と幽々子さまは私の背中を押した。
「これならきっと大丈夫。喜んで体を預けてくれるでしょう」
「はい! では、行って参ります!」



「動くな。そこの妖精、大人しく――」
「え? ……ひっ……ぎゃあああああああああああああ!?」
「あ、こら、騒ぐな……」
「何! 変質者!? いやああああっ!」
「え、いや、決して怪しい者では」
「このあたりは巫女もあんまり通らなくて安全って聞いてたのに! 騙されたわ! こ、こんな変態が出るなんて聞いてないよっ……」
「あーそのえーと、とりあえず落ち着こうか。刀、本物だから。刺さると痛いよ。本当」
「う……うう、うう……」



「うーん」
 袋に詰めた、ほんのわずかな春を以下略。
「ますます怖がっていたような気がします」
「そりゃあそうよねえ」
「え?」
「いえいえ何でも。そうね、顔だけじゃ不十分だったのよ。顔だけ可愛くしても、体からはそのまま殺気が漏れ出しているから、かえってアンバランスになってしまったのが問題よ」
「なるほど、そういうものですか」
「そうそう」


 ……
「……」
 謎の、こう、なんというか。
 きぐるみ? というのだろうか。何故、魚なのかはわからないが。
 ……私の今の姿は、どうなっているのだろう。
「……わあ」
 とりあえず幽々子さまの反応が、割と微妙感を表現していた。
「……いってきます」
「いってらっしゃーい」



 ……
「今、気付いたのですが」
 頭にちょこんと、猫の耳を象ったヘアバンドをつけて。
 ため息を吐きながら、私は、言った。
「なあに?」
「私、遊ばれてますよね?」
「うん」
「……」



*********************************



「さて、そろそろ本気でやり方を少し改造してみましょう」
「今までのはまったく本気じゃなかったんですね……?」
「とりあえずねえ、いきなり脅しで入るからダメなのよ。うん」
 ガン無視である。
 うん。慣れている。
「はあ。そんなに脅しているつもりはないのですが」
「まだまだ世間ズレは大きいわねえ。――というわけで、はい」
 幽々子さまは、私に何かを手渡す。
 ……薄い本のようなものだ。
「台本」
「……台本?」
「それの通りにやれば大丈夫よ。きっと」
 どれどれ。
 表紙をめくって、中を見てみる。

 ……

「そこの道行くお嬢様。――そうそう、君だよ。ちょっと道を尋ねたいんだけど、いいかな?」
「いいや。私が知りたいのは、君との未来を築く道さ」
「教えてくれないのかい? それなら、私が教えてあげるよ。ほら――手を取って。さあ行こう」

 ……
「……幽々子さま。あの」
「これでばっちり百点満点、合格間違いなしよ〜」
「……あ。あー。こほん」
 幽々子さまが、期待しているのであれば。
 やってみるしかないのだ。
「『私が知りたいのは、君との未来を』……」
「……」

 ……
 うん。無理。

「す、すみません幽々子さま、私はこれを笑ったり照れたりせずに言える自信がありません」
「妖夢なら大丈夫よお。ほら、魔法の力で強制的に笑わせられるのにも抵抗できるようになったんだから」
「……!」
 まさか。
 幽々子さまはここまで全部計算していたということなのだろうか。……信じがたい。
「……」

 ……
 だとして、それとこれは全然違うと思う私であった。



 結局のところ。
 予想されたとおり、その後もいまいち効率は上がらないまま、時間だけが過ぎていくのだった。
 そして――



*********************************



 刀に手をかける。
 じわり。手に汗が滲む。

「待っていたわ」
 風が吹く中、幽香の声がノイズに混じって届く。
 彼女の表情は、いつもどおり涼しげだった。
「来ると思っていた。そろそろね」

 傘を左手に持って、だらりと自然に下げて。
 視線は、私を貫く。

「風見幽香。手合わせを願います」
「素敵な挨拶。でも、ここでいいのかしら? 空中だと、刀で戦うのは踏ん張れなくて不利なんじゃなくて?」
「何も問題はありません。あなたこそ、ここではいつもの植物には頼れませんよ」
「頼る? 私が何に?」

 ――こうして話しているだけでも、やはり、びりびりと空気を振動させるような威圧感を発していることが感じられる。
 私とて、あの巨大植物に頼った戦い方が幽香の切り札なのだとは思ってはいない。だがそれでも、一対一に持ち込めるだけでも意義は大きいはずだ。
「……」
 気圧されないように、ぎ、と強く睨みつける。
 思えば私は幽香の戦い方をまったく知らない。
 逆に幽香には、先日の時点で完全に私の刀筋を観察されている。
 最初から不利な状況であることは明白だ。
 ならば、負けてもともと。
 恐れることは何もない。
「そう。いい目をしているわ。成長したわね、短い間に」
「おかげさまで」
 今なら、抜ける。
 もう怯えるだけで終わる自分ではない。

「一つ忠告してあげるわ。やるなら、殺すつもりでかかってきなさい。一撃で、容赦なく」
「……」
「怖気づいた?」
「いいえ。まったく。忠告頂いたとおり、本気でやらせていただきます」
 こく。
 幽香は満足そうに頷いた。

「春を集めているんでしょう? あなたたち」
 幽香の言葉は私に、そして、離れたところで私たちを見つめている幽々子さまに。
「あれから少しは学んだことがあったなら」

 ふわり、と。
 どういうわけか、彼女は穏やかすぎる笑顔を見せる。
 いつものように。
「私から奪ってみせなさい」
 大丈夫。
 私は、やれる。



 幽香の実力は未知数だ。
 だが、一つ、自信を持って言えることがある。
 速度なら、私が優る。
 幽香の身のこなしを観測してきたが、本気を出しても俊敏な動きができるようには見えなかった。
 ならば。
 一点突破、この優位点を最大限に活かそう。
 最小の動きで最高の速度で決める。
 二刀目はいらない。

 刀を抜いたら、即座に動いた。
 力を抜いてまったく構えを取らない幽香に向かって、まっすぐに突っ込む。

 罠かもしれないなどと考えても仕方が無い場面だ。
 相手の手がまったく予想がつかないうちから、いつもと違う行動をして自滅する愚を犯す必要は無い。
「は――っ」
 幽香は、右手をすいっと上げた。
 その瞬間に、私の視界は真っ赤に染まった。

「!?」
 ブレーキをかけて、突撃を止める。
 全身に、ばさばさと何かが覆いかぶさってくる。
「ぐ」
 腕に、脚に、痛みが走る。
 一瞬遅れて私は、無数のバラの花に包まれていることに気付く。
 花びらが視界を奪う。
 トゲが肌を刺す。
 風に乗って、バラの花は次々に私を包囲してくる。

「ぐ……くっ!」
 考えている暇は無い。
 斬るのみ。

 刀を振る。
 狙わずとも、適当に振れば必ずバラの花に命中する。
 すでに、それくらいの密度のバラに覆われていた。
「せい――ああっ!!」
 振る。斬る。振る。斬る。
 花びらが舞う。
 視界は完全に奪われている。
 今ここで後ろから、いや、どこかから幽香に襲われたらなすすべがないかもしれない。
 焦りながら、次々にバラを斬っていく。

「邪魔だっ!」
 斬っても斬ってもなくならない。
 そうしている間に、トゲによって腕に作られた傷から血が流れ出す。
 刀を持つ手にも、血が伝う。
 まずい。このままでは状況が不利になっていくだけだ。

 すぐさま方針を転換する。
 刀を後ろに引いて、中段に構える。
 スマートなやり方など思いつかない。
 私がいまやるべきことはひとつ。
 強行突破だ。

「道を開け!」
 視界が完全に遮られていようとも。
 無数のトゲが肌を刺そうとも。
 構わず、真っ直ぐに進む。
 このまま終わってなるものか。
 まだ私は、幽香に手を伸ばせてもいない。

 トゲが肌に絡みつき、傷を増やしていく。
 幸いなのは、それで動きを止められることはなかったということだった。
 つまり、まだ終了ではない。
 脱出は可能だ。可能のはずだ。
 どこに向かって飛べばいいかは、迷う必要は無い。
 幽香なら、きっと――

「うおお――おおおおっ!」
 もっと速く、速く。飛べ。
「邪魔をするな! 私は――私は」
 切り開け。
「幽香と戦いに来たんだ――!」

 飛び続けて。
 刀を一度も振らず。
 やがて――

 ぱ、と視界が開けた。
 真っ赤な海を抜けると、青空が私を出迎えた。
 そして。
 彼女はまっすぐ先に、いた。
 読みどおり、最初の場所から全く動かずに。
 穏やかに、微笑んでいた。

「やるわね」
 止まらずに飛ぶ。
「覚悟!」

 最速で、もっとも避けにくく、受け流しにくい動きで。
 真っ直ぐに、胸を突きに行く。
 風を追い越すほどの速度で。
 自分の声を追い越すほどの、圧倒的な速度で。
 限界まで速く。

 その距離はもうわずか。
 私が薔薇の樹海を抜けてから、僅かに一秒と少し。幽香は先の言葉を言い終えたかどうかというほどのタイミング。
 この一撃は、誰にも避けられない。

 幽香の右手が、前に出た。
 何をするつもりなのか――確認する必要はない。
 私は、このまま貫くだけだ。
 最後の一押し。
 刀が、真っ直ぐに正確に、幽香の体を貫く。
 ――もはや、それ以外の展開はありえない、はずだった。

 手に強い衝撃が走る。
 刀の動きが、急激に止まる。
 幽香の体に届く、数センチ手前で。

「……は?」
 思わず、間抜けな声を出してしまった。
 目の前に見た光景が、あまりに現実離れしていて。

 幽香が。私の刀を、刀身を、掴んで、止めていた。
 素手で。

「いいこと教えてあげる。私ね、足が遅いから」
 にこり。
 最高に爽やかな笑顔を見せて、幽香は、言った。
「こうやってわざわざ近づいて来てくれる子は大好き――よ」
 幽香は傘を放り投げて、左手で私の腕を掴む。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。
「……ぐ……!?」
 慌てて振りほどこうとするが、びくともしない。
 ぐわり。
 腕ごと、私の体が持ち上げられる。

「ふっ――!」
 初めて聞いた幽香の気合の声と同時に。
 私の体は、垂直に地面に向かって投げつけられた。

「ちょ……え、ああ、あ!?」
 自由落下の速度など比ではない。
 風圧で体が削られてなくなってしまうのではないかと思うくらいの勢いだ。

 いやいや。いやいや。
 腕をつかまれた時点でもう勝負ありだろうに。
 ここまで。
 しなくても。

「……え……え?」
 ちょっと。ブレーキなんて利かない。こんな勢い、止められない。
 ええと。
 この勢いで地面に叩きつけられたら。

 死……ぬ……

「ちょ、ま……うあああああああ!?」

 めりめり。
 めりめりめりめりめり。
 叫び声をあげるとほぼ同時に、私の体は何かに触れた。
 それはめりめりと音を立てながら、私の全身をあっという間に包んでいった。
「い……だあだああああだっ!」
 ――ゆっくりと。私の落下速度を削りながら。
 私の視界を、緑色のもので埋め尽くしていく。
 そして、私は、地面に叩きつけられることなく、宙に留まる。
 全身を蔓に巻かれて。
「は……は……は……あ……」
 ……
「はは……は……は」

 私は、何重にも突き破ってきた、蔓で出来た網を見上げながら、ただ乾いた笑いを繰り返すことしかできなかった。



*********************************



 斬れないものなどない名刀だと思っていたが、例外もあるということを学んだ。
「別に。誰でも使える護身用の障壁を掌に集中させただけ。特別なことじゃないわ」
 などと、まるで「明日から君でもできる! 初歩からの護身術」かのようにあっさりした口調でネタを明かされたわけだが。
 いやいや。それって失敗したら無防備で攻撃を受けてしまうんですが。
 少なくとも、私には、無理すぎる。

 とりあえず一つわかったことがある。
 幽香の強さは、能力はほとんど関係ないということ。
 要するに、もっと簡単な話。
 純粋に、ケンカが強いのだ。

「妖夢もまだまだね〜」
 観戦に徹していた幽々子さまは軽く言った。幽香の神業に驚いた様子もないのがこれまた恐ろしい話だった。
「じゃ、あとはよろしくー」
「え?」
「しっかり春をもらって帰るのよ」
「え? え?」
 幽々子さまは一方的に言い放つと、あっさりと立ち去ってしまった。

 残されるのは、勝者たる幽香、敗者たる私、二人。
 ……
 え?

「意外と抜け目ないわね、あなたの主人。しっかりと私の動きを観察していたわ」
「……実は私、幽々子さまがどのような戦い方をするかもよく知りません」
「予想がつきにくいわね。ただ、あまりやりあいたくないタイプのような気がするわ」
 幽香の言葉に、少し、驚く。
「幽香が弱気とは、珍しいですね」
「前にも言った気がするけど。私は、そんなに強いわけじゃないの」
 ……うーん。
 今、このタイミングで、そんなことを言われても。
 と、思わざるをえない。
「別に、恐れているわけじゃないわよ。ただ、観察力が尋常じゃないわね。私と花の関係について見抜かれたのは初めてだったから、私も今回は逆に観察してみたんだけど」
 落ち着いた声で、幽香は言う。
「試しに私があいつの前にもバラを一本撒いてみたら、花の出現と同時に扇子で受け止めて、扇子のデザインの一部みたいに飾ってたわ」
「……」
 私との戦いの間に、そんなことまでやっていたのか。
 ……少し、次元が違う。

「まあ、そんな話はいいわ。戦いの時間は終わり」
「あ。そうです。幽々子さまはどういうつもりで……」
「あら」
 ふ。
 幽香は、穏やかに微笑んで、私の肩に手を置いた。
「勝者が、敗者の体を好きにしていいのがあなたたちのルールなんでしょう?」
「えっ!? い……いや、確かにそう……してきた、わけですが」
 幽香に、好きにするとか言われると。
 ……
 どちらかといえば、恐ろしい想像をしてしまう。
 ……
 私も花は好きになったけど、花の栄養にはなりたくない。

「少し、話を聞かせてもらうわ」
 などと考えている間に、展開は進む。
 幽香はのんびりした口調で言う。
 私は、春をもらって帰れと言われた以上はこのまま立ち去るという選択などあるはずもなく、頷くことしかできない。
「今までもただこうやって戦って屈服させて、それで普通に頂いてただけ?」
 頂いてた。
 春を。
 性的な意味で。
「はい」
「まだ、わかっていないのね」
 とても残念そうに言われた。
「それは非効率だわ」
「ですが、このときのために鍛えていただいたおかげで、春の取り出しはかなりうまくいくようになっています」
 春の取り出し。
 えっちをすること、ひいてはイかせることだと言い換えて問題ない。
 鍛えていただいた。
 手を変え品を変え色んなモノに襲われて乱れさせられたと言い換えて問題ない。

 ……
 私だって、露骨に言うのは恥ずかしいのだ。……許して欲しい。

「ダメね」
 簡単に否定される。
 一瞬、婉曲的な表現にダメ出しをされたのかと思ったが、そうではなかった。
「テクニックは必要なもの。だけど、それでは三割。合格点はあげられないわ」
 いつから試験になったんだろう。
 幽香はぽん、と掌を私の頭の上に置いた。少しびくっと怯えてしまうが、手の置き方が優しいことがすぐにわかったので、抵抗せず大人しくする。
「前にも言ったでしょう。あなたには大切なものが欠けている」
 幽香の手は、私の頭を撫で始める。
 くすぐったく感じたが、すぐにそれが心地よくなってくる。不思議な感覚だった。
 言葉はそこで一度止まる。
 不思議に思って、顔を上げて幽香の表情を覗き込もうとするが、それは叶わなかった。幽香は今度は頭の後ろに手を回して、私を抱き寄せたのだ。

「わ……」
 さすがにこれは恥ずかしい。
 と、思うのだが、抵抗などできるはずもない。私が何をやっても敵う相手ではないことは思い知らされたばかりだった。
「あ……あの……?」
 ――いや、そんな理屈の話でもなかった。何故か、辱めを受けるわけでもなく、馬鹿にされているわけでもないことが直感的にわかっていた。
 ……
 ううん。それも嘘。
 本当は、抵抗なんて、するつもりもない。
 抱きしめられた瞬間から、私は――

 私の問いに答えることなく、幽香はただ抱きしめて撫で続けるだけだった。
 緊張で硬くなっていた体から、少しずつ力が抜けていく。
「あなた、こうして誰かを優しく抱きしめてあげたこと、ある?」
「……ありません」
 これは、子供をあやす行為ではないのか。
 私には縁の無いことだった。
 このような行為は、人を侮辱するようなものなのではないか。
 そう思っていたから。
「素直に受け止めてくれているわね。どう? 今の気持ちは」
「不思議です」
「具体的に」
「力が抜けて……安らかな気持ちです」
 幽香は私を抱きしめたまま、また頭の後ろを撫で始める。
 今度はさきほどと違って、くすぐったさはなかった。ただ、気持ちよかった。
 ただ。
 何故か熱くなっていって止まらない顔を、見られたくなくて、俯いた。

「少しはわかったかしら」
 幽香の声が、なぜか遠くから聞こえるような気がした。
 だけど、はっきりと聞こえる。
「何が、ですか」
「心を繋ぐということ。感覚を繋ぐということ」
 一度、間を置いて、幽香は、はっきりと言った。
「愛」
「……これが?」
「実感はまだわかないかもしれないわね。でも、すぐにもっと思い知ることになるわよ」
「あっ」
 幽香の手が下がって、背中に達する。
 きゅ、と引き寄せられる。
「今日は特別。素敵な時間をプレゼントしてあげるから」

 くい。
 顔が上がる。幽香の手が、私の頭を掴んで上げさせたのだ。
 微笑む幽香と、目が合った。
「受け入れなさい。拒否は、許さないわ」
「――っ」
 ぞくり、と。きた。

 恐怖とは違うその感覚に戸惑う私の唇は、柔らかいものに包まれた。



*********************************



「ぁ、あ、あ……んんぅっ」
 ふわふわと空を浮いているような、ゆらゆらと海の中を漂うような、それでいて安心感があるような、奇妙な感覚だった。
 幽香の手が私の体に少し触れるたびに、声が抑え切れないほどの甘い痺れを感じる。
 幽香は本当に軽く触れて撫でるだけなのに。決して敏感なところに触れているわけでもないのに。
「なに、なにこれ、こんなの……」
 こんなの、知らない。
 全身が性感帯になっているかのようだった。
 何か変な魔法や薬を使われたわけでもない。
 それなのに、体がとても熱い。熱いのに、不快感はまったくない。

 ――すごく、気持ちいい。

 幽香は私を抱きしめながら、何分も、もしかすると何十分も、全身を撫でたり唇を重ねたり、それを繰り返していただけだった。
 快楽に慣らされた私の体は、その程度の刺激ではもどかしくて、どうしてやるならもっとやらないのだろうとずっと焦れていた。
 触って欲しいところには全然触ってくれなくて、意地悪をされているのかと思った。
 それなのに、これはなんなのだ。
「ふぁっ……んんッ!」
 つつ、と軽く爪を立てて背中に指を這わされると、それだけで全身がびくびくと震えてしまう。
「なんで、なんで……」
「そんなに不思議かしら」
「ひゃんっ」
 幽香の耳元への囁きが、また、甘く私を愛撫する。
「あなたの体が私を受け入れるための準備ができた、それだけのことよ」
「受け……入れ……?」
「体と、心と。あらゆる緊張を解して、丁寧に障壁を取り除いていくの。本当の意味で裸になるのよ。そうすると、こう」
「あ、ひゃぁッ! ん……きゅ」
「余計なものを取り払って、一番原始的なところで触れ合うの。そして」
 ふに。
「〜〜〜〜ッ!!!」

 いつの間にか背中から腰へ、そして脇のほうへと回ってきていた指が、微かに膨らむ乳房の裾野を捉えた。
 とてつもない。
 とてつもない衝撃が、脳を駆け抜けた。

 目の前が真っ白になった。全身で落雷を受けたようだった。

「ぁ……ぁ……」
 びくん。びくん。
 二度。三度。震える。
 視界が歪む。
 たったあれだけのことで、ほんの少し触れられただけで、信じがたいことに、絶頂に達していた。

「……っ、はぁ……はぁ」
 強烈すぎるようでいて、でも、辛くない。
 もっと受け止められる。もっとしてほしい。
 これからもっと凄いことになるのかと、胸は高鳴り続ける。
 同じように頬を染めて、わずかながら息を荒くしている幽香の顔を見て、さらに大きく、どくん、と心臓が跳ねた。
「さあ」
 脳に直接、声が響いてくるような、感覚。
 ふわふわと、夢の中を漂っているような、感覚。
 私は、こんなのは、知らない。
「あなたの全てを、捧げなさい」
「……は……い」
 今度は自然に、私のほうから幽香の唇を求めた。爪先立ちになって、身長差を縮める。
 ほとんど無意識だった。ぼーっとしているからこそできたことだった。普段の私なら、絶対にありえないことだった。
 それでも今は、求めることが自然なことのように思えた。



「あ――あ――あああ……っ!」
 びく。びくん。
 私たちは、立ったまま。
 抱き合ったまま。
 幽香の膝に跨って、私はそれに擦りつけるように動いて、簡単に果てていた。もう、幾度目か。
 こんなに絶頂を迎えているのに、全然辛くなかった。
 疲れも感じなかった。
 魔法にでもかけられた気分だ。
「ふふ……またイったのね。可愛いわ」
「は……あ……」
 さっきから、ずっと。私ばかり。何度も。
 幽香はといえば、表情や声から興奮は伝わってくるのだが、私が少しでも愛撫しようとするとそれを押し留めた。
「……幽香……も……」
「私のことはいいの。あなたは、ただ受け入れていればね」
「……でも」
 そう言われてしまうと従うしかないとわかっていても。
 勝ちとか負けとかじゃなくて、私は。
「ずるい、です。私も幽香に……気持ちよくなってほしい」
「……」
 幽香は、ただ微笑むばかり。
「ありがとうね。その気持ちだけで十分気持ちいいわ、私は」
「そんな」
「そんな悲しい顔しないで。嘘じゃないのよ」
 ぽん。幽香の右手が、私の頭を撫でる。
 ……
 これだ。いつも、撫でて誤魔化してばかり。

 ……いつも誤魔化されてしまうのが、私。

 不満げな顔を隠さない私を見て幽香の微笑みは苦笑いに変わる。仕方ないわねえ、なんて言いながら、手を頭から降ろす。
「ん……っ」
 幽香は自分のスカートの下から、股の間に手を差し入れた。
 驚いている間に、幽香はすぐに手を抜いて、その指を私の顔の前に掲げた。
 二本の指の間に、つつ、と透明な粘液が橋をかける。
 とろりと、ゆっくりと橋は崩れていく。
「どう? これで満足かしら?」
「あ……う」
 幽香が。幽香の。
 これがあの、いつも澄ましている幽香の。
 幽香でもやっぱり、こうなるんだ。
 ……ドキドキする。
 幽香の、えっちなところを、少しだけ垣間見て。
「まったく、私にこんなことまでさせるなんて、あなた――きゃっ!?」
 私は、幽香の言葉が終わる前に。
 幽香の指を、口に咥えていた。
「ちょ、ちょっと、何――んっ……」

 ちょっと固くて、力強い指。
 私はそれを味わうように、舌を這わせる。

「ひゃ、う、う……こ、こら、やめなさい……」
 幽香の表情が歪んでいる。
 ああ、そうだ、思い出した。
 幽香はくすぐったいのに弱いんだ。
 ……ふふ。
「ひあっ!? う、あ……ん、うう」
 幽香は空いているほうの手で、私の頭をぐい、と押す。
 軽い力だった。簡単に抵抗できる。
 私は構わず、指先、一番敏感なところを舐める。
「ん……ちゅ……」
「……ッ! ひゃふ……こ……いい加減に――!」
 ぐい。
 今度こそ強い力で、引き剥がされた。
 ちゅぽん、と指が口の中から抜けていく。
 ……ああ。残念。

「……」
 幽香は、はぁはぁと息をついて、顔を赤くしながら私を睨みつける。
 それだ。……その顔が見たかった。
 私は幽香の真似をして、にこりと微笑んでみる。
 ……うまくできたかどうかわからないけど。

「……そう。私の言うことに歯向かってその態度。いい度胸だわ」
 ぐいっ。
「あっ」
 今度は、服を引っ張られて、引き寄せられた。
 ……
 幽香の顔が、目の前に。
 熱い呼吸がぶつかり合う。
 幽香は間髪入れず、また私の唇を奪った。
 今度は優しさなどどこへやら、強引に。強く。急に。
 ……急なのはいつものことか。
「……ん……」
「ん……は……ぁ」

 唇を離す。
 見詰め合う。
 ……幽香の顔に、妖しい笑みが戻っていた。

「覚悟しなさい。私を辱めたこと、後悔させてやるわ」
「――骨が溶けるほど、全力で愛してあげる」



 はぁ……はぁ……はぁ……

 完全に脱力して、幽香の体に覆いかぶさったまま、
 呼吸を続ける。
 自然、二人とも指同士を絡めあう。
 目を閉じたまま、手探りで。

 肌を重ね合わせて、心臓を重ね合わせて、お互いの鼓動と呼吸を聞きながら、何も話さずにゆったりとそのまま過ごす。
 気がつけば、肌を撫でていく風もいつの間にか暖かくなっていた。おかげで、体はまだ熱いまま保っていられる。

「ほら……春があふれ出しているわよ」
「……え?」
 気がつかなかった。
 この暖かさは、そうだ。目を開けてみると、私たちの周囲には春があふれていた。
「わ……」
 今まで春を集めてきたが、その総量に匹敵するか、上回るほどの量だった。
 少し、信じられなかった。ここまでの春は見たことがない。
「わかったでしょう? 今まであなたがいかに効率の悪いことをしてきたか」
「……嘘、みたいです」
「愛は偉大なのよ」
「……」
「でもまだあなたは、私の愛をただ受け入れただけ。まだ、半分。いつか自分から本当に愛することを覚えたら、もっと高みを目指せるわ」
「……あなたの場合は、本当に、愛する対象は花なのですか」
「ええ。――残念?」
「だ、誰がそんな……っ。……そんなことは、ありません」
 うう。
 嫌な笑い方だ。

 ……でも。
 悔しいけど、不快ではない。

「あなたも、花を本気で愛せるようになったなら、また私のところに来なさい。弟子にしてあげてもいいわ」
「虐められそうです」
「虐めるわ。ものすごく」

 暖かい風だった。
 暖かい体温だった。

「早く集めないと、逃げちゃうわよ?」
「……そうですね」
「私は別にいいんだけど。暖かいほうが花も元気になるし」
「私が、怒られてしまいます」
「そうね」
「でも」
 絡めた指に、軽く力を込める。
 幽香は微笑んでいた。たぶん、私が次に言う言葉もわかっているのだろう。
 少し恥ずかしかったが、それでも今だけは自然に言えるような気がした。
「もう少しだけ、こうしていたいです」

「ま、最初で最後の大サービスだからね。……ゆっくりしなさい」
「お言葉に甘えます」
 運動したあとの心地いい疲れ。
 ゆったりとしたまどろみ。
 こんな状態だ。
 のんびりしたっていいだろう。

「……幽香。今咲いているこの花は、何ですか」
「あら」
 くす。幽香は私の指を撫でる。
 ちょっとくすぐったくて、ん、と声を出してしまう。
「私がそんな話をし始めたら、あなた、また寝てしまうでしょう」
「今なら寝ても許してくれるでしょうから。寛大な愛で」
「……ふふ。言うじゃない。覚悟しておくことね」
 幽香の声が弾む。
 ああ。やっぱりこの人は本当に花が好きなんだなあ。
 ……
 うらやましい、な。花が。
「――アネモネ。遠い国の神話の花」
 幽香の声をぼんやりと聞く。
「あなたでも簡単に育てられる、冬を越せる強い花」
 目の前の花をぼんやりと眺める。
「花言葉は期待。真実。あなたを愛します――」
 そして。
 たくさんの幸せと、ほんの少しの切なさを抱えて。
 私の意識は落ちていった。
「……」
「……」
「いやさすがに早すぎでしょ」
 幽香の呆れたような声が聞こえてきたのは、夢だったのか現実だったのか。



*********************************



「ただいま戻りました」
「おかえり妖夢。……お疲れ様」
「はい」
「春はいっぱい集まったかしら?」
「このように」

 袋いっぱいに詰めた春を見せる。
 ……
 本当はあふれ出した春の半分ほどしか集まらなかったというのは、秘密だ。
 少し、ゆっくりしすぎた。

 幽々子さまは袋の中を覗いて、私の顔を覗いて。
 一呼吸置いてから、にこ、と笑った。
「お疲れ様」
「……はい」
 その笑顔は、全てを見透かしているような気がした。
 恥ずかしくなって、赤くなる。



「幽々子さま」
「なあに?」
「幽香のことは……いえ、花畑の件から、全て、私に愛を教えるためだったのですか?」
「さあ、何のことかしら。いつも言っているでしょ、必要なことは自分で考えなさい」
「……わかりました」
 そう言われると、もう追究は出来ない。
 相変わらず、こういうところは厳しい。
「うん。今はわからないことも多いかもしれないけど」
 ただ、珍しく、今回は、フォローが入った。
「急がなくていいから、これからゆっくり色んな世界を見ていけばわかることもあるわよ」
「はい」
「でも今はとりあえず春集めをしてもらわないとね。今後のことは今後のこととして、今は覚えたことは活かしてもらわないと」
「――はい!」
 そうだ。
 仕事は仕事、だ。
 意図はともかくとしても、幽々子さまは私にここまで色々と手配をしてくれたのは、私のためということもあるかもしれないが、もちろん、今の仕事を効率よく進めるためだ。
 き、と気合を入れなおす。
 幽々子さまは今回の春集めに本気だ。
 今はただ、新しい武器を手に入れたのだと思えばいい。まだ偽物にすぎないかもしれないが。

 春集めの極意を私は入手したのだ。そう。
「愛こそ――力!」



「逃げないで。大丈夫、抱きしめあえばわかるから――」
「触らないでよ、変態っ」
「う……」
(何なの、あの子、さっきから。ナンパ?)
(あたし知ってるー、最近小さい女の子を見かけてはああやって抱かせてって声かけてる痴女がいるって)
(ああこわいこわい)
(きゃ、こっち見たわっ)
(攫われないように逃げましょっ)

「……」
 どうしてこうなった。



 まあ。
 なんだかんだあったが、それなりに春は集まった。
 妖精たちだけでは時間がかかりすぎるということで、あまり力の強くなさそうな妖怪にも手を出してみた。
 妖怪ともなると見た目に関係なく時折かなり強い奴もいるもので、諦めて立ち去る羽目になることも多かった。
 が、そのぶん、実入りは妖精より大きかった。
 だが、やはりなんといっても、幽香から貰った春が大きかった。これがなければどうなっていたことか。



*********************************



「……よし! これだけ集まれば十分ね」
 幽々子さまは袋に詰めた春を、いつもどおり一度<スキマ>の中に放り込む。
 一瞬<スキマ>から漏れ出た暖気は、むわっと熱く感じるほどになっていた。
 ここまで集めるまでにどれだけ苦労したことか……

「あとはできるだけ桜の木の近くでこれを一気に開放するだけね」
「そうですね……って、そういえば、どうやってやるんでしょうか。もしかしてもう一度袋で回収して木のところで開けるという繰り返し……」
「いやいや。そんな必要はないわ。<スキマ>の入り口ごと移動してもらえばいいのよ」
「してもらう、ということは、紫さまに頼むのでしょうか。まだ寝ているのでは」
 幽々子さまは、手を振って笑う。
「大丈夫でしょ〜。いくら寝ぼすけ妖怪でもこれだけ暖かくなったら目覚めるでしょ。今度は春ボケしてるかもしれないけどね。まあ年中ボケてるけど、年だし。うふふ」
「あらあらうふふ」
「!?」
 毎度おなじみ。
 紫さまは、幽々子さまの背後に突然現れた。
「……わ。気付かなかったわ、びっくり」
「どうも、寝ぼすけさんのスキマ妖怪さんよ」
「おはよう。どう、暖かくて気持ちよかったでしょ?」
 にっこり。
 紫さまは、春らしい素敵な笑顔で答えた。
「ええとっても。私だけがあんなに独占してしまうのはもったいないくらい」
「そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」
「ええ。ええ。というわけであなたにも是非おすそ分けしたいから」

 どん。
 紫さまの振り上げた足が、幽々子さまのお尻を思い切り蹴り上げて。
 一瞬浮いて前に倒れていく体は、ちょうどそこに開いた<スキマ>の入り口に、すっと通って、消えていった。

「あらー?」
「ゆっくり楽しんできてね」
 にこ。
 晴れやかな笑顔のまま、紫さまは<スキマ>の入り口を閉じた。

 ……

「……え、えっと、紫さま?」
「一時間くらいね。まあその程度じゃ全然足りないけど、少しは体で体験してもらわないと」
 涼しい顔で言われてしまった。
 どうすべきか躊躇してしまうが、
「とりあえず落ち着いて待ちなさい。危険なことはないから」
 と、言われてしまうと、私も手が出せない。
 紫さまが腰を下ろしてテーブルについたのを確認して、私も席につく。



「それでね、藍に言ってやったわけ。おまえのその尻尾は何のためにあるんだ! って。そしたら『少なくともハエを取るためじゃありません!』って、即答よ、即答。あいつも慣れてきたもんだと思ったわ。誰でも環境に染まっていくものねえ」
「……あの、紫さま。そろそろ一時間だと思いますが」
「あら、もうそんなに。面倒だしあと一時間くらい延長しようかしら」
「いやいや」
 この人は思いつきでも本気でやってしまうから怖い。
 ……幽々子さまと同じだ、そういうところは。
「冗談よ。まあ、そろそろ大変なことになってるでしょうし、いいでしょ」
「大変なことになってるんですか……」
「そーれ、ひらけなんとかー」
 紫さまのやる気の無い声とともに、<スキマ>の入り口が現れて、ぱかっと開く。
 もわり、と、また、暖かい空気が流れ出してきた。
 紫さまはそこから中を覗き込んで、
「わぁ」
 と楽しそうに笑った。
 気になって、私も紫さまの隣に並んで覗き込む。
「!?」
 そこに見えたのは。

「う……はぅ、あ、あ、あー……♪」
 一糸纏わぬ姿をべとべとに濡らしながら、うつろな目で宙を見上げて、両手で一心不乱に股間を弄繰り回す幽々子さまの姿だった。
「な、な……」
「はぁっ、また、いっちゃう、いっちゃう、ぁんっ……んんッ」
「幽々子さま!?」
「あーらあら。やっぱり一時間もまったく耐え切れないのね。欲望に素直な子だから、当然の帰結かしら」
「紫さま、これは一体」
「私が体験したことのほんの一部分よ。少しはわかってもらえた?」
「わ、わかりました、わかりましたから、早く出してあげてください」
「い・や♪」
「紫さまぁ……」
「いいじゃない、楽しそうだし、気持ち良さそうだし」
 ぐちゅ、ぐちゅ。
 びくんびくんと体を震えさせたあと、しばらくしてまた幽々子さまは姿勢を変えて指を動かし始める。
「はぁ……はぁ……あー……あぅー」
「ぅ……」
「気持ちいいのぉ……おまんこ、はぁ、だいすきっ」
「……」
「ずぽずぽして、ずぽずぽして、あ、やぁ、またっ、あぁ……んんッ!」
「……」
「見入ってるわねえ」
「!?」
「さすが、幽々子の召使といったところかしら。えっちな匂いには逆らえないのね」
「い、いや……私は心配で」
「へーほーふーん」
「……なんですか」
「いーえいえ。ちょっと確認」
「? ……ひゃあああ!?」

 唐突に。
 まことに唐突に、股間を何かが撫でていった。
 何か……温かいものが。直接。下着越しではなく、まともにそこを狙い打って。
「あらあら」
 紫さまはくすくすと笑いながら、すっと手を上げて、指先を私に見せ付ける。
 ……ぬらぬらと透明に光る液体が指の間で糸を引くのを、見せびらかすように。

「しーらなかったー」
「……な、なんですか……」
「庭師は、自分の主人が大変な目に遭っているのを見てえっちな気分になっちゃうような変態さんなんだー」
「あ……う……いや」
「へーんたい! へーんたい! はいっ!」
「へーんた……って、なんで私が乗らないといけないんですかっ」
「教育の賜物ねえ」
「私は自分が少し嫌です……」
「いいじゃない。隣の柿はよく客食う柿だって言うでしょ」
「逆ですし関係もありません! って……無駄話してる場合じゃなくてですね。幽々子さまを出してあげてください」
「えー」
「えーじゃなくて」
「そんなに助けたいなら、あなたが行って引っ張り上げてくればいいじゃない」
「……私が中に入ったら、紫さま、入り口閉じますよね?」
「まさか」
 にこ。
 紫さまは微笑むと同時に、私の体を、どん、と強く押した。

 先程の幽々子さまのときのリプレイかのように、私の体は綺麗に<スキマ>の入り口に落ちていく。
「あっ」
「ちゃんと、覗ける程度の隙間は残しておくわよー」
「あああ」
 そして、<スキマ>の中に落ちた私の目の前で、無常にも入り口は閉まっていった。
 ……ほんのわずかな、指一本分程度の穴を残して。



「う?」

 幽々子さまが、私に気付いた。
 さすがにすぐ隣に落ちると、気付かないわけも無い。ただ、相変わらず手の動きは止めない。
「妖夢だー」
「幽々子さま……」
「妖夢も一緒にする? ん、う……ん、はぁ、ここですると、いつもよりずっと凄いわよ〜」
「……う?」

 どくん。
 暖かい空気を吸い込んでいるうちに、体に変調を感じた。
 どく、どく、と心臓に急激に血が巡り始める。
「はぁ、あん、おなにーがこんなに気持ちいいなんて、久しぶり、すごいわ」
「あ……く……」
 頭がくらくらしてくる。
 これが、思い切り濃縮した<春>なのか。
 春集めをやってきた私にも効くのか。
 血液だけが熱く激しくたぎってくるのに、手足からは力が抜けてくる。強烈な効果だった。
「ぐっ」
 だが、あの魔法の花を克服した私だ。
 そう簡単にやられはしない。
 足が崩れ落ちそうになるのを、なんとか耐える。

 よし。
 私は戦える。
 助けなければ。
「あっ、んッ、最高よう、ぐしゅぐしゅするの気持ちいいっ」
「……ゆ……」
「妖夢も、ほら、うずくまってないで、あ、ん、そうだわ、二人ならもっと気持ちよくなれるわ、きっと」
「あ……!?」

 幽々子さまは、間髪いれず私を勢いよく押し倒すと、大きく股を開いて。
 そして、私の顔の上に、しゃがみこんだ。

「うぶっ!?」
「はぁ、ああっ! これよ、これっ、いいわあ」
 ぐりぐりと。
 幽々子さまは、私の頭を両手で押さえつけながら、腰を顔に、口元に押し付けて前後に激しく動かす。
 口の中はあっという間にどろどろした幽々子さまの愛液でいっぱいになる。ほんの少ししょっぱい。
「……! ん、んんぅ……」
「はぁ、はぁ、いいわ、妖夢、これ、凄いわっ」
「〜〜〜〜っ!」
 息が。
 でき。ない。
 ……
「あぁん、もっと、もっと〜〜っ」
 ……
 ああ。
 もう一人の私が呼んでいる――
 今――そっちに――
「ん……ふ……ぅ……あんっ」

 ……はっ。

「どっ――――――――――せいああっ!!」
「きゃんっ!?」
 意識が薄れて消えていく直前、なんとか力を振り絞って、私は幽々子さまの体を持ち上げて脱出することに成功した。
「……は……はぁ……すみません、幽々子さま……」
 私はまだ全死にするわけにはいかない。
「は……う、うん……ッ!」
 私の顔が離れたかと思うとすぐに幽々子さまはそこを指で弄りだす。ぐちゅぐちゅと湿った音が響く。
 その表情は快楽に溺れており、理性など吹き飛んでいることが容易にわかる。だが、それだけではない。
 今の私にはわかる。
 本当に楽しんでいるときの幽々子さまではない。
 私には、小さな悲鳴が聞こえる。
 湧きあがる情欲が強すぎて、いくら快感を享受しても満たされず、辛い、切ないのだろう。

「――」
 欲に忠実すぎるとは、紫さまの評だ。
 だが、それならば。
 それを満たすのが私の仕事だ。
「幽々子さま、失礼します」
「ふぁ……?」
「私の成長――そのお体で、お確かめ下さい」
 今、理性を保っていられるのも。
 今、何をすべきかがわかるのも。
 幽々子さまから貰った、修行の成果だ。
 相変わらず指を秘所に入れてかき回し続けている幽々子さまの手を掴んで、離させる。
「あ、や……っ!」
「大丈夫です」
 両足のふとももの付け根を掴んで、ぐっと持ち上げる。
 顔を近づける。
 先程までそうさせられていたのと同じように、今度は自らの意思で、幽々子さまの一番大事なところに唇をつける。

「ひゃう……っ」
 熱い。ぬめぬめしている。
 むわっとした熱気を鼻と口元に感じる。
 今度は自由に動ける。
 舌を出して、唇を使って、ぬめりを丁寧に舐める。
「あっ、あ、あ、いい、それ、いいっ」
 幽々子さまの声を聞きながら、ぐっと舌を伸ばして挿入する。
 この反応ならゆっくり調整する必要はなさそうだ。
「ぅ……ん、あ、あっ、う」
 ぐい。ぐい。
 幽々子さまの腰が持ち上げている以上に浮く。もっと深く、とせがんでくる。
 それにこたえて、私ももっと強く唇を押し付ける。
 首全体を動かして、大きく動く。
「ん……んぐ、うぷ……」
「あ、う……よう、む、妖夢……こっち……」
「……?」
 呼びかけの声を聞いて、顔を上げる。
 幽々子さまは、相変わらずの意識がどこかに飛んだような目で、私を見つめていた。
「お尻、こっち」
「……はい」
 私はすぐに意図を理解して、理解してしまえばあとは逆らうことなくそのとおりに動くだけで、首を一度上げて、体の向きを変える。
「失礼します」
 幽々子さまの胸元の上あたりにまたがる恰好になって、お尻を幽々子さまのほうに向ける。
「これで、さっきの続けて……」
「はい」
 膝立ちで体を支えた体勢で首を下げて、また幽々子さまのそこに口をつける。
 自然、お尻を高く上げる恰好になる。
「あ、ん……んふ……妖夢の、丸見え……♪」
「……っ」
 ……
 落ち着け。落ち着け。
 そうなるのは当然わかっていたことだ。
「あ、んん……ん、ふぅ……」
「あは……妖夢のも、とろーって溢れてきてる……」
「っ!」
 ……
 お、おちつけ。
 まだあわてるような時間じゃ。
 ……うう。
 意識してしまうと、確かにふとももに伝うこの感覚。

 熱くなって、じゅん、と湧きあがってきて、
 つぷり、と固い何かが侵入してきて……
「んは……っ!?」
「うふ、ふ。私だけ気持ちいいの、不公平だから、妖夢も仲間〜」
「あ、あ、うぁ……っ」
 感覚でわかる。
 幽々子さまの指が、入ってきていた。
 ぐりぐりと遠慮なく膣壁を擦り上げながら、少しずつ奥まで。

「あ、うぐ……っ」
 我慢していただけあって、すぐにそれを快感として受け入れてしまう。……気持ちいい。とても。
 私も負けじと、舌をさらに速く這わせ始める。
 突付いて、嘗め回して。
 クリトリスを口に含んで、舌で転がして。
 唇に挟んで、啄ばんで。
「ふ、うう……っ!」
「う……ん……っ」
「あ、あっ……いい……す……ご……ッ!」
「……ッ! あ、う……っ!」
 私が責めを強めると、幽々子さまもすぐに反応して指をぐちゅぐちゅと強く動かしてくる。
 決して丁寧でツボをついた動きではなかったが、今の私はそれを素直に喜びに変換していく。
 じゅる。唾液とともに、溢れて止まらない幽々子さまの愛液をすする。舌をぐいと奥まで差し込んで、膣を広げるように割り込んでいく。
「あああぁ、う……んきゅ……!」
 じゅぷ。ぐりぐりと中がかき乱されるのを感じる。
 ぞわぞわと、全身の皮膚を小波が走る。
「う……うう……ッ!」
「あんっ、あ、あ、う……ようむ、ようむぅ……!」
「は……は、い……ふ、あ、あっ」
「そのままっ……もっと、こりこりして……! もう……もう……すぐ……」
「は……い……!」
 舌は挿入したまま、舌と下唇の間に膨れ上がった突起を咥える。もう疲れで痺れている舌をできるだけ動かして、しっかりと愛撫する。
「あ、あ――んん、んーーっ!」
「くっ……う、あ、う……ぐっ」

 ぐりぐり。
 じゅるじゅる。

 ぐしゅぐしゅ。
 ぐちゅ、ぐちゅっ……

「く、る……いっちゃう、いく……イ……っちゃ……!」
「わ……私も、です……もう――っ!」

 じゅぷっ! じゅぷっ!
 背筋に、何かが昇っていく。
 もう、限界だった。
 足ががくがくと震える。
 崩れ落ちない程度に力を入れて、耐える。
 それでもあとはこの悦びに身を任せるだけ。
 いつでもこの瞬間だけは。
 理性とか冷静とかなんて、気にしていられない。

 だめ。だ。もう。

「あ……あ……ああ――ぐ、ぅ……!」
 くる。
 くる。昇って。きて。
 きゅんとして。
 ぞくぞくして。

 あ……

「あ――ぁ、あっ――――あああああ――んッ!!」
 幽々子さまが、一際高い声とともに、腰を、ぐい、ぐい、と上げた。
 それを感じながら、少し遅れて、私にも、くる。
「ぁ、う……あ、あ――――ッ!!」
 真っ白に。飛ぶ。

 ふわり――
 何度体感しても、慣れて弱まることのない強烈な衝撃。
 脳に、末梢に響き渡る、甘い甘い痺れ。
 本当に。魂が。抜けていくような。

「あ、あ、あ、ぅうううう――っ!」
「んっ! あうっ……ん……っ!」
 私は、ただ、この大きな波を受け入れながら、膝の力だけは抜けないように踏ん張るだけ。
「あ……ふぁ……」
 少しずつ衝撃が去っていった後が、一番危険だった。
 このまま脱力してしまうことが一番気持ちいいとわかっているから。
「は……ぅう……」
「く……は……あ……」
 ずるり。
 幽々子さまの指が、抜けた。
 瞬間、また、ぞわり、と痺れが走る。
「う……」
 しばらくは、少しずつ去っていく感覚――余韻を楽しみながら、その場を動かない。
 そして、少し落ち着いたところで、膝を上げて、私は幽々子さまの体の上から離れた。

 ……どさり。
 離れたところで、仰向けに倒れる。
 完全に、力を抜く。



「はぁ……はぁ……はぁ」
 限界だった。
 やはり、この強烈な濃度の春の中、限界まで理性を保ち続けるのは相当にきつかった。
 もう、今は、動けそうな気がしない。
「……幽々子さま……大丈夫……ですか」
「……」
「幽々子……さま……?」
「すぅ……」
「……」
 えええええ。
 寝てるし。
「……無理も……ないか」
 私も、油断すると、これは、寝る。
 そういえば春眠暁を覚えずなんて言葉があったなあ……
 それにしても本当に幽々子さまは。
 三大欲求に忠実な方だ。
 清清しいほどに。

 ぼんやりと天を……暗闇の世界の境界線を見上げる。
 ……
 紫さまと、目が合――わなかった。
 目を閉じている。
「……紫さま。紫さまは寝ないでください」
「……う?」
「私たちが、脱出できなくなります……」

 数分間、眠りに落ちないように耐えた後、私は幽々子さまを背負って脱出に成功した。



*********************************



 始めましょう。

 幽々子さまが、言った。
 いよいよ、これまでの努力が報われるときがやってきたのだ。
 ……そう願いたい。

「お願いするわ、紫」
「――何回も言ったけど、私は反対するわ」
 目の前には西行妖。
 咲かない桜の木。
 私の前で、向き合う幽々子さまと紫さま。
「でも私は絶対に引かないし、紫も無駄な争いはしない。だから、とりあえず今回は手伝う。でしょ?」
「あんたねえ……」
 はああ。
 深く、深く。頭を抱えながら紫さまはため息を吐いた。
「……はあ。まったく、なんで私はこんな奴の友達なんかやってるんだか」
「腐れ縁ってこういうことよね〜」
「あんたが言うな」
 適当にあしらってから。
 紫さまは、厳しい表情に戻る。
「真面目に言ってあげるけど、やっても無駄よ」
「紫さま、私からもお願いします。無駄かどうかは、やるまで結論は出ません」
「あなたはわかりやすいわね、ほんと」
 私の言葉に対しては、軽く手を振って答えた。
 その言葉を予想していたと言わんばかりだ。……まあ、予想していたのだろう。
「はいはいわかってるわよ。私が協力するまで落ち着いて眠らせてくれないんでしょうし、やってやるわよ」
「さすがゆかりん、愛してるわ〜」
「その愛は全力で拒絶させていただきます」
「紫さま、ありがとうございます」
「仕方なく、だからね。忘れないで」

 紫さまは、軽い仕草で右手を上げた。
 指で、中に円を描く。
「このあたりに出口を作るわ。二十メートル――そうね、あのあたりまで離れておきましょう」
「了解!」
「はい」
 紫さまに続いて、幽々子さまと私が移動する。
 見上げなくても、木のてっぺんが見えるくらいまでの距離へ。
「ここらでいいでしょ」


「――」
「さあ」
「さあ」
「さあ」
「やるわよ。しっかり見ておきなさい」

 紫さまが手を上げる。
 視線の先。西行妖の手前。
 そこに、<スキマ>の入り口が開いた。
 ……見ていても、何か煙のようなものが見えるわけではない。
 春は、目に見えないものだ。
 だが、少し暖かい空気が流れ込んできて、実感する。
 春は開放された。

 ……
 隣の幽々子さまの様子を横目で見る。
 目を輝かせて、待っている。
 紫さまのほうも、ちら、と見てみる。
 険しい顔をして――

「あっ!」
 幽々子さまの声に反応して、私は視線を西行妖に戻す。
「あ……」
「咲いて……る……」
 下のほうから、徐々に。
 花のピンク色が、見え始めていた。
 やっぱり。無駄なんかじゃなかった。証明された。
「凄い……どんどん咲いていってる」
「はい……」
 私は、やれることはやった。
 スイセンだって蘇らせた。桜だって、頑張れば咲くのだ。

 嬉しい。
 花が咲くのは、とても嬉しい。
 幽々子さまが喜ぶことは、凄く嬉しい。
 ……ただ。
 相変わらず厳しい表情を変えない紫さまが、少し気になった。
 でも今は私は、桜を見る。
 もう一番上まで到達しそうな開花の波を。
 魔法を見ているようだった。奇跡を見ているようだった。
 私は誇れる。これは、私と幽々子さまの努力の成果だ。

 ……
 異変に気づいたのは、そのしばらく後だった。

「……とまった」
 幽々子さまの言葉は、私の思いも代弁していた。
 綺麗に咲きはじめた桜の花の開花が、止まっていた。
 どの花も、つぼみが半分ほど開きかけた、その状態で。
「どうして」
「……」
「なんで?」
 ……気のせいか。
 紫さまの顔は、少し、ほっとしているように見えた。
「言ったでしょう。無駄だと」
「紫さま。いったい何をご存知なので――」
 私の問いかけを遮るように。
 幽々子さまは、手を上げて、言った。
「足りないのよ」
「……は?」
「え?」
 何かを言おうとしていたように見えた紫さまが、目を丸くして抜けた声を出す。いや、私も同じような反応だ。
「どう見てもあともう少し。もう少しだけ、足りないのよ」
 きっ、と。
 真面目な表情で幽々子さまは木を見上げながら。
「あと少し足せばきっと咲くのよ」
「……今からまた集めてくると? 戻ってくるころには開放した春はとっくになくなって――」
「何言ってるのよ紫。ここに三人もいるじゃない」
「……はい?」
「え?」
 幽々子さまの表情は。
 真面目に、にこやかだった。
「さあさあ。宴の始まりよ」
「あ、私みんなの家に乳酸菌飲料を届ける系の仕事があるのを思い出し――」

 がっし。
 幽々子さまは、紫さまの両腕をしっかり掴んで。
 ずるずると、西行妖のところまで引っ張っていった。

「ちょ、ま」
 本気で慌てた紫さまの声。
 じたじたと暴れるが、それ以上の抵抗ができないようだった。
「もうあの春漬けは嫌ああぁっ!?」
「……」
 紫さまの移動能力って、両腕押さえられてると使えないんだ。
 覚えておこう。いや一応。
「♪」
 あ。
 幽々子さまが目で私に訴えかけている。
 ……来いと。

 いや。うん。
 わかっていましたとも。

「お邪魔します……」
 ああ。一歩歩くごとに暖かくなっていく。
 さて、今回はどこまで春に抵抗できるか。
 これも修行と思えば。
 あ。早くも紫さまが剥かれている。
 ……
 ……い、いざ。



*********************************



「あ、あうっ……あ……んん……ッ!」
「あんっ、紫、もっと、もっと奥まで差し込んでえ……!」
「んぅ……んうう〜〜〜〜っ! ……!」
 ぷちゅっ
 ぐちゅっ、ぐちゅり。

 私と、紫さまと。
 ねっとりとキスを繰り返すように、ヴァギナ同士を擦り合わせる。
 粘液と空気が交じり合って、泡が弾ける音が大きく響く。
 音とともに、ぐぐ、と吸い付くような感覚がする。
 それにあわせて、ぐい、と腰を押し付ける。
「うぁ……ふうぅ……っ……うっ!」
「――っ、〜〜〜〜っ!!」
 ぬるぬると滑って、複雑な形の花弁同士が絡み合う感触は、指とも下とも違って、挿入とも違って、鋭くくすぐったいような感覚を直接脳まで伝えてくる。
 微妙なくすぐったさがもどかしくて、すぐにまたぐりぐりと強く押し付けあう恰好になる。その繰り返し。

「う……ふ、ぅう……っ」
 ぬる。ぬるり。ぐちゅり。
 脚を少し開いたり閉じたりすると、自然について離れて、愛撫される形になる。
 紫さまも同じように腰を動かしているので、タイミングがあうと、ぐ、と深くまで押し込まれることになる。
 きゅう、と頭の奥のほうに白い波が走る。
 快感の神経を直接くすぐられているような感覚で、少し気を抜くと、すぐに――
「あ――あう――ううう――ッ!!」
 がくがくと体を震えさせて、急激に襲い掛かる幾度目かの絶頂の衝撃を受け止める。
 腕に、腰に、力を入れて、魂だけがどこかに抜けていくような至福の快楽で体が壊されてしまわないように、奥歯に力を入れて堪える。
「ぅ――ふぅッ――!」
「――!! っ!」
 ぐいっ。ぐいぐいっ。
「あ、あ、ああっ……!」
 紫さまはまだ達していないらしく、どんどん擦りつけて叩きつけてくる。私が絶頂の最中であることなど構わず。
 強烈過ぎる快感に、何度も意識が飛びそうになってしまうのを、ひたすらに耐える。
 紫さまを止めることなんてできない。
 というより、紫さまにこちらの様子を確認することなどできないから、仕方がないのだ。
「あ、んんっ……、私も、また、きちゃ――う――う!」
 幽々子さまは紫さまの顔に跨って乗っていた。
 もちろん幽々子さまは、紫さまの顔に擦りつけることに躊躇はない。
 紫さまは、口も視界も塞がれたまま、下半身だけは私と擦り合わせていた。
 もう、わけがわからない状態だろう。

「あ、くるっ、くる――い、あ、ああ――あああ――――」
「っ! ーーーっ!!」
「うう……あ、う……!」
「あ……が……ああああ――あ――――ッ!!」
 幽々子さまが呻きに近いほどの声で叫んで、跳ねた。

「んぶっ……うー、う……んううぅ――――っ!!」
 紫さまの腰が、ぐん、と浮いた。
 ひくひくと蠢く紫さまのそこが、きゅうん、と吸い付いてくる。
 膨らんで完全に包皮が剥けているクリトリスが包み込まれて、ぞわぞわと柔らかい陰唇に撫でられる。
 びりびりと、全身に強い電流が流れた。

「うぁ――あ、あ――――――ッ!!」
 紫さまにあわせるように私も腰を浮かせて、足をがくがくと震えさせる。
 ほとんど間隔のない連続の絶頂に、脳が焼ききれるような錯覚を覚える。
 がちがちと歯も震える。

「……っ! う、う……っ!」
 目をぎゅっと閉じて、何度も襲い来る危険なほどの快楽を、ただ耐え忍ぶ。
「あ……う……」
「ふあ……う、う……ふう……」
「うー……」

 しばらくすると、ようやく3人とも落ち着いて――

「まだぁ……まだ、もっとー……」
「!?」
「!?」

 こなかった。

「もっとー」
「うー!? う……うぷ……っ」
「……」
 ええと。
 ……
 魂魄妖夢。
 覚悟を決めます。

 ……



*********************************



「くー」
「すぴー」
「……」

 終わった。
 何やら酷い騒ぎが。
 そして例によって一人取り残されるのは、私。

「……」
 とりあえず二人を屋内まで運ぼうかとも思ったが、私自身もかなりだるい。しばらくはこのまま休んでいてもいいかなという気分だった。
 二人に服だけ簡単に羽織らせて、私は一息つく。
「……ふう」

「こんなに頑張ったというのに……お前は頑固だなあ」
 見上げるは西行妖。
 結局、半分咲きかけた状態から、びくともしない。
「どうすれば咲いてくれる――?」
「あら、ずいぶんと大胆なこと。ここはいつも外で裸になっているのかしら」
「ひゃ!?」

 唐突に現れた幽香の声に驚いて、うっかり枝を折りそうになってしまった。
 振り向くとすぐそこに彼女はいた。
 慌てて手で体を隠す。いや、隠しきれるものではないのだが。
「今更何を恥ずかしがってるのよ。もっと恥ずかしいところだっていっぱい見せてくれたじゃない」
 ぱたぱたと。
 手を振りながら。そしてにやにやと笑いながら、幽香は言った。
「し……知りませんっ」
 やめて。
 なんだかとても恥ずかしいことをいっぱい言ったような気がするあのときのことは、思い出させないで。
 ……本当に。うう。
「幽香はいつも変なタイミングで……っ! いや、これは、複雑な事情があってですね……」
「いいわいいわ。事情くらい、見ればわかるもの」
「え……」
 とりあえずいそいそと服を着る。
 その間、幽香は待ってくれた。

「半分咲いている大きな桜。そこにいるあなたたち。……と、もう一人。そして明らかに事後。――誰でも推測できるわ」
 桜の木。幽香はまっすぐにそれを見つめる。
 見つめているのに、どこか、もっと遠くを見ているような目をしていた。
 そして、私の方に向き直る。
「あなたたちは、つい先程、集めてきた春を開放した。だけど、桜は満開にならなかった」
 おお。
 当たっている。
「だからあなたたちは考えた。自分たちから最後の春を取り出そうと」
「おお」
「そして――」

 自信たっぷりに。
 幽香は、話し始めた。


***


「幽々子さま、このときを迎えることができて私は幸せです。この日のために磨き上げてきたテクニックを今こそ幽々子さまに捧げたく思います」
「ダメよ妖夢。私たちは主人と召使の関係じゃない。気持ちは嬉しいけど、一線を超えてはいけないわ」
「なぜです幽々子さま。私はこんなにお慕い申し上げているというのに。私は愛を知りました。今なら幽々子さまの全てを受け止めることができます」
「でも……あ、ん、まって、ダメなのよ」
「私は……私たちは……あ、ん、んぅ……」
「でしたら、どうしてもっと抵抗なさらないのですか。私を振りほどくことなど簡単なはずです」
「妖夢……でも、だめ……なの」
「さあ、私に体を預けてください――」

「ちょおおおおおっと待ったー!!」
「む……何奴!?」
「くく……小娘に名乗る名など持たないわ。お子様はさっさと帰ってお風呂入って歯磨いて22時までに寝なさい」
「何者かわかりませんが、私たちの愛の時間を邪魔立てするのであれば容赦はしません」
「果たして――その愛は私を超えられるかしら?」
「なんですって……?」
「さあ、勝負よ。どちらが幽々子を満足させられるかね! 五ポイント先取制で」
「その挑戦、受けましょう」
「己の未熟を思い知るがいいわ――」


***


「――といったところね」
「ええと……全然違います」
「……」
「……」
「――あなたたちが集めた春は膨大な量だったようね。この頑固な桜をここまで咲かせたんだから」
 あ。
 ごまかしに入った。
「この私の思考を鈍らせるほどの春なんて、私も体験したことがなかったわ」
「春のせいにしたっ!?」
「ところでこの桜だけど――」
 幽香は、くる、と体の向きを変えて、西行妖に向かい合う。
 ……
 逃げ切り体勢に入られた気がする。

「あなたたち、まだ挑戦するつもりでいるのかしら?」
「それは、わかりません。幽々子さま次第です」
「そう。もしまだ挑むつもりなら、無駄だと伝えてあげてちょうだい」
「え?」
 幽香の声が、真剣なものだったから。
 自然、私の背筋も伸びる。
「無駄というのは、どういうことですか」
「――あなたはもう、春の本質を知ったでしょう。この木は、もっとも大切なものを受け取ることができない」
「春の本質? ……愛、ですか?」
「あら。まだ、わかっていなかったのかしら」
 幽香は、またこちらを向いた。
 優しい顔を、見せてくれる。

「人の中の春は、単に性的な喜びそのものじゃないわ。広く、前後に広がる幸せな感覚、心の喜び。それを全て含めて春になる。雪を耐え、雪融けとともに花を咲かせるように」
 そっと。
 私に向かって、手を差し出してくる。
 その手の中に、何があるわけでもなく。
「――もうちょっと狭くて身近な例で言うと」
 くすり、と幽香は相変わらず素敵な笑顔を見せて。
「鋭く急にイっちゃって終わると空虚感が残るけど、じっくりゆっくり高めてから迎えた絶頂のほうがずっと気持ちいいし、後も幸せでしょう?」
「……」
 なに。
 そんな、恥ずかしい例え話を、しなくても。
 ……うう。
「幸せだったでしょう?」
「……っ」
 わざわざ。
 過去形で言い直された。
 幽香は本当に……いじめっ子だ。
「その幸福感こそが、春の本質。性は道具でしかない。とても大切な道具だけどね」
 幽香の手が。
 私の顔に、頬に、届く。
 びく、と私は震えた。……でも、不快感は、まったく、ない。

「だから例えば、今私があなたにキスをすると、あなたは幸せな気分になる。それだけで十分春になる」
「……ゆう……っ!」
 いきなり、何を言い出すかと、思えば。
 ……熱い。頬が熱い。
「あ、あなたは……その……」
 ええと。
 なんだ。
 私は何を言うべきなんだ。

 ……ああ。そうだ。
 今こそ、あのときのお返しをするときなんだ。
「――うぬぼれないでください」
 それでも。
 最後まで言い切る前に、真っ赤になっているであろう顔をこれ以上見られるのが嫌で、俯いてしまう。
「……馬鹿」

「そう。私はどっちでもいいんだけど」
 本当にもう。
 なんで、幽香は。いつだってこんなに余裕の態度なのか。
 ……悔しい。
「話を戻しましょう」
 幽香はまた、木のほうに向き直る。
 頬から手が離れる。
 あ、と声を出しそうになるのを慌てて留めて、そろそろと私も顔を上げた。
「この木は嘆きに満ちている。決して、幸福を受け取ることがない。春の表層部分しか享受できない体――みたいね」
「そう……なのですか」
「私もそれ以上のことはわからないけどね。もう少し理解したかったけど、この木は深いところまで触れられるのを拒否している――私には、手に負えないわ」
「しかし、無駄と決まったわけではないでしょう。まったく春を受け付けないわけでないのなら」
「あなたはきっとそう言うと思っていた」
 優しい声。
「……そう、どこまでもまっすぐなのは素敵なことよ。ただ、覚えておきなさい。本来無理なことを通そうとするなら、必ず何かの犠牲が必要になる。小さなことなら自分を犠牲にすればすむかもしれないけど、大きなことほど、それ以上の生贄を要するもの」
「よくわかりません」
「今は細かいことはいいわ。あなたの行動原理は、大きな災害を招くこともあるかもしれない。それだけ覚悟しておいて」
 言っている言葉は、厳しいものだった。
 それなのに、幽香の声はどこまでも穏やかだった。
「――その原理こそがあなたの魅力だから、変えろとは言わないけどね」
「……難しいです」
「覚悟の問題よ、覚悟。それだけ」

「さて。私の用事はこれで終わり。最後に、大切なことを伝えないといけないけど」
「なんですか」
「えっとね」
 一呼吸おいてから。
「襲撃、来てるわよ」
 まるで、近所で大根の安売りをしていたわよ、と伝えるかのような軽い声で、幽香は言った。
「……はい?」
「言ったでしょ。自分の目的のことしか見ていないと、気がつけば大変なことになるって」
「ど、どういうことですか」
「あなたが散々弄んだ女の子たちが、被害者の会を結束して、今こそとこちらに攻め込んできております。もうそろそろこの近くまで」
「な……なんだってー!!」

 ……

「い、いやいや。しかし力のない妖精や一部の妖怪たちばかりだったはず。そう簡単に冥界の壁を越えられるわけが」
「あ、それは私が手伝ったから」
「なるほどそれなら納得です」

 ……

「幽香あぁっ!?」
「ほら、まあ、私も被害者の会ってことで」
「いやいやいやいや」
「あんなにいっぱい私から奪っておいて……覚えがないなんて酷いわ、くすん」
「似合いませんよっ!?」
「ほらほら私と言い争ってる場合? もうそろそろ見えるくらいになるんじゃないかしら」
「!」

 なんということでしょう。
 本当に、見えた。
 なんか……いっぱい来てる……

「じゃ、ねー。夜道と毎晩のように襲ってくる暗殺者に気をつけなさいー」
「あ、待て、幽香……」
 ……く。
 しかし幽香を追いかけたところで、どうにもならない。
 戦ったところでまず勝ち目はない相手だ。
「……つまり」
 覚悟を決めろ、と。

「……ええい!」
 大群だろうがなんだろうが、相手はただの妖精と、ちょっとの妖怪だ。まとめて相手になってやろう。
 ……
 一応幽々子さまと紫さまのほうを伺ってみるが、やっぱりまだ寝ていた。
 二人とも寝起きはかなり弱いから……起こしても無駄なんだろうなあ……
「来るなら来い――これで、決算だ!」
 飛び立つ。
 家の中まで侵入を許すわけにはいかない。
 手前で食い止めてやろう。
 いざ――

「こうして決死の覚悟で敵の群れに飛び込んだ妖夢」
「果たしてこの戦いはどのように決着するのか」
「その結末は君自身で確認してほしい」
「妖夢の勇気が冥界を救うと信じて――!」

「って幽々子さま、起きてるなら手伝ってくださいよー!?」



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「――まったく、あのふたりはいつも元気ねえ……」
 頭が痛い。
 まったく本当に。幽々子に関わると、ロクなことがない。
「あー、酷い目にあった。帰ってからまた寝よう」
 ふう。息を吐く。
 隣に咲く桜を見上げる。
 この桜が、ここまで開花したのを見るのは――いつ、以来だったか。
「……中途半端に咲いちゃったわねえ、あんた。変に希望持たせちゃダメよ」
 ぽん。
 立派な木の幹を叩く。
「そうじゃないと、またあいつが無駄な企てを続けちゃうじゃない。完全に突っぱねてくれないと困るわ」
 また。
 ……何か、やらかしてくれるんだろうなあ。ほとんどもう、確信に近い。
「……はあ」

「ん?」
 ぐったりしていると、木の裏側から、黒猫が現れた。
 ……それも、3匹……4匹。
「あら。あらあら。猫さんたち、こんなに、どこから集まってきたのかしら」
 紫の様子を少しだけ気にしながらも、猫は、木に寄りかかるように座った。
「そういえば暖かい場所が好きなのよね……私みたい」
 まだ子猫といえる猫もいた。
 気持よさそうに、母親――だろうか? に、寄り添っている。
「今年は今の時期でもまだ外はちょっと寒いし。気持ち良さそう」
 ……
「……そっか。まったくの無駄ってこともないのね」
 自然と、笑みが零れ出す。
 この、微笑ましい光景に。
「少なくともここの猫たちには役に立った」
 春は、大好きだ。
 温かいから。
「それなら――まあ、いいかな」

 ……

「甘いかしら」



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 ――結局、西行妖は咲かなかった。

 幽々子さまはとても残念がっていた。
 私も残念だった。
 私は幽香の言葉を、幽々子さまに伝えなかった。
 幽々子さまが、そんな言葉で身を引くとは思わなかったから。
 そして、私も簡単に引く気はないから。



 今回、勉強になったことが三つある。

 ひとつ、私はまだまだ未熟者だということ。
 これは、再確認だ。
 以前と違う点があるとすれば――明確な目標ができたこと。

 ふたつ、この死の世界でも、生き物が生きる力は確かに働くということ。
 花も、木も。私は孤独ではない。

 みっつ――

「次はもっと作戦を練って、完全勝利を目指すわよ」
「はい!」

 ――負けず嫌いは、不治の病だということ。

 彼女にも咲かせられない花を、私は咲かせたい。
 そのときは、胸を張って会いに行こう。
 思い切り勝ち誇ってやろう。

 ……
 蹴られて終わりかもしれないけど。



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 さて。花畑はまだ、残っているのである。
 用済みだと言って処分されるわけではない。これは、これからもここにあり続ける。
「可愛らしい花が咲きました」
「昔、恋人のためにその花を摘もうとした騎士が、足を滑らせて川に落ちてしまったとか」
 幽香も、まだ、たまに遊びに来ている。
 おかげで、花の話は存分に聞くことができる。いや、長いのは勘弁していただきたいが。
「怖いですね」
「力尽きる前に彼が恋人に『私を忘れないでください』と言ったことから、この花はワスレナグサと呼ばれるようになったそうよ」
「そのような諦めた言葉を発する余裕があるなら、生き延びることに全力を注ぐべきです」
「相変わらずねえ」
 幽香の呆れた顔を見て、思う。
 ……私は、おかしなことを言っているのだろうか?



***



「また何か企んでそうな顔ねえ」
 桜の木を見上げていると、紫がにょき、と隣に顔を出してきた。
 企んでいるとは。褒め言葉だと思う。
「あらあ人聞きが悪いわあ。もうちょっとだったのに惜しかったなあって思ってるだけよ」
「……あまり、この木に関わらないほうがいいわよ」
「うん。わかってる」
 適当に返事を返しておいて。
 私の心は、もちろんまだ、前を向いているのだ。

(人が持っている春が思ったより多くなかったのが今回の誤算ね。やっぱり自然から本物の春をわけてもらうに限るわ)

(妖夢にはまた特訓してもらわないと……じっくり、時間かけてね)

「……はあ」
 隣で紫が、ため息を吐いていた。



***



「じゃーん」
「いつぞ見たような火縄銃ですね」
「うんうん。幽霊だけどちゃんと発砲もできるのよ〜」
「弾の幽霊ですか。怖いのか怖くないのかよくわかりませんね」
「さあ、妖夢。次は銃の弾を避ける訓練よ!」
「今度は何が始まるんですか!?」

 幽々子さまは、両手を空に向かって広げて。
 微笑みながら、言った。

「楽しいことが、いっぱい」




FIN.








【あとがき】
 文句なしに過去最長作であり、かつ、今後も更新されないであろう記録です。プレーンテキストで255KB。
 その長さ使って結局ドタバタコメディ+ラブコメですか。はいそうです。そんな感じでした!