日本語の意味に合うように、最も適切な単語1つを()内に埋めよ。

(1)奇跡とは、起きるものだ。

A miracle (  ) happen.






「第2回勉強会を始めます」
香里が静かな声で宣言する。いつもの友達メンバーしかいないのにこうやって改まって言うのは、気持ちを入れ替えて真面目にやろうという宣言でもあった。
3人、三者三様に気を引き締める。
(今日も美坂にいいトコ見せてポイントアップだっ)
びしっ!!
(寝ないように頑張るよっ)
ぐっ!!
(こういうきりっとした表情がまた可愛いんだなぁ……もちろん笑顔もステキだけど…)
ぽー………
………
…何はともあれ。
栞がお盆にお茶を持ってテーブルに並べてゆく。
「今日は、英語からね」
今回は特にトラブルもなく、大人しく始まった。




香里お姉さんの受験講座♪

〜第2話〜




「前回はどういうわけか全然勉強したような記憶がないからな。今日はその分はりきってやらせてもらうぞ」
「本当に何もしてないからでしょ…」
気合を入れる祐一に香里はうんざりとしながら言葉を返す。
一応、祐一の勉強を阻止した張本人なのだが。
「お、このお茶美味いな」
「ホントだね」
一方で北川と名雪はまずお茶を一口。
「かすかなとろみと苦味に深い味わい…うん、かなりの高級茶なんじゃないのか?」
「分かりますか?」
本当に美味しそうに味わう北川に、栞が嬉しそうな笑顔を見せる。
「ああ。それに淹れ方も上手い。栞ちゃんが入れたのか?」
「はいっ」
「凄いな…お邪魔している俺たちなんかのために、わざわざありがとうな」
「いえ、そう言って頂けるだけでも出した甲斐があります。あ、おかわりはいつでも言ってくださいね」
踊るように軽く立ち上がると、そのまま部屋の戸を開けて、お盆だけ持ってキッチンに向かっていった。
ずず……と名雪がお茶をすする音が響く。



「…お茶で褒めてもらったの、初めて」
にまっ、と空中に向かって笑いかけ、お盆を抱きかかえて体をくるんと一回転させる。
自分なりのこだわりを認めてもらった時の喜びは他の何事にも変え難いものがある。
「北川さんなら、バニラアイスには緑茶が合うって認めてくれるかな…」
お茶の缶をとんとんと叩く。



「…いい問題ね。全く起きなかったら奇跡とは言わないものね」
「………」
「…香里…」
「分かってるわよ。そういう事聞いてるんじゃない、でしょ。答えは "will" 、習慣や習性を表すWillの使い方の例ね」
香里は目にかかる髪を軽く掻き揚げる。
「ぱっと見ると must なんかも合いそうに見えるけど…日本語の解釈の仕方次第ね。文脈が無いと判断できないわ。つまり、この文がただ”そういうものだ”という真理を言っているんじゃなくて、何か希望が込められている言葉だったらここは must でもOKなのよね――”起きるに違いない”って」
うんうん、と祐一が隣で大きく頷いている。
もちろん分かっていない。
香里は少し困ったように首をかしげる。
「まあでもここは単純に考えていきましょう。この will の使い方は、あんまり試験で狙われることもないと思うけど覚えておいてもいいわね」
「そう―――奇跡は起きるものなんだ」
唐突に香里の言葉に割り込む…祐一。
香里はドキっと体を固まらせる。この男は何を言い出すのか―――
「この街は奇跡に包まれているような街だからな。何でもアリさ。愛と信じる心さえあれば何だって叶う」
静かに語る祐一に、3人は呆気に取られてただその様子を眺める。
ことり、とシャーペンを机の上に置いた。
「例えば―――」
一度、言葉を切る。
「今日は名雪が朝6時半に起きた」
「…なるほど」
「奇跡ね………」
条件反射レベルの速さで納得する二人。
「どういう意味だよ〜」
「いや思い切り言葉通りな上に今更説明してほしいか?」
「う…」
名雪の反論も的確にシャットアウト。
相沢祐一、1勝。
「人の命が関わるような奇跡もいくつか目にしてきたけどな」
付け足すように。
「そうね…」
香里は少し目を伏せる。
そのいくつか、のうちの一つは他人事では無い。
「まあ、でも。俺にとって一番の奇跡は香里と出会えた事だな♪」
「それじゃ一旦休憩入りましょうか」
「そうだな。疲れてきた頃だ」
「さんせーい」
「………………………」
相沢祐一、1敗。



「あれ?」
とことこ、栞は歩く。
「…祐一さん?何をしているんですか?」
「………何をしてるように見える?」
「哀愁を全身に漂わせながら階段に座っているように見えます」
「正解」
祐一はため息をつく。
「奇跡って何だろうな…」
「はい?」
「いや、気にするな。………そうだ、なあ、栞。香里について聞きたいことがあるんだ」
「何でしょう。お姉ちゃんの事なら誕生日身長スリーサイズ、家にいる時の癖、寝言、過去の恥ずかしいエピソード、何でもお答えしますよ」
「う…かなり興味ある………んだが…今は一つだけ、教えてくれ」
一つ咳払い。
「香里は、好きな男はいるのか?」
思い切って。
ストレートに。
「いませんよ」
返事はあっさりしていた。
「…じゃあ、過去に付き合った男の遍歴とか」
「私の知る限りですけど、お姉ちゃんが男の人と付き合ったという事は無いと思います。というより…たぶん、そういうのに全く興味がないみたいですよ」
「…なんと。って事はまさか―――」


「かーおり♪」
ぎゅっ。
「…きゃっ。も、もぅ、名雪ね…いきなり後ろから抱きつかないで…」
「つれないなぁ。わたし達の仲でしょ…?」
むにむに。
「や…学校では秘密なんだから………」
「だって…香里、今日もラブレター受け取ってたでしょ。妬けちゃうなぁ」
「もう。心配しないでいいわよ…あたしは男なんて興味ないんだから」
「ふふ…そうだよね。もう香里の全部はわたしのものだもんね」
香里は顔を真っ赤にさせて俯く。
「香里、可愛い♪今日も色んなコトいっぱい教えてあげるからね―――」
「………うん」


「…違います」
「むぅ!?そうすると…こうか!?」


「ああ…名雪のその表情、素敵」
「や、ぁん…意地悪しないで………」
「意地悪、かしら?体のほうはとっても喜んでいるみたいだけど?」
細い香里の手が肌の上を滑るように、這うように蠢く。少しずつその位置を下げながら…
「もうあたし無しでは生きていけないカラダにしてあげる…いつでも名雪はあたしの事だけを求めるように」
「…ぁ…か、香里…っ」


「違いますってば」
「何!?こっちでも無いとはどういう事だっ!?時々交代するのか?」
「とりあえずその発想から離れてください…」
「もしかして姉妹」
「怒りますよ」
「ごめんなさい」
栞はゆっくりと祐一の隣に腰を降ろす。狭い階段の横幅はそれでもう一杯だった。
「…お姉ちゃんを振り向かせるのは大変だと思いますけど、チャンスは十分にありますよ。いくら興味なくても恋は一度火がついてしまえば関係ありませんから」
「だと、いいな…」
「今の様子だと前途多難って感じですけど」
祐一、落ち込む。
誰もが分かっている痛い真理だった。
栞もあごを膝の間に埋めるように顔を落とす。
「そういえば北川さんもお姉ちゃんの事好きなんですよね?」
「ああ。アイツは分かりやすいやつだからな」
間違ってもそれは祐一には言われたくないだろう。
「…お姉ちゃんはモテて、いいな」
「ん?」
「いえ…」
小さな声で誰にも聞こえないように言ったから、祐一にその言葉は届いていない。
すくっと立ち上がる。
「お茶、淹れてきますね」



So addicted to her was I that I wasn't aware of your affection.


「私は彼女に夢中だったから貴方の愛に気付けなかった」
香里は何の抑揚もつけずに言った。
「… addict って単語はあんまり受験では出ないと思うけど、まあ文脈でなんとなく想像できるから大丈夫ね。宇多田ヒカルの歌にもあったし」
英語は最後の仕上げ、英文読解に入っていた。
美しい姉妹とドラマチックな恋を演じた男の物語。そのクライマックス直前の男の独白。
「 so - that 構文で主語を転置させてるあたりかなり文語的な表現だから、思い切りクサい感じに訳すといいかもね」
既に香里の指摘のレベルは受験の採点で考慮されるところを超えているのだが、本人はあまり自覚していない。
うんうん、と隣で祐一が頷いている。
例によって何も分かっていない。
「…今日は俺の出番はないらしいな」
北川は参ったように両手を上げる。
「何言ってるのよ。北川君も結構名雪に色々教えてたじゃない」
「でもなぁ…最後は結局美坂頼りなんだよな…」
名雪が北川によく質問していたのはたまたま近い配置だったからというだけのこと。
…と、少なくとも北川は思っている。
「わたしから見たら二人とも神様だよ………」
名雪はぐったりとして言い放つ。
祐一が頷く。
「まあ名雪にとってみれば香里も北川も俺も同じだろう」
「祐一が同じならわたし、香里の家で勉強会する必要無いんだよ…?」
「ぐぁ…」
祐一、自爆。
「って、相沢君、ほとんど真面目に勉強してないじゃない…。あなたが言い出したんでしょうに」
「ふ………香里の顔が隣にあるのに勉強などしていられようか―――」
「じゃあ次から席替えね」
「………あぅ」
さらに自爆。
第2回勉強会は、こうして一人を除いて前回と同じように穏やかに進行していった。



「お姉ちゃんと私…」
どこがそんなに違うというのだろうか。
…というか。
「…どこが似ているんだろうって感じかも………」
名前は一文字違いなのに。
鏡の前でため息一つ。
「どーせ私は地味です…」



Even if I had known your love, I would have never doubted my passion for her.



続く。



【なかがき】

ちょっと真面目に勉強させてみました。まあタイトルに反してることばっかりなのも何ですし。
その一方で今回どうやら裏ヒロインらしい栞が色々と。
英語は受験英語を一応意識しつつ、微妙に中身とシンクロするよーに結構悩みました(^^;

香里の影、薄い………