序文:ある恋愛における背景について/主要変数1



 なんとなく、眺めていた。横顔。
 ちょっと手が空いて、でも手伝うほど相手のほうも仕事は残ってなくて。
 手持ち無沙汰。

 以前はこうして密かにその姿を眺める事が多かった。
 最近はそう言えば少なくなっていた。
 ただ、この時決まって心に生まれる暖かいものは、いつでも変わりなかったように思う。
 その感情の正体については、もちろん、とっくに分かっていたけれど。

 ぶぃーーーーん……
 大きな騒音をあげていた黒板消しクリーナーが止まる。
 香里は一つ、小さくせきをして、宙に舞う粉に目をしかめた。
 微かな黄色だけを残した黒板消しを見て、黒板の隅の指定位置に置く。
「終わったわよ。…はあ、チョークの粉っていうのはなんとかならないものかしらね」
 ぱん、ぱん。ちいさく手を擦り合わせるように叩いて、ぽつりと漏らす。
「お疲れ。そうだな、それなら粉の出ないチョーク発明したらどうだ? きっと売れて売れて大金持ちだぞ」
「粉で書いているんだから仕方ないのよね…粉が出ないって事は減らないチョークって事じゃない。そんなの作っちゃったらそれ以降二度とチョークが売れなくなっちゃうわ。減らないんだもの」
 面白い思いつきだけどね、と。くすくすと笑いながら。

 とくん…
 
 その笑み。
 つい最近になって見るようになった、どこか子供っぽくも見える笑み。純粋な、とでも言うのか。
 少し違和感と、それよりずっと大きな心地よさと。
 歓迎すべき変化だ、と思う。何より見ていて自分も嬉しくなる。ちょっと照れくさいけど。
 だったら、いい事に違いない。
 そして――きっと、とても悲しい結論でもある。

 違和感の正体は単純。
 香里は、どこかミステリアスな魅力を持った少女だった。並みの人間は寄せ付けない、というような壁さえ感じることもあった。無論、学年トップの成績という事実が勝手にそうさせていたというのもあるのだろうが。
 何か影を、危険なものを抱えているような。もっともそれは微妙なもので、ほとんどの「友達」たちもそんなものに気付きはしなかっただろう。
 いつからだろうか。気がつけば、香里からそんな雰囲気が消え去っていた。
 少なくとも、つい最近のこと。
 明るさが以前から全く無かったわけではない。一緒にはしゃいだりしたこともあった。
 それでも決して、今のように本当に無邪気に笑うことは無かった――

「…変わったよな、やっぱり」
 たった一度の先程の笑顔でまだ少し紅潮する顔をごまかすように、ちょっとだけ大きめの声で言う。
「え? 何が?」
「美坂。明るくなった。…柔らかくなった」
「あたし? そうかしら?」
 はて、と小さく首をかしげて、目を瞬かせる。
 かと思えば、すぐに、考え込むような難しい顔をしてみせる。むぅ、と小さく唸るような。
「…心当たりは確実にあるんだけど。あたし、そんなに分かるくらい変わっちゃってる…?」
「かなり」
「…名雪にも同じ事言われたわ。分かりやすいのね、あたし。まあ、恋してる少女って感じだって言われた時は笑っちゃったけど」
 思い出して、おかしそうにふふ、と笑う。
 恋。
 香里の口からその単語を聞くと、複雑な気持ち。
「――違うのか?」
 反射的に尋ねていた。後先全く考えずに、ほぼ無意識に。
「へ? 何よ北川くんまで…そんなわけないじゃない。ほら、今あたし相沢君と一緒に病院にお見舞いに行っている…妹の話はしたでしょ? 順調に回復してきているから嬉しいのよ」
 そう、その話は聞いた。
 聞いた時、真っ先に尋ねた。どうして相沢が一緒なのかと。
 香里は答えた。彼が妹の命を救ってくれたからだと。それ以上は答えてくれなかった。
 自分は妹の存在すら知らなかった。

 細かい事よりも。
 毎日一緒に下校する時の――あるいは祐一の用事があるときはそれを待っている時の香里の表情を見るのが何より痛いというのに。
 当人がまるで気付いていないようだけど。
 何も…好きな人の最高の笑顔を、そんな時に見たくはない。


 まあ。
 本人が全く自覚していないというのは、こちらとしては好都合なわけで。


「…その最高の笑顔を俺に向けてくれたら――なんてな」
「ん? 何か言った?」
 ほら。
 こういうひとり言というのは何故か聞き逃されるものだ。
 香里というのは、つまり、そういう素質があるくらい…ニブいということ。
 軽く肩を竦める。
「別に。それより今日はずいぶんゆっくりしているようだけど、いいのか?」
 そう。本人が言った通り、毎日祐一と一緒に学校を出ているのだが。日直の仕事などゆっくりやっていていいのだろうか?
「相沢君もちょっと用事があるみたい。今日はあたしのほうが待つ番よ」
「ふーん…」
 ということは。
 もう少し、ちょっと幸せな今の時間を続けられるわけだ。
 さて――
「なあ、美坂」
「なに?」
「今更だけどさ」
 不思議なものだ。今の香里相手だと、こんな事も聞いていいような気がする。
 やっぱり変わったんだなぁと実感する。
「なんでさ、相沢には名前で呼ばせているんだ? しかも初めから呼び捨てだ」
 本当に今更なのだが、今まで聞くことも出来なかったというのも事実。
「…そうね。不思議ねホント。勢いに流されたのかしら。相沢君は…ああ、彼の場合は単純に、名雪がそう呼んでいたから自分もそう呼んだってとこでしょうね、きっと」
 たぶん、違う。香里が思っているよりもっと単純だ。
 祐一は女の子の名前は下の名前で呼ぶものだと思っている。それだけだろう。
「嫌じゃなかったのか?」
「ちょっと戸惑ったけどね。こういう人もいるのね…って感じ」
「それなら――」
 それなら。
 …ここは、あっさりと言った方がいい結果になる気がして。
「俺もそう呼んでいいか? …香里…って」
「――え…?」
 驚いた彼女の声。
 少しだけ大きく見開いた目で、こちらを見つめる。探るように――というわけでもなく。
「あ――うん、いいわよ」
 微かな躊躇いがあったようだが、割合にあっさりとOKの返事。
「そうか。――香里」
 ああ。これで一歩アイツに近づいたか。ちょっと空しい達成感。
 でも、名前を呼ぶだけで…こんなに幸せなのだから。これ以上は求めすぎだろうか?
「…な、なんだか照れるわね。今までずっと名字だったから…」
 呼び方が変わると、関係も変わったみたいで。なんて感覚は持ち合わせていないのだろうが。
 正直、恥ずかしそうに頬を染める香里の姿など初めて見た。
 以前のままだったら、呼び方を変えたところでこんな反応も無かっただろう――いや、今はそんなつまらない事を考える必要もないか。
 せっかくの幸せが逃げてしまう。
 
 今日のところは、ハッピーエンドで家に帰れそうだ。
 今なら勢いにのって相沢祐一に宣戦布告でも出来そうな気がする。
 ――いや、舞い上がっているだけだということは分かってはいても。





 第1章:周辺環境による影響力について



 例えば、掃除当番のある日の日常。
 今日も彼女は、当番でもないのに手伝いに現れる。
「だって待ってるだけだとヒマだし、少しでも早く終わるなら手伝ったほうが得に決まってるじゃない」
 彼女は言う。あたかも、当然だというように。
 ――いや、正論ではあると思うわけだが。
「でもなぁ――」
「いいじゃん相沢。せっかく美坂さんが手伝ってくれるっていうんだからさ」
「香里のおかげでいつも助かるよ〜♪」
「……はぁ」
「ほら、みんなも言ってるし。始めましょ」
 間違いでは無い。無いのだが。
 いつも祐一が掃除当番の時だけ手伝いとして一緒に入るのだ。なんと言うか――やはり、周囲がそれをどう見るか、気になるわけで。
(学校でベタついてるカップル…に見えなくも無いよなぁ…)
 なんせ香里が手伝う理由というのも、祐一と早く一緒に帰るため、なのだ。そしてその事はクラスの誰もがもはや知っている。何のために一緒に帰るかという肝心の部分を知っている人は少ないにも関わらず。
 …決定的ではないだろうか?
 たぶん、そういう事に全く気付いていないのは本人だけで。
 なんてありがちなお話。
 本来の当番である誰よりもマジメにてきぱきと作業を進める香里の姿を横目に見ながら、複雑な気分で今日も掃除の時間は過ぎていく。
 彼女が掃除を手伝うようになってから、祐一と同じ当番に当たるクラスメイト達は一つの事実を知った。掃除というのはマジメにやればかなり早く終わるものだ――
 すぐに。
「さ、行きましょ?」
 本当に楽しそうに言うのだ。何の屈託も遠慮もなく。
 祐一はどうにもその時に感じる視線やら感情やらが気になって素直に笑えないのだが。


 ある昼休み。
 机に向かっててもカレの事ばかり考えて勉強が手につかない、などとふにゃふにゃ語っていた少女の一言がきっかけだった。
「香里は凄いよねー。恋と勉強は両立できるんだって自分で証明してみせてるんだから〜」
「やっぱり美坂さんくらいのレベルになると勉強はちゃんと分離できるんじゃないの?」
「羨ましいなぁ」
 彼女に続いて次々と同意の声があがる。ごく自然に。
「………………は?」
 顔全体に疑問符を浮かべて。
 心の底からのクエスチョンマークを全身で表現する香里。
 恋と勉強。何の事かさっぱり分からない。
「それにしてもあたし、香里が恋愛するなんて想像出来なかったんだけどなぁ。まさかこーんなにベタベタにひっつくタイプだとは思わなかったな♪」
「内に秘めた熱い情熱ってヤツかしらねー」
「結構、お弁当とか”あ〜ん”って食べさせてそうだよね///」
「なん…っ、ちょ、ちょっと待ってよっ! 何の話よっ!?」
 がたんっ
 大きな音を立てて香里が椅子から半分腰を浮かす。
 口々に話していた女生徒がその反応に驚いて一斉に香里のほうに注目を寄せる。
「何って…香里と相沢くんの事じゃない。ラブラブなんでしょお?」
「そ――」
「もしかしてアレで隠してるつもりだったのかな…」
「あれだけ見せ付けてるくせにねぇ?」
「待ってってばっ。隠してるも何も…どうしてあたしと相沢君が――そ、そういうコトになってるの!?」
 慌てて。思わず大声を出してしまうところだった。
 なんとか――特に聞き耳を立てていなければここの4人以外には誰にも聞こえない程度の声量に抑える。
 どっちにしても、こう、4人ともが突然シン…と静かになってしまえば必然に近くの注目も集めてしまうものだが。
「…えと………もしかして、香里、相沢くんと付き合ってるわけじゃないの…?」
 一人が、恐る恐るという感じで聞く。
「ないわよっ…どうしてそんな――」
「そうにしか見えないよー」
「………違う…わよ。相沢君には妹の事でお世話になっているだけで…」
「でも、好きなんでしょ?」

 結局。
 後から振り返ってみると、彼女のこの何気ない一言だった。

「え、な、なん………っ」
 動揺のあまり言葉にならない。
 顔が熱い。寒いのに、じわりと汗がふきだしているのを感じる。
 好き。
 好きなんでしょ。
 好き?
 その単語が一気にアタマの中でリピート再生されてパニック状態に陥る。
 …反射的にでも、そんな事ないと答えるべきだった。
 沈黙して動揺してしまった姿をまともに見られた今では、何を言ってもからかわれるだけのような気がする――
「…香里、顔真っ赤」
 言わないで欲しい。自分で一番良く分かっている。
 屈辱だ。美坂香里ともあろうものがこんなに簡単に痴態を晒している――
 頬にそっと手を添えると、驚くほど熱くなって…いた。
「………」
 黙って微笑ましい目で見つめられるのも勘弁して欲しい。
「別に――そういうわけじゃ………」
 分かっている。
 分かっている。
 今このタイミングでそんな事言ったって誰も信じないという事くらいは。
 だいたい自分自身混乱している…断言していない。

 それにしても。
 ちら、と、小さく横目で件の彼の姿を確認する。
 ――聞こえていなかっただろうか?
 彼は男友達たち(女友達より少ないという噂だが)と普通に談笑していた。気付かれてはいない…だろう。
 ………
 …今度はすぐ近くから視線を感じた。
 はっと気付いて意識をこちら側に戻した時には、手遅れ。
 香里の視線の先を知った彼女らが、三者三様に妖しげな笑みを浮かべていた――
「い、今のは違――」
「早く告白しちゃえばいいのにねー」
「相沢じゃ美坂さんには釣り合わない気もするけどね…」
「でも見てると微笑ましくていい感じだよぉ〜」
「あ………いや、だから…」
 むしろ、聞きたいくらいだった。
 どうしてあんた達そんなに楽しそうなの…





 第2章:推進力について/主要変数2



「…元気してる?」
「あ、お姉ちゃんー♪」
 病室のドアを開けると、すぐに気付いた栞が元気そうに起き上がってきた。
 3人部屋の一番手前のベッドなのでここからは誰かが入ってきたらすぐに分かるのだ。
「だから急に起きあがっちゃダメって言ってるでしょ。まだどこに異状があるか分からないんだから。大人しくしてなさい」
「むー…お姉ちゃんの心配性ーっ! もう体いっぱい動くもん…外の散歩だってしてるし、もう退院も間近だってお医者さんも言ってるし」
「はいはい。あともうちょっとならちゃんとガマンしなさいね」
「うぅ〜〜…」
 不満そうに言って、少しだけ布団を深めにかけて”ちゃんと気を遣ってます”という意思表示をする。
 ………………
 ちら、ともう一度ドアのほうを覗き見る。
 いつもと一つ、大きく違う事。
「…ところで…今日は祐一さんは?」
「………」
 一瞬、香里がびくっと大きく動揺したのは見逃さなかった。確かに。
「…相沢君は、急用が出来ちゃって…それで」
 …目を見ないで言ってくるあたり。
 少し首を動かして、なるべくそれを覗き込むようにする。
「お姉ちゃん――何があったか知らないけど、祐一さんがいない時点でこの質問はくるものだと思ってちゃんと答えは準備しておいたほうがいいと思うよ?」
 そんな、いかにも今作りましたみたいな理由を言われても。
 普段の香里なら嘘をつくときもそういう所は卒なくやるだろうに。
「嘘じゃないわよ…別に」
「ケンカでもしたの?」
「違うわよっ! ただちょっと気まずくて――」
 はっ…と、慌てて口を閉じるが、もう遅い。
 見事に自分から誘導尋問に引っかかってあげるあたり、やはり、らしくない。
 栞は、柔らかな笑顔を向ける。
「………それで、何があったの?」
 その目をまっすぐに見つめて、尋ねた。


「――はあ。なるほど。早い話が意識しちゃってるわけだ…」
「………」
「今まで何も考えずに楽しくやっていた事が、一度言われて振り返ってみると全部そういうふうに――ラブラブに見られていたのかと思うと急に恥ずかしくなって」
「………」
「うん、分かるよ。私もよく上履きのまま学校出て半分くらい帰った時にふと気付いた時なんて」
「………」
「それで、今日は祐一さんを断って一人で来たわけだ」
「…そうよ」
 話していてすぐに分かった。香里はまだ、混乱している。心の中で何も整理が出来ていない。
 何から言おうか、と少し考える。こんな姉を相手にするのは初めての事だ。
 さて。
「お姉ちゃんは、そうやって見られるのが嫌なの?」
「――…」
 その質問に、反射的に何か答えかけて躊躇する香里。
 いや、正しくはおそらく、何も言う事は考えていないまま口だけが動いたのだろう。
 薄く口を開けたまま5秒ほど沈黙が続いた。
「…嫌ってわけじゃないけど。でも間違いであることに変わりはないわ。このままでいいわけがないじゃない…相沢君だってもしかしたらずっと迷惑に思っていたのかも――」
「お姉ちゃん、まだ祐一さんの事良く分かってないんだね。祐一さんは嫌な事は嫌って、それはもう必要以上に断言してくれるからその心配はないよ」
「それは…そうかもね」
 複雑な表情のまま香里が頷く。
 少し、肩の力が抜けたようだが。
 栞はそんな香里に、もう一度にこりと微笑みかける。
「それなら、間違いじゃなくしてしまえばいいんだよ」
 そう、簡単な事だ。
 本当に二人が付き合っているというのなら何も問題はない。
「――勘違いしないで。あたしは別に相沢君の事…」
「そう? 私から見てると二人とも想いあっているんだなぁって良く分かるよ」
「なっ…何言ってるのよっ……相沢君だって別にあたしの事なんて関係なくて、栞に会うために毎日来てるんだから…」
「もしそうだったら私はホントに幸せものなんだろうけどねー。お姉ちゃんにはまだ分からないかな、こういうのは。もったいないなぁ」
「何よそれ」
 む、と不機嫌そうに目を細める。余裕のある栞の態度がプライドに障ったらしい。
 それでも栞は優しい笑みを崩さない。
「お姉ちゃんでも恋の方程式は簡単には解けない、ってコトだよ」
 少し、どこか遠くを見るような目で。
「――方程式…?」
「うん。お姉ちゃん、まだ自分で気付いてないみたいだけど、祐一さんと話しているとき…すごくいい顔してるよ。答えを出すには…もう一回、自分の気持ちをゆっくりと考えたらいいんじゃないかな」
「答えって、何よ」
「何だろうね。幸せになる方法…かな?」
「…曖昧ね」
 方程式というのに、求めるものがなにかすら分からないとはどういうことか。
 未知数すら不明なのに式も何もないと思う。
 まだもやもやしたものをアタマに抱えながら、香里は呟く。
「恋とか…そういうのは分からないわ。相沢君には感謝してる。栞の恩人だし、あたしもすごく勇気付けられた――だけどそれと恋愛って」
「別物だよ。だからそれは恋愛になっちゃいけないっていう理由もないよね」
「………」
 きっぱりと恋愛否定説を唱えたつもりだったが、栞にあっさりと切り返される。
 そう言われると反論のしようもない。
 それでも。
 まだ…どうしても言う気になれなかった、切り札が残っている。
 無意識に目を伏せ、栞を視界から外す。
「だいたい――栞はそんなのでいいの? 栞こそ相沢君の事」
 何故か、答えを聞くのが怖いような気がして聞けなかった。言えなかった。
 ――好きなんじゃないの?
「うん? 恩と恋愛は別だよ?」
 あっさりと。先程の香里の言葉をそのまま返す。
 にっこりと満面の笑みを浮かべて。
「まあ、頼りになるお兄ちゃんって感じかな? お姉ちゃんと二人並んでるの見ると自慢の兄弟ですって言いふらしたくなっちゃうくらい」
「……そう」
 自分とは違う。何の躊躇いもなく言い切った栞。
 この違いは何だろうか?
「あ、それとね。今日祐一さんをどうやって断ったのか知らないけど、早めに謝るとか言い訳するとかしたほうがいいよ。たぶんずぅーーーーーーーーんって落ち込んでると思うから♪ 嫌われちゃったかもって悩んでるかもね〜」
 がたんっ
 椅子の揺れる音。
「…あ………」
 思わず過剰な反応をしてしまった香里が、決まり悪そうに周囲を少し見渡す。恥ずかしい。
「頑張ってねー」
 何故だか嬉しそうな声で栞が言った。



 第3章〜